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Friend 第1章~出会い~

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rocnove

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暗く荒れる海、空を覆う暗雲、時折光る稲光、うなりを上げる風、全てを呑み込む夜の闇。
普段は訪れる者のいない嵐の海へ、この日は珍しく訪問者があった。

海と空、二つの黒の間を滑るように飛ぶ何か。
時折光る稲光に浮かぶ平たいシルエットは、まるで「エイ」のようだ。

「エイ」はだんだんと高度を下げ、海面から1mくらいまで近づいた。
突然、「エイ」の腹部が下向きに開く。格納ハッチらしい。
ハッチの奥は光に包まれている。
その光の中に、何かを抱きかかえた1人の人影が浮かび上がった。
逆光で顔はおろか、性別すら分からない。
「**************」
何かを言ったようだが、風のうなりにかき消されてしまって、何を言ったのか分からない。
人影は、抱きかかえていた物を前に出し、手を放した。
光に照らされて、紫色の髪が闇の中に浮かび上がり、海へと消えた。
それを追うように、いくつかの白い物が落ちていった。
人影はそれを見届けると、また何か言った。
「じゃ・・・ジュノ・・」
風が、一瞬やんだ。
「エイ」は腹部を閉じ、ゆっくりと上昇をはじめ、雲の上へと消えていった。

紫色の髪は波にもまれながら、ゆっくりと流されはじめた。
嵐と共に・・・

嵐の過ぎ去った朝、フレッドは工事現場で使うような一輪車を持って散歩に出た。

―フレッド・アルビスキー―
爆発した金髪に、澄んだ緑色の瞳の、14歳の少年。
腰にはいつもドライバーなどの工具をぶら下げている。
ディグアウターを志望。たまに近所の遺跡に行く。
気の弱いいじめられっこだが、メカ類に関してはかなりの実力を持つ。
家が診療所をやっている事もあり、医学にも結構詳しい。ドイツ語が読める。

涼しい朝の風を顔に感じつつ、フレッドは海岸のわきの細道を今日の散歩コースに選んだ。
散歩に一輪車を持っていく。かなり妙な光景だが、彼にとっては自然な事なのだ。
嵐の過ぎた朝の彼の散歩は、これがないと成り立たないのである。


海岸には木片やらボルトが打ちあげられていた。
昨晩の嵐のせいか、船の破片のような物も多い。
朝日にきらめく波は、それらのシルエットを美しく描き出していた。

フレッドは、嵐の次の朝は必ず一輪車を持って海岸へ行くようになっていた。
あの美しいシルエットを見るのも一つの楽しみだが、それ以上に、打ちあげられる物そのものに興味を持っていた。
打ちあげられる物はゴミと化した物がほとんどだが、まだ使えるジャンクパーツが打ちあげられている事も、ままある。
それを持ち帰り、自分の手で使えるように改造する。
これが、フレッドのもう一つの楽しみであった。
(フレッドの母は「きたない!」と言ってそれを嫌がっているのだが・・・)

細道からいつものように海岸を眺め、シルエットからお好みのジャンクを探す。
「手前のエンジンは・・・ダメだな、大きすぎる。隣の通信機は・・・」
近くにあった中型の通信機を拾うフレッド。片手で抱えられるくらいの大きさだ。
ざっと3kgはある。浸水しているようだが、電源を自作すれば十分使えそうだ。
「うん、合格♪次は・・・」
再び海岸に視線を送る。
次の瞬間、フレッドは言葉を失った。

明らかに人と思われるシルエットが、海岸に打ちあげられている。

いつの間にかフレッドは、通信機を脇に抱え、一輪車をその場に残し、シルエットに向かって海岸を疾走していた。

近づくにつれて、シルエットがだんだん鮮明に見えてきた。

肩まで掛かる明るい紫色の髪。近くには、白を基調とした小型のアーマーが転がっている。
背丈はフレッドと同じくらい。
色の白いその顔は、作り込まれたような整った面立ちをしている。
仰向けになっているが、息をしている様子はない。
「あ~・・・もうダメかな?」
その人の近くまで来たフレッドは、少々がっかりしたようだった。
嵐にあって打ちあげられる人は、大抵すでに溺死している。
フレッド自身もそういった人達に出くわした事が3回程あった。
今回が4回目になるのだろうと、そうフレッドは思っていたのだ。

持っていた通信機を横に置き、いつものように手を合わせる・・・ハズだった。
「あッ!」
ドカッ!
通信機はフレッドの手を滑り落ち、肺の辺りをもろに直撃した。
「かはっ!」
落とされた本人は一瞬うめくような声を上げ、思い切り水を吐き出した。
そして大きく息をし始める。

まだ生きてる

今度は拝まなくても良さそうだと、フレッドは内心喜んだ。
急いで残してきた一輪車を持って来たフレッドは、その一輪車にその人と近くのアーマー、
そして拾った通信機を載せ、海岸をゆっくりと歩き始めた。

「・・・はぁ・・・はぁ・・・」
肩で息をしながら、フレッドが帰ってくる。
その気配に気付き、フライパン片手に玄関から小柄の女が出てきた。

―マーガレッド・アルビスキー―
フレッドの母で看護婦。金髪のショートヘアに緑色の瞳。
「小学生です」と言っても十分通りそうな体格だが、力仕事も難なくこなす。

「またこんな物拾ってきて!」と怒鳴るつもりで表に出てきたマーガレッドは、思わず「あっ!」と声を上げた。
我が息子が海岸からの帰りにまた誰かを連れて来る。
髪も服も濡れ、まるで動く気配のないその人がどうなった人なのか、容易に想像がついた。
フレッドの一輪車に走りより、第一声がこれである。
「・・・どこの仏さんかしら?」
「まだ死んでないよ!」
フレッドが、肩で息をしながら叫ばんばかりに言う。
するとマーガレッドは、やけに困った顔をした。
「・・・今日はもう満室なのよ」
うっかりしていた。ここに来るまでまったく気付かなかった。

フレッドの家には病室が5つある。
入院だけではなく、点滴を受ける時などにも使われるのだが、今はどこも空いていない。
「集団なんとか」が起きたわけでは無いのだが、最近やたらと入院患者が多いのだ。
遺跡に入ったところ、見た事もないリーバードに襲われ、この診療所に担ぎ込まれる急患ディグアウターが後を絶たない。
そのため、病室は常に満室状態となっていた。

「僕の部屋なら空いてるよ!早くして!」
再びフレッドが叫ぶ。
それを聞くなり、マーガレッドは大慌てで中へと走っていった。


倒れそうになりながらも、玄関の近くまで一輪車を押していくフレッド。
ようやく玄関の前についた時、ちょうどいいタイミングでマーガレッドが再び出てきた。
「気がついたら・・・呼んでよ」
蚊の鳴くような声でいうフレッド。
それを聞いていたのかいないのか、マーガレッドはフレッドの一輪車に乗っているその人を軽々と持ち上げると、中へと入っていった。
それを見送ったフレッドは、大きくため息をつき、その場に座り込んだ。

フレッドがする事はもうない。マーガレッドがあの人を部屋まで連れて行ってくれる。
フレッドはその間に、自分の部屋に今日の「収穫」を持っていくのである。いつもなら。
しかし、今日は違う。自分の部屋に患者がいるのだ。持っていけるはずがない。
「気がつくまでは何も出来ない」と自分に言い聞かせ、今日の収穫を一輪車から降ろす。
一番上にあった通信機を持ち上げる。ふと、通信機の下のあの白いアーマーが目についた。
通信機を横に置き、そのアーマーに手を伸ばす。
フレッドでも十分入りそうなくらいの大きさだ。たぶん、さっきの人のアーマーだろう。

外側の装甲の素材は分からない。持った感じがかなり軽いのだが、アルミのような弱い金属ではないようだ。あの通信機の下にあったのに、その白い装甲には傷1つついていない。
内部の素材も、やはり分からない。見た事もない緩衝材が貼ってある。
スチロールや布と言ったような物ではない。何かジェル状の物を内包しているようだ。

よく見ると、背中の部分に0.5×3cm位の銀色のプレートが張ってある。緩衝材は、ない。
角度を変えてみる。うっすらとではあるが、なにやら文字が見えてきた。
「・・・ジュノ・ハルバート・・・さっきの人の名前かな?」
プレートに彫り込まれた文字を読み、ポツリと呟く。

これを作った人は並の技量じゃないと、フレッドは直感的に理解した。
技量だけじゃない。素材に関する知識も桁外れだろう。
アーマーの素材もだが、こんなに小さいプレートに文字を彫り込むなど、普通は不可能だ。
凄い人だな、と感心していると、突然玄関が開き、マーガレッドの声が飛んできた。
「ちょっと!気がついたわよ!」
それが耳に入るや否や、フレッドは飛ぶように玄関へ走っていた。白いアーマーを持って。


今にも廊下を走り出しそうなフレッドを制して、ゆっくりと階段を上がるマーガレッド。
フレッドは「早く早く」とウズウズしていた。
階段を上がりきり、廊下の一番奥の「フレッド」と書かれたドアの前で止まった。
「・・・驚かないでね」
母はそっとフレッドに告げ、階段へと戻っていった。

フレッドは、母の言った意味がよく分からなかった。
普通、驚くのは助けられた本人だ。(例外もあるが・・・)
なぜフレッドが驚かなくてはならないのだろう?
その答えを見つける前に、フレッドはドアのノブに手をかけていた。


白い壁、白い天井のこの部屋は、広く、とても明るかった。
部屋の奥の大きな机は、小さめのジャンクパーツや様々な工具で散らかっている。
机の左隣には、オシロスコープやテスタ等測定機器類が置かれている。
フローリングの床には、通信機やレーダー等大きめのパーツが転がっていた。
机の右隣には、壁に収納できるベットがある。すぐ横には、小さな椅子が置いてあった。
この部屋は、フレッドの寝室でもあり、ラボラトリーでもあるのだ。

机の隣のベットには、さっきの人が上体を起こして待っていた。
肩まで掛かる明るい紫色の髪に、しなやかな身体。色の白い肌。そして灰色の瞳・・・
今まで見た事のないような美しき少女のような姿が、そこにあった。
「気分はどう?」
「・・・・・・」
ベットのすぐ近くに立ち、優しい口調で話しかけるフレッド。
相手を安心させ、いろいろと話せるようにする。それがフレッドのやり方だった。
しかし、相手は答えない。警戒しているのか?
「危害を加えるつもりはないから、安心してね」
「・・・・・・」
やはり反応はない。

灰色の瞳が、じっとフレットの腕の辺りを見つめている。アーマーを気にしているらしい。
フレッドは、さっき見た「ジュノ・ハルバート」のプレートの事を思い出した。
と同時に、一番重要な事を聞き忘れていたのに気付いた。
「君の名前、まだ訊いてなかったね。教えてもらえるかな?」
開き直り気を取り直し、再び優しい口調で話しかける。
その人は、目線を自分の膝に落とした。
「・・・分かりません」
「・・・えっ?」
我が耳を疑うフレッド。その人は頭を抱えてしまった。
「何も・・・思い出せな・・・」
「えぇっ?!」

やっと口を開いたと思ったら、思いも寄らぬ展開に?!
しばし呆然と立ち尽くす。さっき母が言っていた意味が、この時ようやく分かった。

―記憶喪失―
脳に何か強い衝撃が加わった時、その衝撃から脳を守ろうとして起こるとされる症状。
「海馬(かいば)」と呼ばれる記憶中枢の一部が麻痺し、名前等過去を思い出せなくなる。
衝撃は外部からくる物理的なものや、内部からくる精神的なものがある。
しばらく時間が経つと、自然と記憶が戻る場合が多い。
同等のショックを再び加える「ショック療法」と言うものもあるが、医学的な証明はない。

職業柄、父の書庫には山程の医学書が置いてある。フレッドも暇な時にそれを読んでいた。
その1冊に書かれていた文章が、意識の闇からにじみ出るように浮かび上がってきた。


カチャッ
フレッドの背後で、ドアの開く音がした。
反射的に振り向いたフレッドは、背丈の高い、白衣を着た男を視野に捉えた。
右手にはカルテを持っている。
フレッドの父、ジョン・アルビスキーである。

―ジョン・アルビスキー―
フレッドの父で精神科医。読む本はほとんど医学書だが、なぜか機械に強い。
明るいブラウンの髪。小さめの眼鏡の奥に青い瞳が光る。

「こんにちは」
ベットに歩み寄りつつ、明るく優しく話しかける。
ジョンはベットの横にあった小さな椅子に腰を下ろした。
「どこか、具合の悪いところは?」
「ありません」
続けて出される質問に、少し硬いが、しっかりとした口調で答える。
「君の名前は?」
「・・・分かりません」
答えを予想していたのか、ジョンはまったく驚いた表情を見せなかった。
「旧アメリカの首都はどこ?」
「ワシントン」
「3×8の答えは?」
「24」
「ふむ・・・」
一通り質問し終えたジョンは、カルテに何かを書き始めた。
横からそのカルテをのぞき込む。ドイツ語で「第2種記憶喪失症」と書かれていた。

「・・・少々きつい事を言うようだが、いいかな?」
カルテをパタンと閉じ、灰色路の瞳を見つめるジョン。
その人は「はい・・・」と小さく頷いた。
「君は中程度の記憶喪失に陥っている。自分の事を何一つ思い出せないのはそのためだ。
 時間が経てば記憶は徐々に回復するはずだ・・・。しばらくここにいるといい」
重々しく言うジョン。その人は「はい・・・」とだけ答え、うつむいてしまった。


「あの・・・」
フレッドの声が沈黙を破る。
「これ、君のじゃないかな?」
フレッドが腕に抱いていた白いアーマーを前に出した。
ゆっくりと顔を上げる。灰色の瞳が、白いアーマーを捉えた。
「・・・たぶん・・・」
その人はしばらくアーマーを見つめ、ポツリと呟いた。
フレッドは、今度は内側のプレートを指さした。
「ジュノ・ハルバート。これが、たぶん君の名前だよ」
「ジュノ・ハルバート・・・」
口の中で同じ名を繰り返す。何かを思い出そうとしているようだった。
「・・・そのアーマー、どこで見つけたんだ?フレッド」
ジョンの問いに、フレッドは即答した。
「この人のすぐ側に流れ着いていたんだよ」


「フレッド。それ、案外当たってるかもしれないわよ」
突然、ドアの方から声がした。
振り向くとそこには、右手に小さな銀色のプレートを持ったマーガレッドの姿があった。
銀色のプレートはピカピカに磨かれ、まばゆい程の輝きを放っていた。
「何?それ」
フレッドが手をかざしながら訊いた。
「その人が持ってた物なんだけど、これにも『ジュノ・ハルバート』って彫ってあるのよ」
そう言いながらプレートを差し出すマーガレッド。
フレッドではなくジョンがそれを受け取った。
それとアーマーの内側のプレートを見比べ、頷く。
「同じ職人が作ったらしいな。大きさも形も一致する・・・」
「じゃ、この人の名前は『ジュノ・ハルバート』で決まりだね!」
フレッドが嬉しそうに言った。
ジョンも「そうだな」と頷いた。


フレッドに助けられたその人「ジュノ」は、当分の間、アルビスキー家の厄介になる事と
なった。
年が近いというのもあり、フレッドとジュノはとても仲が良くなった。
フレッドは、自分の部屋のベットを二段ベットに改造し、ジュノを迎えた。
ジョンやマーガレッドも、フレッドに兄弟ができたようだと喜んでいた。
まるで家族のように、アルビスキー家はジュノを受け入れてくれたのだった。


しかし、この幸せな時はいつまでも続かなかった。


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