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ロックマンXセイヴァーⅡ 第壱章~暗躍~

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rocnove

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プロローグ


 カチャカチャと暗闇の中で休みなく響くキーボードの音。
他に照明の無い、ボンヤリと光るモニターを見詰めて、少年はふぅと息をつく。
 ふと視線を投げた場所にあるのは、解析に当てられた何かの塊。
殆どそのままの形で残されているそれは、暗がりでも一体のレプリロイドのボディだと判る。
 少年は、そっと椅子から立ち上がり、レプリロイドのボディに掌を当てる。
一箇所を強烈な一撃で貫かれている跡が残っているが、それ以外の部位は殆ど無傷。
その為に、近くに寄るとますますその姿が浮き彫りにされ、全容が確認出来た。
 人型ではない。足と呼べるパーツが何ヶ所にも搭載されていて、フェイスパーツもかなり特殊な形をしている。
前身よりも後身の部分が大きく形作られているそれは、人間の目で云うと『蜘蛛』と呼ぶに相応しいものだった。
 少年は、再びレプリロイドの全身のあらゆる部分を模索し、ちっと一つ舌打ちをした。
「メインコンピューターが見当たらない」
 誰に云うでもなく呟かれた少年の言葉がその場に木霊する。
 少年の呟きを待っていたかのように、ようやく解析の終了したコンピュータが声を上げる。
そこに表示されるのは、エラーの文字と赤色の点滅。
コンピュータ解析による結果は、メインコンピューター無搭載。起動不能という文字に加えて、一つのアラートの呼びかけだった。
 たんっと一つキーを押して、少年はアラートを表示する。
危険度と機密度が高い資料が該当した時のみに表示されるように設定しておいたアラートの出現に、少年は多少の戸惑いを見せた。
出来ればコンピュータの誤作動だと信じてしまいたいくらいだ。
アラートの内容が表示されるまでの時間が酷く長く感じる。実際はたかだか一秒もかからない動作なのだが。
「なに・・っ」
 表示された資料の内容に、少年は思わずだんっとデスクを両手で叩く。
 そこに表示されていたのは、数年前の大戦内で確認された技術の記録。
既に開発者はこの世にはいないし、それ自体も絶対に存在しうる筈のない――
「・・リミートレプリロイド」
 全ての出来事に合点がついた少年は、再び壊れたレプリロイドに視線を当て、呟く。
 既に存在しない筈のレプリロイド。それなのに、何故――
一気に吹き出してくる疑問符を片付けて、少年は優先するべき思考を開始する。
この一体が存在するとするなら、それはつまり――
 キーを押し込んでコンピュータの電源を落とすと、部屋の中を完全に暗闇が覆い尽くす。
少年は、ぼすっと不器用にソファに腰掛けて、見えない天井を見上げた。
「やっぱり頼るしかなさそうだよ・・」
 瞼の裏に浮かぶ人物の名を、少年は静かに呟く。まるで、その者がすぐ近くにいるかのように。
「アンタ達の弟にさ」
 顔を上げ、レプリロイドの亡骸があった方へと視線を向ける。
既にピクリともしないそれに、少しの憎しみを込めた瞳で。
「ゼロ」
 再びモニターの電源が入る。
 かねてより入力しておいたデータ構成が出来上がったとの報せだった。
少年はモニターに表示される文字列に目線を少しだけ掠らせた。
 データ内容は、一体のレプリロイドを対象とした強化アーマーのデータ配列と構成、構造。
その全てが緻密に計算され尽した代物。それ自体が『芸術』と名を冠するに充分なものだった。
「出来れば使わせたくはない・・」
 また、誰に向けるでもない呟きが、部屋の中を静かに木霊するのだった。



 *   *   *   *   *


 キーンコーンカーンコーン。
 午前八時二十五分。今日もいつも通り、フロンティア学園の始業のチャイムが校内に響く。
始業式が行われて間もない春の朝は、ぽかぽかと暖かくて、空もさらりと爽やかに晴れていく。
 初等部、中等部、高等部の生徒はそれを合図におのおのの席へと腰を降ろし、教師を待つ。
間もなく担任の教師が教室まで歩いてきて、その日の出席簿がつけられ、今日もまた一日の授業が始まるのだろう。
 生徒達は担任が来るまでの間、十分間の読書をしていたり、その日の予習をしていたり。
各自の教室はしんと静まりかえっていて、校内の治安の良さがよく伺える。
 私立フロンティア学園。初の人間とレプリロイドの両方の生徒の受け入れを認めた学校で、
初等部から高等部までがある大型の学校だ。
 成績は他の公立学校と大差無いが、治安はよく整っている方で、高等部に不良グループがいるものの、
彼等にも彼ら自身のポリシーというものがあるらしく、校内ではそれほど問題視されてはいない。
 規律正しく、それでいてのびのびと。それがフロンティア学園の教育方針だった。
 始業のチャイムが鳴り終わる頃、中等部2-Cの生徒は、廊下の方から聞こえてくる騒音に思わず振り返った。
どたどたと誰かが駆けているようなけたたましい音は、音のよく響く廊下ではより一掃煩く耳に届く。
 担任の教師がまさか走ってくるわけもなかろうに。
しかし、2-Cの生徒はただ苦笑して席に座り直すだけで、それについて多くは気にしない様子だった。
 駆け抜ける騒音が更にその規模を増し、2-Cの教室の前まで到達する。
その音の主は余程慌てて止まったのか、靴底と廊下とが擦れて、きゅきゅっという耳障りな音を立てた。
 そして音の主は扉に手をかけ、それを思い切り開く。
 がらっ!!
 はぁはぁと肩で息をしながら、
いっぱいいっぱいといった様子で自分の席に縋るように座り込んだのは、至極印象的な容姿をした少年だった。
肩辺りまである少し長めのさらっとした髪の色は、水色に近い蒼。瞳の色はエメラルドの様な翠色。
制服は少し大きめなのか、裾が余って少々ダボッとしている感がある。
 一見人間と区別が付かない彼だが、彼もれっきとしたレプリロイドだ。
約二年前に生まれ、その身体構造には現在の持てる全ての先端技術が施されている。
時代が進むにつれ、レプリロイドはもはや人間と完全に区別がつかないまでに進歩していることを頷けてくれる。
「よっ、相変わらずだな徳川。おはようさん」
「お、おはよう」
 そう声をかけたのは、彼の席の斜め前に座っている少年――フレッド・ミルドだ。
徳川健次郎は、そんな彼に少し疲れ気味の笑みで返す。
今朝はレポート提出の〆切が間に合わなくて、結局早朝に仕上げたものだから、学校にくるのが遅れてしまったのだ。
仲間達は学校は一日くらい休んでもいいと云ってくれたが、
健次郎は頑なにそれを拒んで、ライド・チェイサーを使用しての最短距離で通学し、
校則違反の廊下の疾走までしてなんとか辿り着いたのである。
 周囲の学友も教師も、それに慣れてしまった為に、今更どうというつもりはないらしい。
三日前にも同じような真似をしてギリギリで通学してきたのだ。一週間前も確かそうだった。
「よーくそんなんで来る気になるなお前。尊敬しちまうよ」
「そ、そうかな」
 ポリポリと頬を掻きながら、健次郎は少し慌てて鞄の中身を机の中に詰め込んでいく。
今日使う為の教科書に加えて、今日は日課に入っていない教科のノートまで混じっているが、お構いなしにぐいぐいと。
今朝は忙しくて鞄の中身を開く時間が無かったので、昨日の教科が混じってしまっているのだ。
 そんな自分の机の中身に苦笑いを浮かべて、健次郎はようやく一段落をした。
それを待っていたかのように、教室の前の扉が静かに開かれる。
健次郎が顔を上げると、担任の教師が入ってくるのが見えた。どうやら本当にギリギリで間に合ったようだ。



 時は21XX年。
人類とそれを模して造られた人工人類・レプリロイド――レプリカ・アンドロイド・ヒューマン――が共存を始めて、
既に数十年になろうとしている時代。
 先のユーラシア墜落事件から立て続けに勃発したナイトメア事件。
それは人類とレプリロイドを存亡の危機に追い込むには充分すぎるほどだったが、
それらは今や誰もが知る英雄・ロックマン・エックスによって一応の終結を迎え、
地球自体も人類・レプリロイド達の努力により、ようやく元の姿に戻りつつあった。
 そして現在。
 今の地球にロックマン・エックスの姿は無い。
一年前の闘い、ハンターベース内では『宿命の決着』と名付けられた闘いの中、彼は散った。自らの弟に希望を託して。
 ロックマン・セイヴァー。それが希望の名だった。
 英雄、エックスとゼロの血を引く三人目の希望。
宿命の決着の最中、力尽きた兄に代わり、その首謀者であるDr.ワイリーを一閃のもとに斬り裂いた力を持つレプリロイド。
それがロックマン・セイヴァー。セイアとあだ名される者。
 ユーラシア墜落事件時のゼロの行方不明の報告に続けて、一年前のエックスの殉職報告。
それを唐突に受け止めた市民は混乱し、絶望した。が、それに続く新しい報告に、彼等は安堵したのだった。
 エックスとゼロを上回る力を持つ英雄・ロックマン・セイヴァーの出現の報告を聞いて――
 あれから一年。
世界的に目立った闘いもなく、社会は安定期を迎えている。オマケにイレギュラー発先率もぐんと減少し始めていた。
張り詰めていた人々やイレギュラーハンターの心が、ようやく緊張から解かれ始めていたのだった。
 しかし、当のロックマン・セイヴァーの心は未だに緊張から解放されてはいなかったのである。


 徳川健次郎。いや、ロックマン・セイヴァーの脳裏に唐突に蘇ったのは、今から数ヶ月前の出来事だった。
少し大規模なイレギュラー事件が起こった時のこと。
 場所の悪さとアーマーの点検不足が命取りになり、セイアは重傷を負った。
その際に通信機器を全て失って、彼は自分の足でベースへ帰ることを余儀なくされた。
 大ダメージを負った身体に、そう無茶はきかなかったらしく、セイアは明確な位置さえ判らない場所で気を失った。
放っておけば、ダメージとエネルギー不足から、機能停止していてもおかしくはなかっただろう。
 次に目が醒めたとき、そこは見慣れない研究所だった。
明らかにハンター・ベースではないそこに、彼はアーマーを取り外された状態で寝かされていた。
 彼を救出したのは、彼と大差無い年齢の少年。
制作者のゲイトですら修復に手子摺るセイアのアーマーを、彼はたったの二日程度で修理してしまった。
 セイアはそんな少年科学者の技術力に驚かされつつ、なんとか帰路につくことが可能となった。
 しかし、それは唐突に起こった。
 セイアにも少年にも予想だにしなかった展開だった。
唐突に一体のイレギュラーが二人の前に姿を現し、彼等を襲ったのである。
 ウェブ・スパイダス。それがセイアのデータ上にあるイレギュラーの名だった。
そう、記録上ではかのレプリフォース大戦の最中に、彼の兄であるエックスによって撃破されたと明記されているレプリロイド。
 同型機種だということも考えられたが、レプリフォースが存在しない今、当時の機種が残っているという可能性は薄かった。
なにより、既に完成している筈のモデルである筈のそれは、
セイアと対峙した際、レプリフォース対戦時のものとは比べ物にならないほどの出力を見せていた。
 セイアやエックスの様に特殊装甲によって出力向上がはかられていたとは思えない。
 なら可能性は一つしない。それは、それは第三者の介入よって復活されたイレギュラーというものだ。
 一年前に全て終わったと思っていた闘いは、未だ続いているのか――
健次郎はそんなことを頭の中でこね回しつつ、机に頬杖をついていた。
「――というわけだ。席は、そうだな・・」
 さっきから担任が何か一生懸命話しているようだったが、生憎健次郎の耳には届いていないようだった。
ただ、考え込んでいる彼にも、何かいつもとは違う話をしているな程度の認識はあるのだが。
 電子黒板の前で会話している声は、随分久しぶりに聴いた声だったにも関わらず、思考を巡らせる健次郎には届かない。
結局、健次郎が別の思考をしている内に、電子黒板前での会話は決着がついてしまったようだ。
「――じゃあ自分で決めます」
 そうとだけ云って、その声は移動を始める。勿論健次郎はそれには気付いていない。
 ボスッと机の上に鞄を置く音だけが、健次郎の耳に届く。
その声の正体を初めて意識させられたのは、それが健次郎に向かって声をかけてきたときだった。
「よっ」
 間近で聞く聞き覚えのある声に、健次郎はそっと顔を上げる。
健次郎がその者の顔を確認するよりも前に、その声が紡いだ台詞が、健次郎の中でそれが誰であるかはっきりと認識させた。
「セイア」
 この場で呼ばれる筈のない名を呼ばれると同時に、健次郎はその姿を直視した。
 銀の照り返しを放つ黒髪に、静かに光るサファイアの瞳。
一見して女性と見間違うような長い髪は、後頭部で一つにまとめられている。
 制服着用の学校だというのに、堂々と私服を着ている少年の顔を見て、
健次郎は思わず「えーっ!!?」と場所も弁えずに声を上げてしまった。
 担任の教師の注意が間髪入れずに飛んでくるのと、クラスメイト達の視線が集中したのとで、
健次郎は慌てて机の上に出しておいた教科書で顔を隠す。
 熱りが冷めた頃、目をぱちぱちさせていた少年は、そっと健次郎の隣の机に腰を降ろすと、
顔だけを覗き込むように、ぼそぼそと呟く。
「そんなに驚くことないだろ?」
「そんなこと云ったって、なんでいきなりいるのさ。ウィド」
 ウィド・ラグナーク。それが少年の名だった。
 そう、並大抵の技術では修復不能のアーマーを短時間で完璧に修理してみせた、あの少年天才科学者だ。
 なぜその彼がこんな学校なんかに――健次郎は頭の中で新たな疑問符を浮かべつつ、明白に横目でウィドを見詰めた。
「学校って云うのに結構興味があったんだよな」
「それだけじゃないでしょう」
 あれ程の頭脳を持つ者が、今更学校になんて来るはずがない。
健次郎の見立てでは、彼はここ一帯で最も学力の高い大学ですら、余裕でパスしてしまう筈だ。
 即答で答えられた健次郎の言葉に、ウィドは瞳で「ご名答」と返す。
そして、こちらを睨んでいる担任に慌てて苦笑を返しつつ、少し手早く健次郎に耳打ちをした。
「どうしてもお前に逢わなきゃならない理由があったんだよ」
「えっ・・・」
 一限目の授業が始まったのを知らせるチャイムが響く。
 慌てて授業の準備をするクラスメイト達の波の中で、健次郎は思わず硬直した。
そう云ったウィドの瞳は、単に悪ふざけだとかそういう類ではなかった。
酷く危機感に晒された者の目、とでもいうべきか。
「ウィド・・」
 健次郎の脳裏に、再び数ヶ月前のウェブ・スパイダスとの闘いが反芻された。

 一限目の授業は数学だ。
 フロンティア学園も私立である以上、他の学校より多少は高いカリキュラムを組んでいる。
その甲斐あってか、フロンティア学園の生徒の数学力は比較的高いと云われているのだが――
 授業が開始してから約三十分。授業時間も残り半分を切ったところだ。
数学の教師が、今回の単元のまとめ問題を電子黒板に表示させ、それを生徒たちに解かせている。
他の公立中学校よりも難解な問題だが、フロンティア学園内の生徒にとっては、それほど難易度の高いものではない。
 問題は一次関数と証明問題が数種類。まとめなだけあって、その単元内で出た解き方のほとんど全てが出題されている。
 生徒たちは額を指でとんとんと叩きながらも、電子ノートに数式を描いていく。
既に全て解き終えてしまった者、未だ中盤で悩む者と様々だ。
「・・・・」
 そんな中、健次郎の手は一向に動いていなかった。
yをχの式で表す?△ABCと△CFBの合同を証明する?
ペンを握ったまま、健次郎の瞳は泳いでいた。
 この解き方はどうやったっけ。大体からしてこんな問題といた経験が今までにあったか。
いや、もしかしたら欠席している内に終えてしまったのかもしれない。
だがしかし、一次関数は確か一年生の時も噛ったような・・。
 思考の袋小路に追い詰められた健次郎を見捨てて、時間は過ぎていく、
健次郎がようやく一問目にとりかかった矢先に、教師の止めの合図が入った。
「では、誰かにこの問題を解いてもらおうか」
 その台詞にビクッと身体を震わせた健次郎は、教科書で身を隠すように縮こまった。
まだ一問も解けていないのに、当てられては溜まったものではない。
クラスメイト達がばりばり問題を解いている間、一問も解けずに遊んでいた等と思われては――
 必死に身を隠す健次郎の方に、教師の視線が当てられる。
 「やばいっ!」と心の中で叫んだ瞬間、すっと指さしながら教師は指名した。
「では、転校早々だが、ラグナーク君。この問題が解けるかな?」
「はい」
 短く答えて、ウィドは静かに席を立った。
 自分が当てられなかったことに胸をなで下ろしつつ、健次郎はその背中を目で追う。
見た所、さっきまで寝ているようだったが、大丈夫だろうか。
まあ、彼のことだからあの程度の問題は必要最低限の情報で解いてしまうのだろうが。
 淡々と電子黒板に数字が表示されていく。
ノートを書き写すだけでも数分はかかるだろうという内容の問題だったが、
それは一分もしない内に、黒板全域が埋まるほどの量になった。
 その答えに、健次郎は思わず唖然とする。
 全てのパターンを交えられたχの式。
健次郎には理解不能な式を使用しての答えに、小難しい条件から割り出された合同証明。
更には関係のない問題が例題として横に記されていて、その答えも緻密に書き出されている。
 これには流石に教師を含む教室内の全員がポカンと口をあけた。
ウィドはそんな彼等を余所に、「楽勝」と小さくクスリと笑う。
そして、唖然としたままで採点しない教師に向かって云う。
「正解ですよね?」
 そして続けて少し悪戯心を含んだような笑みで、
「それとも先生ともあろう方が理解出来ませんか?」
ハッとしたようにマルを入れる教師の背中に止めを刺すのだった。
「うっわー・・」
 そんな彼が気が付いたように向けてきた笑みに、健次郎は思わず小さな声でそう漏らした。


 結局、その日の授業は全てウィドの独壇場で幕を下ろした。
 数学では見ての通り。
国語は誰も気付かないような心理状態を的確に割だし、理科でも誰も知らないような化学変化、元素記号を持ちだし、
専門書を読み漁ってもなかなか出てこないような歴史を語る社会。
 もはや教師もクラスメイトも目が点になっていたが、ウィドは依然として口もとに笑みを浮かべるだけだった。
 健次郎は、判っていたつもりだったが、やはり歴然の差に大きく項垂れた。
最低限授業に出ていれば判っている問題もあった筈なのに――最も、
健次郎は常時イレギュラー・ハンターとして出動しなければならない為、そんなことを云っても無意味なのだが。
 下校のチャイムが鳴る。
いつもより時間がずっと早く進んだ様だった。それだけウィドが加わったことでの授業風景が変わったのだろう。
 ウィドに興味を持ったクラスメイト達がわらわらと群がってくるのを、彼と健次郎はなんとか間を縫って潜り抜ける。
そういえば、自分が転校してきた時も同じようなことがあったなと、健次郎は今更ながらに思い出した。
 質問の嵐に、「また明日な!」とだけ残して、ウィドは素早く教室を退散した。
無論、健次郎も彼に引っ張られて一緒だ。
 足早に校門を出て、適当な建物の裏まで走ると、ウィドはようやく止まった。
「まっ、このままくれば平気だろう」
「あはは。やっぱりこうなるのか」
 自分の時はいちいち質問に答えていたから揉まれたのか。こうすれば良かったんだな。
そう頭の中で納得するセイアに疑問符を浮かべつつ、ウィドは続けた。
「学校っていうのはいつもあんなか?」
「まぁ転校してくる人が来たときは特別なんだよ。きっと」
 ウィドは、ふーんと興味なさげに答えた。
 そして静寂。
ウィドが話を切り出してくれるのを待つ健次郎は、それを悟られない為に腰に粒子として納めておいたライド・チェイサーを取り出した。
特別チューンのそれは、一般隊員では到底乗り熟せないような出力を持つ。
最も、こんな街中でそんな出力を出してかっ飛ばせば、いかにハンター免許を持っていたとしても逮捕されてしまうのだが。
 ウィドは、そんな特別仕様のライド・チェイサー・アディオンに興味を持ったようだったが、
話すべき話題を思い出し、慌てて自分を制した。
 アディオンに股がった健次郎の後の座席にぼすんと座り、つんつんと後から彼を突きながら命ずる。
「さっ、行こうぜセイア」
「い、行くってどこへ?」
「勿論ハンターベースだろう?」
 あくまでさらりと云うウィドに、健次郎は「えっ・・」と思わず言葉を詰めた。
 相変わらずの笑みを口もとに浮かべ、ウィドは再度健次郎の背を押す。
言葉を発する一瞬だけ、その表情を別人の様に引き締めて――
「詳しくはそっちで話す。余りにも重大だ」
 その一言に、健次郎も忘れ掛けていた事の重大さを思い出し、素直にコクリと頷く。
「・・判った」

 *    *    *    *

 学校からベースまでの道中、健次郎は事の経緯をあらかた説明してもらった。
 かねてよりその才能をかわれていたウィドは、何度かハンターベースに赴任しないかと誘われていたが、そのたびに断っていたという。
丁度その時研究していたものは、ハンターとは余りにもかけ離れていたもので、その研究を邪魔されたくはなかったそうだ。
 その研究がようやく終わりを告げた頃、再びベースから誘いがきた。勧誘者の名は『ゲイト』だったという。
 自らの生みの親の相変わらずの性格に、健次郎が少しだけクスリと笑った頃、
二人を乗せたアディオンはようやくハンターベースへ到着した。
結局、『余りにも重大な』話は、到着の影響で日の目を未だに見ていなかった。
「ふーん。まぁまぁなとこだな」
「中は結構綺麗で良い所だよ。全盛期よりは劣ってるって話だけど」
 一度目のシグマの反乱。俗に言う第一次イレギュラー大戦の際、
世界中の都市という都市から施設まで、ほとんどが破壊された。
旧イレギュラー・ハンターベースも例外ではない。
 その後も立て続けに起こる戦乱の中、ハンターベースは優先復興施設に選ばれていたものの、被害はあとを立たなかった。
結果的に、ベースに属する職員たちも半分以下になった今、なんとか落ち着きを取り戻したベースだったが、
そこに以前のような活気は残っていなかった。
 健次郎に云わせれば、今のベースも充分に機能してくれるし、居心地が良いのだが。
 以前、兄が云っていた言葉を思い出しながら、健次郎は自らのIDを通し、内部への扉を開けた。
――お前にも俺が入隊したばかりの頃のベースを見せてやりたかったよ。
 健次郎の部屋は二階だ。
一般的に一階は研究室や食堂――ベースにも僅かに人間の職員は存在する――、指令室等が設備されている。
 なんとなく廊下を歩き出しつつ、健次郎は話題を振る。
ベースの廊下は意外に広い。話ながら歩いても、充分に話し込むだけの距離はあった。
「まず指令室に行くの?」
「いや、学校に行く前に挨拶は済ませてきた。シグナス総監だったけか?
 現存するレプリロイドの中で最も精密なCPUを持つレプリロイド」
「う、うん、確か」
 片手を口もとにあててぶつぶつと呟き始めたウィドを見て、やはり彼は根っから科学者なのだろうと思う。
 イレギュラー・ハンター総監・シグナスが現存するレプリロイドの中で最も精密なCPUを持っているということは、
周囲の承知の事実だ。
彼が総監の任についてから、既にかなりの時間が経つというのに、それが依然として覆されないのは、
ここ数年、地球が復興に力を入れている所為か、それとも余程シグナスは完成されたレプリロイドなのか。
 どっちにしろ、ウィドにとって、これ程の魅力を持つレプリロイドもそうはいない筈だ。
「機会があったら解析されてくれないかな」
「それはちょっと無理じゃないかなー・・」
 一頻り呟いたあと、好奇心の光る瞳で見詰めてくるウィドに、健次郎は苦笑いと共に返す。
 ちぇっと残念そうに舌打ちするウィド。健次郎は、突き当たりに当たったところで「二階に上がるね」と、
脇の階段に足をかけた。
「僕の部屋は二階にあるんだ」
「あ、そうか。寄ってっていいか?」
「うん。いいけど」
 とんとんと静かに階段を登る。
その途中で擦れ違ったハンター達が、敬礼しながら挨拶してくるものだから、
健次郎も「こ、こんにちは。ご苦労様」とぎこちなく返した。
「有名だな。副隊長は」
「あんなに堅くならなくてもいいのになぁ」
「立場ってものがあるんだろう?ハンターにもさ」
 「そういうものかな」と返しつつ、健次郎はふぅと溜息をついた。
確か彼等は第七空挺部隊の一般隊員だった筈だ。確かに彼等から見たら、
第十七精鋭部隊の副隊長――と云いつつ隊長は未だ不在の為、実質的には隊長――である健次郎は、高みの存在だろう。
 しかし、と健次郎は思う。
彼がこの地位についているのは、ロックマン・エックスとゼロの弟という彼の立場の為だ。
本来なら、幾ら戦闘能力が高くとも、経験を積まなければ、唐突に隊長クラスの地位に就くことは許されないからだ。
 結局、兄のオマケという存在でしか見られていないのか――健次郎は、たまにこんなことを思ってしまう自分が、
情けなくも怨めしかった。
「どっちにしろお前に勝てる奴なんてそうそういやしないんだ。胸張ってろって」
「僕だって別にそんなに強いわけじゃないよ」
「それでも今のハンターには重要戦力なんだろう?それでいいだろ」
 初めて云われるパターンに、健次郎はパチパチと瞬きをしたあと、「うん」と頬笑んで頷いた。
 ウィドも、その笑みを見て満足したのか、口もとに柔らかく微笑した。
そんな笑みを見ると、誰か、懐かしく、遠い人の笑みを見たような錯覚に陥って、健次郎はふるふると少しだけ頭を振った。
 いつの間にか、彼等は十七部隊の私室エリアの『ロックマン・セイヴァー』の私室の前まで来ていた。


 部屋に入り、鞄を二段ベッドの下に放り、健次郎はすぐに制服を脱いだ。
シワにならないようにしっかりハンガーにかけておけと兄によく云われていたのを思い出し、
ベッドのパイプに引っ掻けてあるハンターの制服と交換で、学生服をかけた。
 ウィドと一言二言交わし、すぐに飲み物を入れるため、キッチンに向かった。
ウィドは微糖の珈琲が好きだと云っていたので、それも一応捜してみる。
 最近オペレータのエイリアが買ってきてくれたインスタント珈琲がどこかにあった筈だ。
砂糖はまだ開けていない箱が幾つかあった筈だし、カップも何個か余っている。
 インスタント珈琲は元々人間用の飲料だが、最新鋭のレプリロイドである健次郎は、人間と同じように飲むことが出来る。
それが内部機構でエネルギーに変換される――そのエネルギーは申し訳程度の微量――。
レプリロイドも人間と同じように、捕食による精神的な休息があってもよいだろうという配慮だ。
 二つのカップに適量の珈琲豆を入れて、軽く珈琲を作った。
ウィドの云う微糖がどの程度なのか判らない健次郎は、砂糖の容器をそのまま持っていくことにした。
 健次郎は珈琲はどうにも苦手だった。どちらかといえば甘党の彼には、珈琲の苦みはまだ早いのだろう。
「お待たせ」
「お、サンキュ」
 健次郎からカップと砂糖の容器を渡されたウィドは、容器をぱかっと開くと、
中の砂糖を少しだけ抓んで、パラパラとカップの中に振った。
 スプーンで軽くかき回したそれを一口喉に流し込んだあと、ミルクをたっぷり入れてきた健次郎のそれを見て、一言。
「お前、よくそんなに甘いの飲めるな」
「ウィドこそ、よくそんな苦いの飲めるね」
「ま、大人だから」
 からかう様にそう云ったあと、ウィドはぐぃっとカップの中の珈琲を一気に飲み乾した。
 コトンとカップを適当な場所に置いたウィドの目付きは、さっきまでのそれとは違う。
それに気が付いた健次郎は、ウィドの珈琲よりも圧倒的に甘くした自分のものを机の上に置いて、
身体ごとウィドの方へと向き直った。
「・・で、だ」
 さっきよりも一段低く発せられるウィドの声に、健次郎はゴクリと喉を鳴らす。
 自然と二人の間に緊張が走る。今までウィドも健次郎も務めて明るく振る舞っていたことは明白だ。
だが、もう逃れられない。知らずとも起こり得るであろう出来事に、健次郎は備えなければならないのだ。
「お前がこの間倒したウェブ・スパイダスを解析した」
「うん」
「云っておくが、これから先云うことは全て事実なんだ。信じてくれるな」
 コクリ、と健次郎は頷く。
 今更彼を疑う気にはなれなかった。
「俺が解析したスパイダス。メインコンピュータは搭載されていなかった。
 されていたとしても、全く機能しない程に壊れていた筈だ」
 一瞬、自分かウィドがメインコンピュータを破壊してしまったのではないかと仮説を立てた健次郎だったが、
スパイダスに止めを刺す際のウィドの射撃は、スパイダスの胴を撃ち抜いていたし、健次郎自身との戦闘で、
メインコンピュータが搭載されている頭部を損傷させた記憶はない。
「それって・・」
 健次郎は、背筋がゾッとするような感覚を覚えた。
 メインコンピュータが搭載されていないレプリロイドは、当然ながらに動かない。
動けたとしても、それはレプリロイドというよりもロボットで、あれ程複雑な戦闘パターンは組めない筈だ。
なら、何故――
「あぁ。第三者の介入があったと考えられる」
「第三者――・・」
「しかもそいつはスパイダスをコントロールしていたわけじゃない。お前も判るだろうが、
 遠隔操作であれ程の戦闘パターンを組むことは出来ないし、なによりあの闘い方はオリジナルのスパイダスそのものだった」
 ウィドのその言葉に、健次郎は心で納得する。 
ウェブ・スパイダス。彼の闘い方は兄から何度も聞かされている。彼だけじゃない。
第一次シグマ大戦。第二次シグマ大戦。ドップラーの反乱。レプリフォース大戦。ユーラシア墜落事件。そしてナイトメア事件。
それらで闘った敵との話は、全て聞かされ、記憶している。
エックスのアイカメラが捉えた映像を交えて、それらはダイレクトに健次郎の脳に焼きつけられている。
「・・駄目だ、僕には判らない」
 軽く首を横に振って、健次郎は呟く。
 遠隔操作での戦闘は困難を極める。同調しやすいそれ専用のメカニロイドならまだしも、
メインコンピュータすら搭載されていないレプリロイドの脱殻では。
何より、コントロールの指令を伝えていた機器が搭載されているとしたら、ウィドがそれを見逃すことはほぼ有り得ない。
 ならば、何故スパイダスはあのような動き、闘いを挑んできたのか。
結局的に、健次郎の思考はふりだしに戻ってしまうのだ。
「不可能だ。メインコンピュータが搭載されていないレプリロイドは稼働しないし、遠隔操作をしていた可能性もない」
「でも現にスパイダスは・・」
「だが」
 健次郎の反論を無視したウィドは、そこで一旦言葉を切る。
 意味のある沈黙に、健次郎はきゅっと拳を握り締める。
ウィドの双眼をぐっと見詰めて、その唇が開くのを待った。その緊張感の為か、それはたかだか一秒もない時間だった筈なのに、
健次郎は粘っこく長く感じた。
「もし、メインコンピュータの搭載されていないレプリロイドを、修復し、更に強化させ、
 遠隔操作とは違った方法で操ることが出来る技術があったとしたら?」
「えっ――」
 驚愕と共に言葉を連ねようとした健次郎の行為は、半ば強引に阻止された。
 健次郎が言葉を紡ごうとした瞬間、それを掻き消すかのように部屋の中にアナウンスが響いたからだ。
回線は部隊別通信。繋がれる際の独特の効果音が、それが指令室からのものであると教えてくれた。
 ウィドは一旦口を閉じ、健次郎は弾かれた様にアナウンスに耳を傾ける。第十七精鋭部隊出撃要請の放送だった。
『第十七精鋭部隊はただちに出撃準備。目標はTX-33地点。詳細は追って報告――』
「僕、いかないと!」
 第十七精鋭部隊。それはイレギュラー・ハンター内でも飛び抜けた能力を持つ者達で構成されるエキスパートチームだ。
内約は戦闘能力に長けた者、索敵能力に長けた者、作戦構成を得意とする者と様々だ。
 かつては最強のイレギュラー・ハンターとして名を馳せていたシグマが部隊を指揮し、
彼がイレギュラー化した後は、彼を見事撃破してみせたロックマン・エックスがその任を継いでいる。
その出来事は、ハンター内部だけでは留まらず、一般人の間でも有名だ。
 そして現在は、健次郎――セイア――が事実上隊長を務めている。
というのにも、健次郎はまだ隊長の座に就くための一定条件を満たしていないからだった。
入隊して一年と少しの健次郎では、どう足掻いたところで隊長の座には就けないのだ。
 隊長であるエックスが殉職いた今、十七部隊の指揮をするのは副隊長である健次郎の仕事だ。
健次郎は少し温くなってしまった珈琲を一気に飲み乾して、タッと廊下に飛び出した。
「ウィド!ウィドは僕の部屋にいてくれ!」
「いや、俺もいくぞセイア」
「えっ!?」
 短くすぱっと言い放ったウィドに、思わず健次郎は声を上げる。
 ウィドは今までコートに隠れて見えなかった腰のホルダーから、
高出力のレーザー銃――以前、これでスパイダスを撃ち抜いた――を取り出し、健次郎にそれをちらつかせて見せた。
 その目は「護られるばかりじゃない」と言いたげだ。
「でも・・」
「嫌な予感がするんだセイア。俺は」
 コクリと頷く健次郎。
 確かに感じるこの胸騒ぎは、ただごとではない。
そして、自分の嫌な予感が的中しやすいことは、健次郎自身よく理解しているつもりだ。
 部隊を指揮する者として、部隊に配属されていない者を巻き込むことは出来ない。
しかし、弱体化したイレギュラー・ハンターは、例え精鋭部隊といえど、その人数は全盛期の半分もいない。
何より、特A級のランクを持つハンターは、今や健次郎しか存在していない。
 彼の実力を知る上では、一緒に来てもらえればかなりの戦力になることは判っている。
彼の実力を知るセイアと、副隊長を務めるロックマン・セイヴァーの狭間で、健次郎はギリリと歯軋りをした。
「セイア!」
 もう一度名を呼ばれて、健次郎は躊躇と共に首を縦に振った。
「判った。一緒にいこうウィド」
 後で責任を追求されるようなら、自分一人で責任を負う覚悟はあった。


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