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ロックマンXセイヴァーⅡ 第弐章~脅威~

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rocnove

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 ロックマン・セイヴァーは、片手に繋がれた様々なコード類を見詰め、ゴクリと喉を鳴らした。
 傍らでは、懸命にPC画面と睨めっこしつつ、ウィド・ラグナークがキーボードを叩いていた。
目的はそう、突如として変化を遂げたセイアのバスターのデータを解析することだ。
 クリアレッドと変わったセイアのバスター。
その出力は元の姿の比ではなかった。先程の試し撃ちでは、的どころか、そこら一帯を完全に吹き飛ばす程の威力を見せている。
フルチャージですらない射撃で、だ。
まだフルチャージ・ショットの試し撃ちはしていない。が、もしフルチャージで放つことになったら、
果たしてこの正体不明のバスターはどれ程の威力を暴走させるのか。
考えただけでもゾッとした。
 そもそもバスターの変化は、あのストーム・フクロウルの残骸から出現した謎のメカニロイドとの接触にあると考えたウィドは、
セイアにバスターの解析を勧めた。セイアもそれに賛同した、というわけだ。
 PC画面に流れていく文字列に、セイアは眉をしかめる。
殆ど申し訳程度の知識しかないセイアには全く読み取れない専門用語だらけの文字列。
ウィドはそれを見て何やら唸っているようだった。セイアは、そんな彼の様子を見て、なんだか不安にかられる。
「ウィド」
 話しかけても、余程集中しているのか、ウィドは振り返らない。
もう一度呼びかけてみたが、結果は同じだった。
 セイアは、仕方無しにもう一度PC画面を覗き込んだ。
流れていく文字列はその流れを止めていた。代わりに、真っ赤な文字でアラートが表示されていた。
かなりの重要ファイルなのか、それとも単に操作ミスなのか。
セイアが何かを尋ねようと声をかけたときには、ウィドは既にそれを突破し、その先のファイルを開いている途中だった。
流石だなと舌を巻きつつ、セイアは彼の背中を見る。
セイアは、ふと誰かの背中を見た気がした。
ウィドと同じ、髪の色こそ違えど長い髪をした、孤高の剣士。
セイア自身は一度しか逢ったことがないが、その力強さと優しさは確かに伝わった、誰か――
 セイアがその者の名を口に出しそうになったとき、それを遮るようにウィドが呟いた。
「『H・L』」
「エイチ・エル?」
 セイアが鸚鵡返しすると、ウィドはようやくセイアの方へと振り返った。
セイアの右手に繋がれたコード類を取り外しつつ、ウィドは少し皮肉混じりの笑みで答えた。
「『ハイパー・リミテッド』の略さ」
「ハイパー・リミテッド?なに、それ?」
 完全にコード類を取り払われ、自由になった腕を軽く振るセイア。
ウィドに「もうアーマーを解除していいぞ」といわれ、セイアはアーマー解除シグナルを出し、徳川健次郎へと還った。
 解除されたアーマーはすぐに部屋の隅っこにあるカプセルへと転送される。
第三者視点から見たクリアレッドの両腕を見て、健次郎は複雑な気分に陥った。
健次郎の右腕――あの謎のメカニロイドを受け止めた方の腕だ――にも、大きな痣が出来ている。
医療ユニットによって治療されても尚残ったこの痣は、今でも時々ズキズキと痛む。
「『リミテッド』。セイアは聞いたことないのか?」
 そっとコールドスプレーで冷やした健次郎の痣に当てながら、ウィドは尋ねた。
ヒンヤリと冷たい布の心地よさを感じながら、健次郎はふるふると首を横に振った。
「ううん、聞いたことないや」
「そうか」
 ウィドは溜め息交じりにそういうと、手近な椅子にゆっくりと腰掛けた。
 ズキッ。また痛み出した痣に顔を顰めつつ、健次郎は口を開いたウィドの言葉に、静かに耳を傾けた。
 リミテッド。それは悪魔の技術だ。初めにウィドがいったのは、その一言だった。
 かつてのDr.ドップラーの反乱時、彼が開発した悪魔の技術。それがリミテッド。
それはレプリロイドを強化・再生・進化させる特殊メカニロイドで、
ドップラーはそれを利用し、今までエックス達によって破壊されたイレギュラーを復活。
『リミート・レプリロイド』と呼ばれる特殊兵器と化し、彼等を襲撃したという。
 リミート・レプリロイトと化したイレギュラーの戦闘力は、再生前を圧倒的に凌ぎ、エックス達を危機に陥れた。
エックス達は過去の経験と特殊武器、そして協力を以てリミート・レプリロイド達を撃破。
首謀者であるDr.ドップラーを撃破した。
 過去三度、リミテッド絡みの事件は勃発しているとデータは残っていた。
そしてハイパー・リミテッドとは、第三次リミテッド事件内で出現した強化型のリミテッド。
今回確認されたリミテッドは、ハイパー・リミテッドに近いデータ構造をしていたらしい。
「つまり何らかの原因でリミテッドは復活し、再び姿を現わした、というわけだ」
「ハイパー・リミテッド。リミート・レプリロイド。強化・再生・進化・・」
 告げられたばかりの事実を、健次郎はぼそぼそと反芻する。
 兄から今までの闘いについては全て聞かされたつもりでいた。
Dr.ドップラーについても、名前だけは知っていた。しかし、リミテッドという単語は、今まで聞いたこともなかった。
全てを聞く前に兄は帰らぬ人となったのか、それとも兄は意図的に話すの拒んでいたのか。
今となっては確認する術はないが、それが今になって表面化してきたのは、一体どういうわけなのか。
「リミテッドの出所はまだ判らない。だからいつリミート・レプリロイドが出現するかも判らない。
 はっきり言って、今のハンター内でリミート・レプリロイドと闘えるのはセイア、お前だけだ」
「・・・うん、判ってる。僕が闘わなきゃいけないんだよね」
「あぁ。すまない、戦闘面では殆ど力になってやれない。オレは・・」
「いいんだ、ウィド。兄さん達はもういない。僕が兄さん達に代わって、闘う。それでいいと思ってるから」
「セイア・・」
 グッと拳を握ってみせて笑う健次郎の姿に、ウィドは少し寂しそうな笑みを見せた。
本人は俄然やる気と出してみせた拳だろうが、その腕に深々と根づいた痣が痛々しい。
時々激痛に見回れて顔を顰める健次郎が、ウィドにはどうしようもなく辛かった。
「アーマーの調節と調査の続きはオレがやっておく。セイアは部屋に戻ってゆっくり休んでくれ」
「僕も手伝うよ、こんな凄い量のデータ、一人で片付けるの大変でしょ?」
「いや、オレ一人でやる。セイアはまだ前の闘いのダメージが残っているんだ。
 いざという時闘えないんじゃ仕方ないだろ?」
「あ、そっか」
 腕が痛んだらもう一度来いと言付け、ウィドは健次郎の背中を見送った。
 軽く腕を抑えて出ていく健次郎の姿は、やはり痛々しくて――
ウィドは少しの無力感を感じた。何故、あの時もっと早く気付いてやれなかったのか。
 振り返って健次郎のアーマーを見る。変化した両腕のクリアレッドの装甲は、
未だにキラキラと輝かしく煌めいていた。
それは端から見れば酷く美しく、素晴らしいものに見えるだろう。
しかしウィドから見れば、酷く醜く、惨いものに見えた。
「ちっ」
 クリアバスター。健次郎には告げなかった、変化したバスターの名称。
かつてエックスが健次郎と同じようにリミテッドに侵された際に生み出した両刃の刃。
出力を大幅に上げる代わりに、自身の身体を、精神力を削る。
リミテッドはどんどんと精神を侵していき、破壊衝動を煽る。
そして最終的にそれが頂点に達したとき、エックスは――
「『イクス』・・」
 ウィドはモニタ内に映る深緑のアーマーのレプリロイドを、憎々しげに見、その名を呟く。
 『イクス』。それは、リミテッドに精神を侵されたエックスが、
その呪縛を体内から追い出した際に生み出した、彼のコピーであり、戦闘型リミテッドが具現化した姿。
エックスを上回る戦闘能力を持ち、彼を惑わした悪夢。
最終的には悪夢に打ち勝ったエックスによって撃破されたが、果たして健次郎・・セイアは――
 セイアは打ち勝てるだろうか、リミテッドの呪縛に。
そして、或いは生まれてしまうかもしれない、イクスと同じ彼の影に。
「セイア、負けないでくれよ」
 自分自身に――
「お願いだから・・」
 心の中で、セイアの映る鏡が砕けたように気がした。
 自分に光を、差し込めてくれた唯一の鏡が。
粉々に砕け散った鏡の先にあったのは、永遠の暗闇だった。


 グチャグチャとジェル状の液体に包まれた、気味の悪いメカニロイド。
それは撃ち抜かれ、倒れたレプリロイドの傷口から、粘着質な音を立てながら這い出してくる。
 ジュルジュルと全身をくねらせ、動く姿はさながら吐き気すら催す。
レプリロイドを撃ち抜いた紅の鎧の少年目掛けて、それは思い切り飛び込んだ。
 少年がそれを躱す暇もなく、それは抵抗する少年をいとも簡単に取り抑え、倒れ伏した。
程なくして起き上がった少年の鎧は、変化していた。
初めはバスターだった。クリアレッドの装甲に弓のような外装がついた両の腕。
そして次はボディだった。グチャリグチャリとまるで生物の鼓動のように、ゆっくりと全身の外装が変化していく。
その全容がクリアレッドの装甲と化し、最後に少年の表情が変わる。
血に塗れたような真紅の瞳に、もはや別人かと思われる程に凍りついた表情。
 彼はゆっくりゆっくりとこっちへ近付き、変化したバスターを向ける。
破壊的なエネルギーと、何も感情を宿さない表情が、こちらへ向く。
そして、彼が凍りついた顔のまま薄く笑った瞬間、彼は口からドッと血を吐き、倒れた。
 煙が上がっていた。少年の左胸にポッカリと穴が開いていた。
崩れ落ちる少年の影から、それは姿を現わした。
 彼にそっくりな姿をした、同年代の少年だった。
深緑の髪に、真紅の瞳。倒れた少年よりも更に攻撃的なデザインをした鎧も、やはりダークグリーン。
顔に稲妻のような刺青がある少年。その右手は、バスターとなっていて、煙が上がっていた。
今まさに発射したばかりだということを示す、狼煙が――
 彼は倒れた少年の身体を踏みつける。
声は聞こえない。それでも、狂気的な笑みを浮かべ、大声で笑っているのが判る程、大きく口を開いて。
ぶしゅぶしゅと倒れた少年の身体から真っ赤な液体が噴水のように上がる。
少年はそれを全身で受け止めて、また笑った。
 倒れている少年は、真っ赤な液体で汚れたセイアだった。


「――っ!!?」
 不意に意識を覚醒させたウィドは、びっしょりと汗をかいた身体で、必死に呼吸を整えた。
 全身が熱い。そして、寒い。こんなに汗をかいているのだから、無理もないだろう。
 一向に呼吸が整わなかった。全身が小刻みに震える。酷く頭が痛い。
自分を確かめるように抱き締める。その感覚すら、怪しげにぼけやているような気がした。
 ――夢だった。
 謎のメカニロイド――ハイパー・リミテッド――がセイアに取り憑き、
彼を少しずつ変貌させていく。
 最初はバスター。次に装甲。そして最後は彼自身をも脅かしていく。
冷たい表情の彼。真紅の瞳をした彼が、凍りつくような笑みを浮かべる。
 その矛先がウィドに向こうとしたとき、セイアは撃ち抜かれ、倒れた。
撃ち抜いたのは――撃ち抜いたのは?
「・・・嘘だ」
 撃ち抜いたのは、彼自身だった。
 セイア自身が生み出した、リミテッドの化身。
ダークグリーンのアーマーを着た、セイア。雷の刺青をした、セイア。
 彼は彼自身が撃ち抜いたセイアを、楽しそうに弄び続ける。
蜂の巣にし、斬り刻み、蹴りを入れ、その全身を朱と染めながら。
 そして、そして――?
 そしてどうなった――?
 彼は――セイアは、セイアは死んだ。
 自らの化身に玩具にされ、粉々になり、ただの鉄くずとなって。
 ウィドを置いて。また彼を、独りぼっちにして。
「セイア・・」
 いつの間にか消えていた照明。ウィドは、真っ暗やみに向かって手を伸した。
 それを掴んでくれる者は誰もいない。
不意にそんな錯覚がウィドを襲った。
 今部屋を出ても、誰もいない。
驚いてセイアの部屋にいっても、彼はいない。今まですぐ傍で頬笑んでいた彼は、いない。
街に出ても、学校へ行っても、人も、レプリロイドも、誰もいない。
何も無いカラッポの世界に、ウィドはたった一人。
街も、木も、海も、山も、全てが硝子細工となって消えていく。
そして最後に残った暗闇の世界で、たった独り。
 そんなウィドに声をかけたのは、冷たい笑みを浮かべた、セイアにそっくりなダークグリーンの少年。
彼はセイアと同じ顔、同じ声でこう云う。
『さようなら』
 そう云って、真っ赤に染まった銃口をウィドに向ける。
そして、そして――
「あ、あ、ぁっ・・うぁぁぁあぁぁああぁっあっぁぁっ!!」
 耐えきれず絶叫したウィドの声は、誰もいない研究室に静かに木霊した。
 PC画面には、依然として『イクス』のデータが表示されたままだった。
 コードネーム『IX』。リミテッドがロックマン・エックスに付着した際に生まれた彼の幻影。
その戦闘力もさながらエックスを惑わし、一時は彼を鬼へと変える。
だが、ゼロの助けもあり、復活したエックスにより撃破。後にマザーリミテッドの一部となるが、
マザーリミテッドも直後、エックスとゼロにより撃破される。
 その後第三次リミテッド事件時に復活。その際のコードネームは『Return・IX』。
更に強化された戦闘力でエックス達を苦しめるも、その後出現したシグマ・リミテッドとの戦闘時、
エックスに協力。シグマ・リミテッドを撃破した。
 そして、その後は――その後のデータは入力されていなかった。


 健次郎は一通り見終えたデータファイルを閉じ、はぅっと息をついた。
 閉じられたデータファイル名は『特殊武器』『ラーニングスキル』。
兄達が今までの闘いの中で得た特殊武器とラーニング技について纏めてあるデータだ。
 特殊武器・ラーニング技にはそれぞれどの大戦で入手したか、
またどのレプリロイドから入手したか、そしてどのレプリロイドとの闘いで効果を発揮したかが明記されている。
 特殊武器とラーニング技は、その数八十。
改めて確認すると、健次郎自身も使ったことがない武器やスキルが出てきて、圧巻だった。
 兄達はこの八十もの力を、永い永い闘いの中で手に入れ、強敵に打ち勝ってきた。
そして今健次郎自身も、きたるべきリミート・レプリロイド達を相手にするには、
この八十の力が必要なのだ。
 八十の特殊武器とラーニング技。出来る限りの特性を覚え、使いこなし、
それに対応するリミート・レプリロイドが出現した際、効率よく使用出来るようにしなくてはならない。
 そして或いは闘いの最中でエックス・ラーニングシステムをフル活用し、再ラーニング。
新たな必殺技として放つ必要がある。
 現在健次郎がロックマン・セイヴァーの姿で放つことが出来る新必殺技は、四つ。
電刃Ⅹ。フルムーンⅩ。Ⅹ滅閃光。そしてフクロウルとの闘いで再ラーニングしたⅩ落鳳破。
これらの健次郎オリジナル技は、威力は申し分ないが、いかんせんエネルギー使用量が大きいという弱点を持つ。
ブラックボックスのゼロ・ラーニングシステムを無理矢理にコピー。
更に扱いやすくエックス・ラーニングシステムとして健次郎に搭載したのが祟っているのだ。
しかし、それに見合った威力はある。あとは、健次郎自身がどこまで有効に使用出来るか、だ。
「・・・頑張らなくちゃ」
 健次郎は、再び開いた一覧表を睨み付けたまま、呟く。
 エックスとゼロがいない今。闘えるのは自分しかいない。
相手が例え、悪魔の技術と云われるリミテッドでも、怯まず闘わなければならないのだ。
一年前のワイリーとの決着の時、健次郎は誓ったのだから。
エックスに代わり、イレギュラー達を倒す、と。そして、過去からの因縁を全て引き受けると。
「兄さん、ボク頑張るよ」
 健次郎は、PCのデスクトップ壁紙にしている兄達の姿に向け、静かに笑った。
 楽しそうにじゃれあっているエックスとゼロの写真だった。
エイリアに頼み込んで捜してもらったところ、たった一枚だけ出てきた、少し古い写真。
丁度、イレイズ事件が終わった頃の写真だとか。撮影者はレプリフォースのアイリスだと云っていた。
 無論そこに健次郎の姿はないし、この時は健次郎が生まれる等ということは、二人も夢にも思っていなかっただろう。
楽しそうな笑みを浮かべた二人の姿は、なんだか酷く寂しかった。
自分には決して向くことのなかったエックスの笑みと、見たこともないゼロの笑み。
健次郎が生まれた頃には、ゼロは既に還らぬ人とされ、エックスもイレギュラー・ハンターとしての覚悟を決めていた。
 健次郎はこの写真を見る度、思う。
 自分もこんな笑みを浮かべた二人と、少しの間でも一緒に過ごしたかった、と。

 *    *    *


 科学者型レプリロイド――Dr.バーンは、何度目か判らない溜息をついた。
「ウィド、そこの計算間違ってるぞ」
「えっ、あっ・・!」
 指摘され、少年は慌てて訂正を始める。
まだ十歳前後の小さな少年。その年齢に適わない、複雑極まりない計算が、彼の手元では繰り広げられていた。
その傍らには、レプリロイド工学の最先端技術の書籍が、
その更に上にはDNA構造について・・一口で云えばバイオテクノロジーついてにのデータファイルが乗っている。
 ポリポリと頬を掻きながら最初から計算をし直すウィド。
Dr.バーンは、そんな彼の後姿に肩を竦めながらも、小さな笑みを浮かべた。
Dr.バーンにとってウィド・ラグナークと名付けた少年は、実の息子の様な存在だった。
レプリロイドであるDr.バーンには一生知ることがないと思っていた親子の情。
それを知ることで、Dr.バーンは人間とはこれ程までに暖かい生物なのだと知った。
そして、愛情を知らなかったウィド自身も――
 ことの始まりはつい半年かそこら前だった。
 イレギュラー・ハンター・ゼロ。彼とDr.バーンは古い知り合いだった。
まだゼロが第十七精鋭部隊に配属されたばかりの頃からの。ふとしたきっかけで知り合ったのだが、
そのきっかけがなんだったのか、Dr.バーンは覚えていない。
 半年前、第三次リミテッド事件が終結した。決着をつけたのはゼロと、その親友であるエックスだった。
その後イレイズ事件等もあったらしいが、二人は苦戦しつつも問題なく解決していた、そんな時期だった。
 ゼロがとある極秘任務――第零特殊部隊はその名の通り特殊任務を熟す――で潜入した施設内で保護されたのが、
このウィド・ラグナークと名付けた少年だった。
 彼は試験管ベイビー、簡単にいえばホムンクルスだった。
数あるホムンクルスの中で、唯一生き残った成功作。その目的は、権力者のそっくりさんを作ったり、
戦闘力に長けた者、頭脳に長けた者を創ることだったらしい。
 野心に溢れたクズ野郎。それが、ゼロが放った首謀者への言葉だった。
そしてウィドはゼロに保護され、ハンター本部へは隠蔽したまま、Dr.バーンに彼を預けた。
ゼロはただの気紛れだと云っていたが、Dr.バーンには彼の気持ちが判る気がした。
 ハンター本部にウィドを引き渡した場合、彼はどうなるか判らない。
組織の実態を探る為に解剖されるかもしれない。もしくはそのまま処分か。
どっちにしろ有利な方へは持っていかれまい。ウィドには何の罪もないのだ。
そんな犠牲者であるウィドを玩具にしたくはない。Dr.バーンには、ゼロがそう云っているように見えた。
「これ終わったら、ゼロを見に行っていいかな」
「全て正解出来れば、な」
 Dr.バーンがそう答えると、ウィドは更に張り切って問題を解き始める。
 カプセルの暗闇から救い出したのがゼロだった為か、ウィドはゼロが好きだった。
実際に逢うと殆ど会話はないが、それでも。
 現在ゼロはDr.バーンの研究室のカプセルの中で眠っている。
修復プログラムにその全身を任せて。
 数ヶ月前のコロニー落下事件の際のダメージの所為だ。
宿敵シグマとの闘いの際に受けたダメージは深刻で、世間では行方不明とされている。
実際はDr.バーンが極秘裏に回収、修復を行っている。が、数ヶ月という月日をかけながらも、
ゼロは一向に目を覚ます兆しを見せなかった。
 来年。或いはもっとかかってしまうかもしれない。
それほどまでに、ゼロのボディを修復することは難しいのだ。
「ウィド、そこの計算また間違えてるぞ」
「あ、しまった・・!」


「ウィド、ウィドったら!」
「また間違え?・・まさか、そんな、俺はちゃんと確認し・・」
「ウィード!」
 三度、自分の名を呼ばれ、ウィドはようやく顔を上げた。
視界に入ってきたのは、全くといった感じの健次郎の顔と、班のメンバーたちの面々だった。
 電子ブラックボードに表示されているのは、何かの役割決め。
どうやら学活の時間に居眠りしてしまったらしい、「悪い」というと、健次郎は「もう、ちゃんと起きたの?」と、
額をつんっと人指し指でつついてきた。
 適当に相槌を打ちながら、ウィドは机に頬杖をついた。
研究所の時と数えて二回。居眠りするなんて、自分らしくない失態だ。
ここのところ課題詰めだったからだろう。思えばろくに眠っていなかった。
 懐かしい夢だった。まだ、Dr.バーンのところで勉強を教えられているときのこと。
あの頃は世間が色々と騒がしかったらしいが、別に気にすることなく、勉強に没頭することが出来た。
部屋へいけばカプセルに入ったゼロに逢えるし、Dr.バーン――父親は優しく、厳しかった。
 あれから四年。
勉強の過程を修了したウィドは、自らの研究を始める為、Dr.バーンの元を離れた。
Dr.バーンも「可愛い子には旅をさせるべきだ」と快く承諾してくれた。
ゼロもどうやら復活したらしいが、復活したゼロとは逢っていない。
最後に父に逢ったのは、丁度ゼロが封印された直後のことだった。
 あの頃とは違い、ろくに会話をすることもなく、別れた。
ただ一つの預かり物を受け取って。差出人はゼロから、そして受取人は――セイア。
 本当は最初に出逢った際に渡そうと思っていたけれど、破損が酷く、すぐには渡せなかった。
今はもう修理を完了しているが、セイアの心理上、今はまだ兄のことを思い出したくはないだろう。
だから、まだウィドは預かり物を渡すつもりはなかった。
いつかセイアが本当にそれを乗り越え、落ち着いたときにでも渡そうと思っている。
この、いつでも懐に忍ばせている、金色の柄を――
 ふと見ると、健次郎が少し表情を引きつらせているのが判った。
片手でもう片方の腕を抑えている。抑えているのは、あの痣が出来ている部分だ。
 額には冷汗が浮かんでいる。顔色も、優れない。
「セイア」
 耳元でそっと耳打ちする。健次郎は、辛そうな表情のまま、ウィドの方を見た。
「な、なに?」
「大丈夫か?なんなら、保健室に行こう」
 健次郎は、少し微笑を浮かべつつ、小さく首を横に振った。
 キョロキョロと何かを探るように辺りを見回しつつ、健次郎は云った。
「嫌な予感が、するんだ」
「嫌な予感?」
「うん。まるで、何かが近づいてくるような、そんな気が――」
 リミテッドに引かれ合っているのか――ウィドは、健次郎が抑える腕を見て、ふと思った。
 リミート・レプリロイドを支配しているのはハイパー・リミテッド。
そして、健次郎の腕とセイアのアーマーに寄生しているのも、同じくハイパー・リミテッドだ。
もしハイパー・リミテッドが既に健次郎の精神にまで寄生しているとしたら、
リミート・レプリロイドが近くにいる場合、その存在を感じるかもしれない。
だとしたら、危険だ。ここは学校、非戦闘員が多すぎる。こんなところで戦闘に突入したら、被害は免れられない。
 ウィドが健次郎に「教室を出るぞ」と呼びかける直前、健次郎が不意に立ち上がり、叫んだ。
「みんな、伏せろっ!!!」
 突然の呼びかけに、クラスの半分以上が反応しきることが出来なかった。
「間に合わない」と小さく叫んだ健次郎は、
アーマーを素早く転送すると共に、教室の側面にある窓硝子に向け、撃った。
 リミテッドの影響か、バスターと同じクリアレッドの光弾が飛翔し、
逆方向から飛来した氷の塊を撃ち抜き、その場で蒸発させた。
 教師を含んだクラス全員が硬直した。当然だ。突然に教室内でバスターが発砲されたのだから。
「ウィド、みんなを頼むっ!」
 ロックマン・セイヴァーと化した健次郎は、その叫ぶと共に窓硝子を蹴破り、校庭へと跳んだ。
 ここは一階ではないが、セイアの瞬発力・運動性・アーマー強度なら幾らでも耐えることが出来る高さだ。
 セイアの行く先を追って窓硝子に殺到するクラスメイト達を必死で宥めながら、ウィドはセイアの後姿を確認した。
既に戦闘は始まっていた。エックス・サーベルで氷の塊を受け止めるセイアの前には、
彼の二、三倍はあるであろう巨体が動いていた。
「フロスト・キバトドス」
 やはりリミート・レプリロイドと化しているのが一目で判るが、
それは確かにフロスト・キバトドスだった。
武装はその豪腕と、フロスト・タワーと呼ばれる巨大な氷の力。
記録によれば、エックスを一度瀕死に追い詰め、共に出撃したフローズン・バッファリオを機能停止にまで追い込んだ強敵だ。
 キバトドスはその後、レプリフォースのトップであるジェネラルに反逆者として破壊されたが、
その戦闘力は目を見張るものがある。恐らく、通常装備のエックス一人では勝つことは不可能だっただろう。
 確かにセイアは強い。その強さはエックスとゼロをも既に超えているかもしれない。
しかし、相手はエックスを瀕死に追いやったキバトドスが、リミテッドによって更に強化されたキバトドス・リミテッドだ。
クリアレッドのバスターは強力だが、セイアは未だに使いこなせていない。この闘い、危険だ。
「みんな、絶対に外に出てくるな!いいな!」
 ウィドはクラスメイト達にそう一喝すると、素早く教室を出た。
走りながら腰のレーザー銃を確認する。大丈夫だ、エネルギーは充分にある。
小型のレーザー銃と云えど、真面に直撃させれば、隙くらいは作ることが出来る。
セイアと上手く連携すれば、勝ち目はある――


「くっ・・!」
 思いの外素早いキバトドスのパンチをサーベルで受け止め、セイアは呻いた。
なんて重い拳圧だ。こちらは両手で受け止めているのに、吹き飛ばされてしまいそうだ。
 姿勢を低くし、パンチを受け流し、ダッシュで真横へと移動しながら、バスターを浴びせ掛ける。
この強化されたバスターの威力なら、多少は効果がある筈だ。
 しかしキバトドスの装甲は、動きからは想像出来ない程に分厚く、
チャージのないセイアのバスターは、氷で覆われたその装甲の前に、無残に散らされた。
 ならば、とチャージしてバスターを放つが、キバトドスが眼前に配置したフロスト・タワーを貫くことは出来なかった。
「・・っ!」
 キバトドスの弱点は判っている。焔だ。
ファイヤー・ウェーブ。ラッシング・バーナー。ライジング・ファイア。マグマ・ブレード。
そして龍炎刃。翔炎山。
セイアが現在使える武装はこれだけだ。これをいかに有効的にキバトドスにぶつけるか。
 最も使いかってがいいのはマグマ・ブレードだ。
これなら通常のサーベル感覚で扱えるし、使用エネルギーも少ない。
「たぁぁぁ!」
 キバトドスは巨体だ。それ故小回りが効かない筈。
一度三角蹴りで壁に駆け上がり、エアダッシュでキバトドスを跳び越え、視界から消える。
そしてキバトドスが振り向くよりも前にマグマ・ブレードの一閃を叩き込む!
 一気に辺りに水蒸気が散乱し、二人の視界を奪った。
しかし、確実に斬り込んだ手応えはあった。
「・・くっ!?」
 しかし甘かった。水蒸気で視界が悪い中、唐突に頭部を鷲掴みにされ、セイアは思わず小さな悲鳴を上げた。
 エックスの強化アーマー並の剛性を誇るセイアのヘルメットが、ミシリと音を立てた。
セイアの数倍、下手すると十倍はある握力だ。こんな握力をいつまでも加え続けられたら、
それこそ一巻の終わりだ。
 セイアはつかまれたままバスターをチャージし、キバトドスの頭部目掛けて放った。
流石にフルチャージは堪えたのか、少しの隙が出来た。その隙に掴んでいた掌を引っ剥がし、
キバトドスの苦手とするだろう懐へと飛び込み、灼熱のサーベル、翔炎山を切り上げる。
 悲鳴を上げて反り返ったキバトドス目掛け、更に焔の塊――ラッシング・バーナーを連射!
「うぉぉぉ!!」
 直撃、直撃、フロスト・タワーに掻き消された。
二発のラッシング・バーナーを受け、キバトドスは悲鳴を上げて炎上する。
手応えはありだ。しかし、まだ油断は出来ない。なにせ、相手はフロスト・キバトドス。この程度で倒れるようなら、
とっくの昔に倒せている筈だ。
 セイアはバスターの照準をキバトドスに向けたまま、ゆっくりとチャージを始めた。
キバトドスが飛び込んだ際に放つつもりだ。真面に浴びせれば、大ダメージが望める。
 再び氷の装甲を帯びたキバトドス。不意に拳を振り上げたかと思うと、
何もない空間に向けてねじ込んだ。
一瞬、セイアはその動作を理解することが出来なかった。理解したのは、見えない空圧に吹き飛ばされた瞬間だった。
 拳圧だ。拳圧だけで空気の弾丸を捻り出したのだ。
 校舎の壁に貼り付き、体制を立て直す。
だが三角蹴りで反転するよりも前にキバトドスがセイアの片足を掴み、セイアの比にならない程の腕力で、
彼を振り回し始めた。
「くそぉっ!離せっ!!」
 ライジング・ファイアを装填し、放とうと狙いを定めるが、
ぶんぶんと振り回される中、手元がぶれて狙いが定まらない。
 やばい!――セイアが心の中で叫んだとき、彼は空へ投げ飛ばされていた。
目の前にある校舎の窓硝子が、凄い勢いで通りすぎていく。
二階、三階、四階。次々と流れていく窓硝子の中、クラスメイトの姿がセイアの視界に一瞬入った。
「みんな・・!」
 呟いた時、流れていた窓硝子が途切れた。屋上まで投げ飛ばされたのだ。
すかさず壁を掴み、三角蹴りで駆け上がる。
よろめく身体を何度かの側転で支え、ホッと一息。しかしゆっくりしている暇はない。
すぐに校庭へ降りてキバトドスを倒さなければ、被害が広がってしまう。
 屋上の金網に足をかけ、飛び降りようとするセイア。
そんな彼の背中を、不意に灼熱の炎弾が直撃した。
「ぐっ!?」
 前につんのめりそうになったところをギリギリで堪え、セイアはすかさず後方へむけてバスターを放った。
しかし、それは撃ち落とす形で放たれた二発目の炎弾に掻き消され、相殺の形でその場で弾けた。
 炎弾を放った張本人の姿を確認して、セイアは苦笑少々、驚愕少々の複雑な表情を作る。
マグマード・ドラグーン。灼熱の格闘家の姿がそこにはあった。
姿が変わっている。スパイダス、フクロウル、キバトドスと同じように、リミテッドに感染しているのだ。
「ドラグーンまで・・!」
 前門の虎、後門の狼とはこのことだ。
セイアはすぐにダブル・サイクロンをバスターに装填した。ドラグーンの弱点は風。
使える武器はストーム・トルネード。ダブル・サイクロン・ウイング・スパイラル。
そして疾風。
 ドラグーンの素早い動きに対応するには、ダブル・サイクロンと疾風が有効だ。
まずはダブル・サイクロンをぶつけ、動きを止め、疾風を叩き込んで止めを差す。
 波動拳と呼ばれる炎弾をジャンプで避けたセイアは、すかざす二発のダブル・サイクロンを浴びせ掛けた。
だが、バックスウェーで躱したドラグーンは、セイアと同じように跳躍すると、
空中からの焔を纏ったキックを、深々とセイアの腹部に打ち込み、コンクリートに叩き付けた。
「くっ・・!!」
 呼吸が止まりそうになりながらも、追い打ちの踏みつけを身体をねじることで躱し、
代わりに起き上がり様に疾風を叩き込み、後退させる。だが、いかんせん咄嗟に放った攻撃。
殆ど効果はない。
 代わりに昇竜拳――アッパーカットを顎先に叩き込まれ、セイアは再びコンクリートに背中から叩き付けられた。
「・・・強いっ」
 キバトドスもドラグーンも、兄達が苦戦した強敵だ。
 いかに有効な特殊武器を持っているといっても、実力差が立ちはだかった。
しかも相手はリミテッドで強化され、更にその戦闘力を上げている。
まだ兄達を完全に超えきれていないセイアに、この二体は荷が重すぎた。
 強化アーマーを転送すればなんとかなりそうだが、生憎一年前の闘いで殆どのそれを破壊してしまった為、
今は装着することが出来ない。
 どうすればいい――セイアは上半身を上げながらに自問した。
 どうすればこの二体を倒せる。どうすれば――
『セイア、チカラガ欲シイノカイ?』
「・・・――・・!?」
 不意に頭の中で声が響いた。聞いたことのある声。
それは、自分と同じ声――
『欲シイヨネ。ダッテ、ソウスレバアイツ等ヲ倒セルモノ』
「なっ・・・」
『コンナ風ニ強ク、サ』
「・・・!?」
 奇妙な違和感を感じたセイアは、慌ててバスター化した自らの右腕を見やった。
 そして、驚愕。
 クリアレッドの装甲が、じゅくじゅくと蠕動し、形を変え始めていた。
一回り大きく。そして、バスターの四隅に小型のブラスターを更に増設して。
『ボクヲ受ケ入レテヨ、セイア』
「なにっ・・!くっ!?」
 再び灼熱の蹴りを見舞う為に飛び込んできたドラグーンに、セイアは慌てて変化したバスターを向け、放った。
さっきの数倍はある巨大なエネルギーの塊は、ドラグーンを一気に飲み込むと、彼をそのまま後方の壁にまで押し退けた。
チャージもそこそこの、咄嗟に放ったバスターだというのに、今まで放ったどの攻撃よりも、鋭くドラグーンを射止めた。
 その状況が理解出来ないまま、セイアはフラリと立ち上がった。
バスターの威力に満足げに笑う、頭の中の声。クスクスとした笑い声が、セイアの耳の奥で木霊した。
『ドウ?コノチカラハ。素晴ラシイデショウ、セイア。ボクヲ受ケ入レバ、モットモット強クナレルヨ。
 モットモット強ク。ソウ、兄サン達ヨリモモット、ネ』
「もっと、強く。兄さん達よりも・・」
 セイアにとって、『強さ』はある種のコンプレックスだった。
 いつも兄エックスの背中を見てきた。セイアにとってエックスは、誰よりも強い最強の戦士だった。
だからセイア自身、強くなりたかった。目的はなかった。ただ、兄に近づきたかった。
彼に認めて貰いたかった。そして、兄と共に闘いたかった。
 実際に兄と共に戦線を共にしたのは、最後の闘い。あのワイリーとの因縁をかけた闘いだけだった。
 兄は自分を庇って死んだ。それは弱かったからだ、誰でもない、セイア自身が。
 そして、今も自分は弱い。弱いから、キバトドスとドラグーンに対して劣勢なのだ。
このままでは、負ける。負ければ、あの時と同じ――次に失うのは、クラスメイト・・友達だ。
『サァ、ボクヲ受ケ入レテヨセイア。サァ』
「・・・僕は」
 セイアの瞳から、除々に光が消えていく。
『ソシテ最強ノレプリロイドニナロウ』
「最強の、レプリロイドに・・・」
 身体が浮いた。起き上がったドラグーンが、昇竜拳でセイアを殴り上げたからだ。
しかし痛みはなかった。実感もそれほど沸かなかった。
 落下していく感覚はあった。真横で、さっきとは逆方向に窓硝子が流れていく。
『サァ・・・』
 次に変化したのは、全身だった。
グチュグチュと装甲が変化を始める。それが姿ずつ形になっていくにつれて、力が漲ってくるような感覚が、セイアを包んだ。
 どぼんっ!
「・・・!」
 ハッとしたように、セイアは意識を覚醒させた。
 息がくるしい。ついでに視界が多少ぼやけ、全身が一気に冷却され始めている。
一気に落下速度を削がれた中、地面と思しき場所を蹴り、空へと舞い上がったところで、
セイアはようやく今自分が置かれている状況を確認すると共に、ぼやけていた意識を急速に目覚めさせた。
 プールだ。どうやら屋上から昇竜拳で吹き飛ばされて、そのまま校舎裏のプールに落とされたようだ。
「まずいな・・」
 ボソリと口の中で呟いたセイアは、スタッとプールサイドに着地する。
 屋上にはドラグーン。そして、校庭には未だにキバトドスがいる筈だ。
そして・・・――そして、今までの経験を考慮するなら、ここにも一体――
「くそ、またかっ!」
 水面が波打っているのが見える。
光の加減でよく見えない位置に、セイアよりも少し大きいくらいの影が、水面下で動くのが見えた。
 スパイダス。フクロウル。キバトドス。ドラグーン。それは全てレプリフォース大戦時に兄達と闘ったレプリロイド達だ。
もし今回もレプリフォース大戦時のレプリロイドが出現するとしたら、
あそこにいるのは、水中での戦闘を得意とするレプリロイド。ジェット・スティングレン。
「ショットガン・アイ・・」
 姿が見えた瞬間、弱点武器である氷を放とうとしたセイアだったが、
水面から手だけを伸したスティングレンに不意を突かれ、そのまま再びプールへと引きずり込まれた。
 ショットガン・アイス。クリスタル・ハンター。フロスト・シールド。
フロスト・タワー。ジェル・シェイバー。アイス・バースト。
そして氷烈斬に飛水翔。氷狼牙。スティングレンに使用出来る武器はこれが全部だ。
 足首を掴まれ、プールの中を引きずり回される状況の中、使用出来る武器は限られてくる。
それにここはプールの中だ。迂闊に氷の武器を発射すれば、辺り一面を全て凍結させる羽目になる。
そうなれば自分も不利だ。弱点武器は使えない。
 炎と電気も駄目だ。炎で水を熱すれば、下手をすれば自分もダメージを受ける。
電気もまた然り。
 このままではどっちにしろ埒が明かない。プールの中にいる限り、セイアの不利は覆せない。
「コイツっ・・!」
 どんどんとスピードが加速し始めている。
どうやらこのまま加速をつけたままセイアを壁に叩き付けるつもりらしい。
そうなったら大ダメージだ――この変化したアーマーの力がどれ程かは判らないが――
そうされる前になんとかして脱出しなければ――!
「やばい・・!」
 セイアがダメージを覚悟した矢先だった。
「セイアっ!」
 声が響いた。と、同時に束縛が外れ、セイアは勢いのままにプール内の壁に貼り付き、
プールサイドを掴んで水上へと駆け上がった。
 水中のスティングレンの胴と、セイアを掴んでいた右手から、少量のオイルが漏れていた。
どちらも鋭い穴がぽっかりと一つ空いている。どうやら、かなり出力のあるレーザー銃を使用したのだろう。
「セイア、大丈夫か!」
 レーザー銃で更に水中のスティングレンを牽制しつつ、声の持ち主は素早くセイアの横へと駆け寄ってきた。
セイアもバスターをプールへと向けるが、彼はいまのセイアの姿を見て、思わず絶句したようだった。
 クリアレッドの装甲。それは、今さっき目にしたばかりのセイアの姿とはかけ離れていた。
所々がシャープになり、突起が現れ、攻撃的なデザインとなっている。
良く良く見ればバスターも更に変化していた。四つの小型ブラスターを四隅に搭載した、さっきよりも一回り大きな形へと。
「セイア、お前一体・・」
「駄目だ、ウィド!!」
 ウィドの言葉を遮り、セイアはどんっとウィドの身体を押し退けた。
 プールから飛び上がってきたスティングレン。
セイアはスティングレンが連発してきたエイの形をした機雷をサーベルで斬り裂きつつ、
空中のスティングレン目掛けて跳んだ!
「飛べっ!!」
 懐へと飛び込み、バスターを至近距離から放つ。
 その威力で吹き飛んだスティングレンをプールサイドで引っ掴み、
校庭の方向目掛けてぶん投げたセイアは、それを追い掛ける形で跳び去ってしまった。
「ま、待てセイア!」
 ウィドは慌てて手を伸したが、セイアには既に届いていなかった。
 通常弾でスティングレンを吹き飛ばし、落下したスティングレンを校庭まで吹き飛ばす程の力。
ウィドの知るセイアのスペックでは、それは有り得ないことだった。
フルチャージならいざ知らず。強化アーマーならいざ知らす。
いや、寧ろ強化アーマーのバスターを超えていた。腕力を超えていた。
「セイア・・・」
 一瞬目を離した隙に変化していたセイアのアーマー。
…――リミテッドの感染が広がっている?
 リミテッドの力がセイアに回り始めている。セイアが、少しずつリミテッドに侵され始めている。
あのアーマーは、バスターは、その証拠なのではないだろうか。
 早くセイアを止めなければ――ウィドは直感的に悟った。
 早く止めなければ、取り返しのつかないことになる。そう、ウィドの直感が悲鳴を上げている。
早くセイアをなんとかしなければ、
セイアは・・セイアは、セイア自身から生まれた闇によって――悪夢がウィドの脳裏をよぎった。
「セイアっ!!」
 ウィドは走った。校庭目掛けて。セイアを止める為に。
セイアを侵食し始めているリミテッドを、阻止する為に。



『ドウダイ、セイア。強クナルノガ判ルダロウ?』
 校庭へと跳ぶセイアの脳裏を、再び自らの声が埋め尽くす。
『今ノチカラナラ、アンナ奴ラヲ倒スコトナンテ造作モナイコトダ』
 声が響く度、全身が一つの『力』となっていくのが判った。
『サァ、消シテシマオウ。今ノ絶対的ナ『チカラ』デ』
 麻酔をかけられたように、身体の感覚が浮き上がっていく。
その反面、全ての動きがスローモーションに見え始める。まるで、自らのスピードが辺りを一気に超越したかのように。
校庭に激突したスティングレンの次に放つ攻撃も、手にとるように判った。
いつの間にか集結していたキバトドス、ドラグーンは攻撃のモーションすらとっていないが、
同様に彼等が次に放つ攻撃がどういったものなのか、本能が教えてくれた。
「遅い」
 スティングレンのエイ型の機雷をダッシュで真横へ移動しつつ躱し、
その方面で待ち構えるキバトドスの懐へ、一気に飛び込む。
ホーミングしてきたエイ型の機雷をギリギリまで引き寄せ、セイアはその場で跳躍。
その動きに反応しきれなかった機雷は、そのままキバトドスを直撃。
セイアは空に浮いたまま、足元から波動拳を連発してくるドラグーンに向かってショットガン・アイスを放ち、
それを相殺する。そして続けざまにフロスト・タワーを投げつけ、着地。
起き上がったキバトドスに向かって、
灼熱のアッパー・カット――ドラグーンからラーニングした新必殺技『昇竜拳』――を叩き込む!
 燃え上がり、悲鳴を上げるキバトドス。
セイアを後方から狙い、突撃してくるスティングレンを、セイアは振り返り様に掌で受け止め、
その顎先を蹴り上げると共に自らも跳躍し、氷烈斬で地面に向かって斬り下げる。
 セイアが着地した瞬間、三体のリミート・レプリロイドは同時に膝を地面に突いていた。
不思議と、息切れはしなかった。特殊武器・ラーニング技を連続使用したにも関わらず、疲れもそれほど感じない。
全ての感覚が悦へと変わっていく。バスターを放つ感覚が、サーベルを振るう感覚が、
敵の悲鳴を拾う感覚が――全てがセイアの心を奥底から打ち震わせる。
「セイア、セイア止めるんだっ!!」
 ウィドが追い付いてきたとき、
セイアはキバトドスを両掌から放った極太のエネルギー――ドラグーンからラーニングした『波動拳』で、
消滅させた後だった。
 パラパラと降り注ぐキバトドスの破片の中、セイアはゆっくりとウィドの方を見た。
そして、戦慄。ウィドに向かって頬笑むセイアの双眼は、真っ赤だった。
「そんな・・・」
 既にリミテッドに取り込まれてしまったのか――ウィドが怖じ気付く間にも、セイアのアーマーは更にその形状を変え始める。
更に攻撃的に、もっとシャープに、今以上に狂気的に。
グチャグチャとセイアのアーマーの上で蠕動するリミテッドに、ウィドは吐き気すら覚えた。
「こんなに、早く・・・」
 そんなセイアの背後から、エイ型の機雷と波動拳が同時に襲う。
しかしウィドがセイアの名を呼ぶより早く、その二つの攻撃は火に水をかけるように瞬時に消え、
セイアの姿は残像を残しながらスティングレンの懐へと移動していた。
 グシャッ。音を立てて、セイアはスティングレンの頭部を乱暴に握りつぶす。
突然に指令を失った全身が痙攣を起こし、ピクピクと動くのを、今度はショットガン・アイスで氷付けにしたのち、
ファイヤー・ウェーブで粉々に砕いた。
 空中から灼熱の飛びげりを放ってきたドラグーンの攻撃は、首を傾けることで静かに躱す、
身体を翻してその片足を掴み、力任せにへし折った。
ドラグーンが地面に落下するより早くその両腕を掴み、今度は胴体から引っこ抜く。
もはやただの物質となったドラグーンの両腕を投げ捨てて、セイアは顔面にかかった返り血――オイルをペロリと舐め取る。
そして最後にピタッとその胴にバスターの銃口を突き付け、破壊的な紅の閃光が迸った。
「・・・セ、イア」
 ウィドには信じられなかった。
セイアの形相も、目の前で起きている惨劇も。
 睡眠不足から来ているのだろう気怠さが、ウィドを一瞬、これも夢の中の出来事だと錯覚させる。
全てが夢であればいい、と。もうすぐ目覚まし時計が自分を現実に引き戻し、平和な朝が来るのだと。
 これは、夢――?
違う、現実だ。セイアから放たれるプレッシャーも、がくがくと震えすら覚え始めた両足の感覚も、
そして、校庭いっぱいに散らばるレプリロイド達の破片も、オイルも。
 カチャッ。静かにセイアのバスターがウィドに照準を定めた。
そして、視線はウィドから教室へと移る。ウィドを撃った後は、生徒たちを撃つ。まるでそう云っているかのように。
「セイア、嘘だろう・・・?」
 ウィドが呼びかけても、セイアは一向に表情を変えない。
いつも通りの、いつもと同じセイアの笑みを浮かべて、『彼』はウィドを見る。
 いつもと同じ笑み。変わらない、何も変わらない。
それでも、全く違う笑み。違う、セイアの頬笑みはこんなものじゃない。こんな、無表情の笑みじゃない。
心の中が悲鳴を上げた。自分が撃たれるからではなく、セイアがリミテッドに負けたことから。
 あの光弾を受けたら、ウィドは死ぬだろう。意識する間もなく、木っ端微塵となって。
そうすれば、何も意識することはなく死ねる。死ぬことに、それほど抵抗はなかった。
 しかし、あのセイアに撃たれて死ぬのは嫌だった。
セイアに、初めての友達の弟に、そして今は自分の最も大切な友人に撃たれて死ぬのだけは――
孤独を抱えたまま死ぬのは、嫌だ――
「セイア、やめて、くれ・・」
 喉が、押し潰したような、悲鳴に似た声を紡ぐ。
 セイアは、そんなウィドの呻きにも似た声を聞くと、初めてピクリと眉を潜めた。
 それ以上は声が出なかった。何も、云えない。全身が麻痺したように。
セイアのバスターは止まらない。止める要因は、無いのだ。
 しかし、要因はあった。止めたのは、一番近くの教室の窓からセイアに向かって投げつけられた、一つの筆箱だった。
「・・!?」
 飛んできた方向を、セイアとウィドは同時に見やる。
ウィドは見開いたままの瞳で、セイアは無表情のままの瞳で。
 そこは、セイア達のクラスだった。2-C。
その窓際にはクラスメイト達が押し寄せていて、一人の気の強そうな女子生徒が、
筆箱を投げつけたままの姿勢で、セイアを見ていた。その大きな瞳に、止めどなく涙を溜めて。
「止めて、徳川君!!!」
 涙声を無理矢理に張り上げた為に、裏返った声だった。
それでも、それでも懸命は女の子はセイアを睨め付けながらに叫ぶ。
元は必死で制止していたクラスメイト達も、少しずつ呼応し始め、次第には教師を含めてのクラス全員が、
セイアに向けて声を張り上げていた。
 本当のセイアを、クラスメイト達は知っていた。
徳川健次郎という名の本当のセイアを。
ドジで天然ボケで、よく転んで、甘ちゃんで、他人にはとびきり甘くて、それでも闘うときは強い意志を持って臨むセイアを。
ウィドと同じように。そして、ウィドよりももっと、沢山のセイアを。
「・・・――っ」
 クラスメイト達の声の中で、セイアは頭部を抑え、苦しそうに呻いた。
バスターの銃口に収束していたエネルギーが弾け、素手へと還った右腕は左腕と共に頭部を抑える。
 クラスメイト達の声に反応している?――ウィドは、薄れかけていた自意識をなんとか覚醒させつつ、思う。
まだリミテッドはセイアの心を完全に支配してはいないのだ。
セイアがウィドを、クラスメイト達を撃てないのがその証拠だ。真紅になっていたセイアの瞳も、翠に戻りつつある。
 濁音だらけの呻きを上げながら、セイアは苦し紛れに再び右手をバスターへと変型させ、
今度はそれをクラスメイト達へと向ける。
銃口には真紅のエネルギー。それを発射すれば、あの程度の教室を粉々にすることなど、あのバスターにとっては他愛のないこと。
 まずい!――ウィドがレーザー銃をセイアに向けようとしたとき、それはウィドよりも早くセイアを制止した。
「やめろっつてんだろうが徳川っ!!」
 グラリとセイアの姿勢が揺れた。
 見覚えのある少年だった。セイアと自分の斜め前の席に座っていた、
クラスメイトの、確かフレッド・ミルド。
 いつの間に校庭へ飛び出してきていたのか。今にもバスターを放とうとするセイアに向かって、
無謀とも思える飛びげりをかましたのは、彼だった。
勿論効く筈がない。セイアは、ロックマン・セイヴァーは今や最強のイレギュラー・ハンター。
それに対してフレッドはただの男子中学生。その力の差は歴然だった。
 セイアの攻撃目標が教室からフレッド一人へと移り変わっただけだった。
不意にバスターを向けられたフレッドは、「っ!」と声にならない悲鳴を上げる。
ウィドは、咄嗟にフレッドへ向けて跳んでいた。
「止めろセイアっ!」
 紅の閃光がウィド達の真横ギリギリを掠め、校庭にクレーターを作り上げる。
ゴロゴロとフレッドを抱えたまま何度か転がったウィドは、起き上がり様にフレッドを怒鳴り付けた。
「馬鹿野郎っ!何故出てきたっ!!」
「煩ぇっ!アイツは、徳川健次郎は俺のダチだっ!止めるために決まってんだろうがっ!」
「それが馬鹿だと・・」
 言い終わる前にウィドとフレッドの足元が爆ぜ、それを遮った。
 ウィドはどんっとフレッドを背後に回し、再び声を張り上げた。
「お前は逃げろ!お前がいたところでどうこう出来る筈がない!」
「だったら手前は出来んのか!?そんなレーザー銃で何が出来んだよ!」
「健次郎は、セイアはまだ飲み込まれたわけじゃない!」
 乗り出してくるフレッドをもう一度押し退けて、ウィドはキッとセイアを睨み付けた。
 さっきまで竦んで動くことが出来ずにいた自分が、酷く恥ずかしかった。
力のない者達の方が余程勇気がある。いつ撃たれるか判らない者を相手に筆箱を投げつけ、声をかけるクラスメイト達。
そしてそのクラスメイト達が撃たれようとしたとき、命を賭して、友を止めようと向かってきたフレッド。
 少なくとも彼等よりも力のある――この状況のなか、クラスメイト達を護るべき立場にいる自分。
そんな自分が、竦んでいるわけにはいかない。彼は、セイアはかけがえのない友なのだ。
その気持ちは、クラスメイト達に負けていないと自信を持って云える。
「止めろ、セイア」
 バスターを向けたまま、ウィドを睨み付ける真紅の瞳に向かって、ウィドは云った。
「お前はまだ完全にリミテッドに侵されたわけじゃない筈だ!」
 セイアは表情を変えない。さっきまでの呻きも、かといって微笑すら、そこにはなかった。
ウィドを観察するように、様子を見るように、ただ何も無い、無表情。
「お前は自分の手でクラスメイト達を、友達を殺したいのか?違うだろう!?」
 ザッとウィドが一歩踏み出すと、セイアはそれに押されるように一歩後ずさりする。
一歩、また一歩とウィドが踏み出す度に、セイアは後ずさりを繰り返す。
 ウィドは服の中にしまっていた金色の柄をそっと手にとり、叫んだ!
「そんな程度のものに負けるのか!?エックスとゼロに何を教わった!!」
 そしてセイアのバスターをも無視し、金色の柄の真の姿――ゼット・セイバーの刃を具現化させつつ、
セイアに向かって飛び込む!
 ザンっ!――ゼット・セイバーのエネルギーの刃は、セイアのアーマーに触れる直前のところで、
ダークグリーンの掌によって遮られていた。
「なにっ!?」
『アハハハ、面白イ茶番ダネ』
 セイアとは違うねもう一つの声がウィドの耳を打つ。
にゅるりと、セイアのアーマーから生えていた腕はそれを中心にゆっくりとその全容を現わし始める。
静かに、ゆっくりと。出現したのは、どす黒い色をした、球体だった。
 それはフワフワと浮かび、セイアとウィド、フレッドから十歩分程離れた場所まで行き、そこで止まった。
ぐにゃぐにゃと動き始める球体は、次第に三つの塊へと別れると、その場の地面へと降り、
それそれがそれぞれ、違う姿の人型を象り始めた。
「アレは・・」
「っ・・・」
 不意に倒れ込んできたセイアを、ウィドとフレッドは慌てて受け止めた。
クリアレッドのアーマーが消え、真紅の瞳も元の翠のものへと戻ったセイア。
意識はあるらしく、人型が完全にその形容を現わしたときには、セイアもまた、その姿を見届けていた。
「来る」
 ボソリとセイアが呟いた瞬間。三体の人型は静から瞳を開いた。
開かれた六つの瞳は、全てが真紅。セイア達には、それは血の色に映った。
 一体は丸っこいダークグリーンのアーマーの青年だった。真紅の瞳、アーマーの所々に走る雷のマーク。
 一体は銀の長髪をヘルメットから垂らし、鎧の色は漆黒。瞳の色はやはり真紅。
 そして最後の一体は、ダークレッドのアーマー。頬に走る雷の刺青。
口もとに浮かぶ妖しい微笑。そして、他の二体にはない、何か不思議な威圧感。
 セイアは、ウィドは、フレッドは、その姿を見て絶句した。
 それはエックスだった。それはゼロだった。それはセイアだった。
三体全てが、細部は違えど、エックスの、ゼロの、セイアの姿をしていた。
 セイア達が戦慄していると、セイアの姿をしたリミテッドは、クスクスと笑いながら云った。
「吃驚だったよ。もう少し楽しめると思ったのに、思ったよりも早く振りほどかれちゃったね」
 語尾に音符がつくような、弾んだ口調だった。
しかしその言葉に好意的意味はない。所々に殺気すら見え隠れする、そんな口調だった。
「でも、そっちも大分吃驚してるようだね。セイア。当然かな?
 そうだよね。なんてったって、エックス兄さんとゼロ兄さん、そして君自身と同じ姿をしているもんね、ボク達」
「何者、なんだ・・」
 セイアが尋ねると、セイアの姿をしたリミテッドは、大袈裟に意外さをアピールし始めた。
「尋ねる必要なんてないんじゃない?それとも、ボク達の名前を知りたい?
 だったら教えて上げる。ボクの名はイクセとでも云っておこうかな」
「イクセ・・・」
「そう。そして彼等はイクス兄さんとレイ兄さん」
 データ通りだ、とウィドは内心で呟いた。
 やはりエックスの姿をしたリミテッドの名はイクス。
しかし、レイというリミテッドが発生したというデータは残っていない。
やはり、エックスとゼロのDNAを持ったセイア自身が生み出した、新たなリミテッドの一体なのか。
「自己紹介も終わったところで、ボク達を振り切ったセイア、君と少し太刀合わせがしたいな」
「くっ・・!」
 セイアがエックス・サーベルを構えようとバックパックに手を伸したとき、
イクセを止めたのはレイ――ゼロの姿をしたリミテッドだった。
「やめておけ。ここで闘う必要はない。それに、いずれ嫌でも闘う羽目になるんだ。慎め」
「レイの云うとおり。俺達三人を一気に相手にさせちゃ、彼が可哀相だ。
 それにどうせ闘うのであれば楽しみたいだろう。勝敗が判っている闘いならなおのこと」
 レイに続いたのはイクス。兄と同じ声だった。
「あらら、兄さん達はこう言っているようだし、またの機会にしよっか、セイア?」
「彼は体力を失っている。それに、大切な『オトモダチ』もいるようだし」
 イクスの付けたしに、イクセはクスクスと笑う。
 セイアは、ギリリと歯軋りをしつつ、その反面でこのまま闘っても勝てる可能性が限りなく薄いことを実感した。
「と、いうわけで。また逢おうね、セイア。その内みんなで遊びに行くからね」
「少しは楽しみたいものだ。それまでに、腕を磨いておけ」
「大丈夫だ。暫く休んでいてやる。その間に、やり残したことを済ませておくんだな」
 イクス達はそう言い残し、次々と光の線となり、上空へと消えた。
 セイアは三本の光を見送り、呟く。
「イクセ、レイ、イクス・・・」
 そして、グッと拳を握り締める。
アレは、セイア自身が生み出してしまったものだと判っていたからだ。
 自分と同じ姿のイクセ、エックスと同じイクス。そしてゼロであるレイ。
戦闘力はオリジナルの比ではない。自分が生み出した為か、皮肉な確信を持てた。
「セイア」
「徳川!」
 振り向くと、ウィドとフレッドがニッと笑ってセイアを見ていた。
教室の方を見ると、ホッと胸をなで下ろした生徒達が、こっちに向かって「徳川君」と呼びかけている。
 セイアは、その姿に、声に、不意に涙が出そうになった。
結果としては闘う羽目になったが、セイア自身がリミテッドの呪縛を振り払えたのは皆の、友達のお蔭だったからだ。
 溢れそうになる涙を拭い、セイアは再びイクセ達が消えていった方の空を見る。
ウィドが足元に落としたビーム・セイバー――ゼット・セイバーを拾い上げ、展開する。
「ウィド、どうしてこれを?」
「そ、それは。ぐ、偶然頼まれたんだ。ゼロに。お前に渡してくれって」
 嘘だった。しかし、まだウィドはセイアに自分の素性を明かしたくはなかった。
それに、下手に事実をばらすより、今のセイアには前を向いていて欲しかった。
「そっか。ありがとう、ウィド」
 そして、思い切り上空を向けて電刃Ⅹを放つ!
「リミテッド。イクセ、レイ、イクス。・・・僕は、ボクは闘うよ。逃げやしない!!」
 電刃Ⅹのエネルギーの刃が消えていく上空から、イクセのクスクスとした笑い声が降ってきたような、そんな気がした。
それでもセイアは瞳を逸らさない。胸に手を当てれば、エックスが最後に残した言葉が蘇る。
そして今、右手の中にあるゼット・セイバーは、兄・ゼロの心をセイアに運んできてくれた。
 奴等は三人だ。イクセ、レイ、イクス。
しかしセイアの中にも、エックスとゼロの志は生きていた。
 それが生きている限り、もう二度と負けない!――セイアは、上空を見上げたまま、心の奥で決心するのだった。
「兄さん・・・見てて」


次回予告

イクセ、レイ、イクス。突如して僕から生まれた、三体の強力なリミテッド。
その足どりを追う中、容赦無くリミート・レプリロイドは僕達に襲い来る。
なんだって!?ハンターベースのマザーコンピューターが暴走してる!?
行くしかないか、電脳世界へ。マザーコンピューターのセキュリティを掻い潜り、
侵入した謎のプログラムを除去出来るのは僕しかない!
来るなら来い!イクセ!僕は全力で闘うまでだ!

次回 ロックマンXセイヴァーⅡ 第参章~交差する力~
「・・・負けないよ、絶対」

 
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