ロクノベ小説保管庫 ロックマンコードⅠ 最終章~決着~

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第一話

 一瞬、何が起こったのか判らなかった。少年の表情が笑みから理解不能の文字へと変わり、
その細い体躯を頑強な床に叩き付ける。
 ロックマン・コードがようやく今の自分の状態を理解したのは、それから一瞬の後のこと。
彼自身が口から鮮血を吐き出してからだった。
「フラット・・っ」
 未だに出血の止まらない右胸に掌で蓋をして、コードはこほっと咽せ混じりに彼の名を呼ぶ。
撃った本人であるフラットは、自身の右腕のバスターから立ち昇る煙に呆けたように目を見開いている。
そこからは明らかに彼の意思は感じられない――輝は直感で理解した。
もはや立ってなどいられないほどに傷ついた身体をもう一度持ち上げながら、コードはかすみ始めた視界でフラットを睨み付ける。
「何を・・」
 囁きのようなフラットの悲鳴に、コードはジャキリとバスターをフラットへと向けた。
出来れば撃ちたくは無い。しかし、もし仮に戦闘が再開したなら、今度こそ自分の勝てる可能性は零に近い。
しかし、そんな甘い考えが通じないことは、フラットの全身から立ち昇る暗黒のオーラによって無言の答えを得た。
 ぶわっと風が吹き、コードの露出した前髪を撫で上げていく。そんな威圧にも似た突風に、
コードはギリッと歯軋りをした。
 もうフラットの瞳に光は無い。ユラリと壊れたマリオネットの様に首を垂れ下げた後――
「フラット・・!!」
 ぐんっと弾かれた様に顔を上げたフラットに、コードは戦慄した。
フラットの全身が放つ暗黒の光は除々に、そして確実にフラットの全身を包み込んでいく。
撃つなら今しかない!――身体に命令を送っても、コードの身体は全く持って反応を返してくれなかった。
少しずつ形勢されていく禍々しい鎧に、身体が奥底から硬直する。
力を込めてもいないのにブルブルと震えるバスターが、コードにその感覚が『恐怖』だということを伝えてくれた。
 そう、それはここに来るまでに何度も何度も感じていた恐怖とは全く違ったもの。
今までの恐怖なんて笑い飛ばせてしまう程に、今自分は震え上がっている。
フラット――いやもう『それ』はフラットではない――が放つ圧倒的な圧力に。
「う・・あぁぁぁっ!!」
 コードがようやく恐怖を振り払うかのようにバスターを放った瞬間には、既に遅かった。
完全に鎧の形成されたフラットの姿は既にコードの視界には無い。と、同時に何かの衝撃で、コードは後方の壁へと叩き付けられた。
いつ自分が放ったバスターが砕かれたのかも、いつ自分が吹き飛ばされたのかも認識することは出来なかった。
「・・くっ・・・っ」
 全力で働くナノマシンがようやく先程の傷を修復した直後だというのに、
どうやら目の前の敵は自分の身体のナノマシンを休ませてくれる気は毛頭ないらしい。
 コードが立ち上がった瞬間、再び見えない一撃に吹き飛ばされ、彼は再び壁に叩き付けられ、それを大きくへこませた。
 意識を保っていられるのが不思議なくらいの激痛だ。いや、もはや激痛の粋を超え、殆ど何も感じなくなってきている。
それなのに、目の前の敵はコードが意識を失いそうになると攻撃を中断し、
その身体の疲労したナノマシンが彼の身体をやっとのことで修復したのを見計らい、更に攻撃を放ち続ける。
 こんなとき、自動で身体の傷を修復してくれるナノマシンを恨めしく思う。
こんな状態に持っていかれたら、もはやこんなものは邪魔以外の何者でもない。
さっさと意識を失ってしまった方が楽になれるのに、敵の執拗さとこのナノマシンが、それすらも許してくれない。
「・・・うっ・・・」
 情けない――コードは何度目になるか判らない程立ち上がってから、疲労し尽した心の隅で呟いた。
どうして自分はそんなことを考えているのだろう。さっさと倒れてしまえば楽になれるのに、なんて。
そんなことを考えていたのなら、ここに来ることなんて夢のまた夢だった筈だ。それなのに何を今更。
 しかし、コードの中のもう一つの心はその意見を曲げてくれない。
こんな敵に勝てる筈はないんだ。さっさと倒れてしまえば楽になれるんだ。
自分が死んだ後に誰かが死のうと関係ないじゃないか。どうせ自分はその場面を目にしない。
「僕は・・・っ・・」
 そうだ――もう頑張る必要なんてないじゃないか。
少なくとも自分はよくやった。ここまで来れたこと自体奇跡に近いのだ。
実力で勝る相手を幾人も倒してきた。これさえなければフラットにでさえ勝っていた。
これ以上何をしろって云うのだろう。自分に何を――
「・・・僕・・は・・」
 もう立っている気力さえ無くなってしまい、コードはへたりとその場に膝を突いた。
目の前の敵はそろそろ飽きてしまったのか、ニヤリと口元に嫌らしい笑みを賛えると、
チャキンと殺人的なバスターの銃口をコードに向けた。
 コードにはもう避ける気力すら残っていない。少しずつ銃口に集まっていく暗黒の閃光を見ても、
その表情は全くといっていいほど変わらなかった。
「死ネ」
 フラットとは違う声が彼の身体を借りてそう呟く。今まさに解き放たれんとする閃光。
コードは、そんな閃光をボンヤリと刹那の間見詰めて、ぐっと覚悟したように眼を閉じた。

第二話

 これで楽になれる――もう全ての時間がスローモーションだ。
きっと目を開ければ、セピア色の風景がコードの視界を埋め尽くすことだろう。
 閃光が銃口を迸る瞬間の轟音でさえも、ゆっくりゆっくりと耳の中を突き抜けていく。
 そして世界は無音へと変わった。全ての時間が静止したように何も感じない。眼を開くことも出来ない。
指先をピクリとも動かすことが出来ない。
それなのに意識だけは嫌にハッキリとしていた。まるで、死の直前に覚悟を決めろとでもいうように。
 覚悟なんて既に決まっている――撃ちたいならさっさとち撃てばいい。それで自分は楽になれる。
そう。あと数十分の一秒時が進めば、自分は塵となる。なのにどうして――そう自分に問いかける。
そっと自分の心の隅々にまで耳を傾ける。その殆どが声を発していない状態で、
自分の負けを認めてしまっている。影を潜めている。
しかし、たった一つだけ、そんな絶望的な状況の中でも自己主張するものがあった。
 叫んでいる心に必死になって耳を傾ける。もう何かを考えるのにも疲れ果てていたが、それでも懸命に。
叫んでいた心の声が、少しずつ少しずつ聞こえてくる。そしてそれは遂に心をつんざく程に響き渡った!
 そう。最後の心が叫んでいた言葉はただ一つ。
「・・・・俺は負けたくないっ!!」
 そして時は動き出す。眼を開いたコードの眼前に迫るのは、今まで目にしたことが無いほどに巨大なエネルギー。
恐らくこれを止めるには自分の身体を盾にでもしないと足りないだろう。
そう。自分の身体を盾にするくらいの覚悟がなければ――
「うぉぉぉぉっ!!」
 がしゃん!
 全身を包んでいた漆黒の鎧が音を立てて切り離された。
「あぁぁぁぁっ!!」
 閃光と轟音。
 部屋全体をエネルギーと瓦礫が放つ煙が包み込む。
 完全に直撃を確認したかつてのフラットは、クスリと小さく鼻で笑う。
それは少しずつ喉を鳴らす程の笑みへと変わり、最終的に高笑いへと変わった。
 フラットの時とは違う。もはや列記とした意識すら保たれていない本能だけの笑い声。
煙の晴れていく戦闘室の中で、その笑い声を唐突に止めたのは、
不意に彼の頭部に響いた一発の衝撃だった。
 かーんっという乾いた音共に、何か酷く硬い物が彼の足元に転がり落ちる。
「グゥ・・」
 その不意な衝撃に片手で頭部を抑えつつ、彼はそれの正体を大きく見開いた双眼で捉えた。
所々が砕けてしまっているが、突起が幾つかあり、蒼く塗装された丸いものだった。
それは一言で現せば『ヘルメット』。しかもそれは既にこの世には有り得ない筈の形。
 ガシャンとそれを踏み潰した彼の頬を、蒼の閃光が掠めていく。
二度目の『有り得ない』攻撃に、彼はようやく晴れきった煙の中心を凝視した。
「・・何・・!?」
「まだだ・・・」
 片ひざを突きながらも懸命に。
「・・まだ・・!」
 その蒼の閃光が宿る銃口を真っ直ぐに彼へと向けて。
「勝負はまだ・・!」
 外から入り込んでくる風にその蒼い髪を撫でられながらも。
「これからだっ・・!!」
 彼の瞳は死んでいなかった。
 もはや申し訳程度で身体に纏っている何の特徴も無い蒼の鎧を携えて。
 グラリと身体がぶれそうになるのを必死で堪えながら、コードはグッと両足に力を込め、立ち上がった。
まだ大丈夫だ。身体はもう限界だし、アーマーにもガタが来ているが。少なくとも自分にもう『諦めの心』はない。
 勝てなくとも構わない。ただ、もう自分は二度と負けない。
それは目の前の敵にでもフラットにでもない。そう、自分自身に。


第三話

 人々の歓声は火を消す様に静まり返った。
 手を取り合っていた人々の視線が、一気にモニタへと集中する。
その視線の一つ一つが全て驚愕の二文字に塗りつぶされていた。
 モニタの中、紅の青年は再び立ち上がっていた。それに伴って蒼の少年も奮起する。
さっきまでの勝利の雰囲気等どこへいったのか、その二つは再び激しい戦闘へとその身を投げていく。
 もはや人々は声を発することも出来なかった。彼等に出来ることは、
モニタの中で点々と現れたり消えたりする二つの影を見守りながら祈ることだけだった。
満身創痍の身体を引き摺りながらも、それでも剣を構える蒼の少年の勝利を。
「頑張ってロックマン・・!!」
 彼等の口にする名。それは、そうかつての蒼き英雄の名前だった。


「うぉぉぉぉ!!」
 タンッと足場を蹴り、柄が砕けてしまいそうな程に握り締めたオルティーガを振り上げる。
踏み込みも弱くなっていれば、身体の感覚も朧気になっていたが、そんな自分を励ますように声を張り上げながら。
 真っ直ぐに薙いだオルティーガの刃はいとも簡単に受け止められたが、輝の勢いは全く持って失せなかった。
ぐるんと身体を捻り、今度は回し蹴りの形でフラットの頬を蹴り飛ばす。
「あぁぁぁぁぁっ!!」
 ぐわんとフラットが怯んだところで、続けざまに回転を加えた拳を叩き込み、彼の身体を浮かす。
そして後方へと持っていかれる彼を追う形で跳躍して、今度こそオルティーガの刃を畳みかける!
「小賢シイ」
「くっ!?」
 オルティーガを振り下ろす寸前のコードの身体に衝撃が走る。
頭部を鷲掴みにされる形で床に叩き付けられ、その場は大きくくぼみ、悲鳴を上げた。
 ヘルメットすら失った頭部を叩く衝撃に、コードは意識が飛んでしまいそうな錯覚を覚えながらも、
ぶらんと空を掻いていた片手を、じゃきんと至近距離のフラットの頭部へと向け、放った。
 コードがこの体制から反撃してくるとは思わなかったのか、フラットの掌の力は、一瞬だけ緩んだ。
その本当に一瞬だけの隙を突き、起き上がり様に顎先にアッパー・カットを叩き込む!
「まだまだぁぁぁ!!」
 つつっと額から鮮血が滑り落ち、視界を真っ赤に染めるのを気にも留めずに、コードは片手のバスターを乱射し続ける。
 銃口が焼け爛れようが、暴発しようがどうでもよかった。
今自分に現存するエネルギーの全てをコイツにたたき込む――それだけで充分だった。
 喉が乾いて堪らない。もう、声が掠れ始めているのが自分でも判る。
それでもコードは叫ぶのを止めない。まるで声を張り上げていれば、
この疲れきった身体の中に残るエネルギーをかき集められるとでもいうように。
「あぁぁぁぁぁっ!!」
 ぼんっ!
 コードの終わらない乱射を無理矢理に静止したのは、やはりその爆音だった。
左手のバスターの銃口は、もはや原型を止めないほどに砕かれてしまった。
生身の身体にもその影響は行き届いて、ぷらんと力無く空を掻き、ぽたぽたと鮮血が床を濡らす。
 直ぐ様右手のバスターを向け直そうとするコード。しかし、元々コードの放つバスター等、
雨にうたれることよりも無意味だったフラットにとって、その動作は酷く鈍かった。
「しまっ・・!!」
 素手状態のアーマーがバスターに変化するまでの時間など、十分の一秒も無いはずなのに、
コードの右手がバスターへと変型した時には、彼の眼前には暗黒色の閃光が迫り来ていた。
 躱すことは出来なかった。容易くアーマーを砕かれ、生きているのが不思議なくらいの破壊力。
ごろごろと回転する視界が、一瞬後にぴたりと止まった。
コードは、すぐに自分が仰向けの状態に吹き飛ばされたのだと理解した。ならば早く立ち上がらなければ――
「・・まだ・・・だ」
 空気が擦れる程度の小さな声。全身に力を込めたコードに返ってきた答えは、激痛と云う名の拒否だけだった。
声にならない悲鳴を上げながらも、コードは拒否の叫びを上げ続ける身体を叱咤する。
立ち上がれ。立ち上がるんだ。ここまできたじゃないか。今更諦めてどうする。
殺されるまで闘うと誓ったじゃないか。いや、勝つと誓った。勝って皆を護ると。だから立ち上がってくれ。
お願いだ!!――コードの精神の欲求が通ったかは定かではないが、ようやく上半身が持ち上がってくれた。
 荒れすさんだ息は、全く持って整ってくれそうになかった。
全身が酸素を欲求して、吐き気がするほどに激しい吐息が、コードの肺を酷使する。
 耐えきれなくなって吐き出したのは、真っ赤な色をした鮮血の塊だった。
その紅さを目の当たりにして、コードは心の底で苦笑する。
やっぱりそんな無茶は効かないのかな――
 ようやく顔を上げて捉えたフラットの姿は、酷く揺らめいていた。
が、それでも確認出来たのは、暗黒色の閃光が収束した光剣。それがしっかりとフラットの掌に握り締められている。
 もう身体を護るアーマーも、それを受け止める剣もない。
勿論この身体はもう動いてくれない。躱すことすら出来ない。
 あんなもので攻撃されたら、間違いなく自分は絶命するだろう。
次はもう、万一にも助かる可能性はない。
 ゆっくりと近づいてくるフラットではないフラットが、口の端を嫌らしくつり上げる。
「健闘ダッタナ」
「・・・悔しい」
 セイバーを振り上げたフラットに、コードは彼に聞こえない音量で呟く。
 嫌だ――――
 ここで負けたら、皆を護れない。皆を裏切ってしまう――――
 希望と呼ばれた。友と呼ばれた。今度は仲間として共に闘うと決めた。それなのに――――
 ここで負けたら、あの娘を・・ヒカルを哀しませてしまう――――


 ざしゅっ!!


暗黒色の光剣が、物の見事に彼の胸を貫き、そのままの勢いで彼の身体を壁へと括り付けた。
「・・・・ぅ・・・・」
 数秒後、彼の周りの大気が止まった――――


第四話


 戦闘の光が見える。
パッパッと不定期に輝く閃光の光。輝くのは、漆黒の閃光と、蒼の輝き。
 一見何も見えないが、目を凝らせば確かにそれを確認することが出来た。
さっきから視界の中を縦横無尽に跳び回っている二つの影。
蒼と鎧の男の子と、漆黒の少年。
 漆黒の少年の攻撃は執拗だ。が、蒼の少年はそれをギリギリで躱しながら、
そして時には相殺しながら、彼に必死で呼びかける。
「こんな闘いは止めよう!君とボクが闘う理由なんて無いはずだっ!!」
 それを聞いた漆黒の少年は、更に表情を歪め、その攻撃は執拗さを増した。
止めどなく振り注ぐ黒の閃光を躱し、蒼の少年もまたギリッと歯軋りをした。
 こうなってしまった以上、彼もまた引けないのだろう。やむを得ない――と云うように、
彼の銃口には、彼の鎧と同じ色の閃光が収束し始めた。
「煩いっ!オレは・・オレは貴様を倒してオレが最強だということを証明してやるっ!!」
「どうして・・そんな下らないことをぉぉぉ!!」
 キッと目付きを鋭くさせた蒼の少年は、最大まで集中した光のエネルギーを、
彼目掛けて思い切り解放した。
と、同時に一気に視界がフェードアウトしていく。戦闘による爆音すら、少しずつ遠くなっていく。
 最後に認めたのは、彼等の名前だろう彼ら自身が叫んだ名前。
「フォルテーっ!」
「ロックマンーっ!」


 遠い遠い静寂と暗い暗い空の下。
見えるのは広大な岩山。そして、荒廃した大地達の哀れな姿。
 埃まみれの風に煽られながら、さっきの男の子によく似た、いや寧ろ成長した姿かのような蒼の鎧の少年は、
グッと岩山の頂上の一点を睨み付けていた。
 その真紅の鎧に紅紫のオーラを携えて、長い金の髪を持つ青年は、そっとそのサファイアの瞳を開く。
その瞳は真っ直ぐに蒼の少年を捉える。そして、その感情すら読み取れない声で、囁いた。
「貴様か・・貴様がエックス。貴様を倒す」
「ゼロ・・」
 蒼の少年は少しだけ躊躇したように表情を歪めたが、すぐにそれを引き締め直すと、
バッと開いた掌を自らの胸元に当て、エメラルドの瞳で彼のサファイアの瞳を睨み返した。
その瞳にもう躊躇は無い。あるのは、そう決意と闘志。それだけだ。
「判ったよ。受けて立つよ。宿命なんだね?闘うよ。逃げやしない」
 そして蒼の鎧の全身を光が包み、透き通るメタリックブルーのアーマーへと変化する。
音も無く片手をバスターへと変型した彼は、そっとその銃口に掌を当て、キッと再び彼を睨み返した。
 バッと掌を解放すると共に迸る光。それは銃口から発生したエネルギーのブレードだった。
 紅の青年は蒼の少年のその様子を見、ニヤリと口元に笑みを浮かべると、
ゆっくりと背中のバックパックに収納されていたビーム・セイバーを引き抜き、その高出力の刃を具現化させた。
「ロックマン・エックス。貴様を殺す」
「ゼロ・・!俺は君を救うために君と闘うっ!!」
 そして二つの巨大なエネルギーの衝突した火蓋を切った。


 酷く派手に飾られた一室の中。
まるで、そう貴族か王族が豪華な食事の一つでも摂ろうかという客室は、
その本来の用途に反して、異様なほどに広かった。
部屋の内部にあるモノは、大きめの椅子と巨大な扉の二つだけ。
 そんな空間を独り占めにしているのは、二人分の人影の姿。
相変わらずのビーム・セイバーを片手に握り締める紅の青年は、先程とは打って変わって、
曇のない純粋な、それでいて決意を秘めた瞳をしていた。
 曇っているのは、寧ろ対峙している蒼の少年の方だった。
先程とは違う真紅の瞳で楽しそうに頬笑みを浮かべ、少し浮ついた声で紅の青年に語りかける。
「知っているかい?人間はかつて無いほどの繁栄を取り戻した。この俺のお蔭でね」
 紅の青年は眉をピクリともさせずに答える。
「無実のレプリロイド達をも大量に処分して実現した平和か。貴様もその平和も、全て紛い物だな」
 キッパリと言い放たれた言葉に、蒼の少年は少しだけキョトンとした後、
クスリと小さな笑みを浮かべた。
「君は想像通り愉快な人だね。君みたいな人と楽しい時間を過ごせて本当に良かったよ」
 言葉共に放たれたバスター。不意をついたその一撃は、紅い青年の胴を直撃し、
彼を大きく後退させた。ガリガリと床を掻く両足に、青年は小さな呻き一つ上げずに、
ゆっくりと俯いた顔を上げると、多少の軽蔑を含んだ瞳で少年を射抜いた。
「・・・弱いな」
「なんだとっ・・!?」
「本物のアイツもそんなに弱かったのか?」
 ゆっくりとセイバーを構えながら、彼は静かに、そして力強く云う。
「記憶はなくしても身体はかつての友を覚えているようだ」
 彼の砕かれるような視線に、少年は竦んだように一歩後退する。
青年はそれにも構わずに続ける。彼の言葉に熱が籠もっていくにつれて、
少しずつ彼の握り締める刃の輝きが増していく。あたかも、彼の心を現すかのように。
「本物のアイツは、貴様など比べ物にならなかった。そう、エックスは」
 一瞬にして青年の身体が風のごとく部屋の中を疾走する。
「なにっ!?」
 瞬時に薙いだ光の刃。それはいとも簡単に蒼の鎧を砕き、その身体を地面に跪かせた。
 余りにも一瞬の斬撃に、信じられないといった風に顔を上げる少年に、
青年は珍しく感情を現した瞳で睨み付ける。
「エックスはもっと強かった」

第五話

 崩壊し始めた洞窟の中。
目に付いたのは、特徴的なドクロの刻印がされた戦闘カプセルと、
その片隅で跪いた水色の髪の少年の姿だった。
 水色の少年はひたすらに声を張り上げ、泣いていた。
腕の中のものを必死で語りかけながら。
 腕の中の物。それは蒼の鎧だった。
埃やダメージで薄汚れてしまった顔で、穏やかな笑みを浮かべた彼は、
止めどなく涙を流す彼にその笑みを浮かべ、やがて朽ちた。
 そして空気が変わった。
 どこから聞こえてくるのか、耳障りな老人の笑い声の中、水色の少年はゆっくりと立ち上がり、
戦闘用カプセルへと向き直った。
そして、爆裂。既に崩壊し始めていた洞窟全体が振動する程の力の奔流が、彼を中心に迸っていく。
 一瞬の発光と共にクリアブルーの鎧を身に纏わせた彼は、グッと金色の柄から、
天井まで届くほどの巨大なエネルギーを発生させた。
「貴様が。貴様が全部悪いんだっ!!」
 そのエネルギーは留まることを知らず、未だ止まることを知らずに膨張続ける。
 途中、カプセルより放たれた高出力エネルギー波ですら、彼を止めることは敵わなかった、
寧ろ更に勢い付きながら、彼はまだ変声すら始まっていない高めの声で叫び続ける。
「許さないんだよ貴様はーっ!貴様はこのボクがこの手で無に還してやるっ!!」
「何故だっ!何故倒れんっ!貴様のどこにそんな力が残っているというのだっ!!」
 酷く動揺した老人の声が響く。
そんな中で、少年は大きく伸びきったビーム・セイバーの光を、思い切りカプセルへと振り下ろした。
「うぉぉぉぉぉ!!」
「貴様なんぞにぃぃぃっ!!」
 真っ二つに斬り裂かれたカプセルは、続けて彼が放った巨大な光弾に飲み込まれていった――


 ハッと意識を覚醒させたコードは、ようやく戻った自らの意識に、辺りをキョロキョロと見渡した。
何も無い。何も見えない暗闇の空間だった。地面の感触すら無い。まるで身体が浮いているようだ。
全くの無音。全くの暗闇。そんな中でコードが最初に浮かんだ疑問はこれだった。
「・・今のは・・」
 蒼と黒の少年の激突。蒼の少年へと挑む紅の青年。蒼の少年を斬る紅の青年。
そして、涙を流す水色の髪の少年。
 自分には全く無い筈の記憶なのに、それはまるで自分がその場にいたかのように鮮明で、
そして懐かしかった。
 混乱しながらも再び今の記憶を手繰り寄せていくと、また一つ新たなことに気が付いた。
蒼の男の子。蒼の少年。紅の青年に水色の少年。その全員が、なんとなく程度だが、自分に似ていたということだった。
特に水色の少年。髪の色さえ除けば、その容姿の殆どが自分のコピーといっても良かった。
 二度目の反芻。今度は、そう水色の髪の少年の記憶だけを重点的に。
声も顔の造りも、体型でさえそっくりだった。
違うのは、髪の色と瞳の色―――彼の瞳は翠色だ―――そして、強さ。
 彼は自分よりも強かった。もっともっと。圧倒的と云っても過言ではないほどに。
ボロボロの身体を捺しても尚。彼は―――
「僕は・・負けたんだな」
 ようやく現実方面の記憶が舞い戻ってきた。
フラットにセイバーを突き刺される一瞬の記憶までハッキリとある。
そして、それが避けようも無く自分の胸に突き刺さったことも。
 だから自分は今こうしているのだろうと推測した。
死後の世界があるかどうかなんて関係ない。ここがどこだと云うことにも興味はなかった。
ただ判ったのは、自分が負けたこと。それだけだった。
 コードは、一旦記憶の反芻を止めた。
負けた瞬間の記憶が鮮明に蘇ってしまった以上、悠長に記憶の反芻ごっこなどしていられない。
今更記憶を反芻しようがなにをしようが、何も変わらないのだから―――
「諦メノハマダ早イヨ。コード」
 そんなコードを包んだのは、聞き覚えのある小さな声。
現実と幻想の記憶の両面で聞いたことのある、不思議な声だった。

第六話

 コードが驚いて振り返ると、そこにはこの暗黒の世界の中の唯一の光源があった。
一つではない。二つ、いや三つだ。
 蒼と紅と水色。それぞれの光に包まれた、美しい色の光の精霊。
武器ユニットチップの使い方を教えてくれた蒼。ブレード・アーマーを授けてくれた水色。
そしてヴァルキリー・アーマーでピンチを救ってくれた紅。それぞれ全てに見覚えがあった。
「あなた、達は・・」
 詰まり気味の声でコードがそう問うと、三体のサイバー・エルフは、カッと一瞬だけその光量を激しく増した。
突然に発光に、思わず目を庇う。すっかり暗闇に慣れてしまった瞳に、この光量は刺激が強すぎて、
いつもよりもほんの少しだけ長い時間、視力の調節が長かった気がした。
 目を凝らしつつもそれを確認すると、コードは思わずあっと声を上げた。
そこには既に光の精霊はいなかった。代わりに、半透明の身体を持った三人のレプリロイドが立っていた。
 知っている、というよりも、今まさに目にしてきたばかりの三人。
蒼の少年・エックス。紅の青年・ゼロ。そして水色の少年―――名前は判らない。
「ロックマン・エックス・・、さん。ゼロさん・・」
「ボクの名前はセイヴァー。セイアって呼ばれてた」
 水色の少年―――いやセイア―――は、コードが自分の名を知らないことに気を遣ってか、優しく笑んでそう名乗った。
コードが、少しすまなそうに目を伏せると、それを見たエックスとフッと口の端を和らげた。
少しだけ哀しさを含んだような笑みだった。
「ついにこの時が来てしまったね」
 コードは、何を云っていいか判らなかった。
いや、なんのことを云っているのか、それ自体を理解することが難しかったというのが正しい。
 内心で混乱しつつも、コードは驚く程落ち着いた顔をしていた。
それというのも、エックスの深い深い碧の瞳に刻まれた光と、数えきれない程の哀しみの跡が、
コードの瞳を掴んで離さなかったからだ。
「君はロックマン・コード。だけど、本当は平和に暮らして欲しかった」
「僕は・・ロックマン・コード」
 改めて自分の名を再確認された。
今まではただの名前につく添加物程度の認識しか持たなかったコードだったが、今は違った。
ROCKMAN。この言葉の意味がどれだけ重かったか、ようやくそれに気が付いた。
 何度も姿を変えて現れては、何度も地球の危機を救ったという伝説の英雄・ROCKMAN。
ここには存在しない蒼い鎧の男の子。彼はロックマンだった。
目の前にいるエックスもまた、ロックマンだった。
ゼロも、セイアも、恐らく正式名称ではないのだろうが、伝説の英雄としてロックマンの名を与えられている。
 今までボンヤリとしたイメージしかなかった彼等のイメージが、ようやく固まった。
そして、彼等がどれ程凄まじい闘いの中を生きてきたのか、それを理解した。
「僕は・・ロックマンじゃありません」
「どうして?」
 尋ねたのはセイアだった。
「僕は、あなたたちの様に強くない!結局フラットを止められなかった!!皆のことを護ることが出来なかった!!」
 もう何も見えない。何も確認することが出来ない。
だが、きっと自分がいなくなったことで、既に地球に盾は存在しない。奴を止められる者はもう―――
 それを思うと、情けなくて悔しさて、溜まらなかった。
自分は諦めないと誓ったのに―――
「何を諦めている?」
 そう云ったのは、今まで黙って会話を聞いていたゼロだった。
彼の唐突な発言に、コードはぐるりと彼に視線を向けた。
その視線を受けたゼロは、フッと口もとに笑みを浮かべ、そっと続ける。
「オレ達が何故お前の前にいて、お前が何故ここにいるのか。考えてみろ」
「・・・えっ?」
「コード。君は本当はもっともっと強い筈だ。ただ本当の力を使えていないだけ。君が本気になれば、
 彼を止めることだって出来る」
 続いたのはエックス。
 本当の力―――まだ自分のどこかに力が残っているというのか。
とっくに限界を超えたと思っていた筈なのに。
「でも僕の身体は・・もう」
「君が強く願えば、まだ間に合うんだ」
 ニコッと笑みを浮かべるセイア。
その笑みに隠されたのは、励ましと、そしてどこかに隠された悔しさ。
そんな笑みをほんの一瞬だけ見詰めて、コードはグッと顔を引き締めた。
「僕は・・!」
「君が立ち上がれば、彼を止めることが出来るだろう。
 だけど君が勝てば、きっとこれから先も、先の見えない争いへと赴くことになることになる。
 その道は辛く、苦しい。それでも、君はやるんだね?」
 君を苦しめたくは無い―――エックスの目はそう云っていた。
「それでもお前はやるというのなら、オレ達はお前に力を貸そう。
 自らの信念にかけて闘い抜くことが出来るならば、だ」
 お前にその覚悟はあるか――ゼロの瞳が問う。
「ロックマンなんて云う名に縛られないで欲しいんだ。君は君でいて欲しい。
 だからせめて、僕はロックマンだからなんて考えを持たないで。
 君が自分の心に従って決めればいいんだよ」
 君に全てを任せる――セイアが笑んだ。
 コードは、少しだけ俯いた。そして、そっと顔を上げ、微笑する。
既に迷いも躊躇いも無かった。諦めていればあの時フラットのバスターで蒸発していても良かった筈だ。
それでも自分は闘った。そして、まだ闘うチャンスがあるというのなら。
 自分はハンター・ベースの皆が好きだ。ブリエス総監も、Dr.ルビウスも。その他の隊員達も全て。
自分は街が好きだ。緑が好きだ。そして、そして護ると約束した人がいる。
そう、自分は諦めてはならないのだ。闘える力が残っている限り、自分は―――
「僕は、俺は闘うっ!!最後になっても絶対諦めない!!」


第七話

 モニタの中に映し出された映像に、ヒカル・チェレスタは大きく目を見開いた。
 もう、何が起きたのかさっぱり判らなかった。
彼は、輝は勝った筈だったのに。なのに、唐突に戦闘は再開して。
輝が闘っていた彼の力は圧倒的で、輝の健闘も虚しく、彼は――
 無残にも深々と胸を貫かれ、壁にぶら下がる形で突き刺さっている輝の姿を、ヒカルは信じることが出来なかった。
彼は確かに勝ったのに。彼はほんの数秒前まで確かに動いていたのに。
「・・嘘・・」
 ピクリともしない彼の姿を目にしたまま、ヒカルはゆっくりと首を横に振る。
どんどんと視界がボヤけてくる。もう忘れ掛けていた熱い涙が溢れてきて。
そう、両親が死んだときから、枯れてしまったと思っていた涙が、ゆっくりと頬を伝っていく。
 彼が負けたことで、恐らく自分達も死んでしまうのだろう。
しかし、ヒカルにとってそんなことはどうでもよかった。自分の命など、どうでも。
 彼がやられてしまったことが悔しかった。
アレだけ真っ直ぐ前を見据え、最後まで諦めなかった彼が。
あの時、護ると云ってくれた彼が。なにもしてやられなかった、
なにもして上げられない自分を、自分達を護ってくれようとしていた彼が。
 ヒカルは耐えきれずに叫んでしまった。
彼の名前はもう知っていた。しかし、それとは違う、自分から見た彼という名の名前。
両親が死んで以来、初めて自分の心の拠となり得た人の名を。
「輝君ーっ!!」
 そしてヒカルは思わず自分の目を疑った。
モニターに映し出される映像が、一瞬にしてホワイトアウトしたからだ。


 一頻り笑った後、フラットはジャキンと片手のバスターをコードへと向けた。
もうピクリとも動かない。その傷口から流れ出す出血量は、
セイバーの熱が傷口を灼いていることを差し引いても、かなりの量だ。
呼吸音もしない。フラットから見て、彼は既に死んでいた。
「ソロソロ消シテシマウカ」
 ゆっくりと光の収束し始めるバスターに乗せて、フラットは囁く。
無論、フラットにはこの一撃が外れることなんて考えてもみなかったし、彼がもう動くとは思っていなかった。
 だからこそフラットは今までに無いほどの驚愕を見せた。
自らの放った暗黒色の閃光が、フワリと動いた彼の掌に受け止められ、軌道を変えたからだ。
「僕は・・・っ」
 有り得るはずのないことが起きた。
 壁に突き刺さったままの彼――コードが、ゆっくりと目を開け、身体を起こし、そう呟いた。
胸に突き刺さったセイバーを引き抜き、床へと着地する合間に、彼の全身を蒼の光が包む。
それはゆっくりと少しずつ鎧の形を形成させながら、彼の傷口をも塞いでいく。
「僕は、約束したんだ・・!」
 鎧が完全にその姿を現した。
 透き通る蒼い色の鎧。突起物は今までないタイプのもので、それは見る者全てに神々しさを感じとらせる。
全身を蒼のオーラで包むコードの姿。それはまさに、美しかった。
「約束したんだ!護るって!一緒に星を見るんだって!」
 最後に彼の頭部に光が集まり、失われたヘルメットを創り上げた。
その姿もまた、今までとは全く違う形。クリアブルーの神々しいヘルメットだった。
「約束したんだーっ!!」
 彼の片手にあった、今まで彼の胸の部分に突き刺さっていたセイバーの柄は、彼の怒号と共に一瞬にして砕け散った。
叫びを止めないままに彼の腕が動く。蒼の光が収束したバスターが、ピタリとフラットに照準を合わせた。
「貴様ッ!!?」
「うぉぉぉぉ!!」
 カッ!
 コードのバスターが爆ぜた。
 部屋の横幅をそっくりそのまま撃ち出したかのような巨大な光の塊。
一瞬にして迸ったそれは、フラットに回避を余地を与えなかった。
 防ぐ手立てもなく閃光に飲み込まれていくフラット。
コードは、すぐに第二射の用意をする為に、再びバスターへ光を収束させ始めた。
 ROCKMAN達の記憶に触れ、また自分も自らの中に眠るROCKMANの力の一部を引き出した姿。
エックス・ゼロ・セイアが引き出してくれた、コードの真の姿。
名を冠するなら、勝利の鎧・ヴィクトリー・アーマー。
 内側からどんどんと溢れてくる力に、コードは感心すると共に、複雑な感情に襲われた。
知ってしまった。いや、思い出してしまった――彼等の闘いの記録を。
本当は自分は知るべきじゃなかったのかもしれない。
エックスが云っていたのはこのことだったのだろうと、今更ながらに思う。
 ――『ついにこの時が来てしまったね』。
 コードは、そう云った時のエックスの顔を心の隅で思い出しながら、
タンッと床を蹴り、身体を浮き上がらせた。

第八話

 チャージしたバスターを連射の出力に分割しながら、コードはジグザグ走行と共にバスターを連発する。
素早く立ち上がったフラットは、続けざまに襲うバスターの雨に、それをセイバーで迎撃しつつ、コードの姿を追う。
 が、フラットがコードを確認した時、既に彼はフラットの間合まで飛び込んできていた。
セイバーを失った為に、拳による打撃だが、コードのストレート・パンチは諸にフラットの胴を捉えた。
「ヌグッ・・」
「はぁぁぁ!!」
 更に左頬、右頬とコードの拳がフラットを捉える。
肉眼で捉えきれない程のパンチ・ラッシュに発展した打撃に、フラットの両足がガリガリと床を引っ掻いた。
 だが、不意に暗黒の光が爆ぜた。
フラットが至近距離が、バスターをコードに押し付ける形で放ったからだ。
「くっ!」
 ロケットの様に後方へ持っていかれるコードを、追い掛ける形でフラットが跳ぶ。
セイバーによる斬撃は、確実にコードの急所を捉えていた。
が、コードがタンッと地面に両手を突き、回転ざまにフラットの顎を蹴り上げた為、
フラットの片手に握られていたセイバーの柄は、隅っこの床に激突し、カランと乾いた音を立てた。
 やはり一筋縄ではいかないか――コードは内心で呟きつつ、怯んだフラットへ向けて、続けざまにバスターを数発。
だが、タイミングがイマイチ遅かった。瞬時にそれを躱したフラットが、一気に懐まで飛び込んできて、
その拳を抉り込むようにして打ちだしてきた。
 パンッと乾いた音と共に、その打撃はしっかりとコードの掌が受け止めたが、
いかんせん咄嗟の防御だった為に、左手による第二撃が、コードの頬を捉えた。
 後に仰け反る身体に無理矢理に力を込める。コードのバスターが爆ぜた!
 放たれたのは三発の光の線。バスターよりも更に速い弾速を誇るそれは、
真っ直ぐにフラットの鎧を差し、削り取った。
 ヴィクトリー・アーマーの能力で威力を増したブラスト・レーザーだ。
特殊武器のエネルギーはほぼ底を突いていたが、どうやらこの鎧のお蔭か、エネルギーは全ていっぱいになっていた。
 レーザーの雨を屈んで躱したフラット。起き上がり様にチャージ・ショットを放った彼は、
それが着弾するのを確認するよりも前に地面を蹴っていた。
 バスターは正面から。そして、フラット本体は上空だ。
コードは、正面のバスターに自らのバスターを切り返し、相殺すると同時に空へ跳び上がり、
続けざまにチャージ・ショットを放とうと構えるフラットに、逆にエレクトリック・アートの鎖を放ち、絡め取った。
「落ちろぉぉっ!!」
 絡みついた鎖を、全力で地面へと振り下ろす。
フラットが鎖を引きちぎるよりも、彼が地面に激突する事の方が速かった。
 地表から反撃として放たれたバスター。それは重力に引かれ、落下するコードを捉えたかと思われたが、
バッと勢いよく振り払われたコードの焔の掌――――フレイム・ストライクによって、ギリギリのところで阻まれた。
 そのまま深々とコードの拳がフラットの胴を捉えた。
飛躍したコードのパンチ力に重力の勢いが重なって、強化されたフラットの鎧がギシリと軋む。
続けてコードが二撃目の拳を放ったところは、その手首はガシっとフラットの掌に掴まれた。
「くっそ・・!」
 外そうにもフラットの握力は強く、一向に外れてくれなかった。
コードがもたついている間に、フラットはグィッとコードの身体を持ち上げ、
後へ投げ飛ばす形で大きく身体を回転させた。
 スタッと壁に着壁したコードだったが、追い打ちとして放たれたフラットのバスターを躱しきることが出来ずに、
彼の身体は轟音を立てて分厚い壁へと減り込んだ。
 ガラガラと崩れ落ちてくる瓦礫の中、コードは立ち上がりつつ、心の奥で苦笑した。
 強いな――こっちは初めから全力で闘っているというのに、互角が関の山とは。
しかし、未だに今の自分の限界が計れないのも事実だ。これは言い訳ではない。
能力の上限はどちらが高いか判らないし、そんなことには興味は無い。
ただ判るのは、明らかに自分と彼の差が縮んだことだった。
「まだだ!そんな程度じゃ俺は負けないぞっ!!」
 身体に纏わり付いた瓦礫を払いながら、コードはグッとフラットを睨み付ける。
未だにピンピンとしているコードの姿に、フラットは少なからず竦んだようだ。
どうやら、今の攻撃でかなりのダメージを期待していたのだろう。彼の表情は悔しげだった。
 彼との戦闘を再開し、続ける中で判った。
明らかに彼は焦っている。なかなか倒れない自分に。実力がどんどんと拮抗していく自分に。
その焦りが彼の攻を焦らせている。今の彼に、さっきまでの威圧感は無い。
「うぉぉぉぉ!!」
 コードは大きくバスターを振りかぶり、出来る限りのエネルギーを銃口へと注ぎ込むと、
それを正面の彼へと向けて、全力で撃ち出した。

第九話

 人々に残されたのは、絶句の二文字だけだった。
 モニタの中で繰り広げられる別次元とも云える戦闘。時計の時針が何周したか判らない程の長い長い闘い。
人々は視線を背けることもせず、だからといって声を上げることもなく、ただその様を見詰めることしか出来なかった。
 戦況は二転三転の逆転続きだ。少年の攻撃がヒットしたと思えば、青年の一撃が少年を捉える。
既に彼等の目から見ても、二人の状態は限界だった。
 ゴクリと唾を飲み下して、人々は流石に乾きを感じ始め、痛みを伴い始めた眼でそれを見詰める。
祈るのは、そう少年の勝利のみ。
「頑張って・・」
 誰かが呟いた気がした。
誰かがその誰かに視線を向ける。と、小さなぬいぐるみを抱き締めた小さな女の子だった。
 きゅっと唇を噛み締めて、泣きそうになりながらも懸命に彼の勝利を祈り、少しだけ震えた声でもう一度叫ぶ。
「負けないでロックマンっ!!」
 それに吊られて、数時間振りに人々に声援が巻き上がった。
口々に叫ぶ応援の言葉。届かない判りながらも、叫ばずにはいられなかった。
彼の闘いをほんの少しだけでも手伝うことが出来ない自分達を振り切る為に――
 が――彼等の声援を裏切るかのように、モニタの中で少年はガクリと膝を突いていた。

「くそっ・・」
 未だに終わらない闘いの中、コードはついに膝をついた。
確かにヴィクトリー・アーマーの力は強力だ。自分とフラットの実力が拮抗してきていることも実感した。
だが、それでも僅差で決定打がいれられなかった。フラットの焦りが自分を味方してくれているが、逆にそれが仇となった。
 今の奴に手加減の文字は無い。コードの身体が悲鳴を上げれば、たちまち負け、屠られてしまうだろう。
しかも、戦況の逆転によって、その焦りは少しずつ余裕へと変わりつつある。
 セイア達の能力だろう――ナノマシンによって身体は完治したと思っていたが、甘かったらしい。
先の闘いで治りきっていなかった傷や、今さっきフラットに貫かれた胸部部分に悲痛が走る。
コードは、思わず呻いてしまいそうになる自分を、ギリギリで唇を噛み締めることで押さえ込んだ。
「畜生っ・・」
 ツカツカと歩み寄ってくるフラット。コードがその顔を見上げると、フラットはニィッと口もとに笑みを浮かべ、
片足を振り上げたかと思うと、顔面に衝撃が走った。
 諸に頬に叩き込まれた蹴り。コードは、その勢いのままに吹き飛ばされそうになるのを後一歩で堪えつつ、
グッと両足に力を込めた。
「うぁぁぁっ!!」
 思い切り力を込めて放つコークスクリュー・パンチ。それは勢いよくフラットの顎下に直撃した――が、
ググッとそれを押し返したフラットは、コードの顔の至近距離で、また嫌らしく笑った。
 効いていない――コードがそれを悟った時、コードの腹部には暗黒色のエネルギーが流し込まれていた。
「ぐはっ!!」
 エネルギーの塊に押し込まれて、そのまま壁に減り込む。既に辺りの壁は崩壊していて、
今の一撃でほぼ全方位の壁が崩壊してしまったといっても過言ではない。
最も、今のコードにとって、それは遠くで針が一本落下したかしないか程度の小さな事柄に過ぎなかった。
 顔を上げると、ボロリと砕けたメットの残骸が、乾いた音を立てて視界の中の床に落下していくのが見えた。
ヒビが所々に入っていた鎧も、今の一撃で音を立てて崩れていく。
 コードは、口の中に溜まった鮮血を横にペッと吐き出して、再びフラットの姿を模索した。
――目の前だ。暗黒色の光剣を携えて、彼の姿はそこにあった。
 やられる――この一瞬の溜めのないバスターでは、彼の攻撃を止めることは出来ない。
ならどうすればいい――一体他に何がある。
 エレクトリック・アート――駄目だ、武器チェンジして電撃を形作るのは、
ヴィクトリー・アーマーのチャージ・ショットより遅い。
 ウォーター・サイクロン――速射性が無い。撃つよりも前に斬られてしまう。
 フレイム・ストライク――この距離で剣よりも早く拳を叩き込むことが果たして自分に出来るのか?否。
 ブラスト・レーザー――下手に連射し過ぎた。エネルギーがもう無い。
「死ネ」
「!!」
 本能的に両手が全身を弄る。
何かないか。何か――本能が悲鳴のままに何かを捜して、身体中を探索する。
 

 コツン


 これは――


第十話


 騎士型レプリロイドは穏やかに云った。

「そんな顔をしないで下さい。あなたは全力で闘い、勝ったではないですか」

 そして、自らの愛剣の柄を、そっと自分の手に握らせる。

「貴方の行く先が見たくなりました」

 自分はそれをゆっくりと受け取ると、目尻が熱くなった。

 ポロポロと零れ落ちる涙。それを止めようともせずに、自分は云った。

「一緒に闘おう」

「勿論ですよ」



「うぁぁぁぁ!!」
 暗黒色の光剣は、ガッチリと翠の光剣に受け止められていた。
押し込まれることなく、頑なに、力強く。
 驚愕に目を見開いたフラットをよそに、光剣を振り切ると共に起き上がり、彼の顔を打つ。
間合を外れた彼を思い切り睨み付けて、コードはギリッとサーベルを握り締めた。
 心の中に浮かぶ勇敢なる騎士の姿と共に、サーベルの限界出力を大きく上回るエネルギーを、それを無視して流し込む。
グングンと巨大化していく刃を振りかぶり、コードはダンッと地面を蹴った。
「喰らえぇぇぇ!!」
 フラットが反射的に防御した光剣をも突き破って、コードは巨大化した刃を薙いだ。
ジャスティス・ストラッシュ――ヴィクトリー・アーマーの持つリミッター解除機能の一つだった。
 パキィィッンと高音を立てて崩れ落ちるサーベルの柄を横へ放り捨てて、コードはジャキリとバスターを向けた。
 今の一撃で、彼も自分も限界を確実に超えた筈だ。
もう立っていられるのも不思議なくらいに――コードは、そう思ったことは何度目かと、心の隅で苦笑した。
 この一撃で勝負を決める。そして、勝つ!
「勝負だーっ!!」
 全身に残った全ての力が、今バスターの銃口へと収束していく。
まだこんなにも残っていたのかと感心してしまう程のエネルギー。
それは、とっくに銃口の耐久限界を超えているのが目に見えた。
 バスターが壊れようが、アーマーが砕けようが、腕が吹き飛ぼうがどうでも良かった。
 この一撃で自分は勝つ。勝って、皆を、地球を護る。皆の為に、そして――そして彼女との約束をまもるために。
「みんな・・」
 バチバチとスパークし、今にも暴発してしまいそうな感覚に必死で耐えながら、
きっと今でも自分達の闘いを見詰めているだろう、人々へ、小さな声で語りかける。
 もうカメラが壊れてしまったかもしれない。声が小さすぎて届かないかもしれない。
それでも――
「みんな、僕に、俺に力を貸してくれ!!最後の力をっ!!」
 自分でもとんだ笑い話だと実感する。
だが、それでもこれを聞いて、誰かが自分に声をかけてくれればそれでいいと思った。
誰かが応援してくれている。誰かが自分の勝利を祈ってくれている。それだけで充分だと――


『みんな、僕に、俺の力を貸してくれ!!最後の力をっ!!』
 モニタの中で、彼は、輝は叫んでいた。
最後の決着を付けるために。この一撃で勝利を掴むために。
 ヒカルは、モニタを見つめ続けて、乾き始めている瞳で、それを受け止める。
そして、そっと眼を閉じ、両手を組んだ。
 確かに自分は彼の助けにはならない。あそこまで行って、一緒に闘ってやることなんて到底無理なのだ。
それでも、彼は今助けを必要としている。小さな声でもいいと、少しでも勇気づけて欲しいと。
彼のために祈ることなら、今の自分でも充分出来る。いや、自分が彼を少しでも支えてやれなくてどうする――
 彼は自分を助けてくれた。自分に希望を、勇気を与えてくれた。
そして、安心を与えてくれた。約束と云う名の繋がりをくれた。
 ヒカルは彼の心に直接呼びかけるように、口の中で呟いた。
『頑張って、負けないで輝君』
 同時に、ヒカルの耳にはモニタから鬱陶しいほどに流れてくる爆音とは別の音が届いていたような気がする。
上手く聞き取ることが出来なかったが、それは確かに人の声――人々の声。
 ヒカルは、ややあって確信した。きっと、みんなも彼を応援してくれているんだと。
何故それが聞こえたのか、ヒカルには判らなかったが、それでも良かった。
みんなが彼を応援してくれている。それだけで、何故だか判らないけれど、嬉しかった。

 ねぇ輝君。私の声が聞こえる?みんなの声が――

第十一話

「うぉぉぉぉぉっ!!」
 蒼の光は爆裂した。
真っ直ぐに差す、蒼の閃光。闇を打ち砕く、優しくも揺るぎない光。
 エネルギーの塊や実弾。それはそのどちらでも無かった。
事実、ヴィクトリー・アーマーにエネルギーは残っていなかった。
バスターを放つエネルギーなんて以ての外だった。
 それでも蒼の閃光は真っ直ぐにフラットへと向かっていく。
本当ならば、足元の床を砕きながら進むはずのそれは、まるで空白の世界にコードとフラットだけが立っているかのように、
他の全ての物を通り抜けていく。擦り抜けていくのだ。
 バスターのエネルギーだとか、隠しておいた武器だとか――それはどれにも当てはまらなかった。
 この蒼き閃光を放つのは、コード――いや、『輝』だからだ。
負けたくないと想う心。皆を護ると誓った心。そして、彼を支える約束。
それは『想いの光』。闇を打ち砕く、唯一にして絶対のもの。
 かつて、ロックマンも、エックスも、ゼロも、セイアでさえもなし得なかった最後の力。
心の光を差し込ませるその技は、コード・・輝だからこそなし得ることが出来たのかもしれない。
「ぁぁぁ!!」
 直撃の寸前、蒼の閃光ははしっと暗黒の閃光に受け止められていた。
切り返しとして放たれたフラットのバスターだ。
 蒼色と闇色。相対する二つの光は、押し合い、スパークを発しながら、互いを喰らい合う。
蒼と闇の持つ力はほぼ互角だった。ちょっとでも気を抜けば、逆に押し切られてしまいそうだ。
 両足が床に大きな引っ掻き傷を付けていく。コードは、歯軋りのし過ぎで血が滲む口もとを、
お構いなしに強張らせながら、それに必死で耐える。
足をほんの少しでも動かそうとすれば、このエネルギーの奔流に押し切られてしまいそうだからだ。

 ――苦しい。
コードは、少しずつ抜けていく身体の感覚の底で、必死に力を込める。
戦況は一向に変わらない。治まらない衝撃の中で、少しずつアーマーが音を立てて崩れ去っていく。
 ――まだだ・・・。
この台詞を今までの闘いで何度吐いたか判らない。
それは、そう、もしかしたら自分を奮い立たせる呪文のようなものだったのかもしれない。
そうだとしたら、なんて頼りがいがあって、それでいて頼りにならない呪文だろうか。
結局、最後は頑張るしかないのだ。踏ん張るしかない。負けるわけにはいかないのだ。
「まだだ・・まだっ・・!」
 頼りにならない呪文を、コードは再び口にする。自分を奮い立たせる言葉は、それ以外に知らなかったからだ。
 腕がガクガクと震える。両足がガリガリと床を擦り、身体を後退させる。
ヘルメットは吹き飛び、繊細なその蒼の髪は暴力の風に晒させる。
コードは、一瞬だけ眼を閉じ、再びグッと目の前の存在を睨み付けた。
その瞳は死んではいない。例えその身が砕けても、その瞳の光だけは煌めくことだろう。
「くっ・・・」
 肩アーマーが吹き飛び、バスターの銃口がぶれた。
その瞬間にバランスを崩したコードは、一気に闇色の光に押し込められた。
蒼の光がギリギリ眼前でそれを遮ってくれてはいるが――
 コードが身体のバランスを崩し、倒れそうになった瞬間、バスターになっている右手に暖かいものが触れた。
疑問符と共に自身の右手を凝視しても何もありはしない。しかし、触れられている感覚だけがそこにある、
不思議で、それでいて暖かな感触だった。
『俺達の力を込めよう』
『ここで負けるのは不本意だろう?』
 頭の中に二つの声が響く。姿は見えないが、確かに感じる蒼と紅の力。
その二つの掌に支えられ、コードは両足をダンッと踏ん張った。
そして一歩ずつ一歩ずつ、その蒼き光を携えて前へと歩み出す。
闇色の光も、爆裂していくアーマーも関係ない。ただ、この蒼き光を彼――フラットの中にいる彼――へとぶつける為に!
『コード、聞こえる?』
 三つ目の声。自分に似た、それでいて少しだけ幼いような声。
 コードは、その言葉に無言の笑みで答えを返す。
そして、コクリと頷いて、最後の一歩を大きく踏み出す!
「ヌグッ!!?」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」


  聞こえるよ、ヒカル。君の、そしてみんなの声が。
  『頑張れ』って、云ってくれるみんなの声が。
  だから俺は――


「はぁぁぁぁ!!!」
 アーマーが完全に砕け散っていくことは気にも留まらなかった。
 バラバラとアーマーの破片が辺りへと四散する。蒼の光を放っていたバスターさえも木っ端微塵になり、
下から握り締められた拳が姿を現す。さっきと同じ、蒼の光を携えた拳。
 蒼の光に飲み込まれていくフラットの姿。コードは、最後の力を込め、彼の懐へと飛び込んだ!
「これで最後だーっ!!」
 蒼の拳は、そのままフラットの頬を殴り飛ばす。
 
 薄れゆく意識の中で、コードはフッと小さく微笑する。
 落下の時間までの時間が異様に長く感じられる。きっと、
疲れきるという言葉さえ通用しない程、疲労していた所為だろう。
 ――勝った。
その一言を噛み締めて、コードは眼を閉じる。
辺りが一瞬にして純白の世界へと変わった気がした――


 そして戦闘の爆音が静まると共に、モニタに映し出されていた映像も砂嵐へと変わった。


第十二話

 すっかり賑やかさを取り戻した街を背に、ヒカルは重い買い物袋を片手に、一人歩いていた。
空が、蒼い。その蒼さに見覚えがある程に。風が暖かくて気持ちが良い。まるであの笑みの様に。
ヒカルはそんな空を少しだけ見詰めて、小さく微笑した。
 TVモニタを通して見た、あの壮絶なる闘いはまだ人々の記憶に新しかった。
いや、印象が強烈過ぎて、一ヶ月経った今でもあの情景が頭から離れないといった方がいいのかもしれない。
 何時間続いたか判らない闘いは、ただひたすらに激闘だった。
蒼の少年と紅の青年は何度倒れ、そして立ち上がったか判らない。
ヒカル自身も、それをじっくりと見ていたつもりなのに、それが果たしてどれくらい続いた闘いなのかは、想像すらつかなかった。
 勝敗は、厳密には判らなかった。
しかし一ヶ月経った今でも何の異変もなく人々とレプリロイド達が生活し、
あれ以来ガイア・リカバリーズの戦闘型メカニロイドも出現しない事実が、蒼の少年の勝利を言葉なくして伝えてくれた。
 報道機関が働かない為――ヒカルの街はほぼ全滅している為――、詳しいことは判らないが、
今買い物をしてきた街で、街の再建が行われていたのだから、闘いは終わったと判断していいのだろう。
 あの闘いから一ヶ月――彼は未だに還ってこなかった。
さっき街で聞いた何人かの塊の会話の中で、誰かが云っていた。
――『彼は命と引き換えに闘いを終わらせてくれた』。
 確かに彼の闘いぶりは認めよう。彼の頑張りはもはや常人では到底無理なものがあっただろう。
たった一人であれ程の闘いを潜り抜けて、たった一人であれ程の敵に立ち向かって。
それは、確かに認めよう。ヒカル自身、それを認めたいと思っている。
 しかし、それでも彼が死んだとは思いたくなかった。
あの闘いの最中、彼の瞳は一度だって死んでいなかった。胸をビーム・セイバーで貫かれようとも、
灼熱のエネルギーに晒されようとも、膝を突き、鮮血をその口から吐き出そうとも。
 あの闘いから生還するのは不可能だと云う者もいるだろう。しかし、ヒカルはそれをひたすらに自分の中で否定していた。
彼は生きている。彼は還ってくると約束した。何より、命懸けで自分達を護ってくれた彼の命を奪うなんて、
例えそれが神だろうと許される筈が無い。
「輝・・くん」
 彼のその名が偽りであることは少なからず判っていた。しかし、自分から見て、彼は『松浦輝』以外の何者でもないのだ。
だからヒカルは頑なにその名で彼を呼ぶ。一番の親友を自分だけのニックネームで呼ぶ子供のように。
 ――彼は大丈夫だよ。
「うん。大丈夫だよね」
 自分の中で呟かれた自分の声に、自らの声で答えを返す。
そうすれば彼を信じていられるから。みんなの為に闘った強い、それでいて敵である筈の彼に手を差し伸べた優しい彼を。
そして、半開きのドアから夜中少しだけ覗いた時、酷く辛そうな、泣きそうな顔で空を見ていた少年の彼を。
 彼が帰ってきたら色んな事を話そうと思う。今まで喋らなかった自分のことや、趣味のことでもなんでもいい。
そして、少しだけ彼のことを聞いてみよう。どうしても聞くことが出来なかった色々なことを。
 スゥッと一ヶ月前よりも軽くなった気がする空気を吸い込んで、ヒカルは再び足を進めた。
家に帰って、今日もまた平和に暮らそう。いつでも怪我をした彼が帰ってきたとき、
手当てをして上げられるように救急箱を用意しながら。

 グォォォ!

 足どり軽く歩き始めたヒカル。そんな彼女に耳を、低い唸りのような音が揺さぶった。
聞いたことがあるような気がする音。旧型のライド・チェイサーの様な音を発するこれは、
運送用だとか乗用だとか、そんな生優しい類のものではない!
「えっ・・!?」
 慌ててヒカルが振り返ると、目に見立てられたアイカメラの真紅の光と視線がぶつかった。
中型の戦闘型レプリロイドだった。記憶に間違いがなければ、一ヶ月と少し前に自分を襲ったものと同じタイプの。
 どこにこんなものが残っていたのだろう。間違いなくガイア・リカバリーズの置きみやげだ。
ヒカルは、ジャキリと自分に向けられたバルカンの銃口に、「あっ・・!」と小さく悲鳴を上げた。

 ガギィィィンっ!!

 だが、それは銃弾を放つ直前に、彼方から飛来した一つの塊によって銃口を曲げられ、
行き場を失うと共にその場で爆裂した。
 声を上げようかと思ったが、喉が詰まって声が出なかった。
声にならないヒカルの疑問符をよそに、逆光の中で一つの影が飛翔する。
影はタンッとヒカルの前に着地すると、そのまま勢いよくメカニロイドの懐へと飛び込んでいった。
「・・・!」
 放たれたハンマーをギリギリのところで躱した影が、その拳をメカニロイドの中枢に深々と食い込ませた。
そして、拳を素早く引き抜くと、足が竦んで動けない自分の体躯を軽々と抱き上げ、再び空へと飛翔した。
その一瞬後に、今までヒカルが立っていた位置を灼熱の圧力が迸っていく。
 重力に引かれた影が着地すると、それはゆっくりとヒカルを地へと降ろした。
まだ少し竦んでいる両ひざになんとか力を込めて、ヒカルは地面に足をつく。
 そして、ようやく自分を抱き上げた者の顔を見上げる。
サラリと揺れる空よりももっともっと蒼い髪に、それと同じ蒼の瞳。
顔は少し幼いけれど、とても穏やかで、優しい雰囲気を持った少年。
「あ・・・」
「大丈夫?」
 この一ヶ月の間、ずっと心の奥に留まっていた笑顔が、そこにあった。
優しくて、暖かくて、全て受けて入れてくれるような、そんな笑みが――
 最後に逢った時よりも伸びたかもしれない背丈で、彼は笑う。
ヒカルは、やっと自分の目尻が熱くなっていることに気がついていた。
もう暫く流さなかった筈の涙が、止めどなく頬を伝い落ちる。彼はそれを人指し指でゆっくりと掬ってくれた。
「遅くなってごめんね」
 そう云って、彼はまた笑った。
「輝くん・・輝君!」
 耐えきれなくなって、ヒカルは彼の胸へと思い切り飛び込んでいた。
 いきなり抱きつかれて、彼は暫く照れくさそうに頬を掻いていたが、
ややあってから、そっとその腕でヒカルを抱き締めた。
「約束、ちゃんと守るよ」
「・・うん」
「俺は君を、護る。そしていつか一緒に星を見よう」
「うん!」

 ロックマン・コードよ、闘いの中で主が見出したのは果たして――?
 怒りと共に振るう力か、或いは、想いと共に臨む勇気か――
 今は暫く、新しき蒼き英雄に休息を――


エピローグ

 そこは全くの静寂だった。薄暗い光に照らされた、本当に何もない静寂。
静か過ぎて逆に耳が痛くなってしまいそうなそこにいるのは、一人分の人影だけだった。
 掌に浮かべていた光球をプツッと打ち消すと、彼はニィッと口もとに薄笑いを浮かべる。
「ロックマン・コード。思った以上にやるようですね」
 くるりと彼は振り向く。部屋に一つだけ備えられた窓から覗くのは、漆黒の空間にぽつりと浮かんだ瑠璃色の輝き――地球だった。
 彼は、それを掌で掬うように片手を翳し、それを握り締めると、くくくと低い笑い声を上げた。
「まさか打ち消されるとは思ってもみませんでした。ねぇ、ロックマン・フラットよ」
 そしてまた笑う。
「『想いの力』。面白いじゃあないですか、Rの力を持つ者よ。ふふ、どうやら私の出番が回ってきてしまうようですね」
 嫌味なほどに反響が良い部屋の中、少しの狂気を含んだ笑い声が、高らかに響くのだった。
「くっくっく、はーっはっはっはっは!!」



ロックマンコードⅠ~最初の試練~ 完