ロクノベ小説保管庫 ロックマンコードⅠ.Ⅴ~君は新たな仲間~

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 ――まただ。
 何度目になるか判らない胸の痛みを催して、ロックマン・コード――普段は松浦輝と名乗る彼は、
ガバッと上半身を持ち上げた。
「――っ・・」
 心臓を貫くような激痛に、輝は必死で呼吸を整えようと喘ぐ。
冷汗が吹き出た。意識をしっかり持っていないと、気を失ってしまいそうな程の胸の痛み。
 頬を伝い、シャツをびっしょりと濡らす冷汗。
ようやくのこと痛みが治まってきた輝は、汗で額に貼り付いた蒼の髪を、
気怠いままの片手で掻き上げた。
 はぁはぁと盛んに呼吸を繰り返し、少しずつ息を整えていく。
やっとのことで呼吸が整ったときには、シャツに染みた汗が冷え、全身が身震いする程に冷えきっていた。
「くそっ・・」
 声に出して毒づきながら、輝は起き上がり、シャツを代えた。
シャツはぐっしょりと濡れた上、冷えていて、とても重く感じた。
 洗濯したばかりの新しいシャツを着なおしながら、輝は思う。
これで、何度目になるのだろう、と。
 ロックマン・フラットとの闘い。最近になって『地球の逆襲』と呼ばれるようになった闘い。
人間・レプリロイド達による地球開発が原因で、もはや純粋な緑は殆ど残っていない今の地球。
放っておけば、すぐにでも滅びの道を歩むであろう地球の再生と、人類・レプリロイドの駆除を唱えた、
ロックマン・フラットとの一ヶ月にも及ぶ闘いだった。
それはさながら地球の悲鳴をフラットが代返したかのように思わせた闘い。『地球の逆襲』とは皮肉な名前だった。
あの闘いが数ヶ月。ようやく闘いの傷跡が消える目処が立ち、収容されたフラットも、
そろそろROCKMAN復活計画当初の人材として復活しつつある。
 輝が異様な胸の痛みを覚えたのは、闘いが終わって二ヶ月程経った後だった。
任務が終わり、帰還しようとした時、急に胸の痛みを覚えた輝は、
意識を保つ暇もなく、その場に倒れた。
ハンターベースは即座に輝を収容し、検査したが、結果は原因不明。
血圧や脳波、心拍数等も正常な数値を示していたし、ウィルス感染等の疑いもない。
そして最終的にただの過労だろうと云われたとき、再び輝の胸に痛みが走った。
 それから数ヶ月、何度も似たような経験をしてきた。
一応意識を失うことはなくなったが、痛みに慣れることも、耐えることも出来なかった。
今回は睡眠中の深夜に起こったからまだいい。これが任務中、特に戦闘中に起これば、それだけで命取りだ。
意識を失わないよう努力したのも、輝の苦肉の策だった。
 グラスに水を汲み、一応とDr.ルビウスから受け取ったビタミン剤を飲み下した輝は、再びベッドに入った。
胸の痛みは、今は影を潜めている。不思議なほどに。
 眼を閉じると、さっきの発作で体力を使ったのか、それとも単に疲れが溜まっているのか、
輝の意識は一気に遠くなった。
それに抵抗しようともせず、輝は襲い来る惰眠に自ら飛び込む。
 意識が途切れるか途切れないかの微妙な瞬間、
輝は眼の中に自らの内で蠢く影と、自分の後姿が見えた気がした。


ロックマンコードⅠ.Ⅴ改定版~君は新たな仲間~


「コードか。毎日毎日熱心だな」
 相変わらずゴチャゴチャとした部屋の中でドロのような濃いコーヒーを飲んでいたDr.ルビウスは、
突然の来訪者の姿に、当然のように答えた。
グィっ。カップの中のコーヒーを飲み乾すと、
カップの底には溶けきらなかったインスタントコーヒーの塊が残っていた。
失敗したなと呟きつつ、ルビウスは入ってきた輝――今はアーマーを着ている為、コードと呼ぶ――を、
くぃっと顎で促した。
 ルビウスが顎を向けた方向には、開けっぱなしの部屋があり、
その中には大きめのカプセルが一つ、でんっとその身を構えていた。
「お邪魔します」
 カプセルに記されているコードネームは『FLAT』。
コードはルビウスに一礼をしてから、足早にフラットのカプセルへと駆け寄った。
 カプセルの中で眼を閉じている――と、いうよりも眠っているに近い――のは、
紅の長髪を振り乱したままの、生身のフラット。
コードはカプセルに手をあて、ジッとその姿を見詰めた。
 ついこの間まで全身傷だらけだったフラット。今はその面影すら無いほどだが、
その傷はコード自身がつけた傷だった。
 下手に治療して再び敵になられては困る、という見解から、つい最近まで生命維持装置に繋がれたままだったが、
怪我が治っているところを見ると、どうやらフラットが敵対した理由が判ったようだ。
それについては後できくとして、コードは心の底でホッとした。
 ――フラットは敵じゃない。そのことは、彼との最終決戦の際に感づいたこと。
そして、フラット自身ももう少しでコードの手を取ってくれるところだった。
無理矢理に戦闘を再開させたのは彼の意思ではない。コードでもフラットでもない、第三者がいる。
フラットをけしかけた真の敵がどこかにいるということだ。
 コードがそれをハンター上層部に訴えると、地球を救ったという功績の為か、
なんとかそれは聞き入れられ、フラットは治療されている。
数ヶ月たった今でもフラットが目覚めないのは、上層部が判断を渋っているのか、
それとも彼の身につけていたアーマー、もしくは彼自身に未だなんらかの問題が残っているのか。
 どっちにしろ負傷が治療されたことから、フラットと仲間として再び顔を合わせる日は遠くない。
コードはそう確信した。
「フラット・・」
「お前も随分と兄想いだな、コード。任務はいいのか?」
「今日は入ってませんから」
 後から話しかけてきたルビウスに、視線をフラットに向けたまま答えるコード。
ルビウスは少しつまんなそうに肩を竦めて、それを誤魔化すように、フラットのカプセルに繋がれた端末を弄る振りをする。
そんなルビウスの様子も目に入らないまま、コードはフラットを見詰める続ける。
自らが倒した最強の敵を。そして、同時に兄である者を。
 ルビウスはコードに相手にされなかったことを少し残念に思いつつも、
フラットを見詰めるコードの瞳に、確かに兄弟愛と表するべき光が宿っているのを見て、
満足そうに頷いた。
「ところでコード。身体の方は大丈夫か?」
 思い出したように云ったルビウスに、コードはようやく振り向いて笑った。
少しぎこちない笑みだった。
「え、えぇ。大丈夫です、一応」
 一つ咳をしてから、コードは云う。
少し顔色が悪く、目の下にクマも浮いている。例の発作の所為で真面に眠ってもいないのだろうと、
ルビウスは見当をつけた。
 コードの性格だ。こんなことを聞いて絶対に素直に答える筈がない。
「全く、嘘をつくんじゃない。随分辛そうじゃないか?」
「そ、そうですか?そんなこと・・」
 ふるふると両手を胸の前で振りながら笑うコードに、
ルビウスは「判った」と溜息をつきながら、踵を返した。
後から追ってきたコードの疑問符に、振り返らないまま云う。
「少し出てくる。その間、留守番頼めるか、コード?」
「はい。判りました、ルビウスさんが戻ってくるまでの間ですよね?」
「そうだ」
 どうせずっとフラットを見詰めているんだろうけどな。
そう付け加えて、ルビウスは足早に研究室を出た。
目指すは食堂と医務室――人間用職員の為に医務室も完備している――だ。
 あの様子では真面に食事もしていないだろうから、まずは食堂で栄養のあるものを作ってもらう。
流石にビタミン剤等を飲ませ続けるわけにもいかない。それを断った後に身体の調子を再び狂わす可能性があるからだ。
それから医務室のベッドを一つ空けてもらう。
コードが眠っている間に発作を起こしても、誰かが傍にいれば幾らか違うだろう。
 まずコネの効く医務室に行った。幸い人間職員は誰もいなくて、
ライフセイバー数人が暇をしていたので、適当にベッドとよく眠れるようなものを一式揃えてくれと云い添えた。
 食堂は食事時ではないのが幸いしてか、ガランとしていた。
それも同じように調理員に栄養のある物を用意してくれと頼む。何故と聞かれたので、
ロックマン・コードが最近疲れ気味なので、と答えると、快く承諾してくれた。
 よしあとはコードを呼びに研究室に戻るだけだと、ルビウスが研究室への廊下を歩いている時だった。
「んっ、コードどうした?」
 向かいから誰かが猛スピードが走ってくるのが見えた。
遠目からでも良く見える蒼い髪は間違いなくコードのものだ。
ルビウスが声をかけても、コードは構うことなく走っていってしまった。
ルビウスは頭の上に疑問符を浮かべ、暫くその軌跡を見詰めていたが、
「まぁいいか」という気持ちと「留守番していろと云ったのに」という気持ちを、ぶちぶちと小声で呟きながら、
仕方無しに研究室に戻ることにした。食堂の方は少し時間がかかると聞いていたので、
コードは後で通信機で呼べばいい。
 ふと時計に目をやり、ルビウスは「おっと」と我に返った。
今日のこの時間は、最近大人気のヒーローアニメが放映される時間だ。
一部の者しか知らないが、ルビウスはアニメ・漫画好き。噂ではベースの資金を横流ししてアニメグッズを買っているとか、
コードの武装はヒーローアニメを参考にしているとかしていないとか。
 そのヒーローアニメのテーマソングを鼻歌にしながら、ルビウスは軽快に研究室へと向かう。
 そういえば何故コードはさっきまで着ていたアーマーをわざわざ脱いでいたのだろう。
そんな疑問がルビウスの頭を過ったが、アニメ開始二分前という事実が、ルビウスの頭からそれを吹き飛ばした。
「さーて今日は一番いいところ・・」
 呟き、研究室へと駆け込む。
と、ふと奇妙なことに気が付いた。フラットのカプセルが置いてある部屋の扉が開けっぱなしのままなのだ。
普段開けっぱなしなのは、ルビウスが定期的に点検してそのままにしてあるからだが、
コードが来た後は決まってキチンと閉じられている筈だ。あの性格のコードが閉め忘れる筈もない。
 とりあえずTVをつけ、万全の状態を整えてから、ルビウスはひょいっとフラットのカプセルがある部屋を覗き込んだ。
そして、絶句。
「なっ・・」
 カプセルの足元に蒼い塊が転がっていた。それほど高くない身長を蒼の鎧で包んだ少年。
それは間違いなくルビウスがさっきまで話していたコードだった。
しかし、コードとは今さっき廊下で擦れ違った筈なのに。
 ルビウスの頭を沢山の疑問符が埋め尽す。しかしつけておいたTVからアニメのオープニングが流れ始めてしまったので、
ルビウスは慌ててコードのアーマー解除プログラムを使い、コードの身体を抱き上げた。
アーマーのないコードは身長に比例して軽い。彼が元々やせ形だということもあるが。
 とりあえず手近の寝台にコードを降ろし、チューブや何やらを手早くつける。
そしてコードに頭の中で必死に謝りながら、ルビウスは結局アニメの方を見るのだった。


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 頭の奥を走る鈍痛に、松浦輝は重い瞼をゆっくりと開いた。
上半身を持ち上げようと身体に力を入れる。痛い――まるで筋肉痛にでもなったかのように、全身に鈍い痛みが残っていた。
それでもなんとか身体を持ち上げて、辺りを見回す。
ふと、オイルやらグリスやらの匂いが混じり合った異臭が、輝の鼻をついた。
片手で口と鼻を抑えつつ、輝はようやくここがいわゆるスクラップ置き場だということを理解した。
「どうして・・」
 思わず声に出して疑問符を現わした。
何故、自分はここにいるのだろう、と。
 ここまで来た記憶が全く無い。最近の胸の痛みは消えているが、アレによって記憶が抜けることは今までになかった。
なら一体何が、と自分に問いながら、輝はいつも通信機等を下げている腰に、何の気なしに手をやった。
無い。通信機も、収納カプセルも、オルティーガも。
「参ったな」
 何故自分がここにいて、何の装備も持っていないのか。
一応ハンターの制服だけは羽織っているが、ポケットの中にいつも入れているものもない。自分は完全に丸腰だ。
もはやここまでの状況が重なると、逆に冷静になってくる。はぅと溜息を一つついて、輝は皮肉気味な笑みを浮かべた。
 たった一つ判ること。それは、いつまでもここにいるわけにはいかないということだ。
収納カプセルがないのでライド・チェイサーもない。だから自力で歩くしか移動手段はないが、
ここに留まる理由も同時にない。
それに、輝はこの場所は明確には判らないが、大体どの辺り、ということくらいは判っている。
少し遠くに見える山はヴェルカノだ。ヴェルカノなら、『地球の逆襲』の際に来たことがある。
ふもとにはあの時出逢ったヒカル・チェレスタがまだ住んでいる筈だ。
 ヴェルカノを見た所為か、輝は少しの間忘れていたヒカルのことを思い出しつつ、
タンッとスクラップから飛び降り、歩き出した。
ヴェルカノ火山ふもとの街は、あの時の闘いでほぼ全滅だった。
そう、ヒカル・チェレスタ以外は。自分が飛び込んだとき、既に生きていたのはヒカルだけだったのだ。
ヒカルとは少しの間一緒に過ごしたあと、自分はベースに戻り、ヒカルは未だにあの街で暮らしている。
ヒカルが余り良い気分ではないからと、大きめの十字架だけを街の中心に建ててきたあの街に。
人々の遺体も全て輝が処理したが、ヒカルには居心地がいい場所ではないだろう。
生まれ育った想い出の街だからと、ヒカルはあの街に残った野だが、女の子一人にあの街は寂しすぎる。
最後に逢ったのは一ヶ月前だ。任務の帰り際に少し寄ったのだが、久しぶりに逢えた友人に、ヒカルはとても喜んでいた。
同時に自分のつくった細かい傷を見ると、全くと頬を膨らませつつ、手当てをしてくれたものだ。
 歩きながらそんなことを思い出す輝は、一人プッと笑った。
何故だとか、どうしてだとか、そんなことは後で考えればいい。
ベースに戻ればきっと何か手掛かりがある筈だ。
 いつもはライド・チェイサーのって一気に走り抜ける距離も、歩いていけばかなりの距離だと体感する。
ここからベースまでは随分と遠い。或いはヒカルの家に寄って、通信機器を借りるのも手かもしれない。
「・・・」
 不意に輝は足を止めた。そして、皮肉な笑みを口もとに浮かべる。
今はアーマーも、武器も、勿論通信機もない。そんな中で敵に遭遇したら、自分はどうなる――?
素手で闘うか、それとも逃げるか。どちらにしてもかなりの大ピンチに陥ることは間違いないだろう。
そして輝は思い知った。自分はどうやら危機的状況に限って敵に遭遇するのだと。『地球の逆襲』の時もそうだった。
 上、横か、それとも――違う、足元だ。
「くっ!!」
 咄嗟にバック転で身を躱した輝の足元が、輝が飛び退いた一瞬後に爆散した。
何か巨大なものが地面の下から現れた、と形容するのが一番だろう。
着地した輝は、その姿を下から上まで一気に見渡した。
 巨大だ。としか言い様がない。輝の三倍はあるであろう巨大な人型レプリロイド――?
疑問符をつけたのは、その身体の所々がじゅくじゅくとまるで肉が溶解するかのようにひしゃげていたからだ。
ドクンドクンと心臓の鼓動を現わすかのように定期的に前後する身体。それはレプリロイドというよりも、生物に近かった。
しかしコイツは生物ではない。かといって、レプリロイドかどうかも怪しい。
 ただ一つ確かなこと。それは、目の前の生物のようなイレギュラーは自分を狙っていると云うことだった。
明らかに敵意をむき出しにしたような瞳が、ギロリとこちらを向く。
そして、エネルギーを帯びたその巨大な腕を、力任せに輝に向かって振り下ろした。
「くっそ・・!」
 直線的な攻撃だ。軌道さえ読めば避けることは容易い。
瞬時に真横に飛び退いた輝は、地面に腕をとられ、動きが鈍ったイレギュラーの頭部目掛けて、大きく跳躍した。
奴が生物だろうとレプリロイドだろうと関係ない。生物だろうとレプリロイドだろうと、その行動を司るのは頭、脳だ。
頭に全力の一撃をぶち込めば、いかに強力な攻撃を持っていようと、勝つことが出来る。
それが出来なくても多少のダメージを与えることは出来る筈だ。この状況だ、拘ってはいられない。
ダメージを与えて逃げるのも一つの手なのだ。
「はっ!!」
 回転を加えたコークスクリューパンチがイレギュラーの頭部を直撃する。
減り込んだ、少し軽いが、中枢神経に多少のダメージを与えた自信はある。
そして離脱して、このまま逃げれば。離脱して、このまま――
腕を引き抜こうとした輝は、その異常な自体に声にならない声を上げた。
ヌチャリと辺りのパーツがぜん動して、輝の腕を拘束するように凝り固まったのだ。
 抜けない――!
輝が危機を感じたときには遅かった。ガパッとその口を大きく開いたイレギュラーの牙が、輝の肩を抉り取った。
「うっ、ああぁぁぁっ!!」
 ブシャリと鮮血が舞う。苦し紛れにイレギュラーの顎に蹴りを叩き込み、左手の拳を打ち込み、なんとか拘束を解く。
びたんと地面に叩き付けられながらも立ち上がり、追い打ちをかけようとするイレギュラーを見据え、
足元に拳を叩き込んだ。
 砂埃が上がり、イレギュラーの視界を撹乱する。
無論自分の視界も悪化したが、ヴェルカノまでの道は感覚で判る。
 輝はこれを機にイレギュラーの股下を潜り抜け、逃げた。
今の状況では勝つことが出来ない。イレギュラーの正体やら何やらは気になるが、ここで負けることは出来ないのだ。
 輝がようやく立ち止まったのは、イレギュラーの姿が完全に見えなくなってからだった。
 輝は思った。この程度の距離で奴の巨体を見失うことが出来るのか、と。
或いはまた地下にでも潜ってしまったのではないか、と――


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「これを見ろコード」
 未だに疲れを残した様子のコードに、ルビウスは急遽作った電子地図を手渡した。
片手でそれをキャッチしたコードは、素早くその画面を見る。青と黄の点がピコピコと点滅していた。
青は同じ場所に留まり、黄は未だ動いている。
「二つの点滅だ」というルビウスの言葉に、コードはコクリと頷いた。
「青の点滅はコード、お前の反応。そして黄の点滅は、例の彼だ」
 ルビウスが例の彼と形容しているのは、今さっきルビウスが廊下で擦れ違ったコードのことだった。
 それは奇妙なことだった。頭の固い者には全く信じられないような。
しかしそれは真実だった。紛れもない。
 コードがルビウスの代わりに留守番をしているとき、また発作が起きたと云っていた。
今までの比にならない程の胸の痛みを感じた、と。そしてそれが耐えきれない程に膨張したと、それは生まれた。
消えゆく意識の中でコードが見たのは、自分の姿だったという。アーマーを解除した状態の、
彼が『松浦輝』と名乗る際の姿。
意識が消える瞬間、彼は研究室を飛び出していってしまったらしい。コードはそのまま意識を失い、カプセルの前に倒れた。
それらの出来事の時間関係を逆算してみると、確かにルビウスが廊下でコードと擦れ違った時間とピッタリはまっていた。
コードの証言とルビウスの体験。二つは全く誤差なく合致した。
 分身、とでもいうのか。コードと全く同じ姿をした別の固体が、コードから生み出された。
最初は半信半疑だったルビウスも、そっ急に作り上げた探知機――コードの特殊DNAの鼓動を追跡するもの――が、
二つの反応察知したことから、信じらざるをえなくなった。
 もう一人のロックマン・コード。無論彼がアーマーを装着することは出来ないので、彼の方は仮に輝と呼ぶことにしたのだが。
 放っておくのはマズイ。どんな形にせよ、彼は固体として誕生し、動いている。
しかしそれが今どんな状況下にあり、果たして本当にコードと全く同じかどうか見当もつかないからだ。
もしかしたら精神に異常があり、イレギュラー――そう表記するのは間違っているが――と化している可能性もなくはない。
アーマーがなくともロックマン・コードには変わりない。素手で中型メカニロイドを軽々と破壊するコードの実力を持っているとしたら、
今の弱体化したネオ・イレギュラー・ハンターにはおおいに強敵となりうる。
保護、或いは敵となった場合は捕獲。どちらにせよ、彼を急いで見つけなければならない。
「身体の方は大丈夫か、コード?」
「えぇ、大丈夫です。それに、僕自身が行かなきゃならないんですよね?時間がない」
 ライド・チェイサーで飛ばせばそれほど時間がかかる距離ではない。
今から向かえばすぐに出逢うことが出来る筈だ。
 コード自身が行かなければならない。彼と闘える者はコードしかいないし、
何より彼の実態を知りたいのだ。コード自身。
「出撃します!」
「あぁ、充分気をつけるんだぞ、コード」
「はいっ!」
 黄の点滅が向かっている方向を見て、コードは表情を曇らせた。
向かっているのは恐らくヴェルカノだ。ふもとにはヒカルの街がある。
沢山の人が埋葬された街と、ヒカルがいる。
仮に闘うとしても、あそこを戦場にするわけにはいかない。急がなければ。
 コードは研究室を飛び出すと、手近な窓から身を翻し、空中でライド・チェイサーに跳び乗った。
ルビウスから貰った探知機を腰にぶら下げて、地面に着地すると同時にアクセルを目一杯に吹かす。
「一体何が起こっているんだ」
 それはコード自身が最も尋ねたいことだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 久しぶりに顔を合わせたヒカルの顔は、一瞬にして驚愕に染まっていた。
さっきのイレギュラーに抉り取られた傷は案外深くて、服を脱ぐと、自分でも改めて傷の痛みを認識した。
慌てに慌てて、ヒカルは前と同じように救急箱を持ってきた。
 思えばここまで来る間に、道に点々と赤い跡が残っていたっけ。
除々に体力を奪われつつある輝は、そんなことを思いつつ、せっせと手当てをするヒカルの横顔をチラ見した。
「輝君、どうやったらこんな怪我するの!」
「色々、あって。くっ・・」
 消毒液が傷口に染みて、思わず呻いた。
そでもヒカルは「少し我慢してね」と呟いて、手早く手当てを続ける。
ふと額に手をやると、激痛の所為か汗が吹き出ていた。
今までどれだけアーマーの世話になっていたか、輝は皮肉混じりに思い知った気がした。
「ごめん、久しぶりに逢ったのにねこんな・・」
「それはいいけど。ちゃんと安静にしておかないと駄目だよ?はい」
 最後の包帯をキュッと縛って、ヒカルは少しだけ柔らかく笑った。
 いきなり血だらけで入ってきた客人を少し狼狽えつつもしっかりと冷静に手当て出来る配慮はヒカルらしい。
輝は少し落ち着いた肩の傷を片手で抑えて、ふぅと息をついた。
「思えば輝君はいっつもどこか怪我してるね」
「そうかな」
 淹れてきた暖かいコーヒーを手渡しつつ、ヒカルは心配半分冗談半分と云った感じで云った。
輝はカップを受け取って、それを一口飲んでから答える。
確かに、彼女にはいつも手当てをして貰っている気がする。心の隅がそう思い当たって、輝はコツンと自分の頭をつついた。
 少し砂糖が入ったコーヒーは、ボンヤリし始めていた頭に一気に鮮明さを与えてくれる気がした。
ユラユラと揺れる黒い水面に自分の顔を映して、輝は今まで考えないようにしていたことを、ふと隅っこから掘り出した。
 何故自分はあそこにいたのか、と。
考えると、ふとまた別の事柄が脳裏を過った。
 目の前で苦しそうにこっちを見ながら、倒れ伏す蒼い鎧――いや、自分自身。
場所は、そうDr.ルビウスの研究室だ。フラットのカプセルが置いてある部屋。
そこで自分は、目の前で倒れる自分の姿を見た――?
勝手に身体が動いて、それから、それから――
 それから――それから自分はどうなった?
そこで記憶は途切れていた。次に残っている記憶は、さっきのスクラップ置き場で目を覚ました時のことだった。
 混乱しそうだった。一体、その記憶の空白は何を意味しているのだろう。
あのもう一人の自分の姿は。何故スクラップ置き場にいたのか。
自分は装備をどこへやった。一体――
「輝君?」
 カップを持ったままボーッとする輝の姿に、ヒカルは少し心配そうな声を出した。
輝はヒカルの声に気付いていないのか、ボーッとしたまま依然として答えてくれない。
仕方無しにもう一度声をかけようと、ヒカルが立ち上がった時だった。
「あれ?」
 不意にコンコンと扉を叩く音が聞こえ、ヒカルは首をかしげた。
最近は輝以外にここに来訪する者なんて見当もつかなかったからだ。
と、いうよりもこんな廃墟に近い街に誰がくるというのか。
それでも出ないわけにはいかないので、ヒカルは小走りで玄関を開けた。
「はーい」
 途端にヒカルの顔は驚愕へと変わった。
「ヒカル!良かった、無事だったんだね」
「えっ・・?えっ・・」
 いつもなら笑顔で答えられる声だったけれど、今回ばかりはヒカルはそうすることが出来なかった。
キョロキョロを辺りを見回し、最後には家の中の方を向き、そしてまた来訪者の方に向き直る。
 来訪者はそれを全て悟っているのか、神妙な面持ちだった。
 来訪者は、そうコードだった。ロックマン・コード――松浦輝と名乗る少年のもう一つの姿。
しかし輝は今さっきまで自分と話をしていた筈で、ここにコードがいる筈がなくて――
ヒカルはなんとか自分を落ち着けようと努力したものの、なかなか事柄の整理がつかなかった。
「ヒカル、あのね」
「誰が来たの?」
 コードがそう発するのと、奥から全く同じ声がしたのは同時だった。
 ひょっこりと玄関から顔を出す輝と、ヒカルを通り越して輝の姿を見つけたコード。
コードは「やっと見つけた」と心中で呟き、輝はヒカルと同様その姿に目を見開いていた。
「なっ・・・」
「なんて呼べばいいか判らないから、仮に輝と呼ぶことにするよ。松浦輝」
 スッと手を差し出しつつ、コードは云った。
「一緒にハンターベースまで来てくれないかな。理由は山程ある」
 まずは下手に出てみることも必要だと、コードはなるべく当たり障りのないように語りかける。
もし自分が同じ状況だったら、どう云われれば納得するのだろう。そんなことを考えてみても、皆目見当もつかなかった。
しかし闘うことに意味はない。
もし輝から闘いを仕掛けてきた場合は、やむを得ず戦闘し、捕獲しろとDr.ルビウスに言付けられている。
「ちょっと待ってよ。なに?一体何?なんで僕がいて君がいる?どうして・・!?」
「輝、落ち着いて!」
 制止するコードの言葉に、輝は耳を貸さなかった。
突然突き付けられた言葉に、輝は錯乱しているのだ。
無理もないだろう。誰だって突然こんな状況に直面すれば、錯乱の一つや二つする。
それを考慮した上で、コードは輝の両肩を掴み、彼をなんとか落ち着けようと声をかける。
「僕は君を殺しにきたわけでも、倒しにきたわけでもないんだ」
 大きく息を吸い、吐いてからコードは続けた。
「ルビウスさんが云うには、君は僕の分身なんだ。なんらかの作用が生み出した僕の分身」
「『分身』・・・・」
 その言葉を聞いた途端、輝は糸が切れたように固まった。
俯き、その単語をぶつぶつと羅列する。その肩は、なくなってしまうんじゃないかと思うほど、がっくりと項垂れていた。
「『分身』・・」
 一頻りその単語を呟いた輝は、バッとコードの腕を振り払うと、ヒカルの制止も聞かずに、玄関から走り出してしまった。
突然のことで、コードも対応しきることが出来ず、手を伸しても、既に輝の姿は見えなくなってしまっていた。
自分と全く同じ身体能力だということを忘れていた。こっちも本気で追おうとしなければ、追い付くことが出来なかったというのに。
 こんな状況はある程度予想していたし、ルビウスからも云われていた。
もしかしたら輝は錯乱して飛び出してしまうかもしれない、と。
だからこそ、なるべく静かに伝えたつもりだったけれど、それはかえって逆効果だったらしい。
 案外自分は自分のことが見えていないんだな――コードは心の底で苦笑した。
「あ、輝君」
「ヒカル?」
「私にも判らないんだ。一体何があったの?あなたは?彼は?」
「・・・そうだね、話すよ」
 真剣な面持ちになったヒカルを誤魔化すことは出来ないことを、コードは知っていた。
それに、ヒカルには知る権利がある。さっきまで自らの分身と共にいた者として。
 コードは洗い浚い全てを話した。数ヶ月前からの胸の痛み。
フラットのこと。そして、胸の痛みが限界に達したこと。彼が生まれたこと。
自分が彼を追ってきたこと。
「・・そっか」
 コードが最後まで話すと、ヒカルは静かに答えた。
 少しの間、何かを考え込んでいるようだった。その間にコードは輝の反応を見る。
途中で立ち止まったのか。反応は一箇所に留まっていた。それほど遠くない。
ライド・チェイサーを使えばすぐ辿り着ける地点だ。コードはここまで乗ってきたライド・チェイサーに跳び乗った。
「ヒカル、君はここで待って・・、ヒカル?」
 云いかけると、ヒカルは意を決したように、コードの後に跳び乗ってきた。
「輝君、私も行く!私も彼を見つけたいの」
「でも、もしかしたら危険かもしれないし・・」
「大丈夫だから。どんなことになっても絶対文句云わないから。お願い」
 こう言う場合のヒカルは案外頑固者で、諦めてくれそうにはなかった。
そのことはコードも充分承知だった。それに、ヒカルがいた方が彼も落ち着くことが出来るかもしれない。
一つ息を吐いて、コードはトランクから出した予備のヘルメットをヒカルに被せた。
「わっ」
「ノーメットで乗せていくことは流石に出来ないよ。民間人の君はね」
「え、じゃあ」
「僕のヘルメットにはナビゲーションシステムや風避けバイザーもついてるから。
 操作は前に乗せたときに教えたよね?」
「連れてってくれるの?」
「うん。彼も君がいた方が気が楽かもしれないしね」
 しっかり掴まって。そう付け足したコードは、グリッとアクセルを回した。
本当なら一気に加速して、輝のところまで飛ばしたいところだが、ヒカルを考慮してやめた。
それでもこのライド・チェイサーの安定性と速度なら、数分もかからずに彼のところまで追い付くことが出来るだろう。
「ねぇ、輝君」
 不意に後部席のヒカルが声をかけてきた。
コードは「何?」と振り返らないままに云う。振り返って運転してヒカルに怪我をさせたら一大事だからだ。
しかし風の影響でコードの声は届かないらしい。仕方無しにヘルメットの通信機にアクセスし、もう一度答えた。
「何、ヒカル?」
「その、彼のことなんだけど」
 少しの間をおいて、ヒカルは続けた。
「彼を見つけたら、どうするの?」
「そうだね。見つけた後、か。もし敵になるようであれば撃破しろって云われてるけど、そんなことないみたいだからね。
 大丈夫。酷い目に遭わせたりは絶対しないよ。ルビウスさんがそんなことする筈ない」
「そ、そうだよね。大丈夫だよね?」
「うん。もし彼が本当に僕と全く同じなら、仲間になってくれると思うし。もう少し落ち着けば・・」
 コードはそこで通信機をシャットダウンした。
ヒカルがその後も何か云ったような気がしたけれど、強い風が一筋吹いたので、その声は聞き取れなかった。
もう一度通信機をオープンしようとしたら、今度はヒカルから繋いできた。
「輝君、まだ話が」
「うん?なに?」
「その、彼怪我してるんだ」
「怪我?」
 そう云えば、彼はしきりに肩を押さえていた気がする。
走り方からも推測するに、確実に肩を庇っていたのを覚えている。
肩に怪我を負っていたからか。コードは頭の中で納得しつつ、次の疑問にブチあたった。
「結構深い傷で、抉られたような跡が・・。出来れば早く見つけて、ちゃんとした治療をして上げたいよ」
「う、うん。勿論治療はちゃんとすると思うよ。だけど、抉られたような傷?」
 エネルギー弾の跡でも、ビーム・セイバーの斬り傷でもない傷跡。
抉れたような跡を残す怪我。一体、彼は何者と闘ってその傷を負ったのか。
自分のことだ、転んだ等の理由でそこまでの怪我を負うわけがない。
仮に怪我をしたとしても、体内のナノマシンがその程度の傷ならばすぐに治癒してくれる筈だ。
 輝の体内にナノマシンがいないということも考えられるが、
ナノマシンの治癒を持ってしても、包帯の応急処置が必要な程の傷る
恐らくそれを負わせた相手は、かなりの強敵だ。イレギュラー――というよりは、寧ろ獣に近い気がする。
「・・何かマズイな」
「・・・えっ?」
 ボソッと呟くコード。その手が彼の反応を確認しようと腰に伸びた瞬間だった。
「・・なにっ!?」
 ボゴンと突然目の前の空間が爆裂した。いや、正確には足元の地面から何かが飛び出してきたのだ。
慌ててハンドルを切り、その存在を避ける。突然の急カーブに振り落とされそうなヒカルを、
コードは片手で抱き込むようにして抑え、曲がりきることの出来なかったライド・チェイサーをその場で乗り捨てた。
 コントロールを失ったライド・チェイサーは、車体を斜めに地面に擦り付けながら滑っていき、
暫く移動したところで爆炎を上げた。幸い、ヒカルに怪我はなかったようだった。
「ヒカル、大丈夫?」
「な、なんとか。ありがとう輝君」
「良かった。でも、コイツは・・」
 そっとヒカルを背に回し、コードは今まさに出現した存在を見上げた。
見上げる程に巨大なそれ。レプリロイドと呼ぶには疑問符がつきそうなその外見。
それは紛れもなく、先程輝と交戦したイレギュラーと同タイプのものだった――無論コードはそんなことは知る由もないのだが。
 明らかに敵意を向けてくる巨大イレギュラーに、コードは苦い笑みを噛み潰す。
このまま闘うのは余りに危険だ。ヒカルを逃がさなければ。
「ヒカル、逃げて」
「輝君!」
「いいから!君の反応は僕のヘルメットから出てる。後で必ず迎えにいくから、早く!!」
 コードが語勢を強めたため、ヒカルは頷くことしか出来なかった。
コードの合図で駆け出し、後を振り返らないままに走る。
巨大イレギュラーは先に行動したヒカルをターゲットしたようだったが、その手がヒカルに届くよりも早く、
コードのオルティーガがその腕を綺麗さっぱりに斬り落とした。
「お前の相手は俺がする!」



 一頻り走ったところで、ヒカルは立ち止まった。
近くの人工木に身を預けて、荒いだ息を整える。昔から運動は得意な方だったが、
最近はめっきり動かなくなってしまった所為か、思った以上に体力が落ちていた。
小学校高学年から中学校初めくらいのときなら、今の数倍は長く走れた筈なのに。
思ったよりも自分の要望に答えてくれない自身を、ヒカルは少し恨めしく思いつつも、
運動を欠かした自分を反省もした。
 これからは毎朝ジョギングでもしようか等と考えつつ、額の汗を拭う。
ショートで風通しのいい髪は額にぺったりと貼り付いていた。ポケットを探っても、生憎ハンカチ等は見当たらなかった。
 姿勢を落とし、今走ってきたばかりの方向を見やる。
遠くの方で微かに爆裂音がする。きっとコードとあの巨大イレギュラーの交戦中の音だろう。
コードのバスターの発砲音と輝きよりも、敵イレギュラーのものだろう物理攻撃の轟音の手数の方が圧倒的に多い。
ヒカルは少しの不安に駆られた。輝の云っていたことを考慮すれば、
もしかしたらコードの方の身体にも負担が残っているのかもしれない。
そんな身体で闘って、果たして無事でいられるのか。
こればかりは手出しすることが出来ない事柄なのは百も承知で、ヒカルは逃げることしか出来なかった自分が怨めしかった。
「大丈夫だよね」
 わざと声に出して云う。
 彼は、コードは強い。なにせたった一人でガイア・リカバリーズの殆どを打ち倒した程の力を持つのだから。
自分も見ていた、あの最終決戦でも、脅威的な機転と反撃を見せ、見事に勝利を掴み取ってくれた。
だから、彼は大丈夫だ。ヒカルはそう自分に言い聞かせる。
 コードを心配する一方で、ヒカルにはもう一つの気掛かりがあった。
そう、彼のことだ。まだ怪我の治りきっていない身体で、一体彼はどこにいるのだろう。
近くにいるような気がするのだが、それはあくまで直感に過ぎず、どこにいるかまでは判らない。
 本当なら単独でも彼を捜したいところだが、下手に動くのは得策ではない。
コードが迎えに来るまで待ち、彼の位置をしっかり把握してから行動した方が効率がいい。
ヒカルは駆け出しそうな自分を必死で制した。大丈夫、彼も強いのだから、と。
「・・・」
 しかし嫌な予感は消えない。まるで、また別の危険が自分の周りを渦巻いているような感覚。
時間がやけにゆっくり感じられる。緩和した時間の中、刻々とその予感は膨れ上がっていく。
何か嫌な感じが近づいてくる。コードでも輝でもない。これは――
「・・・!?」
 足元の地面が隆起した。さっきと同じように。
砂埃が一気に舞い上がる。そんな砂の雨に晒されながら、ヒカルは霞む視界の中でそれを確認した。
「・・え・・・!」
 それはコードと交戦しているであろう者と全く同じ姿をしていた。
唯一違う点を挙げるとしたら、頭部と思われる場所に残された、既に修復された傷跡。
 コードの交戦の爆裂音は止まらない。もう一体同じ者がいたと考えるしかない。
 イレギュラーとこうして出逢うのは数えて四度目程になるが、今回ばかりは圧倒的だった。
今まで見たことが無いプレッシャーを持つイレギュラー。今までの狂っただけの機械とは全く違う、狂気を帯びた瞳。
声も出なかった。金縛りにあったようなプレッシャーが全身を支配する。
 グワッとイレギュラーがその巨大な腕を持ち上げ、ゆっくりとヒカル目掛けて伸してくる。
それは攻撃というよりも捕獲に近い行為に見えた。殺すというよりも、手に入れようと。
ヒカルにはその意図が判らなかった。イレギュラーの瞳から、自身の脳に直接何かを叩き付けられる気分だったが、
それが何かは判らない。受け入れたくもなかった。
 ただ、この存在は自分という存在を欲している。なんらかの理由で。
そしてコイツはイレギュラー――狂ったというよりも、自分の意思と考えで行動している。そんな気がした。
「嫌・・っ」
 イレギュラーの腕はすぐそこまで来ていた。
もう一秒もすれば触れる程に、ゆっくりと、それでいて確実に迫ってくる。
ヒカルは動けなかった。動けと足に命令しても、身体がその命令に耳を貸してくれない。
 助けて――ヒカルがきゅっと目を瞑って心の中で絶叫すると、
目の前の腕がメキョっと異様な音を立てるのが判った。
「えっ・・?」
 目を開けると、そこには蒼の後姿があった。
片方の肩が真っ赤に濡れているけれど、それでも力強い後姿だった。
その拳はイレギュラーを腕を捉えていた。下から掬い上げるようなアッパー・カット。
彼は身を翻し、その巨大な腕に強烈な蹴りを叩き込むと、クルリとこちらを振り返った。
「大丈夫か!ヒカル!」
「あ・・・輝君・・!」
「下がれっ!」
 その口調はコードよりも少しだけ激しいものだった。
 ヒカルはコクリと頷いて、背後の人工木の林に駆け込む。
輝はそれを確認すると、後を振り向いたまま、振り払われたイレギュラーの手刀を跳躍で躱した。
「誰かが危険な目に遭うのなら、俺は・・!」
 そう云う輝の表情に迷いはなかった。
着地し、二度目の手刀を屈んで躱すと、もう一度跳躍し、イレギュラーの頭部に飛び込む!
 さっきはパンチを叩き込んだ為にダメージを受けたが、今回は違っていた。
イレギュラーの頭部を壁に見立てて、三角蹴りで更に宙に飛び上がったのだ。
 イレギュラーは自らの頭部にへばり付いた瞬間の輝を狙い、自らの腕で自らの頭部を打った。
その威力によろけるイレギュラー。輝は着地すると、再び間合を開いた。
 素手での闘いで勝てる相手ではないことは判っている。
しかし、絶対に勝てないというわけではない筈だ。自分の力でダメージを与えらなければ、相手自身の攻撃力を借りればいい。
最も、コイツには再生能力があるので、その攻撃もどれだけ通用するか判らないが。
 コイツを倒す為には、コアと思われる頭部を一撃で消滅される他無い。
アーマーがあればフルチャージ・ショットを叩き込んでやりたいが、生憎今はそれが不可能た。
ならば出来るだけ時間を稼ぐ。そうすればその内、コードが応援にきてくれる筈だ。
「デカイのは図体だけで、随分とちゃちなおつむをしてるんだな!」
 イレギュラーに言葉が通じるかどうかは判らないが、輝の口は挑発を放っていた。
思えばこの一時だけで、随分自分は変わったものだ。ちょっと前までは絶対にこんな台詞は口にしなかった筈なのに。
コードというよりも少しだけフラットに近いような、そんな感じ。
もしかしたらそれは、
分身という自分の身に起きた変化なのかもしれない――輝はそれを認めると共に、やはり自分は分身なのだと、無意識に確信した。
 闘いが激化していく。
もう同じ手は通用しなかった。「ちゃちなおつむ」とは云ってくれたものだと云わんばかりに。
頭部に向かって飛び込んだ瞬間、既に予想されていたのか、イレギュラーの振り下ろした腕の一撃に、輝は地面に叩き付けられた。
「くっ・・!!」
 その拍子に肩の傷口が開いたらしく、肩に激痛が走った。
ジワリと制服の染みが広がる。手をやると、服越しだというのに、べっとりと赤の粘着液が絡みついてきた。
 それでもなんとか地面に手をついて身体を持ち上げようと力を込めるが、
その隙をイレギュラーが逃すわけもなく、二発目の手刀を受けた輝は、勢いよく人工木に叩き付けられた。
「かはっ・・・ぅっ・・」
 衝撃に一瞬呼吸が詰まる。肩の出血も勢いを増して、ポタポタと鮮血を散らす。
輝は地面に掌をついて身体を伏せた。汗と血が入り交じったピンクの液体が、目の前の地面に染みを作る。
顔だけを上げてイレギュラーを見る。駄目だ、奴の間合に入るまで時間がない。
これでは反撃も出来ない。防御も、ままならない。
どうすればいい――
「輝君っ!」
 後からヒカルの声が近づいてくる。
振り返ることは出来なかった。けれど、ヒカルがこっちにこようとしていることは充分判った。
輝は「くっ・・」と一つ歯軋りをしてから、後のヒカルに向かって怒鳴った。
「来るなヒカルっ!!」
「でも・・!」
「来るな!・・来ないでくれよ。君が、ヒカルが傷ついたら、『僕』が怒るだろう?」
 僕が怒るだろう?――ロックマン・コードと松浦輝の二つの姿を持った、本当の自分が。
 そうそれは――それは自分じゃないから。
 輝は既に全て受け入れていた。自らが分身だということも、自分がコードとは少しずつ違った存在になりつつあるということも。
このままではあのイレギュラーに消されるのも時間の問題だということも。
それでもヒカルを、襲われた人を一瞬でも護れたのだから、それも一興だろう。輝は無念と少しの満足で笑う。
 もう走ることも、跳ぶことも出来ないだろう身体を起こす。
既にイレギュラーは目の前に及んでいた。その巨大な腕が、今にも輝を吹き飛ばそうと振りかぶられている。
 輝はグッとそれを睨んだ。眼を閉じて溜まるものか、と。
自分が存在する最後の瞬間までを見届けたかった。例えそれが苦痛と恐怖を伴っても。
「来いよ・・!さぁ・・!」
 振り下ろされたイレギュラーの腕。それはいとも簡単に輝を砕き、見るも無残な残骸へと変えるだろう。
輝はその瞬間までをしっかりと見ていた。そう、極太の蒼の閃光がイレギュラーの腕を蒸発させる瞬間までも。
「なっ・・・!?」
「間に合った!」
 振り向くと、コードかこちらに向かってバスターを構えて立っていた。
今まさに放ったばかりということが判る、煙の上がるバスターの銃口。そして、緊張感から来ただろう額の汗。
恐らくここに到達瞬間に、輝を巻き添えにしないようギリギリまで絞ったバスターを狙撃したのだろう。
本当に一瞬しかない時間の中での判断。輝は、自分にはそれが出来ない気がした。
「受け取ってっ!」
「んっ!?」
 コードがこちらに投げかけてきたもの。それは、ブレード・アーマーの転送チップだった。
コードを見る。彼は静かに頷いた。輝もそれに頷き返し、チップを握り締め、
ブレード・アーマーの転送シグナルを出した。
 カッと全身を純白の光が包み込み、突起を伴った白い鎧が装着される。
装着した際にナノマシンが全身を包み、直ぐ様傷の修復にあたる。それだけで少しずつ痛みが和らぎ始めた。
 光が止み、もう一度コードを見ると、コードの銃口には目一杯のエネルギーが充填されていた。
狙うはイレギュラーの頭部。既にコードが吹き飛ばした腕は回復しつつある。時間はないのだ。
「一気に決めようっ!」
「あぁっ!!」
 コードの真横に立ち、同じようにバスターを向ける。エネルギーの充填は、強化アーマーの効果によってすぐに終わった。
コードの顔を見る。「無事で良かった」と、コードは笑った。その笑顔は、既に自分とは違うものに見えた。
輝もそれに笑みを浮かべると、グッとイレギュラーを睨み直した。
イレギュラーは馬鹿の一つ覚えか、またこっちに向かってこようとしている。四つの蒼の瞳が、イレギュラーを捉えた!
『はぁぁぁ!!』
 二つのバスターが同時に爆裂した。
交差し、一つのエネルギーと化した光弾は、イレギュラーの防御をいとも簡単に破り、直撃する。
カッ!辺りに眩い程の蒼の閃光が散らばった。



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「さて、許可も降りたところで、そろそろ御目覚めとしようじゃないか」
 Dr.ルビウスは、ふぅっと額の汗を拭いつつ、フラットのカプセルに手をかけた。
松浦輝は、それを見てアハハと笑う。それから、カプセルの中で眠る紅の髪の青年をみつめて、もう一つ優しい笑みを浮かべた。
 カプセルに手をあてる。中の青年の表情に、前のような苦悶はなかった。眉間のシワも取れている。
「そういえば、海は来てないんですか?」
「んーっ?おかしいな、カイトも呼んだはずなんだがな。寝坊か?」
 そう云った傍から、ガシャンというけたたましい音が研究室の入口から聞こえてきた。
輝がドアを開けると、相変わらず散らかし放題のガラクタの海の中で、溺れている手足が見えた。
「あ、海!」
「ちょっ、助けてくれ輝ぁ!身動き出来ない!」
「仕方ないなぁ」
 困った様な笑みを浮かべて、輝はガラクタを掻き分けて、そっと手を伸した。
ジタバタと足掻いていた掌は、その手をしっかりと握った。輝は、グィっと勢いよくそれを引っ張った。
 「ぷはっ!」と大きな息をついて、その手足の主は姿を現わした。
輝と同じ蒼の髪に青の瞳をした少年だった。そっくりな顔立ちをした。
輝よりも少々髪の色が濃かったり、顔立ちが鋭かったりするけれど、パッと見は兄弟のようなそっくりな二人だった。
 パンパンと紺色の制服を手ではたきつつ、海と呼ばれた少年はフラットのカプセルの置いてある部屋に入る。
はははと笑い声を上げるルビウスを、少し怨めしそうな目で見上げた。
「そんなところで道草していたのかカイト」
「道草って・・!少しは部屋をかたしてくださいよルビウスさん!」
「まぁまぁそう云うな。今日はフラットのお目覚めに立ち会えるじゃないか」
「予定日とっくに過ぎてますよ。またアニメばっかり見てさぼってたんでしょ!」
 「うっ」と言葉を詰まらせたルビウスは、こそこそと輝に内緒話をかける。
「コード。カイトはどうしてあんなに突っ込みが痛いんだ?」
「さ、さぁ。なんででしょう・・?」
「まぁ・・」
 さっきまでの子供っぽさを帯びた悪戯っ子の顔は、不意に父親のものへと変わった。
顔を上げて、そっと輝と海の肩に手を置く。不思議そうに見上げてきた二人に、ルビウスはニコリと笑った。
「コードはコード。カイトはカイト。二人ともそれぞれ個性が出始めて大いに結構だ。
 フラットも元に戻っている筈だから、これからは三人で仲良くして欲しい」
 松浦海――ロックマン・カイト。
それは、二ヶ月前に生まれた輝の分身に新しく与えられた名前だった。
 最初こそ輝と全く同じといってよかった海だったが、輝とは別の場所を担当させたり、
別の仲間の輪に入れてみたりしたところ、大分自分という者が見えてきたようだ。
楽観的で、少々軽率な部分があるが、よく言えば元気のいい明るい少年。
悩んだり、泣いたりする輝を横から明るく励ましてくれる海。
ルビウスは、海は輝の大きな支えになってくれるような気がしていた。
 そして、海が生まれた理由も、なんだか少し判る気がした。
何故、分身等という不可解な現象が起きたのか。それはルビウスにも判らない。
けれど、海という人格が生まれたのは、もしかしたら輝の願望だったのかもしれない。
元気で明るい、共に闘える仲間が欲しい――そんな願望が。
 海は一ヶ月と少し前から、ロックマン・カイトとして闘っている。
ロックマン・コードとほぼ同じ性能を持つアーマーを携えて。
コードとは所々違う性能があるらしく、アーマーは調整中だが、その戦闘力はコードとほぼ同等といって良かった。
その事実は輝にとっても、ハンターや人々にとっても頼もしいことで、海自身もそれで納得している。
「コードとカイトも揃ったことだし、そろそろお前達の兄さんを目覚めさせてやるか」
「はい!」
 嬉しそうな返事をした輝とは裏腹に、海はんーっと顎に手をあてて呟いた。
「どんな奴なんだろうな?本当のフラットって」
「基本的にはお前達が闘ったフラットと大差無いさ。冷静沈着で、判断がとても素早い。
 しかし反面、地球を大事に思っている。お前達と同じ、とても優しい奴さ」
 ルビウスの答えに、輝と海は嬉しそうだった。
 ルビウスは、そっとカプセルの開封ボタンに手をかける。そして、やめた。
疑問符を浮かべる輝を手招きにして、そっと彼の手をボタンに乗せた。
「お前が開封してやった方がいいだろう?コード」
「・・はい!」
 海を見ると、海も納得しているのか、小さく頷いた。
 輝はゆっくりとボタンに親指を当てた。フラットの全身を下から上まで見渡す。
ネームプレートには『ROCKMAN=FLAT』と『師道響』という名が記されていた。
『師道響』。それは、フラットの為に新しく考えた名前だった。
松浦輝と松浦海。その名は既にカムフラージュではなく、本人達のニックネームと化していた。
だからこそ、フラットにもそういった名前をつけたのだ。本人は「意味がない」というかもしれないけれど。
「じゃあ、押します」
 カチッ。ボタンを押すと、思ったよりも軽い手応えだった。
鈍い音をたてて、ゆっくりとカプセルが開いていく。フラットの、響の全容が明らかになる。
 カプセルは全て開ききった。三人はゴクリと喉を鳴らす。
少しの間を置いて、ピクリと響の身体が動いた。そして静かに、ゆっくりとその双眼を開く。
翠の瞳が、輝達三人を順々に見渡した。輝は、ニッコリと笑って、響に向かって声を大にした。
「おはよう!響!」
 余談。
 ヴェルカノ火山のふもとの街で暮らし続けていたヒカル・チェレスタは、
輝の強い要望で、一ヶ月前からハンターベースで生活している。
ヒカル本人は生まれ故郷を離れたくないと云っていたが、直後に電気等のエネルギー供給も途絶えてしまったので、
止むなく街を出ることにした。
 部屋は、輝の隣の空き部屋を使うことにした。ブリエス総監は首をひねったけれど、
世界を救ったロックマン・コードの言葉に逆らうことは出来なかったらしい上に、
輝にとってのヒカルの存在というものを認めたのか、快く承諾してくれた。
 一気に仲間が増えた、海、響、そしてヒカル。
しかし、その反面で新たな闘いは着々と彼等に近付きつつあった。
 ロックマン・コード。ロックマン・カイト。ロックマン・フラット。
三大ロックマンが集結した地球は、果たしてこれからどのような道を歩むのだろう――?


Fin