ロクノベ小説保管庫 DASH前史 FIRST SAGA~THE FALL DAY~

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Prologue...


3000年以上もの古代。

半球を境に全く反対の緯度に存在する二つの大陸では、それぞれの国家が完成していた。
二つの国は領土問題で対立し、立国63年後の6月26日、遂に北極圏で紛争が勃発。
他の小島や国家を巻き込んだ世界大戦に発展した。
最新技術を駆使した化学戦術はあらゆる緑を奪い、そうしてできた荒れ地では
小隊同士の小競り合いが起き、土や岩が血で染まる。そんな泥沼の時代が続いた。
そして戦火から逃れようとする人々は、辺境の孤島に身を置いた。
しかし、そんな島の平和も長くは続かない。すぐに兵士達が乗り込んできて強制的に徴兵したあげく、
僅かな植物もなぎはらって軍事基地に改造してしまう。

そんな中、難を逃れたある島では、他国が攻防に使う技術を全て生存の可能性に注ぎ込んだ。
そうして出来た巨大な人工衛星は数百人の人間を乗せて宇宙へ飛び立ち、地上の争いを見下ろしていた。
そしてその数週間後、両国の放った二つの大型巡航ミサイルは両大陸の中心部に命中し、爆発の放つ
有害物質は地球全体を覆い尽くした。

地上の生命は絶え、残った知的生物はその人工衛星の数百人限りとなった。
生命の復興を目的に、彼等は地上の状態を整え、自らのクローンを放つ。
二度と過去のような過ちを繰り返さないため、完全に制御された「人間」。
それが、彼等の目標だった。
それからの長い年月で、ノアの箱船だったこの衛星は地球を支配する存在へと姿を変えた。
人間達は不老不死の技術を獲得するものの、システムの事故でその多くが命を失う。
やがてオリジナルの人間はただ一人を残すのみとなり、その者はマスターと呼ばれた。
衛星は今まで以上に活躍し、構成は完全な物となった。


天国、『ヘヴン』─────
そして、この衛星は今に至る。




『ヘヴン・ライブラリー:歴史書』

1,

まったく冗談じゃない。
トリッガーは床の工具箱を蹴って、寝台に腰を下ろした。工具箱は床を滑り、壁に突き当たると
金属製の収納アームに掴まれて引き出しに戻った。
彼はマスターの形見の遺伝子コードを手の上で玩びながら、一人自室で物思いに耽っていた。
“最近はいろいろな事が一度に起こり過ぎた”
彼は、またしてもそう思わずにはいられなかった。
数日前は、長年ヘヴンの脅威だったネオ・イレギュラーが、全勢力を率いて奇襲。
しかしロックマンが攻撃隊の殆どを処分、生き残った数百人をD・キラー送りにした後、遊撃隊クール・タービュランスが出動。
彼等の要塞だった人工衛星「レジスター」を追撃、破壊した。
これによりネオ・イレギュラーは壊滅したが、この戦いで親友であり、長年の相棒でもあるロックマン、リッジが命を落としたのだ。
更に、ヘヴン絶対の存在である唯一の人間、マスターが死んだのもこの直後だった。
イレギュラーに殺されたわけでも、システムが故障したわけでもない。
他ならぬトリッガー自信、一等粛清官であり、キング・コマンドでもあったトリッガー自信が死なせたのだ。
まったく、あの時は思考回路が完全に断ち切れていたに違いない。
トリッガーは自分自身に毒づいた。
実際、当時もまだリッジの死の悲しみを引きずっていたのだ。
マスターはヘヴンの外では肉体を維持出来ない。それは訓練生時代最初に学んだことで、
まさに子供でも知っているような事実なのだ。
マスターの細胞が光の泡となって分解し、跡形もなく消え去った瞬間が今でも忘れられない。
お前は、全く馬鹿な事をした。
ロックマンとしての自分がそう語りかけてくる。
トリッガーはこの言葉に賛同すべきかどうか迷っていた。
確かに彼はヘヴン史上で最悪の大ポカをしでかした。
しかしマスター自身が死を望んでいたこと。人間ではなくデコイに憧れていたこと。
そして自分もその一人になりたかったというマスターの本音を知っていたトリッガーにとって、
自分のしたことは間違いではないと思えた。
そもそも生き残ったただ一人の人間を目的もなく生き長らえさせることに何の意味があるのか?
この疑問は即ちヘヴンの存在自体の疑問だった。
こんな考えは一等粛清官が持つべき物ではなかったが、マスターが死んだ今そんなことはどうでもよかった。
ヘヴンへの反感はリッジの死後ますます高まったと言っていい。
そして、現在の最大の問題はこれからどうするか、だ。
勿論、ヘヴンで以前のように働けるとは思わなかった。
そして、事の次第を黙って見届ける気も無い。
となると俺が成すべき事は・・・
人差し指でくるくる回していた小さなボード状の遺伝子コードを真上に放り投げ、キャッチして立ち上がった。

2,

コール・G・リーンはデータ・デスクから束の間目を離し一度伸びをすると、またもとの姿勢に戻った。
まったく、24時間の交代制とはいえ、この仕事はかなりキツイ。
この本音は口には出さないが、表情と仕草からはっきり見て取れる。
彼は地方管理課のエリアLに所属している職員の一人だ。
7日前の戦いによりエリアの1/3が崩壊したため、現在は復興作業に当たっている。
しかし現地に赴くわけではなく、工業用リーバードを管理室のデータ・デスクで遠隔操作するのだ。
本来リーバードは自己稼働するが、工業用ともなれば話は別だ。
あまりに精密な箇所を修理するには、リーバードの小規模で単純なブレインでは間に合わない。
勿論もっと性能のいいリーバードを造れないワケではないのだが、どうやら上層部は
そんな事に余計な手間をかけたくは無いらしい。
そこでコール達腕利きのスペシャリスト・・・もとい、データ・デスクの訓練を受けた「下っ端」がブレインの代役をする。
コール自身は腕が立つ方だが、それでもこの作業は辛かった。
技量的には楽なのだが、つまらない上に量が多い。
ちょうど、偉人的な数学者が一桁の足し算を延々とさせられることを強いられているように。
ようやく重要箇所の修理が全て終わり、一息つこうと決める。そして裏で手に入れたヘヴンの管理ソフトを起動した。
こうして地形図を眺めるのは、コールにとって至福の時だった。
この図はかなり複雑で難しいが、彼にとってこれ以上のゲームは無いのだ。
それぞれの階の平面図・立体図、監視システムによる映像、巡回するリーバードやそのデータ、色分けされた区間や予定表等が
入れ替わり立ち替わり画面に現れる。
隣では、ちょうど勤務時間が終了して交代する二人の職員が話し込んでいた。
「最近デコイの活動範囲が広がったようだ・・・このままでは何時ヘヴンの管理から離れ
 独自の進化を始めるか解らない。そうなるとこのヘヴンが奴等に見つかるのも時間の問題だぞ。」
「心配ないさ。」
ついさっきまでデータ・デスクと格闘していた方が、あくびをしながら言った。
「それならまた排除すれば済むことだ。何度でも繰り返せばいい。充分慎重に、ゆっくりと・・・
 完全に制御された、完璧な『人間族』が出来上がるまでな。俺達はまだ折り返し地点に着いたばかりだ──」
「うるさいぞ、さっさと仕事に戻れ。」
向かいの席の職員が声を掛ける。コールも思わず顔を上げた。
喋っていた二人が笑いながら肩を竦める。
注意屋な彼はキー・パッドと画面に目線を戻しながら呟く。
「全く、真面目に仕事をする気のある奴は何人いるのやら。
 お前は人の目を盗んで遊んでたりはしないよな?」
今度はコールにだ。
「失敬な。俺は人の目を盗んで遊ぶような奴じゃないぜ。」
堂々とサボってるだけだよ、と心の中で言う。
そして画面に目を戻した。
その時、マザー・エリアの真下に位置するシャトル・ベイ付近の画像が一瞬だけ乱れた。
何だろうと思い注目したが、もう何も起こる様子も無い。
「何だ?今のは・・・」
コールは少し気になったが向かいの職員の目線に気付いてウインドウを閉じ、
短い休憩時間を終えると再び仕事に戻った。

3,

トリッガーはシャトル・ベイの隅に立ち、監視システムを睨めつけていた。
額にはうっすらと汗をかいているが、別に激しい運動をしたわけではない。俗に言う冷や汗だった。
「危なかった・・・とんだミスだ。」
彼の右手には内ポケットから伸びたコードが握られていて、その先の変型端子は壁の制御パネルに差し込まれている。
珍しい接続コードの搭載されたこのクラッキング・デバイスは、トリッガー自身の開発したRTシステムの一つである。
一昔前にデコイ以前の試作実験体「オズマ」がどんな手を使ってヘヴンから脱出することが出来たのかは、未だ謎である。
以前トリッガーはこの謎の解明に挑み、一つの結果としてこの機械を開発した。
しかしニューヨーク大停電の如く、謎は謎のままだった。
冬眠から突然覚醒しカプセルを吹き飛ばして逃げ去ったオズマには、そんな物を作る時間は無かった筈だ。
よっぽど、ヘヴンを裏切るような奴がその頃既に存在していたとしたら、不可能な話ではない。
隠密行動でオズマをカプセルから出し、しかも大型ロケットで脱出させ、しかもイレギュラーとして名を残すことなく
完全犯罪をやってのけた黒幕・・・訓練生や候補生には無理な話だ。
以前リッジに聞いた話で、姿を消して排除予定の訓練生を逃がそうとした候補生を相手にしたという。
しかし、例えそんな技術を持っていたとしても無理かも知れない。
だが、実際この機械はマスターをヘヴンから脱出させる役に立った。
マスターのダミー・データを置き監視システムを錯覚させ、シャトル・ベイまでの道のりとヘヴンの屋外センサーを麻痺させたのだ。
そして勿論自分の認識チップから発信される電波も偽装して、データ上の自分の居場所を自室にした。
この効力は今も続いている。

少し慎重に行きたいところだが、この際仕方がないだろう・・・
トリッガーはエレベータの上昇スイッチを起動し、右後腰のDTSバーリグルを引き抜くとフリーズ・プラズマにセットした。
同時にディスプレイの管理機能を呼び出し、マザーエリア周辺の管理リーバードの数、種類と配置を確かめた。
約100mの高低差を繋ぐエレベータが完全に上に出る前に、トリッガーは行動を起こした。
重力を無視した十数メートルのハイジャンプで上に出ると、銃を構える。
6体の歩行リーバードと9体の浮遊リーバードは、ディスプレイが示す通り今はこちらにセンサーを向けていない。
ディスプレイが即座に全ての標的をロックする。直後、引き金を引いた。
金属がこすれ合うような甲高い音と共に15発のホーミングフリーズ・ショットが銃口から飛び出し、弧を描いてリーバードに命中する。
哀れな機械達は何が起こったか確認する暇もなく主回路を焼き尽くされ、電流と火花を起こしながら落下し、地に伏した。
トリッガーは地面に降り立ち、辺りを見回した。
よし、上出来だ。
隠密行動の第一関門は何とか潜り抜けた。
トリッガーがマザーエリアのあるマスタールームに足を向けたとき、ようやくエレベータが遅れて地上に着いた。

4,

「さて・・・」
まず、マスタールームに入るだけでも数分はかかる。
ドアの開閉の一つ一つが記録に残るため、それを何とかしなければならない。
トリッガーは内ポケットから再び変型端子を取り出すと、自動ドアのパネルに差し込んだ。
クラッキング・コードを使って幾重にも重なるパスワードの壁を通り抜け、制御部分に辿り着く。
そこで外部との接続コードを遮断して完了だ。
端子を抜くと同時にドアは滑るように開き、中に入ると閉まった。
ついでに、誰かがこのドアを開けたときにデータ・ディスプレイに警報が入るようプログラムした。
トリッガーは流れの少なくなりつつある左右の泉を少しの間眺めたが、直ぐにマザーエリアに続くエレベータに立った。
さっきのドアと同じ方法で起動させ、下に降ろした。
長過ぎる程の降下の後、ようやくマザーエリア4階に到着した。
1~3階は、センターエリアの別のエレベータから行けるらしいが、用があるのは最深部だ。
しかし、ここで困ったことが起きる。
途中で数匹居るリーバード軍も問題だが、幾つものドアと4つのエレベータにいちいちクラッキング・デバイスを使っていては
何時間かかってしまうか解らない。
「一気に降りるか・・・」
丁度、真下の大きな穴は最深部まで─正確にはヘヴン中心のコア・ディフレクターまで─続いている。
トリッガーは跳躍すると、通路ギリギリの所を真っ逆様に飛び降りた。
一つ、二つと通り過ぎる橋を口の中で数えながら落下を続ける。
─4・・・
200メートルの降下を続け四つ目の橋が通り過ぎた瞬間、身を翻して体の向きを戻す。
同時に少し橋の方に移動するため空中での方向転換も同時に行う。
─5!
次の1秒で細い橋の真ん中に見事着地した。
・・・少し衝撃があったが。
残る3つの扉も難なく通り抜ける。
これでマスタールームに入ってからものの5分で、最深部に誰にも気付かれず侵入できた事になる。
トリッガーは現在位置表示を確認した。どうやら自分の居る場所はキー・ルームのようだ。
狭い部屋の中心に柱があり、4つの最新式スキャン装置が並んでいる。
この手の装置はそれぞれに一致する物質をスキャンさせれば、何かのシステムが作動する。
ライブラリーの情報は機密扱いされていたが、厳しいロックシステムが採用されていることは知っていた。
どうやらこのスキャン装置がそれらしい。
だとすると、かなり厄介だ。対象の物質が何か解れば、クラッキング・デバイスで偽装が可能かもしれないのだが。
トリッガーは、一枚壁を通した目と鼻の先にある筈のライブラリーに今一度アクセスした。
情報検索を選択し、ライブラリー自体についての検索をした。
やはり公開されている事実は少なかったが、それでも扉を開けるキーは地上のゲートのどれかにあるらしい事は解った。
トリッガーは注意深くその他の間接的情報も読むと、アクセスを終了した。
そして再び変型端子を取り出すと、メイン・パネルに差し込んだ。
「さあ、大仕事だ。」

5,

「雲行きが怪しくなりつつある。」
ジジは、カルバニア地下のゲートの通路を歩きながら隣のガガに言った。
「確かに・・・最近妙に慌ただしいな。何かあったのか?」
ガガの質問に、ジジはちらりとこちらを見て「さあな。」と言い顔を元の向きに戻しただけだった。
「俺にも解らない・・・」
ガガは、この同種リーバードの正確は解っていたから、それ以上の追究はしなかった。
ジジは穏和そうな外見だがその実激情家で、何をするか解らない場合もある。
そして、今の彼にはその危ない雰囲気が漂っている。
ガガは溜息を吐き、同じく顔を前に向けた。


「で、何の用?セラ。」
ユーナは管理・記録装置を切った部屋─これはセラの要求だ─の椅子に座りながら言った。
当のセラは既に向かいの席に着いている。
そしてその無表情な顔からは、僅かに緊張と不安の雰囲気が読みとれた。
「実は現キング・コマンドのことなのだが。」
「ロックマン・トリッガーね・・・彼がどうしたの?」
セラは自分の位を重んじた口調、ユーナは対照的に自然な口調で話す。
「最近奴の行動に不審な点がある。それを裏付ける事実も幾つか。」
「興味深いわね。彼が反逆行為をしていると?」
セラはユーナの質問に答えなかった。
「ヘヴンの管理システムとデータ・バンクに、定期的な侵入の痕跡がある。
 ごく僅かな跡で、毎日行うシステムの見直しの作業でも見落とすほどだ。
 ちなみにそれを発見したのは、エリアL地方管理課の職員の一人だ。
 なかなか腕が立つ。」
ユーナは左手を口に当て、机に置いた右手の中指で机をトントン叩きながら考え込んだ。
「システムに隠密に侵入する腕を持つエンジニアは存在していない筈・・・新システムの極秘開発?」
「開発チームでなく、個人の意志なら考えられることだ。
 ヘヴンに通用するクラック・システムを秘密裏に開発したのなら。
 しかし、知っているだろう?開発チームは各部門の専門が集まって初めてその力を発揮できる。
 一人や二人の知識と技量では、そんな精密な物は造れない。
 まさかチームそろって反逆行為を起こすとは考えられないしな。
 だが、一人だけいる。開発チーム全員に相当する知識と技量をもち、
 それに見合う機器と地位を所持している人物が。」
ユーナは、なるほど、と納得したように頷いた。
それを確認したセラは、姿勢を少し変えるため、椅子に座り直した。
「それと、もう一つ頼みたいことがある。こちらが本題だ。」
「・・・何?」
今度はユーナが不安げな表情をしてみせる。
「ライブラリーの開放キーを渡してもらいたい。
 あの端末が至急必要になるかもしれんのだ。」
そら来た、とユーナは思った。
「ライブラリー保管室の戦闘端末は、常に進化しているわ。
 コンピュータが機体を前に情報と格闘し、最新技術を投入し続けている。
 他のどの端末に対しても─例えこの世の全ての武力を相手にしても─打ち勝つことが出来るでしょうね。
 常に最強を保つあの端末が・・・何故今必要なの?」
セラは微かに俯き、目線を逸らした。
「理由は言えんのだ・・・頼む。」
しかし、ユーナは首を横に振った。
「そこまで執拗に要求する理由がそもそも解らないわね。
 現段階では・・・セラ、貴方にキーは渡せない。」
するとセラは落胆した様子で立ち上がり、背を向けると部屋を出ていった。
ユーナは、閉まる扉を目を細めて見ていた。

6,

コールはデータ・デスクを巧みに操り、ヘヴン・ネットワークに無断侵入した「影」を追い続けていた。
彼は、以前「休憩」の最中に偶然発見した不法侵入の痕跡について、H/BSPを通じてマザーに連絡したことがあった。
それ以来は特に気にも留めてなかったが、ついさっき─やはりH/BSPを介して─マザーから直々に調査命令を下された。
どうやら、あの報告が引き金になった入念な再検査の結果、芋蔓式に侵入痕跡が見つかったらしい。
一体誰が、何処で、何を企んでいるのか。
彼としてはその内の一つでも良いから知りたかった。
しかし今自分に出来ることは、地道に相手の残した僅かな痕跡を探し出すこと位だ。
勿論、怪しいのは先の管理画面で異常があったシャトル・ポッドの格納庫だ。その周辺を徹底して調べる。
G4-LL235ドア・・・G4-LL556ドア・・・
侵入跡のある扉を順番に並べ、幾つかの予想経路を出す。
導き出された答えの内、確率85%の道。その先にあるのは・・・
「マザーエリアか!」


トリッガーはライブラリー・ルームの扉に悪戦苦闘していた。
全く、一体何処の大天才様がこんな制御システムを作ったんだ?
データ上、一種のファイアー・ウォールに囲まれたシステムには、扉開放を作動させる中心部に真っ直ぐ延びた「道」がある。
しかし、これは勿論ロックされている。何処にあるかも解らない、あのカルテット・キーで。
仕方なく迂回して、攻略の容易な道筋を通る。
これは時間が掛かる作業だったが、その甲斐あってシステム中心部はもう目前だった。
あとは2つの防壁をパスするだけ・・・
その時、出し抜けに警報が鳴った。
長時間の集中作業に疲れていた彼は、ようやくこの警報が、自分がマスタールーム入り口にセットしたものだと気付いた。
誰かが扉を開けようとしたか、システムに触れたに違いない。
これは急がなくは。
前者ならば、H/BSPの可能性が高い。彼等なら、扉をこじ開けるのにも2分とかからないだろう。
後者はまだましな方だが、結果的にH/BSPが出動していることは間違いない。
つまり、武装した兵士がここに詰めかけてくるであろう次の5分の間に、事を済ませねばならない。
再び作業に戻った彼は一つ壁を乗り越え、最後の防壁に手を出そうとした。
しかし、またしても突然邪魔が入った。データ・ディスプレイの処理速度が急激に落ちてしまったのだ。
トリッガーは怒りの呻き声をあげた。
機能妨害コードが受信され、C・デバイスの機能を低下させたに違いない。
誰か─マスタールームの入り口に触れたのと同じ奴か─が、何処かでコンピュータを使い
彼の作業を中断させようとしている。
トリッガーは扉の攻略を脇に置き、このコンピュータウイルスがこれ以上侵入しないよう、あらゆるウイルスに対抗できる
自作ワクチンで受信システムに簡単な防壁を作った。
しかし、ワクチンが壁を構成するよりも早く、相手はそれを食い潰し、侵入しようと押し寄せる。
このままではライブラリーを破壊するどころか、その前に彼自身が捕まるのも必至だ。
ポーカーフェイスで通してきた彼も、この時ばかりは歯ぎしりをした。

7,

何て奴だ・・・こんな技術力を持つ人物がヘヴンに居たとは。
コールは用意しておいたウイルスを次々と送り込みながらも、相手の腕に感心した。
『システムが不安定です』
コンピュータが、機械独特のカタカナ文字とは違う滑らかな合成音声で警告した。
『故障、又は再起動不能の危険因子有り。
 マスター・コンピュータによるバックアップの要請を──』
「必要ない!」
コールはいらいらしながら怒鳴った。「緊急事態だ!」
ライブラリーに手を出そうと考えるような奴だ。相当の腕前だと覚悟してはいたが、
新型ウイルスをここまで手こずらせるとは。
彼のウイルスは、被害を受けているシステムを介して相手のコンピュータに送り込み破壊する物で、
標的以外には害が無いという特性を持っていた。
だが、相手はそのウイルスを遮断するワクチンを使ってきた。
勿論彼のウイルス専用の物ではなく、相手に応じたある程度の効果があるだけだ。
間に合わせでしかない壁を、ウイルス達はどんどん食い潰していく。
彼の通報によって出動したH/BSPも、あと2分足らずでマスターエリアに到着するはずだ。
チェック・メイト。
もう相手は逃げれない。さあ、どうする───
その時、突然彼のデータ・デスクの画面が止まった。


トリッガーはウイルスがデータ・ディスプレイ接続段階直前まで侵入したのを確認した。
もう、現段階でのライブラリー破壊は諦めるしかない。さもないと彼の命も危ないのだ。
H/BSPは特に問題としてないが、マザーに忠実な全ロックマン粛清官を敵に回して勝てるかどうかは彼にも自信がなかった。
こちらも相手のコンピュータにウイルスを幾つか送り込むと同時に変型端子を引き抜く。
データ・ディスプレイの画面から映像が消え、システムエラーに続いてシャットダウンの表示が流れた。
急いでここを出なければならない。そして、ヘヴンからも。
今度は何のクラッキング作業をせずにドアを開け、疾風のように廊下を駆け抜ける。
例の大穴の通路まで来ると、橋から飛び出し壁の突起に着地する。
そして軽々と跳躍し、幾つもの突起を乗り継いで地下4階まで戻ってきた。
どうやら運はこちらに味方しているようだ。まだH/BSPはマスター・エリアに到達していないらしい。
しかし、もうエレベータでゆっくりと上がっている時間はない。
彼は制御パネルの遠隔操作で重力を軽くした。
体が軽くなるのを感じるのと同時に、彼は勢いを付けて飛び上がった。
見る見るうちに、四角い明かり─エレベータの出口だ─が迫ってくる。
その光に達したところで、丁度上昇が止まった。
縁を掴み損なったが、指が出口のボルトにかかった。
溜息を吐きながらも這い上がり、マスタールームを出る。直後に後方宙返りで建物を飛び越し、方向転換をして着地した。
およそ100メートル先には、シャトルポッドへ続くエレベータがある。
彼はそこに物の2秒で到達し、エレベータの下降スイッチを叩いた。
エレベータはゆっくりと降り始め、彼の姿が完全に穴の中に消えた直後、頭上では4つの空間転移装置から
武装したH/BSPが何十人と出現し、建物を包囲した。
バスターとバーリグルを構え建物のみを見据える彼等には、遠くで降下するエレベータの駆動音は聞こえなかった。

8,

ガガは、セラの後に部屋から出てくるユーナを見て、彼女に駆け寄った。
「ユーナ様・・・一体何が起きたんですか?ジジも事情を知っているようですし、
 少しは私にも説明をして下さい。」
ユーナは立ち止まったが、目は彼を見ていない。何か考え事をしているようだ。
「私も意味無く側近をしているわけではないのですよ。」
「・・・いずれ話すわ。」
彼女はそれだけ言って、また歩き始めた。
ガガは肩をすくめかけた。
ジジからは、何らかの進展があるまではセラ様と共にここに留まる、と聞いていたのだが。
これでは何が起きているのかますます解らない・・・。


何とか相手に姿を見られずに済んだ。
トリッガーは突然変わったプランを、頭脳をフル回転させて再構成した。
しかし、マザーエリアに降下したままのエレベータが稼いでくれる時間は3分が限界だろう。
H/BSPの連中がマザーエリア内全てを探索し尽くし、「侵入者」がすでに脱出したことに気付くのにも5分とかからない。
彼に残された時間は6~7分だ。出来ればすぐにでもこのシャトル・ポッドに乗り込みヘヴンから脱出したかった。
ヘヴンの捜査網から逃れる為もあるが、何らかの理由でカルバニアに行ったマザー・セラを倒す目的もある。
だが、今後のことを考えると、その前にすることがあった。
彼は当初の計画通りジャンク・エリアに行き、─幸い都合の良いことに、そこはシャトル・エリアから
500メートルと離れていない─以前見つけた、あの上質素材で出来ている猿のようなガラクタを手に取った。
外観を気にしている場合ではない。彼の目的に適合しているのは、現段階ではこれしか無いのだ。
郵送システムを起動し、自室の外部記憶装置をシャトル・ポッドまで転送させるよう指示する。
まだトリッガーを「キング・コマンド」と見なしているヘヴン・ネットワークは、即座にこの指示に従った。
あと4分。
彼がシャトル・エリアに戻ったとき、輸送ダクトから外部記憶装置が飛び出してくるところだった。
それが保存スペースに落ちる前に空中で受け取り、一番近いシャトル・ポッドに乗り込んだ。
彼が狭い操縦席に着くと目の前の機器が起動され、室内が明るくなった。
手際よく出航準備を済ませると、発艦スイッチをひねる。
爆音と共にメインエンジンが点火され、宇宙船は舞い上がった。
船の頭上のハッチが開き、宇宙空間への道が出来る。
ポッドはその出入り口を潜り抜けて、機首を地球に向けると全速力で発進した。
エデンの脇をすり抜けてカルバニアへと進路を変える。
手の平ほどに小さく見える程離れたヘヴンをモニターで見て、トリッガーはようやく肩の力を抜いた。
さて、地球までは少し時間がかかる。それまでにやらなければならないこともあるのだ。

9,

「はい・・・了解しました。」
コールは管理室マスター・コンピュータで受け取ったH/BSPのマザー・エリア捜査結果を知らせる交信を終了し、
深呼吸─いや、溜息だろうか─をした。
そして、後ろのフリーズしたデータ・デスクを振り返る。
くそ、最後の最後で油断した。
まさか相手もウイルスを持っているとは思いもしなかったのだ。
このタイプのウイルスは強力で、送り込まれたコンピュータを完全に破壊する即効性の代物だ。
その上発信が容易という利点を持つ。
詰めが甘かった。
追いつめたネズミを見くびりすぎたのだ・・・
彼はクラッキングの痕跡を発見したことで、この事件を担当できた。
H/BSPの技術部門管轄に臨時任命されたのだが、その捜査が失敗した為最初の契約通り解任された。
もうあの「侵入者」を捕まえるのは不可能だろう。
マスター・エリア周辺を洗えば、恐らく犯人が誰だったか分かるかもしれない。
彼のデータ・デスクの記録を見ればもっと早い。ただし、もう動かないが。
しかし、コールはそれを知りたいとは思わなかった。
・・・明日からはいつもの雑用だ。ライブラリー保護のという活躍により昇進が約束されたが。
恐らくこんなにやり甲斐のあった仕事は最初で最後だろう。
彼は苦い思いでデータ・デスクに歩み寄り────電源コードを断ち切った。



地上への軌道設定も終わり、確認画面に目をやる。丁度飛び立ってから2分が経った。
そろそろ彼の反逆行動も発覚し、ヘヴン・ネットワークは挙って捜索を始めるだろう。
だが、もう少し手こずってもらおう。
トリッガーは再びC・デバイスを取り出し、宇宙船の通信機にセットする。
「全ドアの油圧開閉システムをロック。」
コンピュータに命令しながらC・コードを打ち込む。
ヘヴンマップのあらゆるドアが赤くなり、それら全てのドアが全く動作しなくなったことが示された。
これで彼等の捜索作業も難航するだろう。その道のプロなら、ものの10分で解いてしまうが、トリッガーは
その10分が欲しかった。
そして、あの外部記憶装置と、ケースとなる猿の模型を両手に持った。


装置の組み込みが終わり耐熱性コーティングを施すと、トリッガーは一息ついた。
小さい窓から、何の気無しに外を見る。
すると一番近くのエデンが、トリッガーの船を追うように旋回しているのが見えた。
勿論気のせいだろう。──1つの可能性を除けば。

10,

ユーナは、自室でセラの持ち込んだ問題について考えていた。
ヘヴンにはマザーの戦闘端末が幾つかあった。
基本的には史上最大レベルの武力的問題が起きない限り、通常の端末で事は足りる。
にも関わらず、あの最強端末を解放して欲しい?
ユーナは表面上は解らない振りをしていたが、セラの考える事は大体予想がつく。
そしてもう一つ、キング・コマンドの反逆行為・・・
今までに前例のない───極めて信じ難いことだ。
そしてセラの言った通り、とうとうトリッガーが行動を起こしたらしい。
彼はマザー・エリアに侵入した後行方が解らなくなり、目下捜索中と報告があった。
しかもマスターの姿も見えないと言う。全く謎だらけだ。
しかし、そこで彼女の思考は中断された。
部屋の通信ユニットが、誰かの電波を受信したのだ。


セラもまた、─実はユーナより先に─ヘヴンの報告を受けた。
トリッガーが何か企むとすれば、セラがヘヴンを離れ管理が手薄になった今だと予想はしていた。
そして、トリッガーがライブラリーに手を付けないまま行方を眩ましたと聞いたときも
セラは彼が次にどんな行動に出るのかを瞬時に悟った。
セラはユーナと違い、反逆を起こす理由よりその反逆をどうくい止めるかに頭を使っているのだ。
そして手近なエデンに回線を繋ぎ、辺りを探った。
予想通り、シャトル・ポッドの一つが地球─進路はこのカルバニアに向いている─に向かっているのが見えた。
「やはり来たか・・・」
セラは嘲るように微笑した。
ロックマン如きがマザーを倒そう等とは夢見心地も良いところだ。
マザーは自ら戦闘することは滅多に無いが、伊達にそれぞれヘヴンと地球の頂点を名乗っているわけではない。
彼女達は相当の実力を誇る、正に最強の戦士だった。
デコイでは手も足も出ないばかりか、ジジやガガが相手でも勝負と呼べる戦いは出来ないだろう。

セラは発着場に足を運ぶと、ポッドの外壁に触れた。
その途端、ポッドが左右に開き、そのポッドの半分程の大きさのセラ用戦闘端末が現れた。
ライブラリー保管室の端末を使うことは出来なかったが、これでも充分だろう。
しかし、あの端末が必要な事実は変わらない。
今回の人類再生プログラムが不完全なことは随分前から解っていたし、出来るだけ早く排除したいのだ。
ユーナ・・・
セラは心の中で呟いた。
彼女は楽天的で、物事を客観的に見る。一途、強情でそのくせ思慮深い面があり、思考力に優れている。
しかし、ある一点がずば抜けている状況は好ましくない。そのせいで事を考えすぎ、『不完全だから人間なのだ』と
寝言を言っているのだ。そのことで何度か彼女と衝突している。
そんな彼女に、『デコイの排除が目的だ』などと言える物か。
事を悟られる前にあの端末を手に入れ、実力行使で一気に済ませればユーナも諦めるだろう。
まあ、それはそれとして、トリッガーを片付けた後ゆっくり考えるとしよう・・・。
セラは暫くそれを見据え、そして常用端末のままそれに乗り込んだ。

11,

2回の呼び出し音の後、ユーナが通信回線を開きその顔が画面に映る。
そして彼女の通信ユニットに連絡をした本人、トリッガーも、自分の顔を映すカメラのスイッチを押した。
その途端、ユーナの表情─マザーの地位には似つかわしくない程、彼女はよく感情を表に出す─が驚きで埋め尽くされた。
「トリッガー?!どうして貴方が・・・」
すかさず相手の言葉を遮って切り出す。
「頼みがあります、マザー・ユーナ。」
「頼み?」
ユーナは出かかった質問を飲み込んで訊き返した。
「状況は恐らく理解しているでしょう。
 それで、頼みというのは二つです。
 まず、先程軌道上から私の外部記憶装置を射出しました。」
ヘヴンのポッドには、輸送用カプセルは搭載されていなかった。
しかし新たに作り直すと3日はかかる。その為あのガラクタを使用したことを、彼はユーナに告げた。
「あの装置は一番手近な島─ニーノ島です─に向かわせました。
 肝心の頼みは、その装置を貴方に保管して頂きたい、ということです。」
ユーナはトリッガーの考えが少しずつ読めてきた。
「二つ目の頼みは、これから私のする事に一切関与しないことです。」
やはり、そう来るだろうと思った。
「この頼みを聞くか否かは自由ですが、よく考えて下さい。」
ユーナは少し迷ったような表情を見せた後、切り出した。
「トリッガー、考え直さない?私にはこんな事をしなければならない理由がちっとも解らない。」
「考え直すのは貴方の方です、マザー。ヘヴンの在り方や、人間の本質・・・
 その真意を掴んだとき、きっと私のする事が理解できるでしょう。」
トリッガーはそこまで言うと唐突に通信を切った。
ユーナに深く考える暇も、最後になるかも知れない彼の顔を見る暇も与えずに。
トリッガーは背もたれにドサッ、と身を任せ、チラリと計器パネルを見た。
到着予定時刻は今から15分後だ。
彼は目を閉じ、心を落ち着かせようとした。


ガガはロビーで向かいの椅子に座ったユーナを見つめた。
さっきから何か言おうとしている─もしくは何かしようとしている─落ち着かない素振りをチラチラ見せている。
ガガは前屈みになり、両手の指を突き合わせた。
やはりおかしい。どうもジジとマザー・セラの姿が見えない。
この広い地下基地で二人を見る方がおかしいのだが、何やら胸騒ぎが止まらない。
数分程はそのままの姿勢で居たが、今一度ユーナに何があったのか問いかけようと思った矢先に
彼女が立ち上がった。
「支度して。ちょっとそこまで出かけるから。」
「そこまでって・・・何処ですか?」
既に歩き始めていたユーナは、顔だけ振り返って言った。
「ニーノ島。」

12,

トリッガーの目に見えていたのはヘヴンの廊下だった。
そんな馬鹿な?俺は今カルバニアへ向かうポッドの中の筈だ・・・
歪む景色を懸命に見つめる。この視界の変わり方・・・まるで人の目を通して見ているようだ。
『向こうに着いてからどうする?』
突然後ろから、微妙にエコーのかかった声が聞こえた。
またもや自分の意志とは関係なく視界が変わり、後ろを振り返る。
驚いたことに、そこに居たのはリッジだった。
そして、また別の声が聞こえた。
『今回のオズマは戦力が不足気味だと報告が入った。我々が援護に向かえば大半をD・キラー送りに出来るだろう。』
今のは・・・自分の声?
そのとき、トリッガーは不意に思い出した。そうか、これはリッジと組む最初の任務で現地に向かうとき、そのままだ。
すると今見えているのは・・・過去の記憶?
その時再びリッジが口を開いた。
『敵は全員殺す。D・キラーなんかに送られるなど、奴等にとっては不愉快極まりないだろうからな。』
この言葉に過去のトリッガーは驚いた。
『冗談を言うな。気でも違ったのか?』
リッジは不服を漏らすトリッガーに突然クロス・ファイアを突きつけた。
『奴等は殺す!!それが礼儀なんだ。
 いいか、俺達は機械じゃない。制御されるべきじゃない!』
この無礼を正そうとした過去のトリッガーは、相手の目つきを見て押し黙った。
それを見るとようやくリッジは刀を下げ、再び現場に向かって何事も無かったかのように歩き始めた。
そうだ・・・この時のことははっきり覚えている。
赤い、リッジの瞳。
マザー端末やPNシリーズ、リーバード類ならいざ知らず、造られたクローンには珍しい色だ、と誰かに聞いたことがある。
そして睨めつける、信念を持ったあの目つきには、いかにキング・コマンドだったとは言え恐怖を感じた。
トリッガーは自分自身、彼と同じ目をしているかどうか確信が無かった。
そして何故かあの任務以来、彼等は対等に話す親友同士になった。
今のトリッガーの行為は彼の影響だ。
今リッジがこの場にいてくれたら、きっと自分に賛成し、協力してくれただろう。
トリッガーは切実にそう思った。


彼は身を起こした。
「・・・夢?・・・か。」
どうやら寝てしまっていたようだ。
マザーとの戦いを前に凄いリラックスの仕方だな・・・
しかし、最近は本当に寝ていなかったから無理もない。
48時間サイクルのヘヴンでは、3回も続けて徹夜をすれば一週間寝ていなかったことになる。
もっともそれはヘヴンでは珍しくはないが、彼には少しこたえていた。
彼は本能的に計器パネルを見た。
──地上まであと8分。

13,

ニーノ島。
何か大切な物を保管するのに、こんなに適切な場所は無いだろう。
小さな島だが、その真ん中に海底深く続く穴。
その先には「鍵」を保管する広大なゲートがある──トリッガーがここを選んだのは偶然だろうか。
そして、その入り口は信心深いデコイの管理者が封鎖してしまっている。
今のところ島には堅く閉ざされた穴と、幾つかの看板しか無い。それ以外は雑草の生えた地面だ。
ライブラリーのデータによると、デコイ達が1ヶ月後にここを要塞都市化する計画をたてているという。
なるほど、大きな看板には立入禁止と書かれ、それを破った者にはどんな酷い仕打ちがあるか説明されていた。
しかしユーナはそんなことにはお構いなしに、島の上で旋回するガガから飛び降り
その後に人間形態になったガガも地面に降り立った。
辺りを見回すと、封鎖された入り口の中心に煙を上げて転がっている物がある。
「あれね・・・」
ユーナは近づいて拾い上げた。大気突入した摩擦熱でかなり熱い。
外部記憶装置は、質のいい─外観は別として─ケースに包まれていた。
そしてある程度の衝撃に耐えられるよう、ストライドコーティングがされている。
こんな手間をかける必要はないだろうと思ったが、よく見るとブースターが付いていない。反重力装置もだ。
この事から、大気圏内で射出させると角度が足りないため島に届かないことが解った。
ユーナが触れたことを感知した記憶装置─『データ』と書いてある─は、数分の一秒で起動し
ダラリと垂れ下がっていた手足と尾を伸ばすと、顔をこちらに向けた。
『RTシステム、外部記憶装置試作器02,作動。
 既にメモリーには容量分の記録が存在しています。
 AI、その他オプションは未設定・・・』
ガガは興味深げにそれを眺め、また質問をしたそうな顔をした。
彼にはそろそろ全てをうち明けてもいい頃だろう。
しかし、その時ユーナは小さな爆音のような音を聞き、思わずカルバニアの方向を振り返った。
・・・嫌な予感がする。


ポッドは無事カルバニアの中心地である山の頂上に着陸した。
この島はお椀を伏せたような形をしていて、言うなれば島全体が山のような地形だ。
海岸沿いに市街地が並び、山の頂上は丘のように木が数本しかない。そしてその山の中にはゲートが隠されている。
トリッガーは乗り物から出ると、辺りを見回した。
地上に降りたのはこれが2度目─いや、3度目か?─だ。
どうやらもうすぐ日が暮れるようだ、西の空が微かに赤く輝いている。
当然ながら海辺より高い位置にいる彼は、邪魔になるほどの林もないこの場所でほぼ島の全景が見渡せた。
──セラは彼がカルバニアに来たことを知っている。そして何をしに来たのかも。
何時奇襲を掛けるか解らない敵を、全神経を研ぎ澄ませて待ち受けた。
しかし、その必要はなかった。
少し離れたところの地面が、不自然にガタンと揺れた。
次の瞬間揺れた部分の地面─15メートル四方だ─がゆっくり迫り上がり始めた。
何十年と使われなかったのだろう、草の根を引きちぎりながら、隠しエレベータが姿を現した。
上昇が終わると、巨大なキューブの全面の扉が左右にゆっくり開き始め、その中には人影があった。
二つの影が半歩前に進み日なたに出る。
ようやくはっきりと姿の見えた片方は、おなじみのPNシリーズリーバード・ジジ、そしてもう片方は・・・
───武装したマザー端末機だった。

14,

例によって、機密事項のマザー戦闘端末はトリッガーが初めて見るタイプだ。
大きさは中型リーバード位で、全長はゆうに3mはある。どことなくシャルクルスを思わせる─勿論強さはケタ外れだろう─その
機体は、獣や古代の恐竜を思わせる逆関節の脚をしていた。バネのような瞬発力を生み出すこの形状は
これでもかと言うほどの武装をしている胴体─その割にはシンプルな設計だ─を難なく運べる事を物語っている。
そして、スピーカーから聞こえるのは紛れもないセラの声だ。
「待っていたよ、ロックマン・トリッガー」
セラは少し間を置いた。
「・・・始めようじゃないか、裏切り者の始末をな。」
ジジは戦闘形態でホバリングし、何時でも突進出来るよう身構えていた。
『覚悟しろ、トリッガー・・・』
彼は、聞こえるか聞こえないかの低い声で呟いた。暗闇に2つの真紅の目が燃えるように輝いている。
どちらもシステムに忠実な─リッジに言わせれば、『大迷惑な堅物』だ─『戦士』で、この二人に勝てる者は
ユーナやガガを含めても、この世に存在しないとまで言われたほどだ。
ヘヴン・ネットワークに追われる身である以上、目の上のこぶであるセラを倒すのは必要事項だった。
ネットを統制するマザーが長時間その役割を放棄すれば、ヘヴンはいずれ崩れる。────邪魔者が入らなければ。
戦闘は唐突に始まった。
トリッガーのバーリグルが放ったプラズマボムが、エレベータの出口を吹っ飛ばしたのだ。
しかしセラとジジの二人─二体と言うべきか─は、既にそこには居なかった。
トリッガーは爆煙の中ジジが上空に、セラは右手に廻ったのを目の端で捉えた。
すかさず後ろに飛び退く。ジジがバスターを掃射し、辺り一帯の草をなぎはらった。
弾丸の勢いとジジの翼が起こす突風が、煙を押し流す。
セラはその煙に紛れてトリッガーの後ろで待ち伏せ、先端が小さなG・スチールでできた中型の爪を繰り出した。
「よっ・・・と」トリッガーは体をひねって間一髪で躱し、衝撃弾でセラを押しのけると同時に飛び退いて距離を稼いだ。
その時、ターンしてきたジジが口の主砲をチャージして突っ込んできた。
地面ギリギリの低空飛行で、トリッガーのほんの2メートル手前で発射し、回転しながら急上昇する。
それを上体を反らして避け、ベルトから縮小されたツイン・クローを引き抜いて縮小装置を解除し
元の大きさにすると、右腕に装着した。
手品のような手際の良さで一瞬にして現れた武器に、再び突撃してきたジジはたじろぎ
二度目の体当たりをしないまま上昇しようとした。
トリッガーは自分のすぐ真上を通り過ぎるジジを、しゃがみながら上に延ばしたツイン・クローで捕まえ、地面に叩きつけた。
「くそっ・・・」
仰向けになったジジは怒りのこもった目でトリッガーを見据えた。
「ロックマン如きが───」
そして何とか起き上がろうとする。
すかさずトリッガーは爪に電流を送り込んだ。激しい振動でジジの体から火花が散る。
「忠実に働き過ぎだ。少し休め。」
静かに囁く。
そして電流の電圧を規制以上に上げ、武器を腕から外すと飛び退いた。
ツイン・クローは大爆発を起こし、ジジは煙をあげながら派手に吹き飛んだ。
それが長い滞空の後、島の海岸の浅瀬に落ちたのを確認して、トリッガーは後ろに向き直る。
そこには、ジジとトリッガーの戦いに高見の見物を決め込んでいたセラが満足げに頷いていた。

15,

「さて。」
ツイン・クローの爆発で小さな噴火口のように土を抉られた丘の上で、セラは話を切り出した。
「お主が何故こんな馬鹿な真似をするのか、その理由を是非聞かせてもらいたい物だな。」
挑発的な態度。
「その質問にはお答えできません。私個人の事情があります。」
トリッガーは殺気を押し隠しながら、『いつも』の丁寧口調を崩さずに言った。
「こちらも聞きたいことがあります、マザー。あのPNシリーズの危機に手を出さないとは、気でも違いましたか?」
セラはそれに対して、小馬鹿にしたような含み笑いを返した。
「あいつは───私にとって何でもない。そもそも側近としてのPNシリーズの存在は疑問視されていたのだ。
 それに、ツイン・クロー程度ではあいつは完全には死なん。」
勿論、そのことは解っている。修理を受けない限り、奴が復帰不能だということも。
「ともかく、これで一対一だ。どちらが最強を名乗る価値があるか、確かめてみよう。」
因縁めいた言葉。トリッガーは微かな怒りを覚えた。
「・・・その言葉の真意を?」
「さあな。単なる形容詞でしかない」
セラはMOウエポンの弾丸を装填して言った。
「私のことか・・・さもなくば『変わり得ない事実』かな?」
「いいえ・・・」
トリッガーもバーリグルを持った右腕を上げた。
「『存在し得ない者』です。」
二人の同時に放ったプラズマが衝突し、目も眩む光と共に一帯の空気に高熱を撒き散らした。
それでもお互いの姿ははっきりと見えていた。
一気に片を付ける!!
トリッガーは足首に装着された反重力装置で数センチ浮かび、残像を残しながら
セラを中心に不規則な楕円を描くように飛び回った。
マザーはその姿を必死に追う。
彼女はロック・オンが完了したと見えて、追尾ミサイル─それぞれがリーバードのようだ─を左右の肩から
20発ばかり発射してきた。
確かに追尾能力には長けているようだ、弧を描きながら、着実にこちらに近づいてくる。
しかし、そのミサイルにも欠点があった。
トリッガーはそれに向けてホーミング・マシンガンを連射すると、あっと言う間に全てのミサイルがガラクタと化した。
やはり、武器自体の装甲は薄いようだ。
そして複雑なフェイントの連続でロック・オンを振り切ると、突然立ち止まった。
動きの止まった相手に、セラは素早く次のミサイルを10発放った。
トリッガーは即座に全体重と脚力で足裏と地面とを固定すると、最大出力でプラズマ砲をぶっ放した。
目の前に迫る閃光に、セラは目を見開いた。

16,

眩い閃光とボロボロになったマザー端末機───それを期待していたトリッガーは愕然とした。
超圧縮された電磁の塊は、マザーに命中した瞬間掻き消えてしまったのだ。
まさか!!
驚きながらも、ミサイルを飛び退いて躱す。
きっとH/BSP標準装備の防弾着のようなものだろうとは思うが、それにしては性能が良すぎる!
この装甲の強度を鉄板に例えたら、防弾着など水に浸した薄紙程もない。
「この端末の表面は───」
言葉も出ないトリッガーにセラが言った。
「非常に強力な電磁波に覆われている。その程度のプラスマ砲など簡単に相殺してしまう程のな。」
感心している余裕はなかった。迂闊に相手に触れただけでゲーム・オーバーに成りかねない。
「所詮ハンドガンだ、その程度が限界だろう。だがヘヴンには、もっと強力なプラズマ砲が存在する。
 知らないわけでは・・・ないだろう?」
優位に立ったマザーは嘲るように言うと、空を見上げた。
そして微かな電子音を発した。何かの指令コードを送信したに違いない。
一体何をしようとしているのか、調べる必要がある。
それが自分にとってどれだけ脅威かは、隙だらけのトリッガーに攻撃しようともしない彼女の態度で解った。
トリッガーは戦闘モードのディスプレイを切り替え、ヘヴン・ネットワークにログインした。
その時点でヘヴンには警報により非常態勢が敷かれていることが解った。
そして中央制御室・指令センターのコンピュータに─勿論C・デバイスで─繋ぐ。
緊急指令によりそのコンピュータが扱っているのは、エデンが一つずつ搭載している大型プラズマ砲の射撃設定だった。
彼は背筋に寒気が走るのを感じた。
軌道上からとはいえあの現存するプラズマ砲でも最高峰の兵器の直撃を受けたら、
この島は─そして自分も─無事では済まない。
一方プラズマ兵器の効かないマザーは薄笑いを浮かべ、明らかな余裕顔。
くそっ!
トリッガーは毒づいた。
この切り札があったからこそ、マザーはあえてジジを捨てゴマにしたのかもしれない。
さらにまずいことに、バーリグルとはいえ射出できる攻性弾丸の8割はプラズマ弾だ。
主力を失ってどこまで戦えるか・・・。
どっちにしろ、これは今すぐ解決しなければならないことだった。

17,


『──勘違いするな、俺達は太鼓持ちをやってるワケじゃないんだ!!』
トリッガーはリッジを思い出していた。
彼は野心家のセラにこんな暴言を吐きながらも、無事に生き残った唯一のロックマンだった。
大抵は、このシステムに対する批判はイレギュラーと見なされ、拘束された後にD・キラー送りになる。
しかし、リッジはトリッガーを介したマスターの説得で一命を取り留め、メモリーの再プログラムをされることもなかった。
彼の無鉄砲を通り越した勇気は賞賛に値する。
そして、今度は自分の番かもしれない。トリッガーは、戦闘の実力や知識以外では常にリッジの遅れをとっていたのだ。


「さて・・・では再び子犬のじゃれ合いでもしようじゃないか。カウントダウンはもう始まっている。」
セラは、そう言って全身の武器の銃口を一斉にこちらに向けた。
そして、あらゆる弾丸が次々と飛び出し、トリッガーを襲った。
彼は持てるだけのスピードと技術を駆使し、次々と躱していった。
その内幾つかの弾は、コートで弾き返す。
「リッジ・・・とか言ったな。奴はお前の親友だったそうじゃないか?」
セラは挑発的に言った。
「奴は規律を無視する傾向があった。何時反逆を起こすか解った物じゃない。
 奴がネオ・イレギュラーと共に吹き飛んだのは、むしろ好都合だった。」
トリッガーは目を見開いた。怒りの脈動が全身を駆けめぐるのを感じる。
しかし、セラの攻撃は容赦なかった。
こんな状況ではとてもじゃないが、中央制御コンピュータをクラッキングで妨害したりはできない。
しかし、もう少し簡単なことなら出来ないことはない。
トリッガーは右目を戦闘モードのまま、左目をクラックモードにしてセラから離れた。
多少像が重なるが、まあ仕方がない。
今右目から見えているのは、セラが次の攻撃に移ろうとレーザーを掃射しながら弾丸を装填しているところ。
左目は、プラズマ砲を収納している「EN-525エデン」胴体部の格納蓋がゆっくりと展開しているところを捉えた。
完全に姿を表した兵器は巨大な銃口を地球に向け始めた。もう時間がない!
彼は最低限の動きで総攻撃の第二波を避けると、EN-525エデンに一番近いEN-425エデンへと
回線を繋ぎ直した。
そして、こちらのプラスマ砲の制御コードをC・デバイスの自動操作で送った。
進行状況の3D映像は、やはりゆっくりと収納蓋が展開し、巨大な銃身が姿を見せる過程を映していた。
そしてその銃口は、カルバニアに狙いを定めている隣のヘヴンに向いた。
とうとうトリッガーの左目は、ロックオンの完了したEN-525の発射警報の赤い点灯で染まった。
勝利を確信したセラが、最後の一撃のミサイルをトリッガーに向けて発射した。
そして────

18,


ヘヴン中央司令室を混乱が襲った。
「エデンへのハッキング行為を確認!」
「EN-525との回線が途切れました。
 その注意のエデンとの通信も遮断されています!」
「司令官・・・!!」
一体何が起こっていると言うんだ。
幾つものエデンの回線が途切れる状況は前代未聞であり、長年司令室を束ねてきた彼─司令官─も
どうすればいいのか解らなかった。
一体何が・・・


遠距離と近距離の、ロックオン・スピードの差。
そのほんの僅かの差でEN-425のプラズマ砲が炸裂し、エデンを一つ、丸ごと吹き飛ばした。
そしてこれは、密集したエデンの連鎖爆発という思い掛けない結果をもたらした。
次々と起こる爆発や閃光は、太陽のそれを超える明るさにもなる。
セラのミサイルを左腕で防御するも、その衝撃を受けた腕が顔に直撃したトリッガーは、
よろめき、そして倒れながらもそれを眺めた。
爆発が治まるまで、彼は─そしてセラも─動かなかった。
こんな絶望的な被害は、恐らくヘヴン史上最大に違いない・・・。
トリッガーはようやく上体を起こすと、データ・ディスプレイをはずした。
片方のレンズが割れている。もうこれは使えないだろう。
そして彼はフレームから割れた方のレンズだけを叩き落とすと、役に立たない片眼鏡と化した
最先端技術の名残を耳にかけ直した。
彼が立ち上がると、セラはまだ空を見上げていた。
「どうした?戦いはまだ終わっちゃいない。」
トリッガーは敬語を捨て去った。
「そうだな・・・」
心なしか小さな声でそう言いながら、セラはようやくこちらに顔を戻した。
連鎖爆発の余波を受けて軌道を失ったエデンの一つが、こちらに向かって落下してきた。
大気圏で殆ど部品が欠け、もう胴体部しか残っていない。
それは島の端に墜落して、大きな地響きと共に止まった。
そして、それを合図に二人は行動を起こした。
セラは強力な破壊力を持つ武器だけを構え、一撃離脱線に切り替えるべく後ろに飛び退いて距離を稼いだ。
トリッガーはバーリグルを構え、弾丸の項目を設定して発射した。
絞りの開いた銃口から飛び出したのは、大型のジーク・ボムだった。
一瞬の閃光の後に鉄片が飛び、幾つかは地面を抉り大半は空の彼方に消え、
そして幾つかはマザー・セラを襲った。
彼女の装甲はプラズマに強くても、これだけは防げない。
命中とまではいかなかったが、その鉄片はセラの右足をかすり動作を困難にさせた上、
加速ブースターを切り落とし、さらに二つあるメイン・キャノンの片方を吹き飛ばす大戦果を挙げた。

19,

それでもセラは逃げるように後退を続けた。
残ったメイン・キャノンを時々撃ちながら、距離を離していく。
そして彼女が何をしようとしているか気付いたときは、もう手遅れだった。
トリッガーが追いついて阻止する暇もなく、彼女は再びあの電子音を鳴らした。
彼は相手の内懐に飛び込み胴体に銃口を押しつけたが、セラは動じなかった。
「これから何が起こるか、よく見ておくがいい!
 ディスプレイを失った今、エデンのプラズマ砲を再び止めることは不可能だ!!」
セラが上空を見上げるのにつられて、トリッガーも同じ動作をした。
「他のエデンより離れた位置にいるEN-114のプラズマ砲は多少威力が劣るが、それでもこの島を土台だけの
 荒れ地にすることは出来る。今度こそ最後だ、諦めろ。」
「・・・何も知らないんだな。」
トリッガーが小さく呟く。
マザーはその相手の口調に疑問を持った。
「何がだ?」
「あんたたちがそこまで必死に、忠実に仕える理由さ。」
「私達はマスターの為に──」
「そのマスターがどういう状態か、知ってて言ってるのかい?」
「彼は部屋に閉じこもっておられるが、心配ない。センサーはちゃんとマスターを感知して──」
「違う!」
トリッガーは口調を荒げた。
「マスターは死んだ・・・俺達の立っているこの島でな!」
マザーのブレインはこの暴言に戸惑った。
この言葉を信用すべきか?それとも彼は、とうとう気が触れたのか?
「嘘だ・・・全く確実性のない・・・。」
「貴様はその目で見たのか?マスターが部屋に居ることを?
 お前が見ているのは所詮送られてくるデータだけだ!」
「信じれるか、そんなことを!」
セラは自分自身を完全に制御しているにも関わらず、感情を表に出した。
「信じる、信じないはこの際関係ない。」
あまりにも信じがたい事実。確かにトリッガー自信も、自分の目でその現場を見ていなければ、
受け入れることは出来なかっただろう。
彼は間を少し置いて、引き金を引こうとした。
しかし、マザーが突然トリッガーに─と言うよりは彼の後方に─手をかざした。
ヴォン、という空気を揺るがす不気味な出現音。
「しまっ・・・」
振り返ろうとしたが遅く、目と鼻の先の爆発のダメージをまともに喰らった。
思わずよろめき、片腕を地面につく。マザーは既に距離を離していた。
今のは何だ?・・・武器を直接空間に出現させた感じだったが。
これも・・・機密とされているMOウエポンの一つなのか?
トリッガーは何とか立ち上がり、銃を構え直した。
しかし、爆発の影響で一瞬視界が歪む。腕も少しばかり震えた。
マザーは疲れたような目でこちらを見た。
「もうお主の狂言に付き合う暇はない。カウントダウンは再び始まった・・・お前の死まで残り24秒だ!」

20,

24秒・・・トリッガーは直前に迫った死に対して冷静にしようと努めた。その間に出来ることもある。
彼はセラを突き放し、ジーク・ボムを2発放った。
再び周辺を鉄片の嵐が襲う。
「無駄だと言っているのだ!」
セラはそう言いながらも慌てていた。彼女の装甲はあの忌々しい弾丸により崩れ始めていたのだ。
トリッガーはさらに2発放ち、後ろに飛び退いてからもう1発発射した。
セラの装甲はもうズタボロになった。しかし、辛うじて全身は覆っていて、
プラズマ砲に耐えれるだけの強度は保っていた。
あと一撃加えれば、完全に破壊できる。そしてお前も道連れだ!
トリッガーはもう一度引き金を引き──愕然とした。
弾丸は出てこなかった。
そして代わりにエネルギー残量を示すメーターが「0」を指し、BEランプが点灯していた。
トリッガーの攻撃を避けきれないと悟って身構えていたセラも、警戒を解いた。
一瞬の静寂の後、彼女は勝ち誇ったように笑った。
「やはり私の勝ちだ!所詮悪あがき、上手く行くはずがない!
 トリッガー、お前は運にまでも背かれたのだ!!」

セラの好き放題の罵声も、トリッガーの耳には入っていなかった。
倒せないのか・・・自分には。
やはり手の届かない相手だったのか?
気の抜けた途端、額から流れる血に─ようやく─気付いた。
いつの間にか怪我をしていたんだな・・・
そう思うと、突然全身の痛みが吹き出て、一度に彼に襲いかかってきた。
中で超新星爆発が起こっているかのような頭痛と、
左腕と右足に当たったプラズマ弾の焦げ跡から来る指すような痛み。
折れた肋骨が肺にくい込んでいるのも解る。
それでも彼は立っていた。実際、さっきまでミサイルとレーザーの雨を避けていたことも信じがたい位だった。
あと10秒。
冷静にカウントを続けていた頭脳の一部が、そう伝えた。

21,

時が引き延ばされたように感じた彼は、本能的に周囲を観察することが出来た。
マザーの胴体装甲の欠けた部分から、右半身を動かすディフレクターが覗いていた。
そして──最も重要なことだ──俺はまだ動ける。
残り7秒。
彼は10メートルほど後ろの「何か」の残骸を見つけた。
・・・ツイン・クローの爪だ!
残り6秒。
彼はさり気なく体の後ろに回していた右腕の先のバーリグル・ウエポンから、
起動バッテリーのコードを引き出した。
──5秒。
彼は突然後ろに飛び退き、爪を拾った。
セラはこの行動に気付いて、笑うのを止めた。
──4秒。
彼は前に跳び、一瞬でマザーとの差を詰めた。
セラは慌ててメインキャノンを撃ったが、トリッガーはもう懐に飛び込んでいた。
強力故長すぎる砲身は彼を捉えることが出来ず、明るいプラズマ弾は北の空に消えた。
──3秒。
トリッガーは露出したディフレクターに爪を突き立てた。
頑丈なディフレクターにもヒビが入り、セラの宝石のような目が薄暗くなってきた空間で一際明るく輝く。
『いいか、俺達は───』
「ああ、解ってるさ、リッジ。」
そして彼はバッテリーコードを爪にあてた。
「機械じゃない。」
高圧電流が流れディフレクターはコナゴナに吹き飛び、その爆発でセラの装甲も砕け散った。
トリッガーは反対側に吹っ飛び、仰向けに倒れた。
そしてその直後、青い、広大な空──それが白色の光に包まれた。
その時になって、トリッガーはやっとリッジと同じ目になった────
そんな気がした。

22,

空からの閃光、そして大爆発。
ガガを急かしていたユーナは思わず黙った。
二人の目指すカルバニア島は、二人の目の前─あとほんの1㎞だった─で吹き飛んだ。
飛行形態のガガは急停止し、ユーナも振り落とされまいとしがみついた。
飛び散った土や岩が降り注ぎ、ガガはそれを避けなけらばならなかった。
爆発の衝撃で島から大波が立ち、島に向かってくる小波を飲み込んで広がっていく。
土砂の雨が治まったあとも暫く砂煙が島に立ちこめていたので、二人は視界が利く程度になってから
島に降り立った。
山なりの島だったカルバニアも、その殆どを吹き飛ばされて盆地と化していた。
衝撃で島全体が陥没している。
ガガが真っ先に海岸のジジを見つけ、それに駆け寄って仲間の無事を確認した。
ユーナは半分岩と土に埋もれた戦闘端末の残骸の下にセラを見つけた。
こちらも第二端末に覆われていたお陰で重要な故障は無い。
そして、もう一人は・・・
彼女は50メートル離れた土砂の山に、黒い布の生地が僅かに覗いているのを見つけた。
セラをその場に寝かせて走り寄り、急いで土を掘り返すと、程なく人一人の全身が出てきた。
トリッガーだ。
あちこちが酷い傷だが、脈はあった。かなり弱々しい。
ガガは、通常形態に戻したジジと置き去りにされていたセラを両肩に担ぎ、こちらに走ってきた。
「トリッガー様も無事でしたか!
 良かった・・・幾つかのシステム以外の犠牲者が出なくて───」
「ロックマン・トリッガーは・・・死んだわ。」
ユーナはガガの喜びの言葉を遮った。
そして、これには彼も面食らった。慌てて説得しようと試みる。
「何故ですか?まだリセット処置をすれば間に合いますよ!」
「完治するでしょうね、確かに。
 でもそうなると全ての記憶が消える。生まれ変わるも同然に。」
「外部記憶装置のメモリーをそのまま移すこともできますが。」
ガガはしつこく食い下がった。
「新しく生まれたも同然の人間に記憶だけを与えても」
ユーナはトリッガーの傍らにしゃがみ込んだ。
「ロックマン・トリッガーは戻ってこない。」
「しかし───」
「何も言わないで!」
ユーナは叫んだ。
「今は─────」
彼女はそれっきり黙ってしまった。
ガガも説得を諦めて、溜息を吐きながら天を仰いだ。
西の空と海は緋色に染まっていた。
太陽は段々沈み・・・そして何時しか辺りは闇に変わった。

Epilogue...


その後。


中立的な立場に立たされたユーナはガガに反対されながらも、リセットし形成を施したトリッガーを
外部記憶装置と共に、セラはジジと共に、それぞれ別の場所に封印した。
マザー・セラの居ないまま、ユーナの干渉をも受けなかったヘヴンは、システムの多くが崩壊したまま放置され
立場を見失ったヘヴン職員の殆どは命を絶ち、かつての重要塞の面影は完全に消えた。
残ったのはヘヴンを構成する最小限のものだけで、ライブラリー、一部のリーバード製造機関、
被害を受けなかったエデンと、全く関与しなかった地上の施設、ごく僅かに残った職員のみである。
そして、地上施設の職員にヘヴンの崩壊は知らされなかったことも、後の悲劇の生む原因となる。
ユーナ・ガガはセラの眠る『禁断の地』を目指す人々を保護し、そして機が熟すまで凍結睡眠させる手段をとった。
また、敢えてトリッガーを見張ることはしなかった。
さらにユーナはマザーの権限を使い、トリッガーのイレギュラーをデータ上から抹消させた。
ロックマン・トリッガーは普通のデコイとなり、腕利きディグアウターの道を歩む。
しかしその動きには、やはり前世のような敏捷さは無い。
唯一の「ロックマン・トリッガー」の名残は、左腕に埋め込まれた認識チップのみ。
勿論封印されたままのセラは、この事実も、マスターが本当に死んだことも、ヘヴンの没落も知らない。
それを思い知り、認めるのは、後に四つの鍵を回収してヘヴンに戻ってきたときとなる。
記録には残らない、没落の日・・・
全ての真実を知る者は誰一人居ない。


────そしてその後の出来事は、歴史の示す通りである。
 
 THE END