漢詩大会の漢詩全文/詩経

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解説

維基文庫版 / 近代デジタルライブラリー版(例1)/(例2

 詩経は、中国最古の詩篇。約三百篇の詩を集めて、ジャンルごとに分けたもの。卿・大夫・士の必修教養だった。
 《墨子-公孟編》では「誦詩三百,弦詩三百,歌詩三百,舞詩三百」とあり、当時は(喪に服さない時は)誦し、演奏し、歌い舞うものだった様子。

 時代や研究者によって、解釈も違います。
 ここでは、主に使用している資料が近デジの朱子注版なので、解説も朱子寄りかと思います。ご了承ください。
 邦訳も色々とあるので、好きな本なりサイトなり探してください。


「文王之什(大雅)」

  • 原文
維基文庫版近代デジタルライブラリー版
毛詩序:「《文王》,文王受命作周也。」

文王在上、於昭于天。周雖舊邦、其命維新。
有周不顯、帝命不時。文王陟降、在帝左右。

亹亹文王、令聞不已。陳錫哉周、侯文王孫子。
文王孫子、本支百世。凡周之士、不顯亦世。

世之不顯、厥猶翼翼。思皇多士、生此王國
王國克生、維周之楨。濟濟多士、文王以寧
穆穆文王、於緝熙敬止。假哉天命、有商孫子。
商之孫子、其麗不億。上帝既命、侯於周服。

侯服于周、天命靡常。殷士膚敏。祼將于京。
厥作祼將。常服黼冔。王之藎臣、無念爾祖。

無念爾祖、聿脩厥德。永言配命、自求多福。
殷之未喪師、克配上帝。宜鑒于殷、駿命不易。

命之不易、無遏爾躬。宣昭義問、有虞殷自天。
上天之載、無聲無臭。儀刑文王、萬邦作孚。

序:
文王は、受命によりて周を作るなり。
本文意訳:
文王は天命により王業をなしとげ、今も天帝の右腕として存在する。

文王は勤勉にして天下を治め、子孫のそのまた子孫も天子となり、周の男子は臣下として、周と運命を共にする。
周に生まれ育った素晴らしい臣下が集い、周と文王を支える。

文王は天のように遠く、輝かしい。広大な天の懐は、殷の民も周の臣下として、従えさせた。
天意は既に殷から離れ、周についた。殷の臣民も周の都に集い、周の祭祀を助けている。

周に忠誠を誓ったとはいえ、彼らの祖先は天命のもと殷に仕えて、幸福に生きていた。
まだ民衆の心は殷に残っており、これは天の差配でもある。殷の歴史を手本とせよ、天意はそんな優しいものではない。

天命は易しいものではなく、王の代で終わらせてはならない。良き問いかけの声を広く天下に告げよ。
殷の興亡を思い天に従え。天意は声もなく匂いすらもなく。ただ文王に従えば、万国の臣民は、みな王に従うだろう。


「蓼莪(小雅-谷風之什)」

詩経-小雅-谷風之什(近デジ
  • 原文
毛詩序:「《蓼莪》、刺幽王也。民人勞苦、孝子不得終養爾。」
蓼蓼者莪、匪莪伊蒿。哀哀父母、生我劬勞。
蓼蓼者莪、匪莪伊蔚。哀哀父母、生我勞瘁。
缾之罄矣、維罍之恥。鮮民之生、不如死之久矣。
無父何怙、無母何恃。出則銜恤、入則靡至。
父兮生我、母兮鞠我,拊我、畜我、長我、育我、顧我、復我、出入腹我。
欲報之德、昊天罔極。
南山烈烈、飄風發發。 民莫不穀、我獨何害。
南山律律、飄風弗弗。 民莫不穀、我獨不卒。

生い茂るヨモギと思えば、ヨモギにあらず育ちすぎた雑草となる。悲しむべきかな我が父母、我を生み苦労して働き育てる。
生い茂るヨモギと思えば、ヨモギにあらず高いばかりの雑草となる。悲しむべきかな我が父母、我を生みわが身に鞭打つ。
空の花瓶は、これ瓶の恥。鮮民の生など、死ねずに久しく在りたいとは思わない。
父を無くして何を怙(たの)む?母を無くして何を頼る? 家を出でればすぐ悲しみに満ち、入っても家はからっぽのまま。
父は我を生み,母は我を育て,我をたたき、我を養い、我を長じしめ、我を教育し、我を顧み、我に答え、家を出入するたび、我を懐に抱く。
父母の恩德に報いたいと欲しても、曇り空に果てはなく。
南山は烈烈と激しく。さまよえる風は發發と発生し。民に集わぬものは居らぬのに、私は独り落ち着けず。
南山は律律と激しく。さまよえる風は弗弗と沸く。民に集わぬものは居らぬのに、私はこの世で独りぼっち!

【蒿】成長しきってしまったアザミ。蔚も鬱蒼と茂った植物の状態
【罄】空の器

ぶっちゃけ、こういう心境を読んだ漢詩↓
__ 
 父 |
 母 |
 墓 |  ∴  ('A`) トーチャンカーチャン..........
──┐ ∀  << )

王裒《晋書-孝友伝》(魏王修の孫。父親が晋皇帝に殺されたことから出仕しなかった。二十四孝の一人)は、詩経の講義で上の《蓼莪》「哀哀父母、生我劬勞」の項になると泣いて授業にならなかったため、門人や生徒は教科書から《蓼莪》を削除したという。


「蓼蕭(小雅-南有嘉魚之什)」

  • 原文
毛詩序:「《蓼蕭》,澤及四海也。」

蓼彼蕭斯,零露湑兮。既見君子,我心寫兮。燕笑語兮,是以有譽處兮。
蓼彼蕭斯,零露瀼瀼。既見君子,為龍為光。其德不爽,壽考不忘。
蓼彼蕭斯,零露泥泥。既見君子,孔燕豈弟。宜兄宜弟,令德壽豈。
蓼彼蕭斯,零露濃濃。既見君子,鞗革忡忡。和鸞雝雝,萬福攸同。

蓼(おいしげ)る彼の蕭(よもぎ)から、露がこぼれ滴りおちる。既に君子を見れば、貴方の気持ちが私にも写ってくる。貴方と楽しく語らえば、あまりの楽しさに私も嬉しくなる。
蓼る彼の蕭から、露がこぼれ泥水となる。既に君子を見れば、竜の徳となり光となる。その徳に背かず、命の終わりまで忘れはしない。
蓼る彼の蕭から、露がこぼれ地面はどろどろ。既に君子を見れば、はなはだしく安らぐこと弟となったよう。良き兄となり良き弟となり、ともに長き生を樂しもう。
蓼る彼の蕭から、こぼれる露は濃密さを増す。さらに君子に近づきたいが、悲しくも馬轡がぶつかり進めない。彼方から響く車駕の鈴音が私の憂いを和らげる、そこは万の福が集まるところ。

【龍】《毛傅》「龍は寵なり」。次の「其德」と繋がり、「いつくしむ」「寵愛」の意をもつとする。
【壽考】寿命、「考」は老人
【孔】はなはだ
【鞗革】馬の轡から垂れる革ひも。
【忡忡】憂い悲しむという意。沖沖とする文もある。
もし「沖沖」が正しいならば、意味は「馬の轡が地に満ち並ぶ。人々を和らげる車駕の鈴は、万の福が集まるところ」みたいな感じか。
【和鸞】車駕(君主の馬車)の鈴
【雝雝】やわらぐ

ヨモギを「君主の顔」、露を「君主が放つ威徳の例え」とする解釈もある(朱熹集註)。
 「萬福攸同」は、中華圏では時々焼き物の文様として使われたりする。


「何草不黄(小雅-魚藻之什)」

  • 原文
何草不黃、何日不行。何人不將、經營四方。
何草不玄、何人不矜。哀我征夫、獨為匪民。
匪兕匪虎、率彼曠野。哀我征夫、朝夕不暇。
有芃者狐、率彼幽草。有棧之車、行彼周道。

何れの草か黄ならざらん、何れの日か行かざらんや。何れの人か將かざらん、四方を経営す。
何れの草か玄ならざらん、何れの人か矜れまんや。哀し我が征夫、獨り民に匪(あらず)と為され。
兕にあらず虎にあらず、彼の曠野をめぐる。哀し我が征夫、朝夕の暇あらず。
芃たる者狐あり、彼の幽草にめぐる。棧之車あり、彼の周道を行く。

  • コメント
仕事にかり出され大道を行く人と、荒野を自由にさすらう狐の対比。

【将】また行く 【經營四方】四方の事業をはかりいとなむ 【玄】赤黒い  【矜】あわれ  【率】循  【曠】広、空
【芃】ほう、尾長の意か 【棧】役、公用、仕事用の車 【周道】朱子は「大道」とする。古代では大道とは限らない。


「無衣(国風-秦風)」

  • 原文
豈曰無衣、與子同袍、王于興師、脩我戈矛、與子同仇
豈曰無衣、與子同襗、王于興師、脩我矛戟、與子偕作
豈曰無衣、與子同裳、王于興師、脩我甲兵、與子偕行

どうして衣がないものか、君と同じ袍をまとい、王が兵を興せば、我も矛戈を整え、貴方と同じ仇を打とう
どうして衣がないものか、君と同じ袴をはき、王が兵を興せば、我も矛戟を構え、貴方と同じように戦おう
どうして衣がないものか、君と同じ裳を着て、王が兵を興せば、我も鎧兵を着込み、貴方と道を共にしよう

【袍、襗、裳】
袍は上着(コートとか)、襗は內衣、裳はズボンみたいなもの。


「風雨(国風-鄭風)」

  • 原文
毛詩序:「《風雨》,思君子也。乱世則思君子,不改其度焉。」
風雨
風雨淒淒,雞鳴喈喈。既見君子,云胡不夷。
風雨瀟瀟,雞鳴膠膠。既見君子,云胡不瘳。
風雨如晦,雞鳴不已。既見君子,云胡不喜。

風雨は冷え冷えともの寂しく、鶏は鳴きつづける。でも私は貴方を見て、穏やかな気持ちになる。
風雨が激しく吹き荒れ、鶏は巣に篭ったきり。でも私は貴方を見て、巣からも飛び出さずにおれない。
空は月無き夜のよう、鶏はいまた鳴きやまず。でも私は貴方を見て、喜ばずにはおれない。


「雄雉(国風-邶(ハイ)風))」


  • 原文
(毛詩序:「《雄雉》,刺衞宣公也。淫亂不恤國事,軍旅數起,大夫久役,男女怨曠,國人患之而作是詩。」)

雄雉于飛,泄泄其羽。我之懷矣,自詒伊阻。
雄雉于飛,下上其音。展矣君子,實勞我心。
瞻彼日月,悠悠我思。道之云遠,曷云能來。
百爾君子,不知德行。不忮不求,何用不臧。

(毛さんがまとめた《詩経》によると「『雄雉』は、衞の宣公を風刺したものです。宣公は淫乱で国力も考えず、軍の出兵ばかり命じ、大夫の役は久しく家に帰れず、男女の恨みつらみをかっていた。國の人がこれを憂い作った詩です」)

キジのおんどりが飛び跳ね、その羽をゆたかにひろげる。我が思う人は、私に苦難を与えるばかり。
キジのおんどりが飛び跳ね、上下に響く鳴き声は。まことにわが君よ、まことに我が心を苦しませる。
日月が過ぎ去り、私は愁いに沈む。道はあまりにも遠く、いつ貴方はここに帰り来るのか。
君子たるもの、徳行を知らない筈がない。旅の間も過ちを犯さず、どうか無事に帰ってきておくれ。

  • 解説
解説論文P132参照

 『伊阻』は『伊尹の悩み』という説あり。伊尹は放蕩におぼれた若君を宮殿から追放し、数年後に名君として戻った若君に再び仕えたとされる。
 『不忮不求,何用不臧』(頼みもせず求めもせねば、どうして良くないことが起こるものか)は、孔子の弟子の子路がよく口ずさんでいたことで有名(《論語》子罕第九 28)。





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