以下に、特に人文科学を専攻する人が、卒業論文を書くにあたって読んでおいた方が良いと思われる参考書について、紹介します。もちろん、大学院生(特に修士課程)の方にも、役立つことと思います。
なお、卒論を書く際の前提となる重要な作業として、先行研究の調査があります。具体的には、自分の論文のテーマに関係するこれまでに発表された単著(単行本)や論文を読み、何がどこまでわかっているのかを把握することです。
そのためには、読まなければならない単著や論文を検索するための知識が必要になりますが、それについては、当サイトの「雑誌記事と専著の索引・目録(全般) 案内」を参照してください。
(7)の『アイデアのつくり方』の著者であるヤング氏も述べているように、アイデアは「ひらめき」によってではなく、「蓄積」によって生まれます。
論文でもそれ以外のジャンルでもそうだと思いますが、「ネタを蓄積し、熟成させる」という地道な作業こそが、アイデアを生むための一番の近道です。
そのためにも、まずは、いつでもどこでもメモをとる習慣を身につけましょう。http://www.communication21.biz/memo/index.htmlも参考にしてください(書いてあることはほとんど同じですが)。
(2)鹿島茂 『勝つための論文の書き方』(文春新書 2003年01月)
この本で著者は、
1、論文の良し悪しは、どのような問いをたてるかで7、8割がた決まってしまう
(逆に、よい問いがたてられれば、その論文は7、8割がた完成したも同然である)、
2、問いのたて方は、後天的な訓練によっていくらでも上手になる、
と主張しています。私もこの主張に、7、8割がた賛成します。
本来なら、このような「問いのたて方」などの思考訓練は、大学の授業やゼミナール(特に後者)で行うべきものです。授業やゼミは本来、学生に様々な思考法をどのように身につけさせるかという場であるべきだと、私は思いますから。少なくとも、学生に何を記憶させるかや何を考えさせるかを示すだけでは、不十分ではないでしょうか。
しかし残念ながら、そういった学生に思考法を身につけさせる良質な授業やゼミナールは、あまり多くはないようです(もちろん自分の授業も含めての発言です)。多くの学生にとっては、自分で自覚的にこういうトレーニングをしなければならないのが、現実ではないかと思います。
そうした人でも、この本を読めば、特に人文科学系の分野に関して、様々な問いのたて方を学ぶことができます。特に、
「よく似たものを比較し、その類似点・相違点に注意せよ」、
「通時的比較と共時的比較を活用せよ」、
「ブリコラージュ(方法論借用)をせよ」、
「自分がたてた問いに意義があるかどうか検証せよ。そのためには先行研究を調査せよ」、
「卒論、修論、博論はとにかくテーマを絞れ。そのためにはコーパスの大小を見積もれ」、
「先行研究が豊富なテーマの場合は、コーパスをどう広げるかを工夫せよ」
「対立する議論をよく比較し、何がその議論の前提となっているかを考えれば、アウフヘーベンを容易に起こせる」、
「相手の議論の前提をくずせ。そのためには、常識を問い直せ」、
などのアドバイスは、どれも首肯できます。(私は文章力がないので、これだけではよくわからないかも知れませんが、この本を読めば簡単に理解できます)
この本で唯一私が気に入らないのは、軽薄な書名ですかね。でも、内容は素晴らしいと思います。論文のテーマを決める前に、ぜひ読んでいただきたい本です。
(3)苅谷剛彦 『知的複眼思考法』(講談社 1996年09月/講談社プラスアルファ文庫 2002年05月)
この本は、冒頭から面白いです。著書の苅谷氏は、東大の教育学の先生ですが、その東大での授業のシーンから始まります。
苅谷氏は第一回の授業で、必ず学生にビデオを見せるそうです。そして、そのビデオの内容に基づいた問題を解かせて、答案を回収します。その答案に氏は、「A、B、C、D」のアルファベットのいずれかを赤字で「アットランダム」に書いて、翌週学生に黙って返却します。
学生はそれを見て、喜んだり、ガッカリしたりするそうです。そこで彼はおもむろに、学生に向かってこう言います。
「A、B、C、D自体は、ただの記号にすぎない。誰が成績評価だといいましたか?赤でA、B、C、Dが書いてあれば、てっきり成績判定だと思う、その思いこみをすてて下さい」
何と素晴らしい導入でしょう!氏の授業は、東大生の人気講義のアンケートでいつも上位にランクインされるそうですが、そのわけがよくわかりますね。私もいつか、これやってみようかな(もっとも、ここに書いてしまったら無理ですかね……)。
著者はこの本を通じて、「赤で答案にアルファベットが書いてあったら、成績判定である」とか、「偏差値が教育荒廃の元凶である」など、一見もっともらしい「ステレオタイプ」の命題を見たときに、「思考停止」に陥る(つまり、何の疑問もなくその命題を信じてしまう)ことを、かたく戒めています。
つまり、いかなる命題であれ、必ず自分で検証し、自分の頭で考えなければなければならない。そのためには、当たり前とされている「常識」を捨て、「複眼的」に思考し、何ごとも疑ってかかる必要があるといいます。
確かにそうですね。少なくとも、学問の世界では、それができないと話になりません。(2)の著者である鹿島茂氏も、「相手の議論の前提を崩すためには、常識を疑うことが大事」と主張しています。
こういう疑ってかかる姿勢って、後天的なトレーニングによって、誰でもある程度までは身につけられると思いますが、しかし、それがなかなか難しいのも事実です。
そもそも、常識を疑い「複眼的」に思考することの重要さを意識していない人は、トレーニングをする必要性自体を感じることがないでしょうし、あるいは仮に重要性を理解していたとしても、そのためにどのようなトレーニングをすればよいのか、見当がつかない場合も多いでしょう。
この本の第一、二、四章を通じて、著者は、そうした一見「思考停止」に陥りやすい「ステレオタイプ」の命題を検証することで、読者に疑ってかかる姿勢を身につけさせようとしています。ちなみに第三章は、(2)と同じく、問いのたて方のトレーニングが中心になっています。
論文を書く、書かないに関わらず、是非読んでもらいたい本だと思います。
※補足:
もっとも、この本に書かれているような「複眼的」な思考は、あくまで学問の世界にとどめておいた方がいいかとも思います。私の経験では、日常生活でもあまりに「複眼的」に思考していると、かえって人生を生きにくくなることが多いように感じます。日常生活はやっぱり、こういう「思いこみ」や「ステレオタイプ」の命題が前提となって営まれている部分もかなり多いですからね。
彼女ができて「幸せだ」と喜んでいる友人に向かって、「君の言う幸せとは何か?君は、幸せの本質が何なのか、自己に問うてみたことがあるのか?」などと問い詰める「複眼的」な人間は、多分あっという間に友達がいなくなってしまうでしょうから。(もっとも、こういう考え方がすでに「ステレオタイプ」なのかもしれませんね……)
(4)小笠原喜康 『大学生のためのレポート・論文術』(講談社現代新書 2002年04月)
卒論を担当していて質問を受けることが多いのは、「テーマの決め方」とともに、論文の形式に関することです。その中でも、注の書き方と引用のしかたが圧倒的多数を占めます。
そういう形式的なことは、実は論文においては非常に大事です。「見た目より中身が大事」とよく言われますが、論文の世界に限っては、これは妄言だと思います。
よく言われることですが、論文は文学作品ではありません。決まった形式やルールを守るという前提の基で、研究の中身の独創性を競うのです。その意味では、スポーツとよく似てますね。
例えばサッカーで、「手を使って運んででも、とにかくボールをゴールに入れればよい」と主張する人がいたら、滑稽というか、無茶苦茶ですよね?論文もそれと同じです。
実際、「形式は全然なっていないが、中身は素晴らしい論文」というのは、10本に1本もないんじゃないでしょうか。ですから、「まずは形だけでもちゃんとしたものを書こう」と考えて欲しいものです。(もちろん、「形だけで中身はまったくダメな論文」というのも、いっぱいあるわけですけど。自分のも含めてね……)
論文の形式は、人文・社会科学と自然科学で大きく異なります。また、同じ人文科学でも、ジャンルが違うと、形式が異なる場合があります。例えば中国の古典文学と中国語学などは、その例です。しかし、それでもいくつかに類型化することは可能ですし、慣れてしまえば大したものではありません。
ただ、そうは言ってもやはり、慣れるまではなかなか難しいかもしれませんね。
そこで、論文の形式がわからなくて困っている人は、まずは自分の研究テーマに関する誰か別の人が書いた論文を読むのがよいと思います。それだけでも、どう書けばよいのかがよくわかりますから。
それとともに、人文・社会科学系(特に人文科学)を専攻する人に参考にしてほしいのが、この本です。
この本は、「論文とは何か」という本質的なことから始まり、執筆計画のたて方や論文の形式に至るまで、具体例を交えて丁寧に解説してあります。「論文やレポート執筆のガイドブックを1冊だけ紹介してくれ」といわれたら、私だったらこの本を勧めます。
高価な本ではないので、卒論を書くことになったら、(2)の『勝つための論文の書き方』とともにぜひ購入して手元に置いてもらいたいですね。
(5)小笠原喜康 『インターネット完全活用編―大学生のためのレポート・論文術』(講談社現代新書 2003年08月)
(6)小笠原喜康 『論文の書き方―わかりやすい文章のために』(ダイヤモンド社 2007年07月)
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以下は、論文の書き方そのものではなく、その周辺知識として知っておいた方が良いと思われることについて解説してある参考書を紹介します。
(7)ジェームス W.ヤング 著・今井 茂雄 訳 『アイデアのつくり方』(ティビーエス・ブリタニカ 1988年03月)
「アイデアをいかにして生み出すか」。これまで、数多の人たちがそのノウハウを公開してきました。本書は、1960年にアメリカで初版が出版され、1961年には日本語に翻訳されているそうですから、その中でも古典に属する1冊のようです。
著者は広告業界で活躍した人です。従ってこの本も、本来はいわゆる広告マンのために書かれたものです。しかしその内容は、それ以外の業界の人にも十分な有効性を持っています。
本書の特筆すべき点は、その薄さです。新書サイズで、しかも活字がかなり大きいにも関わらず、全部で102ページしかありません。しかもそのうち4割が、解説と訳者のあとがきです。いかに本書が短いか、おわかりかと思います。その短い本文に、アイデアを生み出すためのエッセンスが、ギュッと詰まっているのです。
著者はまず、アイデア作成とはフォード車の製造と同じような一つの明確な過程であり、技術であるとします。そして、技術を習得するためには「原理」と「方法」が大事だとしています。
アイデア作成の「原理」を、著者は二つあげています。
Ⅰアイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない
Ⅱ既存の要素を新しい一つの組み合わせに導く才能は、事物の関連性をみつけ出す才能に依存する
けだし名言です。
そして、アイデア作成の方法については、以下の五つの段階があると述べています。
①資料を収集する段階
②資料を咀嚼する段階
③アイデア孵化の段階(あるいは絶望の段階)
④アイデア誕生の段階
⑤具体化・展開の段階
本書の内容は、集約してしまえばこれだけです。きわめてシンプルですが、それだけに汎用性が高いと思います。
(8)東京ブックマップ編集委員会編 『東京ブックマップ─―東京23区書店・図書館徹底ガイド(ネット対応版)〈2005‐2006年版〉』(書籍情報社 2005年02月)
(9)日本エディタースクール編 『校正記号の使い方―タテ組・ヨコ組・欧文組』(日本エディタースクール出版部 1999年08月)
(10)東郷雄二 『東郷式文科系必修研究生活術』(夏目書房 2000年03月)
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