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外国につながる子どもたち・裏話・こぼれ話


ニュー入管に行ってきました。

 東京入国管理局横浜支局は、金沢区に移転しました。
 根岸線の新杉田駅を下りると「入国管理局行きのバスはこちら」とたくさんの表示があります。
 そこからバスで15分。港湾地区で周りは工場や倉庫だらけの中にピカピカの建物が。
 1階にはコンビニがあり、おしゃれなテーブルとイスが並んでいて、ホテルのようです。
 待合室のドアに、新ガイドラインを受けてか
 「不法滞在者で日本での在留を希望される方は、3階 企画管理・調査部門で受付をします」
との表示がありました。(不法滞在者って・・・違和感あるなあ)
 その3階には、審判部門と仮放免の窓口もあります。
 面会窓口は別室になっています。入ってみたらすぐに「何か?」と声をかけられました。
「えーと、社会勉強です」と言ったら、特に何も言われず、面会・物品授与許可申請書も
「もらっていいですか」と言ったら、「どうぞ」と言われました。
いったいどれくらいの人が収監されているのでしょうか。
 同行してくれたカラカサン(移住女性のためのエンパワメントセンター)の方から
「このまんが、タガログ語にできる?親に読ませたいよね」と言われました。
「このまんがを使って、何かワークショップできないかな」という依頼もありました。
「読んだ子どもたちはエンパワーされるね、すばらしいまんがだよ」と手を強く握られました。
直接評価されるのは、やはり嬉しいものです。
(ひばり 2009年7月18日)


日本で武来杏を待ち受けていたものは?

 第7話の武来杏のモデルになった事件のおはなしをします。まんがの中にはさり気なく布石を仕掛けておきましたが、実は日本で武来杏を待ち受けていた最初の事件がありました。
(まんがは現実に起きた事件と設定が変えてありますが、まんがに沿ってお話しを進めていきましょう。)

 私と武来杏との出会いは、やはり一本の電話からでした。
 「フィリピンから呼びよせた子ども(武来杏)のビザが下りない。力を貸して欲しい。」というのがその電話の相談でした。早速家族と会い、細かい事情を聞きました。

 武来杏は2005年に来日そのときの在留資格は「短期滞在90日」です。在留資格を「定住」に切り替えるべく手続きをしますが、その許可が下りなかったのです。2006年7月に2回目の来日。再度在留資格の取得を挑戦しますが、再び不許可になってしまいました。
 不許可になったのはその年(2006年)の11月。このとき、のこりの在留期限は2007年1月末日まで。もたもたしていると在留期限が切れて、オーバーステイになってしまいます。しかも、すでに17歳になっていた武来杏は、今回の機会を逃すと、もう呼び寄せによって日本に来るチャンスはなくなります。つまり今回の来日でなんとか在留資格をゲットする以外、武来杏が母親や妹、それに義父と一緒に暮らせる方法はないのです。
 不許可の理由は持ってきていただいた書類を見れば、一目瞭然でした。まんがの中にも書いてありますが、武来杏の出生証明書の両親欄は「結婚済み」になっています。しかも実の父親はフィリピン人男性です。フィリピンでは離婚は簡単にできません。もしお母さんが既婚者であるなら、日本人の佐藤さんとの結婚は出来るわけがないのです。おそらく佐藤さんと結婚するとき、お母さんは結婚できる条件の証明のために未婚の証明書を提出しているはずです。したがって、武来杏の出生証明書は、お母さんと佐藤さんの婚姻を無効にしてしまうかもしれない威力を持っていたのです。

 なぜ武来杏の出生証明書の両親欄で、両親が結婚しているという偽りの記述が出来るのでしょうか。フィリピンでは出生証明書は、出生時に病院のスタッフ~看護士が母親から聞き取った内容で役所に届けるのです。このときの看護士のインタビューでお母さんはとっさに「結婚している」と答えてしまったのです。理由は簡単、このとき関係のあったボーイフレンド(武来杏の実父)は、いつか戻ってくれて自分と結婚してくれると信じていたからでした。またフィリピンの名前の付け方では、父親の姓、母親の姓が子どもの名前につくスペイン方式ですから、私生児の場合名前からこの子は未婚の母の子であることがあからさまにわかってしまうので、母親はそれを避けたかったのです。
 さらに現実の物語はもう一つおまけが付きました。武来杏の出生証明書はお母さんの名前のスペルが一字ちがっていたのです。(出産した病院の看護士さんの単純なミスです)

 武来杏の出生証明書がここまでデタラメだと、はたして「この子は、このお母さんの子どもであるのか」という根本的なところに入国管理局は疑いをもつでしょう。しかも、年齢がすでに17歳になっていると、日本の入国管理局は「出稼ぎ目的」という判断をするでしょう。
 母子関係を証明するのは、もう書類では出来ません。私は直ちにDNA鑑定による母子証明をするようにアドバイスをしました。
 そしてすぐに地元の弁護士のところに、家族と共に相談に行きました。タイムリミットは迫っています。弁護士は武来杏の出生証明書の両親欄がなぜ既婚になっているか、詳細な事情を母親から聞き取り、書類にまとめ、DNA鑑定の書類添え、再度の在留資格の変更の手続きをしてくれました。
 そんなことをしているうちに、武来杏君は見事地元の高校に合格し、着々と日本での生活の基盤を築いていきました。武来杏に定住可能な在留資格が認められたのは、高校進学後、少したってからでした。

 なお、話は違いますが、まんがを読まれた方の感想の中に、「いい話だね、でも、こんな優しい義父さんは、いないよね。」フィリピン人女性と結婚した日本人男性はDV加害者になるタイプの男性が少なくないので、こんな感想が出てくるのでしょう。
 武来杏の中に出てくる佐藤さんのモデルになったお義父も、まんがのようにとても優しい方です。血のつながらない妻の子を呼びよせ・ビザ取得のために奔走しました。
 離婚率が高いといわれている国際結婚ですが、少なくとも私が出会ったフィリピン・日本カップルの両親で武来杏の家族のようなラブラブの夫婦もけっして少なくないということを申し添えておきます。
(とーる、2009年6月21日)

武来杏はぼくにそっくりだね

 マナーモードの携帯電話が着信を知らせています。見ると見知らぬ方からの電話。
私の携帯電話の番号は色々な人に出回っていて、知らない人からさまざまな相談電話がかかってきます。
 この日は日本人男性からでした。
「中学校に通っている息子が、クラスメートから暴力をふるわれた。学校は対応してくれているのだが、同じような事件が起きそうで心配。どうしたらよいか。」
電話をかけてきたのは、フィリピン生まれのA君の義父。A君はフィリピン人のお母さんの再婚に伴って、あとから呼びよせられた。ほとんどマンガの第7話の武来杏君みたいな事情で日本に来た子です。
 「いじめが背景にあると厄介ですから、とにかくA君と直接あって話を聞いてみましょう。」ということになりました。
お義父さんには席を外してもらって、A君と直接話をしました。来日してまだ日が浅いのに、日本語を流暢に話します。
暴力事件そのものの経緯からは、必ずしも「いじめ」であるかどうかはっきりしません。日本人の男の子どうしでもありそうな事件です。
そこで私は次のように聞きました。
「フィリピンに帰れ、とか言われない?」
「何回もいわれた」とA君は答えました。
これではっきりしました。彼は今「いじめ」のまっただ中で闘っているところだったのです。しかもどうやら中学校の先生はそれに気がついていないらしい。
 A君と別れ際、たまたま手元にあった「まんが クラスメイトは外国人」をプレゼントしました。
お母さんがエンターティナーだったというので、第7話の武来杏君の紹介をしたら、「まるでぼくの話ですね」とうれしそうでした。お義父さんがとても素敵で優しいところも、ほとんど同じです。
 その後、私はお義父さん宛に、A君から聞き取った内容と、背景に「いじめ」がある事件であることを伝える手紙を書いて送りました。お義父さんはその手紙を持って、学校の先生にお願いに行ったそうです。先生はお義父さんの訴えを受け止め、何か対応を取り組んでくださったようです。その後何事もなく、A君は安心して学校に通えるようになったと報告を受けました。
(とーる、2009年6月18日)