すこしだけ… 甘えてもいい?

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すこしだけ… 甘えてもいい? - (2008/04/05 (土) 23:52:42) のソース

負けるな比呂美たんっ! 応援SS第34弾

『すこしだけ… 甘えてもいい?』



「久しぶり」

どう声を掛けていいかわからず
そんな事しか言えなかった
横になった比呂美は
こちらに視線をくれてから

「ごめんね」

そう答えてくれた
比呂美の声は鼻声だ
普段の透明感のある比呂美の声とは程遠い
3日ぶりに聞く比呂美の声
たった3日ぶりだというのに
その声が
こんなにも懐かしい

「傍に寄ってもいいか?」

確認する

「…うん」

枕元までそっと近寄り腰を下ろした
比呂美は不安そうな顔で俺を見上げる
顔は熱のためだろう
朱が差している
ところどころ髪が額に張り付いている
痛々しい少女を前に
俺は自信はなかったが
口元に笑みを浮かべた

「やっと逢えた」

それだけ言えた
額から落ちかけているタオルを拾い
洗面器の水に浸してからゆるく絞る
タオルを戻す前に気になった

「ごめんな」

声を掛けてから手の甲で額の熱を感じる
まだ熱い

「冷たい」

比呂美の擦れた声が聞こえた
顔を覗くと目を閉じて気持ち良さそうにしている

「水 触ったからな」

当たり前のことを答え
しばらくそのままでじっとした
頃合を見て手を離す
タオルを丁寧にたたんで
比呂美の額に戻す
その間 比呂美は俺のすることを目で追っている

「調子 どうだ」

気の効いた台詞なんて浮かばない

「大丈夫、昨日より 楽かな…」

比呂美は口元に笑みを浮かべた
無理してつくる笑みが胸に痛い
だが今日初めての笑みだ
素直に受け取る

「そうか」

言葉が続かない
病人を疲れさせるわけにもいかない
あまりしゃべらない方がいいだろう

「おば様は?」

「ああ、今 休んだところだ
 夜中からはまた戻るって言ってた
 それまでは俺が代わりだ」

「そう…
 あのね…
 おば様…
 ずっとついてなくて…
 いいって…
 眞一郎くんからも…
 お願いして…
 私…
 お願いしたんだけど…
 ずっと居てくれるの…
 うつしたら悪いのに…」

比呂美は
途中、途切れながらも
強い意志を感じさせる口調で
そう話した

「ああ、言ってみる」

母さんも相当心配していた
病人の傍を離れるなど
なかなか納得しないだろう
だが取りあえず
病人の意思に肯定しておく
心配事は少ないに越した事はない

「なあ どうして俺は面会謝絶だったんだ?」

疑問を口にした
この3日間、さっき交代を言い渡されるまで
俺は母さんから
『病気の女の子のお部屋に入ったりしてはいけません』
と面会謝絶を言い渡されていた

比呂美は俺から天井へと視線を移す

「あのね…
 おば様に…
 お願いして…
 眞一郎くんには…
 この部屋に…
 入って…
 もらわないように…
 してたの…」

やはり比呂美の意思か

「そりゃまた 何で?」

訳が分らない

「私…
 これでも…
 女の子なんだよ…
 好きな人に…
 ヘンなとこ…
 見られたく…
 ない…」

比呂美は視線を天井に向けたまま
そう言った
何か無理をしている声色だ

「そんな事… 何言ってんだ」

思わずそんな言葉が出てしまった

「眞一郎くんに…
 見て欲しくないの…
 顔もむくんでるだろうし…
 熱とかで髪も…
 クシャクシャだし…」

語尾の辺りは なんだか涙声のようだ
比呂美はそんな事を心配してたらしい

「なあ、病気なんだからしょうがないじゃないか
 俺は 比呂美の顔見られて安心したぞ
 安心しろ いつもの比呂美と同じだ」

細かい事は抜きだ
今はとにかく安心させてやりたい

「うん」

比呂美はやっと俺を見てくれた
少しだけ目元に生気が増したかに見える

「私って…
 いつも顔がむくんでて…
 髪はクシャクシャ?」

そんな事を言い出した
どう返そう?

「いつもどおりだ
 綺麗で 可愛い」

気取ったつもりはないが
今は素直に言える

「…本当?」

比呂美の目が少し驚きの色にそまる
やっぱり らしくないか?

「ああ」

自然を装い頷いて答えてやる

「じゃあ…
 いつもは…
 どうして…
 そう言って…
 くれないの?」

不安そうな表情と
気弱な声色が
俺を追い詰める

「あー そりゃ なんだ…」

正面から訊かれると答えに詰まる
そんな事 こんなときでもなければ
そうそう真顔で言えるものか
取りあえず視線を明後日の方に向け
『察してくれ』と願う
そんな俺を比呂美は目だけで笑ってる

「風邪を引かないと…
 思ってること…
 言ってもらえないんじゃ…
 私…
 治るわけに…
 いかなくなっちゃうな…」

比呂美は甘えた鼻声で悪戯っぽく
そう言った

「ごめんな、でも、そんな事いわずに良くなってくれ」

ここは病人を心配する姿勢で切り抜けよう

「じゃあ、約束…
 私が元気になっても…
 毎日さっきみたいに…
 褒めてくれる?」

比呂美が上手だ
病人のお願いには逆らえない

「ああ、分った」

苦笑しながら そう返す

「よかった」

比呂美は悪戯モードのまま嬉しそうだ
やれやれ
これ以上何を約束させられるやら…
でも安心した
俺をオモチャにする元気はあるようだ

「なにか して欲しい事 ないか?」

話題を切り替える

「アイス食べたい…
 冷蔵庫にあるみたいだから…」

「ああ、待ってろ」

立ち上がり部屋を出る
戸を閉めると台所まで走った
何かしてやれる事があるのが嬉しい
冷蔵庫の冷凍室はアイスで占領されていた
すごい備蓄だ
母さんが準備したんだろうか
一番多い棒アイスを取り出すと
急いで比呂美の部屋に戻る
部屋の前からは静かな動作に切り替える
室内に入り病人の枕元に腰を下ろす

「ありがとう」

比呂美が起き上がろうとする

「待った、寝てて」

比呂美を制し、袋を開けてアイスを取り出す
ここは小さな子を相手する気持ちになろうと考える
さっきのお返しだ、なんて全然考えてない

「はい、あーん」

比呂美は俺に軽く抗議の視線を向けた後
目を閉じて口を開けてくれた
気が変わらないうちにその口元にアイスを近づける
比呂美は唇でアイスを確かめてから
何度か失敗し
一口 歯の先で割ってから頬張った
歯の力が弱々しい
大丈夫なのか?
見た目以上に弱ってるんじゃないのか?

「冷たくて…
 おいしい」

比呂美の表情がホッとしたものに変わる
気を使った笑顔じゃない
本当に安らいだ顔
俺の顔を見ただけじゃ
こんな顔はしてくれない
少しアイスに嫉妬する

「もう一口?」

勧めてみる
今は比呂美のホッとした表情が何より嬉しい

「うん」

比呂美は視線だけ俺に向けるとそう答えた
もういちど口元へアイスを近づける
先程と同様
歯の先で割ってから頬張る
生を感じさせる比呂美の一つ一つの動作が愛しい

「ゴホッ、ゴホッ」

比呂美は急に俺から顔を背けて咳き込んだ
大丈夫か?
覗き込もうとするが自制した
なんでもない振りを続ける

「ハア、ハア…」

比呂美は俺に背を向けたままで
肩で大きく息をしている
俺もその間じっと耐える
気が付くと空いた手が膝の上でこぶしを作っていた
いかん、肩に力が入りすぎだ
無理やり肩の力を解いてリラックスを試みる
そのうち比呂美は落ち着いたのか元の姿勢に戻った
落ちたタオルを元に戻してやる

比呂美は視線だけで
『心配しないで』
そう伝えてくる
口元に笑みさえ浮かべてる
俺が傍にいたんじゃ比呂美は我慢して
咳きひとつ満足に出来ないのかもしれない
傍に居てやりたい気持ちと
俺が傍に居る事が
比呂美に要らぬ負担をかけている現実がせめぎ合う

「アイス、どうする?」

やっとの事でそれだけ訊く
比呂美は俺に向けていた視線を一旦天井に向ける
すぐに何か決めたのだろう
俺に視線を戻すと

「よかったらあげる…
 あんまり食べると…
 お腹によくないかも…」

そう言って笑った
その笑顔もぎこちない
体の節々が痛いんじゃないだろうか?
何か気の効いた返事を考えたが思いつかない
素直にいただく事にする

「じゃ いただきます」

比呂美の食べかけのところから遠慮なく歯形をつける
比呂美はそんな俺を見上げてる
心なしか嬉しそうなのは気のせいか?

「冷たいな」

意味もなく比呂美に笑いかける
少しぎこちない笑顔かもしれないが仕方ない
俺は役者じゃない

「でしょ?」

比呂美の目元が少し楽しそうだ
何が楽しいんだろう?
今更、間接キスで大騒ぎする仲でもないだろうに
比呂美は俺の顔を真っ直ぐ見てる
何か言いたげだ

「何か欲しいのか? アイスならまだ少し残ってるぞ?」

アイスの残りを指し示す
比呂美は悪戯っぽい目のままで告げた

「えへへ 間接キス成功」

嬉しそうにしながら
そんな他愛もない事を
言いだした

「ああ、見事に引っかかった」

引っかかった振りをして
俺も苦笑を作る
アイスを少し振って問う
『どうする?』
比呂美は目を閉じ
少し顔を振って答えた
『ううん いい』
俺も頷きだけで答えると
残りを全部平らげた

再び比呂美を見る
比呂美も黙って俺を見る
先に微笑んだのは比呂美だった
この辺りかなわない
おでこの上のタオルを手に取り
水に浸して少しゆるめにしぼる
その間 ずっと比呂美の視線を感じる
たたんだタオルを戻そうとするが
比呂美は顔を傾けたままで俺を見てる
タオルを掲げて比呂美を即す
比呂美は最後の抵抗とばかりに
悪戯っぽい目で俺を見上げた
かまわずおでこの上にタオルを乗せる
やっと比呂美は観念して
タオルを落とさないように顔を天井に向けた
それでも視線だけは俺に向けている

「あのね…」

比呂美が何か言い出した

「なに?」

途切れた言葉の先を即す

「眞一郎くんの…
 顔見たら…
 眠くなって…
 きちゃった…」

「ああ」

「すこしだけ…
 甘えてもいい?」

「なに?」

「寝ちゃうまでで…
 いいから…
 手…
 握って?」

「ああ いいよ
 ずっとそうしてやる」

「だめ…
 うつっちゃうから…
 寝ちゃったら…
 お部屋に戻って…」

「ああ 分った」

比呂美が布団の端から手を出してきた
優しく手を握ってやる
比呂美の手は汗ばんでいた
少しでも冷やさないように
握った手を布団の端から中に入れてやる
しばらく無言で見詰め合った
比呂美は安心したのか
最後に口元に笑みを浮かべたあと
やっと目を閉じた

「おば様とね…
 いっぱい…
 お話したの…」

比呂美がゆっくり話し出した

「ああ」

「眞一郎くんの…
 小さい頃の…
 おはなし…」

「うん?」

「小さい頃に…
 熱をだした事とか…」

「そうか」

「他にも…
 いろいろ…
 おしめを…
 何歳まで…
 してたとか…」

「おいおい」

「最後の…
 おねしょの…
 おはなしとか…」

「勘弁してくれ」

「私が…
 うらやましそうに…
 してたらね…
 『これからは…
 あなたの方が…
 一緒に居られる時間が…
 長いから…
 羨ましい』…
 って言われちゃった…」

「…」

「今度…
 眞一郎くんの…
 好物のレシピ…
 教えてもらう…
 約束…」

言葉が途切れた
比呂美は眠りに落ちたようだ

すぐに動いてはまずいと思い
数分そのままでいることにした
今 掌で感じる比呂美の熱さ…
少しでも俺の掌で冷やせるなら
こんなに嬉しいことはない

しばらく無心に比呂美を眺める
苦しそうな表情はない
安心する
ふと思った
今日 お互いの顔を見て安心できたのは
俺と比呂美どちらだろう?
多分 俺のほうが安心したんじゃないだろうか?
今の俺は病気の比呂美に元気を分けてもらったようなもんだ
比呂美は俺なんかよりずっとしっかりしている

比呂美の意思を尊重することにした
名残を惜しんで手を離す

額のタオルを取り水に浸す
お休みの挨拶を額にそっと残して
タオルを元に戻した

そっと立ち上がる
物音を立てないように
そっと歩いて部屋を辞す
小さな明かりはつけたまま
1時間ほどしたらまた様子を見に来よう

俺は自室に戻りながら
母さんの説得についてと
比呂美との約束を
どうしたものかと考えた


了





●あとからあとがき
9話まで視聴済み

風邪引き看病ネタです
比呂美は仲上家にいる設定です
アパートに居たとしても仲上家の客間で保護されている状態としてください
家族の愛、男女の愛、比呂美にはどちらもあげたいですね
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