新年度の始まり-6

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新年度の始まり-6 - (2008/04/07 (月) 02:06:37) のソース

<p>=注記:仲上酒造が誇張して描かれています。<br />
=   これは、朋与とあさみが始めて訪問するから、です。<br />
=   何もかも珍しくて大げさに感じている、と考えて下さい。<br />
=5のあとがきで予告した新キャラは、ボツになりました。</p>
<p><br />
新年度の始まり-6</p>
<p><br />
がばっと眞一郎が抱き寄せる。背中に腕が回り、少しきつめの抱擁。<br />
「えっ!? ちょっ!」<br />
「比呂美ぃ~」<br />
眞一郎はまだ寝ぼけていた。<br />
「もう…、しょうがないなぁ~♪」<br />
これ以上無いくらい甘ったるい比呂美の声が、朝日が差し込む部屋で響いた。</p>
<p>「ほぉ~らぁ~♪ 起きてぇ~♪ 眞一郎く~ん♪」<br />
比呂美が自分の体を全て押し付けるようにして、眞一郎の腕の中でくねくねと<br />
甘えるように暴れている。<br />
「比呂美ぃ」<br />
しかし、それを押さえ込むようにして、眞一郎の腕に力が入る。<br />
「あっ、こらぁ♪ ダメだよぉ♪ 起きてぇ~♪ 起きてってばぁ~♪」<br />
ますます声が甘くなる。&quot;頬をすりすり&quot;が追加された。<br />
「ん~、比呂美を捕まえたぁ~」<br />
完全に寝ぼけている眞一郎は、まだ夢でも見ているようだった。<br />
「…」<br />
比呂美の動きが止まった。<br />
「放すもんかぁ~」<br />
「うん、放さないでね…。私も…このままずっと…んっ…」<br />
朝ごはんの為に起こしに来た事をすっかり忘れてしまったようだ。<br />
1階から「二人とも! ごはん冷めるわよ!」の声がかかるまで、そのままの<br />
姿勢で止まっていた。比呂美は大慌てで眞一郎を起こしてから、朝食をとった。</p>
<p>― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―</p>
<p>「あっ! 来た来たっ! お~い!」<br />
愛子が元気に手を振っている。<br />
「よぉ、愛ちゃん!」<br />
三代吉が駆け寄ってきた。<br />
「遅い!」<br />
「女の子を待たせるなんて!」<br />
朋与とあさみは腕を組みながら、抗議していた。<br />
「わりぃ、ちょっと家の手伝いを…って、何だか3人とも気合入ってんなぁ、<br />
 一番は愛ちゃんだけど」<br />
愛子、朋与、あさみは&quot;勝負服だろ? それ?&quot;な格好だ。春らしく淡い色使いが<br />
多いが、どれも良く似合っていた。<br />
「愛ちゃん、似合ってるよ~」<br />
三代吉がだらしない顔で愛子に擦り寄っていく。<br />
「はいっ! 全員揃ったから、行こう!」<br />
愛子が先頭に立って歩き始めた。</p>
<p>(うぅ…、眠い…)<br />
朋与は夜遅くまであさみの電話に付き合い、寝不足だった。少しだけ元気がな<br />
いが、始めて眞一郎の家に行くのでそれなりに緊張していた。</p>
<p>(な、仲上くんのおうちかぁ…。部屋とか入ったり……うっ…)<br />
あさみは違った意味で緊張していた。眞一郎の家には比呂美がいる。自分では<br />
明確に意識してはいないが、ある意味&quot;敵地&quot;と言うこともできた。<br />
しかし、昨日の会話を思い出してしまう。<br />
(『当たって砕ける?』)<br />
(「ああぁ、今当たったら、絶対砕ける…、砕け散っちゃう…」)<br />
あさみは少ししか眠れなかった。昨日の今日で、いきなりお宅訪問である。<br />
しかも、眞一郎の両親がいるであろう家に。<br />
(ど、どうしよう?…)</p>
<p>三代吉が愛子にあれこれと話しかけて、それに答えている以外には会話がない。<br />
朋与とあさみは何となく言葉少なに歩いていた。やがて、仲上の家が近づいた。<br />
「ほら! 見えてきたよ! あれ! あの敷地全部が眞一郎の家だよ!」<br />
愛子が指差す先を見ると、<br />
「えっ…」<br />
「うそぉ…」<br />
始めて見る朋与とあさみは言葉を失っていた。<br />
「やっぱデケェよなぁ、眞一郎の家は。ほとんどが酒蔵だとしてもなぁ」<br />
「そうだね、アタシ達は慣れてるけど、始めてだと驚くかもね? どお?」<br />
愛子が朋与とあさみに振り向く。<br />
「…」<br />
「…」<br />
まだ驚いているようだ。<br />
「でもね? 実際に眞一郎が住んでるのは端の方だから、全部が家じゃないよ?」<br />
愛子の声が耳に届いていないようだった。<br />
「はいはい、さっさと行きましょう?」<br />
後ろに回りこまれて背中を押され、やっと2人が歩き出した。<br />
(マ、マジで? こんな家だったんだ…)<br />
朋与は聞いていた話で何となく想像していたが、それ以上の規模と重厚な作りに、<br />
驚きを隠せないでいる。<br />
(仲上くん、やっぱり、すごいなぁ…)<br />
あさみの興味は家ではなく、眞一郎だった。やがて、4人は玄関にたどり着いた。</p>
<p>― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―</p>
<p>訪問客を迎えるため、玄関は大きく開かれていた。<br />
「こんにちはーっ!」<br />
愛子が大きな声で呼びかけると、<br />
「あれ? 愛ちゃん? まだ早いよ?」<br />
大きな木の衝立の上から、眞一郎の顔がひょっこりと現れた。<br />
「何か手伝うことがあればって思ってね!」<br />
「そっか…、ありがと。丁度良かったかも…」<br />
そう言いながら眞一郎が全身を現した。<br />
「あれ~? 今日は和服なんだ?」<br />
「馬子にも衣装か?」<br />
眞一郎は着物を着ていた。それを愛子と三代吉に指摘されたのだった。<br />
「あぁ、これね? 一応着るみたいなんだよね、今日は」<br />
背筋を伸ばしてきびきびと愛子達の方へ歩いてきた。<br />
「玄関は靴でいっぱいになるから、皆の分は向うに置こうかな? うん。<br />
 さあ、遠慮しないで上がって、こっちだから…」<br />
眞一郎は勝手口の方へ案内した。その後、家の奥の方へ行き、<br />
「比呂美ー、皆が手伝ってくれるってさー」<br />
と、声をかけた。</p>
<p>振袖姿の比呂美が、襖の向うから眞一郎と共に何か小声で話しながらすすすと<br />
歩いてきた。<br />
「あれぇ? まだ1時間くらい早いよ?」<br />
「比呂美ちゃん! やっぱり似合うね!」<br />
「ありがとう、でも愛ちゃんも今日は可愛い服だね? あっ、朋与もあさみも、<br />
 うん、いい感じだよ~」<br />
比呂美は朝から上機嫌を継続中だ。穏やかな笑顔で淑やかな対応だった。いか<br />
にも和服姿に合った声色だ。<br />
「…」<br />
「…」<br />
朋与とあさみは、またも言葉を失っていた。<br />
「どうしたの?」<br />
小首を傾げながら比呂美が2人に近づく。<br />
「あっ、うん。振袖、いいなぁと思ってね」<br />
朋与はやっと我に返ったようだ。<br />
「ちょっと、色々驚いちゃった…」<br />
あさみが驚いたのは、眞一郎と比呂美の姿と、自分では言葉に出来ない二人の<br />
一体感だった。比呂美へ話しかける時の動き、言葉、そしてそれに答える振袖<br />
姿での仕草、佇まい。何よりも寄り添って並んだ時に眞一郎を見る瞳。<br />
自分が羨望してやまないものが、目の前にあったのだった。<br />
(あぁ、いい…それ……いいなぁ。うん…そう…それよ、それ)</p>
<p>「まあ、昼飯分は働かないとな? 俺や比呂美もそうだけど…」<br />
「任せとけって、旨いもん食えると思って、朝メシ少なめにしてきたしよー」<br />
「お前…、前にもそんなこと言ってたよな?」<br />
「いいじゃねかよ…、そん時もちゃんと働いたろ?」<br />
「まぁな、俺は三代吉と向う、比呂美は愛ちゃん達と母さんの方へ行ってよ」<br />
「うん、眞一郎くん、またね?」<br />
「ああ、後でな。じゃ、行こうぜ三代吉」<br />
「おおっ! さあ、今日は何が食えるんだろうなーっ?」<br />
「…」<br />
眞一郎は三代吉を連れ、酒蔵の方へ行ったようだ。</p>
<p>「あっ! こんにちはぁ」<br />
眞一郎の母へ気安げに声をかけたのは愛子だ。<br />
「あらぁ、愛ちゃん。早いわねぇ」<br />
着物姿で振り向いて笑顔を向けた。<br />
「手伝いますよ! この2人も!」<br />
「ありがとう、助かるわ。よろしくね?」<br />
「はいっ」<br />
「は、はいっ!」<br />
必要以上に気合の入った返事は、勿論あさみだ。朋与は心配そうな視線を向け<br />
ていたが、あさみは気付かなかった。</p>
<p>― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―</p>
<p>仲上家での&quot;集まり&quot;が大広間で始まってから、30分くらい経過している。<br />
眞一郎の父が上座に座って、訪問客と話したり、自らが動いて酌をしたり、普<br />
段とは違う顔を見せていた。母親の方は基本的に料理を運んだりしているが、<br />
訪問客との会話も多い。自然と比呂美に負担がかかりそうな状況だが、近所の<br />
主婦達も&quot;集まり&quot;が始まった時点で手伝うようになったので、それ程忙しくは<br />
なかった。結果的に、&quot;特定の一人&quot;の世話をするようになる。<br />
「はいっ、眞一郎くん」<br />
「おっ、ありがと。比呂美もなるべく食べなよ?」<br />
「うんっ」<br />
終始笑顔を崩さず、かといって大きな声で笑ったりはしていない。あくまでも<br />
振袖に合った仕草は崩さなかった。しかし、きっちりと眞一郎の隣に寄り添い、<br />
出来上がった料理を持ってきたりしていた。<br />
上座で二人が仲良くしている姿は、とても微笑ましく訪問客の目に映っていた。</p>
<p>三代吉、愛子、朋与、あさみは、4人で上座に最も近い場所が割り当てられて<br />
いる。振舞われている料理は、仕出しと思われる高級そうなものに、心づくし<br />
の手料理が追加された、とても良い組み合わせだ。<br />
「おおーっ、コレすげぇ旨いぜぇ~」<br />
三代吉は上機嫌で食べていた。<br />
「良くそんなに遠慮なく食べれるね?」<br />
愛子が少し呆れ気味に話しかけるが、<br />
「ん…んぐっ。え? だって、旨いぜ?」<br />
「あのさぁ、周り見てみな? お偉方ばっかりだよ?」<br />
愛子が指摘したのは、自分達と周囲との差だった。眞一郎の昨日の話では、大<br />
した事無い&quot;集まり&quot;だったが、実際にはそれなりに地元の名士と言われている<br />
お歴々が勢揃いしていたのだ。しかし、自分達は普通の高校生だ。居心地がい<br />
いとは言えなかった。<br />
三代吉以外の3人は、小さくなって少しずつ料理を口に運んでいた。<br />
(ちょっと、何これ? 私達、いていいの?)<br />
朋与も愛子と同じ様な感想を抱いていた。<br />
(私も着物、着たいなぁ)<br />
あさみは違う意味で食事が進んでいないようだ。周りなんて見る余裕はない、<br />
眞一郎が昨日から気になって仕方ない状態が続いている。さらに和服姿を見て<br />
からは、そちらばかり見ないようにすることで精一杯だった。</p>
<p>そんな時、眞一郎が自分の隣に戻ってきた比呂美と少し話し、その後に父親に<br />
何か確認を取っていた。そして比呂美にもう一度何かを話すと、自分のお膳ご<br />
と4人の前に移動してきた。<br />
「や、お邪魔していいよな?」<br />
「どうしたんだよ? やっぱ、オレらといた方がいいんか?」<br />
「まぁな。あ、比呂美はそっちな? あと何を持ってくればいいんだろ?」<br />
「いいよ、私が運ぶから。眞一郎くんは座ってて」<br />
「ん~、分かった。じゃあ、頼むな?」<br />
「うん。ねぇ? 朋与とあさみも少し、飲んでみる?」<br />
「えっ?」<br />
「え?」<br />
「ふふっ、お試しだよ? お試し」<br />
と、笑ってから比呂美が何かを取りに行ったようだ。<br />
「眞一郎、アタシ達に気を使ったの?」<br />
愛子が何かに気付いて質問した。<br />
「ん? まぁ、向うだと窮屈で、人がいっぱい来るし。ここの方が気楽そうだっ<br />
 たからね。やっと食べれるようになるよ。朝から動いていて、腹減ってるん<br />
 だよなぁ」<br />
そう言って、眞一郎はいつもの表情で、ほとんど手付かずだった料理を食べ始<br />
める。その様子は三代吉と変わらない。<br />
(ふ~ん、眞一郎もそういう事が分かって、できるようになったのかな?<br />
 それにしても、これだけの人の前でよくもまあ、堂々としてるわね。<br />
 どっちかって言うと、三代吉は馬鹿っぽく見えて、実は度胸があるのかな?)<br />
愛子はそんな2人を見比べるようにしていたが、気付くと自分も普段の様な落<br />
ち着いた気持ちになって、周囲があまり気にならなくなっていた。<br />
「ん?」<br />
よく見ると、三代吉の料理があまり減っていないことに気付いた。食べ始めた<br />
眞一郎と同じくらいだ。<br />
(え? 三代吉ってば食べてるフリして、騒いでいただけ?。アタシ達が緊張<br />
 してるのが分かってたの? 眞一郎は三代吉に気を使ってたんだ…)</p>
<p>「お待たせ~」<br />
比呂美が料理などを沢山持ってきた。<br />
「朋与とあさみは、後でね? はい、眞一郎くん、これ」<br />
「ん? さんきゅ。おっ、きたきた~。おい、三代吉。湯のみ出せよ」<br />
「あ? まだお茶なんて飲まねぇぞ?」<br />
「いいのか? &quot;特別なお茶&quot;だぞ?」<br />
その口調で何か気付いた三代吉の表情が変わった。<br />
「お? そうかぁ、&quot;特別&quot;かぁ。ちっと、もらおうかな?」<br />
「ほれ」<br />
「お、うんうん。確かに&quot;特別&quot;、だな?」<br />
「だろ?」<br />
眞一郎と三代吉は、何やらニヤニヤしながら&quot;特別なお茶&quot;と料理を交互に楽し<br />
んでいた。<br />
「ほどほどにね?」<br />
比呂美がその様子を微笑んで見ながら、一応注意した。<br />
「分かってるって。比呂美はやめといた方がいいよな?」<br />
「うん、私は皆と話してるね?」<br />
「了解。三代吉、もう少し、いるか?」<br />
男同士で仲良く食べたり飲んだりしている。それを見てから愛子が比呂美に話<br />
しかける。<br />
「比呂美ちゃんも食べたら? 減ってないよ?」<br />
「うん、これからやっとだよ~。愛ちゃん、どお?」<br />
「そうだね~。何だか、すごいね? この&quot;集まり&quot;。ちょっとびっくり」<br />
「え? そっち? お料理はどお?」<br />
「あら、その話だったの? うん、おいしいよ。比呂美ちゃんも作った?」<br />
「ううん、私は下ごしらえばっかり。&quot;まだまだ&quot;なんだってさ…」<br />
「厳し~い」<br />
「そうでもないけどね」<br />
「眞一郎がいるから、耐えられる?」<br />
「えっ? あ…あの……その…、えっと…」<br />
言葉を詰まらせてしまう比呂美を見て、朋与とあさみも会話に加わってくる。<br />
「せっかく振袖着てるのに~、いつもの比呂美になっちゃった」<br />
「はははっ、ホントだぁ~」<br />
「今のがどうして、&quot;いつもの&quot;私なのよ~」<br />
これを機に4人にとって、ここがまるで&quot;あいちゃん&quot;にいる時のような調子で<br />
会話が始まる。高校生らしい、騒がしい会話だ。<br />
それを横目で見た眞一郎の目が少し細まる。リラックスして楽しげな比呂美の<br />
様子に、安心したようだった。<br />
時折眞一郎が呼ばれ、それに比呂美が付いていってその場にいなくなっても、<br />
4人は緊張することなく、普段通りにしていた。楽しい時間はあっという間に<br />
過ぎていく。二人が席を外している時に、眞一郎の父がやってきた。<br />
「こんにちは。料理はどうかな?」<br />
愛子が代表して応対する。<br />
「とてもおいしいですよ! 今日はありがとうございます!」<br />
「手伝ってもらったようだから、こちらがお礼する方だよ。家内がデザートを<br />
 後で用意するから、食べ過ぎないようにしてもらうと有難いな」<br />
眞一郎の父は、なるべく優しい口調になる様に気をつけていた。<br />
「はい!」<br />
愛子の返事を聞くと、眞一郎の父が一つ頷いて、他の訪問客へ挨拶に行った。</p>
<p>「そろそろお開きかな? 帰る人がいるみたいだ」<br />
眞一郎が言うと、<br />
「じゃあ、私はお見送りしなくちゃ。眞一郎くんはどうするの?」<br />
比呂美が聞いてくる。<br />
「俺も行くよ。皆はまだここにいてくれる? 母さんがお手伝いのお礼するっ<br />
 て言ってたし。」<br />
「わかった。ここでだらだらしてればいいのか?」<br />
「それか、奥の居間でもいいよ。場所、分かるだろ?」<br />
「ああ」<br />
「片付けは?」<br />
愛子が会話に加わってきた。<br />
「そっちは大丈夫、近所のおばさん達がしてくれるって」<br />
「いいのかなぁ?」<br />
「ああ、気にしなくていいって」<br />
それだけ言うと眞一郎は見送る為に玄関へ向った。</p>
<p>― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―</p>
<p>招待客を見送って玄関の扉を閉めた後、二人は立ち話をしている。<br />
「ふぅ、疲れたぁ」<br />
「結構大勢きたね?」<br />
「比呂美、お疲れさん」<br />
「うん、眞一郎くんも」<br />
「俺はまだ大丈夫だけど、比呂美は着替えるのか?」<br />
「そうしようかな? デザート食べたいもん」<br />
「なるほどね。じゃあ、先に居間にいるぞ。待たせない方がいいだろ?」<br />
「うん、そうだね。後でね?……ん…」<br />
周囲を見回した眞一郎が、軽く唇を合わせた。<br />
「もう…、慌てないで?」<br />
「簡単に言うなよ、比呂美だって…」<br />
「あ~っ! 私のせいにした~♪」<br />
「ははっ」<br />
笑顔でしばしの別れを惜しんで、それぞれ元の比呂美の部屋と居間へ向った。</p>
<p>すっと、襖を開いて居間に入ると、少し油断していた4人が、<br />
「「「「わっ!」」」」<br />
びっくりしていた。<br />
「はははっ、何でそんなに驚いてるのさ?」<br />
眞一郎は笑いながら座った。<br />
「あのなぁ、オレはこういうの慣れてないんだよ~。ちっとは分かれ」<br />
「あれだけ食べておいて、良く言うよなぁ」<br />
「まぁな」<br />
「眞一郎、お茶飲む?」<br />
何故かお茶担当をしている愛子が聞くが、<br />
「紅茶を比呂美が入れるみたいだから、それを待とうかな? ケーキだから」<br />
の回答に、<br />
「ケーキ!」<br />
いち早く反応したのは、あさみだった。<br />
「あさみ…」<br />
朋与は、夜遅くまで延々と相談しておきながら、ケーキに反応したあさみを少<br />
し睨んでいた。しばらく5人で話していたが、あさみの視線はちらちらと眞一<br />
郎へ向けられている。朋与は心配だった。<br />
(この子、何かする気? まさか…ねぇ?)</p>
<p>そこへ、普段着に着替えた比呂美と眞一郎の母が、居間へやってきた。<br />
「はい、遠慮しないで食べてね? 今日はお手伝いありがとう」<br />
「みんな~、ケーキだよ~」<br />
2人が座って、紅茶と一緒に配り始めたところで、眞一郎が立ち上がった。<br />
「俺は着替えてくるから、先に食べてて」<br />
「うん、分かった」<br />
眞一郎が居間を出てから、遂にあさみが動いた。<br />
「トイレ、借りていい?」<br />
「うん、場所分かるよね?」<br />
「大丈夫、一回借りたから…」<br />
あさみも居間を出て行った。<br />
(ま、ま、ま、まさか! あの子…)<br />
朋与は大きな不安を感じていた。</p>
<p>― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―</p>
<p><サントラの&quot;溢れ出る、気持ち&quot;を再生しながら読むとアニメ風、かな?><br />
<上手くペース配分して遅めで読むと、いいところでサビになるはず…></p>
<p>(どこかな? 仲上くん…)<br />
朋与の不安は的中していた。あさみは眞一郎を探している。</p>
<p>(どこ? どこなの? 仲上くん…)<br />
全身の神経を研ぎ澄まし、目で、耳で、肌で、眞一郎を探す。</p>
<p>(どこにいるの? 仲上くん…)<br />
昨日、今日とずっと考えていた。体中を焦燥感が駆け巡り、自分でも抑えきれ<br />
ないくらいだった。</p>
<p>(もう見ているだけじゃイヤ。もっと近くで…もっと近くに…)<br />
視界に入ったり、声が耳に届く度に心臓がどきどきしていた。</p>
<p>(仲上くん…。私に笑顔を向けて欲しい…、私を見て欲しい…、私に…)<br />
自分を抑える為、普段通りにしていたつもりだが、それが気持ちの暴走を無理<br />
矢理押し込む結果となってしまった。</p>
<p>(もっと……もっと……近くに、一緒にいたい……)<br />
今、眞一郎は一人。いいチャンスだと感じた瞬間、体が動いていた。</p>
<p>(あの時…そう、あの時から…、雪の降る日に見た時から…)<br />
&quot;当たったら砕ける&quot;とか、比呂美の存在さえ頭にはない。今、あさみが感じる<br />
のは、眞一郎を想うことの心地良さ、他は何もない。</p>
<p>(仲上くん! 仲上くん! 仲上くん!)<br />
眞一郎を追い求めることだけが、全ての思考を支配している。</p>
<p>「あっ…」<br />
廊下の曲がり角で眞一郎の着物の色がすっと消えた。全身は見えなかったが、<br />
何度も見ていた色だ、見間違いはない。彼の父親の色とは全然違う。</p>
<p>あさみが突撃する。眞一郎を想う心が体を動かす、背中が見えた。<br />
そのままの勢いで抱きついてしまう。<br />
抱きつかれた方は、&quot;何かとても軟らかい物&quot;が押し付けられ、ぐにゃっとした<br />
感覚に体が固まってしまった。</p>
<p>「好きなの!」<br />
「えっ?」<br />
あさみの気持ちが心臓の鼓動となって、背中に伝わっていく。</p>
<p><br />
続き…読みますか?</p>
<p><br />
END</p>
<p>-あとがき-<br />
7話風に切ってみました。この辺りから本格的に朋与とあさみが主役のはず。<br />
さて、次はどうなることやら…。</p>
<p>この後も比呂美&眞一郎のイチャイチャ描写+朋与とあさみの奮闘路線で。<br />
 ありがとうございました。</p>
<p> </p>
ツールボックス

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