true MAMAN 最終章・私の、お母さん~第三幕~

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true MAMAN 最終章・私の、お母さん~第三幕~ - (2008/08/03 (日) 00:22:29) のソース

[[true MAMAN 最終章~第二幕~]]

「センター試験は、どうだったんだ?」
 ひろしが、眞一郎と比呂美に訊いた。
「自己採点ではギリギリだけど通ったよ」
「私も、なんとか行けそうです」
 眞一郎と、比呂美がそれぞれに答える。
「そうか。それなら、あとは志望校の対策に、専念できるな」
 1月も下旬である。センター試験の後の悲喜こもごもはあったが、眞一郎も比呂美もそ
の時点からの方針転換を強いられる事もなく、予定通り地元と東京の大学への出願書
類をまとめていた。
「この後の予定は、どうなっている?」
「えーと、16日に美大、25日と3月7日にこっちの大学前後期で受ける」
「私も、15日が東京で、後は同じです」
「前後期両方受けるのか?」
「一応不安なもんで」
「でも、東京の合否発表は後期の前ですから、それによっては後期は受けなくて大丈夫
ですけど」
 もちろんひろしは理恵子から2人のスケジュールは聞いているが、子供たちと共通の
話題として、入試を持ち出しただけである。
「卒業旅行とか、そういうのはみんなでしないのかしら?もう手配しないと一杯になりそ
うだけど」
 理恵子が受験とは別のことを訊く。入試については初めから心配していない。
「推薦で決まった連中が進めてくれてる。春スキー派と温泉派でもめてるけど」
 スキー推進派は朋与、温泉愛好家筆頭は真由である。
「お前たちは、どっちがいいんだ?」
「俺は、スキーがいいんだよな。東京行ったら、今迄みたいに気軽にスキー出来るわけ
じゃなくなるし。比呂美はどっちがいい?」
「・・・・・・・・」
「比呂美?」
「え?ああ、うん、私もそれでいいと思うよ」
 ひろしは無表情に、理恵子は不安げに、比呂美を見た。比呂美はそれには気付かな
いように、暇を告げた。
「それじゃあ、私は、そろそろ帰ります」
「今日は泊まっていけば?お布団も干したばかりだから暖かいわよ」
「ありがとうございます。でも、少し部屋の片づけをしたいので」
「・・・・そう」
 眞一郎が比呂美を送る為に同行し、ひろしと理恵子の2人だけになった。理恵子は心
配そうな表情を隠せないでいる。
「比呂美は、少し疲れてるようだな」
 ひろしも言葉に出す。
「あの娘、言わないので・・・・」
 理恵子は、自分の具合が悪くなったような声を出した。今日の夕食も比呂美の好きな
料理を、出来る限り比呂美から聞いた湯浅家風の味付けで再現してみたのだが、半分程
しか口をつけていない。体調を不安に思うのも無理からぬ事だった。
 それでなくても、比呂美は早世の家系の子である。父親は29歳、母親は37歳で亡くな
っており、23と21という早い結婚であったにも拘らず既に双方とも両親はいなかった。
遺伝的な問題などあるとは思わないが、身体の弱い血統ではあるのだろう。

 2年前の今頃、風邪で学校を休むと電話してきた日を、今でも覚えている。
『大丈夫です。今日一日寝ていれば治ると思いますから』
 比呂美は電話口でそう言っていたが、その声は重く、辛そうだった。
 合鍵は預かっていなかった。本来なら預かるべきだったが、比呂美の独立を尊重した
いと言う気持ちがあった。いや、一人暮らししてまで、自分の干渉を受けたくないだろ
うと、理恵子が判断しての事だった。
 眞一郎は合鍵を受け取っているだろうと思っていた。だから、1時限が終わる時間に、
眞一郎の携帯に連絡を入れた。
『眞ちゃん、比呂美ちゃんが風邪でお休みしているのは、もう知ってるわよね?』
『あ、ああ?知ってるけど?帰りに見舞いに行ってみるよ』
『あなた、比呂美ちゃんの部屋の合鍵、持ってるわよね?』
『な・・・・何言ってんだよ。何で俺が、合鍵なんて・・・・』
『そんな事で叱るつもりも責めるつもりもないから。2時限が終わったら校門で待ってい
なさい。お母さん、鍵貰いにそっちに行くから』
 校門で合鍵を受け取ると、今日は帰って気を遣うから見舞いには来ないようにと釘を
刺し、比呂美のアパートに向かった。
 一応はチャイムを鳴らす。反応が無いので合鍵を使った。
 比呂美は声をかけても返事が出来ないほどの高熱だった。「寝ていれば治る」と言う
次元ではなかったのだ。
 服を着替えさせ、汗を拭き、頭や脇を冷やして寝かしていたが、その間何度も
『お母さん』
 と呼び、手を伸ばして何かにすがろうとしていた。理恵子が手を握ってあげると、安心
したように眠りが深くなった。
 病気の時には親が恋しいのだろう。それと同時に、今までにも、体調が悪いのに、自
分に弱みを見せまいと無理をしていた事があったのだろうかと考えると、悲しくなった。

 あれ以来、比呂美の体調や、顔色の変化には過敏になっている。今日のような様子
なら、家で看病したいくらいだった。
 人生で最も支えが必要な時期に、周りに味方すらいないと思いこんでいた比呂美。だ
がそう考えるほどに比呂美を追い詰めたのは紛れもなく自分だった。
 今でも比呂美は私を頼ってはくれないのだろうか?辛い時、迷った時、私では助ける
事が出来ないのだろうか――
「大丈夫だ。本当に具合が悪ければ、お前に言うさ。お前が考えてる以上に、比呂美は
お前を信頼している」
 ひろしが理恵子を慰める。寡黙すぎる彼女の良人は、それでも理恵子の最高の理解
者だった。
「だといいのですけれど・・・・」
 それでも、今の理恵子の不安を霧消させる事はできなかった。



 アパートの帰り道では、眞一郎が旅行の話を続けていた。
「でも温泉でもいいかな、て気もするんだよな。一生分頭使った疲れを温泉でゆっくりと
取るのもいいよなあ」
「一生分って、大袈裟すぎ」
「しかし朋与が推薦さっさと決めるとは思わなかったな。ちょっとショックだぞ」
「朋与の行く所は麦端からの実績も多いから。高岡キャプテンもそうだし」
「・・・・すっげえ危険なタッグが結成される気がする」
「キャプテンはいい人だよ。そりゃ、ちょっと野伏君や愛ちゃんには迷惑かけてるけど」
 比呂美はルミの名誉のため、最大限控えめな表現をした。
「いや、いい人なのはわかるけどさ・・・・それはそうとお前はどこか希望無いのか?あまり
話しにも参加してこないけど」
「うーん、眞一郎くんと一緒ならどこでもいいかな」
 比呂美の言葉に眞一郎は赤くなる。この辺り、眞一郎はいつまでも変わらない。比呂美
が最も好きな眞一郎の美点だった。
「なあ、卒業旅行とは別に、2人で旅行行かないか?」
「え?2人で?」
「ああ、みんなとスキーに行くなら温泉、温泉に行くならスキーに行けば、どっちも行く
ことが出来る。な、そうしようぜ」
 眞一郎の提案は嬉しいが、実際の所、今の比呂美は入試後の事を考える事が出来
ないでいた。
 考えたくない、と言うべきであろうか。
 年始に最初の兆候を感じた後、比呂美は一人で行動した。
 知り合いに会わないよう3駅も先の薬局まで出かけて検査薬を購入し、自分の予感が
間違っていない事を確認した。図書室では参考書と共に医学書を手に取り、今の自分
の状態を自己診断した。
 恐らくは今11週目、3ヶ月前後の筈である。まだ外見上は他人が見てわかるような変化
はない。私服もタイトな服は好まないし、制服もウェストを強く絞るデザインではないから、
もう暫くは隠していられるだろう。
 問題はその先、である。いつ打ち明ければいいのか?生むべきなのか、堕ろす事が
正しいのか?
 それ以前に眞一郎はどうするのか?彼の性格上堕ろせとは言うまい。考えられるの
は責任を取ると言い出すことか。進学を諦め、自分と、生まれてくる子供の為に働くと
言い出すかもしれない。
 それだけはいけない!自分は眞一郎の夢を応援しようと決めたのだ。自分のせいで
眞一郎が夢を諦めるなど、絶対にあってはならない。
「――比呂美?比呂美?」
「え?あ、ごめんなさい。えーっと、2人で旅行よね?うん、私も行きたい」
「どうしたんだ?最近ぼんやりしてる事が多いぞ」
「ごめんなさい。やっぱり、少しは受験勉強が響いてるのかもね」
 精一杯明るい笑顔で眞一郎を安心させる。
 眞一郎は議論の余地無く比呂美の幸福を最も願う一人である。しかし、悲しいかな今
の比呂美の苦悩を察するにはあまりにも若すぎた。気にはかかるものの、この笑顔が見
れる間はまだ心配ないだろうと思った。
 そして2人は部屋の前に着いた。
「いつもありがとう、眞一郎くん」
 比呂美がいつも通りの礼を述べる。いつもの眞一郎なら
「こんなの礼を言われるような事じゃねえよ」
 と、謙遜して見せるのだが、今日は
「なあ・・・・部屋、上がっていいか?」
 と言ってきた。比呂美が一瞬身を固くする。アパートまでのエスコートの後、上がっ
てお茶を飲むのはほぼ毎回の事である。眞一郎がわざわざ部屋に上がりたいと言い出す
のは、彼からの「サイン」なのだ――
「ごめんなさい。やっぱり今日、疲れてるみたい。今日はここで失礼させて」
「え・・・・あ、いや・・・・」
 今まで拒否(こば)まれた事がない眞一郎が、戸惑った反応を見せる。
 眞一郎の表情に比呂美は思わず後悔しそうになるが、別の想いがすぐに上書きする。
「それに、まだセンターが終わっただけなんだから。まだ試験が全部終わるまでは、ね?」
「あ、ああ・・・・そうだよな。ごめん、俺、ちょっと気が抜けてたみたいだ」
――謝らないで。
「――比呂美?」
「ううん、なんでもない。ね、2人だけの旅行、楽しみだね」
「ああ、必ず行こうな!」
 眞一郎が部屋を離れるのを見送ってからドアを閉める。
 そのままドアにもたれかかり、玄関にしゃがみこんでしまう。自分が肩で息をしている
ことにも気付かない。
(隠し切れない)
 比呂美が考えたのはまずその事だった。
 あと一ヶ月もすれば段々腹も目立ってくる。服を着ていればともかく、卒業旅行などで
皆で風呂にでも入ればとてもごまかせない。
 眞一郎のこともある。今日は帰らせることが出来た。受験が終わるまで、再び今日の
ような事を言ってくる事もないだろう。
 しかし、終わったら?拒否み続ければ眞一郎も不審に思うだろう。まさかとは思うが、
愛想尽かしされる事も、絶対にないとは言い切れない。朋与やルミから、
『一度体を許したなら、男は頭じゃ繋ぎとめられない』
 と、何度も脅されてきた。その時は聞き流していたが、今になって不気味なまでに現
実味を伴ってくる。
 しかし、だからと言って今打ち明ける事は論外である。今打ち明けた所で周りを動揺
させる以外に何も起さない。
 今のうちに、人知れず中絶・・・・だが比呂美は、この選択肢を意識的に排除している。
 比呂美は既に、この新しい命に対して愛情を感じ始めていた。愛する男との間に受け
た生である。消す事など出来る筈もない。むしろ、自分の命に替えても守り抜くつもり
であった。
 しかし、ならばどうすればいい?比呂美の思考は完全に出口を失っていた。
「誰か、助けて・・・・・・・・」
 思わず、声に出した。
 脳裏に人の姿が浮かんだ。顔はよくわからない。母親に似ている気もするが、違う気
もする。
 その影は比呂美を優しく抱き寄せた。何も言葉はかけないが、頭を撫で付けてくれた。
 比呂美の不安が少しだけ癒された。もしかしたら自分は独りではないかもしれない。
そう感じることが出来ただけでも気持ちが楽になった。
 比呂美は立ちあがった。今は目の前の試験だけを考えよう。それから後はそれから考
える。順番を決めて、ひとつづつ。最後に全部ちゃんと出来ればいい。
 何一つ問題は解決していないが、今の比呂美は、悲観的ではなかった。


                          了

ノート
今回、物語的に悩んだのは2箇所。
一つは比呂美が眞一郎を追い返すシーン。読んでくれる人はもしかしたら部屋に上がって、キスしながら服をたくし上げるくらいまでの微エロから比呂美に突き飛ばされた方が、
喜んでくれるかもと思いましたが、ドア1枚がどうしても越えられない、部屋に入れてもらえない、という拒絶感の方がttらしいと思い、玄関でお帰りいただきました。
もう一つはラスト、浮かんでくる人影は言うまでもなく理恵子ですが、今の優しい理恵子ではなく、6話当時の険しい理恵子が浮かんできて、「ふしだらな娘」
と言い放つ展開とかなり悩みました(比呂美の気持ちがネガティブになっているので、理恵子もかつての姿が投影されています)
後の展開にまで影響を与えるの部分でしたが、比呂美を追い詰めすぎることになるので少しでも元気になってもらおうと本文の形になりました。

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