truetearsVSプレデター3

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自転車の遠ざかっていく回転音が、隙間風にのって微かに聞こえる。 「・・・全く、勝手にしてくれ・・・」 純は心底ため息を吐きながら、再び寝床に潜った。しかし、目は冴えてしまう。 時は金なり。こっちは青臭い小僧の恋愛劇に付き合ってる暇などないというに、 愛だ恋だを理由にすれば人殺しもまかり通ると思ってやがる青春野郎の迷惑このうえない。 しかしああいった男子に発情する女子がいるんだから、それもまた始末が悪い。 それが妹ときた日には・・・いやそれは構わんが、そのライバルが湯浅比呂美だったことがまた不幸。 気がつけば過ぎたことにネチネチと執着している浅ましい自分がいる。 「つくづく・・・振り回されるな・・・」 どうにも男の生理ってのは身勝手なもので、たかだか数回(数は忘れたが)体を重ねただけで、傲慢な独占欲が沸いてくるらしい。 別に桃色の思い出などなかった。らしく恋人ごっこをして、お決まりの修羅場でお別れするまで、 せいぜいお互い楽しみましょうってつもりだったんだが・・・あの女め。 「お兄ちゃん・・・起きてる?」 気がつけば乃絵が枕元まで来て、暗闇からそっと見つめていた。表情はよく分からないが、枕を抱えているらしい。 それにしてもよくよく見下ろすのがすきだな。ご褒美は縞パンツ鑑賞券でひとつ。 「ん、あぁ・・・よかったのか?行かせて」 問いに答える代わり、ノソノソと布団に潜り込んでくる。別にいちいち了解もとらないし、こっちも聞かない。 どうせ、聞く子でもないしな。 「眞一郎は大丈夫かな?」 責めるような響きはない。だから、一層バツが悪くなってしまう。 「ごめんな」 クスッ 乃絵が笑ったのが伝わる。そうして、そのまま体温がはっきり分かるほどに身を寄せてきた。 心の奥から温もりが溢れてくるのが分かる。幸せになってほしい誰かが傍でそうなるほど嬉しいこともない。 今それが見つからないアイツの苦しみは察して余りある、か。 「眞一郎もそう言ってた、ごめんなって」 マジかよ・・・前言撤回 「俺のほうが気持ちがこもってる」 また笑った。しかし今度はうれしくないね。ちっともうれしくない。 「お兄ちゃんと眞一郎似てる」 あー勘弁してくれ。 「・・・一番いわれたくないことを一番いわれたくない相手からいわれたんだが」 「うん!」 乃絵がオレを抱き枕のようにギュっと抱え、肩にフニフニと頬をすり寄せてくる。 つくづく乃絵には勝てん。・・・し、しかし、しかしこれは我慢の・・・・・・ 「限界だぁ!」 「えっ・・・キャ!」 体を転がして腰に圧し掛かると、馬乗りになって膝で腕を押さえ、上半身をガッチリ拘束してしまう。 「いけない妹にはお兄ちゃんがお仕置きしないとな・・・さ~て、今夜は何が、い・い・か・な?」 トラウマスイッチが発動した乃絵は、四肢をガクガクと震わせ、目に一杯の涙を溜めながら、 カチカチとカスタネットのように鳴る歯で懸命に許しを懇願する。 「お、おおにいちゃ、んん、や・・や、やめて・・・お、おねがい・・・」 しかし一度怯えた獲物に、容赦する獣はいない。むしろその味を甘美にするだけだ。 「では──そのかわいい悲鳴をたっぷりと・・・」 乃絵は拷問台に運ばれる囚人のように、或いは今にも水に沈まん鳥のように必死でもがくが、現実は逃走をよしとしない。 「聞かせてもらうぞぉぉぉー!!!」 そして勢いよく、乃絵の胸のボタンを引きちぎった。 「やめてぇー!!!」 「キャー!助けてー!H!チカン!キンシンソウカン!オカサレルー!」 乃絵がギャーギャーと泣き喚きながら笑い転げる。それでも逃げようとジッタンバッタン暴れ、わけもわからない呪詛を撒き散らす。 だが、四十八の乃絵拷問技がひとつ「純のくすぐり技・クライマックスバージョン」にかかっては何もかもがただ空しい。 しかし、うっかり人に見られたら通報間違いなしのスキンシップだな。 嗚呼、仲良きことは罪深きかな。 ──大気圏軌道上、各国の探査衛星の綿密な監視にもかからず、一機の宇宙船が停泊していた。 怪奇な外装とは裏腹に、船内は広く快適で、地球の文明を遥かに凌駕した科学によって維持されていた。 その中で跋扈し各々の作業に従事する獣たちの模様。 あるものはせはしなく船内の状態をチェックし、あるものは戦利品を丹念に磨き至福のときを過ごす。 頑強な室内で過酷な鍛錬に励むものや、精密な武器のメンテナンスに熱中するものもいる。 そのうちの一体、こと観察を好み、研究に熱心なとある個体が、地上で精を出す仲間の情報に注意を引かれた。 モニターにその地形、敵の数、規模、健康状態などが詳細に映し出される。 情勢はかなり危うく、現地の戦闘部隊に強襲され、その物量作戦に押されつつある。 いや、肉体の消耗と比すれば、いずれ倒れるのは必至というべきか。 だが、たとえ仲間の窮地であろうと彼らの文明には助けたりするという考えはない。 不意の攻撃であれ、一度狩り場に出たものは一個の戦士であり、 その崇高な精神は、与えられた武器と肉体によってのみ守りぬくことこそ誇りとするのだ。 途中で力尽きようと、果敢に闘ったのなら、その勇猛は永久に継がれるだろう。 外から助力を与えることは、彼らの文化、歴史、矜持、何よりその者に対する冒涜だ。 何より予期せぬ試練を超え、勝利を成してこそ地位と栄誉、そこに見合う尊敬と得られる。 敗れたものは己の責任で全てを滅すのが最後の務めであり、 仲間にできるのは完遂できなかったとき、それを代わることだけだ。 「・・・・・・・・・ォォォ」 誰かが呼んでいる。その叫びはずっと遠くからにも聞こえたし、ほんのすぐ近くにも思えた。 ただ確かなのは空耳や幻聴の類ではなく、確かに存在を感じたことだ。 「ォォォォォォォォォオ・・・」 飛行機がずっと遠くから近づくように、何か巨大な圧力がそこいら全体から被さってくる。 と同時に、急速に周囲の感覚が鮮明になり、ぼやけていた輪郭がクッキリと浮かんできた。 「オオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!」 「はっ!」 混濁していた湯浅比呂美の意識が現実に引き戻された。腹に銃弾を受けたあと、ショックで気絶していたのだ。 「んんっ・・・」 手足に力を送り、感覚を確かめる。どこも異常はない。 何時間も眠っていたように思っていたが、気を失っていたのはほんの数秒、いや一瞬だったらしい。 「まだ生きてる・・・」 言い聞かせるように呟くと、辺りを見回す。ここはレイプ男たちの乗ってきたバンの運転席だ。 後部座席は彼女が荒らしたせいで、けっこうな惨事だが、こちらは綺麗に片付いている。 フロントガラスにひびが入っていて、そこから弾が来たのかと思ったが、さっき自分で蹴り上げたものと気付くと可笑しくなった。 「・・・さて、と」 一息ついたのが良かったか、冷静を取り戻した比呂美は、引き出しや鞄を漁り、使えそうなものを探す。 流石というべきか、物騒なものを沢山所持していたようで、手当てに困ることはなかった。 封の開けていないブランデーを傷口にかけ、ホッチキスで周辺の皮を閉じると、ガムテープで腹をグルグル巻きにして、 ロープできつく縛る。学園の才女にしてはお粗末な治療だ。 「ここにいると助からないわね」 自分を巻き込んだ巨大な怪物はきっとあの瓦礫の城の中で、外から来る兵隊をどうにかしているんだろう。 もう一度よく周囲を伺うと、空にはヘリが飛び交い、あちこちの道路にも壁のように建設用の車両が並んで、道を封鎖している。 とはいえ、それらも安全でないようで時折打ちあがるプラズマキャノンが火の玉に変えてしまう。 変幻自在のプレデターは時折、幽霊のように遠くまで現れては、殺戮をたっぷりとして、 警戒網が集まると、盾と罠を込めた塹壕に戻って待ち伏せ追っ手も砕く。 そうしてどうにか、敵の猛攻をやり過ごしていたが、幾重にも敷かれた警戒線を突破するまでには至っていなかった。 しかし、これだけ監視の目が注いでるにも関わらず、比呂美が無視されてるのは幸いだった。 ユタニ軍はプレデターの動きを逃すまいと躍起になっているので、民間人の少女など眼中にないのだ。 「どうしようか」 できればここでやり過ごしたかったが、一刻も早く適切な治療を受けねばいずれ危うい。 とはいえ、この車でユタニの敷いた非常線を突破するのは、映画のヒーローでもなければ無理だ。 彼らに保護してもらう、と以前なら真っ先に考えただろうが、そんな甘い発想はさっきぶっ飛んだ。 彼らは明らかに自衛隊とか、警察とか、一応まともで公な身分のある連中ではない。いってみればワルモノだ。 宇宙人の大捕り者に立ち会ったか弱い目撃者を、親切に生かして帰すとは思えない。 とにかく憶測で悩んでいる暇もないが、こんな時だからこそ、1%でも生存の近い道を探すべきだ。 「・・・助けが必要ね」 しかしさっき脱いだ自分の服から見つけた携帯電話も、圏外の一点張りだった。死体のレイプ犯たちのも同様だ。 「孤立無援・・・四面楚歌・・・」 頭を抱える比呂美。絶望する余裕もないが、途方に暮れて仕舞うのも止められない。 ふと黒い鶏のことを思い出す。雷轟丸と地べた。たしか飛ぼうとして狸喰われたとかで自分が墓を立てたアレだ。 本来、亡くなった両親を想って天に救いを請うのがベタだが、死人が役に立たないことはよく分かっている。 それより、あの2羽のうち、どうして片方だけ助かったのかがヒントになる気がする。 たとえば、狸はきっと今自分を囲んでいる軍隊。雷轟丸が凶暴な怪物で、か弱い少女は真っ白な地べたか。 いや待て、それは安直な置き換えだ。発想はもっと別にある。 狸にとって2匹とも餌だったのになぜ活発な雷轟丸を選んだか、である。 適当に一匹食べて結果的に一方が救われだけか? 黒い羽がおいしく見えたり、暴れたりするのが嗜虐心をそそったからか? 「違う」 人間の発想は捨てろ。狸にとってあれは給食や遊びではなく、狩りなのだ。 鶏にも硬い嘴や爪があり、油断すれば目を抉られる。万一にも負けられぬ真剣勝負であり、油断の入る余地はない。 そういえば自分もついさっき狩りをしたといえる。怪物も今狩りをしているのか。兵隊たちも怪物を狩ろうと必死だ。 ただ今、自分は興味を注がれていないだけで、視野に入ればたちまち引き裂かれるだろう。 「弱いから死んでいく?・・・」 単純な真理、いやそれが本当であるほど、多くが傷つく故、隠された公然の理。 しかし、その優しい幻想に大勢が憑かれ、明白な事実さえ歪んで見ていることに気付かない。 狸は雷轟丸が地べたより容易だと見た。だから喰ったのだ。 平生の振る舞いがどうあれ、どちらが強かったかなど火をみるより明らかだった。 無論ときには臆病も知恵だ。返せば、敢えて死地に向かったほうが助かることもある。 虎に囲まれている今は、虎の穴をくぐるときなのだ。 「私も飛ぶ。飛んだふりも、飛んだ真似も、飛べる理由もいらない。飛ぶだけ」 シートベルトを締め、ハンドルを握る。 生存を勝利とするなら、この場合強さや武器はそれを決定しない。いかにその状況を動かすかだ。 比呂美はキーを回して、今一度勝負に出た。 「まだ好きなの?」 普段着に着替え、運動靴の紐を締めなおす純に乃絵が尋ねる。 「・・・いや。心配なだけさ」 眞一郎には毒づいたが、真夜中に比呂美の行方が知れないと聞けば、やはり穏やかでいられないのが 石動純の性質であったし、そうさせてしまうのが湯浅比呂美のトラブルメーカーぶりだった。 「まぁ見つかったらお礼に一発くらいさせてもらってくる。だから待ってないで寝るんだぞ」 若干期待を込めた冗談で、不安にさせないよう気遣う。 妹も一緒に行くと言い出したが、行方不明が二人になっては困ると押し留めたばかりだ。 「うん!眞一郎に先越されないようにね」 乃絵も満面の笑顔で答える。少々手厳しい返しにしばし唖然とする純。 「・・・ま、まぁじゃあそーいうことだから、行ってくる」 これ以上話してると、もっと恥をかきそうなので戸をあけて夜空に向かう。と、鼻先に何か零れてくる。 「うわっ、雨かぁ・・・。乃絵、合羽持ってきてくれ」 たちまち降り注いでくる雨音を背に、一旦玄関に戻って、中を振り返る。その時、 「お兄ちゃんっ!」 「え」 乃絵が純の背後に見たのは透明な影だった。人型にも見える巨大な空間の塊が、 そこに背景を透かしたまま兄に迫ると、振り返った横っ面を丸太のような腕で打ち抜いた。 板切れのように飛んできた純にぶつかったショックで目の前が真っ白になると、乃絵の意識はさっぱり消えた。 眞一郎は‘あいちゃん’の前まで来て自転車を止める。 女ごころと秋の空、不意の気まぐれで比呂美が訪ねてやしまいかと儚い希望をもってきたが、 そんな期待を締め出すようにシャッターは閉まっている。 「・・・まぁ、当然だよな」 こんなことでいちいち落ち込むまい、と覚悟してきたのに、やはり空振りだと落ち込んでしまう。 おまけに追い討ちをかけるように雨まで降ってくる始末。 さっさと気を切り替えようとペダルを踏みしめたとき、なにか耳にひっかかった。 「・・・ぁ、・・・んっ・・・」 (まだ起きてるのか?) よく見れば、シャッターが完全に閉まりきらず、下からうっすら明かりが漏れている。 雨音でかき消されて、よく分からないが声はそこから聞こえてくる。 「・・・っ!んっ・・・」 隙間が狭いためよく分からないが、多分愛子の声だと思う。 今川焼きの製法を考えたことはないが、ラーメンのように仕込みが必要なのかもしれない。 (比呂美もいるかな?) 邪魔しちゃ悪いなと思ったが、少しでも手がかりがないかという期待が無礼をさせる。 シャッターをノックしようと思って、ついさっき純にのされた記憶が甦る。 近所迷惑になるかと思い、こっそり裏口に回ってみる。幸いか、鍵が開いていたので、こっそりと入ってみた。 (うぅ・・・。やっぱし辞めようかな・・・) 普段よく往来している店なのに、‘無断‘という一字が加わっただけで見知らぬ土地のように思える。 切れ掛かった吊り橋を渡るような慎重さで、おっかなびっくり明かりの出る厨房を目指す。 「もっと・・・頑張って・・・あんっ」 どうやら誰かと一緒のようだ。これは意外と期待してもいいのか。 (お、見つけたぞ) おっかなびっくりこっそりと厨房にかかるドアの隙間から中を覗く。 「・・・・・・っっ!!!」 愛子と談笑する比呂美を予想していたものの、その光景に眞一郎は固まってしまった。 比呂美を乗せた黒いバンが、プレデターの作った塹壕に走る。 柔らかい塊を潰す感触がハンドルに伝わってきたが、その正体が何かは考えないよう集中する。 「えっと、ウィンカー・・・ウィンカー・・・」 急にバケツをひっくり返したような土砂降りの雨が降ってきて、たちまち視界が溺れてしまう。 ガタガタと車体は跳ねどこに進んでいるかも分からない。 ガツンッ 「キャアァ!!」 一瞬、フロントから目を離した隙に、アスファルトが捲れ上がった段差に乗り上げて、車体が上下し、 その勢いで打ち捨てられた装甲車に側面が弾きかえる。 「~~~~~~~っっ!!!」 衝撃が反発してバンはクルクルと回転し、そこいら中の瓦礫を擦って火花を散らした末にヘリの残骸に激突して ようやく止まった。 「あつつっ・・・あ、あれ?」 ドアがグニャグニャに凹んで動かない。仕方ないので、窓から落ちるようにして這い出た。 「なんだかもう、何が起きても驚かないわ・・・」 車から降りるとシャワーのように水滴が顔を刺す。 道路を剥がして出来た水溜りは膝まで登り、それでもまだ浅瀬にいると思える深さがあった。 「ごほっ、ごほっ!」 腹の傷はなんとか止血したが、長くはもたない。もう少し眩暈が始まっている。 殺された兵隊の上等なズボンやブーツ、ジャケットを重量で動けなくならない程度に、体を冷やさないよう たっぷりと着込んだ比呂美は、ヨロヨロとプレデターの罠の巣に潜り込んだ。 「鬼が出るか蛇が出るか・・・今はどっちも可愛いわね・・・」 豪雨の反響で、よく分からないが、そこいら中から銃声や断末魔が小躍りしている。 プレデターが侵入してくる兵たちを打ち破っては、半壊したまま打ち捨ててるせいだ。 とにかくゾワゾワと這い登る不安を無視して、暗く冷たい迷路をひたすら彷徨う。 「・・・だ、だす、げ・・・で・・・」 近くから声がしたほうに目を向けると、そこに誰もいない。 「・・・変ね?」 まさか幽霊だろうか、周囲を伺うが人の影も見つからないと思った矢先その正体に気付いた。 「っ!!・・・そ、そんな!」 比呂美がさっきから壁だと思っていた瓦礫のバリケードに、人間が埋め込まれていたのだ。 手足をめちゃくちゃに砕かれ、ワイヤーでグルグルに巻きつけられたまま、呻いている。 「・・・ま、待ってて!今・・・」 比呂美は非常な人間ではない。時としてそう徹することが出来ても、目の前で無残に苦しんでいる声を聞けば 反射的に動かざるを得ないのだ。そして、 「・・・や・・・やめ・・・やめろぉおおお」 「?・・・っ!!」 比呂美の手が拘束された男の体に掛かった瞬間、その同体を突き破って先を削られた鉄鋼を飛び出てきた。 瞬時に危険を察知して身を翻したとき、足元で何かが滑って、急に地面の感覚が消失した。 「わあぁあああああっ!」 プレデターの仕掛けた罠は二段構えで、餌に近づいた獲物を貫くと同時に、 避けたものも落とし穴に飲み込むものだった。底に針の山をたっぷりと蓄えた、だ。 路上の口は、少女を飲み込むと、すっかり閉じ、また静けさを取り戻す。 そこに、雨粒が不自然な反射をして、電光が弾けると、凶暴なハンターが透明な姿で現れた。 また愚かな獲物が掛かったかと確認しに。 「・・・ん・・・んんっ・・・ん?」 乃絵が目を覚ますと自宅の居間が視野に入ってきた。ただし全てが垂直に反転して、椅子も机も天井に張り付いてる。 ようやく自分が逆さに吊るされていると気付いたのは、意識が覚醒した頃だった。 もっとも、ドレッドヘアにも見える突起を頭から伸ばした爬虫類肌の人型怪物をみたら、また気を失いたくなったが。 「ね、ねぇ。あなた、お兄ちゃんはどこ?」 全身を先住民のような装飾で固めたモンスターは、乃絵を無視して何か作業をしている。 机に機械や薬品、らしき装置をいっぱいに並べてそれらを動かしたり、混ぜたりを繰り返していた。 「ねぇちょっと。聞こえてるの?あなた宇宙人?日本語分かる?私を食べるの?」 無視されたのが腹に据えかねたのか、とにかく問い続ける乃絵。 うるさくなったのか立ち上がった怪物は彼女の眼前まで歩み寄った。 そのときようやく乃絵は、機械のような顔をしたそれが、何かマスクを被っているのだと気付く。 「お兄ちゃんをどうしたの?」 こんな物騒な真似をした輩がまともな対応をするはずがない。 だから、乃絵はまっすぐにその目(と思われる部分)を睨みつけて、問いただした。 キィイイイイイン、ピピピ 怪物が腕に備えた装置を調整すると、マスクに取り付けたライトが点滅する。 「アナタタチ兄妹ハ、協力スル。我々ニ。抵抗ハ、無意味ダ」 レコーダーが不恰好な電子音を奏でた。それでも彼女にはその意味は聞き取れた。 「お兄ちゃんにまず会わせてよ。お願いはそれから」 囚われの少女の毅然とした言葉に首を傾げつつ、頷く怪物。 「それからもー降ろして。もう頭がクラクラ、ってちょっと待っ!」 言い終わる前に輝くリストブレイドを伸ばしたかと思うや、乃絵は床に落ちた。 足を縛るワイヤーは切ってもらったが、頚椎を損傷するとこだったので、ちっとも感謝はしない。 「う~~、いったあい~っ、って待ってよ!」 モンスターは気にする素振りもなく、付いて来いと部屋を移動する。頬を膨らませて追う乃絵。 「・・・クァアアアアッッ・・・・・」 浴槽から蛇が唸るような奇声が轟いている。 あっちにも仲間がいるのか。この怪物はかなり臭うから、人の風呂にでも入ってるに違いない。 「ちょっと!あんたたちのヌードなんて見たく・・・って」 バスタブの前まで来た怪物が乃絵を促すように道を空ける。 その中には、カラスのように真っ黒な‘何か‘が機械に繋がれていた。 参考画像→ http://www.animation.art.br/3dart/venom/venom_midres.jpg 「キシャアアアアッッッ・・・」 自分を縛っていた巨大な獣よりはよっぽど人間らしい体格をしているが、頭のてっぺんからつま先まで ギラギラと黒光りし、ベットリと張り付きそうな粘液のようなもので覆われている。 一番気味悪いのは、耳まで裂けた巨大な口で、そこだけ真っ赤に染まっている。 悪魔の皮を被った人間が不気味に唸りながら、頭に電極を突き刺されて唸っていた。 それが、ふと乃絵を見つめた途端、猛烈に暴れだした。 外れたように開いた顎から突き出た牙が乃絵に掴みかからんとしたとき、プレデターが腕のスイッチを押す。 「ギッ・・・ギャアアアアアアッッッ」 泣きさけぶように真っ黒い生物が苦しみだすと、その体中から真っ黒い皮膚が粘液のように剥がれかかった。 「お兄ちゃん!」 肌を千切るようにして開いた黒い体の内側から石動純の顔が現れる。 そして、プレデターがスイッチを切ると、固いタイルにむかってバッタリと倒れ伏した。 「ぐぅ・・・ぁあ。っ乃絵・・・だ、大丈夫か・・・」 乃絵は虫の息の兄に駆け寄ると抱きしめる。こんな姿になって尚、自分を案じてくれるのか。 顎から下を真っ黒い粘液で覆われた純は、無事な妹にホッとするとプレデターを力なく睨みつけた。 「言われたことは・・・必ずオレが全部やる。だから・・・妹には、乃絵には何もさせないでくれっ!」 プレデターの闘いはその経過も終わりも各々の生き様であり、 一度それが始まってしまえば如何なる場合も決して介入しない。 「それがどうしてオレを闘わせる?」 石動邸の居間に科学者のプレデターと真っ黒い寄生体に身を包む石動純、妹の乃絵がいた。 純が自分を無理やり改造した怪物─知性に優れるこの個体をプロフェッサー(教授)と称す─に毒づく。 寄生体に埋め込まれた機能で、純は流暢にプレデターと会話ができる。 「我々がもっとも多く動く例外が、不適格な技術漏洩だ」 「なに?」 プレデターが未開の種族に知識を提供するのは珍しくない。 しかし精神や社会が未発達の生物群が、それに見合わない強力な技術を入手すれば、収拾のつかない混乱が起きる。 プレデターの備える高度な武器を渡すことは極力避けたい。 妙な話だが、この残虐で獰猛、他の命を奪うことに躊躇や呵責をまるで感じない彼らだからこそ、 その餌ともいうべき下等生物たちの総体的な保護をもう一つの務めとしていた。 「今、仲間を襲っている地上軍たちだ」 プロフェッサーが腕の機械を操作すると、立体映像で過去、そして現在の情報が示される。 「こりゃあ・・・大したもんだね」 その高度な技術と、そこに映された痛ましい惨状、両方に純は感嘆する。 「仲間の鹵獲が濃厚な今、些か不本意ではあるが、連中の徹底した駆逐を行う」 プロフェッサーが、それほど不本意でもなさそうに語る。 と同時に、彼の背後から幾人もの強靭なプレデターが、迷彩装置を解除して姿を現した。 「ひぅっ!」 黙ってプロフェッサーと純の意味不明なやり取りを眺めていた乃絵だったが、 巨大な武器を構えた彼らが兄妹をグルリと囲むにつけ、半ば怪物と化している兄に身を寄せる。 純の感覚は見ることもなく、当然として彼らを察知していたので、驚くこともない。 「こんなに応援がいて、どうしてオレも手伝わにゃならんのだ」 妹をそっと背に隠して純が問う。彼女の手が触れたとき、脳の奥で何か熱い感情が沸いたが、今は無視する。 プロフェッサーは純を包む寄生体─シンビオートと呼ばれている─が 早くも宿主の感情に同調し、強化する兆しを嗅ぎ取ったが、それはいわない。 「依頼は他にあって、それはずっと容易いことだ。成功すれば武功を称えシンビオートは進呈しよう」 「・・・っ!誰がいるか」 ほんの微かにだが、胸のそこでその提案に魅力を覚えた自分がいることを咄嗟に青年は否定した。 「もっとも、相応に命を懸けて臨んでもらう」 プロフェッサーが純の背後から乃絵を引きずり出すと、その腕に自分たち同様のガントレットを装着させる。 「いっつ!・・・離して!」 「妹は関係ないっ!」 乃絵のか細い悲鳴に激高した兄が咄嗟に掴みかかろうとする。しかし 「ずぅっ!?・・・ぎげげ・・がおっ・・・えぁあ!」 たちまち身を包む暗黒の寄生体が間接を捻じ曲げ、器官を圧迫し、神経を突き刺す。 「お兄ちゃん!?」 公害病にかかったように純の体は自ら骨を折らんばかりに歪んで、壮絶な苦悶の表情を晒す。 「ごむむむむうううっっっ!!!」 プロフェッサーがパンパンと手を鳴らすと、糸が切れたように、戒めはとけ、息も絶え絶えと青年は伏した。 「シンビオートの精神回路に、我々への服従を組んである。それにさっきの続きだが・・・」 プロフェッサーが自らのコンソールを操作すると、乃絵の腕の装置も起動し、赤い記号が点滅を始める。 「ちょっと・・・これ外れない!」 「命を懸けるとは、最も尊い存在を失う覚悟だ。妹が弾けて散るのは死ぬより辛いだろう?」 掲げた掌をグーからパーに広げて、何かが開くジェスチャーをする。彼らの言語は分からない乃絵にも その意味するところはすぐに察知できた。全く知りたくはなかったが。 「規定までに完遂できなければ彼女はドカン、というわけだ・・・HAHAHAHAHAHAHA!」 プロフェッサーが濁った声で笑うと、仲間のプレデターも続く。不気味な嗤いが闇夜に消えた。 乱交の宴が終わり、愛子が掃除をして、奥の扉を開くと項垂れている眞一郎を発見した。 「おっ?ど、どうしたのこんなとこで・・・」 眞一郎が赤く腫れた眼で彼女をギラリと見上げる。彼女の肢体に、先ほどの淫欲の影もないが その膨らんだ胸や、丸い臀部に否応なく発情する自分に腹が立つ。 「あ~・・・バレちゃったよね~・・・アハハハ」 悪戯がばれてしまった様に笑って誤魔化す。以前の彼女ならはこんな反応はしなかった。 「いつからこんな・・・いや、それより三代吉は知ってるのか?」 「うぅん。まさかぁ」 不義に胸を痛める素振りもなく、笑顔で答える愛子。それが一層、彼を不愉快にさせた。 「じゃあ、三代吉を裏切ったのか!アイツはずっと・・・ずっとぉ」 しかし彼女は眞一郎の詰まった声にも、その激情にもうろたえず、黙って受け流していた。 「はぁ・・・なんだかなぁ」 愛子がグループ・セックスにのめり込んだのは、眞一郎に振られたことが始まりだった。 三代吉は彼女を懸命に支えたが、罪悪感も手伝ってその好意をありのまま受け入れる、 というのは難しかったし、だからせめてと体も開いたが、 そこは童貞と処女のぎこちない高校生カップル、大失敗に終わった。 互いを傷つける結果にしかならず、別れるでもなく不安定な付き合いのまま煮詰まっていたとき、 「安藤さん、良かったら学園祭一緒にやらない?」 声をかけてきたのは学内のイベントを積極的に盛り上げている、校内で中心の男子グループだった。 元々面倒見もよく、客商売もこなしてる愛子は彼らと創意工夫を共にして、親交を深めていった。 また、女性の扱いに慣れている彼らは愛子に特別な感情を要求することもなく、 楽しむだけの完璧なデートを提供し、はじめて彼女は尽くされるだけの悦びを知った。 「ドキドキしないデートも楽しいかも・・・」 だからそれぞれ彼氏彼女がいることも承知していたし、学園祭大成功の喜びを噛締めた打ち上げで 盛り上がったまま、素肌の付き合いに移行したことも、本人たちには自然な流れであった。 「ねぇ、良かったらさ・・・私のとこでしない?」 店がある愛子にとって、そう自由な時間は手に入らない。 一方、万年金欠に喘ぐ学生にとってホテル代は馬鹿にならない。 両者の利害は一致して、店の売り上げに貢献することや、迷惑にならないことを条件に、夜の‘あいちゃん’ができあがった。 「愛ちゃん、最近元気になったね」 三代吉との仲も回復して、事態は良好に進んでいる。 遊びの付き合いはどうせ卒業までだし、三代吉に話す気もなければ浮気という感情もなかった。 「それでいいのかよ」 一応の筋は通ってるかもしれないが、恋愛に対する軽薄な観方が納得できない。 どうしたってそれは、周りの好意を騙しているんじゃないのか? 三代吉はもちろん、件の彼らだって彼女に本気で恋するかもしれないのに、だ。 「そんな・・・大袈裟じゃない?こんなの、やってる子達はみんなやってるんだから」 ‘みんな’・・・愛子が何の気なしに混ぜた単語のひとつが眞一郎の胸を突き刺す。 「そんなこと、だと?じゃあ・・・ひ、比呂美も、してるってのかよ!?そんなことだってんなら!」 「比呂美?」 何故湯浅比呂美の名が出てくるか分からないが、清楚な彼女と比較して まるで自分を貶める表現に憤りを覚えた愛子は、ちょっと意地悪をする。 「ん~、これは内緒なんだけどぉ・・・噂はぁ、聞くかなぁ」 「!・・・っっう、嘘だ!」 そのあからさまなうろたえ様が可笑しくて、もう少し追い詰めたくなってしまう。 「でも真面目で人気者の子が実は、って多いんだよねぇ。やっぱりモテるんでしょ彼女?」 「それは・・・そうだけど・・・」 モテないわけがない。自分にとってだけでなく、彼女はとても魅力的なのだから。 バスケの選手として他校の生徒からも注目されているのだ。例えば・・・石動純とか。 その瞳に揺らぐ不安を見た愛子は、ますますからかいたくなってしまう。 「こーいっちゃうと可哀相だけど・・・やっぱり女の子的に童貞って頼りないっていうか・・・」 「・・・・・・もういい」 降参を聞こえない振りをして追い討ちをかける。実際は全く根拠に欠けた話だが、思春期の少年にとって 経験豊富な女子、しかもいままで理解していたと思っていた幼馴染みの言葉は、天啓のように突き刺さる。 「正直いっちゃえば、ずるい生き物なんだよ女って。イケメンで勉強やスポーツもできて、人気があって・・・のがいいじゃない? 男子からいっても比呂美はそうなんだしさ。まして彼女だったそれこそ不自由しないっていうか・・・」 「もういいっ!!」 つづく
自転車の遠ざかっていく回転音が、隙間風にのって微かに聞こえる。 「・・・全く、勝手にしてくれ・・・」 純は心底ため息を吐きながら、再び寝床に潜った。しかし、目は冴えてしまう。 時は金なり。こっちは青臭い小僧の恋愛劇に付き合ってる暇などないというに、 愛だ恋だを理由にすれば人殺しもまかり通ると思ってやがる青春野郎の迷惑このうえない。 しかしああいった男子に発情する女子がいるんだから、それもまた始末が悪い。 それが妹ときた日には・・・いやそれは構わんが、そのライバルが湯浅比呂美だったことがまた不幸。 気がつけば過ぎたことにネチネチと執着している浅ましい自分がいる。 「つくづく・・・振り回されるな・・・」 どうにも男の生理ってのは身勝手なもので、たかだか数回(数は忘れたが)体を重ねただけで、傲慢な独占欲が沸いてくるらしい。 別に桃色の思い出などなかった。らしく恋人ごっこをして、お決まりの修羅場でお別れするまで、 せいぜいお互い楽しみましょうってつもりだったんだが・・・あの女め。 「お兄ちゃん・・・起きてる?」 気がつけば乃絵が枕元まで来て、暗闇からそっと見つめていた。表情はよく分からないが、枕を抱えているらしい。 それにしてもよくよく見下ろすのがすきだな。ご褒美は縞パンツ鑑賞券でひとつ。 「ん、あぁ・・・よかったのか?行かせて」 問いに答える代わり、ノソノソと布団に潜り込んでくる。別にいちいち了解もとらないし、こっちも聞かない。 どうせ、聞く子でもないしな。 「眞一郎は大丈夫かな?」 責めるような響きはない。だから、一層バツが悪くなってしまう。 「ごめんな」 クスッ 乃絵が笑ったのが伝わる。そうして、そのまま体温がはっきり分かるほどに身を寄せてきた。 心の奥から温もりが溢れてくるのが分かる。幸せになってほしい誰かが傍でそうなるほど嬉しいこともない。 今それが見つからないアイツの苦しみは察して余りある、か。 「眞一郎もそう言ってた、ごめんなって」 マジかよ・・・前言撤回 「俺のほうが気持ちがこもってる」 また笑った。しかし今度はうれしくないね。ちっともうれしくない。 「お兄ちゃんと眞一郎似てる」 あー勘弁してくれ。 「・・・一番いわれたくないことを一番いわれたくない相手からいわれたんだが」 「うん!」 乃絵がオレを抱き枕のようにギュっと抱え、肩にフニフニと頬をすり寄せてくる。 つくづく乃絵には勝てん。・・・し、しかし、しかしこれは我慢の・・・・・・ 「限界だぁ!」 「えっ・・・キャ!」 体を転がして腰に圧し掛かると、馬乗りになって膝で腕を押さえ、上半身をガッチリ拘束してしまう。 「いけない妹にはお兄ちゃんがお仕置きしないとな・・・さ~て、今夜は何が、い・い・か・な?」 トラウマスイッチが発動した乃絵は、四肢をガクガクと震わせ、目に一杯の涙を溜めながら、 カチカチとカスタネットのように鳴る歯で懸命に許しを懇願する。 「お、おおにいちゃ、んん、や・・や、やめて・・・お、おねがい・・・」 しかし一度怯えた獲物に、容赦する獣はいない。むしろその味を甘美にするだけだ。 「では──そのかわいい悲鳴をたっぷりと・・・」 乃絵は拷問台に運ばれる囚人のように、或いは今にも水に沈まん鳥のように必死でもがくが、現実は逃走をよしとしない。 「聞かせてもらうぞぉぉぉー!!!」 そして勢いよく、乃絵の胸のボタンを引きちぎった。 「やめてぇー!!!」 「キャー!助けてー!H!チカン!キンシンソウカン!オカサレルー!」 乃絵がギャーギャーと泣き喚きながら笑い転げる。それでも逃げようとジッタンバッタン暴れ、わけもわからない呪詛を撒き散らす。 だが、四十八の乃絵拷問技がひとつ「純のくすぐり技・クライマックスバージョン」にかかっては何もかもがただ空しい。 しかし、うっかり人に見られたら通報間違いなしのスキンシップだな。 嗚呼、仲良きことは罪深きかな。 ──大気圏軌道上、各国の探査衛星の綿密な監視にもかからず、一機の宇宙船が停泊していた。 怪奇な外装とは裏腹に、船内は広く快適で、地球の文明を遥かに凌駕した科学によって維持されていた。 その中で跋扈し各々の作業に従事する獣たちの模様。 あるものはせはしなく船内の状態をチェックし、あるものは戦利品を丹念に磨き至福のときを過ごす。 頑強な室内で過酷な鍛錬に励むものや、精密な武器のメンテナンスに熱中するものもいる。 そのうちの一体、こと観察を好み、研究に熱心なとある個体が、地上で精を出す仲間の情報に注意を引かれた。 モニターにその地形、敵の数、規模、健康状態などが詳細に映し出される。 情勢はかなり危うく、現地の戦闘部隊に強襲され、その物量作戦に押されつつある。 いや、肉体の消耗と比すれば、いずれ倒れるのは必至というべきか。 だが、たとえ仲間の窮地であろうと彼らの文明には助けたりするという考えはない。 不意の攻撃であれ、一度狩り場に出たものは一個の戦士であり、 その崇高な精神は、与えられた武器と肉体によってのみ守りぬくことこそ誇りとするのだ。 途中で力尽きようと、果敢に闘ったのなら、その勇猛は永久に継がれるだろう。 外から助力を与えることは、彼らの文化、歴史、矜持、何よりその者に対する冒涜だ。 何より予期せぬ試練を超え、勝利を成してこそ地位と栄誉、そこに見合う尊敬と得られる。 敗れたものは己の責任で全てを滅すのが最後の務めであり、 仲間にできるのは完遂できなかったとき、それを代わることだけだ。 「・・・・・・・・・ォォォ」 誰かが呼んでいる。その叫びはずっと遠くからにも聞こえたし、ほんのすぐ近くにも思えた。 ただ確かなのは空耳や幻聴の類ではなく、確かに存在を感じたことだ。 「ォォォォォォォォォオ・・・」 飛行機がずっと遠くから近づくように、何か巨大な圧力がそこいら全体から被さってくる。 と同時に、急速に周囲の感覚が鮮明になり、ぼやけていた輪郭がクッキリと浮かんできた。 「オオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!」 「はっ!」 混濁していた湯浅比呂美の意識が現実に引き戻された。腹に銃弾を受けたあと、ショックで気絶していたのだ。 「んんっ・・・」 手足に力を送り、感覚を確かめる。どこも異常はない。 何時間も眠っていたように思っていたが、気を失っていたのはほんの数秒、いや一瞬だったらしい。 「まだ生きてる・・・」 言い聞かせるように呟くと、辺りを見回す。ここはレイプ男たちの乗ってきたバンの運転席だ。 後部座席は彼女が荒らしたせいで、けっこうな惨事だが、こちらは綺麗に片付いている。 フロントガラスにひびが入っていて、そこから弾が来たのかと思ったが、さっき自分で蹴り上げたものと気付くと可笑しくなった。 「・・・さて、と」 一息ついたのが良かったか、冷静を取り戻した比呂美は、引き出しや鞄を漁り、使えそうなものを探す。 流石というべきか、物騒なものを沢山所持していたようで、手当てに困ることはなかった。 封の開けていないブランデーを傷口にかけ、ホッチキスで周辺の皮を閉じると、ガムテープで腹をグルグル巻きにして、 ロープできつく縛る。学園の才女にしてはお粗末な治療だ。 「ここにいると助からないわね」 自分を巻き込んだ巨大な怪物はきっとあの瓦礫の城の中で、外から来る兵隊をどうにかしているんだろう。 もう一度よく周囲を伺うと、空にはヘリが飛び交い、あちこちの道路にも壁のように建設用の車両が並んで、道を封鎖している。 とはいえ、それらも安全でないようで時折打ちあがるプラズマキャノンが火の玉に変えてしまう。 変幻自在のプレデターは時折、幽霊のように遠くまで現れては、殺戮をたっぷりとして、 警戒網が集まると、盾と罠を込めた塹壕に戻って待ち伏せ追っ手も砕く。 そうしてどうにか、敵の猛攻をやり過ごしていたが、幾重にも敷かれた警戒線を突破するまでには至っていなかった。 しかし、これだけ監視の目が注いでるにも関わらず、比呂美が無視されてるのは幸いだった。 ユタニ軍はプレデターの動きを逃すまいと躍起になっているので、民間人の少女など眼中にないのだ。 「どうしようか」 できればここでやり過ごしたかったが、一刻も早く適切な治療を受けねばいずれ危うい。 とはいえ、この車でユタニの敷いた非常線を突破するのは、映画のヒーローでもなければ無理だ。 彼らに保護してもらう、と以前なら真っ先に考えただろうが、そんな甘い発想はさっきぶっ飛んだ。 彼らは明らかに自衛隊とか、警察とか、一応まともで公な身分のある連中ではない。いってみればワルモノだ。 宇宙人の大捕り者に立ち会ったか弱い目撃者を、親切に生かして帰すとは思えない。 とにかく憶測で悩んでいる暇もないが、こんな時だからこそ、1%でも生存の近い道を探すべきだ。 「・・・助けが必要ね」 しかしさっき脱いだ自分の服から見つけた携帯電話も、圏外の一点張りだった。死体のレイプ犯たちのも同様だ。 「孤立無援・・・四面楚歌・・・」 頭を抱える比呂美。絶望する余裕もないが、途方に暮れて仕舞うのも止められない。 ふと黒い鶏のことを思い出す。雷轟丸と地べた。たしか飛ぼうとして狸喰われたとかで自分が墓を立てたアレだ。 本来、亡くなった両親を想って天に救いを請うのがベタだが、死人が役に立たないことはよく分かっている。 それより、あの2羽のうち、どうして片方だけ助かったのかがヒントになる気がする。 たとえば、狸はきっと今自分を囲んでいる軍隊。雷轟丸が凶暴な怪物で、か弱い少女は真っ白な地べたか。 いや待て、それは安直な置き換えだ。発想はもっと別にある。 狸にとって2匹とも餌だったのになぜ活発な雷轟丸を選んだか、である。 適当に一匹食べて結果的に一方が救われだけか? 黒い羽がおいしく見えたり、暴れたりするのが嗜虐心をそそったからか? 「違う」 人間の発想は捨てろ。狸にとってあれは給食や遊びではなく、狩りなのだ。 鶏にも硬い嘴や爪があり、油断すれば目を抉られる。万一にも負けられぬ真剣勝負であり、油断の入る余地はない。 そういえば自分もついさっき狩りをしたといえる。怪物も今狩りをしているのか。兵隊たちも怪物を狩ろうと必死だ。 ただ今、自分は興味を注がれていないだけで、視野に入ればたちまち引き裂かれるだろう。 「弱いから死んでいく?・・・」 単純な真理、いやそれが本当であるほど、多くが傷つく故、隠された公然の理。 しかし、その優しい幻想に大勢が憑かれ、明白な事実さえ歪んで見ていることに気付かない。 狸は雷轟丸が地べたより容易だと見た。だから喰ったのだ。 平生の振る舞いがどうあれ、どちらが強かったかなど火をみるより明らかだった。 無論ときには臆病も知恵だ。返せば、敢えて死地に向かったほうが助かることもある。 虎に囲まれている今は、虎の穴をくぐるときなのだ。 「私も飛ぶ。飛んだふりも、飛んだ真似も、飛べる理由もいらない。飛ぶだけ」 シートベルトを締め、ハンドルを握る。 生存を勝利とするなら、この場合強さや武器はそれを決定しない。いかにその状況を動かすかだ。 比呂美はキーを回して、今一度勝負に出た。 「まだ好きなの?」 普段着に着替え、運動靴の紐を締めなおす純に乃絵が尋ねる。 「・・・いや。心配なだけさ」 眞一郎には毒づいたが、真夜中に比呂美の行方が知れないと聞けば、やはり穏やかでいられないのが 石動純の性質であったし、そうさせてしまうのが湯浅比呂美のトラブルメーカーぶりだった。 「まぁ見つかったらお礼に一発くらいさせてもらってくる。だから待ってないで寝るんだぞ」 若干期待を込めた冗談で、不安にさせないよう気遣う。 妹も一緒に行くと言い出したが、行方不明が二人になっては困ると押し留めたばかりだ。 「うん!眞一郎に先越されないようにね」 乃絵も満面の笑顔で答える。少々手厳しい返しにしばし唖然とする純。 「・・・ま、まぁじゃあそーいうことだから、行ってくる」 これ以上話してると、もっと恥をかきそうなので戸をあけて夜空に向かう。と、鼻先に何か零れてくる。 「うわっ、雨かぁ・・・。乃絵、合羽持ってきてくれ」 たちまち降り注いでくる雨音を背に、一旦玄関に戻って、中を振り返る。その時、 「お兄ちゃんっ!」 「え」 乃絵が純の背後に見たのは透明な影だった。人型にも見える巨大な空間の塊が、 そこに背景を透かしたまま兄に迫ると、振り返った横っ面を丸太のような腕で打ち抜いた。 板切れのように飛んできた純にぶつかったショックで目の前が真っ白になると、乃絵の意識はさっぱり消えた。 眞一郎は‘あいちゃん’の前まで来て自転車を止める。 女ごころと秋の空、不意の気まぐれで比呂美が訪ねてやしまいかと儚い希望をもってきたが、 そんな期待を締め出すようにシャッターは閉まっている。 「・・・まぁ、当然だよな」 こんなことでいちいち落ち込むまい、と覚悟してきたのに、やはり空振りだと落ち込んでしまう。 おまけに追い討ちをかけるように雨まで降ってくる始末。 さっさと気を切り替えようとペダルを踏みしめたとき、なにか耳にひっかかった。 「・・・ぁ、・・・んっ・・・」 (まだ起きてるのか?) よく見れば、シャッターが完全に閉まりきらず、下からうっすら明かりが漏れている。 雨音でかき消されて、よく分からないが声はそこから聞こえてくる。 「・・・っ!んっ・・・」 隙間が狭いためよく分からないが、多分愛子の声だと思う。 今川焼きの製法を考えたことはないが、ラーメンのように仕込みが必要なのかもしれない。 (比呂美もいるかな?) 邪魔しちゃ悪いなと思ったが、少しでも手がかりがないかという期待が無礼をさせる。 シャッターをノックしようと思って、ついさっき純にのされた記憶が甦る。 近所迷惑になるかと思い、こっそり裏口に回ってみる。幸いか、鍵が開いていたので、こっそりと入ってみた。 (うぅ・・・。やっぱし辞めようかな・・・) 普段よく往来している店なのに、‘無断‘という一字が加わっただけで見知らぬ土地のように思える。 切れ掛かった吊り橋を渡るような慎重さで、おっかなびっくり明かりの出る厨房を目指す。 「もっと・・・頑張って・・・あんっ」 どうやら誰かと一緒のようだ。これは意外と期待してもいいのか。 (お、見つけたぞ) おっかなびっくりこっそりと厨房にかかるドアの隙間から中を覗く。 「・・・・・・っっ!!!」 愛子と談笑する比呂美を予想していたものの、その光景に眞一郎は固まってしまった。 比呂美を乗せた黒いバンが、プレデターの作った塹壕に走る。 柔らかい塊を潰す感触がハンドルに伝わってきたが、その正体が何かは考えないよう集中する。 「えっと、ウィンカー・・・ウィンカー・・・」 急にバケツをひっくり返したような土砂降りの雨が降ってきて、たちまち視界が溺れてしまう。 ガタガタと車体は跳ねどこに進んでいるかも分からない。 ガツンッ 「キャアァ!!」 一瞬、フロントから目を離した隙に、アスファルトが捲れ上がった段差に乗り上げて、車体が上下し、 その勢いで打ち捨てられた装甲車に側面が弾きかえる。 「~~~~~~~っっ!!!」 衝撃が反発してバンはクルクルと回転し、そこいら中の瓦礫を擦って火花を散らした末にヘリの残骸に激突して ようやく止まった。 「あつつっ・・・あ、あれ?」 ドアがグニャグニャに凹んで動かない。仕方ないので、窓から落ちるようにして這い出た。 「なんだかもう、何が起きても驚かないわ・・・」 車から降りるとシャワーのように水滴が顔を刺す。 道路を剥がして出来た水溜りは膝まで登り、それでもまだ浅瀬にいると思える深さがあった。 「ごほっ、ごほっ!」 腹の傷はなんとか止血したが、長くはもたない。もう少し眩暈が始まっている。 殺された兵隊の上等なズボンやブーツ、ジャケットを重量で動けなくならない程度に、体を冷やさないよう たっぷりと着込んだ比呂美は、ヨロヨロとプレデターの罠の巣に潜り込んだ。 「鬼が出るか蛇が出るか・・・今はどっちも可愛いわね・・・」 豪雨の反響で、よく分からないが、そこいら中から銃声や断末魔が小躍りしている。 プレデターが侵入してくる兵たちを打ち破っては、半壊したまま打ち捨ててるせいだ。 とにかくゾワゾワと這い登る不安を無視して、暗く冷たい迷路をひたすら彷徨う。 「・・・だ、だす、げ・・・で・・・」 近くから声がしたほうに目を向けると、そこに誰もいない。 「・・・変ね?」 まさか幽霊だろうか、周囲を伺うが人の影も見つからないと思った矢先その正体に気付いた。 「っ!!・・・そ、そんな!」 比呂美がさっきから壁だと思っていた瓦礫のバリケードに、人間が埋め込まれていたのだ。 手足をめちゃくちゃに砕かれ、ワイヤーでグルグルに巻きつけられたまま、呻いている。 「・・・ま、待ってて!今・・・」 比呂美は非常な人間ではない。時としてそう徹することが出来ても、目の前で無残に苦しんでいる声を聞けば 反射的に動かざるを得ないのだ。そして、 「・・・や・・・やめ・・・やめろぉおおお」 「?・・・っ!!」 比呂美の手が拘束された男の体に掛かった瞬間、その同体を突き破って先を削られた鉄鋼を飛び出てきた。 瞬時に危険を察知して身を翻したとき、足元で何かが滑って、急に地面の感覚が消失した。 「わあぁあああああっ!」 プレデターの仕掛けた罠は二段構えで、餌に近づいた獲物を貫くと同時に、 避けたものも落とし穴に飲み込むものだった。底に針の山をたっぷりと蓄えた、だ。 路上の口は、少女を飲み込むと、すっかり閉じ、また静けさを取り戻す。 そこに、雨粒が不自然な反射をして、電光が弾けると、凶暴なハンターが透明な姿で現れた。 また愚かな獲物が掛かったかと確認しに。 「・・・ん・・・んんっ・・・ん?」 乃絵が目を覚ますと自宅の居間が視野に入ってきた。ただし全てが垂直に反転して、椅子も机も天井に張り付いてる。 ようやく自分が逆さに吊るされていると気付いたのは、意識が覚醒した頃だった。 もっとも、ドレッドヘアにも見える突起を頭から伸ばした爬虫類肌の人型怪物をみたら、また気を失いたくなったが。 「ね、ねぇ。あなた、お兄ちゃんはどこ?」 全身を先住民のような装飾で固めたモンスターは、乃絵を無視して何か作業をしている。 机に機械や薬品、らしき装置をいっぱいに並べてそれらを動かしたり、混ぜたりを繰り返していた。 「ねぇちょっと。聞こえてるの?あなた宇宙人?日本語分かる?私を食べるの?」 無視されたのが腹に据えかねたのか、とにかく問い続ける乃絵。 うるさくなったのか立ち上がった怪物は彼女の眼前まで歩み寄った。 そのときようやく乃絵は、機械のような顔をしたそれが、何かマスクを被っているのだと気付く。 「お兄ちゃんをどうしたの?」 こんな物騒な真似をした輩がまともな対応をするはずがない。 だから、乃絵はまっすぐにその目(と思われる部分)を睨みつけて、問いただした。 キィイイイイイン、ピピピ 怪物が腕に備えた装置を調整すると、マスクに取り付けたライトが点滅する。 「アナタタチ兄妹ハ、協力スル。我々ニ。抵抗ハ、無意味ダ」 レコーダーが不恰好な電子音を奏でた。それでも彼女にはその意味は聞き取れた。 「お兄ちゃんにまず会わせてよ。お願いはそれから」 囚われの少女の毅然とした言葉に首を傾げつつ、頷く怪物。 「それからもー降ろして。もう頭がクラクラ、ってちょっと待っ!」 言い終わる前に輝くリストブレイドを伸ばしたかと思うや、乃絵は床に落ちた。 足を縛るワイヤーは切ってもらったが、頚椎を損傷するとこだったので、ちっとも感謝はしない。 「う~~、いったあい~っ、って待ってよ!」 モンスターは気にする素振りもなく、付いて来いと部屋を移動する。頬を膨らませて追う乃絵。 「・・・クァアアアアッッ・・・・・」 浴槽から蛇が唸るような奇声が轟いている。 あっちにも仲間がいるのか。この怪物はかなり臭うから、人の風呂にでも入ってるに違いない。 「ちょっと!あんたたちのヌードなんて見たく・・・って」 バスタブの前まで来た怪物が乃絵を促すように道を空ける。 その中には、カラスのように真っ黒な‘何か‘が機械に繋がれていた。 参考画像→ http://www.animation.art.br/3dart/venom/venom_midres.jpg 「キシャアアアアッッッ・・・」 自分を縛っていた巨大な獣よりはよっぽど人間らしい体格をしているが、頭のてっぺんからつま先まで ギラギラと黒光りし、ベットリと張り付きそうな粘液のようなもので覆われている。 一番気味悪いのは、耳まで裂けた巨大な口で、そこだけ真っ赤に染まっている。 悪魔の皮を被った人間が不気味に唸りながら、頭に電極を突き刺されて唸っていた。 それが、ふと乃絵を見つめた途端、猛烈に暴れだした。 外れたように開いた顎から突き出た牙が乃絵に掴みかからんとしたとき、プレデターが腕のスイッチを押す。 「ギッ・・・ギャアアアアアアッッッ」 泣きさけぶように真っ黒い生物が苦しみだすと、その体中から真っ黒い皮膚が粘液のように剥がれかかった。 「お兄ちゃん!」 肌を千切るようにして開いた黒い体の内側から石動純の顔が現れる。 そして、プレデターがスイッチを切ると、固いタイルにむかってバッタリと倒れ伏した。 「ぐぅ・・・ぁあ。っ乃絵・・・だ、大丈夫か・・・」 乃絵は虫の息の兄に駆け寄ると抱きしめる。こんな姿になって尚、自分を案じてくれるのか。 顎から下を真っ黒い粘液で覆われた純は、無事な妹にホッとするとプレデターを力なく睨みつけた。 「言われたことは・・・必ずオレが全部やる。だから・・・妹には、乃絵には何もさせないでくれっ!」 プレデターの闘いはその経過も終わりも各々の生き様であり、 一度それが始まってしまえば如何なる場合も決して介入しない。 「それがどうしてオレを闘わせる?」 石動邸の居間に科学者のプレデターと真っ黒い寄生体に身を包む石動純、妹の乃絵がいた。 純が自分を無理やり改造した怪物─知性に優れるこの個体をプロフェッサー(教授)と称す─に毒づく。 寄生体に埋め込まれた機能で、純は流暢にプレデターと会話ができる。 「我々がもっとも多く動く例外が、不適格な技術漏洩だ」 「なに?」 プレデターが未開の種族に知識を提供するのは珍しくない。 しかし精神や社会が未発達の生物群が、それに見合わない強力な技術を入手すれば、収拾のつかない混乱が起きる。 プレデターの備える高度な武器を渡すことは極力避けたい。 妙な話だが、この残虐で獰猛、他の命を奪うことに躊躇や呵責をまるで感じない彼らだからこそ、 その餌ともいうべき下等生物たちの総体的な保護をもう一つの務めとしていた。 「今、仲間を襲っている地上軍たちだ」 プロフェッサーが腕の機械を操作すると、立体映像で過去、そして現在の情報が示される。 「こりゃあ・・・大したもんだね」 その高度な技術と、そこに映された痛ましい惨状、両方に純は感嘆する。 「仲間の鹵獲が濃厚な今、些か不本意ではあるが、連中の徹底した駆逐を行う」 プロフェッサーが、それほど不本意でもなさそうに語る。 と同時に、彼の背後から幾人もの強靭なプレデターが、迷彩装置を解除して姿を現した。 「ひぅっ!」 黙ってプロフェッサーと純の意味不明なやり取りを眺めていた乃絵だったが、 巨大な武器を構えた彼らが兄妹をグルリと囲むにつけ、半ば怪物と化している兄に身を寄せる。 純の感覚は見ることもなく、当然として彼らを察知していたので、驚くこともない。 「こんなに応援がいて、どうしてオレも手伝わにゃならんのだ」 妹をそっと背に隠して純が問う。彼女の手が触れたとき、脳の奥で何か熱い感情が沸いたが、今は無視する。 プロフェッサーは純を包む寄生体─シンビオートと呼ばれている─が 早くも宿主の感情に同調し、強化する兆しを嗅ぎ取ったが、それはいわない。 「依頼は他にあって、それはずっと容易いことだ。成功すれば武功を称えシンビオートは進呈しよう」 「・・・っ!誰がいるか」 ほんの微かにだが、胸のそこでその提案に魅力を覚えた自分がいることを咄嗟に青年は否定した。 「もっとも、相応に命を懸けて臨んでもらう」 プロフェッサーが純の背後から乃絵を引きずり出すと、その腕に自分たち同様のガントレットを装着させる。 「いっつ!・・・離して!」 「妹は関係ないっ!」 乃絵のか細い悲鳴に激高した兄が咄嗟に掴みかかろうとする。しかし 「ずぅっ!?・・・ぎげげ・・がおっ・・・えぁあ!」 たちまち身を包む暗黒の寄生体が間接を捻じ曲げ、器官を圧迫し、神経を突き刺す。 「お兄ちゃん!?」 公害病にかかったように純の体は自ら骨を折らんばかりに歪んで、壮絶な苦悶の表情を晒す。 「ごむむむむうううっっっ!!!」 プロフェッサーがパンパンと手を鳴らすと、糸が切れたように、戒めはとけ、息も絶え絶えと青年は伏した。 「シンビオートの精神回路に、我々への服従を組んである。それにさっきの続きだが・・・」 プロフェッサーが自らのコンソールを操作すると、乃絵の腕の装置も起動し、赤い記号が点滅を始める。 「ちょっと・・・これ外れない!」 「命を懸けるとは、最も尊い存在を失う覚悟だ。妹が弾けて散るのは死ぬより辛いだろう?」 掲げた掌をグーからパーに広げて、何かが開くジェスチャーをする。彼らの言語は分からない乃絵にも その意味するところはすぐに察知できた。全く知りたくはなかったが。 「規定までに完遂できなければ彼女はドカン、というわけだ・・・HAHAHAHAHAHAHA!」 プロフェッサーが濁った声で笑うと、仲間のプレデターも続く。不気味な嗤いが闇夜に消えた。 乱交の宴が終わり、愛子が掃除をして、奥の扉を開くと項垂れている眞一郎を発見した。 「おっ?ど、どうしたのこんなとこで・・・」 眞一郎が赤く腫れた眼で彼女をギラリと見上げる。彼女の肢体に、先ほどの淫欲の影もないが その膨らんだ胸や、丸い臀部に否応なく発情する自分に腹が立つ。 「あ~・・・バレちゃったよね~・・・アハハハ」 悪戯がばれてしまった様に笑って誤魔化す。以前の彼女ならはこんな反応はしなかった。 「いつからこんな・・・いや、それより三代吉は知ってるのか?」 「うぅん。まさかぁ」 不義に胸を痛める素振りもなく、笑顔で答える愛子。それが一層、彼を不愉快にさせた。 「じゃあ、三代吉を裏切ったのか!アイツはずっと・・・ずっとぉ」 しかし彼女は眞一郎の詰まった声にも、その激情にもうろたえず、黙って受け流していた。 「はぁ・・・なんだかなぁ」 愛子がグループ・セックスにのめり込んだのは、眞一郎に振られたことが始まりだった。 三代吉は彼女を懸命に支えたが、罪悪感も手伝ってその好意をありのまま受け入れる、 というのは難しかったし、だからせめてと体も開いたが、 そこは童貞と処女のぎこちない高校生カップル、大失敗に終わった。 互いを傷つける結果にしかならず、別れるでもなく不安定な付き合いのまま煮詰まっていたとき、 「安藤さん、良かったら学園祭一緒にやらない?」 声をかけてきたのは学内のイベントを積極的に盛り上げている、校内で中心の男子グループだった。 元々面倒見もよく、客商売もこなしてる愛子は彼らと創意工夫を共にして、親交を深めていった。 また、女性の扱いに慣れている彼らは愛子に特別な感情を要求することもなく、 楽しむだけの完璧なデートを提供し、はじめて彼女は尽くされるだけの悦びを知った。 「ドキドキしないデートも楽しいかも・・・」 だからそれぞれ彼氏彼女がいることも承知していたし、学園祭大成功の喜びを噛締めた打ち上げで 盛り上がったまま、素肌の付き合いに移行したことも、本人たちには自然な流れであった。 「ねぇ、良かったらさ・・・私のとこでしない?」 店がある愛子にとって、そう自由な時間は手に入らない。 一方、万年金欠に喘ぐ学生にとってホテル代は馬鹿にならない。 両者の利害は一致して、店の売り上げに貢献することや、迷惑にならないことを条件に、夜の‘あいちゃん’ができあがった。 「愛ちゃん、最近元気になったね」 三代吉との仲も回復して、事態は良好に進んでいる。 遊びの付き合いはどうせ卒業までだし、三代吉に話す気もなければ浮気という感情もなかった。 「それでいいのかよ」 一応の筋は通ってるかもしれないが、恋愛に対する軽薄な観方が納得できない。 どうしたってそれは、周りの好意を騙しているんじゃないのか? 三代吉はもちろん、件の彼らだって彼女に本気で恋するかもしれないのに、だ。 「そんな・・・大袈裟じゃない?こんなの、やってる子達はみんなやってるんだから」 ‘みんな’・・・愛子が何の気なしに混ぜた単語のひとつが眞一郎の胸を突き刺す。 「そんなこと、だと?じゃあ・・・ひ、比呂美も、してるってのかよ!?そんなことだってんなら!」 「比呂美?」 何故湯浅比呂美の名が出てくるか分からないが、清楚な彼女と比較して まるで自分を貶める表現に憤りを覚えた愛子は、ちょっと意地悪をする。 「ん~、これは内緒なんだけどぉ・・・噂はぁ、聞くかなぁ」 「!・・・っっう、嘘だ!」 そのあからさまなうろたえ様が可笑しくて、もう少し追い詰めたくなってしまう。 「でも真面目で人気者の子が実は、って多いんだよねぇ。やっぱりモテるんでしょ彼女?」 「それは・・・そうだけど・・・」 モテないわけがない。自分にとってだけでなく、彼女はとても魅力的なのだから。 バスケの選手として他校の生徒からも注目されているのだ。例えば・・・石動純とか。 その瞳に揺らぐ不安を見た愛子は、ますますからかいたくなってしまう。 「こーいっちゃうと可哀相だけど・・・やっぱり女の子的に童貞って頼りないっていうか・・・」 「・・・・・・もういい」 降参を聞こえない振りをして追い討ちをかける。実際は全く根拠に欠けた話だが、思春期の少年にとって 経験豊富な女子、しかもいままで理解していたと思っていた幼馴染みの言葉は、天啓のように突き刺さる。 「正直いっちゃえば、ずるい生き物なんだよ女って。イケメンで勉強やスポーツもできて、人気があって・・・のがいいじゃない? 男子からいっても比呂美はそうなんだしさ。まして彼女だったそれこそ不自由しないっていうか・・・」 「もういいっ!!」 つづく

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