新年度の始まりの続き

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新年度の始まりの続き」(2008/04/04 (金) 04:32:22) の最新版変更点

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=13話以降のお話です ="新年度の始まり"の直後 新年度の始まりの続き 始業式が始まるまで生徒達は教室で雑談していた。 「俺は一発殴りたいな」 三代吉は結構本気だった。 「何で殴るんだよ?」 理由は想像できるが思わず確認してしまう。が、三代吉は睨むだけ。 「あ、謝らないぞ」 「あのなぁ、もし、愛ちゃんがお前の見ている前で同じことしたら、  どう思うよ?」 「う~ん、別に何とも思わないかもな。お前とうまくいってるってことだろ?」 聞いた自分が馬鹿だった、とばかりに三代吉は頭を抱えた。しかし、それを聞 きつけた比呂美の反応は違った。 「…」 何も言わずに眞一郎の横顔を見ているその様子を、朋与とあさみが溜息混じり に文句を言う。 「はぁ、これだもんなぁ」 「どっちかと言うと、うぎゃー、って言いたい」 「え? どうして? 別に何もしてないじゃない」 比呂美は疑問を持った。 「今、自分がどんな顔してたか、分かってないでしょ?」 「見てらんない」 朋与とあさみは、呆れている気持ちを隠そうともしていなかった。 「もう一回名前で呼ばせようかなぁ?」 「うん、それいいね。懲りないとは思うけど」 「ちょっと、もういいでしょ? 眞一郎くんをいじめないでよ」 比呂美は相変わらず防戦を強いられているが、春休みの"ある出来事"がある限 り、そうそう簡単に巻き返すことはできない。 「あら? ちょっと聞きまして?」 「聞きましたわぁ。『いじめないでぇ、私のぉ、私のぉ』でしょ?」 「…」 さすがに少し機嫌が悪くなってきたと見て、朋与が話題を変えた。 「ま、このくらいでいいかな? それよりも、さっきの比呂美の顔、見た?」 「さっきの顔?」 「今度はなぁに?」 「自分では気付いてないんじゃない?」 「ああ、さっきのだらしない顔のこと?」 「そうそう」 「私、見たこと無かったから、ちょっと驚き」 朋与とあさみは比呂美を見ないで話している。まるで本人がいないところで噂 話をしているようだ。 「ちょっとぉ、私がどんな顔してたのよー」 さらに無視して会話が続く。 「あれって、人前でする顔じゃないよね?」 「うん、私はしたことないと思う…」 先程の比呂美の"だらしない顔"は、眞一郎が愛子が自分と同じようなことを三 代吉しても何とも思っていない、それを喜んだ表情だ。つまり、ニヤけていた。 彼氏と呼べる存在を持っていない朋与とあさみは、当然面白くない。 「あんなんでも嬉しいものなんだねぇ~」 「う、うらやましい…」 あさみは面白くない、面白くないが、羨望の眼差しを比呂美に向けてしまった。 「私って、そんなに…喜んでた?」 「うん」 「してた」 すかさず肯定の返事が返ってくる。どう言ったものか考えていると、 「あっ、そうだ。休み前にこんな事あったよね?」 「ま、まだ何かあるの?」 朋与の脳内で再生が開始される。 <もわもわもわ~ん> 3学期。ある日の昼休み、眞一郎は机で絵本のアイデア用に絵を描いていた。 あさみが、次の授業の先生から伝言を受け取り、それを伝えようとしている。 「仲上君! 仲上君っ!」 近づきながら声をかけたが、集中している眞一郎には気付く気配がない。見か ねた比呂美が、 「眞一郎くん」 と呼んだ。それ程大きな声ではないのだが、 「ん、何? どうかしたか?」 打てば響くように顔を上げて、比呂美を見る。 「…」 眞一郎の机の目の前で、あさみは言葉を失う。一部始終を朋与が見ていた。 <もわもわもわ~ん> 「ってことがあったじゃない? 覚えてる?」 かいつまんで説明した朋与が言うと、 「別に大した事じゃない…でしょ?」 「あのねぇ、その時も同じ顔をしてたのよ。さっきのだらしない顔っ」 「思い出したら、ヘコむわぁ、その話。私なんて、全然、目に入らないんだもん」 半目の朋与と、全然にアクセントをつけて話すあさみ。 「私って、何度もその顔をしてたの?」 「してる」 「私は始めて見たけど、驚いた。比呂美っぽくない。うん、比呂美っぽくない」 「そんなに変なの? だって…」 自分では意識していない。ただ眞一郎を見て、何となく"ほわわぁん"な気分に 浸っていることは分かるが、顔に出ている事までは気付かなかった。 「変、と言うか」 「見せ付けられてる感じ」 「…」 いよいよ返答に困ってしまった比呂美。助けを求めようと、眞一郎を見るが、 「こらっ! 逃げるなぁ!」 「また見せ付ける気なの!?」 「えっ!? そ、そんなんじゃなくて…」 「おーい、そろそろ集合だってよー」 比呂美は始業式に助けられたようだ。 「時間切れか…。ふふん、これで追求が終わったと…」 「行こうっ。眞一郎くんっ」 「うん」 朋与から逃げるように比呂美は眞一郎を促し、二人はさっさと歩いていく。 「仲上君を使うとは…」 「面白くない、面白くない」 あさみもそれに同調する。 「何だか、色んなことが起こりそうな予感がすんなぁ」 三代吉は楽しそうだ。 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 始業式が終わった後、三代吉とのんびりと話しながら、ぞろぞろと歩く列の中 に眞一郎がいた。 そこへ比呂美がやってくる。人ごみをバスケで鍛えたフットワークで掻き分け、 一直線だ。 「眞一郎くんっ」 接近と同時に声をかける。途中で何回か「ゆ、湯浅さん」と話しかけられたが、 全て黙殺していた。比呂美の目は眞一郎を探すことに使われ、耳は声を聞き分 けることだけに集中されていた。 「おっ、比呂美。一緒に歩こうか?」 「うん」 三代吉は一歩下がることを余儀なくされ、二人は並んで歩く。しばらくすると、 遅れて朋与とあさみもやってきた。 「は、早すぎ」 「面白くない、面白くない」 追いついた時には、比呂美と眞一郎は笑顔で話している。既に間に入る隙間は 無い。話しかけようにも、楽しげな様子につい躊躇していると、次の話題に変 わっている。幼馴染ならではの話題の連携だった。数年の付き合いでは話にの ることすら難しい。 「くっ、やるわね、比呂美。さっきの続きをしようと思ってたのに…」 「面白くない、面白くない」 「う~ん、愛ちゃんなら何とか間に入れるんじゃないか?」 三代吉の独り言のような提案に朋与が賛成した。 「この間の愛ちゃん? えーと、仲上君のこと、昔から知ってるんだっけ?」 「面白くない、面白くない」 「何なら、全員で帰りに行くか? 部活、無いんだろ?」 「それ採用。あさみ、何をさっきから同じことばっかり繰り返してるのよ?」 「だって、面白くない」 「今川焼きを食べながら、考えましょ?」 「う゛~ん゛」 「今日は楽しそうだなぁ~」 三代吉だけが能天気にその状況を見ていた。 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 二人で離脱しようとするのを、何とか抑えて今川焼き屋"あいちゃん"の前に着 く頃には、朋与は既に疲れていた。 「はぁ、はぁ。私、何してんのかしら?」 「努力は認めてあげるよ? がんばったんじゃない?」 あさみは朋与の援護を少ししかしなかった、矛先が変わりそうになる。 「あんたねぇ、もっと協力しなさいよ」 「あぁ~、ごめん。次は私が…って、こんなの何回もするの?」 「そ、それも疲れるわね」 「あっ、目を離したら…」 比呂美は眞一郎の腕をとって、どこかに行こうとしていた。 「こらっ! 逃げるなぁ~!」 がしっ、と制服を掴む。 「あれぇ? だって…。せっかく早く学校終わって…」 教室からここまで、数えることが難しいくらい繰り返されたやりとり、辛抱強 く朋与が何か言おうとすると、 「あーっ! 久しぶりぃっ!」 愛子が登場した。 「愛ちゃ~ん」 三代吉が喜んで近づく。 「今日は皆で来たんだね! さぁさぁ、入って! 入って!」 鍵を開けて、店内に全員が入っていく。 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 「まだ何も準備してないのに、どうする? お腹、空いてるでしょ?」 愛子は三代吉と二人きりではないのに、特に気にしている様子はない。朋与と あさみは「比呂美にも見習ってもらいたいもんだわ」と思っていた。 「近くで何か食べれるところ、あったっけ?」 「う~ん、あると思うよ? 行ってみる? そんなに離れていない、かな?」 「そっかぁ、行ってみるかぁ」 「うん、行こうっ」 何故だか、比呂美と眞一郎だけが先に移動しようとするのを、愛子が止める。 「ほ~ら、二人とも! ちょっと待って! みんなで一緒に行きましょうよ!」 しっかりと出口方向を小さな体で遮り、他の意見も聞く。 「どうする?」 (おお~、あのタイミングか。勉強になります! 愛ちゃん) 朋与は目を輝かせていた。 (本当に目を離すと、というか基本的にあの二人は周りを無視しすぎ!) あさみは相変わらず面白くなさそうな表情。実際には眞一郎は周りを見ようと するのだが、比呂美がそれを許さない。自分だけに注意がくるように、あれこ れと話しかけ、手を握ったり肩を触ったりしていた。喜ぶ表情が少しでも見て 取れるとさらに調子に乗ってしまう。まれに失敗していたが…。 「愛ちゃん、向うの角のラーメン屋でいいんじゃね?」 三代吉が自分のお気に入りの店を提案した。 「うん、いいね。あの店は安いし。いい?」 愛子は賛成のようだ。 「ラーメンかぁ。久しぶりだなぁ」 「ねぇ、ねぇ。2種類頼んで、半分こしない?」 「はいはい、決まったらさっさと行く!」 愛子が絶妙なタイミングで比呂美と眞一郎の会話を止めて、全員を引き連れて 行った。 (ほほぉ、ああやって誘導するんだ。覚えておこう) 朋与…、二人を制御するスキルが何の役に立つのか、考えた方がいいぞ。 (2つ頼んで、半分こ? そ、そんな事するの?) あさみ…、うらやましいのはわかるが、見ない方がいいんじゃないか? 「オレは、塩バターラーメンだなっ!」 三代吉が愛子と並んで、いつものお気に入りを大きな声で話していた。 その後、平和にラーメン屋で食事をとった。勿論、比呂美と眞一郎は2種類頼 んで、宣言通りに半分ずつ食べていた。朋与とあさみの視線に気付かずに。 さすがに客の回転が早いラーメン屋で、いちいち比呂美をからかっている時間 は無かった。 次なる戦いの場?、は今川焼き屋店内となる。 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 「はいはい、みんな座ってーっ! 飲み物出すからねーっ!」 愛子の元気な声が、それほど大きくない店内に響き渡る。 「はい、眞一郎くんはここね?」 「あ、うん」 比呂美はしっかりと誘導して、列の隅に眞一郎を座らせ自分が横に位置する。 朋与やあさみが、自分越しでしか話しかけることができないようにした。 「あのねぇ、比呂美。そこまでしなくても、取ったりしないってば」 「いつもより動きが素早いし、徹底してない?」 「そ、そんなことないよ…。ふ、普段通りだし…」 誤魔化しきれない比呂美の言い訳に、愛子が話しかける。 「比呂美ちゃん、今日は面白いねー?」 「えっ!? そ、そう、かな?」 大慌ての比呂美を、朋与とあさみが可笑しそうに見ている。 「だって、この間はもっと違ったよー?」 「…」 そう、"ある出来事"があった日、比呂美は大人しくしていた。そうしていると、 眞一郎を"保護"できない。ずっと我慢していて、爆発してしまったのだった。 何をしてしまったか、それぞれ想像してもらいたい。 しばらくは女同士で話している。眞一郎は隅に座ったので、話には加わらなかっ たが、絵本のアイデアを考えていたので、退屈はしていなかった。そんな時に 比呂美が大きな声を上げた。 「えっ!? それはしてないっ! してないよっ!」 「うわっ。どうした? 比呂美?」 「あ、あの…あのね…」 眞一郎へ振り向いた顔が、どんどん赤くなっていく、耳まで染まるのに時間は かからなかった。 「比呂美?」 「…」 遂に俯いて黙り込んでしまった。朋与が代わりに言う。 「ちょっと質問しただけよ。"裸エプロン"とかしてないでしょうね?って」 「…」 眞一郎も黙った。すかさず愛子が話しに加わる。 「ちょっと! 眞一郎っ! 黙るって、どういう事っ!」 「あ、あ…」 今、彼の頭の中で、"春休み中のある日"が再生され始める。 <もわもわもわ~ん> 眞一郎は、比呂美のアパートへの道を歩いている。この日は"時間指定"で来る ように言われていた。 (珍しいこともあるもんだなぁ) などと、ゆっくりと歩いていた。ある程度アパートに近づいてから、電話をす ると、緊張した比呂美の声が聞こえてきた。 『うん…、準備…できてるから…。早く…来てね…』 「わ、わかった」 どうして緊張しているのかは分からないが、扉を開けた眞一郎の目にとんでも ない光景が飛び込んできた。 「…」 「…」 お互いに目を合わせたまま、無言。意を決したように比呂美が言う。 「お、お帰りなさい…。ど…どうする?…」 比呂美の姿に目を奪われながら、眞一郎の返答は、 「……お前…」 だった。これで意味が通じるはずがないが、比呂美には十分だった。返事を待 たずに眞一郎が靴を脱ぎ始める。 「うん…。上がって……、あっ…ちょっ、ん…ん…んっ…」 比呂美は、とても刺激的な"ある姿"をしていた… <もわもわもわ~ん> (いや、あの時はパンツはいてたから…ゲフンゲフン) 眞一郎の脳内で、その時の状況が克明に再生され、終了した。先程の質問に対 する回答が用意される。 「あ、あのなぁ。比呂美がそんな事するはず無いだろ?」 少しだけ声が動揺していたが、まず"いつもの仲上眞一郎"の口調だった。 「なぁんだぁ、比呂美が慌ててたから、既に実行済みかと思ったわよ」 「ほ、ほんとっ!? 仲上君!?」 「ホントだってば」 と返事をしたが、頭の中では、 (完全に裸じゃないから…ゲフンゲフン) と、言い訳していた。 「アヤシイな~? 何か隠している時の眞一郎に見える気がする~」 しかし、愛子の目は完全に誤魔化せていない。さすが、幼馴染だった。 「愛ちゃんまで何言ってるんだよ! 比呂美が困ってるだろ!」 必死な眞一郎。 「ふ~ん? そういう事にしておいてもいいけど? どお? 比呂美ちゃん?」 と、比呂美に話をふる愛子。眞一郎と話しているように見せかけておいて、 油断を突く見事な攻撃だった。その結果は、 「あ、あのぉ…え~っと。だから、し、してない…、まだ…」 だった。それを墓穴を掘ると人は言う。 「あっ! やっぱり実行する気なんだっ! そ、そうなのっ!?」 「えっ!? そ、そこまで…、二人は進んでるの?」 朋与とあさみは見逃さなかった。 「マ、マジかよっ!」 三代吉は何かを想像していた。愛子が叱る。 「三代吉ぃ! 何を考えたか! 言いなさい!」 「うげっ、愛ちゃん! ちょっとタンマ!」 愛子の注意が三代吉にそれた隙を、眞一郎がカバーする。 「だ・か・ら! 比呂美はそんな事できないって!」 「比呂美が言ったのよ、"まだ"って。その気があるってことでしょ?」 追求の手を朋与は緩めない。 「そ…そうなんだ…、二人はそこまで…」 あさみは想像を膨らます。 「…」 比呂美は、恥ずかしくて黙り込んでしまった。 続く…のか? END -あとがき- 本編の様に前回の話から続けて書いてみました。 ちなみに比呂美が出迎えた姿は、ご想像の通り"裸エプロン+縞パンツ"。 「お、お帰りなさい…。ど…どうする?…」 「……お前…」 このやりとりの間には「お風呂にする? ご飯にする? それとも…」が 入るはずですが、恥ずかしがっている比呂美には言わせず、それを分かっ た眞一郎がきちんと回答する、ことにしました。 これが前回のあとがきで書いた、二人きりだと恥ずかしがっているが、 たまに大胆、な比呂美です。どうでしょう? このまま続けるのは、ちょっと苦しいかなぁ。だらだらと話が続いている ような気がする…。 次あたりで区切って、乃絵を出そうか検討中。  ありがとうございました。
=13話以降のお話です ="新年度の始まり"の直後 新年度の始まりの続き 始業式が始まるまで生徒達は教室で雑談していた。 「俺は一発殴りたいな」 三代吉は結構本気だった。 「何で殴るんだよ?」 理由は想像できるが思わず確認してしまう。が、三代吉は睨むだけ。 「あ、謝らないぞ」 「あのなぁ、もし、愛ちゃんがお前の見ている前で同じことしたら、  どう思うよ?」 「う~ん、別に何とも思わないかもな。お前とうまくいってるってことだろ?」 聞いた自分が馬鹿だった、とばかりに三代吉は頭を抱えた。しかし、それを聞 きつけた比呂美の反応は違った。 「…」 何も言わずに眞一郎の横顔を見ているその様子を、朋与とあさみが溜息混じり に文句を言う。 「はぁ、これだもんなぁ」 「どっちかと言うと、うぎゃー、って言いたい」 「え? どうして? 別に何もしてないじゃない」 比呂美は疑問を持った。 「今、自分がどんな顔してたか、分かってないでしょ?」 「見てらんない」 朋与とあさみは、呆れている気持ちを隠そうともしていなかった。 「もう一回名前で呼ばせようかなぁ?」 「うん、それいいね。懲りないとは思うけど」 「ちょっと、もういいでしょ? 眞一郎くんをいじめないでよ」 比呂美は相変わらず防戦を強いられているが、春休みの"ある出来事"がある限 り、そうそう簡単に巻き返すことはできない。 「あら? ちょっと聞きまして?」 「聞きましたわぁ。『いじめないでぇ、私のぉ、私のぉ』でしょ?」 「…」 さすがに少し機嫌が悪くなってきたと見て、朋与が話題を変えた。 「ま、このくらいでいいかな? それよりも、さっきの比呂美の顔、見た?」 「さっきの顔?」 「今度はなぁに?」 「自分では気付いてないんじゃない?」 「ああ、さっきのだらしない顔のこと?」 「そうそう」 「私、見たこと無かったから、ちょっと驚き」 朋与とあさみは比呂美を見ないで話している。まるで本人がいないところで噂 話をしているようだ。 「ちょっとぉ、私がどんな顔してたのよー」 さらに無視して会話が続く。 「あれって、人前でする顔じゃないよね?」 「うん、私はしたことないと思う…」 先程の比呂美の"だらしない顔"は、眞一郎が愛子が自分と同じようなことを三 代吉しても何とも思っていない、それを喜んだ表情だ。つまり、ニヤけていた。 彼氏と呼べる存在を持っていない朋与とあさみは、当然面白くない。 「あんなんでも嬉しいものなんだねぇ~」 「う、うらやましい…」 あさみは面白くない、面白くないが、羨望の眼差しを比呂美に向けてしまった。 「私って、そんなに…喜んでた?」 「うん」 「してた」 すかさず肯定の返事が返ってくる。どう言ったものか考えていると、 「あっ、そうだ。休み前にこんな事あったよね?」 「ま、まだ何かあるの?」 朋与の脳内で再生が開始される。 <もわもわもわ~ん> 3学期。ある日の昼休み、眞一郎は机で絵本のアイデア用に絵を描いていた。 あさみが、次の授業の先生から伝言を受け取り、それを伝えようとしている。 「仲上君! 仲上君っ!」 近づきながら声をかけたが、集中している眞一郎には気付く気配がない。見か ねた比呂美が、 「眞一郎くん」 と呼んだ。それ程大きな声ではないのだが、 「ん、何? どうかしたか?」 打てば響くように顔を上げて、比呂美を見る。 「…」 眞一郎の机の目の前で、あさみは言葉を失う。一部始終を朋与が見ていた。 <もわもわもわ~ん> 「ってことがあったじゃない? 覚えてる?」 かいつまんで説明した朋与が言うと、 「別に大した事じゃない…でしょ?」 「あのねぇ、その時も同じ顔をしてたのよ。さっきのだらしない顔っ」 「思い出したら、ヘコむわぁ、その話。私なんて、全然、目に入らないんだもん」 半目の朋与と、全然にアクセントをつけて話すあさみ。 「私って、何度もその顔をしてたの?」 「してる」 「私は始めて見たけど、驚いた。比呂美っぽくない。うん、比呂美っぽくない」 「そんなに変なの? だって…」 自分では意識していない。ただ眞一郎を見て、何となく"ほわわぁん"な気分に 浸っていることは分かるが、顔に出ている事までは気付かなかった。 「変、と言うか」 「見せ付けられてる感じ」 「…」 いよいよ返答に困ってしまった比呂美。助けを求めようと、眞一郎を見るが、 「こらっ! 逃げるなぁ!」 「また見せ付ける気なの!?」 「えっ!? そ、そんなんじゃなくて…」 「おーい、そろそろ集合だってよー」 比呂美は始業式に助けられたようだ。 「時間切れか…。ふふん、これで追求が終わったと…」 「行こうっ。眞一郎くんっ」 「うん」 朋与から逃げるように比呂美は眞一郎を促し、二人はさっさと歩いていく。 「仲上君を使うとは…」 「面白くない、面白くない」 あさみもそれに同調する。 「何だか、色んなことが起こりそうな予感がすんなぁ」 三代吉は楽しそうだ。 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 始業式が終わった後、三代吉とのんびりと話しながら、ぞろぞろと歩く列の中 に眞一郎がいた。 そこへ比呂美がやってくる。人ごみをバスケで鍛えたフットワークで掻き分け、 一直線だ。 「眞一郎くんっ」 接近と同時に声をかける。途中で何回か「ゆ、湯浅さん」と話しかけられたが、 全て黙殺していた。比呂美の目は眞一郎を探すことに使われ、耳は声を聞き分 けることだけに集中されていた。 「おっ、比呂美。一緒に歩こうか?」 「うん」 三代吉は一歩下がることを余儀なくされ、二人は並んで歩く。しばらくすると、 遅れて朋与とあさみもやってきた。 「は、早すぎ」 「面白くない、面白くない」 追いついた時には、比呂美と眞一郎は笑顔で話している。既に間に入る隙間は 無い。話しかけようにも、楽しげな様子につい躊躇していると、次の話題に変 わっている。幼馴染ならではの話題の連携だった。数年の付き合いでは話にの ることすら難しい。 「くっ、やるわね、比呂美。さっきの続きをしようと思ってたのに…」 「面白くない、面白くない」 「う~ん、愛ちゃんなら何とか間に入れるんじゃないか?」 三代吉の独り言のような提案に朋与が賛成した。 「この間の愛ちゃん? えーと、仲上君のこと、昔から知ってるんだっけ?」 「面白くない、面白くない」 「何なら、全員で帰りに行くか? 部活、無いんだろ?」 「それ採用。あさみ、何をさっきから同じことばっかり繰り返してるのよ?」 「だって、面白くない」 「今川焼きを食べながら、考えましょ?」 「う゛~ん゛」 「今日は楽しそうだなぁ~」 三代吉だけが能天気にその状況を見ていた。 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 二人で離脱しようとするのを、何とか抑えて今川焼き屋"あいちゃん"の前に着 く頃には、朋与は既に疲れていた。 「はぁ、はぁ。私、何してんのかしら?」 「努力は認めてあげるよ? がんばったんじゃない?」 あさみは朋与の援護を少ししかしなかった、矛先が変わりそうになる。 「あんたねぇ、もっと協力しなさいよ」 「あぁ~、ごめん。次は私が…って、こんなの何回もするの?」 「そ、それも疲れるわね」 「あっ、目を離したら…」 比呂美は眞一郎の腕をとって、どこかに行こうとしていた。 「こらっ! 逃げるなぁ~!」 がしっ、と制服を掴む。 「あれぇ? だって…。せっかく早く学校終わって…」 教室からここまで、数えることが難しいくらい繰り返されたやりとり、辛抱強 く朋与が何か言おうとすると、 「あーっ! 久しぶりぃっ!」 愛子が登場した。 「愛ちゃ~ん」 三代吉が喜んで近づく。 「今日は皆で来たんだね! さぁさぁ、入って! 入って!」 鍵を開けて、店内に全員が入っていく。 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 「まだ何も準備してないのに、どうする? お腹、空いてるでしょ?」 愛子は三代吉と二人きりではないのに、特に気にしている様子はない。朋与と あさみは「比呂美にも見習ってもらいたいもんだわ」と思っていた。 「近くで何か食べれるところ、あったっけ?」 「う~ん、あると思うよ? 行ってみる? そんなに離れていない、かな?」 「そっかぁ、行ってみるかぁ」 「うん、行こうっ」 何故だか、比呂美と眞一郎だけが先に移動しようとするのを、愛子が止める。 「ほ~ら、二人とも! ちょっと待って! みんなで一緒に行きましょうよ!」 しっかりと出口方向を小さな体で遮り、他の意見も聞く。 「どうする?」 (おお~、あのタイミングか。勉強になります! 愛ちゃん) 朋与は目を輝かせていた。 (本当に目を離すと、というか基本的にあの二人は周りを無視しすぎ!) あさみは相変わらず面白くなさそうな表情。実際には眞一郎は周りを見ようと するのだが、比呂美がそれを許さない。自分だけに注意がくるように、あれこ れと話しかけ、手を握ったり肩を触ったりしていた。喜ぶ表情が少しでも見て 取れるとさらに調子に乗ってしまう。まれに失敗していたが…。 「愛ちゃん、向うの角のラーメン屋でいいんじゃね?」 三代吉が自分のお気に入りの店を提案した。 「うん、いいね。あの店は安いし。いい?」 愛子は賛成のようだ。 「ラーメンかぁ。久しぶりだなぁ」 「ねぇ、ねぇ。2種類頼んで、半分こしない?」 「はいはい、決まったらさっさと行く!」 愛子が絶妙なタイミングで比呂美と眞一郎の会話を止めて、全員を引き連れて 行った。 (ほほぉ、ああやって誘導するんだ。覚えておこう) 朋与…、二人を制御するスキルが何の役に立つのか、考えた方がいいぞ。 (2つ頼んで、半分こ? そ、そんな事するの?) あさみ…、うらやましいのはわかるが、見ない方がいいんじゃないか? 「オレは、塩バターラーメンだなっ!」 三代吉が愛子と並んで、いつものお気に入りを大きな声で話していた。 その後、平和にラーメン屋で食事をとった。勿論、比呂美と眞一郎は2種類頼 んで、宣言通りに半分ずつ食べていた。朋与とあさみの視線に気付かずに。 さすがに客の回転が早いラーメン屋で、いちいち比呂美をからかっている時間 は無かった。 次なる戦いの場?、は今川焼き屋店内となる。 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 「はいはい、みんな座ってーっ! 飲み物出すからねーっ!」 愛子の元気な声が、それほど大きくない店内に響き渡る。 「はい、眞一郎くんはここね?」 「あ、うん」 比呂美はしっかりと誘導して、列の隅に眞一郎を座らせ自分が横に位置する。 朋与やあさみが、自分越しでしか話しかけることができないようにした。 「あのねぇ、比呂美。そこまでしなくても、取ったりしないってば」 「いつもより動きが素早いし、徹底してない?」 「そ、そんなことないよ…。ふ、普段通りだし…」 誤魔化しきれない比呂美の言い訳に、愛子が話しかける。 「比呂美ちゃん、今日は面白いねー?」 「えっ!? そ、そう、かな?」 大慌ての比呂美を、朋与とあさみが可笑しそうに見ている。 「だって、この間はもっと違ったよー?」 「…」 そう、"ある出来事"があった日、比呂美は大人しくしていた。そうしていると、 眞一郎を"保護"できない。ずっと我慢していて、爆発してしまったのだった。 何をしてしまったか、それぞれ想像してもらいたい。 しばらくは女同士で話している。眞一郎は隅に座ったので、話には加わらなかっ たが、絵本のアイデアを考えていたので、退屈はしていなかった。そんな時に 比呂美が大きな声を上げた。 「えっ!? それはしてないっ! してないよっ!」 「うわっ。どうした? 比呂美?」 「あ、あの…あのね…」 眞一郎へ振り向いた顔が、どんどん赤くなっていく、耳まで染まるのに時間は かからなかった。 「比呂美?」 「…」 遂に俯いて黙り込んでしまった。朋与が代わりに言う。 「ちょっと質問しただけよ。"裸エプロン"とかしてないでしょうね?って」 「…」 眞一郎も黙った。すかさず愛子が話しに加わる。 「ちょっと! 眞一郎っ! 黙るって、どういう事っ!」 「あ、あ…」 今、彼の頭の中で、"春休み中のある日"が再生され始める。 <もわもわもわ~ん> 眞一郎は、比呂美のアパートへの道を歩いている。この日は"時間指定"で来る ように言われていた。 (珍しいこともあるもんだなぁ) などと、ゆっくりと歩いていた。ある程度アパートに近づいてから、電話をす ると、緊張した比呂美の声が聞こえてきた。 『うん…、準備…できてるから…。早く…来てね…』 「わ、わかった」 どうして緊張しているのかは分からないが、扉を開けた眞一郎の目にとんでも ない光景が飛び込んできた。 「…」 「…」 お互いに目を合わせたまま、無言。意を決したように比呂美が言う。 「お、お帰りなさい…。ど…どうする?…」 比呂美の姿に目を奪われながら、眞一郎の返答は、 「……お前…」 だった。これで意味が通じるはずがないが、比呂美には十分だった。返事を待 たずに眞一郎が靴を脱ぎ始める。 「うん…。上がって……、あっ…ちょっ、ん…ん…んっ…」 比呂美は、とても刺激的な"ある姿"をしていた… <もわもわもわ~ん> (いや、あの時はパンツはいてたから…ゲフンゲフン) 眞一郎の脳内で、その時の状況が克明に再生され、終了した。先程の質問に対 する回答が用意される。 「あ、あのなぁ。比呂美がそんな事するはず無いだろ?」 少しだけ声が動揺していたが、まず"いつもの仲上眞一郎"の口調だった。 「なぁんだぁ、比呂美が慌ててたから、既に実行済みかと思ったわよ」 「ほ、ほんとっ!? 仲上君!?」 「ホントだってば」 と返事をしたが、頭の中では、 (完全に裸じゃないから…ゲフンゲフン) と、言い訳していた。 「アヤシイな~? 何か隠している時の眞一郎に見える気がする~」 しかし、愛子の目は完全に誤魔化せていない。さすが、幼馴染だった。 「愛ちゃんまで何言ってるんだよ! 比呂美が困ってるだろ!」 必死な眞一郎。 「ふ~ん? そういう事にしておいてもいいけど? どお? 比呂美ちゃん?」 と、比呂美に話をふる愛子。眞一郎と話しているように見せかけておいて、 油断を突く見事な攻撃だった。その結果は、 「あ、あのぉ…え~っと。だから、し、してない…、まだ…」 だった。それを墓穴を掘ると人は言う。 「あっ! やっぱり実行する気なんだっ! そ、そうなのっ!?」 「えっ!? そ、そこまで…、二人は進んでるの?」 朋与とあさみは見逃さなかった。 「マ、マジかよっ!」 三代吉は何かを想像していた。愛子が叱る。 「三代吉ぃ! 何を考えたか! 言いなさい!」 「うげっ、愛ちゃん! ちょっとタンマ!」 愛子の注意が三代吉にそれた隙を、眞一郎がカバーする。 「だ・か・ら! 比呂美はそんな事できないって!」 「比呂美が言ったのよ、"まだ"って。その気があるってことでしょ?」 追求の手を朋与は緩めない。 「そ…そうなんだ…、二人はそこまで…」 あさみは想像を膨らます。 「…」 比呂美は、恥ずかしくて黙り込んでしまった。 続く…のか? END -あとがき- 本編の様に前回の話から続けて書いてみました。 ちなみに比呂美が出迎えた姿は、ご想像の通り"裸エプロン+縞パンツ"。 「お、お帰りなさい…。ど…どうする?…」 「……お前…」 このやりとりの間には「お風呂にする? ご飯にする? それとも…」が 入るはずですが、恥ずかしがっている比呂美には言わせず、それを分かっ た眞一郎がきちんと回答する、ことにしました。 これが前回のあとがきで書いた、二人きりだと恥ずかしがっているが、 たまに大胆、な比呂美です。どうでしょう? このまま続けるのは、ちょっと苦しいかなぁ。だらだらと話が続いている ような気がする…。 次あたりで区切って、乃絵を出そうか検討中。  ありがとうございました。

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