true MAMAN

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 カチッ  カチッ、カチッ  マウスを操作して、帳簿を入力していく。最近になってソフトをアップデートしたため、どうも勝手が違う。  ああっ、また間違えた。  若い人ならすぐに慣れるのだろうけれど、私のような年齢になると、使いもしない機能足したせいで操作が変わっても、 使いづらくなるばかりだわ。  理恵子は何の建設性もない文句を心の中でパソコンに叩きつけていた。 「おばさん、いる?」  勝手口が開き、眞一郎と同年代の、小柄な女の子が顔を出した。  愛子だ。 「どうしたの?」 「蔵の人に訊いたら、ここから入っていいって言われて。後で家にお酒配達してもらえないですか。急なお客が来る事に なっちゃって」 「わかったわ。誰かに持って行かせます。急ぎではないのね?」 「うん、どうせお酒は夜だから。帳簿つけてるんですか?」 「そうなの。なかなか慣れなくて」 「眞一郎にやらせちゃえばいいのに。それか、比呂美ちゃんとか」 「眞ちゃんはこういうの苦手だから。比呂美ちゃんも部活があるし」  半分は方便である。眞一郎があまり向いていないのは事実だが、比呂美には蔵の仕事を頼むのに抵抗があった。  夜遅くまで、パソコンの前に座って帳簿をつけていた比呂美の姿を思い出す。当時は何も感じていなかったのに、今は それだけでも胸に痛みを感じる。比呂美にとっても明るい記憶の残る場所ではないだろう。 「そういえば眞一郎は?比呂美ちゃんのところ?」 「隣町まで行ってるわ。なんだか画材を切らしたとか言ってたけど」  理恵子も今は眞一郎が絵本作家を目指すことに異議は唱えない事にしている。納得したわけではないが、ひろしがそれ でいいという以上仕様がない。 「愛ちゃんはどうなの?三代吉君だったかしら?仲良くしてる?」  理恵子としては深く考えた言葉ではない。眞一郎がそんなことを言っていたのを思い出したから適当に振った話題である。  だが愛子は何故か一瞬表情を翳らせ、言葉を濁した。 「え、えっと、ははっ。参ったな・・・・」  照れたのだろうか?何か違和感がある。 「・・・・・・・・・」  作業を続けながら、愛子が何か言うのを待った。何も言わずに帰るのならそれでもいい。 「おばさん、誰かに酷い事しちゃって、その人は許してくれて、でも自分は自分を許せなくなった時って、ある?」  理恵子は手を止め、愛子の方をむいた。愛子は自分の言葉に驚いたようだった。 「あ、お、お仕事の邪魔ですよね!すいません、これで失礼します!お酒、よろしくお願いします!」 「ちょっと待って、愛ちゃん」 「は、はい!?」 「ちょっと一休みしようと思ってたの。お茶、付き合っていただける?」  お茶と、羊羹が愛子の前に出された。 「頂き物だけど、どうぞ」 「は、はい、ありがとうございます・・・・・」  理恵子は敢えて訊き直す事をしなかった。ただお茶をゆっくりと飲んでいた。 「・・・・・・私、とても酷い事しちゃったんです・・・・・」  ようやく愛子が口を開いた。 「でも、その人は怒らなくて、それどころか私が気に病まないようにしてくれて、それで私が謝ったらあっさり許してくれて、でも、 私は彼の優しさに甘えてるだけみたいで、それでいいのかなって、えと・・・・何言ってるんだろ、私・・・・」 「・・・・・あるわ」 「え?」 「おばさんにもあったわ、そういう事。もっとも、おばさんの場合はまだ許してもらってるかどうかも怪しいのだけど」  理恵子は自覚していない。比呂美に対しては私、愛子に対してはおばさんと、一人称が異なっている事を。比呂美に対しては 「女」になってしまうのだ。 「でもね、そういう時は、相手が許してくれるかどうかは問題じゃないんじゃないかと思うの」 「問題じゃない?」 「そう。相手を傷つけてしまったのでしょう?それなら、やることは一つだわ」 「一つ・・・・」 「護るのよ。その人を傷つける総てから、その人を護り続けるの。どんな時でも、何があっても。自分を許せるようになる日まで」 「おばさんは・・・・今もそうしてるの?」 「護れてるかどうかわからないけど、少なくとも、見てみぬ振りはしてないわ」  それは、今まで誰にも話すことなく理恵子自身が括った「覚悟」だった。比呂美の母親には自分はなれない。それでも、絶対的 な、盲目的な味方になる事で、比呂美の力になる。比呂美が他校の生徒のバイクで事故を起した日に、理恵子は誓ったのである。 「そう、ですね」  愛子は言った。迷いは完全には晴れていないかもしれないが、少なくとも指針の一つを見つけた、そんな顔をしていた。 「参考になればいいのだけど」 「とっても。やれることをやっていきます」  愛子はそういって席を立った 「それじゃ、私、これで帰ります。これ、どこに片付ければ・・・・?」 「そのままにしておいてくださいな。私も帳簿に戻らなくてはね」 「やっぱり比呂美ちゃんにも覚えてもらえばいいのに。どうせおばさんの仕事は比呂美ちゃんが引き継ぐんでしょ?」  くるっ、という勢いで理恵子が振り向いた。ポニーテール風にまとめた後ろ髪がパサリと揺れ、目を円くした理恵子を見て、 愛子は可愛いと思った。 「跡・・・継ぎ?」 「え?ええ・・・そうなります・・・・よね?」 「そう・・・そうよね。比呂美ちゃんも覚えることに意味はあるのよね・・・・どうして気が付かなかったのかしら・・・・・」 「お、おばさん?」 「ありがとう、愛子ちゃん。おばさんもまだやれることがあったわ」  自分に比呂美のためにやれることがある。仲上家の女子ではなく、仲上家の嫁なら教えられることもある。理恵子はらしく もなく、鼻歌さえ歌いながらパソコンに向かい合った。 時期は[[ママンの黙認]]より前、春休みです
 カチッ  カチッ、カチッ  マウスを操作して、帳簿を入力していく。最近になってソフトをアップデートしたため、どうも勝手が違う。  ああっ、また間違えた。  若い人ならすぐに慣れるのだろうけれど、私のような年齢になると、使いもしない機能足したせいで操作が変わっても、 使いづらくなるばかりだわ。  理恵子は何の建設性もない文句を心の中でパソコンに叩きつけていた。 「おばさん、いる?」  勝手口が開き、眞一郎と同年代の、小柄な女の子が顔を出した。  愛子だ。 「どうしたの?」 「蔵の人に訊いたら、ここから入っていいって言われて。後で家にお酒配達してもらえないですか。急なお客が来る事に なっちゃって」 「わかったわ。誰かに持って行かせます。急ぎではないのね?」 「うん、どうせお酒は夜だから。帳簿つけてるんですか?」 「そうなの。なかなか慣れなくて」 「眞一郎にやらせちゃえばいいのに。それか、比呂美ちゃんとか」 「眞ちゃんはこういうの苦手だから。比呂美ちゃんも部活があるし」  半分は方便である。眞一郎があまり向いていないのは事実だが、比呂美には蔵の仕事を頼むのに抵抗があった。  夜遅くまで、パソコンの前に座って帳簿をつけていた比呂美の姿を思い出す。当時は何も感じていなかったのに、今は それだけでも胸に痛みを感じる。比呂美にとっても明るい記憶の残る場所ではないだろう。 「そういえば眞一郎は?比呂美ちゃんのところ?」 「隣町まで行ってるわ。なんだか画材を切らしたとか言ってたけど」  理恵子も今は眞一郎が絵本作家を目指すことに異議は唱えない事にしている。納得したわけではないが、ひろしがそれ でいいという以上仕様がない。 「愛ちゃんはどうなの?三代吉君だったかしら?仲良くしてる?」  理恵子としては深く考えた言葉ではない。眞一郎がそんなことを言っていたのを思い出したから適当に振った話題である。  だが愛子は何故か一瞬表情を翳らせ、言葉を濁した。 「え、えっと、ははっ。参ったな・・・・」  照れたのだろうか?何か違和感がある。 「・・・・・・・・・」  作業を続けながら、愛子が何か言うのを待った。何も言わずに帰るのならそれでもいい。 「おばさん、誰かに酷い事しちゃって、その人は許してくれて、でも自分は自分を許せなくなった時って、ある?」  理恵子は手を止め、愛子の方をむいた。愛子は自分の言葉に驚いたようだった。 「あ、お、お仕事の邪魔ですよね!すいません、これで失礼します!お酒、よろしくお願いします!」 「ちょっと待って、愛ちゃん」 「は、はい!?」 「ちょっと一休みしようと思ってたの。お茶、付き合っていただける?」  お茶と、羊羹が愛子の前に出された。 「頂き物だけど、どうぞ」 「は、はい、ありがとうございます・・・・・」  理恵子は敢えて訊き直す事をしなかった。ただお茶をゆっくりと飲んでいた。 「・・・・・・私、とても酷い事しちゃったんです・・・・・」  ようやく愛子が口を開いた。 「でも、その人は怒らなくて、それどころか私が気に病まないようにしてくれて、それで私が謝ったらあっさり許してくれて、でも、 私は彼の優しさに甘えてるだけみたいで、それでいいのかなって、えと・・・・何言ってるんだろ、私・・・・」 「・・・・・あるわ」 「え?」 「おばさんにもあったわ、そういう事。もっとも、おばさんの場合はまだ許してもらってるかどうかも怪しいのだけど」  理恵子は自覚していない。比呂美に対しては私、愛子に対してはおばさんと、一人称が異なっている事を。比呂美に対しては 「女」になってしまうのだ。 「でもね、そういう時は、相手が許してくれるかどうかは問題じゃないんじゃないかと思うの」 「問題じゃない?」 「そう。相手を傷つけてしまったのでしょう?それなら、やることは一つだわ」 「一つ・・・・」 「護るのよ。その人を傷つける総てから、その人を護り続けるの。どんな時でも、何があっても。自分を許せるようになる日まで」 「おばさんは・・・・今もそうしてるの?」 「護れてるかどうかわからないけど、少なくとも、見てみぬ振りはしてないわ」  それは、今まで誰にも話すことなく理恵子自身が括った「覚悟」だった。比呂美の母親には自分はなれない。それでも、絶対的 な、盲目的な味方になる事で、比呂美の力になる。比呂美が他校の生徒のバイクで事故を起した日に、理恵子は誓ったのである。 「そう、ですね」  愛子は言った。迷いは完全には晴れていないかもしれないが、少なくとも指針の一つを見つけた、そんな顔をしていた。 「参考になればいいのだけど」 「とっても。やれることをやっていきます」  愛子はそういって席を立った 「それじゃ、私、これで帰ります。これ、どこに片付ければ・・・・?」 「そのままにしておいてくださいな。私も帳簿に戻らなくてはね」 「やっぱり比呂美ちゃんにも覚えてもらえばいいのに。どうせおばさんの仕事は比呂美ちゃんが引き継ぐんでしょ?」  くるっ、という勢いで理恵子が振り向いた。ポニーテール風にまとめた後ろ髪がパサリと揺れ、目を円くした理恵子を見て、 愛子は可愛いと思った。 「跡・・・継ぎ?」 「え?ええ・・・そうなります・・・・よね?」 「そう・・・そうよね。比呂美ちゃんも覚えることに意味はあるのよね・・・・どうして気が付かなかったのかしら・・・・・」 「お、おばさん?」 「ありがとう、愛子ちゃん。おばさんもまだやれることがあったわ」  自分に比呂美のためにやれることがある。仲上家の女子ではなく、仲上家の嫁なら教えられることもある。理恵子はらしく もなく、鼻歌さえ歌いながらパソコンに向かい合った。                                       了 時期は[[ママンの黙認]]より前、春休みです

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