新年度の始まり-6

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新年度の始まり-6」(2008/04/07 (月) 02:06:37) の最新版変更点

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<p>=注記:仲上酒造が誇張して描かれています。<br /> =   これは、朋与とあさみが始めて訪問するから、です。<br /> =   何もかも珍しくて大げさに感じている、と考えて下さい。<br /> =5のあとがきで予告した新キャラは、ボツになりました。</p> <p><br /> 新年度の始まり-6</p> <p><br /> がばっと眞一郎が抱き寄せる。背中に腕が回り、少しきつめの抱擁。<br /> 「えっ!? ちょっ!」<br /> 「比呂美ぃ~」<br /> 眞一郎はまだ寝ぼけていた。<br /> 「もう…、しょうがないなぁ~♪」<br /> これ以上無いくらい甘ったるい比呂美の声が、朝日が差し込む部屋で響いた。</p> <p>「ほぉ~らぁ~♪ 起きてぇ~♪ 眞一郎く~ん♪」<br /> 比呂美が自分の体を全て押し付けるようにして、眞一郎の腕の中でくねくねと<br /> 甘えるように暴れている。<br /> 「比呂美ぃ」<br /> しかし、それを押さえ込むようにして、眞一郎の腕に力が入る。<br /> 「あっ、こらぁ♪ ダメだよぉ♪ 起きてぇ~♪ 起きてってばぁ~♪」<br /> ますます声が甘くなる。&quot;頬をすりすり&quot;が追加された。<br /> 「ん~、比呂美を捕まえたぁ~」<br /> 完全に寝ぼけている眞一郎は、まだ夢でも見ているようだった。<br /> 「…」<br /> 比呂美の動きが止まった。<br /> 「放すもんかぁ~」<br /> 「うん、放さないでね…。私も…このままずっと…んっ…」<br /> 朝ごはんの為に起こしに来た事をすっかり忘れてしまったようだ。<br /> 1階から「二人とも! ごはん冷めるわよ!」の声がかかるまで、そのままの<br /> 姿勢で止まっていた。比呂美は大慌てで眞一郎を起こしてから、朝食をとった。</p> <p>― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―</p> <p>「あっ! 来た来たっ! お~い!」<br /> 愛子が元気に手を振っている。<br /> 「よぉ、愛ちゃん!」<br /> 三代吉が駆け寄ってきた。<br /> 「遅い!」<br /> 「女の子を待たせるなんて!」<br /> 朋与とあさみは腕を組みながら、抗議していた。<br /> 「わりぃ、ちょっと家の手伝いを…って、何だか3人とも気合入ってんなぁ、<br />  一番は愛ちゃんだけど」<br /> 愛子、朋与、あさみは&quot;勝負服だろ? それ?&quot;な格好だ。春らしく淡い色使いが<br /> 多いが、どれも良く似合っていた。<br /> 「愛ちゃん、似合ってるよ~」<br /> 三代吉がだらしない顔で愛子に擦り寄っていく。<br /> 「はいっ! 全員揃ったから、行こう!」<br /> 愛子が先頭に立って歩き始めた。</p> <p>(うぅ…、眠い…)<br /> 朋与は夜遅くまであさみの電話に付き合い、寝不足だった。少しだけ元気がな<br /> いが、始めて眞一郎の家に行くのでそれなりに緊張していた。</p> <p>(な、仲上くんのおうちかぁ…。部屋とか入ったり……うっ…)<br /> あさみは違った意味で緊張していた。眞一郎の家には比呂美がいる。自分では<br /> 明確に意識してはいないが、ある意味&quot;敵地&quot;と言うこともできた。<br /> しかし、昨日の会話を思い出してしまう。<br /> (『当たって砕ける?』)<br /> (「ああぁ、今当たったら、絶対砕ける…、砕け散っちゃう…」)<br /> あさみは少ししか眠れなかった。昨日の今日で、いきなりお宅訪問である。<br /> しかも、眞一郎の両親がいるであろう家に。<br /> (ど、どうしよう?…)</p> <p>三代吉が愛子にあれこれと話しかけて、それに答えている以外には会話がない。<br /> 朋与とあさみは何となく言葉少なに歩いていた。やがて、仲上の家が近づいた。<br /> 「ほら! 見えてきたよ! あれ! あの敷地全部が眞一郎の家だよ!」<br /> 愛子が指差す先を見ると、<br /> 「えっ…」<br /> 「うそぉ…」<br /> 始めて見る朋与とあさみは言葉を失っていた。<br /> 「やっぱデケェよなぁ、眞一郎の家は。ほとんどが酒蔵だとしてもなぁ」<br /> 「そうだね、アタシ達は慣れてるけど、始めてだと驚くかもね? どお?」<br /> 愛子が朋与とあさみに振り向く。<br /> 「…」<br /> 「…」<br /> まだ驚いているようだ。<br /> 「でもね? 実際に眞一郎が住んでるのは端の方だから、全部が家じゃないよ?」<br /> 愛子の声が耳に届いていないようだった。<br /> 「はいはい、さっさと行きましょう?」<br /> 後ろに回りこまれて背中を押され、やっと2人が歩き出した。<br /> (マ、マジで? こんな家だったんだ…)<br /> 朋与は聞いていた話で何となく想像していたが、それ以上の規模と重厚な作りに、<br /> 驚きを隠せないでいる。<br /> (仲上くん、やっぱり、すごいなぁ…)<br /> あさみの興味は家ではなく、眞一郎だった。やがて、4人は玄関にたどり着いた。</p> <p>― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―</p> <p>訪問客を迎えるため、玄関は大きく開かれていた。<br /> 「こんにちはーっ!」<br /> 愛子が大きな声で呼びかけると、<br /> 「あれ? 愛ちゃん? まだ早いよ?」<br /> 大きな木の衝立の上から、眞一郎の顔がひょっこりと現れた。<br /> 「何か手伝うことがあればって思ってね!」<br /> 「そっか…、ありがと。丁度良かったかも…」<br /> そう言いながら眞一郎が全身を現した。<br /> 「あれ~? 今日は和服なんだ?」<br /> 「馬子にも衣装か?」<br /> 眞一郎は着物を着ていた。それを愛子と三代吉に指摘されたのだった。<br /> 「あぁ、これね? 一応着るみたいなんだよね、今日は」<br /> 背筋を伸ばしてきびきびと愛子達の方へ歩いてきた。<br /> 「玄関は靴でいっぱいになるから、皆の分は向うに置こうかな? うん。<br />  さあ、遠慮しないで上がって、こっちだから…」<br /> 眞一郎は勝手口の方へ案内した。その後、家の奥の方へ行き、<br /> 「比呂美ー、皆が手伝ってくれるってさー」<br /> と、声をかけた。</p> <p>振袖姿の比呂美が、襖の向うから眞一郎と共に何か小声で話しながらすすすと<br /> 歩いてきた。<br /> 「あれぇ? まだ1時間くらい早いよ?」<br /> 「比呂美ちゃん! やっぱり似合うね!」<br /> 「ありがとう、でも愛ちゃんも今日は可愛い服だね? あっ、朋与もあさみも、<br />  うん、いい感じだよ~」<br /> 比呂美は朝から上機嫌を継続中だ。穏やかな笑顔で淑やかな対応だった。いか<br /> にも和服姿に合った声色だ。<br /> 「…」<br /> 「…」<br /> 朋与とあさみは、またも言葉を失っていた。<br /> 「どうしたの?」<br /> 小首を傾げながら比呂美が2人に近づく。<br /> 「あっ、うん。振袖、いいなぁと思ってね」<br /> 朋与はやっと我に返ったようだ。<br /> 「ちょっと、色々驚いちゃった…」<br /> あさみが驚いたのは、眞一郎と比呂美の姿と、自分では言葉に出来ない二人の<br /> 一体感だった。比呂美へ話しかける時の動き、言葉、そしてそれに答える振袖<br /> 姿での仕草、佇まい。何よりも寄り添って並んだ時に眞一郎を見る瞳。<br /> 自分が羨望してやまないものが、目の前にあったのだった。<br /> (あぁ、いい…それ……いいなぁ。うん…そう…それよ、それ)</p> <p>「まあ、昼飯分は働かないとな? 俺や比呂美もそうだけど…」<br /> 「任せとけって、旨いもん食えると思って、朝メシ少なめにしてきたしよー」<br /> 「お前…、前にもそんなこと言ってたよな?」<br /> 「いいじゃねかよ…、そん時もちゃんと働いたろ?」<br /> 「まぁな、俺は三代吉と向う、比呂美は愛ちゃん達と母さんの方へ行ってよ」<br /> 「うん、眞一郎くん、またね?」<br /> 「ああ、後でな。じゃ、行こうぜ三代吉」<br /> 「おおっ! さあ、今日は何が食えるんだろうなーっ?」<br /> 「…」<br /> 眞一郎は三代吉を連れ、酒蔵の方へ行ったようだ。</p> <p>「あっ! こんにちはぁ」<br /> 眞一郎の母へ気安げに声をかけたのは愛子だ。<br /> 「あらぁ、愛ちゃん。早いわねぇ」<br /> 着物姿で振り向いて笑顔を向けた。<br /> 「手伝いますよ! この2人も!」<br /> 「ありがとう、助かるわ。よろしくね?」<br /> 「はいっ」<br /> 「は、はいっ!」<br /> 必要以上に気合の入った返事は、勿論あさみだ。朋与は心配そうな視線を向け<br /> ていたが、あさみは気付かなかった。</p> <p>― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―</p> <p>仲上家での&quot;集まり&quot;が大広間で始まってから、30分くらい経過している。<br /> 眞一郎の父が上座に座って、訪問客と話したり、自らが動いて酌をしたり、普<br /> 段とは違う顔を見せていた。母親の方は基本的に料理を運んだりしているが、<br /> 訪問客との会話も多い。自然と比呂美に負担がかかりそうな状況だが、近所の<br /> 主婦達も&quot;集まり&quot;が始まった時点で手伝うようになったので、それ程忙しくは<br /> なかった。結果的に、&quot;特定の一人&quot;の世話をするようになる。<br /> 「はいっ、眞一郎くん」<br /> 「おっ、ありがと。比呂美もなるべく食べなよ?」<br /> 「うんっ」<br /> 終始笑顔を崩さず、かといって大きな声で笑ったりはしていない。あくまでも<br /> 振袖に合った仕草は崩さなかった。しかし、きっちりと眞一郎の隣に寄り添い、<br /> 出来上がった料理を持ってきたりしていた。<br /> 上座で二人が仲良くしている姿は、とても微笑ましく訪問客の目に映っていた。</p> <p>三代吉、愛子、朋与、あさみは、4人で上座に最も近い場所が割り当てられて<br /> いる。振舞われている料理は、仕出しと思われる高級そうなものに、心づくし<br /> の手料理が追加された、とても良い組み合わせだ。<br /> 「おおーっ、コレすげぇ旨いぜぇ~」<br /> 三代吉は上機嫌で食べていた。<br /> 「良くそんなに遠慮なく食べれるね?」<br /> 愛子が少し呆れ気味に話しかけるが、<br /> 「ん…んぐっ。え? だって、旨いぜ?」<br /> 「あのさぁ、周り見てみな? お偉方ばっかりだよ?」<br /> 愛子が指摘したのは、自分達と周囲との差だった。眞一郎の昨日の話では、大<br /> した事無い&quot;集まり&quot;だったが、実際にはそれなりに地元の名士と言われている<br /> お歴々が勢揃いしていたのだ。しかし、自分達は普通の高校生だ。居心地がい<br /> いとは言えなかった。<br /> 三代吉以外の3人は、小さくなって少しずつ料理を口に運んでいた。<br /> (ちょっと、何これ? 私達、いていいの?)<br /> 朋与も愛子と同じ様な感想を抱いていた。<br /> (私も着物、着たいなぁ)<br /> あさみは違う意味で食事が進んでいないようだ。周りなんて見る余裕はない、<br /> 眞一郎が昨日から気になって仕方ない状態が続いている。さらに和服姿を見て<br /> からは、そちらばかり見ないようにすることで精一杯だった。</p> <p>そんな時、眞一郎が自分の隣に戻ってきた比呂美と少し話し、その後に父親に<br /> 何か確認を取っていた。そして比呂美にもう一度何かを話すと、自分のお膳ご<br /> と4人の前に移動してきた。<br /> 「や、お邪魔していいよな?」<br /> 「どうしたんだよ? やっぱ、オレらといた方がいいんか?」<br /> 「まぁな。あ、比呂美はそっちな? あと何を持ってくればいいんだろ?」<br /> 「いいよ、私が運ぶから。眞一郎くんは座ってて」<br /> 「ん~、分かった。じゃあ、頼むな?」<br /> 「うん。ねぇ? 朋与とあさみも少し、飲んでみる?」<br /> 「えっ?」<br /> 「え?」<br /> 「ふふっ、お試しだよ? お試し」<br /> と、笑ってから比呂美が何かを取りに行ったようだ。<br /> 「眞一郎、アタシ達に気を使ったの?」<br /> 愛子が何かに気付いて質問した。<br /> 「ん? まぁ、向うだと窮屈で、人がいっぱい来るし。ここの方が気楽そうだっ<br />  たからね。やっと食べれるようになるよ。朝から動いていて、腹減ってるん<br />  だよなぁ」<br /> そう言って、眞一郎はいつもの表情で、ほとんど手付かずだった料理を食べ始<br /> める。その様子は三代吉と変わらない。<br /> (ふ~ん、眞一郎もそういう事が分かって、できるようになったのかな?<br />  それにしても、これだけの人の前でよくもまあ、堂々としてるわね。<br />  どっちかって言うと、三代吉は馬鹿っぽく見えて、実は度胸があるのかな?)<br /> 愛子はそんな2人を見比べるようにしていたが、気付くと自分も普段の様な落<br /> ち着いた気持ちになって、周囲があまり気にならなくなっていた。<br /> 「ん?」<br /> よく見ると、三代吉の料理があまり減っていないことに気付いた。食べ始めた<br /> 眞一郎と同じくらいだ。<br /> (え? 三代吉ってば食べてるフリして、騒いでいただけ?。アタシ達が緊張<br />  してるのが分かってたの? 眞一郎は三代吉に気を使ってたんだ…)</p> <p>「お待たせ~」<br /> 比呂美が料理などを沢山持ってきた。<br /> 「朋与とあさみは、後でね? はい、眞一郎くん、これ」<br /> 「ん? さんきゅ。おっ、きたきた~。おい、三代吉。湯のみ出せよ」<br /> 「あ? まだお茶なんて飲まねぇぞ?」<br /> 「いいのか? &quot;特別なお茶&quot;だぞ?」<br /> その口調で何か気付いた三代吉の表情が変わった。<br /> 「お? そうかぁ、&quot;特別&quot;かぁ。ちっと、もらおうかな?」<br /> 「ほれ」<br /> 「お、うんうん。確かに&quot;特別&quot;、だな?」<br /> 「だろ?」<br /> 眞一郎と三代吉は、何やらニヤニヤしながら&quot;特別なお茶&quot;と料理を交互に楽し<br /> んでいた。<br /> 「ほどほどにね?」<br /> 比呂美がその様子を微笑んで見ながら、一応注意した。<br /> 「分かってるって。比呂美はやめといた方がいいよな?」<br /> 「うん、私は皆と話してるね?」<br /> 「了解。三代吉、もう少し、いるか?」<br /> 男同士で仲良く食べたり飲んだりしている。それを見てから愛子が比呂美に話<br /> しかける。<br /> 「比呂美ちゃんも食べたら? 減ってないよ?」<br /> 「うん、これからやっとだよ~。愛ちゃん、どお?」<br /> 「そうだね~。何だか、すごいね? この&quot;集まり&quot;。ちょっとびっくり」<br /> 「え? そっち? お料理はどお?」<br /> 「あら、その話だったの? うん、おいしいよ。比呂美ちゃんも作った?」<br /> 「ううん、私は下ごしらえばっかり。&quot;まだまだ&quot;なんだってさ…」<br /> 「厳し~い」<br /> 「そうでもないけどね」<br /> 「眞一郎がいるから、耐えられる?」<br /> 「えっ? あ…あの……その…、えっと…」<br /> 言葉を詰まらせてしまう比呂美を見て、朋与とあさみも会話に加わってくる。<br /> 「せっかく振袖着てるのに~、いつもの比呂美になっちゃった」<br /> 「はははっ、ホントだぁ~」<br /> 「今のがどうして、&quot;いつもの&quot;私なのよ~」<br /> これを機に4人にとって、ここがまるで&quot;あいちゃん&quot;にいる時のような調子で<br /> 会話が始まる。高校生らしい、騒がしい会話だ。<br /> それを横目で見た眞一郎の目が少し細まる。リラックスして楽しげな比呂美の<br /> 様子に、安心したようだった。<br /> 時折眞一郎が呼ばれ、それに比呂美が付いていってその場にいなくなっても、<br /> 4人は緊張することなく、普段通りにしていた。楽しい時間はあっという間に<br /> 過ぎていく。二人が席を外している時に、眞一郎の父がやってきた。<br /> 「こんにちは。料理はどうかな?」<br /> 愛子が代表して応対する。<br /> 「とてもおいしいですよ! 今日はありがとうございます!」<br /> 「手伝ってもらったようだから、こちらがお礼する方だよ。家内がデザートを<br />  後で用意するから、食べ過ぎないようにしてもらうと有難いな」<br /> 眞一郎の父は、なるべく優しい口調になる様に気をつけていた。<br /> 「はい!」<br /> 愛子の返事を聞くと、眞一郎の父が一つ頷いて、他の訪問客へ挨拶に行った。</p> <p>「そろそろお開きかな? 帰る人がいるみたいだ」<br /> 眞一郎が言うと、<br /> 「じゃあ、私はお見送りしなくちゃ。眞一郎くんはどうするの?」<br /> 比呂美が聞いてくる。<br /> 「俺も行くよ。皆はまだここにいてくれる? 母さんがお手伝いのお礼するっ<br />  て言ってたし。」<br /> 「わかった。ここでだらだらしてればいいのか?」<br /> 「それか、奥の居間でもいいよ。場所、分かるだろ?」<br /> 「ああ」<br /> 「片付けは?」<br /> 愛子が会話に加わってきた。<br /> 「そっちは大丈夫、近所のおばさん達がしてくれるって」<br /> 「いいのかなぁ?」<br /> 「ああ、気にしなくていいって」<br /> それだけ言うと眞一郎は見送る為に玄関へ向った。</p> <p>― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―</p> <p>招待客を見送って玄関の扉を閉めた後、二人は立ち話をしている。<br /> 「ふぅ、疲れたぁ」<br /> 「結構大勢きたね?」<br /> 「比呂美、お疲れさん」<br /> 「うん、眞一郎くんも」<br /> 「俺はまだ大丈夫だけど、比呂美は着替えるのか?」<br /> 「そうしようかな? デザート食べたいもん」<br /> 「なるほどね。じゃあ、先に居間にいるぞ。待たせない方がいいだろ?」<br /> 「うん、そうだね。後でね?……ん…」<br /> 周囲を見回した眞一郎が、軽く唇を合わせた。<br /> 「もう…、慌てないで?」<br /> 「簡単に言うなよ、比呂美だって…」<br /> 「あ~っ! 私のせいにした~♪」<br /> 「ははっ」<br /> 笑顔でしばしの別れを惜しんで、それぞれ元の比呂美の部屋と居間へ向った。</p> <p>すっと、襖を開いて居間に入ると、少し油断していた4人が、<br /> 「「「「わっ!」」」」<br /> びっくりしていた。<br /> 「はははっ、何でそんなに驚いてるのさ?」<br /> 眞一郎は笑いながら座った。<br /> 「あのなぁ、オレはこういうの慣れてないんだよ~。ちっとは分かれ」<br /> 「あれだけ食べておいて、良く言うよなぁ」<br /> 「まぁな」<br /> 「眞一郎、お茶飲む?」<br /> 何故かお茶担当をしている愛子が聞くが、<br /> 「紅茶を比呂美が入れるみたいだから、それを待とうかな? ケーキだから」<br /> の回答に、<br /> 「ケーキ!」<br /> いち早く反応したのは、あさみだった。<br /> 「あさみ…」<br /> 朋与は、夜遅くまで延々と相談しておきながら、ケーキに反応したあさみを少<br /> し睨んでいた。しばらく5人で話していたが、あさみの視線はちらちらと眞一<br /> 郎へ向けられている。朋与は心配だった。<br /> (この子、何かする気? まさか…ねぇ?)</p> <p>そこへ、普段着に着替えた比呂美と眞一郎の母が、居間へやってきた。<br /> 「はい、遠慮しないで食べてね? 今日はお手伝いありがとう」<br /> 「みんな~、ケーキだよ~」<br /> 2人が座って、紅茶と一緒に配り始めたところで、眞一郎が立ち上がった。<br /> 「俺は着替えてくるから、先に食べてて」<br /> 「うん、分かった」<br /> 眞一郎が居間を出てから、遂にあさみが動いた。<br /> 「トイレ、借りていい?」<br /> 「うん、場所分かるよね?」<br /> 「大丈夫、一回借りたから…」<br /> あさみも居間を出て行った。<br /> (ま、ま、ま、まさか! あの子…)<br /> 朋与は大きな不安を感じていた。</p> <p>― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―</p> <p><サントラの&quot;溢れ出る、気持ち&quot;を再生しながら読むとアニメ風、かな?><br /> <上手くペース配分して遅めで読むと、いいところでサビになるはず…></p> <p>(どこかな? 仲上くん…)<br /> 朋与の不安は的中していた。あさみは眞一郎を探している。</p> <p>(どこ? どこなの? 仲上くん…)<br /> 全身の神経を研ぎ澄まし、目で、耳で、肌で、眞一郎を探す。</p> <p>(どこにいるの? 仲上くん…)<br /> 昨日、今日とずっと考えていた。体中を焦燥感が駆け巡り、自分でも抑えきれ<br /> ないくらいだった。</p> <p>(もう見ているだけじゃイヤ。もっと近くで…もっと近くに…)<br /> 視界に入ったり、声が耳に届く度に心臓がどきどきしていた。</p> <p>(仲上くん…。私に笑顔を向けて欲しい…、私を見て欲しい…、私に…)<br /> 自分を抑える為、普段通りにしていたつもりだが、それが気持ちの暴走を無理<br /> 矢理押し込む結果となってしまった。</p> <p>(もっと……もっと……近くに、一緒にいたい……)<br /> 今、眞一郎は一人。いいチャンスだと感じた瞬間、体が動いていた。</p> <p>(あの時…そう、あの時から…、雪の降る日に見た時から…)<br /> &quot;当たったら砕ける&quot;とか、比呂美の存在さえ頭にはない。今、あさみが感じる<br /> のは、眞一郎を想うことの心地良さ、他は何もない。</p> <p>(仲上くん! 仲上くん! 仲上くん!)<br /> 眞一郎を追い求めることだけが、全ての思考を支配している。</p> <p>「あっ…」<br /> 廊下の曲がり角で眞一郎の着物の色がすっと消えた。全身は見えなかったが、<br /> 何度も見ていた色だ、見間違いはない。彼の父親の色とは全然違う。</p> <p>あさみが突撃する。眞一郎を想う心が体を動かす、背中が見えた。<br /> そのままの勢いで抱きついてしまう。<br /> 抱きつかれた方は、&quot;何かとても軟らかい物&quot;が押し付けられ、ぐにゃっとした<br /> 感覚に体が固まってしまった。</p> <p>「好きなの!」<br /> 「えっ?」<br /> あさみの気持ちが心臓の鼓動となって、背中に伝わっていく。</p> <p><br /> 続き…読みますか?</p> <p><br /> END</p> <p> </p> <p>-あとがき-<br /> 7話風に切ってみました。この辺りから本格的に朋与とあさみが主役のはず。<br /> さて、次はどうなることやら…。</p> <p>この後も比呂美&眞一郎のイチャイチャ描写+朋与とあさみの奮闘路線で。<br />  ありがとうございました。</p> <p> </p>
<p>=注記:仲上酒造が誇張して描かれています。<br /> =   これは、朋与とあさみが始めて訪問するから、です。<br /> =   何もかも珍しくて大げさに感じている、と考えて下さい。<br /> =5のあとがきで予告した新キャラは、ボツになりました。</p> <p><br /> 新年度の始まり-6</p> <p><br /> がばっと眞一郎が抱き寄せる。背中に腕が回り、少しきつめの抱擁。<br /> 「えっ!? ちょっ!」<br /> 「比呂美ぃ~」<br /> 眞一郎はまだ寝ぼけていた。<br /> 「もう…、しょうがないなぁ~♪」<br /> これ以上無いくらい甘ったるい比呂美の声が、朝日が差し込む部屋で響いた。</p> <p>「ほぉ~らぁ~♪ 起きてぇ~♪ 眞一郎く~ん♪」<br /> 比呂美が自分の体を全て押し付けるようにして、眞一郎の腕の中でくねくねと<br /> 甘えるように暴れている。<br /> 「比呂美ぃ」<br /> しかし、それを押さえ込むようにして、眞一郎の腕に力が入る。<br /> 「あっ、こらぁ♪ ダメだよぉ♪ 起きてぇ~♪ 起きてってばぁ~♪」<br /> ますます声が甘くなる。&quot;頬をすりすり&quot;が追加された。<br /> 「ん~、比呂美を捕まえたぁ~」<br /> 完全に寝ぼけている眞一郎は、まだ夢でも見ているようだった。<br /> 「…」<br /> 比呂美の動きが止まった。<br /> 「放すもんかぁ~」<br /> 「うん、放さないでね…。私も…このままずっと…んっ…」<br /> 朝ごはんの為に起こしに来た事をすっかり忘れてしまったようだ。<br /> 1階から「二人とも! ごはん冷めるわよ!」の声がかかるまで、そのままの<br /> 姿勢で止まっていた。比呂美は大慌てで眞一郎を起こしてから、朝食をとった。</p> <p>― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―</p> <p>「あっ! 来た来たっ! お~い!」<br /> 愛子が元気に手を振っている。<br /> 「よぉ、愛ちゃん!」<br /> 三代吉が駆け寄ってきた。<br /> 「遅い!」<br /> 「女の子を待たせるなんて!」<br /> 朋与とあさみは腕を組みながら、抗議していた。<br /> 「わりぃ、ちょっと家の手伝いを…って、何だか3人とも気合入ってんなぁ、<br />  一番は愛ちゃんだけど」<br /> 愛子、朋与、あさみは&quot;勝負服だろ? それ?&quot;な格好だ。春らしく淡い色使いが<br /> 多いが、どれも良く似合っていた。<br /> 「愛ちゃん、似合ってるよ~」<br /> 三代吉がだらしない顔で愛子に擦り寄っていく。<br /> 「はいっ! 全員揃ったから、行こう!」<br /> 愛子が先頭に立って歩き始めた。</p> <p>(うぅ…、眠い…)<br /> 朋与は夜遅くまであさみの電話に付き合い、寝不足だった。少しだけ元気がな<br /> いが、始めて眞一郎の家に行くのでそれなりに緊張していた。</p> <p>(な、仲上くんのおうちかぁ…。部屋とか入ったり……うっ…)<br /> あさみは違った意味で緊張していた。眞一郎の家には比呂美がいる。自分では<br /> 明確に意識してはいないが、ある意味&quot;敵地&quot;と言うこともできた。<br /> しかし、昨日の会話を思い出してしまう。<br /> (『当たって砕ける?』)<br /> (「ああぁ、今当たったら、絶対砕ける…、砕け散っちゃう…」)<br /> あさみは少ししか眠れなかった。昨日の今日で、いきなりお宅訪問である。<br /> しかも、眞一郎の両親がいるであろう家に。<br /> (ど、どうしよう?…)</p> <p>三代吉が愛子にあれこれと話しかけて、それに答えている以外には会話がない。<br /> 朋与とあさみは何となく言葉少なに歩いていた。やがて、仲上の家が近づいた。<br /> 「ほら! 見えてきたよ! あれ! あの敷地全部が眞一郎の家だよ!」<br /> 愛子が指差す先を見ると、<br /> 「えっ…」<br /> 「うそぉ…」<br /> 始めて見る朋与とあさみは言葉を失っていた。<br /> 「やっぱデケェよなぁ、眞一郎の家は。ほとんどが酒蔵だとしてもなぁ」<br /> 「そうだね、アタシ達は慣れてるけど、始めてだと驚くかもね? どお?」<br /> 愛子が朋与とあさみに振り向く。<br /> 「…」<br /> 「…」<br /> まだ驚いているようだ。<br /> 「でもね? 実際に眞一郎が住んでるのは端の方だから、全部が家じゃないよ?」<br /> 愛子の声が耳に届いていないようだった。<br /> 「はいはい、さっさと行きましょう?」<br /> 後ろに回りこまれて背中を押され、やっと2人が歩き出した。<br /> (マ、マジで? こんな家だったんだ…)<br /> 朋与は聞いていた話で何となく想像していたが、それ以上の規模と重厚な作りに、<br /> 驚きを隠せないでいる。<br /> (仲上くん、やっぱり、すごいなぁ…)<br /> あさみの興味は家ではなく、眞一郎だった。やがて、4人は玄関にたどり着いた。</p> <p>― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―</p> <p>訪問客を迎えるため、玄関は大きく開かれていた。<br /> 「こんにちはーっ!」<br /> 愛子が大きな声で呼びかけると、<br /> 「あれ? 愛ちゃん? まだ早いよ?」<br /> 大きな木の衝立の上から、眞一郎の顔がひょっこりと現れた。<br /> 「何か手伝うことがあればって思ってね!」<br /> 「そっか…、ありがと。丁度良かったかも…」<br /> そう言いながら眞一郎が全身を現した。<br /> 「あれ~? 今日は和服なんだ?」<br /> 「馬子にも衣装か?」<br /> 眞一郎は着物を着ていた。それを愛子と三代吉に指摘されたのだった。<br /> 「あぁ、これね? 一応着るみたいなんだよね、今日は」<br /> 背筋を伸ばしてきびきびと愛子達の方へ歩いてきた。<br /> 「玄関は靴でいっぱいになるから、皆の分は向うに置こうかな? うん。<br />  さあ、遠慮しないで上がって、こっちだから…」<br /> 眞一郎は勝手口の方へ案内した。その後、家の奥の方へ行き、<br /> 「比呂美ー、皆が手伝ってくれるってさー」<br /> と、声をかけた。</p> <p>振袖姿の比呂美が、襖の向うから眞一郎と共に何か小声で話しながらすすすと<br /> 歩いてきた。<br /> 「あれぇ? まだ1時間くらい早いよ?」<br /> 「比呂美ちゃん! やっぱり似合うね!」<br /> 「ありがとう、でも愛ちゃんも今日は可愛い服だね? あっ、朋与もあさみも、<br />  うん、いい感じだよ~」<br /> 比呂美は朝から上機嫌を継続中だ。穏やかな笑顔で淑やかな対応だった。いか<br /> にも和服姿に合った声色だ。<br /> 「…」<br /> 「…」<br /> 朋与とあさみは、またも言葉を失っていた。<br /> 「どうしたの?」<br /> 小首を傾げながら比呂美が2人に近づく。<br /> 「あっ、うん。振袖、いいなぁと思ってね」<br /> 朋与はやっと我に返ったようだ。<br /> 「ちょっと、色々驚いちゃった…」<br /> あさみが驚いたのは、眞一郎と比呂美の姿と、自分では言葉に出来ない二人の<br /> 一体感だった。比呂美へ話しかける時の動き、言葉、そしてそれに答える振袖<br /> 姿での仕草、佇まい。何よりも寄り添って並んだ時に眞一郎を見る瞳。<br /> 自分が羨望してやまないものが、目の前にあったのだった。<br /> (あぁ、いい…それ……いいなぁ。うん…そう…それよ、それ)</p> <p>「まあ、昼飯分は働かないとな? 俺や比呂美もそうだけど…」<br /> 「任せとけって、旨いもん食えると思って、朝メシ少なめにしてきたしよー」<br /> 「お前…、前にもそんなこと言ってたよな?」<br /> 「いいじゃねかよ…、そん時もちゃんと働いたろ?」<br /> 「まぁな、俺は三代吉と向う、比呂美は愛ちゃん達と母さんの方へ行ってよ」<br /> 「うん、眞一郎くん、またね?」<br /> 「ああ、後でな。じゃ、行こうぜ三代吉」<br /> 「おおっ! さあ、今日は何が食えるんだろうなーっ?」<br /> 「…」<br /> 眞一郎は三代吉を連れ、酒蔵の方へ行ったようだ。</p> <p>「あっ! こんにちはぁ」<br /> 眞一郎の母へ気安げに声をかけたのは愛子だ。<br /> 「あらぁ、愛ちゃん。早いわねぇ」<br /> 着物姿で振り向いて笑顔を向けた。<br /> 「手伝いますよ! この2人も!」<br /> 「ありがとう、助かるわ。よろしくね?」<br /> 「はいっ」<br /> 「は、はいっ!」<br /> 必要以上に気合の入った返事は、勿論あさみだ。朋与は心配そうな視線を向け<br /> ていたが、あさみは気付かなかった。</p> <p>― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―</p> <p>仲上家での&quot;集まり&quot;が大広間で始まってから、30分くらい経過している。<br /> 眞一郎の父が上座に座って、訪問客と話したり、自らが動いて酌をしたり、普<br /> 段とは違う顔を見せていた。母親の方は基本的に料理を運んだりしているが、<br /> 訪問客との会話も多い。自然と比呂美に負担がかかりそうな状況だが、近所の<br /> 主婦達も&quot;集まり&quot;が始まった時点で手伝うようになったので、それ程忙しくは<br /> なかった。結果的に、&quot;特定の一人&quot;の世話をするようになる。<br /> 「はいっ、眞一郎くん」<br /> 「おっ、ありがと。比呂美もなるべく食べなよ?」<br /> 「うんっ」<br /> 終始笑顔を崩さず、かといって大きな声で笑ったりはしていない。あくまでも<br /> 振袖に合った仕草は崩さなかった。しかし、きっちりと眞一郎の隣に寄り添い、<br /> 出来上がった料理を持ってきたりしていた。<br /> 上座で二人が仲良くしている姿は、とても微笑ましく訪問客の目に映っていた。</p> <p>三代吉、愛子、朋与、あさみは、4人で上座に最も近い場所が割り当てられて<br /> いる。振舞われている料理は、仕出しと思われる高級そうなものに、心づくし<br /> の手料理が追加された、とても良い組み合わせだ。<br /> 「おおーっ、コレすげぇ旨いぜぇ~」<br /> 三代吉は上機嫌で食べていた。<br /> 「良くそんなに遠慮なく食べれるね?」<br /> 愛子が少し呆れ気味に話しかけるが、<br /> 「ん…んぐっ。え? だって、旨いぜ?」<br /> 「あのさぁ、周り見てみな? お偉方ばっかりだよ?」<br /> 愛子が指摘したのは、自分達と周囲との差だった。眞一郎の昨日の話では、大<br /> した事無い&quot;集まり&quot;だったが、実際にはそれなりに地元の名士と言われている<br /> お歴々が勢揃いしていたのだ。しかし、自分達は普通の高校生だ。居心地がい<br /> いとは言えなかった。<br /> 三代吉以外の3人は、小さくなって少しずつ料理を口に運んでいた。<br /> (ちょっと、何これ? 私達、いていいの?)<br /> 朋与も愛子と同じ様な感想を抱いていた。<br /> (私も着物、着たいなぁ)<br /> あさみは違う意味で食事が進んでいないようだ。周りなんて見る余裕はない、<br /> 眞一郎が昨日から気になって仕方ない状態が続いている。さらに和服姿を見て<br /> からは、そちらばかり見ないようにすることで精一杯だった。</p> <p>そんな時、眞一郎が自分の隣に戻ってきた比呂美と少し話し、その後に父親に<br /> 何か確認を取っていた。そして比呂美にもう一度何かを話すと、自分のお膳ご<br /> と4人の前に移動してきた。<br /> 「や、お邪魔していいよな?」<br /> 「どうしたんだよ? やっぱ、オレらといた方がいいんか?」<br /> 「まぁな。あ、比呂美はそっちな? あと何を持ってくればいいんだろ?」<br /> 「いいよ、私が運ぶから。眞一郎くんは座ってて」<br /> 「ん~、分かった。じゃあ、頼むな?」<br /> 「うん。ねぇ? 朋与とあさみも少し、飲んでみる?」<br /> 「えっ?」<br /> 「え?」<br /> 「ふふっ、お試しだよ? お試し」<br /> と、笑ってから比呂美が何かを取りに行ったようだ。<br /> 「眞一郎、アタシ達に気を使ったの?」<br /> 愛子が何かに気付いて質問した。<br /> 「ん? まぁ、向うだと窮屈で、人がいっぱい来るし。ここの方が気楽そうだっ<br />  たからね。やっと食べれるようになるよ。朝から動いていて、腹減ってるん<br />  だよなぁ」<br /> そう言って、眞一郎はいつもの表情で、ほとんど手付かずだった料理を食べ始<br /> める。その様子は三代吉と変わらない。<br /> (ふ~ん、眞一郎もそういう事が分かって、できるようになったのかな?<br />  それにしても、これだけの人の前でよくもまあ、堂々としてるわね。<br />  どっちかって言うと、三代吉は馬鹿っぽく見えて、実は度胸があるのかな?)<br /> 愛子はそんな2人を見比べるようにしていたが、気付くと自分も普段の様な落<br /> ち着いた気持ちになって、周囲があまり気にならなくなっていた。<br /> 「ん?」<br /> よく見ると、三代吉の料理があまり減っていないことに気付いた。食べ始めた<br /> 眞一郎と同じくらいだ。<br /> (え? 三代吉ってば食べてるフリして、騒いでいただけ?。アタシ達が緊張<br />  してるのが分かってたの? 眞一郎は三代吉に気を使ってたんだ…)</p> <p>「お待たせ~」<br /> 比呂美が料理などを沢山持ってきた。<br /> 「朋与とあさみは、後でね? はい、眞一郎くん、これ」<br /> 「ん? さんきゅ。おっ、きたきた~。おい、三代吉。湯のみ出せよ」<br /> 「あ? まだお茶なんて飲まねぇぞ?」<br /> 「いいのか? &quot;特別なお茶&quot;だぞ?」<br /> その口調で何か気付いた三代吉の表情が変わった。<br /> 「お? そうかぁ、&quot;特別&quot;かぁ。ちっと、もらおうかな?」<br /> 「ほれ」<br /> 「お、うんうん。確かに&quot;特別&quot;、だな?」<br /> 「だろ?」<br /> 眞一郎と三代吉は、何やらニヤニヤしながら&quot;特別なお茶&quot;と料理を交互に楽し<br /> んでいた。<br /> 「ほどほどにね?」<br /> 比呂美がその様子を微笑んで見ながら、一応注意した。<br /> 「分かってるって。比呂美はやめといた方がいいよな?」<br /> 「うん、私は皆と話してるね?」<br /> 「了解。三代吉、もう少し、いるか?」<br /> 男同士で仲良く食べたり飲んだりしている。それを見てから愛子が比呂美に話<br /> しかける。<br /> 「比呂美ちゃんも食べたら? 減ってないよ?」<br /> 「うん、これからやっとだよ~。愛ちゃん、どお?」<br /> 「そうだね~。何だか、すごいね? この&quot;集まり&quot;。ちょっとびっくり」<br /> 「え? そっち? お料理はどお?」<br /> 「あら、その話だったの? うん、おいしいよ。比呂美ちゃんも作った?」<br /> 「ううん、私は下ごしらえばっかり。&quot;まだまだ&quot;なんだってさ…」<br /> 「厳し~い」<br /> 「そうでもないけどね」<br /> 「眞一郎がいるから、耐えられる?」<br /> 「えっ? あ…あの……その…、えっと…」<br /> 言葉を詰まらせてしまう比呂美を見て、朋与とあさみも会話に加わってくる。<br /> 「せっかく振袖着てるのに~、いつもの比呂美になっちゃった」<br /> 「はははっ、ホントだぁ~」<br /> 「今のがどうして、&quot;いつもの&quot;私なのよ~」<br /> これを機に4人にとって、ここがまるで&quot;あいちゃん&quot;にいる時のような調子で<br /> 会話が始まる。高校生らしい、騒がしい会話だ。<br /> それを横目で見た眞一郎の目が少し細まる。リラックスして楽しげな比呂美の<br /> 様子に、安心したようだった。<br /> 時折眞一郎が呼ばれ、それに比呂美が付いていってその場にいなくなっても、<br /> 4人は緊張することなく、普段通りにしていた。楽しい時間はあっという間に<br /> 過ぎていく。二人が席を外している時に、眞一郎の父がやってきた。<br /> 「こんにちは。料理はどうかな?」<br /> 愛子が代表して応対する。<br /> 「とてもおいしいですよ! 今日はありがとうございます!」<br /> 「手伝ってもらったようだから、こちらがお礼する方だよ。家内がデザートを<br />  後で用意するから、食べ過ぎないようにしてもらうと有難いな」<br /> 眞一郎の父は、なるべく優しい口調になる様に気をつけていた。<br /> 「はい!」<br /> 愛子の返事を聞くと、眞一郎の父が一つ頷いて、他の訪問客へ挨拶に行った。</p> <p>「そろそろお開きかな? 帰る人がいるみたいだ」<br /> 眞一郎が言うと、<br /> 「じゃあ、私はお見送りしなくちゃ。眞一郎くんはどうするの?」<br /> 比呂美が聞いてくる。<br /> 「俺も行くよ。皆はまだここにいてくれる? 母さんがお手伝いのお礼するっ<br />  て言ってたし。」<br /> 「わかった。ここでだらだらしてればいいのか?」<br /> 「それか、奥の居間でもいいよ。場所、分かるだろ?」<br /> 「ああ」<br /> 「片付けは?」<br /> 愛子が会話に加わってきた。<br /> 「そっちは大丈夫、近所のおばさん達がしてくれるって」<br /> 「いいのかなぁ?」<br /> 「ああ、気にしなくていいって」<br /> それだけ言うと眞一郎は見送る為に玄関へ向った。</p> <p>― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―</p> <p>招待客を見送って玄関の扉を閉めた後、二人は立ち話をしている。<br /> 「ふぅ、疲れたぁ」<br /> 「結構大勢きたね?」<br /> 「比呂美、お疲れさん」<br /> 「うん、眞一郎くんも」<br /> 「俺はまだ大丈夫だけど、比呂美は着替えるのか?」<br /> 「そうしようかな? デザート食べたいもん」<br /> 「なるほどね。じゃあ、先に居間にいるぞ。待たせない方がいいだろ?」<br /> 「うん、そうだね。後でね?……ん…」<br /> 周囲を見回した眞一郎が、軽く唇を合わせた。<br /> 「もう…、慌てないで?」<br /> 「簡単に言うなよ、比呂美だって…」<br /> 「あ~っ! 私のせいにした~♪」<br /> 「ははっ」<br /> 笑顔でしばしの別れを惜しんで、それぞれ元の比呂美の部屋と居間へ向った。</p> <p>すっと、襖を開いて居間に入ると、少し油断していた4人が、<br /> 「「「「わっ!」」」」<br /> びっくりしていた。<br /> 「はははっ、何でそんなに驚いてるのさ?」<br /> 眞一郎は笑いながら座った。<br /> 「あのなぁ、オレはこういうの慣れてないんだよ~。ちっとは分かれ」<br /> 「あれだけ食べておいて、良く言うよなぁ」<br /> 「まぁな」<br /> 「眞一郎、お茶飲む?」<br /> 何故かお茶担当をしている愛子が聞くが、<br /> 「紅茶を比呂美が入れるみたいだから、それを待とうかな? ケーキだから」<br /> の回答に、<br /> 「ケーキ!」<br /> いち早く反応したのは、あさみだった。<br /> 「あさみ…」<br /> 朋与は、夜遅くまで延々と相談しておきながら、ケーキに反応したあさみを少<br /> し睨んでいた。しばらく5人で話していたが、あさみの視線はちらちらと眞一<br /> 郎へ向けられている。朋与は心配だった。<br /> (この子、何かする気? まさか…ねぇ?)</p> <p>そこへ、普段着に着替えた比呂美と眞一郎の母が、居間へやってきた。<br /> 「はい、遠慮しないで食べてね? 今日はお手伝いありがとう」<br /> 「みんな~、ケーキだよ~」<br /> 2人が座って、紅茶と一緒に配り始めたところで、眞一郎が立ち上がった。<br /> 「俺は着替えてくるから、先に食べてて」<br /> 「うん、分かった」<br /> 眞一郎が居間を出てから、遂にあさみが動いた。<br /> 「トイレ、借りていい?」<br /> 「うん、場所分かるよね?」<br /> 「大丈夫、一回借りたから…」<br /> あさみも居間を出て行った。<br /> (ま、ま、ま、まさか! あの子…)<br /> 朋与は大きな不安を感じていた。</p> <p>― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―</p> <p><サントラの&quot;溢れ出る、気持ち&quot;を再生しながら読むとアニメ風、かな?><br /> <上手くペース配分して遅めで読むと、いいところでサビになるはず…></p> <p>(どこかな? 仲上くん…)<br /> 朋与の不安は的中していた。あさみは眞一郎を探している。</p> <p>(どこ? どこなの? 仲上くん…)<br /> 全身の神経を研ぎ澄まし、目で、耳で、肌で、眞一郎を探す。</p> <p>(どこにいるの? 仲上くん…)<br /> 昨日、今日とずっと考えていた。体中を焦燥感が駆け巡り、自分でも抑えきれ<br /> ないくらいだった。</p> <p>(もう見ているだけじゃイヤ。もっと近くで…もっと近くに…)<br /> 視界に入ったり、声が耳に届く度に心臓がどきどきしていた。</p> <p>(仲上くん…。私に笑顔を向けて欲しい…、私を見て欲しい…、私に…)<br /> 自分を抑える為、普段通りにしていたつもりだが、それが気持ちの暴走を無理<br /> 矢理押し込む結果となってしまった。</p> <p>(もっと……もっと……近くに、一緒にいたい……)<br /> 今、眞一郎は一人。いいチャンスだと感じた瞬間、体が動いていた。</p> <p>(あの時…そう、あの時から…、雪の降る日に見た時から…)<br /> &quot;当たったら砕ける&quot;とか、比呂美の存在さえ頭にはない。今、あさみが感じる<br /> のは、眞一郎を想うことの心地良さ、他は何もない。</p> <p>(仲上くん! 仲上くん! 仲上くん!)<br /> 眞一郎を追い求めることだけが、全ての思考を支配している。</p> <p>「あっ…」<br /> 廊下の曲がり角で眞一郎の着物の色がすっと消えた。全身は見えなかったが、<br /> 何度も見ていた色だ、見間違いはない。彼の父親の色とは全然違う。</p> <p>あさみが突撃する。眞一郎を想う心が体を動かす、背中が見えた。<br /> そのままの勢いで抱きついてしまう。<br /> 抱きつかれた方は、&quot;何かとても軟らかい物&quot;が押し付けられ、ぐにゃっとした<br /> 感覚に体が固まってしまった。</p> <p>「好きなの!」<br /> 「えっ?」<br /> あさみの気持ちが心臓の鼓動となって、背中に伝わっていく。</p> <p><br /> 続き…読みますか?</p> <p><br /> END</p> <p>-あとがき-<br /> 7話風に切ってみました。この辺りから本格的に朋与とあさみが主役のはず。<br /> さて、次はどうなることやら…。</p> <p>この後も比呂美&眞一郎のイチャイチャ描写+朋与とあさみの奮闘路線で。<br />  ありがとうございました。</p> <p> </p>

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