true MAMAN 明日がいい日でありますように

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 土曜日の午後。  天気はやや風の強い晴れ。  天気予報によれば明日も晴れ。 「これなら、予定通り、決行できそうだな」 「そうッスね!俺、楽しみッス!」 「それじゃ、明日は予定通りということでよろしいのですね?」 「ああ、そうだな」 「比呂美、今日はうちに来るんだろ?」 「うん、おばさんのお手伝いするから」 「明日ホントにいいのか、俺たちまで呼ばれて?愛子が私も手伝える事あれば、て言って たぞ」 「ありがとう。でもお台所、3人入ると少し手狭だから」  同じ日の放課後である。比呂美は帰宅後、仲上の家に来る事になっていた。  もう今では校内でどんな話をしていても周囲の目を気にする事はない。昼休みに校庭で 堂々のプロポーズをして以来、それまでの好奇や冷やかしの視線も気にならなくなってい た。  それはともかく、仲上家来訪の目的である。比呂美は料理の手伝いをしに行くのだ。  つまり、明日、仲上酒造従業員一同で花見をすることになっており、花見に持っていく 料理を理恵子と比呂美で用意するということだった。  そこに愛子や三代吉、さらに朋与やあさみといった面々も呼ぶという話になり、それを 受けての三代吉の発言である。  ちなみに同じく宴に招かれている比呂美の親友は、 「あたしが厨房に立ったら料理の半分が毒物に、半分が生ゴミになる」  と嘯(うそぶ)き、初めから客人に徹する事を宣言していた。 「しかし何人分作る事になるんだ?2人で作れるのか?」  三代吉のもっともな疑問に対し、比呂美は 「でも、去年まではおばさん1人でやってたんだし」 「そっか。それもそうだな」  会話を聞きながら、眞一郎は母親と比呂美の共同作業による料理を楽しみにしている 自分に気がついていた。  今なら眞一郎にも少しはわかることがある。彼の母親が、比呂美に歩み寄る努力をずっと していたことを。  比呂美の味噌汁の味付けは、仲上家のそれとは違っていた。比呂美が朝食を作るように なった時、最初は少し違和感があったのだ。  眞一郎はそれに意見はしなかった。家庭を失った少女にとって、料理の味付けというの は家族の想い出の最後の拠り所なのではないか、そう思ったからである。父のひろしが何 も言わないのも同じ想いだったからだろう。  だが、理恵子が何も言わないのが不気味だった。後から厭味交じりに味の違いを指摘す るのではないか、そんな心配をした。  だが、理恵子はその後も何も言わなかった。何も言わずに比呂美の作る料理を食べ、数 日後、理恵子は自分の味噌汁の味を比呂美に合わせたのである。  今ならその母の気遣いがわかる。だが当時の眞一郎には、そこまで考える事は出来な かったのだ。  その2人が、今回初めて同時に厨房に立ち、一緒に料理を作る。恐らく母は仲上家の味に ついての秘伝――そんなものがあればだが――を伝授するつもりだろう。眞一郎は比呂美 の料理が好きだったし、もっと言えば比呂美が作ればなんでもおいしいと感じられたが、 それでも公正に見て、和食の腕では彼の母親に一日の長があった。 「明日がよい日でありますように」  眞一郎は小さな声で唱えてみた。 「ごめんくださーい」  比呂美が仲上家を訪れる時、いつも正面から入る。同居していたころには裏の勝手口から 入ることもあったが、一人暮らしを始めて以来、裏から入ったことはない。 「いらっしゃい。悪いわね、今日は」 「いえ、大丈夫です。私、何をすればいいですか?」 「まず、下ごしらえをまとめて済ましてしまいましょう。お野菜お願いできるかしら?私は お魚を捌くから」 「はい、わかりました」  エプロンをして持ち場に着く。比呂美は少し、緊張していた。  実は理恵子の前で包丁を持つのは初めてなのである。同居している頃には朝食は交替 で作っていたし、夕食も時折担当していたが、理恵子は比呂美が台所に立つ時は決して近 寄ろうとしなかった。  当時の眞一郎が危惧していた心配は、比呂美も持っていた。理恵子が作る味が湯浅家 の味と違う事には気付いていた。仲上家の味に合わせようと思えば、完全ではなくても、 近づけることも出来た。そうしなかったのは、せめて自分が作って食べる分くらいは自分の 安らげる味にしたかったのだ。  理恵子の料理が不味いわけではない。ただ、それは他人の味だった。居心地がいいとは言 えないこの家で、想い出の品も最小限しか持って来れなかったこの家で、せめて湯浅家の味 をたまには味わいたかったのである。    初めて朝食に自分の味付けの味噌汁を出した時、眞一郎も、ひろしも、一瞬箸を止めた。  違和感を感じているのだろう。だが2人とも何も言わずに食べてくれた。  おばさんは?比呂美は理恵子を窺ったが、表情も変えず、美味いとも不味いとも言わず 黙々と食べ続けている。 (文句なら今言って)  比呂美は心の中で願った。この場でおばさんが文句を言えば、おじさんも、眞一郎くんも 自分の味方をしてくれる。一度押し切ってしまえば後はずっとこの味付けを続けられる。  だが、食事が終わって、誰もいない時に言われたらそれまでだ。私には抗う術はない。 もうお母さんの味すら味わう事も出来ない。そうはなりたくない。  しかし、理恵子は食事が終わっても、学校から帰ってきた後も何も言わなかった。夕食 は仲上の味だったが、「この味に合わせなさい」とも、「これが仲上家伝統なの」とも言わ れなかった。次の当番でも、湯浅の味で作った。  そして3回目の当番日の夕食、比呂美は食卓の料理が比呂美の味付けになっていること に気付いたのである。しかも、比呂美がこの家で作ったことのない料理も、湯浅家風に近づ いていた・・・・。  あの当時は理恵子の気遣いに気付こうとしなかった。  理恵子がひろしと、自分の母との関係を疑っていたのなら、母譲りの味の料理をひろしに 食べさせる事には強い抵抗があったはずだ。それでも理恵子は、比呂美のために比呂美の母 の料理を再現しようとしてくれたのである。  今なら当然に気付く事に、比呂美は目を背けていた。その行為に裏があると、頭から疑って いた。何も言わない理恵子の態度を、素直に見ることをしなかった。  比呂美はその頃の事を謝りたかった。謝れないままにここまで来てしまい、今では理恵子 に優しくされる事にかすかな罪悪感を感じてさえいる。  だからせめて、理恵子が自分を仲上家の人間として――嫁として迎えてくれるのならば、 理恵子の望むような嫁になろうと決めていた。今日の料理でも、改めて仲上家の味について 学ぶつもりだ。  野菜を洗い、切り、必要ならばアク抜きに水に晒す。量も膨大だ。 「これで何人分くらいになるんですか?」 「今回は20人分くらい用意してるわ。学校のお友達も呼ぶから多めにね」 「すいません。私の友達まで――」 「何言ってるの。眞ちゃんがみよきち君を呼ぶんだから、比呂美ちゃんが呼ぶのに遠慮なん かしないで」 「・・・・ありがとうございます」  それしか、言えなかった。  野菜を次々に切っているうちに、比呂美はある野菜に気がついた。 「おばさん。これも使うんですか?」 「え?どれの事?」  茄子である。 「ええ、煮物に入れるけれど、何か?」 「いえ、眞一郎くん、お茄子嫌いだって言ってたから、せっかく入れても食べないんじゃない かな、と思って」  眞一郎が食べなくても、残り19人が食べるだろうが、それでも訊いてみた。 「ああ、眞ちゃんは茄子の食感と匂いが嫌いなのよ。だから小さめに切って口の中で溶けるく らいにじっくりと煮込めば、意外と気付かずに食べるのよ」 「そうなんですか」  しかしそれは、もっと小さい子供に使う手ではないだろうか?  すると理恵子がクスクスと笑い出した。 「おばさん?」 「ごめんなさい。ちょっと嬉しくて」 「嬉しい・・・・ですか?」 「ええ、まだ眞ちゃんのことで、比呂美ちゃんに教えられることがある事が嬉しくて」 「そんな、私なんて、まだ眞一郎くんの事で知らない事はたくさんあります」 「でも、私の知らないこともたくさん知ってるわ」  理恵子は穏やかに、しかしきっぱりと断言した。 「だから、私にも教えて欲しいの。眞ちゃんの事、比呂美ちゃんの事、もっと色々知りたいの よ。これからゆっくりと」  理恵子の言葉に、何故だか比呂美は涙が出そうだった。 (私もおばさんの事をもっとよく知りたい)  そう思った。だが言葉にはならなかった。言葉に出しては 「はい。わかりました」  とだけ答えた。 「明日がよい日でありますように」  比呂美は、小さな声でそう祈った。                          了 ノート アニメ7話で比呂美が朝食を作ってるシーンで湧いた疑問からの派生です。 仲上家の嫁なら料理は当然仲上家に近づけるでしょうが、比呂美の場合は事情が特殊ですし、母親の味が恋しくならないかなと思いました。 その時ママンはどうするかと考えた結果がこれです。 ママンがすぐに自分の味を変更しなかったのは、比呂美の味を自分なりに研究して、独学で再現していたからです。 茄子は僕の嫌いな野菜ですが、あまりに長いこと食べてないので何が嫌だったのか思い出せませんw

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