少し、このままでいい? 後編

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少し、このままでいい? 後編」(2008/03/26 (水) 20:24:39) の最新版変更点

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「ここテスト出るからなー」  食後の眠たくなる午後の授業。ノートは取っているが教師の言葉が耳に入ってこない。  比呂美の席に主の姿はなかった。  黒部の話によれば、比呂美は昼食も取らずにずっと一人でバスケの練習をしていたらしい。  食事を促してもいいからと拒否して、何かに取り付かれたかのようにシュートを打ち続けてたそうだ。  そしてリングから外れたボールを追いかけていたときに倒れた。  慌てた黒部は他の友人も呼んで比呂美を保健室に運んだけど意識が戻らず、保険医が親に連絡しようと言ったので俺に報告しに来た、と言うわけだ。 (やっぱり俺が原因だよな……)  ……おそらく今もまだ眠っているんだと思う。  保険医がずっと何も食べてないのでは?と言ったらしい。  昼飯を食べなかったようだし、朝飯も食べてない。  よくよく考えたら昨日の夜も食べてないんじゃないか?  外で食べてきたって比呂美は言ったけど、帰ってきた時間は夕食を食べてきたには早すぎる。  あれは、俺と顔を会わさないためのいい訳だったんだ。  つまり比呂美はおそらく24時間くらい何も食べてない。  1日くらいなら何も食べないでも何とかなるかもしれないけど、やっぱり…… (なんで、気付いてやれなかったんだ……)  比呂美が避けていたからっていうのは言い訳にしかならない。  もう少し早く比呂美と話す機会をもつべきだった。  全部俺のせいだ……  罪悪感に押しつぶされないようにするのが精一杯だった。  ────────── 「比呂美は今日休ませるから。じゃあ仲上君、後お願いね」  そう言い残して黒部は部活に向かった。  放課後、本来なら真っ先に保健室に行かなくてはいけなかったのに、比呂美に会うことのためらいなのかなかなか重い腰が上がらなかった。 「湯浅さんとこ行かないの?」 「あ…うん、そうだな。じゃあ行ってくるから」  三代吉の言葉を口実にするように教室を出た。  比呂美は起きてるだろうか?  帰るときは何を話そうか?  いろんなことに頭を巡らせていた。  だからあのいつもの無邪気な声にも耳元で叫ばれるまで気付かなかった。 「眞一郎ー!!」 「うわぁっっ!!」  いきなりの大声に廊下の壁際までのけぞる。 「呼んでるんだからちゃんと返事して」  呼び主はもちろん石動乃絵だ。思いっきり不満そうな顔をしている。 「お前なぁ……びっくりするだろ……」  飛び上がった心臓を押さえるようにため息をつく。  ほらみろ、何事かと周りの注目を浴びてるじゃないか。こいつといるといつもこんなだ。 「返事しない眞一郎が悪いのよ」  乃絵は腰に手をあて仁王立ちになって俺を非難した。 「考え事してたんだよ。せめて肩叩くとか穏便にしてくれ」 「ねぇ、眞一郎。これから──」 「悪い。今日は用事あるから」  乃絵のペースに嵌まる前に先手を打っておく。 「どんな用事?」 「保健室行くんだよ」 「その手を診せに行くの?」  気付いてたのか。  右手はもうだいぶよくなってるから夜には包帯を外そうと決めた。  周りにいちいち訊かれるのもめんどくさいし。 「違うよ。ちょっとさ……」 「ちょっと何?」  好奇心旺盛な子供を相手にするのはこんな感じかとしみじみ感じた。 「比呂美が倒れちゃって、様子見に行くんだよ」 「湯浅比呂美が……?」  ちょっといぶかしむ乃絵。 「だから今日は……な? じゃあな」  軽く手を上げてその場を去ろうとしたとき。 「私も行くわ」  振り返れば乃絵は真剣な表情で俺を見つめていた。  ──────────  乃絵と保健室に向かうと、ちょうど保険医と入れ違いになった。  これから用事があるとかで、簡潔に比呂美の容態を教えてくれた。  軽い栄養失調と睡眠不足。それと倒れたときに足をひねったらしく軽く捻挫しているとのこと。  礼を言って俺たちは保健室に入る。  独特の白の多い空間。他に利用者もいなく、放課後の喧騒もこことはほとんど無縁で本当に静かだった。 「私、保健室って始めて入るわ♪」  ……一人の好奇心旺盛な少女が騒ぎ出すまでは。 「静かにしろって」  薬品の棚を興味津々に眺めている乃絵を諭しながら、俺はカーテンに仕切られた一番奥のベッドへ近づく。  カーテンに手をかけたところで動きが止まってしまう。  これは比呂美が閉ざした心のカーテンで、これを開けることをしたら彼女をまた傷つけるのではないか? (…………考えすぎだ) 「比呂美……?」  返事はない。俺は静かにカーテンを開けた。 「……………………」  簡素なベッドに薄い掛け布団をかけて、比呂美は静かな寝息を立てて眠っていた。  寝顔はとても穏やかそうだった。  こんな無防備な姿を勝手に見るなんて、悪いことしたなって思った。でも、  綺麗だな……ってずっと見とれていた。 「寝てるの……?」  いつの間にか乃絵が横にやってきて、比呂美の寝姿を覗き込む。 「あ、あぁ…寝てるから静かにしとけ」 「起こさないの?」 「睡眠不足って言ってたから……っと、しばらくこのままにしとく」  俺は近くから丸椅子を持ってきて座る。  乃絵にも座るかと促したら、真剣な顔つきで比呂美を見つめながらふるふると首を振った。 「……おばあちゃんの時のこと思い出すわ」 「前に話してくれた?」 「そう。こんな風に病室のベッドで眠っていたわ」 『なんかそのおばあちゃんと同じ境遇になってしまうのではないかという表情は縁起でもないからやめてくれ』  そんな風に思ったが、乃絵の気持ちを慮るとそうは言えず、 「そっか……」  と、だけ呟いておいた。 「心配?」  ふいに乃絵が俺を見て言った。 「え?……そりゃ、心配だよ」  乃絵の瞳が俺の心を見透かすようなそんな気がして、俺は視線を逸らして比呂美に向いた。 「眞一郎は飛べるわ」  突然 乃絵が言った。  その言葉に、俺は無意識に乃絵を見た。 「飛べるけど、翼がない。  眞一郎は翼を探しているのね」  そう言った乃絵はとても穏やかな顔をしていた。 「私、ずっと待ってるわ。眞一郎が飛べるのを」  言葉の意味を理解する暇も与えず、乃絵は背を向けて出口へ歩いていった。 「おい」 「私 帰るわ。湯浅比呂美にお大事にって伝えて」  笑顔を見せた乃絵はそれだけ言い残して帰って行った。 (なんなんだ一体……)  乃絵の突拍子もない言動はいつもの事だが、今回のはあまりに意味深すぎて…… (翼を探してる……)  何故かそこで比呂美のことが気になって、俺はしばらく比呂美の寝顔を見つめていた。  泣きつかれた少女はいつしかその涙のベッドにゆらめくようにして眠ってしまった。  心を閉ざしてしまったかのように、少女はどんなに時間が経っても目を覚まさなかった。  それでも僕はもう一度話がしたくて、少女に目覚めの口付けを…… (……白雪姫だそれは……)  どのくらい時間が経ったか……比呂美はずっと目を覚まさなかった。  俺はただただじっと待っていた。  ずっと椅子に座ったまま比呂美を見たり、雪が降りそうな外の景色を眺めたり……  その時間を短いとか、長いとかそういう風には感じなかった。  周りの世界から切り取られたような、ただただ静かな空間。  眠っているとはいえ、比呂美と二人きりでいれることになんだか変に落ち着くような、心がすっきりしていく感覚を味わっていた。  何を話そう? どう接しよう? そんな迷いは全部吹き飛んでいた。  安らかな寝顔が微笑ましい。  あぁ、やっぱり俺は比呂美を好きなんだな…… 「……ん…………」  比呂美がゆっくりと目を覚ます。まだ状況がつかめてない彼女に俺は声をかける。 「おはよ」 「眞一郎君……? っ、私っ、あれ……?」  俺はこれまでのことを説明した。  比呂美は状況を理解していくにつれ、だんだんと辛そうに視線を落とした。 「……ごめんなさい」  説明終えた俺に、比呂美が最初に口にしたのはいつもの言葉だった。  今の俺にはそれすらもなにか大切なものに思えた。 「俺は何もしてないよ。それは黒部たちに言ってやれよ」 「うん……」 「乃絵もお大事にって言ってたぞ」 「石動乃絵が……?」  比呂美はなんだか不満げな顔をした。  乃絵との関係がどうなったのかわからないけど、俺の前で何らかの感情を見せてくれることに安心した。  避けられるよりはずっといい。  「……眞一郎君?」  今 俺はどんな顔をしていただろうか? 「帰ろう」  もしかしたら少し笑っていたかもしれない。  ──────────  普通の帰宅時間からは遅く、部活のあるやつらからは早く、帰り道に人通りはまったくと言っていい程なかった。  足を捻挫してる比呂美はいつものように歩くことができずにいたので、肩を貸そうかと言ったけど案の定丁重に断られた。  なので俺は比呂美のペースに合わせるようにゆっくり歩く。  彼女はその1、2歩後を肩を落としながらついてきた。  会話もなく俺たちは家路を歩く。  並んで歩けなくても、比呂美がちゃんと付いて来てくれるのが嬉しかった。  この重苦しい気まずい雰囲気でも、俺はずっと続けばいいのにと感じていた。  それでも終わりはいつかくる。  気が付けばもう家の門はすぐそこ。  家に入ればまた一人になる。一人にしてしまう。  だからその前にもう一度だけ言わなくちゃいけないことがあった。 「あのさ……」「あの……」  俺たちが言葉を切り出そうとしたのはほとんど同時だった。  俺は立ち止まって振り返る。 「……比呂美からいいよ」  俺は俯いたままの比呂美の言葉を促す。  彼女はしばらく黙った後、 「ごめんなさい」  といつものように言った。  それはいつもよりとても重い響きの『ごめんなさい』だった。 「それは今日のこと? それとも……俺が『好き』って言ったこと?」  俺の問いに比呂美は、 「……どっち……も。今日は迷惑かけてごめんなさい……  それと……眞一郎君の気持ちには…………応えられない」  なんとか言葉を振り絞ってそれだけ言った。 「そっか……」  フラれたというのに、俺の心はどこか清々しかった。 「じゃあ、俺から」  一つ小さく深呼吸。  揺るがない本心を口にする。 「俺は比呂美のことが好きだ」  予想外だったのだろう。比呂美は言葉の意味が理解できなかったような顔をして俺を見た。  そりゃそうだ。たった今フッた相手から告白されてるんだから。 「昨日は勢いで言っちゃったからさ、ちゃんと言おうと思って」 「どうして……? 私今……」  比呂美は理解できないといった苦虫を噛み潰したような顔で視線を落とした。  そんな顔しなくてもいいじゃんと心で毒づいてから、俺は思っていることを言葉にした。 「ずっと考えてたんだ。  比呂美のためにできること。してやれること。  おせっかいだって言われても、比呂美のためになるならって思ってた。  でも、愛ちゃんに言われてさ……『眞一郎は何がしたいの?』って……  俺がしたいことって言ったら……やっぱ比呂美を好きでいることなんだよ」 「……………………」  比呂美は俺の吐露を黙って聞いていてくれた。 「ごめんな」 「え?……」 「倒れたの俺のせいだよな」 「…………………………」  比呂美は何も言わない。 「兄妹かもってことそこまで気にしてるって思ってなかったんだ。  比呂美を好きでいることを望んでも、比呂美に辛い思いさせるなら意味ない。  だから、言わなきゃよかった。  ……そう思ってたんだけどさ……」  俺はそこで黙る。  言葉が途切れたことに疑問に思ったのか比呂美がようやく顔を上げる。  目と目が合う。 「寝顔見ちゃってさ」 「……っ…………」  バツが悪いようにまた視線を外す比呂美。 「綺麗だな……って」 「何言って……」  比呂美の頬が赤く染まる。それすら可愛いなって思う。 「こんな寝顔ずっと見られたらなって思ったら諦められなくなった。  だからさ、すぐには無理かもしんないけど、比呂美は気にしなくていいからさ……  比呂美のこと好きでいさせてよ」  ……言いたいことは言えた。  これで思い残すことはなさそうだ。  比呂美は自分の胸元をつかんで、何か感情を抑えているように見えた。 「……兄妹かもしれないのよ……?」 「そうと決まったわけじゃないだろ?」 「じゃあ、本当に兄妹だったらどうするの?  そんな気持ち無駄になるだけじゃない!」  わからないと言う様に比呂美は俺を責める。 「無駄にならない。気持ちが報われることだけが全てじゃないだろ?  兄妹だって好きでいることくらい許してよ。  ……そうだな、本当に兄妹だったとしても──  比呂美が笑顔でいれること、幸せになれる事をずっと願ってる」 「──っ!?」  比呂美が泣いた。  その泣き顔を見れたのはほんの一瞬で…… 「っ……うぅっ、っぐすっ……っ、っ……」  比呂美は俺の胸に飛び込んできて、顔を埋めては声を押し殺して泣き続けた。 「ちょっ、比呂美……!」  俺は何が起きたのかすぐに理解できなくて、わたわたとするばかりだ。 「ご、ごめん比呂美。俺何か──」 「好きっ……」  ……え? 今比呂美なんて── 「好き、好き、好き……好き…………好きなのっ……」  何度も、何度も、比呂美は言った。  俺に言ってるか? 比呂美が俺のことを好きって……  頭ん中が混乱していて、どうすべきなのか迷っていた。その時、 「あなたたち何してるの?」  振り返った門のところに、母さんが俺たちをいぶかしむ様に見ていた。 「──ごめんなさい!」  比呂美は俺から身をはがして、痛むだろう足を気にすることもなく逃げるように家に中に入っていった。 「ちょっと、あなた──……眞ちゃん。今何してたの?」  比呂美を追うのを諦めた母さんが、俺を問い詰める。 「比呂美 部活の練習中に捻挫しちゃったんだよ。それで付き添って帰ってきたんだけど、転びそうになったから支えただけだよ」  咄嗟の言い訳にしては上出来だと自画自賛。 「……そういう時は連絡なさい。迎えに行かないほど鬼じゃないんだから」  と、母さんはいぶかしみながらも納得してくれたようだ。  そのまま俺と家に入る。  俺はその間もずっと比呂美の言葉が頭の中に響いていた。  ──────────  こんなときこそ何か描けるような気がした。 (気がする……んだけどなぁ)  もうみんな寝静まった頃、俺はデスクライトを付けただけの部屋の中で、机に突っ伏した。  比呂美は夕食に現れなかった。  母さんが珍しく気遣って部屋に食事を運んだらしい。  どうやら夕食はちゃんと食べたみたいで一安心だ。  とはいえ、体調面はよくなっても(怪我はしてるけど)…… 『好きなのっ……』  ってどーゆー意味だよ……!!  ものすごくもどかしくて、なんか転げ周りたい気持ちになってる時、  コン、コン。と小さくドアをノックされた気がした。  空耳かと思った時、 「……眞一郎君」  その声に俺はドキっとして慌ててドアを開けた。 「こんばんわ……」  少しはにかむような表情で、パジャマにカーディガンを羽織った比呂美がいた。 「比呂美……どうして……あっ、足いいのか?」  気になって俺は比呂美の足首を見た。 「歩くくらいなら問題ないから。それで……ちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」 「あ、うん。何?」 「5、6時間目のノート取ってるかな? 私授業出れなかったから写させて欲しくて」 「あ、あぁ、ちょっと待ってて今持ってくるか──」 「ここで、写させてもらっていいかな」 「え?……別にいいけど……じゃあ、とりあえず入って」 「うん……おじゃまします」  なんだか、予想もしない展開になってきて思考が追いつかない。  それ以上に比呂美がなんか別人みたいになってて……どうなってんだ?  とりあえず部屋の明かりをつける。スケッチブックを片付けて勉強机を比呂美に譲る。  ノートを渡すと比呂美は持ってきていた自分のノートに今日の板書内容を写し始めた。 (……なんだこの落ち着かなさは……)  他に居場所がないので、俺は比呂美の作業が終わるのをベッドに腰掛けて待つ。  保健室のときとか(あの時は寝てたけど)、帰り道の時は余裕あるくらいだったのに、なんでこんな落ち着かないんだ……?  自分でもわけもわかずそわそわして、なんか足が地に付いてない。 「さ、寒くないか?」 「うん、大丈夫。……もうすぐ終わるから」 「そっか……」  なんとなく安堵する。  それから本当にすぐノートの写しは終わった。 「ありがとう。助かっちゃった」  こっちを向いた比呂美の顔を見て理解した。 (あぁ…そっか……比呂美 俺に微笑んでくれてるから嬉しくって無意識にテンションあがってんだ) 「ん、ノートそこ置いといていいから」 「うん」  比呂美は俺のノートを閉じて、 「眞一郎君の部屋入るの初めてだよね」 「そう……だっけか」 「私ね……覚悟決めてきたから」  それから自分のノートを閉じて、比呂美は椅子を回して体ごと俺を見据えて言った。 「私も……仲上眞一郎君が好き」  夕方のやりとりでもしかしたら……と、期待してなかったといえば嘘になる。  でも、やっぱり信じられないというか…現実味が全然なかった。 「信じてもらえないよね……」  比呂美は自嘲気味に視線を落とす。 「だって比呂美はアイツのことが──」 「全部 嘘なの……」 「嘘って……」 「……話長くなるかもしれないけど聞いてくれるかな」  俺は黙って頷いた。 「何から伝えればいいかな……」  遠い目をして、比呂美はゆっくりと自分語りを始めた。  昔から俺のことを少なからず想っていてくれたこと。  でも、異母兄妹と教えられたこと。  この家に住むことになって、俺への想いを封印したこと。  俺の好意になんとなく気付いて、わざと距離をとったこと。突き放したこと。 「ホントはね、いつか大人になって、眞一郎君も私も他の誰かと結ばれて……  今のことが思い出になったときに打ち明けようって思ってたの。  でも、全然駄目だった……  石動さんが眞一郎君の側に現れてから、私……ずっと嫉妬してた。   私は眞一郎君のこと好きなのに、見つめちゃいけなくて……  好きになってもらっちゃダメなのに、振り向いて欲しくて……  だからそういう自分を抑えるためにいっぱい嘘ついた……みんなにも、自分にも……」  話を聞いてようやくいろんなことが理解できた。  比呂美のためにしていることが、比呂美の反感を買っていたことが。 「それじゃあ俺が比呂美のことアイツに紹介したことで怒るわけだよな……」  俺はホントに機微が読めないなと苦笑いした。 「眞一郎君からすれば理不尽なことしてるってわかってた……  自分でそう望んでるのに、なんで気付いてくれないのって拗ねて……子供だね、私」 「そんなことないだろ……完全に気持ち押し殺せるなんて無理なんだから」 「それでも、やっぱりダメだって……  私だって兄妹だって信じたくない。でも、例え受け入れてもらえても、本当に兄妹だったらって思ったら怖くて何も出来なかった……  そうなった時に傷つきのが怖くて……  なのに眞一郎君はそれでもいい。好きだって……」 「嘘じゃないから」  俺は改めてもう一度言う。 「ホントのことがどういう結果でも比呂美のこと好きだから」 「うん……」  比呂美はさっきのように取り乱すことはなかった。  ただじっと俺の瞳を見つめ返す。 「だから、私も覚悟決めてきたの」  そう言って比呂美は立ち上がり、ベッドに座る俺の肩に手を置いて…… 「比呂美……? っ──」  心の準備のないまま、比呂美はその綺麗な瞳を閉じて俺と唇を重ねた。  肩にかかっていた長い髪が、さらりと宙に揺れた。  時間にして1、2秒なのに、永遠めいたもの感じたと言ったら大げさだろうか。 「今度は信じてもらえたかな……?」  頬を朱に染めてはにかむ比呂美がもの凄く可愛くて、  俺はまさに今恋をしてしまったかのように、鼓動が高鳴っていた。  ──────────  目覚まし時計が鳴って深い眠りから呼び起こされる。  枕に顔を埋めたままの俺は手探りでアラームを止めた。  夢……夢を見た……そうだ、比呂美と夢の中でキスした……  比呂美を夢にまで見るようになったかと半ば呆れながらも、夢くらい妄想は許してくれよと開き直る。  布団から起きるといつもより寒くて縮こまる。 (雪降ったのか……)  ブラインドを開けると、夜間に降ったのか、辺りはすでに5センチくらい雪が積もっていた。  今は止んでいるみたいだけど、この空模様だとまたいつ降ってもおかしくない。  手早く着替え、階下に降りて身支度を整える。登校の準備を全部済ませて居間に入る。 「おはよう」  なんとなく緊張するのはあんな夢を見たせいか。 「おはよう」 「おはよう」  いつもように両親の挨拶があって、 「おはよう」  なんとなく照れくさそうに微妙に俺と目を合わさない比呂美を見て、 (夢じゃなかったんだな……) 「おはよ……」  俺はなんとなくもう一度比呂美にだけ挨拶してしまうのだった。 「行ってきます」  俺にご飯を盛り終えた後、比呂美はさっと食事を終えてそそくさと登校してしまった。 「雪が積もってるんだから、あなたも早く行きなさい」 「……うん」  いつも気に障る母さんの言葉も、なんだか今日は素直に聞き入れられた。  なるべく早く食べ終え、俺も食器を片付けた後家を出た。 (やっぱ、寒いな)  コートのポケットに両手を突っ込んで、新雪に足跡をつける。  先にあるいくつかの足跡は比呂美のだな……なんて考えながら門を抜けると、 「ダメだよ。女の子待たせるなんて」  塀に寄りかかって、悪戯っぽく微笑む比呂美がそこにいた。 「比呂美……」 「なんてね……勝手に待っちゃった。……迷惑だったかな」  ちょっと視線を落として照れくさそうな比呂美。 「全然。……んじゃ、行くか」 「うん」  車道は濡れてるだけで雪は残ってないのだが、歩道はずっと雪道が続いてる。  俺たちは足元に注意しながら……並んで歩いていた。 「言ってくれれば急いで出てきたのに」 「いいの、私が勝手に待ってただけだから。……少し話しがしたくって」 「話し?」 「だって一緒にいれる時間……あんまりないから」 「……そうだよな」  家では両親(特に母さん)の目が、学校では同居しているのは周知の事実なので恋人同士の振る舞いはできない。  俺たちは気持ちを通じ合えたと言っても、今までと変わらない生活を強いられるのだ。 「だからちょっとの間でもって思ったから」 「そうだな……」  なんだかすごく穏やかな気持ちだった。  部屋で二人にきりになったときはあんなにドキドキしてたのに。  比呂美が柔らかな笑みを浮かべてくれるだけでこんな気持ちになれるんだなって、ちょっと感慨深かった。 「……雪」  比呂美が空を見たのに釣られて俺も空を見る。  ゆっくり、ゆっくりと少しずつ雪が降ってきた。  比呂美が手のひらを差し出すと、降ってきた雪の一つがその上に落ちてきて体温に解けた。 「私、雪嫌いだったの……  雪が降る日に限って嫌なことばかりあったから。  でも、また好きになれそう」 「……なんで?」  なんとなくわかってるのに、聞いてしまう。  比呂美はまた照れくさそうに、でもそれは今までに見た中で一番優しい笑顔だった。 「雪の降った日に、眞一郎君と恋人同士になれたから」 「……そっか」  俺は嬉しくて照れくさくて、まともに比呂美の顔が見れない。 「……はぁぁ……」  雪で濡れた手のひらを暖めるように、比呂美は息を吐きかけた。 「手袋は?」 「急いできたから忘れてきちゃった」 「急ぐことなかったのに」 「だって、眞一郎君が居間に来たらドキドキしちゃって……」  あーもー可愛いなちくしょー! 「ほら……」  俺はポケットから手を出して比呂美の手を握った。 「あっ……」  冷たい……  冷たいこの手をずっと温めていけたら…… 「少し、このままでいい?」 「あぁ」  俺たちはそのまま手を繋いで歩き出した。  願わくば、学校近くまで誰にも会いませんように。  少しでも長く、あの祭りの夜のスタート地点に立ち続けていたかった。  僕は知っていた。  一人では飛べないということを。  だから手を差し伸べた。  少女は僕の左手を優しく握り返してくれた。  その繋いだお互いの手のひらが翼となって──  僕たちは閉じ込められた小瓶から飛び出した。  ─終わり─  ここまで読んでくださった方。ありがとうございます。  現実逃避ENDをお届けしましたw  まぁ、これから二人で異母兄妹疑惑を乗り越えていくのでしょうね。  眞一郎の言葉遣いが統一できてなかったり、キャラが崩壊しちゃうのは実力不足なので許してください。  人間1日食べないだけで倒れるのかとか、そうとう迷ったんですけど、そこは演出ということでw  一応これの比呂美視点の話も考えてあるんですけど、もう書く気力がないorz  本編の方でもっと幸せになれそうだから、そっちに期待しましょう。  では。  ─修正版─  あまりの誤字の多さに絶望して、ついでにいろいろ直しました。  まだ誤字あっても、もういいや\(^o^)/  では。
前[[少し、このままでいい? 前編]] 「ここテスト出るからなー」  食後の眠たくなる午後の授業。ノートは取っているが教師の言葉が耳に入ってこない。  比呂美の席に主の姿はなかった。  黒部の話によれば、比呂美は昼食も取らずにずっと一人でバスケの練習をしていたらしい。  食事を促してもいいからと拒否して、何かに取り付かれたかのようにシュートを打ち続けてたそうだ。  そしてリングから外れたボールを追いかけていたときに倒れた。  慌てた黒部は他の友人も呼んで比呂美を保健室に運んだけど意識が戻らず、保険医が親に連絡しようと言ったので俺に報告しに来た、と言うわけだ。 (やっぱり俺が原因だよな……)  ……おそらく今もまだ眠っているんだと思う。  保険医がずっと何も食べてないのでは?と言ったらしい。  昼飯を食べなかったようだし、朝飯も食べてない。  よくよく考えたら昨日の夜も食べてないんじゃないか?  外で食べてきたって比呂美は言ったけど、帰ってきた時間は夕食を食べてきたには早すぎる。  あれは、俺と顔を会わさないためのいい訳だったんだ。  つまり比呂美はおそらく24時間くらい何も食べてないま。  1日くらいなら何も食べないでも何とかなるかもしれないけど、やっぱり…… (なんで、気付いてやれなかったんだ……)  比呂美が避けていたからっていうのは言い訳にしかならない。  もう少し早く比呂美と話す機会をもつべきだった。  全部俺のせいだ……  罪悪感に押しつぶされないようにするのが精一杯だった。  ────────── 「比呂美は今日休ませるから。じゃあ仲上君、後お願いね」  そう言い残して黒部は部活に向かった。  放課後、本来なら真っ先に保健室に行かなくてはいけなかったのに、比呂美に会うことのためらいなのかなかなか重い腰が上がらなかった。 「湯浅さんとこ行かないの?」 「あ…うん、そうだな。じゃあ行ってくるから」  三代吉の言葉を口実にするように教室を出た。  比呂美は起きてるだろうか?  帰るときは何を話そうか?  いろんなことに頭を巡らせていた。  だからあのいつもの無邪気な声にも耳元で叫ばれるまで気付かなかった。 「眞一郎ー!!」 「うわぁっっ!!」  いきなりの大声に廊下の壁際までのけぞる。 「呼んでるんだからちゃんと返事して」  呼び主はもちろん石動乃絵だ。思いっきり不満そうな顔をしている。 「お前なぁ……びっくりするだろ……」  飛び上がった心臓を押さえるようにため息をつく。  ほらみろ、何事かと周りの注目を浴びてるじゃないか。こいつといるといつもこんなだ。 「返事しない眞一郎が悪いのよ」  乃絵は腰に手をあて仁王立ちになって俺を非難した。 「考え事してたんだよ。せめて肩叩くとか穏便にしてくれ」 「ねぇ、眞一郎。これから──」 「悪い。今日は用事あるから」  乃絵のペースに嵌まる前に先手を打っておく。 「どんな用事?」 「保健室行くんだよ」 「その手を診せに行くの?」  気付いてたのか。  右手はもうだいぶよくなってるから夜には包帯を外そうと決めた。  周りにいちいち訊かれるのもめんどくさいし。 「違うよ。ちょっとさ……」 「ちょっと何?」  好奇心旺盛な子供を相手にするのはこんな感じかとしみじみ感じた。 「比呂美が倒れちゃって、様子見に行くんだよ」 「湯浅比呂美が……?」  ちょっといぶかしむ乃絵。 「だから今日は……な? じゃあな」  軽く手を上げてその場を去ろうとしたとき。 「私も行くわ」  振り返れば乃絵は真剣な表情で俺を見つめていた。  ──────────  乃絵と保健室に向かうと、ちょうど保険医と入れ違いになった。  これから用事があるとかで、簡潔に比呂美の容態を教えてくれた。  軽い栄養失調と睡眠不足。それと倒れたときに足をひねったらしく軽く捻挫しているとのこと。  礼を言って俺たちは保健室に入る。  独特の白の多い空間。他に利用者もいなく、放課後の喧騒もこことはほとんど無縁で本当に静かだった。 「私、保健室って始めて入るわ♪」  ……一人の好奇心旺盛な少女が騒ぎ出すまでは。 「静かにしろって」  薬品の棚を興味津々に眺めている乃絵を諭しながら、俺はカーテンに仕切られた一番奥のベッドへ近づく。  カーテンに手をかけたところで動きが止まってしまう。  これは比呂美が閉ざした心のカーテンで、これを開けることをしたら彼女をまた傷つけるのではないか? (…………考えすぎだ) 「比呂美……?」  返事はない。俺は静かにカーテンを開けた。 「……………………」  簡素なベッドに薄い掛け布団をかけて、比呂美は静かな寝息を立てて眠っていた。  寝顔はとても穏やかそうだった。  こんな無防備な姿を勝手に見るなんて、悪いことしたなって思った。でも、  綺麗だな……ってずっと見とれていた。 「寝てるの……?」  いつの間にか乃絵が横にやってきて、比呂美の寝姿を覗き込む。 「あ、あぁ…寝てるから静かにしとけ」 「起こさないの?」 「睡眠不足って言ってたから……っと、しばらくこのままにしとく」  俺は近くから丸椅子を持ってきて座る。  乃絵にも座るかと促したら、真剣な顔つきで比呂美を見つめながらふるふると首を振った。 「……おばあちゃんの時のこと思い出すわ」 「前に話してくれた?」 「そう。こんな風に病室のベッドで眠っていたわ」 『なんかそのおばあちゃんと同じ境遇になってしまうのではないかという表情は縁起でもないからやめてくれ』  そんな風に思ったが、乃絵の気持ちを慮るとそうは言えず、 「そっか……」  と、だけ呟いておいた。 「心配?」  ふいに乃絵が俺を見て言った。 「え?……そりゃ、心配だよ」  乃絵の瞳が俺の心を見透かすようなそんな気がして、俺は視線を逸らして比呂美に向いた。 「眞一郎は飛べるわ」  突然 乃絵が言った。  その言葉に、俺は無意識に乃絵を見た。 「飛べるけど、翼がない。  眞一郎は翼を探しているのね」  そう言った乃絵はとても穏やかな顔をしていた。 「私、ずっと待ってるわ。眞一郎が飛べるのを」  言葉の意味を理解する暇も与えず、乃絵は背を向けて出口へ歩いていった。 「おい」 「私 帰るわ。湯浅比呂美にお大事にって伝えて」  笑顔を見せた乃絵はそれだけ言い残して帰って行った。 (なんなんだ一体……)  乃絵の突拍子もない言動はいつもの事だが、今回のはあまりに意味深すぎて…… (翼を探してる……)  何故かそこで比呂美のことが気になって、俺はしばらく比呂美の寝顔を見つめていた。  泣きつかれた少女はいつしかその涙のベッドにゆらめくようにして眠ってしまった。  心を閉ざしてしまったかのように、少女はどんなに時間が経っても目を覚まさなかった。  それでも僕はもう一度話がしたくて、少女に目覚めの口付けを…… (……白雪姫だそれは……)  どのくらい時間が経ったか……比呂美はずっと目を覚まさなかった。  俺はただただじっと待っていた。  ずっと椅子に座ったまま比呂美を見たり、雪が降りそうな外の景色を眺めたり……  その時間を短いとか、長いとかそういう風には感じなかった。  周りの世界から切り取られたような、ただただ静かな空間。  眠っているとはいえ、比呂美と二人きりでいれることになんだか変に落ち着くような、心がすっきりしていく感覚を味わっていた。  何を話そう? どう接しよう? そんな迷いは全部吹き飛んでいた。  安らかな寝顔が微笑ましい。  あぁ、やっぱり俺は比呂美を好きなんだな…… 「……ん…………」  比呂美がゆっくりと目を覚ます。まだ状況がつかめてない彼女に俺は声をかける。 「おはよ」 「眞一郎君……? っ、私っ、あれ……?」  俺はこれまでのことを説明した。  比呂美は状況を理解していくにつれ、だんだんと辛そうに視線を落とした。 「……ごめんなさい」  説明終えた俺に、比呂美が最初に口にしたのはいつもの言葉だった。  今の俺にはそれすらもなにか大切なものに思えた。 「俺は何もしてないよ。それは黒部たちに言ってやれよ」 「うん……」 「乃絵もお大事にって言ってたぞ」 「石動乃絵が……?」  比呂美はなんだか不満げな顔をした。  乃絵との関係がどうなったのかわからないけど、俺の前で何らかの感情を見せてくれることに安心した。  避けられるよりはずっといい。  「……眞一郎君?」  今 俺はどんな顔をしていただろうか? 「帰ろう」  もしかしたら少し笑っていたかもしれない。  ──────────  普通の帰宅時間からは遅く、部活のあるやつらからは早く、帰り道に人通りはまったくと言っていい程なかった。  足を捻挫してる比呂美はいつものように歩くことができずにいたので、肩を貸そうかと言ったけど案の定丁重に断られた。  なので俺は比呂美のペースに合わせるようにゆっくり歩く。  彼女はその1、2歩後を肩を落としながらついてきた。  会話もなく俺たちは家路を歩く。  並んで歩けなくても、比呂美がちゃんと付いて来てくれるのが嬉しかった。  この重苦しい気まずい雰囲気でも、俺はずっと続けばいいのにと感じていた。  それでも終わりはいつかくる。  気が付けばもう家の門はすぐそこ。  家に入ればまた一人になる。一人にしてしまう。  だからその前にもう一度だけ言わなくちゃいけないことがあった。 「あのさ……」「あの……」  俺たちが言葉を切り出そうとしたのはほとんど同時だった。  俺は立ち止まって振り返る。 「……比呂美からいいよ」  俺は俯いたままの比呂美の言葉を促す。  彼女はしばらく黙った後、 「ごめんなさい」  といつものように言った。  それはいつもよりとても重い響きの『ごめんなさい』だった。 「それは今日のこと? それとも……俺が『好き』って言ったこと?」  俺の問いに比呂美は、 「……どっち……も。今日は迷惑かけてごめんなさい……  それと……眞一郎君の気持ちには…………応えられない」  なんとか言葉を振り絞ってそれだけ言った。 「そっか……」  フラれたというのに、俺の心はどこか清々しかった。 「じゃあ、俺から」  一つ小さく深呼吸。  揺るがない本心を口にする。 「俺は比呂美のことが好きだ」  予想外だったのだろう。比呂美は言葉の意味が理解できなかったような顔をして俺を見た。  そりゃそうだ。たった今フッた相手から告白されてるんだから。 「昨日は勢いで言っちゃったからさ、ちゃんと言おうと思って」 「どうして……? 私今……」  比呂美は理解できないといった苦虫を噛み潰したような顔で視線を落とした。  そんな顔しなくてもいいじゃんと心で毒づいてから、俺は思っていることを言葉にした。 「ずっと考えてたんだ。  比呂美のためにできること。してやれること。  おせっかいだって言われても、比呂美のためになるならって思ってた。  でも、愛ちゃんに言われてさ……『眞一郎は何がしたいの?』って……  俺がしたいことって言ったら……やっぱ比呂美を好きでいることなんだよ」 「……………………」  比呂美は俺の吐露を黙って聞いていてくれた。 「ごめんな」 「え?……」 「倒れたの俺のせいだよな」 「…………………………」  比呂美は何も言わない。 「兄妹かもってことそこまで気にしてるって思ってなかったんだ。  比呂美を好きでいることを望んでも、比呂美に辛い思いさせるなら意味ない。  だから、言わなきゃよかった。  ……そう思ってたんだけどさ……」  俺はそこで黙る。  言葉が途切れたことに疑問に思ったのか比呂美がようやく顔を上げる。  目と目が合う。 「寝顔見ちゃってさ」 「……っ…………」  バツが悪いようにまた視線を外す比呂美。 「綺麗だな……って」 「何言って……」  比呂美の頬が赤く染まる。それすら可愛いなって思う。 「こんな寝顔ずっと見られたらなって思ったら諦められなくなった。  だからさ、すぐには無理かもしんないけど、比呂美は気にしなくていいからさ……  比呂美のこと好きでいさせてよ」  ……言いたいことは言えた。  これで思い残すことはなさそうだ。  比呂美は自分の胸元をつかんで、何か感情を抑えているように見えた。 「……兄妹かもしれないのよ……?」 「そうと決まったわけじゃないだろ?」 「じゃあ、本当に兄妹だったらどうするの?  そんな気持ち無駄になるだけじゃない!」  わからないと言う様に比呂美は俺を責める。 「無駄にならない。気持ちが報われることだけが全てじゃないだろ?  兄妹だって好きでいることくらい許してよ。  ……そうだな、本当に兄妹だったとしても──  比呂美が笑顔でいれること、幸せになれる事をずっと願ってる」 「──っ!?」  比呂美が泣いた。  その泣き顔を見れたのはほんの一瞬で…… 「っ……うぅっ、っぐすっ……っ、っ……」  比呂美は俺の胸に飛び込んできて、顔を埋めては声を押し殺して泣き続けた。 「ちょっ、比呂美……!」  俺は何が起きたのかすぐに理解できなくて、わたわたとするばかりだ。 「ご、ごめん比呂美。俺何か──」 「好きっ……」  ……え? 今比呂美なんて── 「好き、好き、好き……好き…………好きなのっ……」  何度も、何度も、比呂美は言った。  俺に言ってるか? 比呂美が俺のことを好きって……  頭ん中が混乱していて、どうすべきなのか迷っていた。その時、 「あなたたち何してるの?」  振り返った門のところに、母さんが俺たちをいぶかしむ様に見ていた。 「──ごめんなさい!」  比呂美は俺から身をはがして、痛むだろう足を気にすることもなく逃げるように家に中に入っていった。 「ちょっと、あなた──……眞ちゃん。今何してたの?」  比呂美を追うのを諦めた母さんが、俺を問い詰める。 「比呂美 部活の練習中に捻挫しちゃったんだよ。それで付き添って帰ってきたんだけど、転びそうになったから支えただけだよ」  咄嗟の言い訳にしては上出来だと自画自賛。 「……そういう時は連絡なさい。迎えに行かないほど鬼じゃないんだから」  と、母さんはいぶかしみながらも納得してくれたようだ。  そのまま俺と家に入る。  俺はその間もずっと比呂美の言葉が頭の中に響いていた。  ──────────  こんなときこそ何か描けるような気がした。 (気がする……んだけどなぁ)  もうみんな寝静まった頃、俺はデスクライトを付けただけの部屋の中で、机に突っ伏した。  比呂美は夕食に現れなかった。  母さんが珍しく気遣って部屋に食事を運んだらしい。  どうやら夕食はちゃんと食べたみたいで一安心だ。  とはいえ、体調面はよくなっても(怪我はしてるけど)…… 『好きなのっ……』  ってどーゆー意味だよ……!!  ものすごくもどかしくて、なんか転げ周りたい気持ちになってる時、  コン、コン。と小さくドアをノックされた気がした。  空耳かと思った時、 「……眞一郎君」  その声に俺はドキっとして慌ててドアを開けた。 「こんばんわ……」  少しはにかむような表情で、パジャマにカーディガンを羽織った比呂美がいた。 「比呂美……どうして……あっ、足いいのか?」  気になって俺は比呂美の足首を見た。 「歩くくらいなら問題ないから。それで……ちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」 「あ、うん。何?」 「5、6時間目のノート取ってるかな? 私授業出れなかったから写させて欲しくて」 「あ、あぁ、ちょっと待ってて今持ってくるか──」 「ここで、写させてもらっていいかな」 「え?……別にいいけど……じゃあ、とりあえず入って」 「うん……おじゃまします」  なんだか、予想もしない展開になってきて思考が追いつかない。  それ以上に比呂美がなんか別人みたいになってて……どうなってんだ?  とりあえず部屋の明かりをつける。スケッチブックを片付けて勉強机を比呂美に譲る。  ノートを渡すと比呂美は持ってきていた自分のノートに今日の板書内容を写し始めた。 (……なんだこの落ち着かなさは……)  他に居場所がないので、俺は比呂美の作業が終わるのをベッドに腰掛けて待つ。  保健室のときとか(あの時は寝てたけど)、帰り道の時は余裕あるくらいだったのに、なんでこんな落ち着かないんだ……?  自分でもわけもわかずそわそわして、なんか足が地に付いてない。 「さ、寒くないか?」 「うん、大丈夫。……もうすぐ終わるから」 「そっか……」  なんとなく安堵する。  それから本当にすぐノートの写しは終わった。 「ありがとう。助かっちゃった」  こっちを向いた比呂美の顔を見て理解した。 (あぁ…そっか……比呂美 俺に微笑んでくれてるから嬉しくって無意識にテンションあがってんだ) 「ん、ノートそこ置いといていいから」 「うん」  比呂美は俺のノートを閉じて、 「眞一郎君の部屋入るの初めてだよね」 「そう……だっけか」 「私ね……覚悟決めてきたから」  それから自分のノートを閉じて、比呂美は椅子を回して体ごと俺を見据えて言った。 「私も……仲上眞一郎君が好き」  夕方のやりとりでもしかしたら……と、期待してなかったといえば嘘になる。  でも、やっぱり信じられないというか…現実味が全然なかった。 「信じてもらえないよね……」  比呂美は自嘲気味に視線を落とす。 「だって比呂美はアイツのことが──」 「全部 嘘なの……」 「嘘って……」 「……話長くなるかもしれないけど聞いてくれるかな」  俺は黙って頷いた。 「何から伝えればいいかな……」  遠い目をして、比呂美はゆっくりと自分語りを始めた。  昔から俺のことを少なからず想っていてくれたこと。  でも、異母兄妹と教えられたこと。  この家に住むことになって、俺への想いを封印したこと。  俺の好意になんとなく気付いて、わざと距離をとったこと。突き放したこと。 「ホントはね、いつか大人になって、眞一郎君も私も他の誰かと結ばれて……  今のことが思い出になったときに打ち明けようって思ってたの。  でも、全然駄目だった……  石動さんが眞一郎君の側に現れてから、私……ずっと嫉妬してた。   私は眞一郎君のこと好きなのに、見つめちゃいけなくて……  好きになってもらっちゃダメなのに、振り向いて欲しくて……  だからそういう自分を抑えるためにいっぱい嘘ついた……みんなにも、自分にも……」  話を聞いてようやくいろんなことが理解できた。  比呂美のためにしていることが、比呂美の反感を買っていたことが。 「それじゃあ俺が比呂美のことアイツに紹介したことで怒るわけだよな……」  俺はホントに機微が読めないなと苦笑いした。 「眞一郎君からすれば理不尽なことしてるってわかってた……  自分でそう望んでるのに、なんで気付いてくれないのって拗ねて……子供だね、私」 「そんなことないだろ……完全に気持ち押し殺せるなんて無理なんだから」 「それでも、やっぱりダメだって……  私だって兄妹だって信じたくない。でも、例え受け入れてもらえても、本当に兄妹だったらって思ったら怖くて何も出来なかった……  そうなった時に傷つきのが怖くて……  なのに眞一郎君はそれでもいい。好きだって……」 「嘘じゃないから」  俺は改めてもう一度言う。 「ホントのことがどういう結果でも比呂美のこと好きだから」 「うん……」  比呂美はさっきのように取り乱すことはなかった。  ただじっと俺の瞳を見つめ返す。 「だから、私も覚悟決めてきたの」  そう言って比呂美は立ち上がり、ベッドに座る俺の肩に手を置いて…… 「比呂美……? っ──」  心の準備のないまま、比呂美はその綺麗な瞳を閉じて俺と唇を重ねた。  肩にかかっていた長い髪が、さらりと宙に揺れた。  時間にして1、2秒なのに、永遠めいたもの感じたと言ったら大げさだろうか。 「今度は信じてもらえたかな……?」  頬を朱に染めてはにかむ比呂美がもの凄く可愛くて、  俺はまさに今恋をしてしまったかのように、鼓動が高鳴っていた。  ──────────  目覚まし時計が鳴って深い眠りから呼び起こされる。  枕に顔を埋めたままの俺は手探りでアラームを止めた。  夢……夢を見た……そうだ、比呂美と夢の中でキスした……  比呂美を夢にまで見るようになったかと半ば呆れながらも、夢くらい妄想は許してくれよと開き直る。  布団から起きるといつもより寒くて縮こまる。 (雪降ったのか……)  ブラインドを開けると、夜間に降ったのか、辺りはすでに5センチくらい雪が積もっていた。  今は止んでいるみたいだけど、この空模様だとまたいつ降ってもおかしくない。  手早く着替え、階下に降りて身支度を整える。登校の準備を全部済ませて居間に入る。 「おはよう」  なんとなく緊張するのはあんな夢を見たせいか。 「おはよう」 「おはよう」  いつもように両親の挨拶があって、 「おはよう」  なんとなく照れくさそうに微妙に俺と目を合わさない比呂美を見て、 (夢じゃなかったんだな……) 「おはよ……」  俺はなんとなくもう一度比呂美にだけ挨拶してしまうのだった。 「行ってきます」  俺にご飯を盛り終えた後、比呂美はさっと食事を終えてそそくさと登校してしまった。 「雪が積もってるんだから、あなたも早く行きなさい」 「……うん」  いつも気に障る母さんの言葉も、なんだか今日は素直に聞き入れられた。  なるべく早く食べ終え、俺も食器を片付けた後家を出た。 (やっぱ、寒いな)  コートのポケットに両手を突っ込んで、新雪に足跡をつける。  先にあるいくつかの足跡は比呂美のだな……なんて考えながら門を抜けると、 「ダメだよ。女の子待たせるなんて」  塀に寄りかかって、悪戯っぽく微笑む比呂美がそこにいた。 「比呂美……」 「なんてね……勝手に待っちゃった。……迷惑だったかな」  ちょっと視線を落として照れくさそうな比呂美。 「全然。……んじゃ、行くか」 「うん」  車道は濡れてるだけで雪は残ってないのだが、歩道はずっと雪道が続いてる。  俺たちは足元に注意しながら……並んで歩いていた。 「言ってくれれば急いで出てきたのに」 「いいの、私が勝手に待ってただけだから。……少し話しがしたくって」 「話し?」 「だって一緒にいれる時間……あんまりないから」 「……そうだよな」  家では両親(特に母さん)の目が、学校では同居しているのは周知の事実なので恋人同士の振る舞いはできない。  俺たちは気持ちを通じ合えたと言っても、今までと変わらない生活を強いられるのだ。 「だからちょっとの間でもって思ったから」 「そうだな……」  なんだかすごく穏やかな気持ちだった。  部屋で二人にきりになったときはあんなにドキドキしてたのに。  比呂美が柔らかな笑みを浮かべてくれるだけでこんな気持ちになれるんだなって、ちょっと感慨深かった。 「……雪」  比呂美が空を見たのに釣られて俺も空を見る。  ゆっくり、ゆっくりと少しずつ雪が降ってきた。  比呂美が手のひらを差し出すと、降ってきた雪の一つがその上に落ちてきて体温に解けた。 「私、雪嫌いだったの……  雪が降る日に限って嫌なことばかりあったから。  でも、また好きになれそう」 「……なんで?」  なんとなくわかってるのに、聞いてしまう。  比呂美はまた照れくさそうに、でもそれは今までに見た中で一番優しい笑顔だった。 「雪の降った日に、眞一郎君と恋人同士になれたから」 「……そっか」  俺は嬉しくて照れくさくて、まともに比呂美の顔が見れない。 「……はぁぁ……」  雪で濡れた手のひらを暖めるように、比呂美は息を吐きかけた。 「手袋は?」 「急いできたから忘れてきちゃった」 「急ぐことなかったのに」 「だって、眞一郎君が居間に来たらドキドキしちゃって……」  あーもー可愛いなちくしょー! 「ほら……」  俺はポケットから手を出して比呂美の手を握った。 「あっ……」  冷たい……  冷たいこの手をずっと温めていけたら…… 「少し、このままでいい?」 「あぁ」  俺たちはそのまま手を繋いで歩き出した。  願わくば、学校近くまで誰にも会いませんように。  少しでも長く、あの祭りの夜のスタート地点に立ち続けていたかった。  僕は知っていた。  一人では飛べないということを。  だから手を差し伸べた。  少女は僕の左手を優しく握り返してくれた。  その繋いだお互いの手のひらが翼となって──  僕たちは閉じ込められた小瓶から飛び出した。  ─終わり─  ここまで読んでくださった方。ありがとうございます。  現実逃避ENDをお届けしましたw  まぁ、これから二人で異母兄妹疑惑を乗り越えていくのでしょうね。  眞一郎の言葉遣いが統一できてなかったり、キャラが崩壊しちゃうのは実力不足なので許してください。  人間1日食べないだけで倒れるのかとか、そうとう迷ったんですけど、そこは演出ということでw  一応これの比呂美視点の話も考えてあるんですけど、もう書く気力がないorz  本編の方でもっと幸せになれそうだから、そっちに期待しましょう。  では。  ─修正版─  あまりの誤字の多さに絶望して、ついでにいろいろ直しました。  まだ誤字あっても、もういいや\(^o^)/  では。

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