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「比呂美のバイト その2」(2008/04/28 (月) 01:46:01) の最新版変更点
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<p>【なんだ、もうフラれたのか?】 比呂美のバイト その2</p>
<p><br />
「あの事故はアイツが悪いんじゃないか。あんな雪の日にバイクで二人乗りな<br />
んて、するほうがおかしいんだ。アイツが事故るのは勝手だけど、ちょっと間<br />
違ったら、お前、死んでたんだぞ」<br />
なんで、ここでまた4番が出てくるんだ。眞一郎は焦り、困惑していた。<br />
二人の日々が壊れていくような不安が襲って来る。<br />
「それでも、あの事故の責任は私にあるの」<br />
比呂美の顔には、気後れも迷いも、欠片も存在していない。<br />
「アイツが払えって言ったのか?」<br />
「ううん。いらないっていわれちゃった。でも、そんなわけにいかないから」<br />
「何十万もするんだろ。そんな、大変だよ。第一、部活はどうするんだよ」<br />
「しばらく休むわ。今はそんなに厳しい時期じゃないから。まずはこの冬休み、<br />
がんばってみる」<br />
「でも…」<br />
「もう決めたから」<br />
こうなると比呂美の決心は動かない。それは引っ越しの時に学んでいる。<br />
比呂美の様子は普段と変わらない。最近の、朗らかな比呂美のままである。<br />
むしろサッパリしたような表情さえしていた。<br />
だが眞一郎は、その日にした他の話を何も覚えていないほどショックを受け<br />
ている。<br />
練習試合を体育館で見た時の…。試合中に嫌がらせされている比呂美を4番<br />
が助けた、その時に感じたコンプレックス。それが克服もできず、風化もして<br />
いない事を、彼は悟った。</p>
<p><br />
夕方遅くに帰宅した眞一郎は、酒蔵に向かった。仕事熱心な父は、夕飯で呼<br />
ばれるまではここにいるからだ。<br />
「父さん、比呂美の事なんだけど…」<br />
「どうした。何かあったのか?」<br />
父が作業をしながら応じてきた。<br />
「あいつ、バイトするって言い出して…」<br />
「それはまた、なぜだ」<br />
さすがに驚いたようで、仕事の手を止めて、向き直る。<br />
「事故で燃えたバイクの弁償をするんだって…」<br />
「ほう…」<br />
父は、なるほどな、とつぶやいた。<br />
だが、帰ってきた反応は眞一郎の予想外だった。<br />
「それは良い心掛けだ」<br />
「反対しないのかよ!」<br />
思わず叫ぶ。<br />
「眞一郎。自分のした事に責任を取るのは、人として大切な事だぞ」<br />
父の目が光る。真顔で眞一郎の目を見つめていた。<br />
そんなんじゃない。比呂美が4番のために働くんだぞ。だが、眞一郎の思考<br />
はどうしてもそこから抜けなかった。<br />
「で、いつからだ」<br />
父のいたって冷静な声に冷や水をかけられ、眞一郎は怒りのエネルギーを失<br />
ってしまう。<br />
「この…冬休みに働くって…」<br />
「話はわかった。ただし、こちらも保護者として預かっている身だ。比呂美に<br />
はバイトを始める前に、こちらに話をしに来なさいと伝えてくれ」<br />
「…。わかった、けど…」<br />
納得いかない。どうしても納得できない。父にも、比呂美にも…。<br />
「ところで眞一郎。お前はどうするんだ?」<br />
父は不思議な事を言った。<br />
「どうするって…?」<br />
父は答えず、かすかに笑って作業に戻っていった。</p>
<p><br />
「あーっ!」<br />
真っ暗になった自室で、ベッドに身を投げながら、眞一郎はうめいた。<br />
(比呂美が…。4番のために働く…)<br />
頭の中はそればかりだ。4番への嫉妬が、眩暈すら起こさせるほどの勢いで<br />
渦巻く。<br />
握った拳が哀れな枕にめりこみ、ぼふっと音を立てる。 <br />
(自分に責任があるって言ってたけど、なんであいつなんかのために…)<br />
比呂美にも事故の責任があるという事は、頭では理解していた。<br />
問題は感情面なのだ。<br />
自分の落ち度も相当にあった…いや自分の落ち度が原因とはいえ、比呂美を<br />
4番に奪われそうになった時の焦りや嫉妬。その記憶が生々しく甦ってくる。<br />
4番が悪い男であったかと言われると、単純にそうとは言い切れない。そん<br />
な事はわかっているのだ。<br />
「俺はお前を許せないんだ」<br />
4番が言ったのと同じく、眞一郎にも彼を許し切れない部分が残っていた。<br />
バイク事故の一件もそうだ。あれでもし、比呂美が大怪我していたり、死ん<br />
だりしていたら。自分は4番を決して許さなかっただろう。<br />
そしてもし、"バイクが事故っていなかったら"。<br />
後日この事に気づいた時、眞一郎は戦慄を覚えた。比呂美はどうなっていた<br />
のだろう。自分はどうしたのだろう。それ以上考える事に抵抗と拒絶を感じて<br />
しまう。そんな最悪の展開も、ありえたのではないか。<br />
悪夢そのものの想像が彼を責め苛み、実際に夜中にうなされ、飛び起きまで<br />
した。それから大した時間が過ぎたわけではないのだ。(そして比呂美が同時<br />
期、同様の悪夢に泣かされていた事を、彼は知らなかった)</p>
<p> それだけではなかった。4番の事を思い出す度に、その妹も記憶から出てく<br />
る。<br />
(乃絵…)<br />
気持ちがはっきりしないまま軽率な告白をしてしまい、深く傷つける事にな<br />
ってしまった少女。そして自分を導いてくれた少女。<br />
乃絵ではない。乃絵ではなかったのだ。自分にとって本当に大切な女性は。<br />
乃絵が誰か他の男と付き合うという想像は、ショックではあっても悪夢まで<br />
には至らなかった。うなされる事もない。祝福だってできるだろう。<br />
だからゆえに、自分の告白の罪について、重い責任を感じざるを得ないのだ。<br />
祭りは乃絵のために踊った。絵本も乃絵のために完成させた。それでもなお、<br />
乃絵に対しての負債を返しきれていないと感じる自分が居る。<br />
謝って済む事ではないと。だが、今となっては謝る事もできない。乃絵の傷<br />
も、比呂美の傷もえぐるわけにはいかないから。<br />
もう乃絵に対してできる事は何もない。もう何もしてはいけない。そして眞<br />
一郎の正義感は、いつまでも疼いたままだ。<br />
4番の事を考えると、どうしても乃絵の事まで強く思い出してしまう。<br />
4番、乃絵、そのどちらもが眞一郎の精神に大きな負荷をかけていく。考え<br />
るほどに自信が失われていく。<br />
(父さんは、なんで俺に"どうする"って聞いたんだ…)<br />
こんな、俺に。</p>
<p><br />
「よお眞一郎。お前、何悩んでんだよ」<br />
放課後、いつものように図書室に向かおうとする眞一郎に、三代吉が話しか<br />
けてきた。そのままうながし、人気の少ない廊下に移動する。<br />
実は、三代吉が眞一郎の変調に気づいたのは朝である。だが、手助けの要る<br />
事か、自然に解決する事か、様子を見ることにして、気が付かないフリをして<br />
いた。いらぬお節介をするわけにはいかない。<br />
丸一日終わっても浮かない顔をしていたため、声をかけてみる事にした。三<br />
代吉らしい配慮である。<br />
「比呂美が…」<br />
「なんだ、もうフラれたのか?」<br />
探りがてら、軽口を叩いてみる。<br />
「かもなあ…」<br />
眞一郎は、妙に自信なさげな様子だった。<br />
(やっぱりそうか)<br />
三代吉の想像通りだった。眞一郎が突然しょぼくれる原因はそれぐらいしか<br />
ない。<br />
それにしては比呂美の様子がおかしい。彼女は至って平穏そのもの、朗らか<br />
なままだからだ。<br />
「なんだよそれ」<br />
気のない感じの、ぼやけた答えをしておく。<br />
「事故で燃えた4番のバイクを弁償するために、バイトするって」<br />
ふーん、というのが三代吉の感想。これだけでは何がどうとも言えない。<br />
「あんな奴のバイクなんかほっとけばいいのに。湯浅さん真面目だからなあ…」<br />
一連の事件の渦中、三代吉は湯浅比呂美の本心を疑った事があった。だがそ<br />
れは今では解消している。<br />
比呂美はポーカーフェースを保っているが、冷静な眼で良く観察していれば<br />
わかるのだ。4番とつきあっていると言われた頃の彼女と、今の彼女。身にま<br />
とう雰囲気が、内側から溢れる華が、全く違うではないか。<br />
「俺、どうしたらいいんだろう…」<br />
三代吉は盛大にずっこけそうになった。<br />
(前々から思っていたが、なんでこいつは、湯浅比呂美の事には、こんなに自<br />
信がないんだろう。アイツが今さら4番なんかに走るわけがないのに)<br />
兄妹疑惑の件を知らない三代吉には、ちょっと積極的に押せば、あんな大騒<br />
ぎする前に落とせてたじゃないか、としか見えない。石動乃絵に恨みはないが、<br />
乃絵が出てきてややこしくなるまえに、決着はついていたはずだと彼は考えて<br />
いる。<br />
「お前アホか。そんな事、考えなくてもわかるだろ」<br />
「それがわからないから悩んでるんだろ」<br />
「こりゃ、湯浅さん苦労するな…。あっちを励ましたい気分だ」<br />
さすがに口に出た。仕方のない所である。<br />
「おい…」<br />
微妙な発言で、眞一郎が焦る。<br />
「もういい、アホがうつる。じゃあな。俺、今日も"あいちゃん"でバイトすっ<br />
から」<br />
三代吉はカラっと笑いながら背中を向け、校門に向けて歩きだした。<br />
「おい、待てよ三代吉」<br />
「ヒントはやったぞ。お前、それでも一応、旦那だろ」<br />
(頑張れよ)三代吉は背中で手を振って、歩き去った。現状で自分に出来るア<br />
ドバイスはした、と判断していた。<br />
本人は気づいていないが、実のところ、眞一郎には敵が多いのだ。<br />
比呂美を奪おうと現れるライバルは、これから比呂美が美しくなるに従って、<br />
どんどん強く、多くなるだろう。いかに比呂美が一途でも、一途さゆえの落と<br />
し穴だってある。比呂美に吊り合わなくなり、眞一郎が自滅する事だってあり<br />
えた。(三代吉は知らない事だが、一連の事件はまさにこれらの複合要因だっ<br />
たのだ)<br />
これぐらい自己解決できなければ、いずれ何らかの形で比呂美を失う事にな<br />
るかもしれない。<br />
眞一郎は強くならなければならなかった。<br />
今はそのために、守るべき所は守ってやり、突き放すべき所は突き放す。<br />
ケンカの似合わない眞一郎だが、何らかの形で殴り合いも教えてやるべきか<br />
もしれない。汚い手段だって使わなければならない時もある。奇麗事で済む事<br />
ばかりではないから。<br />
それが親友たる自分の役割だと三代吉は考えていた。</p>
<p>「ヒントって…」<br />
眞一郎にはまだわからない。考える事が増えただけだ。<br />
だが、三代吉に大切な何かを渡された事、少なくともそれだけは、眞一郎も<br />
理解していた。</p>
<p><br />
--------------------------------------------------------<br />
比呂美のバイト編、第二話です。</p>
<p>いくつか補足を。</p>
<p>時期は12月半ばとなります。<br />
たとえアニメ本編の公式設定で、最終回が1月だとされようとも、このお話は<br />
12月半ばのスタートです。どうしても、です(笑)</p>
<p>眞一郎君、若干ヘタレてます(笑) が、仕方のない事だと思って下さい。<br />
眞一郎君に4番、比呂美に乃絵というトリガーは、トラウマに近いものが<br />
ある事としています。<br />
そのトリガーについて、お互いある程度察知してはいますが、傷の深さまでは<br />
理解が及んでいない事とします。(トラウマというのは本人以外には<br />
その重大さが理解しにくいものです)<br />
この辺り、地の文に混ぜにくくて。</p>
<p>眞一郎がヒロシやママンを呼ぶ時、父さん母さんと、親父おふくろが混在します。<br />
それは仕様です。</p>
<p>三代吉は、若干の不良経験のある、カッコイイ三代吉にしてあります。</p>
<p>最後に。この筆者、若干エロいですが、そこはお許しを。<br />
エロパロスレ直行レベルまでは行かないと思います。たぶん。</p>
<p>乱文を読んでくださり、ありがとうございました。</p>