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「比呂美のバイト その6」(2008/05/05 (月) 22:59:12) の最新版変更点
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<p>【私は…満足してるわ…】 比呂美のバイト その6</p>
<p><br />
比呂美の言う"倉庫"の中は、確かに倉庫然としていた。<br />
小さな二部屋の中には様々な家財道具が所狭しと並べられている。通路は確<br />
保されているものの、布団一枚置くスペースもない。水まわりには使用感がな<br />
く、ゴミもない。生活の気配は全くなかった。<br />
掃除自体は行き届いている。空気もよどんでいないから、きちんと換気も行<br />
われている。おかげで倉庫等に特有のカビ臭さも無いのは立派な管理だとは言<br />
える。<br />
だが、この部屋自体が完全に荷物を置くだけの場所、つまり"倉庫"として使<br />
われているのは明らかだった。<br />
実家の近所なため、建物そのものにもちろん見覚えはある。だが、眞一郎の<br />
中で、この建物に何らかの意味を持つ記憶はない。友人知人が住んでいた事も<br />
ないし、もちろん比呂美が母親と住んでいた家とも違う。<br />
それでも眞一郎の記憶にひっかかるものがある。何か違和感…いや、既視感<br />
を覚えるのだ。<br />
「ここは…」<br />
奥に入っていく比呂美を目で追いながら考えていた眞一郎は、奥にあるテー<br />
ブルや椅子を見て、やっとその既視感の正体に気づいた。<br />
「比呂美! これってまさか」<br />
「そう…。私の家にあった物」<br />
比呂美がどこか遠くに聞こえる声で、小さく言った。</p>
<p> 眞一郎が湯浅の家に遊びに行った記憶は、小学生の頃にまでさかのぼる。<br />
湯浅家の父親は比呂美が幼稚園の頃に亡くなっていた。だから、"湯浅のお<br />
じさん"の記憶は、眞一郎にはほとんど無い。湯浅のおばさんはいつも若々し<br />
く、綺麗で、比呂美との仲も良かった。比呂美が中学生頃には、年の離れた姉<br />
妹にさえ見えたものだ。<br />
そのおばさんが倒れたのは、二人が中学2年の早春だった。<br />
それから数カ月。看病の甲斐なく、美しく優しかったおばさんはあっという<br />
間に亡くなってしまったのだ。<br />
病気が発見された頃には、すでに手遅れだったらしい。それまでの無理が祟<br />
ったんじゃないかと両親が話しているのを、眞一郎は聞いた記憶がある。それ<br />
を話す父の顔は、深い苦悩に満ちていた。<br />
入院中のおばさんの姿は、今にも死に行こうとする人にはとても見えなかっ<br />
た。見舞いに来た眞一郎に、逆に色々と気を使ってくれたほどだ。比呂美の表<br />
情が段々暗くなる事だけが、病状の悪化を示していた。</p>
<p>「前の家、借家だったから。お母さんが死んで、出ていかなければならなかっ<br />
たの」<br />
眞一郎に背中をむけたまま、比呂美が言った。<br />
「でも、家具なんてどこも引き取ってくれないよね。私には、両親との思い出<br />
がつまった、大事な家具なの。でも、私以外の人にとってはそうじゃない。場<br />
所を取るガラクタにすぎないわ…」<br />
語る声は明るかった。だが、無理に明るい声を出しているのが眞一郎にはわ<br />
かる。これほど痛切な響きの比呂美の声は、あまり聞いた事がない。<br />
「親戚の人たちは、お母さんが生きてるうちから、私を誰が引き取るかで押し<br />
つけあっててね」<br />
「ああ…」<br />
比呂美までの数歩の距離が、あまりに遠かった。少し落とした、その肩に触<br />
れてやる勇気が、今の眞一郎には持てなかった。<br />
「ねえ。お葬式の時、眞一郎くんはずっとそばにいてくれたよね」<br />
「何もできなかったけどな…」<br />
眞一郎にとって、それは苦い記憶だった。<br />
「ショックで心が動かなくなった私に、何をしてくれたか。覚えてる?」</p>
<p><br />
湯浅夫人の死去は親戚や一部の関係者に静かに受け止められた。わかってい<br />
た事であるから、驚かれる事だけはなかった。<br />
一番哀れなのは、残された比呂美だった。すでに祖父母も亡く、両親もいな<br />
い。<br />
両親の兄弟、つまり比呂美の伯父や叔父が引き取られるしかないのだが、一<br />
向に引き取り先が決まらなかったのだ。<br />
誰が引き取るかという話を、親戚一同はそもそもしたがらなかった。下手に<br />
言い出して、自分が引き取る羽目に陥る事を恐れていた。それどころか、ババ<br />
を引く事を恐れて病院にすら近づかなかった。<br />
比呂美自身も自分が望まれていない事は良くわかっていて、親戚に何かを期<br />
待することもなかった。<br />
だから、比呂美にできるのは、ひたすら奇跡を信じる事のみだった。</p>
<p>「もしもの事があったら、俺の家で比呂美を引き取る」<br />
親戚同士の押し付け合いの状況の中、そう言ってくれた男が、一人だけ居た。<br />
仲上家の家長、ヒロシである。<br />
仲上と湯浅は学生時代からの親友同士である。元は家族ぐるみの付き合いが<br />
あり、子供同士も仲がよかった。夫人同士の仲はここ数年で急速に冷え込みつ<br />
つあったが、決定的な決裂にまでは至っていない。ヒロシにとって比呂美は親<br />
友の忘れ形見、いやそれ以上のものだったのだ。<br />
「これ以上、あなたに迷惑はかけられないわ」<br />
ヒロシが申し出た時、湯浅夫人は笑って拒絶した。<br />
「比呂美は強い子だから。もし私がいなくなっても、一人で立派に生きていけ<br />
る。私はそう信じてる…」<br />
湯浅夫人の言葉は、仲上夫人に比呂美を託す事を恐れた部分があったのかも<br />
しれない。実際の親戚でもない事を考慮しただけかもしれない。今となっては<br />
わからない。<br />
だが、奇跡が起こらない事は、誰の目にも明らかだった。何より湯浅夫人本<br />
人が、死を受け入れていた。<br />
ヒロシはそれでも、数日と開けずに見舞いを続けた。見舞いには息子の眞一<br />
郎を伴う事が多かったが、その眞一郎は、気が付くと病院に入り浸るようにな<br />
っていた。</p>
<p> 比呂美は病院にずっといて、日に日に弱っていく母の姿を見続けていた。<br />
自分の衰弱にあわせて比呂美の言葉が少なくなり、明るかった表情が暗くな<br />
って行く事が、何より湯浅夫人には辛かったのだが、娘にしてやれる事は、も<br />
うなかった。そのはずだった。<br />
湯浅婦人の残された時間はあまりにも少なかった。面会時間が終わって比呂<br />
美が帰ると、自分の事より娘の事を思って、彼女はよく泣いていた。まさか自<br />
分が比呂美に最大の贈り物を与えてやる事になるとは、この時の彼女は知らな<br />
かったのである。</p>
<p> 眞一郎は(比呂美の前では特に)口下手で、病院に毎日来てはいても、比呂<br />
美と大して話す事もできなかった。<br />
比呂美も、他の友達と明らかに違う態度を眞一郎に見せていた。親しいどこ<br />
ろか、その態度はあまりに素っ気なく、冷たいようにすら思えた。<br />
険悪なわけではない。だが、小さな頃はあんなに仲が良かったのに、と湯浅<br />
夫人が不思議に思うぐらいだった。<br />
それでも眞一郎は、なぜか病院に通い続けた。</p>
<p> ある日の事である。突然、眞一郎が病床の横で絵を描きはじめた。その絵は、<br />
同じ年ごろの子供と比べても下手な絵で、何でも器用にこなす比呂美の絵に比<br />
べると、悲しいほどの出来栄えだった。<br />
だが、それを見せられた比呂美は、なぜか少し嬉しそうだった。湯浅夫人は<br />
久々に比呂美の笑顔を見たと思った。<br />
「眞一郎君。比呂美があなたの絵を見て、とても喜んでいたわよ」<br />
比呂美が席を外した時、彼女は何気なく言った。<br />
「僕の絵なんか、下手ですよ…」<br />
描きはしたものの、さすがに下手の自覚はある眞一郎である。<br />
「絵はね、技術よりも心だから。比呂美はずっとここに居て、笑顔をなくして<br />
しまっていたのに。あなたの絵がよっぽど良かったのね」<br />
おだてが半分以上入っていたのは事実である。だが、これが眞一郎と比呂美<br />
の運命を決定づける会話となったのだ。</p>
<p> 眞一郎は、それから毎日、病院で絵を描いた。スケッチブックと鉛筆を持っ<br />
て離さず、毎日、ずっと、下手な絵を書き続けたのだ。<br />
比呂美とも相変わらず大した会話はできないが、それでも絵を通した会話が<br />
生まれつつあった。眞一郎が帰った後も、比呂美は楽しそうにその事を語って<br />
聞かせるようになった。気が付くと比呂美に笑顔が戻っていた。<br />
その頃になると湯浅夫人にもこの二人の関係が見えていた。二人とも、意識<br />
しすぎて素直になるキッカケを失っているだけなのだ。互いに、相手に対して<br />
デリケートすぎ、内気すぎたのである。何とも可愛らしい、子供達の想いであ<br />
った。</p>
<p> 眞一郎の絵は、たった数カ月という湯浅夫人の入院期間に、驚くほどの上達<br />
を見せた。あれほど下手だった子供が、しまいには大人も感心するような鉛筆<br />
画を描くようにまで至ったのである。<br />
実は、生半可な努力ではなかった。病院にいる間も、家でも、授業中でも。<br />
寝ても覚めても描き続けた事が、秘めていた才能を急激に開花させる引き金に<br />
なったのだ。<br />
眞一郎は誰にも語らなかったが、比呂美の笑顔を見たいがための、それだけ<br />
のための努力だった。<br />
(この子達は…)<br />
湯浅夫人は、驚きをもって二人を見ていた。</p>
<p> 湯浅夫人の容体が急変したのは、7月の末のある夜だった。<br />
この頃になると病院側もわかったもので、遠方の親戚より先に、まず仲上に<br />
連絡が行った。湯浅の親戚は役に立たないだけで口うるさく、仲上を通した方<br />
が話が早かったのだ。<br />
その時眞一郎は湯浅夫人の肖像を描いて帰った後で、入れ替わるようにヒロ<br />
シが飛び込んできた。<br />
湯浅夫人は、ゆっくりと目を開けた。さすがに頬はこけ、顔はやつれてはい<br />
たものの、依然美しかった。<br />
「ヒロシさん。そろそろお別れみたい」<br />
その声は細く、息は荒かった。<br />
「馬鹿な事をいうな。まだ見込みはある」<br />
ヒロシは、自分で信じてもいない言葉を言った。いや、信じたかったのだ。<br />
だが、湯浅夫人はかすかに笑って否定した。<br />
「自分の体の事はわかるわ…。比呂美」<br />
「はい」<br />
比呂美の表情は凍り付いていた。つい1時間ほど前、眞一郎がいた時は、笑<br />
顔まで見せていたというのに。<br />
「お母さん、大事な話があるの…。ちょっとの間、外に出ていてくれない?」<br />
「イヤよ」<br />
「比呂美。あなたも女なら、聞き分けなさい。お別れを言わなければならない<br />
の」<br />
冷や汗まで浮かせた母のどこに、こんなに強く言葉を言う力があったのか。<br />
その時の比呂美にはわからなかった。<br />
「…はい」<br />
比呂美は従わざるを得なかった。小康状態になったものの、母にはもう時間<br />
がなかったからだ。やりたいようにさせるしかなかった。</p>
<p>「やっと…二人きりになれたわね…」<br />
湯浅夫人は微笑んだ。比呂美に強く言った事で、また少し消耗しているよう<br />
に見えた。<br />
「ああ」<br />
ヒロシにはわかっていた。これが二人で話す、最後の機会であると。<br />
「前に断っておいて、悪いのだけれど…。比呂美をお願いできないかしら…」<br />
「心配するな。そのつもりだ」<br />
最後まで娘の事を心配する母親に、ヒロシは即答した。何ヶ月も前からそう<br />
すると、心で決めていた事だ。<br />
「眞一郎君…すごいわね。立派に仲上の血を引いてるわ…」<br />
湯浅夫人の話は、意外な所に飛んだ。<br />
「出来の悪い息子だよ。ずっと入り浸っているようだったが」<br />
「そこにあるスケッチブック、見てみて…」<br />
今したいのは、眞一郎の話などではないのに…。だが、そこに描かれている<br />
絵は、ヒロシを驚かせた。<br />
「これを眞一郎が描いたのか? 確かあいつ、絵は全然駄目なはずだが」<br />
「それね…。比呂美のために…描いたのよ…」<br />
湯浅夫人は、病院の天井を見通すような、遠い目で言った。<br />
「…。そうか。そういう事か…」<br />
しばらくの沈黙の後、ヒロシはつぶやいた。ヒロシにも二人の関係が見えた<br />
のだ。<br />
「なんだか…夫婦みたいなの…。よほど相性がいいのね…」<br />
比呂美の母親は、渾身の力でヒロシの目を見つめ、そう言った。<br />
比呂美を頼みます、と。その瞳が語っていた。<br />
「本人同士の話だ。先の事は保証できないぞ?」<br />
湯浅夫人は、ヒロシの言葉に、かすかに頷いた。<br />
(未来はあの子達が決める事だから…)<br />
「遺書は比呂美に…渡してあります…。仲上さんに預けたいと…」<br />
「仲上は大切な人間を見捨てない。決して。それが仲上だ」<br />
その言葉は、かつて湯浅夫人が何度か聞いた言葉だった。そして、その言葉<br />
が裏切られた事は、一度もなかった。</p>
<p> ヒロシは、湯浅夫人の手を握り、その名前を呼んだ。姓ではなく、名を。<br />
「何…?」<br />
「俺は後悔してるんだ。お前とあの時別れた事を。俺が本当に好きだったのは…」<br />
「私は…満足してるわ…。間違って結婚していたら…、この年で貴方を…一人<br />
にする所だったのよ」<br />
その時見せた彼女の最後の笑顔は、今までに見たことがないほど、美しいと<br />
ヒロシは感じていた。<br />
ヒロシは、そっと彼女に口づけた。</p>
<p>「比呂美ちゃん、済まなかったね。病室に戻ってやってくれ」<br />
ヒロシが病室の外に出ると、部屋のすぐ外に比呂美はいなかった。同じ階の<br />
少し離れたベンチにその姿を見つけ、話しかけた。<br />
比呂美の表情からは、何も伺い知る事はできなかった。<br />
「いえ…。失礼します」<br />
比呂美はそれだけ言って、病室に戻っていった。</p>
<p>「比呂美…」<br />
母の顔は、今までになく安らいで見えた。<br />
「はい」<br />
「眞一郎君を大事にしなさい。絶対放しちゃだめよ…」<br />
驚くほど強い声で、母は比呂美に語りかけた。<br />
「眞一郎くんはそんなのじゃ…」<br />
比呂美が慌てて否定する声を聞いた時、母は笑ったように見えた。<br />
「お母さん?」</p>
<p><br />
車のエンジン音が止み、ヒロシは「ただいま」の挨拶もなく玄関に入ってき<br />
た。いつもきちんとしているヒロシには珍しい事だった。<br />
出迎えた理恵子は驚いた。表情は険しいというどころではない。何者かに対<br />
する憎悪を目に宿しているかのようだった。初めて見る夫の貌だった。<br />
「あの…。あなた。おかえりなさい」<br />
理恵子はやっとの事で出迎えの言葉を絞りだしたが、ヒロシは答えなかった。<br />
「湯浅さんは…?」<br />
「挨拶、してきた」<br />
理恵子は息を飲んだ。つまり…そういう事だ。<br />
「あの…」<br />
「済まない。今は一人にしてくれ」<br />
ヒロシは言い捨てて家に上がった。<br />
その背中には、妻の自分でさえ、とても声をかけられるものではないと感じ<br />
られた。触れれば斬られるような、殺気に近いものが夫の後ろ姿から立ち上っ<br />
ていた。複雑すぎる感情が心をかき乱し、理恵子はしばらく立ち尽くしていた。<br />
それを動かしたのは、感情でも思考でもなかった。<br />
「喪服、用意しなくてはね…」<br />
理恵子は耳で誰かの言葉を聞き、それが自分の声であることに驚いた。彼女<br />
は自分が主婦である事を改めて知った。</p>
<p><br />
翌朝未明、昏睡状態にあった湯浅夫人は、息を引き取った。<br />
仲上家の3人は総出で駆け付け、それぞれが自分のすべき仕事を行った。<br />
理恵子は葬儀その他の当面の処理について湯浅の親戚と話をし、ヒロシは湯<br />
浅の親戚の男性陣と比呂美の引き取りについての話をしていた。二人ともに涙<br />
はない。あくまで冷静に、自分のすべき仕事に徹する姿勢だった。<br />
そして眞一郎は比呂美の横にいた。比呂美は泣いていなかったが、母親の棺<br />
の横から離れず、食事も睡眠も取っていない様子だった。誰が話しかけてもほ<br />
とんど反応はなく、心が消し飛んでしまったようにさえ見えた。<br />
比呂美の女友達が数人来たが、比呂美の様子を見ると、形ばかりのオクヤミ<br />
を述べて、すぐに立ち去っていった。周りの大人達も、長く比呂美の相手はし<br />
なかった。いや、とてもできなかったのだ。<br />
眞一郎だけが、何もできないままで、彼女の横に一日中ついていた。</p>
<p> 夕方になり、夜になっても、比呂美は凍り付いたままだった。無表情な真っ<br />
白な顔で、まるで人形みたいに、座り込んでいる。母親と一緒に、比呂美まで<br />
どこかにいってしまいそうで、眞一郎は怖かった。<br />
元気づけようと手を握ろうとした時、比呂美はものすごい顔で眞一郎を睨み、<br />
その手を振り払った。それでも、眞一郎は比呂美の横に居続けた。<br />
理恵子が眞一郎の所に軽食を運んだ時、息子はそれを拒否した。<br />
「比呂美が食べたら、俺も食べる」<br />
眞一郎はそう言って聞かなかった。</p>
<p>「比呂美、食べられないのは仕方ない。とにかく寝てくれ。体がもたない」<br />
時計は午前0時を回ろうとしていた。ほとんど無反応、無動作の比呂美は、<br />
その言葉にも、やはりほとんど反応を見せなかった。<br />
だが、昨晩から一睡もしていないはずだ。<br />
(このままじゃいけない…)<br />
眞一郎はふと思い付き、スケッチブックと鉛筆を手に、絵を描きはじめた。</p>
<p> だが、何の絵を描いても、見せても、それは比呂美の心に届く事はなかった。<br />
自分の絵では駄目なのだと、眞一郎は思った。<br />
彼は初めて、自分の絵に無力さを感じた。<br />
「ごめん、ちょっとトイレいってくる」<br />
嘘をついて、眞一郎は隣の部屋に移った。彼の目から涙がこぼれた。深く傷<br />
ついた比呂美に何もしてやれない悲しさのためだった。<br />
涙でぼやけた彼の目に、本棚がうつった。何とはなしに本だなを眺めるうち、<br />
彼はある物を発見し、それを持って比呂美の部屋に戻った。<br />
時はすでに夜が白みはじめる頃だった。</p>
<p><br />
-------------------------------------------------------------------</p>
<p>ごめんなさい。超暗くなりました。</p>