Amour et trois generation Le mouvement du presager(伏線の発動)

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 麦端高校の修学旅行は大きな事故もなく、帰りの時を迎えていた。誰もがかばんに土産 を詰め込み、住み慣れた我が家に戻る事に寂しさと安堵を同時に感じていた。 「あさみさん、すごいね、その荷物」  新幹線を待つ中で、眞一郎があさみに声をかけた。その言葉通り、あさみは行きの荷物 の他に大きな紙袋をいくつも両手にぶら下げていた。 「お母さんとお兄ちゃんに色々頼まれてさぁ。芥子蓮根でしょ、明太子でしょ、それにご 当地ラーメンあれこれ……」 「それくらいなら俺も買ってるぞ」  横から下平が入ってきた。下平が言うまでもなく、酒蔵の従業員向けの土産も買い込ん だ眞一郎の土産も多いが、――比呂美も同じように買っている――別にかばんからこれほ ど溢れ出してはいない。 「女の子はかばんの中身が元から多いの!」  あさみが反論するが、朋与がニヤリと笑いながら 「あさみの場合はかばんの中身が多いというより、中が散らかりすぎてるのよ。着替えを きちんと畳んでしまうだけでも半分くらいはお土産も納まるのに」  と言うと、顔を真っ赤にしてしまった。 「朋与ぉ~、こんな所で言わないでよぉ~」 「そういう黒部さんは何買ったの?」  雲行きが怪しくなったと見て、眞一郎は素早く話題を朋与に転換した。朋与もあさみの 相手はせず、自分のかばんを覗く仕草をする。 「うーん、あたしも食べ物ばっかしだなー。熊本の陣太鼓でしょ、長崎のカステラでしょ、 佐賀の松露饅頭でしょ、福岡のひよこ饅頭……」 「食べ物って言うか、お菓子ばっかりだな」  眞一郎の感想に、朋与は 「うちは下に二人いるから、この方がいいのよ。芥子蓮根なんて買っても食べられないん だから」  と言った。それもそうだろう。 「それで?仲上君は?どんなの買ったの?」 「俺?俺もそんなには変らないよ。親父が酒飲むからお菓子よりつまみっぽいのが多いけ ど」  お菓子は比呂美が買うから、という事情もある。  ところが、朋与はチッチッと指を振って、 「そっちじゃなくて、比呂美のよ。何買ったの?」  と訊いてきた。眞一郎はああ、と言う顔をしながら、言葉を濁した。 「いや、まあ、もちろん買ったけど……」  比呂美に贈ったものは椿が描かれた白磁のペンダントである。それなりに高価な代物で もあるし、選んだ自分のセンスにも自信はあるが、だからと言って自分から「これを上げ た」と言いふらすのは、果たしていかがなものであろうか?  救いの手はすぐに差し延べられた。 「これだよ、朋与」  比呂美が胸元からペンダントを引っ張り出し、朋与を振り向かせた。 「なんだ、もう渡してたの。家に帰ってから渡すのかと思ってた」 「わざわざ家までもったいぶる意味ないだろ」 「仲上君の事だから」  さりげなくかなり酷い事を言われたような気もするが、眞一郎は深く考えない事にした。 「あ~、これ欲しかった奴だ。いいなあ、比呂美」  あさみが羨ましそうに声を上げた。比呂美がその声に嬉しそうな顔貌を見せる。 「うん、私も気に入ってるの」 「でもこれ、高かったよね?」  あさみが眞一郎に訊いてきた。 「まあ…………それでも、比呂美には似合うと思ったから」 「言うようになったじゃない」  朋与がからかった。  朋与にしてみれば、眞一郎がこんな科白を恥ずかしがらずに言えるようになっただけで も驚きなのだが、比呂美が自分から眞一郎からのプレゼントを披露したのも意外だった。 内向的というわけではないが、こういう風に自分の喜びを発露させるタイプではないと思 っていたからだ。よほど、このプレゼントが嬉しかったのだろう。  朋与は先程からこの場に同席していながら、一言も会話に加わらない三代吉を見た。 「ね、野伏君は?愛子さんに何か買ったんでしょ?」 「ああ、買った」  彼には珍しい無愛想な返答。あさみと朋与が顔を見合わせた。 「何買ったの?」  朋与が訊ねた。 「……何だっていいだろ」 「それは、そうだけど……」  その時、下平が堪えきれずに噴出した。 「そいつ、真珠買ったんだぜ」 「なっ……!下平、てめえ!」 「隠すような事じゃないだろ。彼女以外に買ったんならともかく」 「んなわけあるか」 「えっ!?何、真珠?凄い、もしかして指輪とか!?」  あさみの目が輝きだす。朋与はもちろん、比呂美までが身を乗り出して三代吉に注目し ている。三代吉は観念してため息をついた。 「……指輪じゃねえよ。イヤリングだ」 「イヤリング!素敵!」  あさみの声が更に高くなる。眞一郎は不審気に、 「三代吉、お前いくら持ってきたんだよ」  と訊いた。比呂美には言っていないが、比呂美へのプレゼントだって眞一郎には予算オ ーバーで、三代吉から借りてやっと買えたのである。つまり、三代吉は眞一郎に金を用立 て、更に愛子のために真珠のイヤリングを買った事になる。 「まさか、ポーカー……」 「来る前から愛子に買う分は別に用意してあったんだよ。でなきゃ買えるか、いくらなん でも」  三代吉が苦笑する。 「じゃ、最初から真珠のイヤリング狙いだったの?」  比呂美が訊いた。 「イヤリングはあいつのリクエストなんだ。それでまあ、どうせなら対馬は養殖真珠で有 名だから、それにしよう、と」 「よく知ってたね、対馬の真珠なんて」  あさみが感心する。 「ま、一般常識よ」 (嘘だ) (嘘だな……) (嘘ね) (絶対嘘) (嘘よね……)  その場にいる全員が、三代吉に知恵を授けた第三者の存在を確信した。それが誰である のか、看破した者は一人もいなかったが。 「いいなあ、比呂美も愛子さんも。好きな人からそんなにいいプレゼントもらえるなんて。 あたしも彼氏欲しいなあ」  あさみが身体をくねらせながら言う。それに対し、比呂美が反論する。 「私は別に、高いから喜んでるわけじゃないわよ。私に似合う物を真剣に選んでいてくれ たと思うから、それが嬉しいの」  言葉の途中から、眞一郎は顔を真っ赤にしていた。比呂美も眞一郎を見て、自分がかな り恥ずかしい科白を吐いた事に気づいたらしい。 「あ、いえ、えーっと、つまり、愛ちゃんも、野伏君が真剣に選んだものなら、それだけ で胸が一杯になるんじゃないかな、て…………」 「は、はー。つまり比呂美さんは仲上君のプレゼントで今胸が一杯だ、と」  朋与の指摘に更に比呂美が赤くなる。 「と、とにかくだ、愛ちゃんが喜びそうなプレゼントは見つけたと言うわけだ。よかった な、三代吉」  これ以上自分達が遊ばれてはたまらないと、眞一郎がいささか強引なまとめをした。三 代吉も自分が朋与のおもちゃにされた事は面白くないが、土産を渡す時の愛子を想像する と、機嫌も直っていった。 「あ、おばさん」  学校からの帰り道、愛子は前を歩く理恵子の姿を見つけた。声に反応して理恵子が振り 返り、愛子に笑いかける。 「あら、愛子ちゃん、今帰り?」 「はい。おばさんは夕飯のお買い物?」  愛子は理恵子の手から下げられた買い物袋を見ながら訊いた。 「ええ、眞ちゃん達は今日帰りだから。お夕飯はうちで一緒にって言ってあるの」  誰が理恵子達と「一緒に」夕飯を摂るのか、名前はあえて訊ねる必要もない。 「何、作るんですか?」 「ポトフにしようかと思って」 「ポトフですか?」  愛子はちょっと意外だった。旅行から帰ってきたら、もっとおふくろの味的な料理を出 すものではないか? 「旅館にお献立確認してみたら、和食中心でお魚の煮付けなんかは出てるらしいのよ。そ れなら逆にうちでは洋風に、と思って」 「はあ」  愛子は曖昧に返事をした。この女性(ひと)は、わざわざ旅館に電話をかけて献立を訊 いたというのか。 「それに……」 「はい?」 「……いえ、なんでもないわ」  理恵子は何か言いかけたようだが、途中でやめた。愛子は気になったが、わざわざ追求 するまでもないと思い、その話題を引っ張る事はやめにした。 「愛子ちゃんは?三代吉君とは今日もう逢うの?」 「あたしですか?特に約束はしてないんですけど」 「でも、お店に顔を出すんじゃない?」 「どうかな?疲れたとか言って今日は家ですぐ寝ちゃいそうな気もするけど」  理恵子が口元を手で押さえる。笑っているらしい。 「愛子ちゃん、案外三代吉君なしでも平気なのね」 「平気……て言うか、四日くらいだし、携帯で話は出来たし」 「ああ、そうね。今は携帯があるのよね」  理恵子は納得した。 「でも、ひょっとしたらお土産渡すだけでも顔を出すんじゃない?」 「お土産?ああ、食べ物買って来たならそうかも」 「何か注文は出したの?」 「え?えっと……」  愛子は少し照れた仕草を見せた。 「ちょっと、アクセサリーを……」 「指輪?」 「ち、ち、違っ……」  顔を真っ赤にして手と頭をバタバタ振る。赤べこに似ている、と理恵子は思った。 「イ、イ、イヤリングです!」 「まあ、素敵。恥ずかしがる事ないじゃない。いいものをお願いしたと思うわ」 「いや、あはは……三代吉のセンスなんて期待はしてないんですけどね…………」  照れ隠しに酷い事を言っておいて、 「おばさんは何か頼んだんですか?」 「いえ、特には。うちは従業員向けのお土産も買わないといけないから、地元のお菓子買 って終わりじゃないかしら」 「でも、おばさんにも何か買ってきてくれるかもしれないですよ」  愛子が言うと、理恵子は苦笑して 「女の子はそう言う所良く気がつくけれど、眞ちゃんは無理ね。そこまで頭は回らないと 思うわ。残念だけど」  と言った。しかし、愛子の意図は別の所にあった。 「眞一郎はそうかもしれないけど、比呂美ちゃんが買ってくるんじゃないですか?」  理恵子は全く考えていなかったようだった。目を丸くし、驚きの表情を浮かべた。 「比呂美ちゃんが?」 「比呂美ちゃんなら気がつくんじゃないですか?お茶碗とか、そういう長く使えるものを 買ってくるかも」  その後の理恵子の表情の変化は、愛子の予想と全く異なるものだった。理恵子は暗い、 沈んだ顔貌になり、愛子を戸惑わせた。 「比呂美ちゃん……いいえ、ないと思うわ」 「おばさん?」 「あ、ごめんなさい。ただ、おばさんは比呂美ちゃんにそんな風に思われるような事、何 もしてないから」  理恵子の言い方には、単なる謙遜とは違う、懺悔に近いものがあった。愛子は何があっ たのかはよくわかっていないが、自分が触れてはいけない部分に近付き過ぎた事だけは理 解した。 「あ、あたし、そろそろお店開けなきゃ」 「そ、そうね。ごめんなさい、長話をしちゃって」 「そんな、あたしが呼び止めたんですから」  ややぎこちないやり取りをして、二人は別れた。愛子は比呂美と理恵子の間に横たわる 何かを心配しつつ、店に向かっていった。 『あいちゃん』は今川焼きを売る店であり、自然客もほとんどが持ち帰りとなる。しかし、 店内にはテーブルも、カウンター席もあり、真夏や真冬には店内で食べて帰る客も少なか らずいる。店としても、夏はカキ氷、冬はおでんと店内で食べやすいようなメニューも用 意する。  とはいえ、十月のこの時期ではそういった客も少なく、店内は閑散としていた。 「なんか食べちゃおうかなあ……」  愛子は呟いた。持ち帰り(テイクアウトという言葉は合わない気がしている)の客はそ れなりには来るが、やはり店内で腰を据える客がいないというのは緊張感が湧かない。あ まり遅い食事だとダイエットには悪いし、今食べる時間があるならば食べてしまおうか? 「焼きそば……は飽きちゃったしなあ。チキンライスがなかったかな。そうすれば卵でオ ムライスにしちゃえば…………」 「何冷蔵庫覗いてぶつぶつ言ってるんだ?」 「ふひゃぁっ!?」  突然背後から声をかけられて、愛子は飛び上がった。色気の感じられない奇声は弾みで 頭を冷蔵庫にぶつけたためである。 「みみみみ三代吉!?」 「どこから声出してるんだ」  三代吉は私服姿だった。一度家に帰り、夕食を済ませてから『あいちゃん』に来たのだ。 本当は少し眠りたい所だったが、目を瞑ったら朝まで起きない気がして、夕食後風呂にも 入らずに家を出たのである。 「今日はそんなに忙しくなさそうだな」 「うん、全然。たまーに持ち帰りのお客さんが来るくらい」  愛子が立ち上がりながら答える。 「適当に座ってよ」 「ああ」  愛子に勧められるまま、三代吉はいつもの席に座った。愛子がコーラの栓を抜いて彼の 前に置く。 「サンキュ」 「ね、どうだった、九州?」 「移動が長いわ。行く先はそれほど混んでねえし、そこそこ楽しめたんだけどさ、バスだ のフェリーだので揺られるから、それでみんなぐったりしてた」 「ふーん……あれ?」  三代吉の話を聞いていた愛子は、三代吉の目の端がわずかに紫になっている事に気がつ いた。 「三代吉、目の端、どうしたの?」 「風呂で転んだ」  三代吉はタイムラグなしで即答した。訊かれる事を予期していた答え方だ。 「大丈夫なの?」 「大した事ねえよ。もう痛みも引いたし、腫れてもいねえし」  大袈裟だよ、と言うように手を振ってみせる。そう言われては愛子もこれ以上言いよう がない。 「ならいいけど、気をつけてね。こう見えても少しは心配してたんだから」 「ああ、これからはもっと気をつけるよ」  心配していた、と言われたのが嬉しかったのか、三代吉がにっこりと笑った。たった四 日しか空いていない、しかもその間も連絡は取り合っていたのに、この笑顔がとても懐か しい。 「で、本題なんだが…………」  三代吉はごそごそとポケットを探り始めた。邪魔だったのか携帯を先にカウンターに置 き、ようやく目的の品が手に触る。きれいに包装された小さな箱だった。 「はい、これが旅行のお土産」 「え、あ、ありがとう」  愛子はカウンター越しにその小箱を受け取った。 「ね、開けてもいい?」 「いいよ、どうぞ」  テープを丁寧に剥し、破らないように包装紙を開く。中身はベルベットで覆われた小さ なケースだった。 「え……?」  イヤリングが欲しいと言ってあるのだから、これがイヤリングである事は当然予想して いた。しかし、こんな本格的なケースに入っているものだろうか?  愛子はケースを開いた。  入っていたのは確かにイヤリングだった。ただし、ガラス細工ではなく、真珠の。  それほど大粒というわけではないが、乳白色に輝く真円の珠が恐らくは銀細工のイヤリ ングの先端にぶら下がっていた。  どくんっ  愛子の心臓が大きく動いた。ほんの数日前のルミの顔貌が浮かんだ。あの時高岡さんな んて言ってた? 「向こうでイヤリング探したんだけどさ、ガラスだとどうしても安っぽくなるんだよ。そ れで、対馬が真珠の養殖やってるの思い出して、ジュエリーの店に入ったら、たくさん並 んでてさ」  どくんっ  養殖真珠の産地なんて、そんなに有名?ジュエリーの店なんて、普段の三代吉が考える? 「もうちょっとでかい珠だともっと見栄えもするんだけど、1ミリでかくなる度に値段が倍 になっていくんだな。それが限界だった」  どくんっ、どくんっ  最低だ、私。三代吉はあたしのためにこんなに無理して買い物をしてくれたのに。疑う 事なんて何もないのに。 「……もしかして、デザイン古かったかな?」  喜ばなきゃ。喜んで見せなきゃ。 「えーと……」 「あ、ご、ごめん。まさかこんなにいいもの買ってきてくれると思わなかったから、びっ くりしちゃって」 「気に入ってくれた?」 「う、うん!もちろんよ」 「なあ、ちょっと着けてみてくれねえかな?」 「え?」 「いや、ちょっと、見てみたいなと思ってさ」 「あ、う、うん、そうね…………」  そう言うと愛子はイヤリングを手に取り、自分の耳に着けようとする。  しかし、手が震えて上手く着けられない。焦れば焦るほどそれは手から滑り落ちそうに なる。 「……緊張しちゃって、上手く着けられないわ。恥ずかしいからあんまり見ないで」  無理に笑って、冗談めかして言ってみる。 「あ、悪い。じゃあ、ちょっと、あっち行ってるわ」  三代吉はそう言って、トイレに入った。カウンターには携帯を置いたまま。  どくんっ、どくんっ  愛子の手は、もう耳に伸びていなかった。愛子の目は、カウンターの上から動かなかっ た。  いけない。そんな事考えてもいけない。  そう自分に言い聞かせながら、それでも愛子は、三代吉の携帯に伸ばされる腕を、まる で第三者のように見守っていた――。 「やっぱり引かれたかなあ……」  トイレの中で三代吉は独り声に出した。  元々真珠というアイデアはルミから出たものである。長崎でガラス細工のイヤリングに 琴線に触れるものがなかったのは事実であり、最終的には自分で決めたのだからルミに文 句を言う筋合いではないのだが、愛子のあの戸惑ったような表情を見ると、やはり分相応 に高校生らしい値段の買い物をするべきだったかという気もする。 「けど、あれはいいと思ったんだよなあ」  ルミの言った通り、店員もこれなら将来ピアスに作り変えられると薦めてくれた。きれ いな乳白色で、まさに前日から三代吉が思い描いていた通りの、愛子にぴったりなものに 見えたのだ。  まあ、驚かれたのは仕方ない。その内見慣れてくれば、愛子も喜んで着けてくれるだろ う。もしかしたら、学校や店でも着けていられるような、気軽なものを想像していて、そ ういう代物でなかった事に戸惑っているのかもしれない。そうなら申し訳ないが、そうい うのは今度のデートで買ってやろう。 「よし、そうしよう」  そう決めて、三代吉はトイレを出た。そろそろイヤリングは着けられたかな。  愛子がカウンターの中から出てきていた。三代吉が声をかけようとすると、愛子はカウ ンターの上から彼の携帯を取り、三代吉に差し出した。 「愛子?」 「……ごめん、実は今日ちょっと具合悪くて。もうお店閉めちゃうから今日はこれで帰っ て」 「具合悪いって、大丈夫か?風邪でも引いたのか?」 「大丈夫、寝れば治ると思うから。だから、ね?」 「あ、ああ。じゃあ店閉めるの手伝うよ」 「一人で出来るから平気。三代吉も疲れてるでしょ」 「これくらいどうって事ねえよ。どれ、のれん下ろして――」 「一人で出来るから!」  愛子が驚くほどの大声を出し、三代吉の動きが止まった。愛子自身、驚いているようだ った。 「ごめん、でも、本当に大丈夫だから。三代吉は帰ってゆっくり休んで」  三代吉は何か言おうとしたが、愛子に押し出されるように店を出され、それ以上何も言 えなかった。何一つ、三代吉は理解できなかった。  高岡ルミは親友、日生香苗からの電話の相手をしていた。  カナは夏から付き合い始めた男バスの二年が、修学旅行の土産を買ってきてくれた事を報告しているのだった 『彼、わざわざ家まで来てくれたのよ』 「へえ、そうなの」 『そしたらパパが出ちゃってぇ、彼ガッチガチになっちゃったの』 「それは……災難だな」 『ねー、慌てて外に脱出しちゃった』 「で?何買ってきてくれたの」 『それがね……カップ』 「カップ?へえ」 『ペアのマグカップ買ってきてくれたの!これでいつでも一緒だよって』 「いいものもらったじゃない」 『実はね、早速今使ってるの!』 「はいはい」 『……もしかして呆れてるでしょ?』 「え?そんなことないわよ」 『どーせこれが初めての彼氏ですよ。ルミから見たらさぞや微笑ましい光景でしょうね』 「微笑ましいって言えば微笑ましいけど、馬鹿にしてるわけじゃないわよ。今私、プレゼントくれる男が一人もいないから羨ましいわ」 『なーに、ルミなら明日女の子からたくさんもらえるでしょ』 「女の子からもらってもね……」 『あ、コーヒー飲み終っちゃった。お替りしてこよっと』 「うん、それじゃあね」  電話を切ると、ルミは階下に下りて、食事の仕度をし始めた。 「さて、と。あっちはどうかな?」  ルミは楽しげであった。                     了   ノート 三代吉は意図的に描いていませんが、本来ダークサイドの人間です。抜け目なく、狡猾で、しかも非情です。キャプテンが惹かれたのはそんな部分です。 ただし、所詮17歳の少年です。自分がまだ未熟であることも、自分を出し抜く相手が世の中にいる事も承知していますが、自分と同年代の中にそんな権謀家がいるとは想像していません。キャプテンの術中に嵌ったのは、そういう意味での油断があります。

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