ある日の比呂美・番外編2-9

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前:[[ある日の比呂美・番外編2-8]] 比呂美の部屋の水周りは、ロフトの下にコンパクトにまとめられていた。 狭いながらも浴室とトイレは別になっており、洗面所の横に洗濯機を置くスペースも確保されている。 「……はぁ」 情事の後片付けを済ませた比呂美は、仕事を始めた洗濯機の横で髪を乾かしながら深く溜息をついた。 唸りをあげるドライヤーの温風に栗毛を泳がせながら、数分前の出来事を反芻してみる。 (……どうしちゃったんだろう…私……) 冷静さ、というより正気を取り戻した今の比呂美には、先刻までの自分が全く理解できなかった。 本当に妊娠を望んでいたのか、ただ中に出されたかっただけなのか…… もうそれも思い出せない。 (《気持ちいい》ってことに流されやすい……のかな、私) ……そうとしか考えられない…というよりも、そう考えたいと比呂美は思った。 眞一郎との約束された未来を破壊する結果を、自分が本心から望むはずはないのだ。 先ほどの異常な行動は、膣内射精による快感を欲した肉体の欲求に、精神が屈服しただけ。 それはそれで情けないことなのだが、受胎本能に踊らされて社会性を放棄したのだと認めるよりは、幾分マシと言えた。 「……だらしない…」 小声でそう呟いて、比呂美が内在する牝を罵倒した時、リビングに繋がるドアが外側から軽くノックされた。 「な、何?」 ドライヤーのスイッチを切って、ドアノブに手をかける。 まだバスタオルを巻いただけの姿だったが、居間にいるのは眞一郎だけだ。 別に恥ずかしがる必要も無い。 「雨あがったからさ。俺、先に行くよ」 そう掛けられた声に応えて扉を開けると、眞一郎は既に生乾きの制服を身につけ、帰り支度を整えていた。 今日は夕食を仲上の家で食べる曜日なので、二人が一緒に帰宅しても別段おかしくはないのだが…… 「制服の俺と私服のお前が一緒に帰ったら……ちょっとマズイだろ?」 「……そう…ね」 眞一郎と比呂美の関係が『一線』を越えていることに、眞一郎の両親は気がついている。 しかし、たとえそうでも、『そうではないフリ』をするのが子供としての義務だ。 学校帰りの不自然な『寄り道』を見せ付けて、両親に要らぬ詮索をさせる訳にはいかない。 《二人の『深い関係』を感じさせぬよう注意を払う》  それは大人になる前に性を繋いだ眞一郎と比呂美にとって、周囲に対してしなければならない最低限の礼儀であった。 「なるべく、暗くなる前に来いよ」 アリバイを気にしつつも、眞一郎は比呂美への気遣いを忘れることはない。 玄関でスニーカーを履きながら、「なんなら、着替えてから迎えに来るから」と優しい言葉を投げかける。 だがその眞一郎の声は、比呂美の耳には届いていなかった。 裸体にバスタオルを巻いただけの美しいシルエットが、何かに憑かれたように窓外へと視線を遣っっている。 (ホントだ……晴れてきてる) 雨は止んだ、という眞一郎の報告どおり、空を塗り込めていた厚い灰色が、所々ひび割れを見せていた。 そして、その割れ目から下界へと伸びる光の橋…… 差し込んでくるオレンジの光。 (…………きれい……) 世界はもう泣き止んだのだ。 もう美しさを取り戻しつつあるのだと、比呂美は理解した。 なのに自分の感情は、反比例するように『不』の方向へと変化したまま、薄闇の中に漂っている。  『湯浅比呂美』を置き去りにして、明るさを回復しつつある夕空の輝き…… 自身でも解読不能な混乱を抱えた今の比呂美には、その煌きが妙に妬ましく感じられた。 ………… 「比呂美、どうした?」 窓の外を向いたまま固まってしまった比呂美の白い背に、玄関から伺うような声が掛けられる。 「ううん、なんでもない」 肩を小さくすくめてから比呂美は振り向き、眞一郎の元に駆け寄った。 明らかな『作り笑顔』を浮かべる比呂美に気づき、少しだけ陰りを見せる眞一郎の表情。 微妙な空気と微妙な感情が混濁し、向かい合う恋人たちの間に、気まずい沈黙が停滞した。 「……あの……」 重い気配を払い除けようと、比呂美の口が取り繕いの言葉を紡ぎだそうとする。 だがそれよりも早く、眞一郎の両腕が前に伸び、比呂美の身体を引き寄せようと動いた。         [つづく]
前:[[ある日の比呂美・番外編2-8]] 比呂美の部屋の水周りは、ロフトの下にコンパクトにまとめられていた。 狭いながらも浴室とトイレは別になっており、洗面所の横に洗濯機を置くスペースも確保されている。 「……はぁ」 情事の後片付けを済ませた比呂美は、仕事を始めた洗濯機の横で髪を乾かしながら深く溜息をついた。 唸りをあげるドライヤーの温風に栗毛を泳がせながら、数分前の出来事を反芻してみる。 (……どうしちゃったんだろう…私……) 冷静さ、というより正気を取り戻した今の比呂美には、先刻までの自分が全く理解できなかった。 本当に妊娠を望んでいたのか、ただ中に出されたかっただけなのか…… もうそれも思い出せない。 (《気持ちいい》ってことに流されやすい……のかな、私) ……そうとしか考えられない…というよりも、そう考えたいと比呂美は思った。 眞一郎との約束された未来を破壊する結果を、自分が本心から望むはずはないのだ。 先ほどの異常な行動は、膣内射精による快感を欲した肉体の欲求に、精神が屈服しただけ。 それはそれで情けないことなのだが、受胎本能に踊らされて社会性を放棄したのだと認めるよりは、幾分マシと言えた。 「……だらしない…」 小声でそう呟いて、比呂美が内在する牝を罵倒した時、リビングに繋がるドアが外側から軽くノックされた。 「な、何?」 ドライヤーのスイッチを切って、ドアノブに手をかける。 まだバスタオルを巻いただけの姿だったが、居間にいるのは眞一郎だけだ。 別に恥ずかしがる必要も無い。 「雨あがったからさ。俺、先に行くよ」 そう掛けられた声に応えて扉を開けると、眞一郎は既に生乾きの制服を身につけ、帰り支度を整えていた。 今日は夕食を仲上の家で食べる曜日なので、二人が一緒に帰宅しても別段おかしくはないのだが…… 「制服の俺と私服のお前が一緒に帰ったら……ちょっとマズイだろ?」 「……そう…ね」 眞一郎と比呂美の関係が『一線』を越えていることに、眞一郎の両親は気がついている。 しかし、たとえそうでも、『そうではないフリ』をするのが子供としての義務だ。 学校帰りの不自然な『寄り道』を見せ付けて、両親に要らぬ詮索をさせる訳にはいかない。 《二人の『深い関係』を感じさせぬよう注意を払う》  それは大人になる前に性を繋いだ眞一郎と比呂美にとって、周囲に対してしなければならない最低限の礼儀であった。 「なるべく、暗くなる前に来いよ」 アリバイを気にしつつも、眞一郎は比呂美への気遣いを忘れることはない。 玄関でスニーカーを履きながら、「なんなら、着替えてから迎えに来るから」と優しい言葉を投げかける。 だがその眞一郎の声は、比呂美の耳には届いていなかった。 裸体にバスタオルを巻いただけの美しいシルエットが、何かに憑かれたように窓外へと視線を遣っっている。 (ホントだ……晴れてきてる) 雨は止んだ、という眞一郎の報告どおり、空を塗り込めていた厚い灰色が、所々ひび割れを見せていた。 そして、その割れ目から下界へと伸びる光の橋…… 差し込んでくるオレンジの光。 (…………きれい……) 世界はもう泣き止んだのだ。 もう美しさを取り戻しつつあるのだと、比呂美は理解した。 なのに自分の感情は、反比例するように『不』の方向へと変化したまま、薄闇の中に漂っている。  『湯浅比呂美』を置き去りにして、明るさを回復しつつある夕空の輝き…… 自身でも解読不能な混乱を抱えた今の比呂美には、その煌きが妙に妬ましく感じられた。 ………… 「比呂美、どうした?」 窓の外を向いたまま固まってしまった比呂美の白い背に、玄関から伺うような声が掛けられる。 「ううん、なんでもない」 肩を小さくすくめてから比呂美は振り向き、眞一郎の元に駆け寄った。 明らかな『作り笑顔』を浮かべる比呂美に気づき、少しだけ陰りを見せる眞一郎の表情。 微妙な空気と微妙な感情が混濁し、向かい合う恋人たちの間に、気まずい沈黙が停滞した。 「……あの……」 重い気配を払い除けようと、比呂美の口が取り繕いの言葉を紡ぎだそうとする。 だがそれよりも早く、眞一郎の両腕が前に伸び、比呂美の身体を引き寄せようと動いた。         [つづく] 次:[[ある日の比呂美・番外編2-10]]

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