比呂美ENDエピローグSS外伝

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比呂美ENDエピローグSS外伝」(2008/03/21 (金) 00:16:06) の最新版変更点

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="比呂美ENDエピローグSS"の後のお話です。 比呂美ENDエピローグSS外伝「何?このエプロン」 そろそろ暖かくなってきた季節。 いつもの時間に比呂美は目を覚ました。今日は休日だが、やはり習慣というも のは大切で、学校のある日と同じ規則正しい生活が身についている。いつもの ように隣を見る。そこには、眞一郎の子供のような寝顔。 最近頼もしく思えるほんの少し時が増えてきたけど、寝顔だけは変わらない。 「ん、ん~」 いつものようにちょっといたずら、私の至福の時間。どこをどうするかは秘密 にしておく。眞一郎くんが寝ていないとできないこと。最近はこの部屋で起き ることが多くなった。あ、相変わらず恥ずかしいことには変わらないけど。 もうちょっと眞一郎くんを寝かせておくことにして、私はベッドから起き上が り身支度をして階段を降りる。  ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 私達がどういう関係かは、学校、ご近所、親戚みんなが知っている。 "あれ"からずいぶん時間が経ったけど変わっているのはほんの少しだけだ。 廊下から空を見上げると、雲の間から青空が覗いている。今日は午後から晴れ だって言ってたけど、どうなのかな?なんて考えていると、大きな声がして私 を呼んでのが聞こえてきた。 「ちょっと!比呂美さん!起きているんでしょう!?」 あ、お義母さんだ。っと、あぶない、"おばさま"って言わないと… 「はい!」 大急ぎで洗濯機のある場所へ急ぐ、そこには何故か"あの頃のおばさま"がいる。 その手は怒りを表すかのように小刻みに震えている。 「何?このエプロン」 その平坦な口調と真冬を連想させる声が"おばさま"の質問が魂から発せられて いることがわかる。どこかのアニメか映画のラスボスのようだ。現実世界にラ スボスがいるとして、一体何人が勝てる、と思えるだろうか?現実世界には奇 跡があっても都合よくいかないのだ、勝てる見込みの無い戦いをするのは、現 実世界ではありえない。そもそも勝負することを考える、それ自体が間違って いる。比呂美は願った、眞一郎が一秒でも早く目を覚ますことを。 比呂美の全身から血の気が失せていく、手は握力を失くし、両足で立っている こともやっと、という感じだ。目がかすみ、"おばさま"が力一杯握って震える エプロンを視界に留めることが、今この場で出来る唯一のことだ。 思考能力に割くほどの余力はない、それがエプロンであることを認識するだけ で精一杯なのだ。 そう、エプロン。色は純白。フリルもいっぱい付いていて、とても可愛らしい デザインだ。比呂美が自ら入手したものではなく、とある親友に頼み込んで買っ てきてもらったもの。様々な条件をのみ、やっとの思いで手に入れた最終兵器。 もちろん使用方法は熟知している、文献や映像資料からその威力、効果等につ いては繰り返し宣伝されているものだ。 新品のようだが、はっきりしたことはわからない。 「比呂美さん、何?って聞いているのよ」 今度はめったに聞けない優しい声だ。比呂美が黙っているために、怒りのレベ ルがぐんぐん上昇している。怖い… 比呂美に余裕は全く無い、今この場で倒れていないことが不思議なくらいだ。 「え、えと、あ…」 声を出すことができたことすら褒め称えたい。そのエプロンがどういうもので あり、それ故に説明することが不可能であるからだ。 真っ白なフリル付きエプロン…  ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― どん!でん!だん!きぇっ! 「ぶぎゃっ!」 比呂美の後ろから大きな音と声が響いてきた。誰かがどこかにぶつかって落ち て転んで、最後に肌をどこかにこすり付けるような音、そして声。 え?誰?2階にいるのは、一人しかいないはず。 この音と声が比呂美を助けた、一時的に。 そして"おばさま"の反応と動作は、誰にも真似のできないものであった。 「しんちゃん!?」 声が比呂美の鼓膜に到達する頃には、既に"おばさま"の姿は見えない。すばら しい反射神経と運動能力だ。手に持っていたエプロンはひらひらと比呂美の前 を舞っている。 ここで比呂美はやっと我に返ることができた。 いるはずのない"おばさま"は今日は昼過ぎって言って、昨日の夕方にお義父さ ん、うん、こっちは大丈夫、と出かけていたはず。 今日は午前中大丈夫だと思って油断していたことが裏目に出たみたい。 また失敗しちゃったなぁ、あーあ。 と、そんなことよりもこのエプロンをどうにかしなくてはならないことに気が 付いた。ご、ごまかさないと。大変なことになっちゃう。いきなり見つかって しまうのは自分でもどうかと思うけど、何とかしなくちゃ。 よしっ、覚悟を決めてエプロンをつける。だって、そうでしょう?それが一番。 ここでの選択は、比呂美はまたもや自ら窮地を招くことになるのだが、"おば さま"と対峙した直後であったことが原因であったことは明白であろう。 また、眞一郎が自分の心から助けを求める叫びを聞いてくれたのか?と一瞬考 えたが、「ま、それはないわね」で片付けてしまった。 - - - - - - - - - - - - - 「あいたたたた」 「ちょっと!大丈夫?どこが痛いの?」 "おばさま"が眞一郎を介抱しているのが、比呂美の視界に入ってきた。 どうやら、また寝ぼけて転んだらしい。本人は2ヶ月に一回くらいだから、と 何でも無いことのように言うが、実際には一緒に暮らし始めてからの間に少な くとも30回目であることは比呂美は知っている。 自分と付き合い始めてから、頻度が上がっていることはもう少しの間内緒にし ておこう。だって、その、えっと… とにかく、絵本を書いていて遅くなった時によく転んでいたらしいが、最近は 少し違う理由なのは...、まあ、今はいいいかな、気にしないでおこう。 あ、そうか、昨日も…と考えた時に、またもや比呂美の全身にから血の気が失 せていく感覚が蘇ってきた。そう、そうなのだ。昨日だったのだ。 「いってー」 「だから!どこをぶつけたの?しんちゃんってば!」 「ちょっと!ほら、見せて御覧なさい!」 「!!!」 眞一郎の視界に、心配顔の母親と比呂美の姿が映る。別に母親がいることに驚 いているわけではない。比呂美の姿が問題であった。白いエプロンに負けない くらいに顔面蒼白の姿こそが彼にとって驚きなのだった。 「えっ、なんで!?」 さすが眞一郎、そのまま見たままの情景にきちんと反応して疑問を投げかけて くる。一瞬比呂美は息を飲むが、 「何でって、今日は早く用事が終わったから帰ってきたんじゃないのよ」 "おばさま"が眞一郎の疑問に普通の返事をした。比呂美がほっとしたのは一瞬。 「だからっ!、なんでエプロンしてんの?」 比呂美は思った、今自分に必要なのは"あの頃"の自分だと。"あの頃"の自分な ら、なんとか"その場"だけは凌げていた。"おばさま"がいるからこそ、だ。 でも、今の比呂美は違っていた。もう"あの頃"のような事はしない、する必要 がないからだ。全身を違った意味で絶望感が満たしていく。ああ、終わった。 しかし、そんな状況で奇跡が起こった。 実際は奇跡というよりも、もっと違うことなのだが、比呂美にとっては奇跡だっ た。 「何?どこぶつけたの?どこ?いいから見せなさいっ!」 よかった、"おばさま"で。私のことが視界に入っていないみたい。 "おばさま"にとって、まだまだ自分の息子の優先順位は私よりも遥かに上らし く、エプロンのことや私のことなんてすっかり忘れているみたい。 「あっ、ほらっ。おとなしくしなさいっ!たんこぶができてるじゃない!」 「あ、いてっ」 「こっちきなさい!冷やさないといけないでしょ!」 眞一郎は介抱する"おばさま"に大人しく連れられていく。 比呂美は一人残されたが、窓の外を見上げて少し覗いた青空に感謝していた。 ああ、よかった。午後はきっと晴れね。 - - - - - - - - - - - - - 眞一郎の介抱を終えた"おばさま"は、満足げな顔でお茶をすすっていた。 その表情が一変するのは、比呂美が居間に入った瞬間である。 「!」 大失敗だ、丁度目が合ってしまった。今度はエプロン姿で。比呂美は昔からそ うだった何故か眞一郎が関わると"ダメな子"になるのだ。 「ちょっと、そこにお座りなさい」 あ、ラスボスの声だ。 「はい」 比呂美は、すっと眞一郎の隣に座ろうとするが、ラスボス・モードの"おばさ ま"眼力は凄まじく、示された場所に無抵抗なまま座るしかなかった。 「どういうつもり?」 「え?えっと」 「どういうつもりなのか聞いているんです」 「な、何がでしょう?」 「わからないんですか?」 「は、はい…」 「はぁ」 「…」 比呂美は思った、逃げないからラスボスの声は止めて欲しい、と。 自分が生きているのか、死んでいるのかもわからない、ラスボスの声は魂から 発せられるために、聞くだけで体力を著しく消耗するのだ。 ここから約1時間半に及ぶ説教が始まるのだが、内容だけ要約しておく。 ・新妻気取りのエプロンはおやめなさい 熱いお茶をすすりながら、"おばさま"はいつもの態度で座っている。無論長時 間経過しているにも関わらず熱いのは、眞一郎がまめにポットのお湯をチェッ クしていたからである。ラスボス・モードの母親は彼にもどうすることもでき ないらしい。当然眞一郎も1時間半付き合った。でないと時間が倍になるから。 油断していると、"おばさま"から声がかかる。 「比呂美さん」 「は、はい!」 上ずる声が自分でも恨めしい。 「今度、私があなたの分もちゃんとエプロンを買っておきます。色違いでいい  ですね?」 「は、はい?」 「何です?私と色違いでは嫌なのですか?」 「い、いえ。そうではなくて」 「では、何です?」 「どうして買って頂けるのですか?」 「必要なのでしょう?エプロン。だからですよ」 「はい、ありがとうございます」 比呂美は、とりあえず礼を言って自分の部屋に戻った。 「ふうぅぅ」 久しぶりにため息が出た。やはり自分の部屋は落ち着く。ちょっと荷物は少なく なったが、自分の部屋だ。 今日は危なかった。ほんとに寿命が縮んだ気がした。まさか、午後の帰宅予定が 早朝になるとは思わなかったし、ましてやあのエプロンが見つかるとは考えもし なかったからだ。ちょっと昨日の夜に使って、一応洗濯した方がいいと思って何 気なくカゴに入れただけなのに、まさか見つかるなんて… 「……」 ここで比呂美が何を思い出したかは、おわかりであろう? コンコン。ドアがノックされた。 「はいっ!」 「あ、おれ」 「入って」 「へへへ」 「なぁに?」 「久しぶりに長かったね」 「そうねぇ」 さすがに眞一郎に対しては気安い。比呂美は何となく面白くない、どうにも言い がたい気分に多少慣れてはいるものの、ここは眞一郎に甘えようと思った。 「ね、聞きたい?」 だが、以外にも今回は眞一郎が何か答えを持っているようだった。 「何を?」 「どうしてあんなに怒ったか」 「!!!やっぱりバレてたの?」 「何がバレてたって?」 「あっ!、何か隠してるねっ!」 からかっているのがわかったので、ちょっと頬を膨らませて抗議してみる。 「ちっ、わかったかぁ。ま、わかるように言ったけどさ」 「言って!」 「ふふ~ん」 「ふ~ん」 比呂美は気付いていない、今自分がラスボスの声を使ったことを。 「申し上げます。実は母が既に色違いのエプロンを用意していたのです」 ラスボスの声が比呂美から出たことで眞一郎の態度が二等兵になる。特に比呂美 から出たことは彼にとって衝撃的なことであり、今パワーバランスにおいて、彼 がこの仲上家において最下位となった瞬間でもあった。今までは彼の中で同位で あったものが、目を合わせることも不敬にあたる存在となったのが今の比呂美な のだ。逆らうなんて考えもしない。絶対者。 「!!!」 「と申しますのは、渡す機会をつい逸してしまったがために、母としても困って  いたそうなのであります。  今日こそはと思っていたようなのですが、偶然にも比呂美様がご入手なさって  いることがわかり、先を越されたという気持ちが湧き上がりご自分でも説明し  きれない怒りが抑えきれなかった、とのことであります。  八つ当たりみたいなものなので、気にしないように、とのことです。  以上、これにてご報告を終わらせていただきます。」 眞一郎は一礼をすると、踵を返して部屋から出て行こうとする。 「ちょっとっ、何で出て行くの?」 「あれ?」 ラスボス・モードを比呂美が解除したことで、二等兵から眞一郎に戻る。 「ってことは、お義母さんは知らなかったのね?」 「あ、うん。バレてなかったよ」 「ふぅ」 安堵のため息。 「そっちだったら、どうなったんだろうね?」 「想像したくない」 「はははっ、ま、よかったね」 「うん」 「それはそうとしてさ」 「なに?」 「服の上からあのエプロンしたのって、どーだった?変な気分?」 ピンポイント攻撃が得意なのは比呂美だけではない。 「…」 「申し訳ございません。失言でした。ご寛恕願います」 やはり眞一郎、ラスボス・モードへの対応は迅速である。なぜ、彼がここまでの スキルを身に付けることになったかは、別の話題であるので割愛する。 ヒントは絵本。各自ご想像願いたい。 「あまり余計なことは言わないように」 「はっ、肝に銘じます」 「今日、どうする?」 「う~ん、散歩なんてどうかな?天気良くなりそうだし」 ころころ変わる二人の態度とやりとり、いつも攻守を入れ替えて話している。 「うんっ、いいねっ。お昼はどうする?」 比呂美に笑顔が広がっていく、朝感じた天気が午後晴れるっていうことを思い出 して、このことだったんだな、と思ったから。 「適当に買って、適当なところで食べようか。たまには何も決めないでさ」 眞一郎も笑顔になっいく。但し、比呂美に重なるラスボスの影を今日のうちに完 全に払拭することはできないだろう。 「うんっ、たまには、だねっ」 「よしっ、行こうっ」 「うんっ」 バタバタと慌しく駆け出していく子供の頃に戻ったかのような二人。 「行ってきまーす」「行ってきまーす」 あっという間に、家から飛び出していく二人を窓から母でありお義母さんである 女性がが見ていた。"おばさま"は世を忍ぶ仮の姿。 「あら、出かけちゃった」 ずっと昔に何回か見かけた風景、「行ってきます」しか言わないでどこに行くの か、いつ帰ってくるのか、ごはんとかの心配をするこちらを全く気にしないで、 出かけていく二人。何事もなかった"あの頃"の二人。 今、見ているのは、その時とある意味あまり変わらない風景だったのだ。 だから、それを期待してエプロンを用意していた。 大きく変わったのは二人ではなくて、自分だった。二人はちゃんと自分達でで二 人になった。自分は自分だけで自分にはなれなかった、それをしてくれたのが我 が子ともう一人。そのもう一人のことを、今は"嫁候補"として見ている。 二人に助けられたとは思っていない、二人がそう思っていないから。家族という ものはそういうものなんだとわかっているから。 そう簡単にお義母さんになるつもりはないが、あの様子を見ていると自分でも長 くもつか自信がない。でも、宣言するかのようにつぶやく、ラスボスの声で。 「ふん、見てなさい。しんちゃんだけは渡さないわよ」 END
="比呂美ENDエピローグSS"の後のお話です。 比呂美ENDエピローグSS外伝「何?このエプロン」 そろそろ暖かくなってきた季節。 いつもの時間に比呂美は目を覚ました。今日は休日だが、やはり習慣というも のは大切で、学校のある日と同じ規則正しい生活が身についている。いつもの ように隣を見る。そこには、眞一郎の子供のような寝顔。 最近頼もしく思えるほんの少し時が増えてきたけど、寝顔だけは変わらない。 「ん、ん~」 いつものようにちょっといたずら、私の至福の時間。どこをどうするかは秘密 にしておく。眞一郎くんが寝ていないとできないこと。最近はこの部屋で起き ることが多くなった。あ、相変わらず恥ずかしいことには変わらないけど。 もうちょっと眞一郎くんを寝かせておくことにして、私はベッドから起き上が り身支度をして階段を降りる。  ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 私達がどういう関係かは、学校、ご近所、親戚みんなが知っている。 "あれ"からずいぶん時間が経ったけど変わっているのはほんの少しだけだ。 廊下から空を見上げると、雲の間から青空が覗いている。今日は午後から晴れ だって言ってたけど、どうなのかな?なんて考えていると、大きな声がして私 を呼んでのが聞こえてきた。 「ちょっと!比呂美さん!起きているんでしょう!?」 あ、お義母さんだ。っと、あぶない、"おばさま"って言わないと… 「はい!」 大急ぎで洗濯機のある場所へ急ぐ、そこには何故か"あの頃のおばさま"がいる。 その手は怒りを表すかのように小刻みに震えている。 「何?このエプロン」 その平坦な口調と真冬を連想させる声が"おばさま"の質問が魂から発せられて いることがわかる。どこかのアニメか映画のラスボスのようだ。現実世界にラ スボスがいるとして、一体何人が勝てる、と思えるだろうか?現実世界には奇 跡があっても都合よくいかないのだ、勝てる見込みの無い戦いをするのは、現 実世界ではありえない。そもそも勝負することを考える、それ自体が間違って いる。比呂美は願った、眞一郎が一秒でも早く目を覚ますことを。 比呂美の全身から血の気が失せていく、手は握力を失くし、両足で立っている こともやっと、という感じだ。目がかすみ、"おばさま"が力一杯握って震える エプロンを視界に留めることが、今この場で出来る唯一のことだ。 思考能力に割くほどの余力はない、それがエプロンであることを認識するだけ で精一杯なのだ。 そう、エプロン。色は純白。フリルもいっぱい付いていて、とても可愛らしい デザインだ。比呂美が自ら入手したものではなく、とある親友に頼み込んで買っ てきてもらったもの。様々な条件をのみ、やっとの思いで手に入れた最終兵器。 もちろん使用方法は熟知している、文献や映像資料からその威力、効果等につ いては繰り返し宣伝されているものだ。 新品のようだが、はっきりしたことはわからない。 「比呂美さん、何?って聞いているのよ」 今度はめったに聞けない優しい声だ。比呂美が黙っているために、怒りのレベ ルがぐんぐん上昇している。怖い… 比呂美に余裕は全く無い、今この場で倒れていないことが不思議なくらいだ。 「え、えと、あ…」 声を出すことができたことすら褒め称えたい。そのエプロンがどういうもので あり、それ故に説明することが不可能であるからだ。 真っ白なフリル付きエプロン…  ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― どん!でん!だん!きぇっ! 「ぶぎゃっ!」 比呂美の後ろから大きな音と声が響いてきた。誰かがどこかにぶつかって落ち て転んで、最後に肌をどこかにこすり付けるような音、そして声。 え?誰?2階にいるのは、一人しかいないはず。 この音と声が比呂美を助けた、一時的に。 そして"おばさま"の反応と動作は、誰にも真似のできないものであった。 「しんちゃん!?」 声が比呂美の鼓膜に到達する頃には、既に"おばさま"の姿は見えない。すばら しい反射神経と運動能力だ。手に持っていたエプロンはひらひらと比呂美の前 を舞っている。 ここで比呂美はやっと我に返ることができた。 いるはずのない"おばさま"は今日は昼過ぎって言って、昨日の夕方にお義父さ ん、うん、こっちは大丈夫、と出かけていたはず。 今日は午前中大丈夫だと思って油断していたことが裏目に出たみたい。 また失敗しちゃったなぁ、あーあ。 と、そんなことよりもこのエプロンをどうにかしなくてはならないことに気が 付いた。ご、ごまかさないと。大変なことになっちゃう。いきなり見つかって しまうのは自分でもどうかと思うけど、何とかしなくちゃ。 よしっ、覚悟を決めてエプロンをつける。だって、そうでしょう?それが一番。 ここでの選択は、比呂美はまたもや自ら窮地を招くことになるのだが、"おば さま"と対峙した直後であったことが原因であったことは明白であろう。 また、眞一郎が自分の心から助けを求める叫びを聞いてくれたのか?と一瞬考 えたが、「ま、それはないわね」で片付けてしまった。  ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 「あいたたたた」 「ちょっと!大丈夫?どこが痛いの?」 "おばさま"が眞一郎を介抱しているのが、比呂美の視界に入ってきた。 どうやら、また寝ぼけて転んだらしい。本人は2ヶ月に一回くらいだから、と 何でも無いことのように言うが、実際には一緒に暮らし始めてからの間に少な くとも30回目であることは比呂美は知っている。 自分と付き合い始めてから、頻度が上がっていることはもう少しの間内緒にし ておこう。だって、その、えっと… とにかく、絵本を書いていて遅くなった時によく転んでいたらしいが、最近は 少し違う理由なのは...、まあ、今はいいいかな、気にしないでおこう。 あ、そうか、昨日も…と考えた時に、またもや比呂美の全身にから血の気が失 せていく感覚が蘇ってきた。そう、そうなのだ。昨日だったのだ。 「いってー」 「だから!どこをぶつけたの?しんちゃんってば!」 「ちょっと!ほら、見せて御覧なさい!」 「!!!」 眞一郎の視界に、心配顔の母親と比呂美の姿が映る。別に母親がいることに驚 いているわけではない。比呂美の姿が問題であった。白いエプロンに負けない くらいに顔面蒼白の姿こそが彼にとって驚きなのだった。 「えっ、なんで!?」 さすが眞一郎、そのまま見たままの情景にきちんと反応して疑問を投げかけて くる。一瞬比呂美は息を飲むが、 「何でって、今日は早く用事が終わったから帰ってきたんじゃないのよ」 "おばさま"が眞一郎の疑問に普通の返事をした。比呂美がほっとしたのは一瞬。 「だからっ!、なんでエプロンしてんの?」 比呂美は思った、今自分に必要なのは"あの頃"の自分だと。"あの頃"の自分な ら、なんとか"その場"だけは凌げていた。"おばさま"がいるからこそ、だ。 でも、今の比呂美は違っていた。もう"あの頃"のような事はしない、する必要 がないからだ。全身を違った意味で絶望感が満たしていく。ああ、終わった。 しかし、そんな状況で奇跡が起こった。 実際は奇跡というよりも、もっと違うことなのだが、比呂美にとっては奇跡だっ た。 「何?どこぶつけたの?どこ?いいから見せなさいっ!」 よかった、"おばさま"で。私のことが視界に入っていないみたい。 "おばさま"にとって、まだまだ自分の息子の優先順位は私よりも遥かに上らし く、エプロンのことや私のことなんてすっかり忘れているみたい。 「あっ、ほらっ。おとなしくしなさいっ!たんこぶができてるじゃない!」 「あ、いてっ」 「こっちきなさい!冷やさないといけないでしょ!」 眞一郎は介抱する"おばさま"に大人しく連れられていく。 比呂美は一人残されたが、窓の外を見上げて少し覗いた青空に感謝していた。 ああ、よかった。午後はきっと晴れね。  ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 眞一郎の介抱を終えた"おばさま"は、満足げな顔でお茶をすすっていた。 その表情が一変するのは、比呂美が居間に入った瞬間である。 「!」 大失敗だ、丁度目が合ってしまった。今度はエプロン姿で。比呂美は昔からそ うだった何故か眞一郎が関わると"ダメな子"になるのだ。 「ちょっと、そこにお座りなさい」 あ、ラスボスの声だ。 「はい」 比呂美は、すっと眞一郎の隣に座ろうとするが、ラスボス・モードの"おばさ ま"眼力は凄まじく、示された場所に無抵抗なまま座るしかなかった。 「どういうつもり?」 「え?えっと」 「どういうつもりなのか聞いているんです」 「な、何がでしょう?」 「わからないんですか?」 「は、はい…」 「はぁ」 「…」 比呂美は思った、逃げないからラスボスの声は止めて欲しい、と。 自分が生きているのか、死んでいるのかもわからない、ラスボスの声は魂から 発せられるために、聞くだけで体力を著しく消耗するのだ。 ここから約1時間半に及ぶ説教が始まるのだが、内容だけ要約しておく。 ・新妻気取りのエプロンはおやめなさい 熱いお茶をすすりながら、"おばさま"はいつもの態度で座っている。無論長時 間経過しているにも関わらず熱いのは、眞一郎がまめにポットのお湯をチェッ クしていたからである。ラスボス・モードの母親は彼にもどうすることもでき ないらしい。当然眞一郎も1時間半付き合った。でないと時間が倍になるから。 油断していると、"おばさま"から声がかかる。 「比呂美さん」 「は、はい!」 上ずる声が自分でも恨めしい。 「今度、私があなたの分もちゃんとエプロンを買っておきます。色違いでいい  ですね?」 「は、はい?」 「何です?私と色違いでは嫌なのですか?」 「い、いえ。そうではなくて」 「では、何です?」 「どうして買って頂けるのですか?」 「必要なのでしょう?エプロン。だからですよ」 「はい、ありがとうございます」 比呂美は、とりあえず礼を言って自分の部屋に戻った。 「ふうぅぅ」 久しぶりにため息が出た。やはり自分の部屋は落ち着く。ちょっと荷物は少なく なったが、自分の部屋だ。 今日は危なかった。ほんとに寿命が縮んだ気がした。まさか、午後の帰宅予定が 早朝になるとは思わなかったし、ましてやあのエプロンが見つかるとは考えもし なかったからだ。ちょっと昨日の夜に使って、一応洗濯した方がいいと思って何 気なくカゴに入れただけなのに、まさか見つかるなんて… 「……」 ここで比呂美が何を思い出したかは、おわかりであろう? コンコン。ドアがノックされた。 「はいっ!」 「あ、おれ」 「入って」 「へへへ」 「なぁに?」 「久しぶりに長かったね」 「そうねぇ」 さすがに眞一郎に対しては気安い。比呂美は何となく面白くない、どうにも言い がたい気分に多少慣れてはいるものの、ここは眞一郎に甘えようと思った。 「ね、聞きたい?」 だが、以外にも今回は眞一郎が何か答えを持っているようだった。 「何を?」 「どうしてあんなに怒ったか」 「!!!やっぱりバレてたの?」 「何がバレてたって?」 「あっ!、何か隠してるねっ!」 からかっているのがわかったので、ちょっと頬を膨らませて抗議してみる。 「ちっ、わかったかぁ。ま、わかるように言ったけどさ」 「言って!」 「ふふ~ん」 「ふ~ん」 比呂美は気付いていない、今自分がラスボスの声を使ったことを。 「申し上げます。実は母が既に色違いのエプロンを用意していたのです」 ラスボスの声が比呂美から出たことで眞一郎の態度が二等兵になる。特に比呂美 から出たことは彼にとって衝撃的なことであり、今パワーバランスにおいて、彼 がこの仲上家において最下位となった瞬間でもあった。今までは彼の中で同位で あったものが、目を合わせることも不敬にあたる存在となったのが今の比呂美な のだ。逆らうなんて考えもしない。絶対者。 「!!!」 「と申しますのは、渡す機会をつい逸してしまったがために、母としても困って  いたそうなのであります。  今日こそはと思っていたようなのですが、偶然にも比呂美様がご入手なさって  いることがわかり、先を越されたという気持ちが湧き上がりご自分でも説明し  きれない怒りが抑えきれなかった、とのことであります。  八つ当たりみたいなものなので、気にしないように、とのことです。  以上、これにてご報告を終わらせていただきます。」 眞一郎は一礼をすると、踵を返して部屋から出て行こうとする。 「ちょっとっ、何で出て行くの?」 「あれ?」 ラスボス・モードを比呂美が解除したことで、二等兵から眞一郎に戻る。 「ってことは、お義母さんは知らなかったのね?」 「あ、うん。バレてなかったよ」 「ふぅ」 安堵のため息。 「そっちだったら、どうなったんだろうね?」 「想像したくない」 「はははっ、ま、よかったね」 「うん」 「それはそうとしてさ」 「なに?」 「服の上からあのエプロンしたのって、どーだった?変な気分?」 ピンポイント攻撃が得意なのは比呂美だけではない。 「…」 「申し訳ございません。失言でした。ご寛恕願います」 やはり眞一郎、ラスボス・モードへの対応は迅速である。なぜ、彼がここまでの スキルを身に付けることになったかは、別の話題であるので割愛する。 ヒントは絵本。各自ご想像願いたい。 「あまり余計なことは言わないように」 「はっ、肝に銘じます」 「今日、どうする?」 「う~ん、散歩なんてどうかな?天気良くなりそうだし」 ころころ変わる二人の態度とやりとり、いつも攻守を入れ替えて話している。 「うんっ、いいねっ。お昼はどうする?」 比呂美に笑顔が広がっていく、朝感じた天気が午後晴れるっていうことを思い出 して、このことだったんだな、と思ったから。 「適当に買って、適当なところで食べようか。たまには何も決めないでさ」 眞一郎も笑顔になっいく。但し、比呂美に重なるラスボスの影を今日のうちに完 全に払拭することはできないだろう。 「うんっ、たまには、だねっ」 「よしっ、行こうっ」 「うんっ」 バタバタと慌しく駆け出していく子供の頃に戻ったかのような二人。 「行ってきまーす」「行ってきまーす」 あっという間に、家から飛び出していく二人を窓から母でありお義母さんである 女性がが見ていた。"おばさま"は世を忍ぶ仮の姿。 「あら、出かけちゃった」 ずっと昔に何回か見かけた風景、「行ってきます」しか言わないでどこに行くの か、いつ帰ってくるのか、ごはんとかの心配をするこちらを全く気にしないで、 出かけていく二人。何事もなかった"あの頃"の二人。 今、見ているのは、その時とある意味あまり変わらない風景だったのだ。 だから、それを期待してエプロンを用意していた。 大きく変わったのは二人ではなくて、自分だった。二人はちゃんと自分達でで二 人になった。自分は自分だけで自分にはなれなかった、それをしてくれたのが我 が子ともう一人。そのもう一人のことを、今は"嫁候補"として見ている。 二人に助けられたとは思っていない、二人がそう思っていないから。家族という ものはそういうものなんだとわかっているから。 そう簡単にお義母さんになるつもりはないが、あの様子を見ていると自分でも長 くもつか自信がない。でも、宣言するかのようにつぶやく、ラスボスの声で。 「ふん、見てなさい。しんちゃんだけは渡さないわよ」 END

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