Amour et trois generation Tout est bien qui finit bien(終わりよければ全てよし)その2

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「――あ、高岡先輩ですか?俺です。やっぱり、相談に乗ってもらいたいと思いまして。 ……はい、そうです。…………いいですか?助かります。それじゃあ……ええ、それでい いです。それじゃ、また後で」  携帯を切り、大きく深呼吸する。三代吉は携帯をポケットにしまった。 (さて、強敵だ)  最初から直観的に気付いていた。高岡ルミは誰よりも自分に近い。  守るか排除するかに二極化する人間観、自らの実体を表に見せない計算高さ、そして恐 らくは敵と断定した相手に対する悪意の質など、三代吉に共通するものを数多く持ってい る。  もっと早くに気付くべきだったのだ。気付かなかったのは相手が信じられないほどに回 りくどい方法でアプローチした事と、自分よりもむしろ愛子に向けて行動していた事、そ れに――。 「俺もヤキが回ったか」  眞一郎と知り合い、愛子と出会い、湯浅比呂美や黒部朋与と教室で過ごす時間が増えた。 そうしている内に彼の勘というか、人を疑う能力が鈍っているという自覚がある。  眞一郎のような奇麗事を本気で信じているような男と付き合えばそうなるのは判ってい た。愛子の事を疑わない事は自分で決めた。クラスメートと馴れ合っていくのはぬるま湯 に浸かるような感覚を味わっていた。  だが、三代吉はそんな今の自分を、かなり気に入っていた。 「ご免なさい、遅くなっちゃったわ」 「いえ、急に来てもらったのは俺の方ですから」  ルミは既に私服に着替えていた。淡いブルーのジャケットにパンツルックの、ややボー イッシュなスタイルである。 「それで、何か大まかには決めてるの?アクセサリーとか財布とか」 「その前に、お茶でも飲みませんか。時間があればですけど」 「え?ええ、それはいいけど」  それじゃ、と言って三代吉は前を歩いていった。ルミはその後ろをついて行く。 「ここにしましょう」  そう言って立ち止まった三代吉が振り返ると、ルミが一見平静なまま店の看板を見上げ ていた。そこは乃絵と入ったオーガニックカフェだった。 「こういうのは嫌いですか?」 「…いえ、大好きよ」  席に案内されると三代吉は迷わずタンポポの根のコーヒーを注文した。ルミは一瞬考え て、カモミールとラベンダーのハーブティーを注文する。 「よく来るの、このお店?」  ルミが訊いた。 「最近何かとここに連れてこられる事が多くてね」  三代吉は答えた。 「…そうなんだ。やっぱり安藤さん?」 「いえ。あいつとはまだ来た事ないです」 「じゃあ、比呂美とか朋与とか?」 「それもありますし」  三代吉は運ばれたコーヒーを手に取った。 「石動乃絵にも連れてこられたし」  ルミの手が止まった。  三代吉は黙ってコーヒーを飲む。 「そう、石動さんと。意外ね、三代吉君、石動さんと仲良かったんだ?」 「偶然ですよ。たまたま街中で会って、そのまま買い物の荷物持ちに使われましてね。で、 喉が渇いたと言ってここに」  二人の会話の間はここまで、全く変化がなかった。互いが互いの会話の先を読み合い、 次の次の返答までを思考する。だから、返答には淀みがなかった。 「そうなの。石動さんらしいと言うか、三代吉君も災難ね」 「ま、確かに」  三代吉は苦笑した。 「――石動の事は苗字で呼ぶんですね」 「おかしい?特に接点がないもの。名前で呼ぶほうが不自然だわ」 「でも、兄貴の方は純君と名前で呼んでいる」  初めてルミの返答のリズムが狂った。それでもルミは表情を崩さず、表面上は落ち着い ていた。 「彼とはバスケ部繋がりで面識はあるもの。知らない相手じゃないわ」 「向こうが先輩より年上なのに?」  ルミは答えない。口元に笑みを浮かべたまま三代吉を見ている。 「湯浅や黒部はあれの事は4番としか呼ばない。他の部員でも下の名前で呼ぶ人はいない ようですね。先輩だけが蛍川のエースを名前で呼んでいた」 「……それが、何か?」  三代吉は肩をすくめながら首を振った。 「いえ、別に。ただ俺の事といい、石動の兄貴といい、周りが名前を呼ばない奴に限って 先輩は名前で呼ぶ。なんだか不思議だと思っただけです――ところでこれ以外とやってみ ると難しいね」 「これ」が三代吉の今の仕草を指していると、すぐには気づかなかった。ルミは微笑んだ まま、ハーブティーに口をつけた。 「ね、三代吉君、そろそろ本題に入らない?」  事実上の開戦宣言だった。 「そうですね」  三代吉もさりげない様子でそれに応じた。 「小鳥遊って名前、よく知ってましたね」 「昔TVでね。『鷹がいないから小鳥が遊ぶ』って、洒落が利いてると思わない?ちょっと 気に入ってたの」 「それで、俺にご自分の偽名として使うように勧めたと」 「そんなところね。あれなら他の人に見られても誰か判らないでしょ?」 「確かに」  三代吉は苦笑気味に唇の端を歪めた。 「あれで先輩だとすぐに気づく人はほとんどいないでしょうね。妙な勘繰りされる事はな い。その意味では先輩が俺に言った事に筋は通っている。 「でも、逆に言えばあんなあからさまに偽名だとわかる名前、余計な疑いを向けられる原 因にもなるんですよ」  ここから先は三代吉の当て推量である。だが、これが真実である確信があった。これ以 外に納得のいく説明が思いつかなかった。 「先輩は愛子に、偽名で浮気相手と連絡取ってる話をしたんだ。ありえない名前が登録さ れてたら要注意だとか、そんな風にね。具体的に小鳥遊って名前を出したかどうかまでは 判らない。出してなくても、履歴見ればどれが怪しいか、一目で判りますからね」 「でも、それはおかしいわ」  ルミは指摘した。 「安藤さんも私の携帯の番号は知ってるのよ。少し調べればすぐ判るわ」 「でも、十一桁の数字の羅列より、怪しい名前のインパクトの方が十倍もでかいですから ね。それに俺の隙を見て覗き見てるのに自分の携帯のアドレス帳と照らし合わせる時間な んかないでしょう」 「いいわ、それは認めましょう。けど、安藤さんがその場で追求すれば三代吉君はすぐ本 当の事を話すでしょう?どの道すぐに判る事じゃない」 「それがしばらく判らなかった。でも、先輩の視点で見ればそれでもよかったんだ。愛子 が俺を疑った、しかも携帯を覗き見た、という事実が残る。それは俺にとって気持ちいい 話じゃないし、それで愛子の疑いが晴れても俺が不信感を持てばそれで同じ事だったんだ」  あるいは三代吉と愛子を別れさせる目的なら、その方がより効果的かもしれない。仮に 三代吉が全く気にしなかったとしても、少なくともルミの思惑を知られる事がなければ、 別の手を講じればいいだけであった。 「あいつのお母さんに言われました。無意味に高いもの買うと何かあるんじゃないかと勘 繰りたくなるって」  ルミの表情は変わらない。穏やかに微笑んでいる。 「その時にはもう始めてたんですね」 「……随分、不確実なやり方ね。そんなのどれもどう転ぶか運任せじゃない?」 「そう、不確かで、運任せで、しかも上手くいったとしても一つ一つは大した効果もない」  三代吉は認めた。 「でも、三つ、四つと重ねていけば確実に効果が蓄積されていく。それに、仕掛けが小さ い分リスクが少ないんだ。自分は常に蚊帳の外から眺めてればいい」  蚊帳の外の使い方が違うが、ルミは特に指摘しなかった。 「俺の推測だが、これが途中で今と違った展開になったとしても、先輩はいくつか手持ち のカードがあったはずなんだ。AかBか、じゃない。Aなら次はC、Bなら次はD、どち らに転んでも必ず次の一手を用意しいておく。俺ならそうする。先輩もそうじゃないです か?」  ローリスクローリターンの罠を無数にばら撒き、少しずつミスリードしていく事で相手 に悟られる事なく自分の望む方向に誘導していく。迂遠だが『黒幕』の存在を認知もさせ ないという意味では確実だった。本物の謀略だ。  ルミは落ち着いていた。三代吉の言っている事は推論ばかりで証拠はない。しかし三代 吉は、ルミが白を切り通す事はないという不思議な確信があった。 「……私がそんな事をする理由は?」  ルミが訊いてきた。三代吉は答え難そうにコーヒーをスプーンでかき回しながら、それ でも答えた。 「俺と愛子を別れさせるために」 「それで私に何のメリットが?」 「……例えば、それで俺と先輩が付き合うとか」  ルミが声を上げて笑った。 「それと、何故だか石動乃絵を巻き込みたかったように見える」  ルミの笑いが止まった。 「……なぜ?」 「判らない。ただ、眞一郎から愛子が石動の事を気にしていたと聞いた」  この店の事も愛子は知っていた。三代吉と乃絵の接点などほとんどない。その数少ない 接点が何故か愛子にだけは筒抜けになる。三代吉の浮気相手として、わざと乃絵を選んだ のだ。 「……俺は先輩が本当に何かしたいのは石動兄の方じゃないかと思ってる。どんな恨みが あるのか知らないが、あれを下の名前で呼んでるってのは、つまり年上の男を君付けで呼 ぶような関係があったって事じゃないか?」 「それは違うわ」  ルミが否定した。 「純君に含むものがあるのは当たってるけど、そういう関係じゃない。詳しい事は言いた くないけど……」 「無理に訊く気はないですから」 「ありがとう……そう言ってくれると思った」  ルミはまだ微笑んでいた。しかし少し悲しみが上乗せされたように三代吉には見えた。 「そう……それ以外の部分はほとんど合ってる。私は三代吉君の事が好きになった。あな たを私の所へ連れて来たかった」  唐突にルミが白状を始めた。 「でもあなたには安藤さんがいた。だから、安藤さんと別れてもらいたかったの。それも、 出来れば三代吉君に身に覚えのない濡れ衣で」 「それで石動と浮気か……」 「そんな意味の判らない嫉妬で別れて、後から私が物分りのいい女として近づけばすぐに 私のものになると思ったのよ。そういう女を演じるのは得意なの」  淡々とした語りだった。  三代吉は推理の途中で間違えていた。彼は自分は石動の兄の替りに選ばれたと思ってい た。ルミと石動家の事情を知らないのだから無理もないのだが。  ルミは逃げ切る事も出来た。三代吉の推理に物的証拠は一つもなく、状況証拠すら薄弱 だった。愛子や比呂美ならともかく、高岡ルミをこの程度で追い詰めるなど不可能だ。  ルミにその考えを放棄させたのは、皮肉にもその推理の誤りであった。三代吉に自分と 石動純がかつて特別な関係だったなどと誤解されたままでいる事に、耐えられなかったの だ。 「一度心を捉えてしまえば、絶対に離れない自信があったわ。男の人の事はよく判ってる つもりよ、私」 「なんで、俺を?」 「――あなたは私に近い人だから」  その言葉は三代吉にとっては納得する言葉だった。何時、どこでそれを感じ取ったのか は不明だが、それを知る必要はないと思った。 「私達みたいな人種には、安藤さんや仲上君みたいな人は少しまぶしすぎるの。最初は心 地よくて、つい長居しちゃうんだけど、段々自分がぬるま湯に浸かっている様な気分にな ってくる。その内ここは自分の居場所じゃないと気づかされる事になるわ。私達なら同じ ものを同じように見ることが出来る。似たもの同士って、結局は一番惹き合うのよ」  三代吉は少しの間天井を見上げた。ルミの言葉を斟酌しているのか、反論を考えている のか。やがて再びルミに視線を戻し、こう言った。 「そうかもね。眞一郎や愛子の俺にない部分に憧れてるだけなのかもしれない。でも俺は、 今のぬるま湯でふやけた自分の事、以前(まえ)の自分より気に入ってるんだ」  ルミは笑った。 「そう言うと思ったわ、実は」 「一つ、訊いていいですか」 「何を?」 「何でここまで回りくどい事したんです?極端な話、その――もっと露骨に俺を誘惑した 方が先輩には簡単だったでしょうに」 「あら、誘惑して欲しかった?」 「結果は変わらないけどね」  強がったが、少し早口になった。ルミは口元に手を当てて笑い、三代吉はきまり悪そう に目を逸らした。 「安藤さんと付き合ってる最中のあなたを横取りしたら、安藤さんに同情した中上君が怒 るでしょ。同時に比呂美も敵に回しちゃうわ。そうなれば自然に朋与も。ここまで築き上 げたものを全部捨てるほどの覚悟はなかったのよ」  それに私も比呂美や安藤さんの優しさにもっと接していたかった。そこまではルミは言 わなかった。三代吉君も多分判っている。 「それで、安藤さんはどうするの?今の話全部話す?」 「いや、要は石動の事さえ誤解が解ければいいんだから、全部話す必要ないでしょ」 「……それでいいの?」 「大事な店のお得意様の足を遠ざけるわけにも参りませんので」  愛子との友情を疑っていない。そう告げていた。 「やっぱり、三代吉君は安藤さんの彼氏であるべきみたいね」 「俺はずっとそう思ってますよ」  三代吉は言った。 「――あれ、電話だ。待ってて」  眞一郎が一度部屋を出て、携帯を見ると三代吉だった。 「もしもし?」 『眞一郎、まだ愛子と一緒にいるか?』 「ああ、まだいるけど?」 『そうか。様子はどうだ?』 「元気だよ。何か知らないが、お前の事で誤解があるみたいだな」 『――そうらしいな。とりあえず、原因はこっちも判った』 「そうか――ん?判った?」 『こっちの話だ。俺、今からそっち行くわ』 「今からか?時間は…まあ遅くもないからいいか。俺はどうすればいい?」 『愛子が逃げないようにしておいてくれ。話ができなきゃ話にならねえ』 「なんだよその日本語。わかった、適当に間を持たせておく」 『悪いな。三十分もあれば着くから』  携帯を切ると部屋に戻る。 「比呂美ちゃんから?」 「いや、三代吉からだった。今から来るってさ」 「ふうん――えぇ!?」  愛子は狼狽した。まだ心の準備ができていない。 「よくは判らないけど、原因が判ったんだってさ」 「原因って……」 「と言うわけで俺は愛ちゃんが逃げないよう見張りを仰せつかったのでもうちょっとここ にいる事にするよ」 「逃げるって――」 「それは冗談だけど」  眞一郎は笑って見せた。 「少し、おめかしした方がいいと思うよ」  愛子は眞一郎の言葉の意味を考え――あっ、と頭を押えた。服は部屋着、髪は寝癖だら け、だらしない事この上ない。 「ちょ、ちょっと、眞一郎、出てて!」 「はいはい」  眞一郎が部屋を出ると、服を替え、髪にブラシを通す。どうにか納得できる身なりにな ると眞一郎を部屋に戻した。 「どう?おかしくない?」 「大丈夫。それならおかしくないよ」  どんな格好であれ、三代吉が幻滅する事はまずありえないが、恐らく愛子がだらしない 格好で三代吉の前に出る事に耐えられないだろう。 「……ねえ、原因って何だと思う?」 「さあ?俺は何が起きてるのかもよく判ってないから」 「そうだよね」  愛子にも何が何やら説明などできない。だから三代吉に直接ぶつける事もできず、こう して悶々としていたわけである。三代吉はその原因に辿り着いたのだろうか。 「――さて、そろそろ来る頃だな」  そういって眞一郎は立ち上がった。 「帰っちゃうの?」 「俺は愛ちゃんを逃がすなと言われただけで立ち会ってくれと言われたわけじゃないから」  むしろ立ち会ってもらいたくないだろう。 「じゃ、ね」  返事は待たずに部屋を出た。  家を出ると三代吉が歩いてくるのが見えた。 「よう」 「おう」  短く声を掛け合い、ハイタッチして入れ替わる。三代吉は愛子の様子を訊かない。眞一 郎も伝えない。 「――愛子、入るぞ」  ノックをする三代吉。しばらくそのまま待つ。 「……どうぞ」  愛子の声に緊張が混じる。ドアを開けた。  愛子は三代吉の方を見もせず、俯いて座っていた。三代吉は中に入り、ドアを閉めた。 「そこ、座っていいか?」 「……うん」  三代吉は愛子の右側に座った。 「なあ、愛子――」 「あ、お茶、入れてくるね」 「え?あ、ああ」  三代吉が返事をした時にはもう部屋を出ている。三代吉は愛子が戻るのを待った。  三代吉が思っていたより少し長く待った後、愛子が戻ってきた。 「紅茶でいい?」 「ああ」  愛子は淹れたての紅茶を三代吉の前に置いた。  三代吉はカップを持つだけ持ち、 「愛子、俺は――」 「あ、ごめんね、お菓子持ってこなきゃ」 「いや、俺は別に……」 「やっだな、すぐ取ってくるね」 「愛子」  大声ではなく、強い調子でもない。それでもその一言で愛子の動きが止まった。 「お菓子は後でもらう。少しだけここにいてもらえるか」 「…………」  愛子は無言で座り直した。 「愛子、まずはっきり宣言しておく事がある」  三代吉は相手の反応はあえて見ずに切り出した。 「俺と石動乃絵の間に学校の同学年以上の繋がりはない」  愛子がピクッと身じろぎした。 「石動だけじゃなく、他のいかなる女とも知り合い以上の相手はいない。例えば高岡先輩 のような年上でもだ」 「――んで」 「うん?」 「なんであたしが石動さんの事なんか気にしなくちゃいけないの……?」  三代吉は黙った。正直に言うと、この反論は予想していなかった。しかし、ここで長す ぎる沈黙は非常にまずい気がした。なので、全く動じていない風を装った。 「気にしてただろ?」 「気になんて……」 「まあいい、それは置いておこう。それを踏まえた上で、今度は謝る事がある――あのイ ヤリングは少し先走りすぎだった、ごめん。どうせなら十年経っても着けられるようない いものをと思ったんだ」  今度は三代吉は大袈裟に手を合わせ、平身低頭の態をとった。これは愛子が予想の外を 突かれた。何かしら釈明があるものと思っていたのである。 「ちょ、ちょっと、やめてよ、そんな」 「最初は俺も切り硝子でと思ってたんだ。それがあの時たまたま『地元産養殖真珠』のの ぼりを見つけてさ、店員に訊いたら長崎は養殖真珠の産地だって言うから、つい……」 「……高かったんでしょ?そんなたくさんお金持っていってたの?」 「それは……まあ…家の土産を地元の観光パンフでごまかして……」 「買って帰らなかったの?お家に?何してんのよ、全く!」 「お袋や姉貴にも言われた」 『賭け事で儲けた』と『家族への土産を削った』のどちらがより愛子の怒りを緩和できる か考えた末の答えである。  三代吉は決めていた。この件で自分以外の誰も悪者にはしないと。本人も気づかないま ま巻き込まれた石動乃絵はもちろん、ルミのした事も誰も知る必要はない。この一件でど んな小さな変化も歪みも起きない。起きさせない。  一方で愛子の側には小さな混乱が生じていた。三代吉の言い分には一応の筋が通ってい る。  それならそれで問題はない、はずなのだが、それじゃあたしのこの二か月の悩みはなん なのよ、という気もかなりする。まるで自分ひとりが馬鹿みたいではないか。  それに、説明してもらわないと納得できない問題もいくつかある。 「あたし、この前三代吉と石動さんが一緒にモール歩いてるの見たよ」 「俺が?ああ、あれは偶然町であって、有無を言わせず買い物の荷物持ちをさせられたん だ」 「……それだけ?」 「それだけ」  やっぱり石動乃絵の事気にしてたんじゃないか、とは言わない。元々ルミのやり方は小 さな誤解をいくつも積み重ねさせて不信感を植え付けるものだったので、誤解の一つ一つ を説明するのはそう難しくない。ただ幾重にも重ねられたミスリードを一つ一つ修正しな ければいけないので根気と何より誠実さが要求される。  三代吉自身は意図していないが、この件でルミの暗躍を一切表に出さないと言う決意は 結果的に三代吉にプラスに働いていた。もしルミの関与を打ち明けていたなら愛子からは ルミに責任をなすりつけようとしていると思われ逆に不興を買っていただろう。誰も悪者 にしないようにする事で、結果的に三代吉は理屈ではなく情の部分で愛子の信用を取り戻 している事になる。  しかし、もう一つ、もう一つだけ確認しなければならない事がある。訊けば全てが壊れ るかもしれないが、何もないとしても三代吉に軽蔑されるかもしれないが、それでも訊か なければ解決しない事がある。 「あたし、三代吉の携帯、見たよ……」  三代吉の表情が厳しくなる。 「小鳥遊さんって誰?」 「あ、ああ、あれは、だな……」  三代吉が明らかに言い淀んだ。目を泳がせ、言い訳を探しているように見えた。しかし、 ついに観念したように息を吐き、携帯を取り出してアドレス帳を開き、愛子に渡した。 「……掛けてみてくれ」  愛子は携帯を見た。『小鳥遊』の名前で登録された番号を、愛子はしばらく睨みつけて いた。  三代吉は罰の悪そうな顔をしている。  愛子は大きく深呼吸し、番号を呼び出した。三回の呼び出し音の後、相手が電話にでた。 『はい、『止まり木』です』  酒で少し潰れた女の声だった。反射的に愛子が電話を切る。  三代吉が嫌々、と言う風で話し始める。 「親父がよく行くキャバレーなんだ、そこ」  愛子の表情は、全くこの件に関与しない第三者がこの場にいれば笑いを堪えるのに苦労 したであろう。 「親父、気分転換にそういう店に行くんだけどさ、あんまり酒に強くないんだよ。それで 潰れたりする事もあるんだけど、婿養子だろ?店の人も気を遣って家には掛けないように してくれてるんだ。前は姉貴の旦那が一人で受けてたんだけど、最近になって俺もアリバ イ工作に使われるようになった」 「で……でも、じゃあ、この名前は?」 「恥ずかしくて載せられるか、キャバレーの名前なんて。『止まり木』なら小鳥と連想で きるだろ。前にクラスの誰かからこういう珍名を聞いてたんだ」  愛子は全身の力が抜けるのを感じた。座っていたが、立っていたとしても座り込んでい ただろう。全ての気力が失せたような、そんな感覚だった。  同時に三代吉を疑った事に対する罪悪感がのしかかってきた。どう謝れば許してもらえ るだろう? 「ご、ごめんなさい。あたし、あたし――」 「すっげえ嬉しい」  三代吉の声は心から嬉しそうだった。 「え?」 「だって、愛子が俺の事で浮気を疑ったり、やきもち妬いたりしてたんだろ?いやー俺も ようやくそれくらい想って貰えるようになったか、と」  顔をだらしなく緩ませ、満面の笑みで応える三代吉。愛子は唖然として見るだけだった。 「学校で眞一郎があさみや下級生なんかと話してるとさ、湯浅が時々怖い顔してる事あっ てさあ。眞一郎も大変だなと思いつつ羨ましくもあったわけよ。本当はいい事じゃないん だが、よかった。俺も湯浅にとっての眞一郎くらい、愛子から愛されてるんだと自信が持 てる」  愛子はまだ黙っていた。沈黙に気づいた三代吉が今度は慌てて謝りだす。 「いや、違うぞ。愛子を不安にさせたり心配させたかったわけじゃないぞ。ただ、眞一郎 を見てるとやきもちと言うのもたまには妬かれてみたいと言うか、なんと言うか……ごめ ん、はしゃぎすぎました」  しょげ返って叱られた子供のようになる。そのあまりの落差に思わず愛子が噴き出した。 「あは、あははは」 「……そんなに笑うなよ」 「あはは、だってぇ、あはははは……」  三代吉は不服そうに愛子を見ていたが、そのうちつられて自分も笑い始めた。しばし、 部屋の中に二人の笑い声だけが流れた。  ひとしきり笑った後、三代吉は真顔で愛子に言った。 「俺は愛子だけが好きだ。俺が愛子を裏切る事はないし、愛子になら何をされても俺は愛 子を怒らない。これだけは絶対に誓える」  愛子も真剣な表情で見返した。三代吉は続ける。 「でも俺は考えなしだから、愛子を心配させたり、怒らせたりする事があると思う。だか ら、その時は言って欲しい。少なくとも俺に謝るチャンスくらいは与えて欲しいんだ」  愛子はそれに対してこう答えた。 「あたしも三代吉の事が好き。三代吉が他の女の子と仲良くしてるのを想像するだけで不 安になるくらい。でも、三代吉に迷惑掛けちゃう事もあると思うから、その時は怒って欲 しい。そんな事であたしは三代吉を嫌いにならないから。三代吉の嫌だと思う部分は直し ていきたいから」 「愛子……」  二人は見つめ合った。テーブルの上に置かれていた三代吉の手に愛子が自分の手を重ね た。三代吉は愛子に身体全体を向け、愛子は三代吉ににじり寄った。三代吉の手が愛子の 肩にかかり、自分の胸の中に引き寄せて――。 「愛子、具合はどうだ?」  愛子の父親の大声が廊下から聞こえてきた。反射的に二人は飛びのき、部屋のドアが開 けられていないことを確認した。 「お、お、お父さん?何でこんなに早く!?」 「やややべえ。見つかったら殺されるかも知れねえ」 「窓!窓!窓から逃げて!」 「いぃっ!?」 「早く!靴はあたしがなんとかするから!」  二階の窓から裸足で追い出された三代吉はそのあと二十分、靴が窓から投げられるのを 路上で待つ事になった。 ――あーあ、もう少しで愛子との距離だけは縮められるとこだったのになあ。 三代吉はくしゃみを我慢しながら心の中で愚痴った。                  了 ノート 結構やり残した悔いは多いのですが、今の僕ではこれが精一杯。 ルミを4番のように完全に退場させる気ならもっと引っ掻き回して眞一郎や比呂美も物語に深く関与させられた のですが、愛子の友達と言う自分設定はともかく、比呂美や朋与の頼れる先輩と言うスタンスを崩すのは二次創 作として範疇を踏み越えると思ったため、ルミの権謀が表に出ることなく解決するようにするため、このように せざるを得ませんでした。 作中でついにルミが三代吉を好きになる具体的な理由が語られずに終わりましたが、ルミの中にある暗い部分に、 極めて近いものを三代吉の中に見る出来事があった、とだけ記しておきます。あまり具体的に書くと三代吉の イメージが変わってしまいそうなので、この部分は自由な想像で補完してください。 今後はもっと軽いテーマで、文字通りのショートストーリーを進めていきたいと思います。書きたいテーマは まだありますので。 それではここまでこの拙作にお付き合い頂いた事に感謝しつつ。

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