ある日の比呂美・台風編1

「ある日の比呂美・台風編1」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

ある日の比呂美・台風編1」(2009/10/14 (水) 16:27:30) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

バン、と何かが窓ガラスに叩きつけられる音で、比呂美は目を覚ました。 床についてから、まだ大して時間は経っていない、と思える。 枕元に置いておいた携帯を開いて時刻を確認してみると、案の定、まだ午前一時になったばかりだった。 (さっきの音……) ぼやけた頭で就寝直前の情報を検索してみる。 最後の記憶はニュース番組で見た、北上している大型台風の接近時刻のことだった。 富山が暴風圏に入るのは、たしか深夜……今頃のはずだ。 いまの大きな音は、風の塊が窓に体当たりをした音に違いない。 「やっぱりちょっと怖い……な」 眠気の飛んでしまった両目を天井に向けながら、誰に言うでもなく呟く。 築年数の新しいこのアパートは、防音設備も完璧だったが、それを透り抜けて風が荒れ狂う音が聞こえてきた。 こういう時『一人なのだ』と実感するが、それと同時に大切な人のことが気になったりもする。 (眞一郎くん、大丈夫かな) 危険……ということはないだろう。 でも、デリケートな眞一郎のこと…… 外の音が気になって眠れない、なんてことはあるかもしれない。 (電話してみようかな) 上半身を起こし、再び携帯を開いて眞一郎のアドレスを呼び出す。 こんな時間に迷惑かな?と思いつつ、通話ボタンに指をかけたその瞬間、手の中の携帯が振動を始めた。 歯ブラシと洗顔フォームを両手に持った眞一郎の画像が消え、『着信・仲上眞一郎』の文字が取って代わる。 「…え…」 同じ事を考えていた、という驚きと喜び。 比呂美は眞一郎とのシンクロに頬を緩ませながら、通話ボタンを押した。 「もしもし?」 《あぁ、俺だけど……寝てたか?》 眞一郎には見えないことは承知で、「ううん」といいながら首を大きく横に振る。 風の音で目が覚めてしまったこと、そして今、同じように眞一郎を心配していたことを、比呂美は伝えた。 《大丈夫ならいいんだけどさ。お前、台風が苦手だったろ?》 「え? ……私、そんなこと言った??」 眞一郎の話では幼少の頃、台風の日に比呂美が『お泊り』に来たことがあったらしい。 《夜中に俺の部屋に来てさ、半泣きで『一緒に寝て』って言ったろ。……忘れたのか?》 「……あ……」 言われてみれば確かに、そんなことがあった。 小学校に上がりたての頃…… あの『夏祭りの思い出』よりも前に。 「よく……そんな昔のこと覚えてるね」 嬉しさ半分、照れ臭さ半分で答える比呂美に、眞一郎は「お前との思い出だからな」と躊躇いなく返してきた。 何の計算もなく、自然に放たれた言葉が比呂美の心を撃ち抜き、動悸を激しくさせる。 「ば、バカ……なに…言ってるのよ……」 返答に僅かな嗚咽が混じり出すのが止められない。 それは喜びの感情が引き金となって起きた事象だったのだが、問題は眞一郎には比呂美の表情が見えていないことだった。 《比呂美、おい…大丈夫か?》 「う……うん、大丈夫……」 努めて明るく返答したつもりだったが、こみ上げてくるものは隠せない。 そしてそのことが、眞一郎の『誤解』に拍車を掛けた。 《ちょっと待ってろ。 いまから行くから》 その言葉を聞き、冷水を浴びせられたように正気に戻った比呂美が「え!? 何??」と発したときには、もう通話は途切れていた。 ……いまから行く??? この暴風雨の中、ここまでやって来ようというのか!!! 「えぇ?? 冗談でしょ???」 何度もリダイヤルしてみるが、留守電につながるばかりで、眞一郎が応答する気配はまるでない。 眞一郎のことだ…… もう家を飛び出しているのだろう。 「……どうしよう……」 ……眞一郎が危険な目に遭うかもしれない…… 自分のために…… そう考えると、先刻とは全く別の理由で胸の奥が疼き出し、比呂美は手にしている携帯を、思わず強く握り締めた。           ※
バン、と何かが窓ガラスに叩きつけられる音で、比呂美は目を覚ました。 床についてから、まだ大して時間は経っていない、と思える。 枕元に置いておいた携帯を開いて時刻を確認してみると、案の定、まだ午前一時になったばかりだった。 (さっきの音……) ぼやけた頭で就寝直前の情報を検索してみる。 最後の記憶はニュース番組で見た、北上している大型台風の接近時刻のことだった。 富山が暴風圏に入るのは、たしか深夜……今頃のはずだ。 いまの大きな音は、風の塊が窓に体当たりをした音に違いない。 「やっぱりちょっと怖い……な」 眠気の飛んでしまった両目を天井に向けながら、誰に言うでもなく呟く。 築年数の新しいこのアパートは、防音設備も完璧だったが、それを透り抜けて風が荒れ狂う音が聞こえてきた。 こういう時『一人なのだ』と実感するが、それと同時に大切な人のことが気になったりもする。 (眞一郎くん、大丈夫かな) 危険……ということはないだろう。 でも、デリケートな眞一郎のこと…… 外の音が気になって眠れない、なんてことはあるかもしれない。 (電話してみようかな) 上半身を起こし、再び携帯を開いて眞一郎のアドレスを呼び出す。 こんな時間に迷惑かな?と思いつつ、通話ボタンに指をかけたその瞬間、手の中の携帯が振動を始めた。 歯ブラシと洗顔フォームを両手に持った眞一郎の画像が消え、『着信・仲上眞一郎』の文字が取って代わる。 「…え…」 同じ事を考えていた、という驚きと喜び。 比呂美は眞一郎とのシンクロに頬を緩ませながら、通話ボタンを押した。 「もしもし?」 《あぁ、俺だけど……寝てたか?》 眞一郎には見えないことは承知で、「ううん」といいながら首を大きく横に振る。 風の音で目が覚めてしまったこと、そして今、同じように眞一郎を心配していたことを、比呂美は伝えた。 《大丈夫ならいいんだけどさ。お前、台風が苦手だったろ?》 「え? ……私、そんなこと言った??」 眞一郎の話では幼少の頃、台風の日に比呂美が『お泊り』に来たことがあったらしい。 《夜中に俺の部屋に来てさ、半泣きで『一緒に寝て』って言ったろ。……忘れたのか?》 「……あ……」 言われてみれば確かに、そんなことがあった。 小学校に上がりたての頃…… あの『夏祭りの思い出』よりも前に。 「よく……そんな昔のこと覚えてるね」 嬉しさ半分、照れ臭さ半分で答える比呂美に、眞一郎は「お前との思い出だからな」と躊躇いなく返してきた。 何の計算もなく、自然に放たれた言葉が比呂美の心を撃ち抜き、動悸を激しくさせる。 「ば、バカ……なに…言ってるのよ……」 返答に僅かな嗚咽が混じり出すのが止められない。 それは喜びの感情が引き金となって起きた事象だったのだが、問題は眞一郎には比呂美の表情が見えていないことだった。 《比呂美、おい…大丈夫か?》 「う……うん、大丈夫……」 努めて明るく返答したつもりだったが、こみ上げてくるものは隠せない。 そしてそのことが、眞一郎の『誤解』に拍車を掛けた。 《ちょっと待ってろ。 いまから行くから》 その言葉を聞き、冷水を浴びせられたように正気に戻った比呂美が「え!? 何??」と発したときには、もう通話は途切れていた。 ……いまから行く??? この暴風雨の中、ここまでやって来ようというのか!!! 「えぇ?? 冗談でしょ???」 何度もリダイヤルしてみるが、留守電につながるばかりで、眞一郎が応答する気配はまるでない。 眞一郎のことだ…… もう家を飛び出しているのだろう。 「……どうしよう……」 ……眞一郎が危険な目に遭うかもしれない…… 自分のために…… そう考えると、先刻とは全く別の理由で胸の奥が疼き出し、比呂美は手にしている携帯を、思わず強く握り締めた。             ※  

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。