ある日の比呂美・台風編2

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ある日の比呂美・台風編2」(2009/10/29 (木) 12:37:25) の最新版変更点

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耳元で突如鳴り響いた電子音に反応し、浅い眠りに落ちていた黒部朋与の身体は、びくりと縮こまった。 (……やべ……マナーにしとくの忘れてた) 脳内で数時間前の自分を罵倒しつつ、薄目を開けて送信してきた相手を確認する。 あさみか由紀子なら無視するのだが、液晶画面が表示した名前は、朋与に再びの睡眠を許さなかった。 身体を起こすと、腹の上で寝ていた飼い猫のボーが「にゃっ!」と抗議の声を上げたが、構わずに通話ボタンを押す。 「比呂美…… いま何時か知ってる?」 緊急事態なのは何となく察しがつくが、朋与はわざと軽口を叩いてみせた。 こちらも固い口調で話し掛ければ、張り詰めているであろう比呂美の心を、さらに追い込んでしまうかもしれない。 《どうしよう…… ねぇ朋与、どうしたらいい?》 事態は予想を越えて酷そうだ。 比呂美はかなり慌てている。 眞一郎と何か…… いや、眞一郎『に』何かあったか? 「そうね。 まずは一回深呼吸しなよ」 助言を求めてくるということは、『今の自分には冷静な判断が出来ない』という自覚はあるようだ。 なら、話しようはある。 朋与は比呂美をなだめ、状況を訊き出しに掛かった。 ………… ………… 慌てふためいてはいたが、比呂美の説明は理路整然としていて、状況は大体つかむ事が出来た。 それにしても、この台風の真っ只中に外へ飛び出すとは…… 仲上眞一郎……見込んだだけのことはある。 《眞一郎くんの身に何かあったら……》 高波にさらわれたらどうしよう…… 何かが飛ばされてきて眞一郎に当たったらどうしよう…… 比呂美の口から湧いて出る悲惨な未来予想を、朋与は右から左へと聞き流した。 可能性はゼロではないだろうが、眞一郎が『その程度の災難』を撥ね退けられないはずはない。 比呂美の元へ行くと決めたら、たとえ死体になっても辿り着く。 眞一郎はそんな男だ。 それよりも心配なのは………… 《私、やっぱり迎えに行く》 予見された比呂美の言葉を耳にし、朋与は心の中で思わず「ほら来た」と呟いた。 心の容量が溢れ気味になると身体が暴走を始めて止まらない。 湯浅比呂美の悪い癖である。 「比呂美。 もう一回深呼吸してから、私の話をよく聞いて」 ここで比呂美を止めるのが自分の役割なんだろうな、と今更ながらに自覚しながら、朋与は話しはじめた。 仲上の家から比呂美のアパートまでは、通常なら十五分程度、雨風を計算しても三十分掛からずに辿り着けるということ。 眞一郎も丸っきりの馬鹿ではないので、海岸線のような危険なルートは通らないだろうということ。 その他、比呂美を安心させる好材料を全て聞かせてから、最後に動揺を鎮めるため、言葉で強烈な平手打ちを見舞う。 「もし行き違いになったら、仲上君きっと捜しに戻るよ。 そしたらかえって危ない」 《! …………》 返事をしないということは、理解し、納得して気持ちが落ち着いたのだろう。 朋与はふっと軽い嘆息を漏らしながら、「何か温かい飲み物と、大き目のタオルを用意して待ってなさい」と付け加えた。 それを聞いて、比呂美が僅かな間をおいてから口を開く。 《……ありがとう、朋与。 ごめんね、こんな時間に》 「別にいいよ。 ……あのさ、比呂美……」 ……頼りにしてくれて……真っ先に相談してくれて……嬉しい……  そのセリフは、さすがに照れ臭くて口に出来なかった。 それに今は、それどころではない。 朋与は「絶対に大丈夫だから」と念を押し、それに答える比呂美の力強い声を確認してから携帯を切った。 ………… 「ふ~っ、やれやれ」 ひとりごちてベッドに仰向けになると、ボーが再び腹の上に乗ってきた。 「にゃ~ん」と鳴きながら顔を覗き込んでくるボーは、《本当はアイツが心配なんだろ?》と言っている気がする。 「大丈夫よ。 比呂美の想いが……眞一郎を守るわ」 冗談などではなく、朋与は本心からそう思っていた。 想う心は力になって、愛する人を守る……そう信じていた。 (だから、私の仕事はここまで……) 内心でそう結ぶと、急に眠気が襲い掛かってきて、大きなあくびが口から飛び出してくる。 朋与はボーを胸元に引き寄せて抱きしめると、そのまま瞼を閉じ、強さを増す風の音を聞きながら眠りについた。           ※
耳元で突如鳴り響いた電子音に反応し、浅い眠りに落ちていた黒部朋与の身体は、びくりと縮こまった。 (……やべ……マナーにしとくの忘れてた) 脳内で数時間前の自分を罵倒しつつ、薄目を開けて送信してきた相手を確認する。 あさみか美紀子なら無視するのだが、液晶画面が表示した名前は、朋与に再びの睡眠を許さなかった。 身体を起こすと、腹の上で寝ていた飼い猫のボーが「にゃっ!」と抗議の声を上げたが、構わずに通話ボタンを押す。 「比呂美…… いま何時か知ってる?」 緊急事態なのは何となく察しがつくが、朋与はわざと軽口を叩いてみせた。 こちらも固い口調で話し掛ければ、張り詰めているであろう比呂美の心を、さらに追い込んでしまうかもしれない。 《どうしよう…… ねぇ朋与、どうしたらいい?》 事態は予想を越えて酷そうだ。 比呂美はかなり慌てている。 眞一郎と何か…… いや、眞一郎『に』何かあったか? 「そうね。 まずは一回深呼吸しなよ」 助言を求めてくるということは、『今の自分には冷静な判断が出来ない』という自覚はあるようだ。 なら、話しようはある。 朋与は比呂美をなだめ、状況を訊き出しに掛かった。 ………… ………… 慌てふためいてはいたが、比呂美の説明は理路整然としていて、状況は大体つかむ事が出来た。 それにしても、この台風の真っ只中に外へ飛び出すとは…… 仲上眞一郎……見込んだだけのことはある。 《眞一郎くんの身に何かあったら……》 高波にさらわれたらどうしよう…… 何かが飛ばされてきて眞一郎に当たったらどうしよう…… 比呂美の口から湧いて出る悲惨な未来予想を、朋与は右から左へと聞き流した。 可能性はゼロではないだろうが、眞一郎が『その程度の災難』を撥ね退けられないはずはない。 比呂美の元へ行くと決めたら、たとえ死体になっても辿り着く。 眞一郎はそんな男だ。 それよりも心配なのは………… 《私、やっぱり迎えに行く》 予見された比呂美の言葉を耳にし、朋与は心の中で思わず「ほら来た」と呟いた。 心の容量が溢れ気味になると身体が暴走を始めて止まらない。 湯浅比呂美の悪い癖である。 「比呂美。 もう一回深呼吸してから、私の話をよく聞いて」 ここで比呂美を止めるのが自分の役割なんだろうな、と今更ながらに自覚しながら、朋与は話しはじめた。 仲上の家から比呂美のアパートまでは、通常なら十五分程度、雨風を計算しても三十分掛からずに辿り着けるということ。 眞一郎も丸っきりの馬鹿ではないので、海岸線のような危険なルートは通らないだろうということ。 その他、比呂美を安心させる好材料を全て聞かせてから、最後に動揺を鎮めるため、言葉で強烈な平手打ちを見舞う。 「もし行き違いになったら、仲上君きっと捜しに戻るよ。 そしたらかえって危ない」 《! …………》 返事をしないということは、理解し、納得して気持ちが落ち着いたのだろう。 朋与はふっと軽い嘆息を漏らしながら、「何か温かい飲み物と、大き目のタオルを用意して待ってなさい」と付け加えた。 それを聞いて、比呂美が僅かな間をおいてから口を開く。 《……ありがとう、朋与。 ごめんね、こんな時間に》 「別にいいよ。 ……あのさ、比呂美……」 ……頼りにしてくれて……真っ先に相談してくれて……嬉しい……  そのセリフは、さすがに照れ臭くて口に出来なかった。 それに今は、それどころではない。 朋与は「絶対に大丈夫だから」と念を押し、それに答える比呂美の力強い声を確認してから携帯を切った。 ………… 「ふ~っ、やれやれ」 ひとりごちてベッドに仰向けになると、ボーが再び腹の上に乗ってきた。 「にゃ~ん」と鳴きながら顔を覗き込んでくるボーは、《本当はアイツが心配なんだろ?》と言っている気がする。 「大丈夫よ。 比呂美の想いが……眞一郎を守るわ」 冗談などではなく、朋与は本心からそう思っていた。 想う心は力になって、愛する人を守る……そう信じていた。 (だから、私の仕事はここまで……) 内心でそう結ぶと、急に眠気が襲い掛かってきて、大きなあくびが口から飛び出してくる。 朋与はボーを胸元に引き寄せて抱きしめると、そのまま瞼を閉じ、強さを増す風の音を聞きながら眠りについた。           ※

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