春雷-3

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――第三幕『戻ってこないか?』――  ゴォォォォォォォ――  体育館には、誰れひとりいなかった。  雹(ひょう)混じりの嵐の所為で体育館の中は、ゴーとすごい唸りを上げている。時折、 激しく雷も鳴った。  比呂美は、バッシュ(バスケット・シューズ)に履き替え、用具室から持ち出したバス ケットボールを突いていた。 「こりゃ、当分治まりそうにないぞ。母さんに迎いに来てもらうか?」 「悪いわ。もう少し居よう?」  比呂美は、少し眉をひそめお願いするようにいった。 「あのさ、比呂美……」  眞一郎が話を切り出そうとした時、比呂美は、遠いサイドのバスケット・ゴールへドリ ブル(※)しながら向かった。 (※)ドリブル…ボールを繰り返し床に突くこと。また走りながらそれをすること。  シュートを成功させるとボールを拾い、今度は反対側、眞一郎が居る側のゴールへドリ ブルしてシュートを決める。最初、ゆっくりとしたスピードだったが、段々とスピードが 上がり、太ももが露(あらわ)になるほどスカートの裾が広がった。そして、シュート後 の着地の時には、下着が確実に晒された。  再び遠いサイドへドリブルする比呂美の背中に、眞一郎は堪りかねて声をかけた。 「比呂美ぃ、見えてるぞぉ」 「えー?」  比呂美、構わずシュートをすると、ボールを拾いこちら側にまたドリブルして来た。 「見えてるぞぉー!」 「えー? 聞こえなぁーい」  右手でドリブルしながら、左手を耳に当てた。確かに雹混じりの激しい雨の所為で聞こ えにくい。こんどは区切るように言ってみる。 「みぃ、えぇ、てぇ、るぅ、ぞぉ」 「何がぁー?」  言葉は伝わったらしく、比呂美は眉をあげて目を丸くした。 「パ」 (パンツが…)  眞一郎はとっさにその単語を口にするのを止めたが、比呂美は、悪戯顔になってクスク ス笑いはじめた。 (あいつー、わざと言わせようとしたな~)  珍しく学校で『甘いムード』漂わるふたりを、体育館の出入り口の扉の隙間から覗く影 があった。 「校内で堂々と放課後デート、パンチラ・サービス付き。やるね~比呂美さん」  扉に右手をかけ、左手でカメラモードになっている携帯電話を準備していた。 「朋与?」 「ヒッ!」  いきなりノーマークだった背後から声をかけられ反射的に全身振り返り、カエルの様に 扉に張り付いた。高岡キャプテンが、『下着ドロ』を見るような目をして立っている。 「何してんの? 誰かいるの?」 「い、いえ、そのぉ、先輩達いないなぁ~なんて、あははは」  なんとか誤魔化さなきゃ、こんな『激写チャンス』滅多にないんだから、と朋与は必死 になった。 「ちょっと、通して」 「いや、今ちょうど、盛り上がって…」 「盛り上がって?」  その時、近くで雷が都合よく鳴った。 「いや、ほらぁ、雷ですよぉ。くわばらくわばらぁ」  おおかた察しのついた高岡は呆れ果てた。 「はぁ~どうせ比呂美でしょ?」 「にぃひひひひひ」 「やめな、その笑い方。……まったく……明日しごいてやるから覚悟しな」 「すみませぇーん」  朋与は携帯電話を挟んで手を合わせると、高岡はため息をしながら去っていった。 (比呂美ィ、この貸しは大きいわよ) 「ゲームしよ? フリースローゲーム」  比呂美は、眞一郎のことろへ戻ると、いきなりゲームを持ちかけた。 「えぇー、そんなの俺、勝てないじゃん」 「やる前から敗北宣言? 男らしくない」  かなり挑発的な比呂美。 「そういう問題かぁ~?」  頼りない眞一郎。比呂美はそんな眞一郎に構わずルールの説明をはじめた。 「三本勝負ね。成功した数だけ相手に『お願い』が出来る。相手はちゃんと『叶える』こ と、いい?」  ふたりの間に沈黙が訪れる。辺りは異様な空気に包まれ、近くで雷が轟った。ふたりと も真顔になっていた。やがて、おそるおそる眞一郎が口を開いた。 「『お願い』? 『お願い』って、相手の言うことをきくってことか?」 「そ。それくらいの『モノ』賭けないと勝負は面白くないわ」 「おまえ……」 「受けてたつ?」  比呂美の滅多に聞かない低い声が承諾を求めた。 (こいつ、何考えてんだ……)  比呂美がその気ならちょうどいい、と眞一郎は思った。うまく行けば『合鍵』のことも すっきりさせる切欠にもなるだろうし、また、もう一つ『重大な事』も切り出せるかもし れない。比呂美も『何か』を切り出したいのかもしれない。ただ、比呂美の真意が分から ず、ただ不気味だった。 「……ああ、わかった」  ルールを承諾すると比呂美は普段の明るい顔に戻っていった。 「一本ずつね、先ず私から」  比呂美は、ボールを弾ませながら、フリースローラインに立つ。  肩幅に足を開き、利き足を1足分前へ出す。腰を少し落とし全身の力みを取るために、 全身を軽くぶらぶら揺らした。  そんな比呂美の動作をゴール下へ移動しながら見つめていた眞一郎は、ふっとさっきパ ンチラが頭の中によぎった。 「ちょ、ちょっと、待ったぁ! 『ハレンチなお願い』は無しだぞ」 「ばか! 当たり前じゃない。想像したんだぁ~ふぅ~ん?」 と比呂美は、眞一郎に軽蔑の眼差しを送った。 「してねーよ」 と眞一郎はとりあえず否定をした。 『お願い』を賭けた『フリースローゲーム』がはじまった。  比呂美、一投目。  比呂美の放ったボールはきれいな放物線を描いた。眞一郎はゴールに入ると思ったが、 リングの奥に当たり、撥ね返ったボールは1回床にバウンドして、比呂美の手元に戻った。 「チッ、力んだか……」 「よし」  舌打ちをする比呂美に背を向け、眞一郎は小さくガッツポーズをした。  比呂美は、ボールをワン・バウンドさせ眞一郎に送った。  眞一郎、一投目。  バスケットボールは、体育の授業で幾度と経験しているので、フリースロー自体初めて ではないが、改めてフリースローラインに立ち、ゴールを見つめると、ものすごくリング が遠く小さく感じられた。いとも簡単に比呂美はシュートするな~と、眞一郎は感心して いた。なかなかシュート動作に入らない眞一郎を見て、比呂美の悪戯がまたはじまった。 「やーい、へっぴり腰ぃー」 「お前、素人相手に野次るなよ」  この野次でハートに火が点いた眞一郎は、開き直り、とにかくリングに当てることを考 えた。一投目で距離感をつかめばいい、そう割り切ったのだ。それが幸いしたのか、気楽 に放ったボールは、リングに触らずゴールネットを揺らし、スパッという心地良い音を響 かせた。 「うそ!」 「……」  まさか入るとは思わなかったが、この成功によって先程の『お願い』というものが現実 なものになった今、眞一郎は新たな悩みを抱えることになった――これで確実に一つは切 り出せる。『どれ』を選択しようと。  呆然と突っ立て考えている眞一郎を指差して、比呂美は、 「はいそこっ、ハレンチなこと想像しない」 と言い放った。 「してねーって」  比呂美、二投目。  相変わらず美しいシュート・フォーム、奇麗な放物線。  今度はリングの手前に当たって撥ね返ったが、またしても比呂美の元にボールが戻って いく。比呂美は首を傾げた。 「あれぇーー?」 「やぁーい、それでもレギュラーか?」 「はい次、さっさとして」  眞一郎の野次にカチンと頭にきた比呂美は、ものすごいスピードで眞一郎にボールを送 った。 「わっ」  眞一郎、二投目。  一投目の要領で気楽に放ったがリングにわずか届かず、無情感が漂った。 「え、もしかして、リングにかすってもいない?」  業らしく信じられないというジェスチャーをする比呂美。 「うっせーよ」  比呂美、三投目。  一度バックボードに当たり、リングを弾いたボールはまたもや比呂美の元に収まる。 「そんな……負けるなんて……」 と比呂美はがっくし肩を落した。 「おいおい、どうかあるんじゃないのか?」  いつもの比呂美じゃないと思った眞一郎は比呂美を心配したが、それとは別にある疑念 を抱いていた。おかしい――比呂美の実力なら、一本も入らないということはありえない。 まして、あのボールの跳ね返り方。そう、以前バスケットの漫画で読んだことがある。フ リースローをわざと外し、自らリバウンド取ってシュートし、1点を2点のプレイにする。 比呂美ならこんなの朝飯前だろう。  だがなぜ、自分から言い出したゲームでそんなことする必要がある?  そんなことを考えていたら、最後の一本をどうしても決めたい、と眞一郎は思った。  眞一郎、三投目。 「あっ、惜しー」  リングに当たったものの、眞一郎の願いは通じなかった。  ゴォォォォォォォ――  依然と激しい雨は続いている。 「ありえねぇー。お前、わざと外しただろう」  眞一郎は、さっきの疑問をぶつけた。 「こんな時もあるわ」  ぶっきら棒に答える比呂美。 「さっ、『お願い』、何?」  比呂美は少し表情を固くし、早速切り出してきた。 「……あ……あの……」  眞一郎は仲上家が抱えている懸案事項を優先することにした。 「うん」 と比呂美は優しく促す。  眞一郎は呼吸を整え、比呂美に少し近づき、真剣な目で『お願い』を伝えた。 「あのさ……そろそろ、家に戻ってこないか? 仲上家に……」  そのとき。  辺りが青白く光り、すさまじい轟音が鳴り響いた。  バリ    バリ      バリ        バリ          ドドォォ――――ン 「きゃッ!」「うわッ!」  比呂美は反射的に眞一郎に飛び付いた。  地響きと共に体育館全体がビリビリと振動する。轟音の余韻は一分間ほど治まらなかっ た。  しばらくふたりはじっとしていた。辺りが治まるのを感じると眞一郎はもう一度さっき の言葉をいった。 「戻ってこないか? 仲上家に」  比呂美は、ゆっくり眞一郎から離れると俯いた。眞一郎に表情を見せないで……。 「……」  何も返さない比呂美に歯痒く思った眞一郎は少し焦り、彼には珍しく強引な言葉を口に した。 「ゲームのルールだろ? お前が言い出した」 「……それだけは……勘弁して……」 と答えた比呂美はまだ眞一郎に表情を見せない。  今まで聞いたことのない比呂美の言葉に衝撃を受けた眞一郎は、次の言葉が思いつかな い。『女性のプライベートの空間』、『他人の壁』、そんなキーワードが頭の中に浮かぶ。  とてもデリカシーのないことを、比呂美にお願いしたのではないだろうか? と眞一郎 は、自分の発言を悔やみ顔をしかめた。そんな苦しそうな表情に気づいた比呂美は、よう やく顔を上げて口を開いた。 「ごめん……今は……まだ……もう少し……」  まだまだ気持ちの整理が付かないことがあるのだろうか。  比呂美の両親が亡くなり、仲上家へ来ると決めたのは比呂美本人、比呂美自身が眞一郎 にそう告げた。比呂美が一人暮らしをすると決めたのも比呂美本人。  それじゃ、戻るのも……でも……あの『合鍵』は、何だって言うんだ。  この『お願い』はまだ、口にすべきではなかったのだろうか? と眞一郎の頭の中は混 乱した。  硬直した眞一郎の顔を覗き込んだ比呂美には、思いもよらぬことが待っていた。 「比呂美、キスする」 と眞一郎は呟くと、すぐさま比呂美の唇を奪ったのだった。  ゴォォォォォォォ――  雨音が響いている。どこかの隙間から冷たい空気が吹き込んでいる。  比呂美の髪が静かに揺らめいた。  しばらくしてお互いの唇が離れると、眞一郎はなんとか笑顔を作ってみせたが、うまく いっていないのが自分でも分かった。 「『お願い』は、これで帳消しだ」 「…………うん……ごめん」  比呂美は、眞一郎と目を合わせず頷いた。  雷鳴が今だ轟く中、もう一人、体育館の扉の向こうで硬直した人物がいた。 「……こいつら……おかしい……」  そのあと、眞一郎と比呂美は、嵐が落ち着く気配がなかったのでヒロシに車で迎いに来 てもらった。  その夜、比呂美は、早めに寝床に入り、今日の体育館でのことを考えていた。 ……眞一郎くん、ずっとそういうこと考えていたんだ。当然といえば、当然。   私が仲上家を出て行くと話したときも、引き止めはした、   一人暮らしなんて物騒だって。   私の境遇を考えれば、心配で堪らなくなって当然。   それに、あの時はもう、いや、ずっと眞一郎くんは私に恋愛感情を抱いていた。   もちろん今も。好きな女の子ならなおさら心配をするじゃない。   私も眞一郎くんが好き。   いつも私を見てくれている彼が好き。   心配してくれる彼が好き。   私に甘えない、ベタベタもしてこない、   下着を見ても暴走しない彼が好き。たぶん。   私を困らせることは言わない、嫌がることもしない、決して。   何かあれば直ぐ察知して全力で回避する。   去年は私の事で学校でよく喧嘩をしていた。   私のことを大切に思っている、大事にしてくれる。でも……   眞一郎くんの石動乃絵に向けた表情、笑顔を、私はまだ見ていない気がする。   子供の純真な笑顔。   私がいつも見ている眞一郎くんの顔は、どこかいつも一生懸命な顔。   それって……私が眞一郎くんの重荷になってるってことじゃない?   そんなのいや。   今の眞一郎くんが、本当の、眞一郎くん?   私の知っている眞一郎くんが、眞一郎くんの、全て?   眞一郎くんは、本当に、私の隣にいるの? 私の妄想なんじゃない? 「かわいい笑顔。そんな無邪気な顔で簡単に眞一郎の気持ち、掴んじゃうのね……」 ……眞一郎の……気持ちを……掴む……   私は、眞一郎の気持ちを、心を、本当に、掴んでいる?   眞一郎くんは、ただ、私という『存在』が放って置けないだけじゃないの?   たった一つの『笑顔』を思い出すだけで私の心がざわめく。   これって……石動乃絵が残した『時限爆弾』? もしくは『呪縛』?   私は、眞一郎くんのために、   笑った? 泣いた? 怒った? 優しく包んであげた?   好きな男の子を手に入れて、もうすでに満足しちゃってない?   わたし、『バカ』だわ。    微かな……『予感』。  漠然とした……『関係』。  広がっていく……『不安』。 ……このままでは……いつか……だめになる。   わたしたち……恋人ごっこの……ままだわ……  まるで闇底に落ちて行く様に眠りに引きずり込まれた比呂美は、この夜、ひどい『悪 夢』にうなされた。

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