ある日の比呂美・台風編4

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弱まる気配のない雨と風を避けるため、二人は階段を駆け上がり、比呂美の部屋へと逃げ込んだ。 朋与の助言どおりに用意されていた大きめのタオルで水滴を拭い、無言のまま濡れた衣服を着替える。 「この後どうするの?」 「どうするってお前……ここに泊めてもらうしか……」 《こんなこともあろうかと》常備されている自分用の着替えに袖を通しながら、眞一郎は申し訳なさそうに言った。 外の台風は更に強さを増し、麦端の町を破壊しかねない勢いで荒れ狂っている。 比呂美の様子を確かめたからといって、「じゃあな」と帰路に着くことは、もはや不可能だ。 「……ふぅ……」 先に着替えを終えた比呂美は、やれやれ、という風に溜息をつくと、キッチンへと向かった。 朋与のもう一つの提案…《温かい飲み物》を用意しなければならないからだ。 自分と眞一郎、それぞれの専用マグカップにインスタントスープの粉を入れ、少し冷めてしまったヤカンのお湯を注ぐ。 (こんな夜中に、スープみたいなカロリーの高い物を飲んだら太るかな?) そんなことを考えないでもないが、芯まで冷えた身体を回復させるためには必要な栄養だと、比呂美は自分を納得させた。 「はい、これ飲んで」 着替えを終えて自分の定位置に納まっている眞一郎の目の前に、ちょっとだけ乱暴にカップを置いてやる。 無事な姿を確認した直後は、嬉しさと安心のあまり情熱的な行動に奔ってしまった比呂美だったが、 時間が経ち冷静になると、これから先の事を想像してしまい、僅かではあるが気持ちが苛立ちに傾いていた。 眞一郎はといえば、この状況を理解していないのか、礼もそこそこにスープを飲みはじめている。 「泊まるのはいいけど、明日の朝どうするの?」 「?? 家に帰るさ」 狙っているのか天然なのか…… 直球の質問にとぼけた返答をされ、比呂美は軽い眩暈に襲われた。 眞一郎が思考より行動が優先する男だということは、よく理解しているつもりだったが、 ここまで《考えなし》だったとは……さすがに想定外である。 「そうじゃなくて! 私の部屋から朝帰りして、おじさんとおばさんに何て言い訳するのかって訊いてるの!」 「……だ、大丈夫さ。 朝、目が覚めて散歩に出かけたって言えば……」 全く説得力のない嘘を、ちょっと自信無さ気に提案する眞一郎を見て、比呂美はまた深い溜息をついた。 平日も休日も、常にギリギリまで熟睡している人間が、『早起きしたから出かけた』と言って誰が信用するというのか。 「……もう寝ましょう」 「え!? ……いや、今夜はもう遅いし…やめとこうぜ」 「…………」 寝るという言葉が、すぐにセックスへと直結してしまう眞一郎の桃色思考には、もう呆れるしかない。 徹底して楽天的な眞一郎のおかげ、というのも変だが、比呂美は気を揉んでいた自分が滑稽に思えてきた。 翌朝、般若と化すであろうおばさんの顔を思い浮かべると身震いせざるを得ないが、もうどうしようもないではないか。 明日は明日の風が吹くものだ…… 腹を括るしかない。 「おやすみなさい」 比呂美は愛想無くそう呟くと、立ち上がって空になった二つのカップをキッチンに運び、簡単に洗いはじめた。 そして口を軽く冷水ですすいでから、眞一郎の存在を無視するかの様に、一人でロフトへと上がってしまう。 リモコンで照明を容赦なく消すと、階下から「お~い」と寂しそうな声がした。 先走った妄想を口にしたことが比呂美を不快にさせたことに、さすがの眞一郎も気づいたらしい。 「毛布だけでも貸してくれ」と情けなく懇願する今の眞一郎に、ロフトに上がってくる度胸はないようだ。 「下で寝ろなんて、言ってないでしょっ!」 近所迷惑にならない程度の怒声を張り上げると、比呂美は窓側に背を向ける形で布団を頭から被った。 いつもはこの部屋で無遠慮に、好き勝手に振舞うクセに、今さら何だというのだ。 (なによ! 人をまるで鬼嫁みたいに!) 眞一郎に恐れられているという事実が、比呂美の心を少し寂しくさせ、苛立ちに拍車が掛かった。      ぎしっ ぎしっ ぎしっ 眉間のしわを深くしている比呂美の耳に、ロフトと居間をつなぐ梯子が軋む音か聞こえる。 「……お、お邪魔しま~す」 眞一郎は小さな声でそう言うと、比呂美とは反対に、壁側に背を向ける形で布団に納まった。 アパートのロフトは《それなり》の広さがあるが、比呂美の愛用している布団は一人用の物だ。 必然的に、二人は背中と背中を合わせ、互いの熱を感じ合う体勢になってしまった。           ※

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