比呂美が仲上家を出た日

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比呂美が仲上家を出た日」(2010/05/12 (水) 23:49:41) の最新版変更点

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このSSは、10話で眞一郎が比呂美に「俺、ちゃんとするから」と約束した後から、11話で眞一郎が比呂美の部屋を訪れる前の空白を補完する妄想SSです。 **** 目の前に、固く凍った残雪に所々覆われたアスファルトの道と岸壁が続いており、その先に真っ青な海が開けている。 そして、遙か上空では真っ青な空と白い雲がぐるぐる回っていた。 湯浅比呂美は、気が付くと、仲上眞一郎の上に倒れかかったまま、自分たちがが今どういう状態にあるのか、全く把握できないでいた。 何か、自分が自分でない、体がふわふわ浮遊しているような感覚。 比呂美には、自分の魂だけが何か、まるでテレビか映画の画面の奥の、およそ非現実の世界にいるように感じられた。 そればかりか、運搬トラックの助手席を飛び出してから今までの、ごく短い時間のできごとが、まるで遠い昔のできごとのようでもあり、永遠に訪れない遠い未来のできごとであるようにも思われた。 「比呂美・・・」 すぐ側で発せられた眞一郎の声が、彼女を現実に引き戻した。 「あ・・・」 その瞬間、ようやく彼女は自分たちが今現在どういう状態に置かれているのかを認識した。 「ごっ・・・ごめんなさい!!!」 比呂美は耳まで朱に染めると、ばね仕掛けのおもちゃのように、ぴょこんと眞一郎の上から飛び退いた。 (眞一郎くんとぴったり躰を密着させちゃった・・・) 心臓がドキドキ音を立てて、身体から飛び出しそうになる。 その後に、眞一郎がごそごそと体を起こす。 「怪我、なかった?」 「私は大丈夫。真一郎くんこそ、体のほう大丈夫?」 二人はぎこちなく言葉を交わしたきり、どちらも彫像のように固まってしまっていた。 そして、時間にしてほんの数分の間であったが、無限の長さにも思える空白が過ぎた後、背後でクラクションが2回鳴る音が聞こえる。 「あ・・・」 漸く我に返った眞一郎が顔を上げ音の元の方を向きやったが、比呂美はずっと顔を赤らめて俯いたまま、身じろぎ一つする気配がない。 それどころか、微かに身震いしながら、必死にこらえている彼女の表情が、横から目に突き刺さる。 「ヤバい・・・」 一瞬眞一郎は狼狽した。 今の比呂美は到底トラックに戻せる雰囲気ではない。 かといって、ここは往来の真ん中だ。いつまでもこうしていられるものではない。 「一寸待ってて。トラックには先に行ってて貰うから。」 眞一郎が自転車を脇に寄せ、比呂美にそう声をかけると、彼女は一瞬体をビクリと震わさせた。 だがそのときには、眞一郎はもう50メートル先のトラックに向かって駆けだしていた。 「すんません、一寸アクシデントが発生しまして、僕たちは後から歩いていきますから、先に行って待っていて貰えないでしょうか?」 先程から只ならぬ空気を察していた運転手はニヤリと笑い、一言「がんばれよ」と声をかけ、エンジンを入れ直した。 軽い音をたててトラックが走り去った後、眞一郎はごく短い距離を駆け戻ってきただけだったが、その僅かな時間の間に、比呂美はその場にへたりこんでしまっていた。 「参ったなあ」 僅かでも動かせば今にも決壊しそうだ。 そんな比呂美を見下ろしながら、眞一郎は、今自分に何ができるかが咄嗟に思いつけず、暫く途方に暮れていた。 「そうだ」 眞一郎は、この先の脇道に、車は通れないが徒歩なら通り抜けられる近道があることを思い出した。 そしてあることを思いつくと、歯を食いしばって耐えている比呂美に、右手を差し出した。 「ホラ、向こうでトラックが待ってるから、歩いていこうよ。俺も一緒に行くから。」 比呂美は濡れた眼差しで眞一郎を見上げたが、今はダメと目で訴える。 「ホンの一寸だけ我慢して。すぐに我慢しなくて良い場所に連れて行くから。」 その言葉でようやく、比呂美は大きく息を吐くと、少し安心したように、差し出された右手を素直に握りしめた。 眞一郎は比呂美が右手を握り返したことを確認すると、そのまま路上にへたり込んでいる彼女を引き起こした。 眞一郎は比呂美が無事煮立ち上がったことを確認すると、掴んだ右手を離そうとしたが、その瞬間比呂美は左手をきゅっと握り返して、離そうとしない。 比呂美の気持ちを察した眞一郎が、そのまま右手を引いて比呂美に歩き始めるように促すと、彼女は素直に従った。 二人は片手を繋いで押し黙ったまま、海岸道に沿って、トラックが走り去った跡をとぼとぼと歩いていく。 「さっきはみっともない所を見せてごめん・・」 ようやく落ち着きかけていた比呂美は、俯いたまま微かに頬を赤らめて、消え入りそうな声で呟いた。 「そんなことないよ。俺が勝手に追いかけて、びっくりさせちゃっただけだから」 眞一郎は自分でも何訳分からないこと言ってんだ?オレ?と心の中で自嘲したが、それっきり再び二人とも押し黙ってしまう。 さっきは頭に血が上っていたから勢いで言葉が出てしまったが、いまは頭の中が真っ白になっていて、比呂美にかける言葉を全く思いつけない。 比呂美の引っ越し先のアパートは、この海岸通りを進んだ先の高台の上にあったが、このまま歩いて行くには少し距離がある。 「比呂美、近道するぞ」 眞一郎がそう提案すると、比呂美は黙ってこくんと頷いた。 「こっちだよ」 その瞬間、彼女がはっと息を止めたように感じられた。 二人は、海岸のアスファルト道から、高台へ抜ける藪の中の脇道に逸れてゆく。 竹藪の中は昼でも薄暗く、丁度藪のトンネルのように続いている。 その薄暗い藪のトンネルを奥深く進むにつれて、大分落ち着いていた筈の比呂美は、次第に再び身を震わせはじめた。 「比呂美・・・」 繋いだ右手を通して、微かな嗚咽の気配が、感じ取れた。 「ここ、どこだか覚えてるよね?」 「うん。勿論。」 僅かに、声の調子が上がった。 そこは、あの祭りの日に、比呂美が片方の下駄をなくした、竹藪を抜ける道。 「まさかお前が住むアパートがこの先にあるなんて、全然気が付かなかった」 「うん。トラックだと一瞬で横を通り抜けちゃうから、正直私も全然意識してなかった・・・でもここなんだね・・・」 そこで、一瞬歩みを停める。 「ありがとう」 震える比呂美の声は今にも消え入りそうだったが、確かに眞一郎の耳に届いた。 眞一郎は、彼女の方を振り向いた。 彼女の透明な視線は、すぐそこを見渡しているようでもあり、遙か遠くを見通しているようでもあった。 「私、さっきのこと、とても嬉しかった。 私、本当は、心のどこかで眞一郎くんに追いかけて来て欲しいと思ってた。 でも、そんなことは有るはずがないとも思ってた。まさか本当に眞一郎くんが追いかけてきてくれるなんて、思ってなかった。 ・・・だからさっきのことも、今でも本当のことだなんて信じられなくて・・・」 そこまで話すと、初めて眞一郎と視線を合わせた。 眞一郎と視線を合わせると、胸の奥がかあっと熱くなり、頭がなんだかぼうっとしてくる。 そして、熱病にうなされたような表情で、静かに告白を続ける。 「だって、眞一郎くんのことを考えると、胸の奥が熱くて、身体の底が乾いて、苦しくて、苦しくて、一晩中泣いて・・・ でも眞一郎くんのこと、正直あきらめかけてた。 もう、ダメだなって思ってた。 でも、奇跡ってあるんだなあって。神様ってひょっとしたら本当にいるんだって・・・」 言葉がとぎれる。真っ直ぐに彼の瞳を見つめようとするが、次第に輪郭がぼやけてくる。 その瞬間、今まで堪えていたものが、一気に決壊した。 「比呂美・・・」 一杯の雫で溢れる眼差しで見すくめられると、心の底が、キリキリと痛む。 (オレ、バカだ!大バカだ!) 眞一郎は、家を飛び出す前に思った台詞を、再び思い出していた。 今まで彼女がどれだけ自分のことを想い続けていたか。 彼女の想いに比べれば、自分の想いなんて軽すぎて、とても勝負になんか、なりはしない。 なのに、自分の軽率な行動でどれだけ彼女を苦しめてきたか。 叶うものなら、今すぐ比呂美を強く抱きしめてやりたい。 涙に濡れている頬と唇にキスをしてやりたい。 でも、今の自分にはその資格がない。 今、彼女を抱きしめれば、彼女の苦しみと悲しみを別の誰かに転嫁するだけだ。 今の自分に精一杯の出来ること、眞一郎は繋いだ手を強く握って、そっと内側に引き寄せた。 僅かだけ二人の距離が縮まる。先ほど約束したフレーズを繰り返す。 「俺、ちゃんとする。絶対ちゃんとするから、それまで待ってて。」 比呂美は一瞬息を吸い込んで、今の言葉を噛みしめる。そして微かに息を吐いて、返事する。 「うん・・・待ってる・・・」 比呂美は、身体を少しだけ彼の方に傾かせて、微かに頷いた。 ・・・それから大分時間が過ぎて、二人が竹藪のトンネルを抜けていくと、暗いトンネルの先が明るく開け、その先に比呂美が引っ越すアパートが見えてきた。 藪を抜けると太陽は既に高く、傍らに所在なさげなトラックが停まっている。 「大分待たせちゃったね。」 「運転手さん、迷惑してるだろうなあ」 「俺、荷物はこぶの手伝うよ」 「え・・でも・・」 「いいんだ。俺が比呂美のこと泣かせちゃったから、運転手さん待たせちゃった訳だし」 「そうだよ!眞一郎くんは何時も私のこと泣かせているんだから、反省しろ!」 比呂美は、そうやって赤く泣き腫らした目で、明るく微笑んだ。 (了)
このSSは、10話で眞一郎が比呂美に「俺、ちゃんとするから」と約束した後から、11話で眞一郎が比呂美の部屋を訪れる前の空白を補完する妄想SSです。 **** 目の前に、固く凍った残雪に所々覆われたアスファルトの道と岸壁が続いており、その先に真っ青な海が開けている。 そして、遙か上空では真っ青な空と白い雲がぐるぐる回っていた。 湯浅比呂美は、気が付くと、仲上眞一郎の上に倒れかかったまま、自分たちがが今どういう状態にあるのか、全く把握できないでいた。 何か、自分が自分でない、体がふわふわ浮遊しているような感覚。 比呂美には、自分の魂だけが何か、まるでテレビか映画の画面の奥の、およそ非現実の世界にいるように感じられた。 そればかりか、運搬トラックの助手席を飛び出してから今までの、ごく短い時間のできごとが、まるで遠い昔のできごとのようでもあり、永遠に訪れない遠い未来のできごとであるようにも思われた。 「比呂美・・・」 すぐ側で発せられた眞一郎の声が、彼女を現実に引き戻した。 「あ・・・」 その瞬間、ようやく彼女は自分たちが今現在どういう状態に置かれているのかを認識した。 「ごっ・・・ごめんなさい!!!」 比呂美は耳まで朱に染めると、ばね仕掛けのおもちゃのように、ぴょこんと眞一郎の上から飛び退いた。 (眞一郎くんとぴったり躰を密着させちゃった・・・) 心臓がドキドキ音を立てて、身体から飛び出しそうになる。 その後に、眞一郎がごそごそと体を起こす。 「怪我、なかった?」 「私は大丈夫。真一郎くんこそ、体のほう大丈夫?」 二人はぎこちなく言葉を交わしたきり、どちらも彫像のように固まってしまっていた。 そして、時間にしてほんの数分の間であったが、無限の長さにも思える空白が過ぎた後、背後でクラクションが2回鳴る音が聞こえる。 「あ・・・」 漸く我に返った眞一郎が顔を上げ音の元の方を向きやったが、比呂美はずっと顔を赤らめて俯いたまま、身じろぎ一つする気配がない。 それどころか、微かに身震いしながら、必死にこらえている彼女の表情が、横から目に突き刺さる。 「ヤバい・・・」 一瞬眞一郎は狼狽した。 今の比呂美は到底トラックに戻せる雰囲気ではない。 かといって、ここは往来の真ん中だ。いつまでもこうしていられるものではない。 「一寸待ってて。トラックには先に行ってて貰うから。」 眞一郎が自転車を脇に寄せ、比呂美にそう声をかけると、彼女は一瞬体をビクリと震わさせた。 だがそのときには、眞一郎はもう50メートル先のトラックに向かって駆けだしていた。 「すんません、一寸アクシデントが発生しまして、僕たちは後から歩いていきますから、先に行って待っていて貰えないでしょうか?」 先程から只ならぬ空気を察していた運転手はニヤリと笑い、一言「がんばれよ」と声をかけ、エンジンを入れ直した。 軽い音をたててトラックが走り去った後、眞一郎はごく短い距離を駆け戻ってきただけだったが、その僅かな時間の間に、比呂美はその場にへたりこんでしまっていた。 「参ったなあ」 僅かでも動かせば今にも決壊しそうだ。 そんな比呂美を見下ろしながら、眞一郎は、今自分に何ができるかが咄嗟に思いつけず、暫く途方に暮れていた。 「そうだ」 眞一郎は、この先の脇道に、車は通れないが徒歩なら通り抜けられる近道があることを思い出した。 そしてあることを思いつくと、歯を食いしばって耐えている比呂美に、右手を差し出した。 「ホラ、向こうでトラックが待ってるから、歩いていこうよ。俺も一緒に行くから。」 比呂美は濡れた眼差しで眞一郎を見上げたが、今はダメと目で訴える。 「ホンの一寸だけ我慢して。すぐに我慢しなくて良い場所に連れて行くから。」 その言葉でようやく、比呂美は大きく息を吐くと、少し安心したように、差し出された右手を素直に握りしめた。 眞一郎は比呂美が右手を握り返したことを確認すると、そのまま路上にへたり込んでいる彼女を引き起こした。 眞一郎は比呂美が無事煮立ち上がったことを確認すると、掴んだ右手を離そうとしたが、その瞬間比呂美は左手をきゅっと握り返して、離そうとしない。 比呂美の気持ちを察した眞一郎が、そのまま右手を引いて比呂美に歩き始めるように促すと、彼女は素直に従った。 二人は片手を繋いで押し黙ったまま、海岸道に沿って、トラックが走り去った跡をとぼとぼと歩いていく。 「さっきはみっともない所を見せてごめん・・」 ようやく落ち着きかけていた比呂美は、俯いたまま微かに頬を赤らめて、消え入りそうな声で呟いた。 「そんなことないよ。俺が勝手に追いかけて、びっくりさせちゃっただけだから」 眞一郎は自分でも何訳分からないこと言ってんだ?オレ?と心の中で自嘲したが、それっきり再び二人とも押し黙ってしまう。 さっきは頭に血が上っていたから勢いで言葉が出てしまったが、いまは頭の中が真っ白になっていて、比呂美にかける言葉を全く思いつけない。 比呂美の引っ越し先のアパートは、この海岸通りを進んだ先の高台の上にあったが、このまま歩いて行くには少し距離がある。 「比呂美、近道するぞ」 眞一郎がそう提案すると、比呂美は黙ってこくんと頷いた。 「こっちだよ」 その瞬間、彼女がはっと息を止めたように感じられた。 二人は、海岸のアスファルト道から、高台へ抜ける藪の中の脇道に逸れてゆく。 竹藪の中は昼でも薄暗く、丁度藪のトンネルのように続いている。 その薄暗い藪のトンネルを奥深く進むにつれて、大分落ち着いていた筈の比呂美は、次第に再び身を震わせはじめた。 「比呂美・・・」 繋いだ右手を通して、微かな嗚咽の気配が、感じ取れた。 「ここ、どこだか覚えてるよね?」 「うん。勿論。」 僅かに、声の調子が上がった。 そこは、あの祭りの日に、比呂美が片方の下駄をなくした、竹藪を抜ける道。 「まさかお前が住むアパートがこの先にあるなんて、全然気が付かなかった」 「うん。トラックだと一瞬で横を通り抜けちゃうから、正直私も全然意識してなかった・・・でもここなんだね・・・」 そこで、一瞬歩みを停める。 「ありがとう」 震える比呂美の声は今にも消え入りそうだったが、確かに眞一郎の耳に届いた。 眞一郎は、彼女の方を振り向いた。 彼女の透明な視線は、すぐそこを見渡しているようでもあり、遙か遠くを見通しているようでもあった。 「私、さっきのこと、とても嬉しかった。 私、本当は、心のどこかで眞一郎くんに追いかけて来て欲しいと思ってた。 でも、そんなことは有るはずがないとも思ってた。まさか本当に眞一郎くんが追いかけてきてくれるなんて、思ってなかった。 ……だからさっきのことも、今でも本当のことだなんて信じられなくて・・・」 そこまで話すと、初めて眞一郎と視線を合わせた。 眞一郎と視線を合わせると、胸の奥がかあっと熱くなり、頭がなんだかぼうっとしてくる。 そして、熱病にうなされたような表情で、静かに告白を続ける。 「だって、眞一郎くんのことを考えると、胸の奥が熱くて、身体の底が乾いて、苦しくて、苦しくて、一晩中泣いて・・・ でも眞一郎くんのこと、正直あきらめかけてた。 もう、ダメだなって思ってた。 でも、奇跡ってあるんだなあって。神様ってひょっとしたら本当にいるんだって・・・」 言葉がとぎれる。真っ直ぐに彼の瞳を見つめようとするが、次第に輪郭がぼやけてくる。 その瞬間、今まで堪えていたものが、一気に決壊した。 「比呂美・・・」 一杯の雫で溢れる眼差しで見すくめられると、心の底が、キリキリと痛む。 (オレ、バカだ!大バカだ!) 眞一郎は、家を飛び出す前に思った台詞を、再び思い出していた。 今まで彼女がどれだけ自分のことを想い続けていたか。 彼女の想いに比べれば、自分の想いなんて軽すぎて、とても勝負になんか、なりはしない。 なのに、自分の軽率な行動でどれだけ彼女を苦しめてきたか。 叶うものなら、今すぐ比呂美を強く抱きしめてやりたい。 涙に濡れている頬と唇にキスをしてやりたい。 でも、今の自分にはその資格がない。 今、彼女を抱きしめれば、彼女の苦しみと悲しみを別の誰かに転嫁するだけだ。 今の自分に精一杯の出来ること、眞一郎は繋いだ手を強く握って、そっと内側に引き寄せた。 僅かだけ二人の距離が縮まる。先ほど約束したフレーズを繰り返す。 「俺、ちゃんとする。絶対ちゃんとするから、それまで待ってて。」 比呂美は一瞬息を吸い込んで、今の言葉を噛みしめる。そして微かに息を吐いて、返事する。 「うん・・・待ってる・・・」 比呂美は、身体を少しだけ彼の方に傾かせて、微かに頷いた。 ……それから大分時間が過ぎて、二人が竹藪のトンネルを抜けていくと、暗いトンネルの先が明るく開け、その先に比呂美が引っ越すアパートが見えてきた。 藪を抜けると太陽は既に高く、傍らに所在なさげなトラックが停まっている。 「大分待たせちゃったね。」 「運転手さん、迷惑してるだろうなあ」 「俺、荷物はこぶの手伝うよ」 「え・・でも・・」 「いいんだ。俺が比呂美のこと泣かせちゃったから、運転手さん待たせちゃった訳だし」 「そうだよ!眞一郎くんは何時も私のこと泣かせているんだから、反省しろ!」 比呂美は、そうやって赤く泣き腫らした目で、明るく微笑んだ。 (了)

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