愛妻弁当パニック

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愛妻弁当パニック」(2008/03/21 (金) 00:35:25) の最新版変更点

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愛妻弁当パニック 朝4:30。比呂美の朝はいつもより早い。 理由がある。学校に持っていく弁当を作るため。今日は気合が違った。 "勝負弁当"が必要になったからだ。ある日、学校でこんなことが…  ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 「付き合いだしてから、どのくらい?」 「あっ、もうそんなになる?早いもんだねー」 「さすがにクラスも慣れてきたよねー」 「過剰なイチャイチャが減ってきたし」 「まぁ、その分、ねぇ?」 「あらイヤだ。どういうことかしら?」 「だって、ほら、家に帰れば…」 「ふ、二人きりに!!!!」 「そう!そして若い二人は…」 「イヤっ!」 「ダメっ!」 「ヤメテっ!」 「もう!やめてよぉー」 いい所まで聞いてから笑顔でツッコミを入れる比呂美に、味方はいない。 「ま、それはともかく…」 冷静な朋与は話し始めた。 「…どーなの?最近は」 「え?何が?」 「何かイベントあった?」 「イベント?」 「そう、何かしてあげた?」 「!」 「って!そっちじゃない!」 「あ、朋与まで、と思っちゃった、ごめん」 「はぁ、周りに惑わされないようにね」 「そうだね。で、何?イベントって」 「いかにも付き合い始めっていうヤツ?」 「?、わかんない」 「まあ、別にその前でもなぁ、お弁当とかはフツーかぁ。ん?」 「…」 「どしたの?」 「まだ、だった」 「何が?」 「まだ…だった…、手作り弁当…」(ゴゴゴゴゴゴゴ) 決意に燃える比呂美を見て、朋与は少し不安になった。そして的中する。  ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 毎朝のことだが、二人は仲良く手を繋いで登校する。 「んっ♪ふふふっ♪」 「あれ?上機嫌だなぁ、どうした?」 「ふんっ♪ふふっふーっ♪」 「…」 聞いていない、比呂美は全く聞いていない。何かとても楽しい想像をしてい るようで、眞一郎の声さえ耳に入っていない。鼻歌を歌いながら繋いだ手を 動かし、小躍りで歩いている。眞一郎としては比呂美が楽しそうにしている のは自分も楽しくなる、特に問い正すことなく登校した。 それが間違いだった…この時点で釘をさしておくべきだったのだ… 学校に着いてからの比呂美は少し変だった。いつもよりテンションが高く、 何をしても元気が良いので、周囲はちょっと何かイヤな予感がしていた。 お昼休み。当然のように最も早い動きを見せたのは比呂美。 「眞一郎くんっ♪お弁当っ♪食べようっ♪」 「!!!」 (((いつもと全然違う…))) クラス全員は一瞬何が起こったのかわからなかった。 比呂美はさすがに毎日お昼ごはんまでも一緒に食べない。ほとんど朋与や友 人たちと食べている。比呂美から誘うことはなかったのだ、しかも堂々と。 今までは… 「えっ!?今日は何か買って食べろって、言ってたよな?」 眞一郎はちょっと驚いた。自分の弁当が用意されていなく、そのように比呂 美から言われていたのだ。 「ん?あるよぉ♪お・べ・ん・と・うっ♪」 変なテンションの比呂美が大きい包みを示している、満面の笑顔。 「いや、でも…ここで?」 席に近づいてから確認してみる、外は雪が積もっているので、皆教室で食べ ているから、ここで一緒に、ということらしい。 「そぉだよぉ♪はいっ♪ここに座ってっ♪座ってーっ♪」 比呂美のテンションについては、これ以降特に述べません。あえて例えるな ら、キャピキャピしています、かなりの上機嫌を3倍増しで。眞一郎はクラ ス全員の注目浴びながら、大人しく"比呂美の横"に座る。椅子は殆どくっつ いていた。 比呂美は気にしていない。というより、眞一郎しか見えていない… 「はーいっ♪じゃ~~ん♪」 肩を少しすくめ、両手を広げて机の上のお弁当を見せる比呂美。すごい量だ。 軽く3人分はある。 (((愛妻弁当かよ!しかもっ!クラス全員の前で!))) 皆は心の中で叫ぶしかなかった。とても注意できる状態ではない。 「え!こんなに!?」 「うんっ♪たぁくっさん♪食べてねぇ♪」 「でも…、これ…、すごい量だよ」 「イヤなのぉ…?」 比呂美はしゅ~んとして、右手の人差し指を口にもっていき、ちょっと悲し そうな上目遣い、頬を染め、大きな瞳は瞬きを繰り返す。 「あ、いや、そんなことではなくて…」 「ほんとっ?♪じゃ~あ♪食べよ~♪」 元の変なテンションに復帰する。 「…」 「あれぇ~?♪お箸が一組しか入ってなぁ~い♪」 「…」 「ど~うしよ~う♪」 「…」 眞一郎もさすがに不安を感じる、キャピキャピ・モード3倍の比呂美に… 「ど~う♪しよ~う♪かなぁ♪」 (君は…こんなにキャピキャピしてた?…) 「こまっ♪ちゃっ♪たなぁ~♪」 「…」 すごく楽しそうに困られてもどうにも反応できない、ちょっと踊ってるし。 「ねぇっ♪ねぇっ♪しんいちろうくんっ♪」 (君は…僕の知っている君じゃない…) 「しんいちろうくんっ♪ってばぁ♪」 袖をくいくい引っ張られる。仕方が無いのでそっちを見る。 「ごめんねぇ?♪しんいちろうくんっ♪おはしがいっこしかないのぉ~♪」 「!」 顔を覗き込まれて、その笑顔に驚いた。にこぱっ☆である。 (ぜ、全然、困ってない。というか何でそんなにうれしいんだよ…) 「あのねっ♪あのねっ♪じゃ~あ~♪いっしょにっ~♪たべよっ?♪」 (一緒?) 状況を飲み込めない、誰も比呂美を止めるものはいない、絶賛暴走中。 「あ…あの…えとっ…」 一変して、今度は控えめモードでいじらしい仕草。 「あ………あ……あ…あ~~~~ん☆」 (マジで!?) この時の状態を詳細に記します、なるべく正確に。     比呂美は眞一郎の右側、     膝をきちんとそろえ、     左手を胸の真ん中に持っていき、     右手で箸を使って眞一郎へおかずを差し出し、     しかし、恥ずかしいのか顔は眞一郎から背け、     きゅっと目を瞑り、     ぷるぷる、とおかずが宙で震えている。 以下、この状態を"あ~ん"と記述します。 「あ…あ~~~ん☆」 (やるの!?) クラス全員の視線なんて、比呂美にはわからない。"あ~ん"に全ての注意が いってしまっているようだ。 「あ~~ん☆」 (本当にやるのか!?) ちらっと、周囲に視線を配ってみる眞一郎。全員が「食ってやれ!」と目で 叫んでいる。 (マジでっ!?今!?ここで!?家でもやったことないんだぞっ!) 完全に守備モードの眞一郎、しかし、味方は一人もいない… 「あ~ん☆」 (あ、ちょっと不機嫌だ…、いくしかないのか…、おれ…おれ…) がんばれ、眞一郎! ぱくっ。心が折れた瞬間。 「!」 おかずが食べられたことを悟り、にこぱっ☆は目を見開いた。 「んぐんぐ」 咀嚼していると、にこぱっ☆は振り返り顔を覗き込んでくる。 「どおっ♪どおっ♪どおっ♪どおっ♪おいし?♪」 一言一言発音する度に、にこぱっ☆は小躍りして上下している。 「う…うん、おいしい…」 「ほんとっ?♪ほんとっ?♪やった~あ♪よしっ♪」 にこぱっ☆が小さく可愛いガッツポーズをする。 (も、もう、いいよな?) ほっとした眞一郎にコンボが炸裂する。 「あ…あ~~~ん☆」 (また!?) にこぱっ☆は、また"あ~ん"している。 ここで、もう一度眞一郎はクラスの確認を取る。「勝手にしろ!」なそうな ので、諦めるしかない。 ぱくっ。心が砕けた瞬間。 「!」 にこぱっ☆は振り向く。 「んぐんぐ」 今度は、にこぱっ☆が顔を覗き込んで咀嚼を見つめる。 「お~い~し~ね~?♪」 眞一郎がうまそうに食べるのを見て、にこぱっ☆は上機嫌。 「こっ♪んっ♪どっ♪はっ♪どっ♪れっ♪かっ♪な~っ?♪」 にこぱっ☆は次に食べさせるおかずをうきうきと探している様子。眞一郎は このチャンスを生かすことにした。 「比呂美も食べたら?」 にこぱっ☆がうれしそうに振り向いた。 「ええっ?♪しんいちろうくんが♪たべさせてくれるの?♪」 「は?」 「たべさせてくれるんでしょ?♪」 「た、食べさせる?」 「うんっ♪しんいちろうくんが♪わたしに♪」 「…」 にこぱっ☆は予想外の提案をしてくる。そして、眞一郎の逡巡を突く。 「はいっ♪」 にこぱっ☆は両手で箸を持ち、可愛いポーズで差し出してくる。 「はいっ♪」 眞一郎は怖くなったので、視線でクラスに確認を取る。「やれるもんなら、 ヤッテミロ!」だそうだ。これはいくらなんでも… 「はいっ♪」 にこぱっ☆は全然諦めない。 箸を受け取る。大切な何かが失われた瞬間。 「わぁ~いっ♪」 にこぱっ☆は小躍りで、わくわくしているようだ。眞一郎はがっくり。 「た♪べ♪さ♪せ♪て♪あ~ん♪」 眞一郎がおかずを取った時、にこぱっ☆は待ち構えていたように口をあける。 その姿勢はこうだった。     比呂美は眞一郎の右側、     眞一郎の方を向いたので膝がぶつかり、     腿はほとんど密着、     膝をきちんとそろえ、     その上に両手をきゅっと握って置き、     背筋を伸ばして、     ちょっとあごを突き出し、     口をあけ、     目を瞑って待っている。 にこぱっ☆は、どきどき♪わくわく♪と聞こえてきそうな体の動き。 眞一郎には選択肢がない。クラスに確認することも不可能。退路はない。 誰も彼を助けない。誰も… そっと、にこぱっ☆口の中におかずを入れる。にこぱっ☆が咀嚼し、 「ん~ん♪しんいちろうくんがたべさせてくれると♪おいし~い♪」 両手を赤く染めた頬に添えて、にこぱっ☆はご満悦である。 眞一郎としても幸福な時間のはず…        「「「「いいかげんにしろっ!」」」」 その時、クラス全員が、教室が吼えた。 「こんどはっ?♪あ~ん♪するっ?♪そ・れ・と・も♪…」 にこぱっ☆には聞こえていない。そう、にこぱっ☆には眞一郎とお弁当しか 目に入っていない。声も眞一郎の声しか聞こえない。楽しそうに次のことを 考えながら、眞一郎とお弁当を見比べている。完全に壊れている比呂美。 眞一郎はそうはいかなかった。箸を受け取った瞬間から、怒気を全身に感じ、 冷や汗を全身から吹き出していた。にこぱっ☆のようにはいかないのだ。 そう、にこぱっ☆が楽しそうにしている間、眞一郎から色んなものが失われ ている間、クラスメイト達は一口も食べていないのだ。空腹の上にイチャイ チャなんて表現では済まされない二人を見せ付けられ、怒り?何?それ?ぐ らいの感情が渦巻いていたのだ。しかも、20分間。 健康な高校生が長時間昼食を妨げられ、イチャイチャを見せられ、もうどう にもならないくらい、どうにもならないのだ。もう一度咆哮があがる。        「「「「いいかげんにしろっ!」」」」 (そうだよな、そうだよ、おれだって…) 眞一郎は天を仰ぎ、感慨にふける。涙が出そうだった。 「こんどはっ?♪あ~ん♪するっ?♪そ・れ・と・も♪…」 にこぱっ☆は繰り返している。まるで眞一郎を追い詰めるかのように… その後の惨劇を簡単に述べたいと思う。 女子全員に囲まれ「しんいちろうく~ん♪」と手を伸ばそうとするのを押さ えつけられた比呂美は、にこぱっ☆モードから徐々に復帰していった。 叱られ、説教されるが、「あ…あ~ん、って」と「あ…あ~ん、って」と、 うわ言のように呟いていた。 眞一郎は「遺書は書いたのか?」との問いに「別に生命保険とか入ってない」 と微妙に訳のわからない返答をした後、格闘技系絵本のためのアイデアを男 子全員からもらっていた。一通り終わった後、放り投げられた眞一郎は床に 落ちた、「ふぁさ」という音がした。  ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 下校時。 二人は手を繋いで歩いている。眞一郎は聞かずにいられない。 「どうしたんだよ?今日のお昼さ」 「あ、あのね…」 すっかり比呂美は元気を失くしていた。 「うん」 「お弁当食べたかったの…」 「そりゃ、わかるけど、あれは、なぁ」 「したかったの…」 「でもさー」 「あーん、って、したかったの…」 「あのねぇ」 「あーん、ってね、ってね?、したかったの…」 あまりに元気がないので、眞一郎は心配になって言ってしまった。 「学校ではもうダメだぞ」 これは失言といえよう。 「じゃあ!家ならいいの?」 すっかり元気になって比呂美は笑顔で聞いてくる。 「えっ!?」 「家ならいいんでしょ?」 「あ…いや、そういうこと…」 「いいんでしょ?♪」 比呂美の笑顔に眞一郎は屈服した。 「あ…ああ」 「やったね♪」 せめて親のいない時にしてくれ、にこぱっ☆モードは、と願う眞一郎だった。  ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 比呂美には"愛妻弁当禁止令"が発せられ、お昼を眞一郎と一緒にすることすら クラス全員の許可が必要になった。 次の日に性懲りも無く一緒しようとすると「ガーッ!」と全員に吼えられて、 しゅ~ん、としていた。 眞一郎には特別な罰は与えられなかった。彼もまた被害者であることは、皆が 承知していたのだ… END -あとがき- すみません、とうとう比呂美が壊れてしまいました。あーん、を想像してハ イになってしまい、彼女は我を忘れてしまったようです。 お察しの通り、4話冒頭の眞一郎のセリフが使われています。あの時の比呂 美は辛いウソをついていましたので、眞一郎に同じセリフを言わせてあげた かったのです。今度は、幸せモード絶好調の比呂美で。 最後に、読んで下さってありがとうございました。
愛妻弁当パニック 朝4:30。比呂美の朝はいつもより早い。 理由がある。学校に持っていく弁当を作るため。今日は気合が違った。 "勝負弁当"が必要になったからだ。ある日、学校でこんなことが…  ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 「付き合いだしてから、どのくらい?」 「あっ、もうそんなになる?早いもんだねー」 「さすがにクラスも慣れてきたよねー」 「過剰なイチャイチャが減ってきたし」 「まぁ、その分、ねぇ?」 「あらイヤだ。どういうことかしら?」 「だって、ほら、家に帰れば…」 「ふ、二人きりに!!!!」 「そう!そして若い二人は…」 「イヤっ!」 「ダメっ!」 「ヤメテっ!」 「もう!やめてよぉー」 いい所まで聞いてから笑顔でツッコミを入れる比呂美に、味方はいない。 「ま、それはともかく…」 冷静な朋与は話し始めた。 「…どーなの?最近は」 「え?何が?」 「何かイベントあった?」 「イベント?」 「そう、何かしてあげた?」 「!」 「って!そっちじゃない!」 「あ、朋与まで、と思っちゃった、ごめん」 「はぁ、周りに惑わされないようにね」 「そうだね。で、何?イベントって」 「いかにも付き合い始めっていうヤツ?」 「?、わかんない」 「まあ、別にその前でもなぁ、お弁当とかはフツーかぁ。ん?」 「…」 「どしたの?」 「まだ、だった」 「何が?」 「まだ…だった…、手作り弁当…」(ゴゴゴゴゴゴゴ) 決意に燃える比呂美を見て、朋与は少し不安になった。そして的中する。  ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 毎朝のことだが、二人は仲良く手を繋いで登校する。 「んっ♪ふふふっ♪」 「あれ?上機嫌だなぁ、どうした?」 「ふんっ♪ふふっふーっ♪」 「…」 聞いていない、比呂美は全く聞いていない。何かとても楽しい想像をしてい るようで、眞一郎の声さえ耳に入っていない。鼻歌を歌いながら繋いだ手を 動かし、小躍りで歩いている。眞一郎としては比呂美が楽しそうにしている のは自分も楽しくなる、特に問い正すことなく登校した。 それが間違いだった…この時点で釘をさしておくべきだったのだ… 学校に着いてからの比呂美は少し変だった。いつもよりテンションが高く、 何をしても元気が良いので、周囲はちょっと何かイヤな予感がしていた。 お昼休み。当然のように最も早い動きを見せたのは比呂美。 「眞一郎くんっ♪お弁当っ♪食べようっ♪」 「!!!」 ( ( (いつもと全然違う…) ) ) クラス全員は一瞬何が起こったのかわからなかった。 比呂美はさすがに毎日お昼ごはんまでも一緒に食べない。ほとんど朋与や友 人たちと食べている。比呂美から誘うことはなかったのだ、しかも堂々と。 今までは… 「えっ!?今日は何か買って食べろって、言ってたよな?」 眞一郎はちょっと驚いた。自分の弁当が用意されていなく、そのように比呂 美から言われていたのだ。 「ん?あるよぉ♪お・べ・ん・と・うっ♪」 変なテンションの比呂美が大きい包みを示している、満面の笑顔。 「いや、でも…ここで?」 席に近づいてから確認してみる、外は雪が積もっているので、皆教室で食べ ているから、ここで一緒に、ということらしい。 「そぉだよぉ♪はいっ♪ここに座ってっ♪座ってーっ♪」 比呂美のテンションについては、これ以降特に述べません。あえて例えるな ら、キャピキャピしています、かなりの上機嫌を3倍増しで。眞一郎はクラ ス全員の注目浴びながら、大人しく"比呂美の横"に座る。椅子は殆どくっつ いていた。 比呂美は気にしていない。というより、眞一郎しか見えていない… 「はーいっ♪じゃ~~ん♪」 肩を少しすくめ、両手を広げて机の上のお弁当を見せる比呂美。すごい量だ。 軽く3人分はある。 ( ( (愛妻弁当かよ!しかもっ!クラス全員の前で!) ) ) 皆は心の中で叫ぶしかなかった。とても注意できる状態ではない。 「え!こんなに!?」 「うんっ♪たぁくっさん♪食べてねぇ♪」 「でも…、これ…、すごい量だよ」 「イヤなのぉ…?」 比呂美はしゅ~んとして、右手の人差し指を口にもっていき、ちょっと悲し そうな上目遣い、頬を染め、大きな瞳は瞬きを繰り返す。 「あ、いや、そんなことではなくて…」 「ほんとっ?♪じゃ~あ♪食べよ~♪」 元の変なテンションに復帰する。 「…」 「あれぇ~?♪お箸が一組しか入ってなぁ~い♪」 「…」 「ど~うしよ~う♪」 「…」 眞一郎もさすがに不安を感じる、キャピキャピ・モード3倍の比呂美に… 「ど~う♪しよ~う♪かなぁ♪」 (君は…こんなにキャピキャピしてた?…) 「こまっ♪ちゃっ♪たなぁ~♪」 「…」 すごく楽しそうに困られてもどうにも反応できない、ちょっと踊ってるし。 「ねぇっ♪ねぇっ♪しんいちろうくんっ♪」 (君は…僕の知っている君じゃない…) 「しんいちろうくんっ♪ってばぁ♪」 袖をくいくい引っ張られる。仕方が無いのでそっちを見る。 「ごめんねぇ?♪しんいちろうくんっ♪おはしがいっこしかないのぉ~♪」 「!」 顔を覗き込まれて、その笑顔に驚いた。にこぱっ☆である。 (ぜ、全然、困ってない。というか何でそんなにうれしいんだよ…) 「あのねっ♪あのねっ♪じゃ~あ~♪いっしょにっ~♪たべよっ?♪」 (一緒?) 状況を飲み込めない、誰も比呂美を止めるものはいない、絶賛暴走中。 「あ…あの…えとっ…」 一変して、今度は控えめモードでいじらしい仕草。 「あ………あ……あ…あ~~~~ん☆」 (マジで!?) この時の状態を詳細に記します、なるべく正確に。     比呂美は眞一郎の右側、     膝をきちんとそろえ、     左手を胸の真ん中に持っていき、     右手で箸を使って眞一郎へおかずを差し出し、     しかし、恥ずかしいのか顔は眞一郎から背け、     きゅっと目を瞑り、     ぷるぷる、とおかずが宙で震えている。 以下、この状態を"あ~ん"と記述します。 「あ…あ~~~ん☆」 (やるの!?) クラス全員の視線なんて、比呂美にはわからない。"あ~ん"に全ての注意が いってしまっているようだ。 「あ~~ん☆」 (本当にやるのか!?) ちらっと、周囲に視線を配ってみる眞一郎。全員が「食ってやれ!」と目で 叫んでいる。 (マジでっ!?今!?ここで!?家でもやったことないんだぞっ!) 完全に守備モードの眞一郎、しかし、味方は一人もいない… 「あ~ん☆」 (あ、ちょっと不機嫌だ…、いくしかないのか…、おれ…おれ…) がんばれ、眞一郎! ぱくっ。心が折れた瞬間。 「!」 おかずが食べられたことを悟り、にこぱっ☆は目を見開いた。 「んぐんぐ」 咀嚼していると、にこぱっ☆は振り返り顔を覗き込んでくる。 「どおっ♪どおっ♪どおっ♪どおっ♪おいし?♪」 一言一言発音する度に、にこぱっ☆は小躍りして上下している。 「う…うん、おいしい…」 「ほんとっ?♪ほんとっ?♪やった~あ♪よしっ♪」 にこぱっ☆が小さく可愛いガッツポーズをする。 (も、もう、いいよな?) ほっとした眞一郎にコンボが炸裂する。 「あ…あ~~~ん☆」 (また!?) にこぱっ☆は、また"あ~ん"している。 ここで、もう一度眞一郎はクラスの確認を取る。「勝手にしろ!」なそうな ので、諦めるしかない。 ぱくっ。心が砕けた瞬間。 「!」 にこぱっ☆は振り向く。 「んぐんぐ」 今度は、にこぱっ☆が顔を覗き込んで咀嚼を見つめる。 「お~い~し~ね~?♪」 眞一郎がうまそうに食べるのを見て、にこぱっ☆は上機嫌。 「こっ♪んっ♪どっ♪はっ♪どっ♪れっ♪かっ♪な~っ?♪」 にこぱっ☆は次に食べさせるおかずをうきうきと探している様子。眞一郎は このチャンスを生かすことにした。 「比呂美も食べたら?」 にこぱっ☆がうれしそうに振り向いた。 「ええっ?♪しんいちろうくんが♪たべさせてくれるの?♪」 「は?」 「たべさせてくれるんでしょ?♪」 「た、食べさせる?」 「うんっ♪しんいちろうくんが♪わたしに♪」 「…」 にこぱっ☆は予想外の提案をしてくる。そして、眞一郎の逡巡を突く。 「はいっ♪」 にこぱっ☆は両手で箸を持ち、可愛いポーズで差し出してくる。 「はいっ♪」 眞一郎は怖くなったので、視線でクラスに確認を取る。「やれるもんなら、 ヤッテミロ!」だそうだ。これはいくらなんでも… 「はいっ♪」 にこぱっ☆は全然諦めない。 箸を受け取る。大切な何かが失われた瞬間。 「わぁ~いっ♪」 にこぱっ☆は小躍りで、わくわくしているようだ。眞一郎はがっくり。 「た♪べ♪さ♪せ♪て♪あ~ん♪」 眞一郎がおかずを取った時、にこぱっ☆は待ち構えていたように口をあける。 その姿勢はこうだった。     比呂美は眞一郎の右側、     眞一郎の方を向いたので膝がぶつかり、     腿はほとんど密着、     膝をきちんとそろえ、     その上に両手をきゅっと握って置き、     背筋を伸ばして、     ちょっとあごを突き出し、     口をあけ、     目を瞑って待っている。 にこぱっ☆は、どきどき♪わくわく♪と聞こえてきそうな体の動き。 眞一郎には選択肢がない。クラスに確認することも不可能。退路はない。 誰も彼を助けない。誰も… そっと、にこぱっ☆口の中におかずを入れる。にこぱっ☆が咀嚼し、 「ん~ん♪しんいちろうくんがたべさせてくれると♪おいし~い♪」 両手を赤く染めた頬に添えて、にこぱっ☆はご満悦である。 眞一郎としても幸福な時間のはず…        「「「「いいかげんにしろっ!」」」」 その時、クラス全員が、教室が吼えた。 「こんどはっ?♪あ~ん♪するっ?♪そ・れ・と・も♪…」 にこぱっ☆には聞こえていない。そう、にこぱっ☆には眞一郎とお弁当しか 目に入っていない。声も眞一郎の声しか聞こえない。楽しそうに次のことを 考えながら、眞一郎とお弁当を見比べている。完全に壊れている比呂美。 眞一郎はそうはいかなかった。箸を受け取った瞬間から、怒気を全身に感じ、 冷や汗を全身から吹き出していた。にこぱっ☆のようにはいかないのだ。 そう、にこぱっ☆が楽しそうにしている間、眞一郎から色んなものが失われ ている間、クラスメイト達は一口も食べていないのだ。空腹の上にイチャイ チャなんて表現では済まされない二人を見せ付けられ、怒り?何?それ?ぐ らいの感情が渦巻いていたのだ。しかも、20分間。 健康な高校生が長時間昼食を妨げられ、イチャイチャを見せられ、もうどう にもならないくらい、どうにもならないのだ。もう一度咆哮があがる。        「「「「いいかげんにしろっ!」」」」 (そうだよな、そうだよ、おれだって…) 眞一郎は天を仰ぎ、感慨にふける。涙が出そうだった。 「こんどはっ?♪あ~ん♪するっ?♪そ・れ・と・も♪…」 にこぱっ☆は繰り返している。まるで眞一郎を追い詰めるかのように… その後の惨劇を簡単に述べたいと思う。 女子全員に囲まれ「しんいちろうく~ん♪」と手を伸ばそうとするのを押さ えつけられた比呂美は、にこぱっ☆モードから徐々に復帰していった。 叱られ、説教されるが、「あ…あ~ん、って」と「あ…あ~ん、って」と、 うわ言のように呟いていた。 眞一郎は「遺書は書いたのか?」との問いに「別に生命保険とか入ってない」 と微妙に訳のわからない返答をした後、格闘技系絵本のためのアイデアを男 子全員からもらっていた。一通り終わった後、放り投げられた眞一郎は床に 落ちた、「ふぁさ」という音がした。  ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 下校時。 二人は手を繋いで歩いている。眞一郎は聞かずにいられない。 「どうしたんだよ?今日のお昼さ」 「あ、あのね…」 すっかり比呂美は元気を失くしていた。 「うん」 「お弁当食べたかったの…」 「そりゃ、わかるけど、あれは、なぁ」 「したかったの…」 「でもさー」 「あーん、って、したかったの…」 「あのねぇ」 「あーん、ってね、ってね?、したかったの…」 あまりに元気がないので、眞一郎は心配になって言ってしまった。 「学校ではもうダメだぞ」 これは失言といえよう。 「じゃあ!家ならいいの?」 すっかり元気になって比呂美は笑顔で聞いてくる。 「えっ!?」 「家ならいいんでしょ?」 「あ…いや、そういうこと…」 「いいんでしょ?♪」 比呂美の笑顔に眞一郎は屈服した。 「あ…ああ」 「やったね♪」 せめて親のいない時にしてくれ、にこぱっ☆モードは、と願う眞一郎だった。  ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 比呂美には"愛妻弁当禁止令"が発せられ、お昼を眞一郎と一緒にすることすら クラス全員の許可が必要になった。 次の日に性懲りも無く一緒しようとすると「ガーッ!」と全員に吼えられて、 しゅ~ん、としていた。 眞一郎には特別な罰は与えられなかった。彼もまた被害者であることは、皆が 承知していたのだ… END -あとがき- すみません、とうとう比呂美が壊れてしまいました。あーん、を想像してハ イになってしまい、彼女は我を忘れてしまったようです。 お察しの通り、4話冒頭の眞一郎のセリフが使われています。あの時の比呂 美は辛いウソをついていましたので、眞一郎に同じセリフを言わせてあげた かったのです。今度は、幸せモード絶好調の比呂美で。 最後に、読んで下さってありがとうございました。

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