「今日は悪かったわね。お休みだったのに」「いえ、特別することもありませんでしたから」 日曜日である。理恵子と比呂美はショッピングモールを歩いていた。 理恵子は先代からの付き合いのある料亭に所用があり、それに比呂美を同行させた。今はその帰りである。 比呂美を同行させたのはいくつかの付け届けの品を持ってもらうためだが、第一の目的は勿論比呂美を紹介するためである。仲上家の娘として、そしてほぼ確実に将来的な嫁として、覚えをめでたくしておくのは早いに越した事はない。 今は帰り道、隣街のショッピングモールに立ち寄っている処だった。「あの・・・何か買って帰られるんですか?」「とりあえず夕食のおかずは買っていきましょうか。比呂美ちゃんも今日は家で食べていくといいわ」「はい、ありがとうございます」 知らない者が二人を見たらどう見えるだろうか。親子でない事はお互いの言葉使いから気付くだろう。鋭敏な者なら2人の間の「壁」のような物も感じ取るかもしれない。 だからと言って嫁と姑にはどちらも若すぎる。なんとも奇妙な取り合わせの二人ではあった その内、理恵子はある店に目を止めた。「比呂美ちゃん、あそこに入りましょうか」 ブティックである。「あ・・・・でも私、今日あまり持ち合わせてないので・・・・」「私が買ってあげるわ。――いえ、私に払わせて欲しいの」「で、でも――」 理恵子は既にブティックに向かっている。比呂美も後に続いた 店内で比呂美が服を選ぶのを、理恵子は眺めるともなく眺めていた。 母親に似てきた、と思う。 以前は――それが自分のせいであることは自覚している――人の目を怖れるように、自信無げな、それでいて少し張り詰めた雰囲気を漂わせていたが、今ではそれが取れ、伸びやかで柔らかな雰囲気が増している。同時に女としての色香も増していた。(眞ちゃんにはこれくらいでないと) 無自覚に息子を過大評価しながら、比呂美の魅力を認めた。比呂美は町で見かける同世代の誰と比べても魅力的な少女だった。 にもかかわらず、比呂美はファッションに興味が薄いようだった。 愛子とは言わないが、もう少しお洒落というものをしてもいいのではないか。実は今日は初めから帰りにここに寄るつもりであった。「これは今年の新色でございます。お嬢様にはお似合いかと思います」 二人からは何が去年までと違うのかよくわからないピンクの服を勧めながら、店員が理恵子に向けて愛想笑いを浮かべた。シンプルなワンピースで、大人向けのデザインにも思えるが、比呂美には似合いそうだ。「試着はさせてもらえるのかしら?」「はい、ご案内いたします」 試着室に入った比呂美が着替えている間、理恵子は別のことを考えていた。(でも、少し大人びすぎてるかしらね) 時折比呂美の家で夕食を食べてくる眞一郎の身体から、ほのかに石鹸の匂いが漂ってくる事に、理恵子は気がついていた。今日の比呂美からも、同じ匂いがしている。今更そのことを問い質すつもりはないが、親として最低限の注意はしておきたいところだ。と言ってどう言えばいいのか。どちらに対しても、まさか面と向かって「避妊だけは忘れずに」など言えるはずないではないか。 そんなことを考えていると、カーテンが開いた。「あの・・・・どうでしょうか?」「いいわね。とてもよく似合ってるわよ」「本当に。まるであつらえたようにサイズもぴったりで」 掛け値なしに似合っていた。店員の言う通り丈もウェストもぴったりとフィットし、直しの必要が無いように見える。生地もよく見ると光線の具合で濃淡が変化し、身体ののカーブをより際立たせた。「どうするの?他にも着てみる?」「いえ、これにします。これ下さい」「かしこまりました」 会計を終え、店を出ると、比呂美がおずおずと礼を言ってきた。「あの、ありがとうございます」「お礼を言われるようなことではないわ。また別の機会にも買いに来ましょう」「そんな、そこまで――」「いいのよ。私がそうしたいのだから。後はおかずを買わなくてはね」 そう言って理恵子は歩き出す。比呂美もそれ以上は言わず、理恵子の後を付いていった。「おい、眞一郎」「うん?」 新聞から目を離さず、息子の名前を呼んだひろしに、眞一郎は振り返った。「その、なんだ・・・・・あー、男として、・・・・比呂美に最低限の気遣いはしておけよ」 眞一郎は耳まで赤くなって絶句した。 了
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