第十二話の妄想 前編


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 true tears  SS第十六弾 第十二話の妄想 前編

「きれいよ、あなたの涙」「何も見てない私の瞳から…」
「キスしてもいいか?」 

 第十二話の予告と映像を踏まえたささやかな登場人物たちの遣り取りです。
 妄想重視なので、まったく正誤は気にしておりませんが、
本編と一致する場合もあるかもしれません。
 本編に出て来た伏線を回収してみたいなと思います。
 石動純は登場しますが、乃絵にキス発言をします。
 明るい展開を心掛けているので、良識のある登場人物ばかりになりました。
 最後に今回の絵本である『雷轟丸と地べたの物語』の解釈を記述しておきました。



 眞一郎は乃絵を見つける。
 いつも『雷轟丸と地べたの物語』という絵本を読んでもらっている岬であり、
乃絵に別れの言葉のようなものがあった場所だ。
『あなたが飛ぶところはここじゃない』
 眞一郎は乃絵に近づく。
「乃絵」
 眞一郎の声に振り返ってくれる。
 懐には地べたがいて、首を動かしている。
「絵本を読んで欲しい。
 一応は完成したから」
 眞一郎はスケッチブックを両手で手渡す。
 乃絵は受け取って、声を出して読む。
「次の日は雨でした。
 横で地べたが羽をバタバタと羽ばたかせていましたが、
 雷轟丸は悠然としていました。
 何と十メートルの丘の上に朝日を背に向けた地べたのシルエットが、
 すくっと立っているではありませんか。
 鶏としての最初の飛翔、その失敗による最初の栄光は地べたのものでした。
 雷轟丸はただ臆病な鶏たちの中のただの一羽に過ぎませんでした。
 おわり」
 乃絵は深く刻むように両目を閉じている。
「これが眞一郎の答えなのね」
 神妙な顔で見つめてくる。
「まだ決まっていないが、今の俺にはここまでしか書けない」
「そう。ようやく絵本が現在に追いついたのかもしれないわ」
 絵本を地面に降ろしてから、乃絵は海の方を向いて地べたを掲げる。
「地べた、飛んで見せて、眞一郎に新しい展開を浮かばせるために」
 乃絵は天空に向けて生贄を捧げるようだ。
 眞一郎はその姿にいたたまれなくなり、乃絵にしがみ付く。
「そこまでしなくていいんだ。乃絵を追い詰めたのは俺のせいだ」
 夢中で乃絵を抑えようとする。
 眞一郎は乃絵がここまで悩み苦しんでいるとは思っていなかった。
 乃絵と会わないでいられないことがわかっているからこそ絵本を完成させようとしていた。
 全部ちゃんとするからと、比呂美に誓ってからでもだ。
 乃絵は振り返って、地べたを降ろしてから眞一郎に言う。
「きれいよ、あなたの涙」
 乃絵は小瓶を出してから、眞一郎の右目の涙を右の人差し指で拭う。
「大切な人とは俺のことなのか……?」
 乃絵に何もしてあげられていない自分が選ばれるとは思っていなかった。
「そうね。でも泣けないわ、私」
 まだ不満げな眼差しをしている。
「どうすれば泣けるようになるのだろうな」
 泣けなくなった天使にすがってみた。
 眞一郎の絵本から出てきたような乃絵に救いを求めた。
「何も見ていない私の瞳から…」
 乃絵は心の底から震える声を発した。
 通常の会話では用いられないような詩的な表現だ。
 何も見ていないとは、いつもは何かを見ていた。
 眞一郎と付き合っているので、見ていたのは眞一郎。
 それなのに見ようとしないならば……。
 もしかして見たくはないものかもしれない。
 乃絵が目を逸らしたくなるものといえば……。
「比呂美……」
 眞一郎はふと洩らしてみた。
「雷轟丸は眞一郎で、地べたは湯浅比呂美。
 私は地べたになろうとしていたわ。
 温めてあげたり餌をあげたりしてね。
 そうすることで眞一郎の心の中に入って、絵本の中の地べたが私になるかもと思って」
 乃絵の独白は淡々としていて、いつもの絵本を読んでいるようだった。
「俺は比呂美のことを描いていたのか?」
 眞一郎は絵本をめくってみる。
 ざっと目を通しただけでも、乃絵の解釈が一致することがわかった。
「私はふたりのことを詳しく知らないわ。
 でも地べたが飛翔したがっているのはわかる。
 友達のいない私でも、湯浅比呂美が仲上家を出て一人暮らしをしていることをね。
 雷轟丸はまだ飛ぶのを諦めてしまってる」
 神託を与えるように澄んでいて、眞一郎の身体を覆ってくれている。
「そんな絵本を乃絵に見せていた……」
 眞一郎は暗い話ばかりを描いていたので、いつか明るいものを描きたかった。
 二羽の鶏ならば明るく導いてくれるかもしれないと想いを込めていた。
 もう一冊の絵本でも乃絵の発言の影響を受けてはいるが、
「雪の海」という比呂美の言葉から新展開をされつつある。
「楽しい日々だったわ。私と親しくしてくれたのは眞一郎だけだったから。
 さっきまで飛ぼうと考えていたけど、やめるわ」
 乃絵は地べたを捕まえて懐に戻した。
 乃絵の飛ぶという意味を訊こうとは思ったがやめた。
 不吉な予感が脳裏をかすめたからだ。
「俺のすべきことがわかった」
 乃絵のところではなく、比呂美のところへ飛んで行きたい。
「帰りましょう。地べたを戻してあげないと。
 迷惑を掛けてごめんなさい」
 乃絵は深々と頭を下げた。
「俺が乃絵を放っていたから」
 乃絵の態度が意外ではあった。
 何かいつもと雰囲気が異なっていて、大人になったようだ。
 無邪気な笑みが無くなったようで寂しくはある。
「少し泣けそうな気がしてきたわ」
 宙を見つめる目に涙は浮かんでいない。

                    *

 乃絵は地べたを侘びながら鶏小屋に戻した。
 眞一郎と石動家に向っている。
「明日は祭りだ。乃絵も来てくれよな」
 眞一郎は急に話題を振ってきた。
「行ってもいいの?」
 もう別れたようなものなのに誘ってくれている。
 比呂美のところに行ってから、戻って来ることはなさそうだと覚悟していた。
「せっかく今まで麦端踊りを練習してきたんだ。
 乃絵にも見てもらいたい」
 すがすがしくて吹っ切れたような笑顔。
 あれだけうまく踊れていたのだから自信があるのだろう。
「行くよ、絶対に」
 落ち込んでいた気持ちが薄らいでゆく。
 家の前では純がいて待っているようだ。
 先に眞一郎の携帯電話で乃絵が連絡しておいたからだ。
「すまない。乃絵がお世話になった」
 深々と丁重に頭を下げていた。
「俺にも責任があるから」
「私がすべて悪いの」
 乃絵はふたりの罪をなくしてあげたかった。
 湯浅比呂美の真似をするかのように逃げ出してしまった。
 そうすれば何かが変わるような気がしていた。
 だが手ごたえはなく、地べたである比呂美のように飛翔しても墜落するだけだった。
「乃絵、何かいつもと違う気がする」
「そんなことはないよ」
「俺も変わったと思う。乃絵はだんだんと会うたびに違ってた」
 純だけでなく眞一郎まで変化を評価していた。
 乃絵自身にはよくわからないが、否定をしようとはしなかった。
「湯浅比呂美に別れを告げられている。後はそちらで好きにすればいい」
 純の突然の告白に、眞一郎は口を開けてしまった。
「交流戦でコートに入って悪質なファールを比呂美にしていた蛍川の選手を、
叱っていたのは比呂美のためではなかったのかよ」
 眞一郎が比呂美に訊こうとしていて、眞一郎の部屋の前ですれ違ってしまった。
「あいつのためでもあるが、振られたのはその後だ。
 ああいうプレイは根っから嫌いでね、麦端との関係を悪くする」
 純は口元を歪めていたのはプレイ内容に対してのようだ。
 比呂美に振られた悔しさがあまり感じられない。
「そろそろ帰る。比呂美には俺が連絡する」
 眞一郎が背を向けて去って行くのを、見えなくなるまでふたりは佇む。
「乃絵は抱き付いて来なくなったな」
 純は素朴な感想を洩らした。
「そうね」
 あのバイク事故のときは、抱擁していた。
 近くでは眞一郎と比呂美とがだ。
「キスしてもいいか?」
 純の言葉は冗談のように軽い
「やめておくわ」
 昔ならしていたかもしれないが、今になってしようとは思えない。
「そうだよな……」
 純は家の中に入って行く。
 乃絵はその姿を目で追う。

                   *

 まだ眞一郎は比呂美に連絡をしていない。
 どうすればいいか悩んでいる。
 乃絵の家出を携帯で知らせてくれたときの比呂美の声は、霞んでいるようだった。
 寝起きではなく、儚げで消えてゆきそうな雰囲気があった。
 乃絵のほうが生気に満ちていたように思える。
 いつもの笑顔になるような対処を考えねばならない。
 眞一郎は仲上家の門をくぐる。
 自転車置き場に向かい、ニット帽とマフラーをはずす。
 右手で運転して、左手には『雷轟丸と地べたの物語』のスケッチブックを抱える。
 不安定ではあるが、籠がない自転車では仕方がない。
 このまま比呂美のアパートに行こう。
 仲上家を出ると、長い坂がある。
 速度を出さずにいるが、身体は上下してしまう。
 立ち漕ぎはせずに、座っていてもだ。
 スケッチブックを落としたくないし、比呂美を乗せたトラックを追ったときのように、
こけたくはない。
『全部、ちゃんとするから』
 比呂美に誓った言葉がむなしく頭の中でこだまする。
 あれから一週間も経過しても、何もできていないに等しい。
 乃絵と会ったのはさっきのが初めてだった。
 絵本が完成するまで先延ばしにするのを言い訳にしていた。
 さらに別れの言葉は乃絵からで、絵本の本質を見抜かれていた。
 比呂美のところへ行くようにも告げられたのも同然だ。
 純に対しては比呂美が付き合っていても、
交換条件をこちらから解除を要求するつもりだった。
 それなのに純のほうから比呂美を任されてしまった。
 コートに入ってまで比呂美を守ろうとした純を見ていられなくて、
眞一郎は背を向けてしまった。
 今後は純と対立してでも比呂美を振り向かせようと考えていた。
 だが戦う準備をする前に、純のほうから撤退されてしまった。
 比呂美に対しては眞一郎の理解を超えているとしか言いようがない。
 一週間も経過してから比呂美のアパートを訪れた。
 ベーコンエッグを食べてから、冬の海を見たいという比呂美を追い駆けた。
 眞一郎が鍵を掛けることで合鍵が手元に残った。
 そういう策略をしてくるとは思いもよらなかった。
 海岸では比呂美がメガネを外していて、瞳を見ていた。
 それから比呂美が近づいて来てキスをした。
 お互いが初めてであっても、舌が絡み合った。
 眞一郎母と父には、比呂美との交際を認めているかのごとく、
比呂美のことについて訊かれている。
 三人での食事であっても口数が増えている。
 昨年よりも酒の売り上げが良いようで上機嫌でもあるのだろう。
「すべて、俺が何もせずに与えられたものばかりだ」
 ふがいない自分を見つめ直す。
 感情的にはならずに冷静にだ。
 比呂美のアパートに到着する。

                   *

 比呂美は眠れない夜を過ごしている。
 布団の上にいると塞ぎ込んでしまいそうなので、ロフトから降りる。
 気分転換にお湯を沸かせて紅茶を飲むことにする。
 マグカップを手にテーブルに行って座る。
 比呂美が乃絵の家出を電話したときに、眞一郎はすぐに乃絵を探しに行った。
 心優しい眞一郎の行為を認めつつも、誰にでも同じことをするのではないかと考えてしまう。
 比呂美が逃避行でバイク事故が遭ったときのように、眞一郎は乃絵を抱擁するかもしれない。
 嫌な予感ばかりが頭に浮かんでくる。
 眞一郎母に言われて、比呂美は眞一郎の部屋に着替えを運んだ。
 机の上には『雷轟丸と地べたの物語』という題の絵本があった。
 あれはきっと乃絵のための絵本。
 比呂美には一枚の絵だけ。
 涙を拭いたいという台詞と髪の長い女性の姿から、私かもと思っているだけかもしれない。
 乃絵の家出で電話したときにも、絵本を描いていたらしい。
『雷轟丸と地べたの物語』のことを訊こうとしたけれど、かすれてしまった。
「羨ましいな……」
 乃絵と比呂美との格差を感じる。
 比呂美は幼い頃の思い出から十年以上なのに、乃絵は四ヶ月くらいだと思う。
 三十倍もの年月があっても、絵本にされる量は影響されない。
 比呂美と眞一郎には夏祭りと進展しなかった仲上家での生活しかなかった。
 携帯の画面にいる眞一郎の顔を見る。
 今から掛けてみようかと悩む。
 もう、何度もしてきた行為。
 ふたりの邪魔でもしてみようかと考えてしまう。
 最近は眞一郎と親しくなれた反動で嫉妬深くなっている。
 もしかして連絡すらもないかもしれない。
 たとえ純からであっても欲しい。
 着信音が鳴ると、画面には仲上眞一郎と表示される
『比呂美、寝てたか?』
 穏やかな気配りのある声。
『まだ寝ていないわ』
『話があるから、部屋に入っていいか?』
 眞一郎には合鍵を渡している。
『入れるものならね』
 比呂美から電話を切る。
 部屋を見回して危ないものを隠す。
 特に干したままの下着を仕舞い込む。
 ドアを開ける音がするが、眞一郎は何も言わない。
 比呂美はドアの前に行って隙間から、眞一郎の顔を覗く。
「チェーンロックをしているんだな。防犯のためだから賛成だ」
「一人暮らしは物騒だって眞一郎くんも言っていたし」
 比呂美はにこやかに応じた。
「明日は祭りだから、すぐに帰る。開けて欲しい」
 畏まった態度で迫ってくる。
「ちょっと待ってね」
 比呂美はドアを閉めてから、チェーンロックをはずして開けてあげる。
「ありがとう」
 眞一郎を部屋の中に導いてあげる。
「何か温かい飲み物を用意するわね」
「紅茶がいいな」
 眞一郎はテーブルに乗っているマグカップを見ていた。
 比呂美はキッチンに行って、お湯を沸かし直す。
 マグカップを手にしてテーブルに着く。
「気分が落ち着いてきた」
 眞一郎は冬の寒さから開放されたようだ。
 眞一郎はコートも脱がずにいる。
 あの『雷轟丸と地べたの物語』をテーブルの上に乗せている。
 比呂美は一瞬だけ忌々しげに見つめてしまった。
「部屋に入ったときに見られたかもしれないな」
 ばつが悪そうに問うた。
「気づいていたわ、中は見ていないけど」
 眞一郎の足音がしたので、我に返ってしまった。
 もう少し時間があればどうしていたかはわからない。
「できれば読んで欲しい」
 真摯な眼差しで眞一郎は両手で手渡そうとする。
「先に石動乃絵と何があったか教えて欲しいわ」
『雷轟丸と地べたの物語』は乃絵のための絵本であるはずだ。
 そんなものを比呂美に見せる眞一郎の意図がわからない。
「俺の希望だから、先に報告してもいい。でも報告なら後でもできるし」
 絵本も後で読むこともできそうだが、比呂美は受け取ってスケッチブックを開く。
 躍動感のある雷轟丸と地べたがいる。
 本当に細かく背景までも描かれていて、心を奪われてしまう。
 ラストシーンは地べたが墜落してしまうというBADEND。
 何て感想を伝えればいいか迷ってしまう。
 鶏だから飛ぶのは難しいのか?
 絵本であっても現実を受け入れなければならないか?
 乃絵はどういう印象を抱いたのだろう。
 そもそも普通の感想を求めているのではない。
 何か別の意味が含まれているからこそ、先に見せようとしていたはずだ。
 眞一郎が身の回りのものを描こうとするのは、比呂美の一枚絵からわかる。
 雷轟丸と地べたは鶏であるから物語の展開には、何らかの影響を受けるはずだ。
 そう考えると雷轟丸は眞一郎なのだろう。
 地べたは誰なんだろう。
 乃絵なら比呂美に見せようとはしないはず。
 比呂美との決別のために故意ならありえるが、眞一郎の表情からはありえない。
 さっきからずっと比呂美の顔色を窺っている。
「地べたは私なのかな?
 飛翔はしているけど、失敗しているようなところが」
 思い当たるところはある。
 引越しはしたものの、眞一郎との関係は比呂美だけが盛り上がっているようなものだ。
 合鍵を渡すし、キスも強引と判断されるかもしれない。
「一回目だから、それに続きは書くつもりだ。
 俺もさっき乃絵に思い知らされた。
 乃絵は地べたになりたがっていたようだけど、俺は比呂美としてしか描けていなかった」
 本当に描いているときは自覚がなかったのだろう。
 作家よりも読者のほうが作品の本質を理解できる場合がある。
 あの乃絵なら友達になりたいという比呂美の嘘を見抜いたからありうる。
「私も続きが読みたいわ。
 このままだと雷轟丸も地べたも他の鶏も救われないから」
 結末は無理に飛ぼうとしなくてもいい。
 みんなが仲良く暮らせれば。
「祭りで何かを悟れれば描けると思う。
 それと比呂美はあいつと別れたようだな。
 さっき教えられた」
 やはり純は乃絵を選んだようだ。
 これで交換条件はなくなり、比呂美は自由になった。
 眞一郎の言葉からでも乃絵とはうまくいかなかったようだ。
 眞一郎が乃絵ときれいに別れられるとは、比呂美は思っていなった。
 長引きそうならば、交換条件を乃絵に明かして、ふたりの仲を悪化させようと考えていた。
「私から伝えたわ。
 なかなか聞き入れてもらえなかったけど」
「比呂美はうまくできたようだな」
 眞一郎はマグカップに口を付ける。
「どういう意味?」
「乃絵とははっきりとした別れの言葉はなかった。
 家出をした後だから、さらに追い込むことはできないし……」
 苦渋を滲ませる眞一郎の気持ちはよくわかる。
 明確に別れの言葉を告げられる状況ではなかったのだろう。
「眞一郎くんもちゃんとできていると思う。
 絵本だってしっかりと描けているし」
 眞一郎を励ましてあげたいといつも比呂美は考えていた。
 あのキスも眞一郎が花形として立派にこなせるのを応援するためでもあった。
 乃絵の影がちらついていても、踊りだけはしっかりとこなして欲しい。
「明日のをがんばろう」
「もう今日だけどね」
 時計を見ると日付が変わっている。
「そろそろ帰る」
 眞一郎は紅茶を一気に飲み干した。
 それから絵本に手を置いた。
「この絵本を置いといて欲しいの。
 もう一度、読んでみたいし、朝に返すから」
 両手を合わせて願う。
 こんな行為は今までにしたことがなかった。
 漫画に出てくるようなもので、比呂美にとってはありえない動作だ。
「片手で運転するのは面倒だった。
 でもこれから酒瓶を自転車で届けたりするかもしれない」
 即座に了承してくれていた。
「お手伝いをする気なの?」
「花形として踊っただけで、世間は俺のことを仲上家の人間として認めてくれない。
 手伝いくらいはしようと思う。
 比呂美だってしているわけだし」
 眞一郎の心境の変化に比呂美は反応できずにいた。
 比呂美が帳簿を片手にお届け先を教える。
 それを受けて眞一郎が運ぶ。
 たまには一緒に届けて帰りに買い物をできればいい。
「いいかもしれない」
「比呂美に教わることが多そうだ」
「おばさんに仕込まれているから、私は」
 自慢げに微笑んであげる。
 以前ならあまりしたくはなくて、わざと帳簿のキータッチを遅らせていたときもあった。
「話が長くなりそうだから、帰る」
 眞一郎は起き上がると、比呂美も同様にする。
「絵本は眞一郎くんの部屋に届けるから」
「俺は花形の衣装を着ていそうだ」
 当日、眞一郎はまだ比呂美がどういう服装でいるのかを知らない。
 眞一郎と玄関で別れることになる。
「おやすみ、比呂美」
「転ばないでね、眞一郎くん」
 眞一郎は顔を歪めている。
「一生、言われそうだな」
「うん」
 元気良く返事をしてあげた。
「比呂美も転んだように見えたが」
「そんなことはないわ」
 比呂美の否定はむなしく響いた。
「言い忘れていたけど、比呂美が電話をくれたときに絵本を描いていたのは別なものだから」
「そうなの?」
「詳しくは今度にする」
 眞一郎は扉を開けて、右手を振ると比呂美も応じる。
 深夜なのでお互いに声を出さない。
 それから眞一郎はゆっくりと扉を閉める。
 比呂美はテーブルに戻って、もう一度だけ、『雷轟丸と地べたの物語』を読み始める。
 読み終えてから、床に着こう。
 乃絵に眞一郎を奪われる悪夢を見なくてもいい。
 わざわざ部屋に来てくれて絵本を届けてくれたのだから。
 次に繋げてくれるように書き加えてくれるし、他の絵本もある。
 素敵な夢を見ながら眠れそうだ。

          (後編に続く)



 あとがき
 第十ニ話ということもあり、第十三話である最終回に、
どう繋げるかを意識しなければなりません。
 このままきれいにまとめてくるのか、少しくらいは波乱を起こすのかをです。
 私の場合はどちらとは断定できません。
 いくつもの伏線を回収してゆく都合上、余計なものでも拾いそうです。
 さて前回の第十一話では、乃絵と比呂美が朝食を取るという妄想をしてしまいました。
 見事にはずしてしまい、単なる願望でしかなかったようです。
 一週間を経過をしたとはいえ眞一郎は比呂美のアパートに行ってますし、
比呂美がメガネを掛けている理由も明かされていませんでした。
 一致した部分では、比呂美が乃絵の家出で眞一郎が捜索するのに嫌悪感を示すことと、
雷轟丸の絵本の存在を知ってしまい苛立ってしまうことでしょう。
 第十一話における比呂美の内面は取り逃してはいませんでしたが、
あれほどまでに嫉妬深くなっているとは思いもせず、
第十二話で頂点に達すると考えていました。
 さて第十二話の妄想では、はっきり言って正答率は低くなるでしょう。
 かなり難解で、もう一つくらいSSを再構成できそうなほどです。

 前編では祭り前夜での行動を描いてきました。
 公式の画像にある比呂美が頬を染めるようにするためには、
あの嫉妬深い表情を一掃しなければなりません。
 まずは乃絵ですが、解釈に悩まされます。
 眞一郎と別れるとまではいかなくても、距離を置かれるようにはなるでしょう。
 乃絵は眞一郎の心の中に比呂美がいるのを理解していますので、
眞一郎を比呂美のところへ飛ばします。
 地べたを掲げる行為やタイトルコールや予告の台詞などが複雑に絡んできています。
 さらに乃絵が泣けるようになる布石も考慮せねばなります。
 最大の謎は、『雷轟丸と地べたの物語』の解釈と今後です。
 詳しくは後述してあります。
 純についてです。
 キス発言が誰にするかで悩まされます。
 声が軽いので冗談のようには聞こえます。
 公式のあらすじどおりだと、乃絵になるようなので合わせてみました。
 キスをするほどの仲なのかはよくわかりませんし、言われた乃絵の対応も不可解です。
 比呂美に対してでもありうるのですが、
邪険にされているのを自覚している純はしないかもしれません。
 個人的には純が決別の意思を示すためにして欲しくはあります。
 それを比呂美が受け入れて、微笑んで拒絶するという大人の対応をして欲しいのですが、
眞一郎以外の男には興味の無い比呂美には困難です。
 いつか比呂美の新人戦で会話くらいはできればと期待しています。
 私が乃絵にキス発言にした理由は後編で描きます。
 眞一郎についてです。
 第十話での自転車での疾走、第十一話での及び腰という真逆といえる行動を、
第十二話ではどうするのかは想像しにくいです。
 乃絵には別れの言葉のようなことがあり、純からは比呂美を任され、
比呂美は行動力を発揮しています。
 眞一郎以外の登場人物のほうが、自分自身と向き合っています。
 そういう状況に追い込まれつつも、ようやく眞一郎は比呂美のために果たそうとします。
 公式のあらすじの画像での眞一郎の苦渋な顔をしているのは、そのためでしょう。
 注目すべきは眞一郎の姿勢です。
 背中が少し見えているのは前屈みになりつつあるからでしょう。
 それとニット帽とマフラーを取っているのは邪魔になるからです。
 よって自転車で比呂美のアパートに向わせました。
 比呂美についてです。
 第十一話では積極的でしたから、第十二話の前編では報告待ちという受身です。
 乃絵の家出についての眞一郎から連絡があればと考えているでしょう。
 比呂美として最高の形である眞一郎の訪問と交換条件の解消でふたりが自由になること、
さらに『雷轟丸と地べたの物語』について知らされること。
 それらを満たしてみました。
 特に『雷轟丸と地べたの物語』では地べたが比呂美であるなら、
比呂美が読んで欲しいという願いもあり、今後のふたりのために結び付けました。
 ここまでされると比呂美は祭り当日に決意をして着付けができるでしょう。
 この状態から後編に続きます。
 予告としましては、あの人が鍵を握っています。
 そのためのフラグを立ててきたのでしょう。
 でも大きくはずす妄想になりそうな気がします。
 あの人の評価が急上昇か急降下かの両極端になるでしょう。
 ご精読ありがとうございました。



 絵本の解釈 『雷轟丸と地べたの物語』

次の日は雨でした。
 何も行動ができていない日のこと。
横で地べたが羽をバタバタと羽ばたかせていましたが、
 地べたである比呂美は、何かをしようと考えていた。
雷轟丸は悠然としていました。
 雷轟丸である眞一郎は、兄妹疑惑が晴れて、喜んでいて、比呂美に何もしなかった。
 これで比呂美との仲を深められるが、具体的な行動をしていなかった。
何と十メートルの丘の上に朝日を背に向けた地べたのシルエットが、
すくっと立っているではありませんか。
 地の底が仲上家であるなら、丘はそれを越えた場所のこと。
 今回は、比呂美の一人暮らしを意味している。
 実際は資金が仲上家から出ており、すぐに行ける場所でもある。
鶏としての最初の飛翔、その失敗による最初の栄光は地べたのものでした。
 引越しによる飛翔をしたけれど、うまくは行っているようには見えない。
 純とも別れられていないし、眞一郎との繋がりも深まっていない。
 合鍵やキスが強引とも言える行為であり、お互いの気持ちを確かめ合えていない。
雷轟丸はただ臆病な鶏たちの中のただの一羽に過ぎませんでした。
 雷轟丸はその他の鶏のように何もできていない。
 その他の鶏とは他の登場人物も含まれており、何らかの成果を挙げている者がいない。
おわり
 眞一郎が考えられる物語がここまでであるということ。
 絵本の展開が本編の現在に追いついたために、眞一郎には地べたの行動を予測できていない。
 その後に乃絵が地べたを掲げて展開させようとする。
 祭りなどのイベントで書き足すか書き直される可能性がある。
 最初と書かれていて、次回が無いというのも不自然である。

 絵本の解釈は人それぞれ。
 雷轟丸は眞一郎というのは大半の意見だろう。
 地べたが誰なのかで、複数の解釈ができる。
 だが一つ一つの事象を本編に会わせてゆくと比呂美の可能性が高くなる。
 今回は特に地べたが飛翔するので、乃絵では特に大きなイベントはなかった。
 よって地べたは比呂美となりやすい。
 そもそも眞一郎は身の回りの出来事を自分が感じたことを記述するという心象表現。
 今の眞一郎の境遇では暗い話になりがちで明るくは描けない。
 もう一冊の比呂美の絵本では、眞一郎の願望が混じってくるので前向きになりそう。
 これから比呂美との仲を深めてゆくには必須の小道具となりうる。
 やはり絵本を告白の材料にする可能性はあるが、祭りが第十三話まで入り込んで、
告白が祭りの最中というのはありうる。
 いつか後日談として比呂美が自分向けの絵本を見るというイベントはあるはずだ。
 第十一話での「雪の海」という比呂美の発言は、眞一郎の発想を刺激しているだろう。
 比呂美からの電話のときに言っていた絵本とは、比呂美向けのほうだろう。
 さすがに雷轟丸のほうだと眞一郎は隠そうとするはずである。
 雷轟丸のほうは一度でも乃絵にBADENDでも見せようという発言を眞一郎はしている。
 今後は書き足すか書き直すかという展開はありうる。
 祭りの最中で感じた雷轟丸の眞一郎と地べたの比呂美との想いを加えるだろう。
 絵本については本編では詳しく解説すらもされない。
 いつか設定資料集などが発売されるのを期待する。
 ここで小話を一つ。
 比呂美の一人暮らしをするというのが、雑誌によるネタバレがされたときに、
 地べたの比呂美が飛んで、雷轟丸の眞一郎が置いてけ堀をくらうという予想をしていた。
 書き直すことも視野に入れていた。
 今回の絵本は、おわりとしてあるが、続きを書く可能性はある。
 このまま地べたが比呂美であるなら、後味が悪いし、最初の飛翔だからだ。
 読者の想像に任せて、あのまま地べたは死亡したのか、立ち上がるのかという判断を、
委ねてくるのか、かなり興味がある。
 それと眞一郎父に雷轟丸の絵本を見せるには抵抗のある態度を示していた。
 比呂美のほうが書き上がっていないからという意味もあるかもしれない。
 眞一郎は地べたが比呂美として描いているとは自覚していないだろう。
 それでも乃絵に見せるのは、現実を受け入れさせるためである。
 なかなか超えることのできない高い丘があり、飛び立つことの困難なのを表現している。
 たとえ絵本の中であっても、安易に飛んで見せることは眞一郎にはできない。
 ならば眞一郎が乃絵の前で踊ることで飛んでみせる必要がある。
 といっても飛ぶというのは踊りを成功させることである。
 だが乃絵も受身になることはなく、現実で深い繋がりを築こうとする意思が必要である。
 それは乃絵が祭りに参加するときに求められてくる。
 乃絵にとって飛ぶことは、今の自分が狭い世界に留まっているのではなく、
人との交流ができる広い世界に行けるようになることだろう。
 その導き手は一人しかいない。

 前作

 true tears  SS第一弾 踊り場の若人衆
ttp://www.katsakuri.sakura.ne.jp/src/up30957.txt.html

 true tears  SS第二弾 乃絵、襲来
「やっちゃった……」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4171.txt.html

 true tears  SS第三弾 純の真心の想像力 比呂美逃避行前編
「あんた、愛されているぜ、かなり」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4286.txt.html

 true tears  SS第四弾 眞一郎母の戸惑い 比呂美逃避行後編
「私なら十日あれば充分」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4308.txt.html

 true tears  SS第五弾 眞一郎父の愛娘 比呂美逃避行番外編
「それ、俺だけがやらねばならないのか?」
ttp://www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4336.txt.html

 true tears  SS第六弾 比呂美の眞一郎部屋訪問
「私がそうしたいだけだから」
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 true tears  SS第七弾 比呂美の停学 前編 仲上家
「俺も決めたから」
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 true tears  SS第八弾 比呂美の停学 中編 眞一郎帰宅
「それ以上は言わないで」
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 true tears  SS第十弾 比呂美の停学 後後編 眞一郎とのすれ違い
「全部ちゃんとするから」
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 true tears  SS第十一弾 ふたりの竹林の先には
「やっと見つけてくれたね」
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 true tears  SS第十二弾 明るい場所に
「まずはメガネの話をしよう」
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 true tears  SS第十三弾 第十一話の妄想 前編
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「会わないか?」「あなたが好きなのは私じゃない」
「絶対、わざとよ、ひどいよ」

 true tears  SS第十四弾 第十一話の妄想 後編
「やっぱり私、お前の気持ちがわからないわ」
「うちに来ない?」(予想)
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 true tears  SS第十五弾 眞一郎の比呂美の部屋深夜訪問
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