祭りの日の夜に


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「祭りの日の夜に」


私は部屋の扉を開けて、ひとつ大きく息をついた。
「ただいまー…」
部屋の中には当然私一人だけ。寒々とした部屋には迎えてくれる人なんて誰もいない。
目を凝らして壁の掛け時計を確認して…11時前か。

結局、仲上家の宴会は具合が悪いといって帰って来てしまった。
おばさんは怪訝そうな顔をしていたけど、何かを悟ったように
今日は疲れたでしょうからしっかり休みなさい、と言ってわざわざタクシーを呼んでくれた。
眞一郎くんは親戚の人達に色々労われてちょっと照れたような困ったような顔をしていたけど
結局部屋の隅から見ていただけで一言も言葉を交わしていない。

だって、眞一郎くんとどんな顔をして話せばいいのかわからなかったから。




疲れていたので、さっとシャワーを浴びて髪を乾かし、すぐ寝床に入る。
布団の柔らかい感触が疲れた体に心地いい。
………本当に今日は色々あって忙しかったなあ。
…今日の眞一郎くん、かっこよかったなあ…本当に堂々として、迷いがなくて、跳んでるみたいだった。
見に来ることないって言われたけど、結局見ちゃった。怒ってるかなあ、怒ってるよね、私なんかが見ちゃって。

だって、石動乃絵のために踊ったんだもの。

眞一郎くんはあの子がいたからあんなすごい踊りが出来たんだ。
あの子、眞一郎くんの踊りを食い入るように見つめてた。でも、踊り終わった時の顔は本当に満足そうで。
私なんか、あの子がいるってわかった途端にショックで呆然としちゃって…あの子の方ばかり見てた。
気づいた時には踊りが終わってて。
……こんな私が踊りなんか見る資格ないよね。見るな、って言われるのも当然か、えへへ…。

………会いに行ったんだろうなあ、眞一郎くん、あの子に。
宴会だって遅れて来たもんね。なんかスッキリしたような嬉しそうな顔してた。
私に知られたくなかったんだね、わかってるからあんなウソまでつくことないのにな…邪魔だと思ったのかな。
今日は石動乃絵にもひどいこと言っちゃったもんなあ、眞一郎くんの彼女なのに。あんな醜い嫉妬して。
明日、ごめんなさい、って謝らないと。

………わかってたんだ。最初から。あの二人は恋人同士だもん。
私と眞一郎くんの間には何もない。約束の言葉も、愛を囁かれたことも、絵本も、そして踊りも。
あの不意打ちのようなキスが全てだった。尤も、あの時の彼もあまり嬉しそうじゃなかったけどね……


私が勝手に盛り上がってただけだったんだ。


バカみたい。眞一郎くんのおせっかいをそう切って捨てたことがある。でも、本当にバカなのは私だった。
勝手に彼女面して、勝手にキスして、勝手に石動乃絵に嫉妬して、勝手に捨てられた気になって。
元々拾ってなんか、見つけてなんかくれてなかったのに。

あの時…引越しの日、追い掛けて来てくれたとき…
私が眞一郎くんを諦めて離れようとしてたのに、追い掛けてくれたとき…
本当に嬉しくて、涙が止まらなくて、感極まって言葉が出なかった。
ちゃんとするって彼が言ってくれて、ああ、ここから私たちの新しい関係が始まるんだなあ…って。
彼がちゃんとして、迎えに来るのを楽しみにしてたのに。
本当にわかりあえたと、理解し合えたと思ったのに。
置いていかないでくれると思ったのに。

全部、私の勘違いだったんだ。
…………
………
……


「……ぅぐっ……ぐすっ…ぅうう……っひっく……ぅう…」

気がつくと、私の瞳からは止め処なく涙が溢れていた。
涙は目から頬を伝わって、枕を盛大に濡らしていた。
しばらくは流れるままにしていたけど、枕元のティッシュでそれを一気に拭う。

……強くならなくちゃ。
ひとりでも生きられるくらいに強く。
誰かに見つけられなくても生きていけるくらいに強く。
もしも涙を流しても、その涙は自分で拭えばいい。
もしも転んだ時に受け止めてくれる人がいなくても、自分の足で立ち上がればいい。


……そういえば明日は仲上の家に祭りの後片付けと経理の手伝いに行かないと。
嫌だなあ…でも、そんなことも言っていられない。
眞一郎くんと石動乃絵が付き合っているとしても、もう私には関係ない。
仲上の家にはただお世話になっているお返しに行く、それ以上でもそれ以下でもない。
もし二人の姿が目に入っても我慢すればいい。

そう決心して、私は眠りの世界に入った。
この胸の痛みが、いつか和らぐことを信じて。


―END―
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