第十三話の妄想 比呂美エンド 後編


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 true tears  SS第十九弾 第十三話の妄想 比呂美エンド 後編

「ちゃんと向き合って欲しいの、だから信じて欲しいの」
「眞一郎は、私が飛べるって」 「君の涙を」 「入ろっ」

 第十三話の予告と映像を踏まえたささやかな登場人物たちの遣り取りです。
 妄想重視なので、まったく正誤は気にしておりませんが、
本編と一致する場合もあるかもしれません。
 比呂美エンドにしてあります。
 本編が最終回ですので、妄想も最終回になります。
 最後には予告の妄想をしたあります。

 前編
 true tears  SS第十八弾 第十三話の妄想 比呂美エンド 前編
「そう? ありがとう」「こんな自分、嫌なの」
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 翌日。
 比呂美は登校して来た。
 もう体調は回復しており精神的にも向上しつつある。
 昼休みには制服姿でコートの中にいる。
「比呂美、どうしたの?」
 朋与が怪訝に訊いてきた。いつものごとくパンを買いに行っていた。
「身体を動かしたくなって」
 比呂美はにこやかに応じた。
 以前に嫌なことがあったら、ストレスを発散するためにしていたことがあった。
 でも今回は苛立ちが少なくて、眞一郎のことを信じる覚悟だ。
 よく考えると比呂美のほうが嘘をついている。
 兄妹疑惑があったとはいえ、幼い頃の夏祭りを覚えていないと言ったことさえも忘れていた。
 純が好きだと告げたり、眞一郎の誘いを遮ったり、
逃避行から帰宅後に眞一郎を自分の部屋から出そうとしたりだ。
 比呂美はドリブルしてシュートする。
 見事にボールはリングに吸い込まれてゆく。
 勢い良くしたために身体が流れて行く。
 その視線の先には体育館の出入り口に向けられる。
 石動乃絵が堂々と入って来る。
「また……」
 朋与が警戒しながら寄って来る。
 比呂美のそばに三人が集まった。
「祭りの夜に眞一郎と私とは何もなかった。
 ちゃんと向き合って欲しいの、だから信じて欲しいの。
 眞一郎と付き合ってあげて」
 乃絵は身体全体で必死に弁明した。
「眞一郎くんに聞いているけど、身体はいいの?」
「大丈夫よ。
 それより眞一郎とはもう一度だけ、今日の放課後だけは会わせて欲しい」
 乃絵はさっきと矛盾するようなことを懇願した。
「別にいいわよ、眞一郎くんから教えられているから。
 あの絵本のことだよね」
「そう……」
 比呂美の言葉に乃絵は驚いてから上目遣いで訴える。
「もし悩んでいることがあったら、私も手伝うから。
 私のほうこそ祭りのときにごめんね」
 比呂美は頭を下げてから、右手を差し出した。
「これ、どういうこと?」
 乃絵は比呂美の顔と右手を見比べる。
「仲直りの握手よ。できれば友達になれればと思って」
 恋敵であっても友達にはなれそうだ。
 比呂美にとって眞一郎だけでなく、乃絵ともすれ違ってばかりいた。
 乃絵のことが何もわからなかったから、恐れていたのだろう。
 あの眞一郎母のように。
「よろしくね」
 乃絵はとびきりの笑顔で力強く握ってくる。

               *

 放課後、眞一郎は席を立とうとする。
 視線の先には比呂美がいて、右手を小さく振る。
 比呂美も同様にして応じる。
 それから眞一郎は教室を出て行った。
「いいの? あのままふたりを会わせて」
 朋与は心配そうに訊いてきた。
「ふたりのことを信用しているから。
 少し羨ましいかもね。
 あのふたりは恋愛以外で結ばれていると思うと」
 絵本を描くために乃絵がアイデアを出しているのだろう。
 比呂美は自分の絵本をただ待つだけである。

               *

 鶏小屋で待ち合わせした眞一郎と乃絵はいつもの海岸にいる。
 絵本を見せるときに来るお気に入りの場所である。
「まずは読んでくれ。
 完成した『雷轟丸と地べたの物語』を」
 眞一郎は自信ありげに絵本のスケッチブックを乃絵に渡した。
 今までのようにためらいはなくなっている。
 この絵本にすべてを注ぎ込んでいる。
「気がつくと雷轟丸は赤い実に誘われて丘の上に立っていました。
 飛びたい、あの赤い実を食べたせいでしょうか?
 それとも白い雪のせいでしょうか?
 それはわかりません。
 でも雷轟丸は心の底から、そう思ったのです。
 誰のためでなく、栄光や記録のためでなく、雷轟丸は飛び立ちました」
 乃絵はいつものように朗読した。
 言葉の一つ一つを刻み込むようにだ。
「雷轟丸は飛べたね」
 乃絵の声は張りがあった。
「乃絵のおかげだ。
 絵本が完成したのも、うまく踊れたのも」
 やっと伝えることができた。
 乃絵が飛び降りたときには、無事だけを祈っていた。
「赤い実は私で、白い雪は湯浅比呂美よね」
 乃絵はにこやかに訴えてきた。
 いつもと違う反応に眞一郎は戸惑う。
「比呂美のための絵本を並行して描いていたから混ざってしまった。
 雷轟丸が飛ぶためにはふたつとも必要だった」
 もう乃絵だけの発想だけでは絵本を描けなくなっている。
「悪いことではないわ。私にとっては嬉しい。
 眞一郎は湯浅比呂美が好きなのに、私のところに来てくれていた。
 私たちには恋愛よりも信頼があったのよ」
 乃絵はスケッチブックを抱き締めている。
「俺たちの絆は信頼だったのだ。
 だが俺は乃絵が家出して地べたを掲げているときに放置してしまった。
 比呂美なら抱き締めてでもやめさせるのに、乃絵にはどうすればいいかわからなかった。
 それなのに比呂美に乃絵がすぐ戻ると電話して、あいつに連絡するように頼んだ」
 眞一郎は天使の前で懺悔をするように、自分の罪を打ち明けた。
「気高い涙ね、眞一郎」
 乃絵は首に下げている瓶を取り出す。
 右の人差し指で眞一郎の涙を右から左へと拭ってゆく。
「ヘドロ涙やゲロ涙ではないのか?
 それに俺は今まで乃絵を苦しめて、告白しておきながら別れようとしているのに」
 もう眞一郎の涙は止まらなかった。
 ただすべてを明かしてゆくしかできない。
「私たちは恋愛ではないの。
 初めから違和感があったのは、それね。
 たまたま男と女だから勘違いをしていたわ。
 そうでないとこんな絵本はできない。
 だって雷轟丸の眞一郎は、湯浅比呂美や私のところにも飛ぼうとはしていないから」
 乃絵の解釈は眞一郎に浸透してゆく。
 だから信頼の赤き実と恋愛の白い雪が雷轟丸に必要だったのだ。
「だから俺はあのとき乃絵に何もできなかったのか。
 止めようと声を掛けようとしても、乃絵には届きそうではなかった。
 乃絵が新たなアイデアを出してくれるのを邪魔したくはなかったんだ」
 ただ逃げ出したかっただけかもしれない。
 それを乃絵は見抜いていても言わないだけかもしれない。
 たとえそうであっても、乃絵が満足してくれれば信頼関係は継続される。
「今度は乃絵が飛ぶときだ。
 乃絵ならどこへでも飛んで行ける」
 具体的にはわからなくても、これだけ物事を把握できれば何かをできるはずだ。
「私は羽ばたきをしている。
 湯浅比呂美からは理解、眞一郎からは信頼、純からは愛情。
 三人から涙をもらえた。
 でも湯浅比呂美は眞一郎と私とが恋愛関係だと誤解していたけれど、友達になれた。
 昼休みに湯浅比呂美のところに行ったときに、私たちのことを理解してくれた。
 もう私は孤独ではないし、この世界に留まるわ」
 乃絵は眞一郎を真正面から見据える。
「他にも愛ちゃんや三代吉もいる。
 学校で友達を作りたいなら協力してくれる」
 乃絵に必要なのは交流関係だろう。
 乃絵が人付き合いができるようにするために補佐をしてあげたい。
「何だか泣けるような気がする」
 乃絵は天空を見つめると、眞一郎もしてみる。
「その絵本は乃絵にあげる。
 自由に使って欲しい」
「いいの?」
「俺は完成が目的だったし、これからさまざまな絵本を描いてゆく」
 もう絵本を描くのをやめる気はない。
 絵本作家になれなくても趣味としてでもできる。
「雷轟丸はこの中にいる。地べただって飛ばしてあげたい。
 最初の飛翔は失敗しても、今なら一緒に飛べるはず。
 その姿を天空にいるお婆ちゃんや本当の雷轟丸に見せてあげたい。
 私が何事にも逃げない姿も見て欲しい」
 乃絵は絵本を天空に向けて広げる。
 だが何かが足りなくて俯いてしまう。
「私は自分で考えて決める」
「俺は何も言わない。自由に考えてくれ」
 乃絵の強い意思を眞一郎は根気強く待つつもりだ。
 たとえ今日が無理でも、いつまでも。
「この絵本を折ったり破いたりすれば怒る?」
「別にいいよ。カラーコピーをしてあるし。
 今回は本物でいいだろう」
 せっかく描いたのだから、自分の作風を理解するための処置だ。
「紙飛行機にしたい。そうすれば少しでも天空に届くかも」
「俺も手伝うよ。どの絵にするんだ?」
 乃絵の決断に眞一郎は同意する。
「全部。もう雷轟丸や地べたにこだわりたくないの。
 二羽はどこでも一緒にしてあげたい」
 乃絵は絵本を切り取ってゆくと、ふたりで紙飛行機を折る。
「どれがどの絵かわからなくなった」
「それでいいの。ふたりで飛ばしましょう」
 紙飛行機を四方八方に飛ばしてゆく。
 海鳥も飛んでいて混ざり合う。
 紙飛行機は海面に水没したり地面に突き刺さったりしてゆく。
 すべての紙飛行機が舞って、乃絵は立ち尽くす。
「お婆ちゃん、雷轟丸、見てくれたよね。
 私が決めたことをすべて……」
 乃絵はただ天空に向けて仰いでいると、眞一郎が驚く。
「乃絵、それって涙ではないか?」
 乃絵は頬を撫でると水滴が手に付いた。
「やっと私は涙を取り戻したのね……。
 涙ってすごく温かい……」
 乃絵はもう拭う事無く、ただ流すだけだった。

               *

 比呂美に教えられた電話番号で、眞一郎は純に連絡した。
 バイク屋でバイトしているらしく終了してから会うことになった。
 ふたりは缶コーヒーを飲みながら話す。
「交換条件を解消して欲しい。
 もう乃絵とは別れていて、俺たちは恋愛ではなく信頼で結ばれていますから」
 眞一郎は乃絵よりも先に純に伝えたかった。
「乃絵がそう言うならそうなんだろうな。
 もう俺はあいつと別れているから解消していると同じだ」
「そうであっても俺から交換条件を提案したものだから、解消は俺からすべきです」
 眞一郎は純に乃絵が付き合って欲しいと言われたときに、
純に比呂美と付き合うように提案してしまった。
 売り言葉に買い言葉であっても、眞一郎が発案者である。
「利用したのは俺だからな。
 乃絵が好きなのを忘れるためにだ」
 純はコーヒーを一気に飲んだ。
「俺も似たようなものでした。
 比呂美があなたのことを好きだと言われていたから、乃絵と……」
 兄妹疑惑を比呂美に伝えられてから、乃絵に告白してしまった。
「信頼があるなら、友達でいてあげてくれないか?」
「そうなっていますよ。比呂美も」
 純の心配を取り除いてあげたい。
「俺は東京の印刷会社に就職することにした。
 これで乃絵のことは安心できそうだ」
 純は安らかな笑みを浮かべてくれている。
「俺たちで乃絵を支えます」
 純の選択に口を挟まずに、眞一郎は純に誓った。
「あいつと付き合っていた俺からアドバイスをしておく。
 あいつは根性が悪いぞ」
 純は頬を揺らしていた。
「わかっています。乃絵と親しくしていると、逆ナンをしていると言ってきましたから」
「だからか、あれは」
「何かありましたか?」
「気にするような話ではない。苦労しそうだな」
「昔とは違いますからね。俺の母と何かと相談するようになってしまいましたから」
 あのふたりが組めば矛先は眞一郎に向けられる。
 さらなる覚悟を眞一郎はしようとする。

               *

 乃絵は純のために夕食を作っている。
 今日はいつもより遅いようだ。
「ただいま」
 純が帰って来てくれた。
「眞一郎は、私が飛べるって」
 乃絵はすぐに純のそばに行った。
「乃絵、泣けるようになったのか?」
 いきなりの変わりように純は不安になる。
「涙を取り戻したら、泣きやすくはなっているみたい。
 でもね、昔と違って泣き虫ではないよ。
 眞一郎と湯浅比呂美がいるし、他にも」
 乃絵は自分で涙を拭いていて。純に抱き付いて来なくなった。
「さっきまであいつに会っていた。
 あのふたりとは仲良く友達になれそうだな。
 やはり俺は就職することにする。
 乃絵とは距離を置いて、お互いに自立しないといけない」
 純の決定に乃絵は深く頷く。
「離れていても、長い休みのときは帰って来てね」
「もちろんだ」
 純はやっと乃絵のそばにいて守ることをやめられる。
 やめたくなくても、兄妹であるので、将来のことを考えるとこのままではいられない。

               *

 比呂美のための絵本である『君の涙を…』は完成した。
 アパートにいた比呂美はこの自室に来てくれる。
 眞一郎はずっと窓を眺めている。
 比呂美が通ってくれるのをだ。
 やっとそのときになっても、比呂美は一瞬だけしか視線を合わせてくれなかった。
 扉をノックされて開けてみると、比呂美が佇んでいる。
「中に入って欲しい」
 眞一郎に対応に比呂美は素直に従ってくれている。
 どことなく儚げでいつもの笑顔がない。
「乃絵とは別れて、石動純さんとも会って来た。
 東京で就職するらしい」
「そうなの……」
 やっと顔を上げてくれたが、瞳が揺らいでいる。
 眞一郎はどういう結果であっても覚悟を決める。
「これが比呂美のための絵本だ」
 眞一郎は両手でスケッチブックを渡す。
「『君の涙を…』」
 比呂美はタイトルを読み上げてから、ページを開く。
「僕の中の君は いつも泣いていて
 君の涙を 僕は拭いたいと思う
 でも 拭った頬の柔らかな感覚を 僕は知らなくて

 どこかに天使がいて 君の涙を集めてくれればいい
 そして その涙で首飾りを作って 樹に飾るんだ
 きらきら光る 涙の樹

 僕は その瓶を太陽の光にすかして 
 中のきらきら光る液体を眺めていた 
 と あたりが急に暗くなって
 はっとして目を上げると

 天使に化けていた怪物に 瓶の中に閉じ込められ 途方に暮れていた僕は
 隣の瓶にも 同じように閉じ込められて 泣いている女の子を見つけた

 僕は 君につかんでほしくて 手を差し出した
 その時 雪が舞い降りてきた
 赤い赤 不思議な雪

 天使が降らせた赤い雪が 白い雪に変わって積もっていく
 ひび割れた大地に 汚れた水に 積もって積もって
 そこに広がるのは白い大地だ どこまでも どこまでも白い

 少女が去った後 そこに小さな水溜りができていた
 少女の涙でできた水溜り
 それは何故か とても深くて どこまでも深くて
 僕は その奥底に引き込まれそうになって 」
 比呂美は澄んだ声で長々と読んでいて、一呼吸を置く。
「少女は一人で歩き始める
 自分で探した場所は涙の水溜りより大きな雪の海のそばだった
 僕が少女を追うと、少女は振り返ってくれた
 ふがいない僕に君は心の中で泣いている
 すべてをちゃんと終えてから伝えよう
 君の涙を拭いたいと」
 少女が君へと変わったときに、比呂美は小さく口を開ける。
「これで全部ちゃんとできた」
 眞一郎は真正面から比呂美を瞳の中に捕らえる。
「できているわ、ちゃんと。
 私だってあの人と別れているし、もう幼い頃の私じゃないし、一人で立てている。
 この少女のように……」
 絵本のイラストは少しずつ顔が開かされる仕組みになっている。
 後姿から横顔、そして正面。
 その顔は眞一郎のそばにある。
「君の涙を拭いたい」
 比呂美の両目からは透明な液体が滞ることなく流れている。
 眞一郎はそっと両手で比呂美の頬を触れて柔らかな感触を確かめる。
 今までに何度も想像してもわからなかったが、張りがあって眞一郎の指先を温めてくれる。
 右手を比呂美の顎に添えてから、眞一郎は顔を近づける。
 ふたりは唇を重ねたまま、お互いの存在を確かめ合ってから離れる。
「眞一郎はずっと私のことを見ていてくれたんだね」
 惚けている比呂美は薄く桜色に染まっている。
「見ていたけど、何もできずにいた」
 絵本の中でも明確に解決策を浮かべずいた。
「今、できていればいいわ。
 私も今できたのだから。
 あのときのように強引にすることなく……」
 海岸での比呂美からのキスは、舌を絡めてくるほどだった。
 お互いが初めてであったはずなのに、いきなりであった。
「比呂美のことが好きだ」
「私も眞一郎くんのことが好き」
 絵本だけでなく言葉にする。
 今度はふたりで強く抱き締め合う。
 バイク事故のときの眞一郎から一方的でなく、自転車での疾走のときの不恰好ではなく。
 ずっとすれ違っていたふたりがようやく結ばれる。
 誰のせいでもなく自分のせいでもなく。
 さまざまな人々に迷惑を掛けていても、今度はふたりが人々に安らぎを与えていこう。
 十年以上も結果が出なかった初恋が成就する。
 比呂美はスケッチブックを落としてしまう。
 最後のページが開かれる。

               *

 後日談

 夕焼けのバス停で純が就職のために上京するのを三人が見送る。
「お兄ちゃん、がんばってね」
「乃絵もみんなと仲良くするんだぞ」
 乃絵の明るい声に純は優しく返した。
「乃絵には俺たち以外の友達がいます」
「何かとありがとうな、何かあったら連絡してくれ」
 眞一郎と純が相談するとしたら、比呂美への対処だ。
 短い間であっても、純は比呂美の一面を把握している。
 今のところ比呂美が眞一郎に見せていない姿を。
「向こうに行ってもバスケを続けてくださいね」
「湯浅もだ。またゲームをしたい」
「長期休暇で戻って来られときにでも」
 比呂美のにこやかな微笑には、さすがの純もかすかに身体を震わせる。
「何の話?」
 眞一郎が気にしている。
「彼女に訊けよ」
 純の指摘に眞一郎は比呂美を見る。
「フリースローして入ったら、相手に一つだけ質問できる。
 今度やってみようか?」
「俺に不利だ」
 眞一郎の見解に四人とも笑い合う。

               *

 愛子は店の前に三代吉を見つける。
 急いで駆け寄って、店の鍵を開ける。
 三代吉はバイトをしてくれているので、いつかは鍵を渡せるようになりたい。
「入ろっ」
 愛子は三代吉を促した。
「今日もあいつらは来るだろうな」
 三代吉は約束をしていなくても予測した。
「あれでも常連客だからね」
 最近は眞一郎を中心にして人数が増えつつある。

               *

「ごめんください」
 従業員用出入り口で比呂美は挨拶をした。
「家族なんだから玄関から入りなさいよ、眞一郎まで何をしているの」
 眞一郎母は切なそうに背を向けている。
「母さん、見せたいものがあるんだ」
 眞一郎の言葉に立ち止まってから、こちらに来る。
「何のこと?」
「父さんはどこにいる?」
「酒蔵でしょ」
「やはりそうか、見て来る」
 眞一郎が行こうとすると、ちょうどいいときに丁稚がいる。
「仲が良いですね、おふたりさん」
「ありがとう」
 比呂美は否定する事無く微笑んでいるが、眞一郎はぎこちない。
「父さんを呼んで来てくれないか?
 居間で待っているから」
「わかりました、坊ちゃん」
 丁稚は早歩きで酒蔵に入って行く。
「何があるというの、ふたりして」
 眞一郎母は不信感を募らせている。
 比呂美は眞一郎の背中を左手で軽く後押しする。
「絵本を見て欲しくて」
 一度は怒らせてしまったことがあった。
 東京の出版社の封筒を切られてだ。
 仲上を継ぐ気がないと思われているのだろう。
「そんなことなの? 変な想像をしてしまったわ」
「そういうことはありませんから……」
 比呂美は頬を染めながら否定した。
「すぐに見せられるものではないわね。
 茶菓子でも用意するから、比呂美は手伝ってね」
「はい」
 比呂美はそのまま上がって手伝いに行く。
「あのふたりは何を考えているんだ?」
 眞一郎にはわけがわからないが、訊くべきではなさそうだ。
 三人で待っていると、ようやく眞一郎父が居間に来た。
「ふたりとも制服姿だな。学校で何かあったのか?」
「絵本が完成したから見て欲しくて」
「完成したか、楽しみにしていた」
 眞一郎父は目を細めてくれているので、眞一郎は堂々と手渡す。
 両親は肩を寄せ合って絵本を読んでいる。
 静寂に包まれていて、ページをめくる音だけがする。
 眞一郎と比呂美は正座したまま、何度も視線を交錯させては頷き合っていた。
「ちょっと感想しづらい内容ね」
 眞一郎母は紅潮していて視線をさまよわせている。
「日記のようなものか。
 これは表に出せる内容ではないが、ふたりのことを理解できた」
 眞一郎父はふたりを交互に優しく眺めている。
 ふたりで絵本を見せることで、節度のある清い交際を伝えたかった。
「でもいつかみんなに配ればいいわ」
「そこまではまだ考えていません!」
 比呂美は荒ぽっく言ってしまった。
「比呂美はいろいろ考えているわね。
 煽られても反応しなくてもいいのに」
 眞一郎母の強かさに比呂美は俯いて反省してしまう。
 取り残された男ふたりは戸惑っているだけだったが、眞一郎父は話題を変える。
「眞一郎は絵のほうに進みたいのか?」
「美術には関心がありますが、家の手伝いはします。
 花形はただ踊るだけでなく、跡取り息子としての役割があります」
 もう父にコンプレックスは抱いていない。
 眞一郎の踊りは好評だったからだ。
「比呂美はどうするの?
 自由にしてもいいのよ」
「私は経営や経済のほうに進もうと思います。
 漠然としているので手伝いをしながら学びたいです」
 比呂美の進学の費用は仲上家が出すことに決まってる。
「実践経験をみっちり仕込んであげるわ。
 これで進路は決まったわね」
 眞一郎母は比呂美に視線を向けると逸らされてしまっても、含み笑いを浮かべている。
「何か手伝ってもらうか」
「お届け物がありました。ふたりで行って来てね。
 比呂美は晩御飯をうちで食べて行きなさい」
「はい」
 眞一郎母の指示にふたりは声を揃えて従った。

               *

 雪が解け始めていて、乃絵にはあの石が見えている。
 眞一郎が乃絵に告白をするときに並べてくれた。
『のえがすきた』
 積もってからは掘って確かめたこともあった。
「どうした、乃絵?」
「いつもここにいるね、乃絵は」
 眞一郎と比呂美が来てくれた。
 比呂美と乃絵は名前で呼び合う仲になっている。
「眞一郎……」
 比呂美は眞一郎を呼び捨てにするようになった。
「乃絵に告白したときに作ったんだ……」
 苦渋を滲ませながら見つめている。
「こうすればいいのよ」
 乃絵は石に近づいて並び替える。
『えがすきだ』
「これでいいでしょう。私は眞一郎の絵が好きだから」
 乃絵は振り返って微笑んでくれている。
 本当にあの呪いである眞一郎を好きにならないのを示すかのように。
 眞一郎とは信頼関係だけであるかのように。
「ここまでしなくても……」
 比呂美は乃絵に自分が嘘をつき続けていた姿を重ねていた。
「いいの、私が決めたから」
 比呂美を慰めるように、乃絵は比呂美に抱き付く。
 ふたりは涙を流しながら、身体を震わせている。
「どういうこと、これ?」
 朋与も来てくれて眞一郎に訊いた。
「ちょっと、いろいろあって」
「そっか、こういうときはどうすればいいか教えてあげる。
 仲上くんのおごりで食べに行きましょう」
「それって、黒部さんがおごって欲しいだけでは?」
 眞一郎の問い掛けに、三人は視線を集中させる。
「眞一郎はおごるべきよ」
「こういうものを放置した責任があるわ、眞一郎」
「詳しい話を聞かせてね」
 乃絵、比呂美、朋与の集中砲火を浴びせられた。
「わかった、愛ちゃんに行こう」
 いつもの場所で常連になっている。
「やった!」
 三人は声を揃えた。

               *

 眞一郎と比呂美は時間があるときには、海岸を訪れる。
 ふたりが甘えられる場所は限られており、眞一郎の部屋か比呂美のアパートしかない。
 四人で愛ちゃんに行って、愛子と三代吉と雑談を楽しんだ。
 海岸に到着すると、自然に手を繋ぐようになった。
「雪の海って私が言ったことよね」
 比呂美は同意を得られないかもと避けていた。
 違ったら、また以前のように自分だけで盛り上がりたくないから。
「そうだよ。創作活動は身の回りのものから、発想から得られる。
 でもあの絵本の天使は乃絵だ」
 眞一郎も隠しておきたい事実がある。
 絵本を描き始めたというか、本気になったのは乃絵のおかげだからだ。
「わかっているわ。そうだと思っていたから。急にあのように描けないでしょうし」
「これからはいろいろ描いてゆくよ。比呂美と乃絵や俺自身や他の人たちから得て」
 眞一郎の中では誰のための絵本という区別ができなくなっている。
「絵本ってすごいね。すぐに心を掴んでしまえるから。
 私にはできそうにない」
 比呂美は眞一郎を励まそうと覗き込む。
「比呂美のほうがすごい。勉強やスポーツだけでなく母さんの小言にも耐えてきた。
 俺は何でも比呂美に敵わないと思っていた」
 眞一郎は空を仰いでいる。
「違うの。幼い頃の私は引っ込み思案で眞一郎の後を追い駆けてばかりいた。
 だからいつか追いつこうとしただけなの」
 比呂美は繋がれている右手を強く握り締める。
 眞一郎はやんちゃで、からかわれてばかりいた。
 いつか釣り合いが取れるようになりたかった。
「そういうところから、すれ違っていたのか……」
「だって、こういうふうに本音で話せるようになったのは、最近になってからだから」
 お互いに握る手が熱を帯びてきた。
 それでも離そうとしない。

『並んで歩こう』
 絵本の最後のページを実現させるために。
 できればこれからも、ずっと。

                    (完?)



 あとがき
 本編が最終回ですので、妄想も最後になります。
 とうとう今夜に放送されることになりました。
 今までの考察していたことを含めて描いてみました。
 第十二話の眞一郎のおぎゃあ、比呂美の置いてかないで、乃絵の飛び降りを、同一視して、
 リセットという初期化ではなくて、リスタートという再起動と考えています。
 三人とも考えを改めて再起動することでお互いにとって良好な関係を築いていくでしょう
 比呂美は眞一郎への依存体質を改善する事無く、眞一郎と結ばれても成長できません。
 そんなふたりは幼い頃の思い出ばかりに、すがらないようになるでしょう。
 眞一郎にとっては比呂美こそが最大のコンプレックスであっても、絵本なら勝てます。
 比呂美は長期間も自分を見つめてくれていた眞一郎に惹かれてゆくでしょう。
 現実のふたりが向き合うことができるように祈っています。
 比呂美と眞一郎は学校や仲上家では遠慮はしますが、ふたりきりになれば甘えるでしょう。
 乃絵の涙には迷いました。
 眞一郎に泣いてもらわねばなりません。
 気高い涙は何事にも縛られずに成し遂げようとするときに流れるようにしました。
 乃絵のためだけに絵本を描き続けて、乃絵すらも放置しましたが、
邪魔をしたくないからにしました。
 愛する比呂美までも放置してしまった罪もあるのですが、報告したかっためです。
 わかっていてもしなければならない眞一郎は、あらゆる感情が混じって泣いてしまいます。
 湯浅比呂美からは理解、眞一郎からは信頼、純からは愛情を、乃絵は得ます。
 比呂美からは誤解から友達として理解されます。
 それらを受け取っても、乃絵は地上にいます。
 ならば絵本をすべて紙飛行機にすることで、天空への橋渡しをさせました。
 これでお婆ちゃんと雷轟丸と出会えます。
 また誰が雷轟丸か地べたかを迷うわないように、一緒に飛ばしました。
 乃絵眞一郎との信頼関係を継続させました。
 もう二度と会わないようにするのは、過酷だからです。
 純から眞一郎に乃絵と友達になるように託されてもいます。
 でもまだ恋心が残っているかは想像の余地があります。
 例のあの石である『のえがすきた』は『えがすきだ』に、
乃絵が自分で眞一郎と比呂美の前で並び替えることで清算しました。
 純については就職させました。
 乃絵と離れることで、お互いが自立するためです。
 仲上夫妻はふたりのことを温かく見守ってくれるでしょう。
 愛子と三代吉もいつか恋人関係になって欲しいです。
 本編がここまで大団円になるかはわかりません。
 比呂美スレでは癒しが求められるので、重々しい内容にならないように控えていました。
 もう使われることのないフラグが、行間にはさまざまな仕掛けを施してはいます。

 今まで比呂美スレで考察や妄想し合って、苦難を乗り越えてきました。
 この場を借りて感謝しております。
 ここらで筆を置こうと考えています。
 時間をおいて書きたくなるかもしれませんが、ありがとうございました。



 第十三話の妄想

 テレビでの予告 音声

Ⅰ 「そう? ありがとう」 眞一郎母。
 どこでも使えそう。
 比呂美の部屋に訪問したとときに、ケーキと紅茶を出してもらったとき。
 あの切り取られた比呂美母の写真か比呂美の形見である同じ写真を見せてもらうとき。
 比呂美がお手伝いをしてくれるとき。

Ⅱ 「入ろっ」 愛子。
 三代吉とお店に入るとき。
 他にも使えそう。

Ⅲ 「こんな自分、嫌なの」 比呂美。
 今までの自分の行為を反省をしている。
 強引に眞一郎に合鍵を渡したりキスをしたり、祭りでは乃絵に懇願したり嫉妬したり。
 相手は眞一郎母、眞一郎、乃絵、朋与。

Ⅳ 「眞一郎は、私が飛べるって」 乃絵。
 眞一郎に助けられたか絵本を見せられてからだろう。
 相手は純が妥当でもあるが、比呂美もありうる。

Ⅴ 「君の涙を」 眞一郎。
 比呂美絵本のタイトル。
 比呂美に告白のとき。

Ⅵ 「ちゃんと向き合って欲しいの、だから信じて欲しいの」 乃絵?
 乃絵が比呂美に眞一郎のことについて話し掛けるとき。
 乃絵は比呂美が眞一郎を想っているのを知っているから。
 乃絵はもう純を選びそう。


 テレビでの予告 場面

A 比呂美、制服姿でフェイドアウェイ。
 比呂美がバスケでシュートした後。
 その後に乃絵が現れそう。

B 今川焼き屋"あいちゃん"の前で待つ三代吉に駆け寄る愛子。
 雪が解けているので、後日談だろう。

C 絵本のページを紙飛行機にしてあり、地面に突き刺さっている。
 誰かが雷轟丸の絵本を紙飛行機にしたのだろう。
 地面からあの海岸のように思える。
 乃絵、眞一郎が共同で、天空のお婆ちゃんと出会うために。

D ママンが切ない表情を見せる
 仲上家であるので、従業員出入口を家族である比呂美が使用したとき。

E 缶コーヒーを飲む純。
 公式では相手は眞一郎になっている。
 今までのことを振り返りつつ、乃絵や比呂美との交換条件の解消。
 純の今後についても語るだろう。

F 夕暮れの海岸。
 純が就職のために上京。
 他にも無数に考えられる。


 公式のあらすじの画像   左上から右に順番で

1 眞一郎が誰かに抱きつこうとしている。
 マフラーをしていないので、第九話の抱擁。
 相手は比呂美で比呂美視点だろう。
 後ろの雪は現場であったが、光源については謎。

2 眞一郎母の比呂美のアパートの訪問。
 時刻は窓から昼間なので、比呂美は祭りの翌日は学校を休んでいそう。
 手にはケーキの箱を持っていて、見舞いに来ている。
 できれば仲上湯浅夫妻の過去の話と眞一郎との関係についての相談。

3 愛子が喜んでいる。
 相手は三代吉でお店に入るところ。
 B 今川焼き屋"あいちゃん"の前で待つ三代吉に駆け寄る愛子
 雪が解けているので、後日談だろう。

4 涙目の比呂美。
 Ⅲ 「こんな自分、嫌なの」 比呂美の場面と一致しそう。
 服装から見舞いにきた眞一郎母か眞一郎に。
 今までの自分の行為を反省をしている。
 強引に眞一郎に合鍵を渡したりキスをしたり、祭りでは乃絵に懇願したり嫉妬したり。

5 制服姿で見舞いに来た眞一郎。
 テーブルの前には事前に来た眞一郎母のケーキが乗っている。
 休んでいたのを心配しているが、まだちゃんとしていなさそう。

6 絵本の紙飛行機。 
 C 絵本のページを紙飛行機にしてあり、地面に突き刺さっている
 誰かが雷轟丸の絵本を紙飛行機にしたのだろう。
 地面からあの海岸のように思える。
 乃絵、眞一郎が共同で、天空のお婆ちゃんと出会うために。

7 制服姿の比呂美が体育館にいる。
 A 比呂美、制服姿でフェイドアウェイ
 比呂美がバスケでシュートした後。
 その後に乃絵が現れそう。
 眞一郎と向き合うようになるための決意。

8 純と眞一郎が会っている。
 仲が良いようにも見える。
 E 缶コーヒーを飲む4番
 公式では相手は眞一郎になっている。
 今までのことを振り返りつつ、乃絵や比呂美との交換条件の解消。
 純の今後についても語るだろう。
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