true MAMAN 不器用な子なの


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「――そう、わかったわ。それじゃ、あなたも気をつけて」

 理恵子は電話を置き、居間の比呂美を見やった。
 比呂美はお茶にも口をつけず、虚ろな目を下に伏せている。
 理恵子は目を瞑り、ほんの数瞬考えをまとめ、居間に戻った。

 麦端祭りの後、後片付けをしていた理恵子は、下駄を片方脱いでふらふらと歩く比呂美を発見したのだ。
 名前を三度呼んだところでようやく足を止めた比呂美を自宅に連れ帰り、着替えをさせて居間に座らせて、お茶を
淹れた。

 比呂美はその間一言も発しなかった。
 もっともこの1年、理恵子と比呂美の間に会話らしい会話はほとんどない。その責任のほぼ全面は理恵子にあり、
双方の努力によって改善は見られるものの、理恵子はまだ、比呂美から話掛けられた事がない事実を苦く認識して
いた。
 だが現在の沈黙は根本的に意味が異なる。
 かつての比呂美には、現実と闘う意志を感じた。理恵子に対しても、恭順はしても服従はしないと目が語っていた。
だが、今の比呂美からはいかなる覇気も生気も感じなかった。それは彼女の心を支えてきた柱が抜き取られたか
のようだった。

心を支える柱。理恵子はそれが眞一郎であることを疑っていない。比呂美の世界は眞一郎を全ての基盤に作られて
いて、それが理恵子からの仕打ちに耐えさせていたのだ。ならば比呂美が耐えられない衝撃とは、眞一郎に関する事
柄に違いない。そこまで考えが進んだ時、眞一郎から電話が掛かってきた。

 電話の内容は簡単なものだった。乃絵と言う同級生が骨折した。今病院にいるから帰りは遅くなる。比呂美には一言
も触れなかった。
「眞ちゃんからだったわ。乃絵っていう子が怪我して入院したそうよ」
 眞一郎と、乃絵の名前を出したのは直感だった。その勘が正しい事は比呂美が証明した。
「石動さんが・・・・?どうして?」
「さあ、詳しい事はわからないわ。けど怪我は骨折でそんなに深刻じゃないらしいわ。ご家族が来るまでは病院にいると
言っているわ」
「石動さんが・・・・そんな、私・・・・・・・!」
 理恵子は冷めたお茶を捨て、淹れ直して比呂美の前に置いた。比呂美は気付かない。
「あの子は不器用な子なの。2つの事が同時に考えられないのよ」
 自分のお茶を飲みながら半ば独り言のように理恵子は言った
「でも、必ず最後には全部ちゃんとできる子よ。順番を決めて、ひとつづつ。そうやって全部をちゃんとする。父親に似たの
かしらね」
 自分の言葉が届くのかは自信がない。だが少なくとも、比呂美は理恵子の言葉に反応した。それは希望には程遠
かったが、比呂美がすがることが出来る何かを与えたようだった
「今夜は泊まっていきなさい。もう遅いから」
「いえ、帰ります。明日、学校ありますから」
「送っていこう」
 いつからいたのか、ひろしが立ったまま申し出た。比呂美もこれは断らず、ひろしの運転でアパートに帰っていった。

「・・・・・・・・最後には全部ちゃんとする」
 理恵子は一人になって、先刻比呂美にかけた言葉を繰り返した
「でも、時間は掛けられないわよ、眞ちゃん」
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