ある日の比呂美2


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アパートまでの道のりを、比呂美はひたすら走り続けた。
眞一郎の視線を感じると何故かもつれる自分の脚が、雪で覆われた悪路を難なく駆け抜ける。
……今、眞一郎は自分を見ていない……
全く転ばない事がその証明のように感じられて、比呂美の心に追い討ちを掛ける。
たどり着いた自室の前で、半分泣きそうになりながらポケットを漁る比呂美。
鍵を取り出してドアを開ける事すら、もどかしい。
部屋の中へと逃げ込んでブーツを脱ぎ捨てると、水道からコップに水を注ぎ、一気に飲み干す。
「…………ハァ…ハァ…ハァ…ハァ……」
呼吸はなかなか整わず、精神と肉体の両方に、どんよりとした疲労感が広がっていく。
照明と暖房のスイッチはすぐそこにあるのに、手を伸ばす気にすらならない。
…………
…………
(……どうしよう……どうしたらいいの……)
突然、比呂美は人生の岐路に立たされてしまった。
眞一郎を許すのか、許さないのか。朋与との友人関係を続けるのか、続けないのか。
ふたりは比呂美にとって、今の生活の『核』と言っていい。
眞一郎との絶縁は、すなわち仲上家との繋がりを断ち切る事と同義である。
おじさんやおばさんが気を遣ってくれても、やはり自分の足は、あの場所から遠退くだろう。
同じ様に朋与を切り捨てるということは、学校生活での居場所を、ほとんど失う事に他ならない。
部にだって居ずらいし、あさみや真由、美紀子に対する人望も……きっと朋与の方が厚い。
……そして……それよりも重要なのは……
(眞一郎くんと別れたら……私、生きていけない……)
眞一郎との未来を奪われる……それは比呂美にしてみれば「死ね」と言われるに等しい。
そう遠くない将来に眞一郎の妻となり、仲上の家に帰る…… それは比呂美にとって予定ではなく決定事項だった。
…………
(……だから……か……)
比呂美は、朋与の嘘を薄々見抜いていながら、わざと無視してきた自分自身に今更ながら気がついた。
こうなる事が分かっていたから、自分は知りたくなかったんだ。
眞一郎と一線を越えることを躊躇ったのも、『して』しまえば、きっと朋与との事を確信してしまうから……
……だが……もう比呂美は知ってしまった。
(知らないふりをしていればよかった……気づかないふりをしていれば……)
あの時、体育館で朋与を捜さなければ…… 『おばさん』の話を聞かなければ……
眞一郎が帰ってくるまで待っていれば…… ふたりを見つけたとき、笑って「お帰り」と言っていれば……
きっと、今までと同じ日々が続いていったはずなのに……
…………
(……どうして……私……こうなの?……)
両脚から筋力が失せ、比呂美の身体は完全に床へとへたり込んでしまう。
冬の冷気で氷の様に凍結した床が、比呂美の内腿から熱を吸い取り、その心までも凍えさせる。
……もう……消えてしまいたい…… そんな風に比呂美が思いはじめた時……

    コン、コン

ドアがノックされる。チャイムではなく、二度のノック……それは比呂美と眞一郎が二人で決めた、来訪の合図だった。
「比呂美……いるのか?……いるんだろ?」
「!!」
眞一郎が来た…… 眞一郎が自分を追ってきた……
反射的に立ち上がり、レバーハンドルに手を掛けようとする比呂美。
……だが……
(……何を話すの……何を……)
眞一郎の話……それは決して愉快な内容ではないだろう。言い訳……弁解……いや、それならまだいい。
比呂美の想像の針はマイナスの方向に大きく振れ、身体の動きを止めてしまった。

「ただいま」
玄関を開けた朋与が最初に目にしたのは、鬼の形相で仁王立ちしている母の姿だった。
当然である。何の連絡もせずに夜遅く帰宅した上に、朋与の格好は見るも無残なものだった。
制服とコートを泥で汚し、両手には薄汚れた紙袋と猫缶を入れたビニールを下げている。
そんな娘を見て、母の怒りが活火山の如く噴火するのに、さして時間は掛からなかった。
「な・に・を・し・て・い・た・のっ!!」
懇々と説教を垂れる母を適当な嘘でやり過ごし、
台所で愛猫ボーへ高級猫缶を振舞ってから、自分の部屋へ逃げ込む朋与。
テーブルに汚れた紙袋を置き、手早く服を着替える。制服は予備があるので、明日の心配はしていなかった。
軽い頬の痛みに気づき、鏡に顔を映してみる。
比呂美に平手打ちを喰らったところが、少し腫れていた。
「…………」
あんな事があったというのに、朋与の心は落ち着いている。
眞一郎が身体を抱きしめ、愚図りが納まるまで一緒にいてくれたお陰で、心身の回復は早かったのだ。
眞一郎の手が背中をさすってくれている間、朋与は泣きながら一年前の『喧嘩』のことを話した。
知るはずのない事を、比呂美が知っていた理由……
比呂美の本心を暴き立てるため、眞一郎との情事を『嘘』と偽って告白したことを……
(……信じていないと思ったのに……)
話を聞いた瞬間の比呂美は、朋与を殺しかねない激昂ぶりであった。
しかし時間が経って冷静になると、それは『ありえない可能性』として彼女の中で切り捨てられたはず……
そう朋与は思っていた。
あの頃の朋与と眞一郎には、『比呂美を通しての知り合い』以上の関係はなかったのだから……
(私の失敗だ……)
正直に言って、比呂美がこれ程までに自分と眞一郎の接近に神経を尖らせているとは思っていなかった。
買い物くらい許される……そんな甘い考えが、このような事態を招いてしまったのだ。
朋与には、眞一郎と比呂美の仲を邪魔するつもりは毛頭ない。ふたりには幸せになって欲しいと本心から願っている。
(なのに……私は……)
胸の奥が、何かに締め付けられる。
それは眞一郎への消せない想いなのか、比呂美への懺悔の気持ちなのか、朋与には分からなかった。
…………
(大丈夫かな……眞一郎……)
眞一郎は朋与が泣き止んだ後、泥まみれになったプレゼントを自分に預けて、比呂美の部屋へ向かった。
話せば分かる……などとは朋与も眞一郎も思っていない。でも……やはり話さなければならない。
…………
《送ってやれなくてゴメン》
それだけ言って、眞一郎は比呂美の去った方向へと駆け出していった。
……その後ろ姿が……朋与の脳裏に強い印象として残っている……
…………
…………
今、自分に出来る事をしよう…… そう無理矢理に気持ちを切り替える朋与。
目の前にある泥に汚れた紙袋から、中身を取り出す。
やはり袋と包装紙は、もう使い物になりそうもなかった。
包装紙を剥がし、内箱を確認する。
ビニールコートされた紙だったおかげで、汚れは内部にまでは及んでいなかった。
(うん、なんとかなりそう)
……眞一郎の大切なお金で買ったプレゼント……無駄にはさせない…… 必ず……必ず比呂美の元へ届ける……
改めてそう思った朋与は、代わりの包装紙を探すために、部屋を出て階下へと降りていった。

「話すことない……帰って」
扉の向こうに立つ眞一郎が息を呑む気配。
追い返さなければ……そう比呂美は思った。
眞一郎がもし……もし自分の考えている最悪の言葉を口走ったら……
(いや……聞きたくない!!)
キッチンシンクにもたれながら目を閉じ、「帰って」と念じる比呂美。
……しかし……
「話を聞いてくれるまで……帰らない」
眞一郎も引く気は無いらしい。春が近いとはいえ、屋外でじっとしていられる気温ではないのに……
「す、好きにすれば!……部屋には入れないから!」
わざと大きな音をたてて鍵を掛けると、比呂美は部屋の奥へ引っ込み、照明とエアコンのスイッチを入れた。
マフラーと上着をハンガーに掛けてから座椅子へと腰を下ろし、眞一郎が去るのを黙って待つ。
…………
…………
居る……眞一郎はまだそこに居る…… ドアを隔てていても、比呂美にはそれが分かった。
(……眞一郎くん……きっと寒い……)
冷気に晒されて凍える眞一郎の姿が、はっきりとした映像となって脳裏に浮かび、消えない。
「…………… !!」
我慢の限界はすぐにやってきた。居ても立ってもいられず、比呂美は玄関に駆け出してドアを開ける。
「! ……比呂美……」
吐き出した白い息を口元に纏わり付かせ、小刻みに身体を震わせながら立ち尽くす眞一郎……
そのコートの袖を掴み、無言で中に引き入れる。
比呂美は突き飛ばすように眞一郎を部屋の奥へと追いやると、
眞一郎の体を温める飲み物を用意する為にお湯を沸かしはじめた。
…………
五分後、コートを脱いで自分の定位置に座っている眞一郎の前に、インスタントの紅茶が差し出される。
「……飲んで……」
聞き取れるギリギリの大きさの声で、そう呟く比呂美に促され、無言のままカップを口にする眞一郎。
二人は視線を絡めずに、相手の様子を探った。しかし、どちらも話を切り出すきっかけが掴めない。
気まずい沈黙が、二人の間に停滞した。
口を噤んでいても埒が明かない…… そう思った眞一郎が意を決し、重々しく喋り始める。
「言い訳……するつもりはないよ…」
普段より低く響く眞一郎の声に、比呂美の上半身がピクリと反応する。
(…………それって……どういう意味?)
眞一郎の言葉に裏は無い。そのままの意味……過去に朋与を抱いた……その事実を認めてるだけだ。
だが、朋与に『負けている』という思い込みに取り付かれた比呂美には、そうは聞こえない。
その思考は眞一郎の真意を飛び越え、論理が飛躍を始める。
話の中で眞一郎が『朋与』と親しげに名を呼び捨てている事も、比呂美のマイナス思考に拍車を掛けた。
(やっぱり朋与と続いてる……朋与に……眞一郎くんを…………盗られちゃう……)
眞一郎が『あの日』のことを懸命に話しているが、その内容は比呂美の心には全く届かない。
疑惑と憶測が脳内を飛び交い、眞一郎の発する単語の一つ一つの意味を曲解していく。
今、比呂美の頭を占めているのは「盗られる」という強迫観念のみだった。
「比呂美……俺、朋与と……」
朋与とはちゃんとしてる。ほんの一瞬だけど、ちゃんと恋愛して……そして、ちゃんと終わってる……
そう言いかけた時、比呂美が突然身を乗り出すと、両腕を眞一郎の肩に伸ばし、そのまま床へと押し倒した。
「っっ!……痛ッ!!」
予想もしていなかった比呂美の行動に眞一郎は対応できず、背中と後頭部をフローリングに打ち付けてしまう。
そのまま全体重を掛けて、両肩を押さえ付けてくる比呂美。
その光を失った瞳を見て眞一郎は、自分の気持ちが比呂美に全く伝わっていないことを悟った。
そして眞一郎の耳朶を、比呂美の震える声が鞭打つ。

「…………して…………私にも……」

「比呂…むぐっ!!!」
肉食獣が獲物に噛み付くようにして、眞一郎の唇を塞ぐ比呂美。
それは何度も交わした、恋心を伝える甘いキスではない。
清楚で控えめな普段の比呂美からは想像もできない……獣のような口づけ。
眞一郎の体は麻酔を打たれたように、完全に動きを封じられてしまった。
長い吸引の後に唇を外すと、比呂美は眞一郎の鎖骨のあたりに額を擦りつけながら、消えそうな声で何度も懇願する。
「……して…………私にも……して…………」
朋与に負けたくない…… 朋与に渡したくない……
そんな焦りが、比呂美を『らしくない』行動に奔らせているのが、眞一郎にはすぐに分かった。
こんな形で結ばれる訳にはいかない。比呂美をこんな気持ちで抱くことは許されない。
…………だが…………
胸元に掛かる吐息…… 頬に感じる栗色の髪の艶…… 腹筋のあたりに押し付けられる二つの膨らみ……
接触してくる比呂美の存在そのものが、眞一郎の理性を破壊し、粉々に打ち砕いてしまう。
(比呂美が……比呂美が求めてる…………比呂美を…比呂美を……抱ける!!!)
『して』しまえばいい。身体を繋げてしまえば、誤解だってすぐに解ける。
身勝手な理屈を頭の中で構築した眞一郎は、身体を捻って体勢を入れ替え、圧し掛かっていた比呂美を逆に組み敷く。
艶やかな長髪が放射状に床に広がり、ほのかな香りを放って眞一郎の鼻腔をくすぐる。
比呂美は四肢を投げ出して全身の力を抜くと、桃色に染まった顔を背けて目を閉じた。
眞一郎の指が、比呂美の青いシャツのボタンに掛かり、それを上から一つ一つ外していく。
すぐに露になる比呂美の素肌…… そして眞一郎の眼前に、純白のブラに包まれた比呂美の乳房が現れる。
抱きしめた時に何度も味わった、あの柔らかさの源…… 比呂美の『女』を象徴する部分……
(……朋与より……大きい……)
ふと頭に浮かんだ考えを、眞一郎は慌てて打ち消す。
……何て事を考えるんだ……そんな……二人を侮辱するような事を…………
比呂美を抱けるのに…… ようやく……比呂美を…………
吸い寄せられるように比呂美の乳房へと伸ばされる眞一郎の指。
それは表面に触れると同時に、グッと強い力を込めて、比呂美の乳房の形を変えた。
「痛ッ!!」
突如加えられた痛撃に、比呂美の顔が苦悶に歪む。そして、それを見た眞一郎の顔は困惑で曇った。
(朋与は……朋与はこれで……悦んでくれたのに……)
またしても脳裏に浮かんでは消える『朋与』の存在。眞一郎の体と心がジワジワと凝固していく。
「……眞一郎……くん?」
眞一郎の異常に気づき、掛けられる比呂美の声。それは確かに比呂美の物なのに、眞一郎の耳には別人の声として響いた。

    《してあげる。仲上くんのして欲しい事、全部してあげる》
        《好きよ……眞一郎……大好き……》
    《うっ……はぁ、はぁ……き、気持ちいいっ……眞一郎ぉ……》
        《出してっ眞一郎!……私の中に……精子……いっぱい出してぇぇっ!!》

消えない……朋与が自分の中から消えない…… 比呂美に近づけば近づくほど、朋与の思い出が湧き出してくる。
普段と違ったあの優しい声…… 甘い香り…… 張りのある柔らかな肌…… 
その全てが、比呂美の痴態を触媒にして、鮮明に眞一郎の脳裏に蘇ってくる。
(…………朋…与……)
自身の内側に『黒部朋与』が厳然と存在していることに、眞一郎は気づいてしまった。
そしてそれは、触れ合った肌を通じて比呂美にも伝わっていく……
「……!!」
眞一郎が我に返った時には、もう遅かった。
比呂美は胸にあてられた眞一郎の手を払い除けると、覆い被さる身体から擦り抜けるように身を起こす。
シャツの前を両手で閉じ合わせ、曝け出した胸を隠してから、吐き出す様に比呂美は言った。
「…………帰って……」
今まで浴びた、どんな罵声よりも強烈で鋭いその一言が、眞一郎の心を刺し貫く。
背を向けて声を殺し、全身を震わせながら嗚咽をはじめる比呂美。
眞一郎は怯える小鳥のような比呂美の様子を正視する事が出来ず、コートを掴むと逃げるように部屋を飛び出していった。

箱の角に合わせて包装紙に折り目をつけ、慎重にテープで止めつつ、四方からくるむ。
「ん~ん、もう何でぇー?」
ネットで検索したやり方をそのまま真似ているのに、何度やってもシワが出来てしまう。
朋与は元々手先が不器用なので、『包装』などという細かい作業が大の苦手だった。
「え~い、もう止めた!」
バッシュのラッピングは、別の方法を考えよう。調べれば何か簡単で見栄えが良いやり方があるはずだ。
そう思い直した朋与は、包装紙をグシャグシャに丸めると、ゴミ箱に放り込んだ。
身体を投げ出すようにしてベッドへ寝転がると、枕元に置いてある携帯が目に留まる。
(……連絡は……してこないよね)
眞一郎は比呂美に会えただろうか?比呂美は話を聞いてくれただろうか?
気になって仕方が無い。……だがこちらから電話することは、やはり躊躇われる。
悶々とした気分で携帯を睨んでいると、突然ランプが点滅を始め、枕に振動が伝わってきた。
(!! 眞一郎!)
液晶画面に表示される相手の名前を確認すると、素早く通話ボタンを押し、一呼吸おいてから話しはじめる。
「…………もしもし……仲上くん?」
眞一郎……とは呼ばなかった。自分はまだ、彼ほどには気持ちを割り切れてはいないから……
《…………朋与…………》
「うん…………比呂美と……ちゃんと話せた?」
すぐに返事が返ってこない。……眞一郎の様子がおかしい事に、朋与はすぐ気がついた。
上手く話せなかったのだろうか、と心配になる。
そんな朋与の心情をよそに、眞一郎は朋与の心の中を激しく掻き乱す、不用意な一言を突然口にした。
《……俺……やっぱりお前の事、忘れられない》
「…え……」
意味が分からない。なんで……なんで……そんな展開に……なんでそんな話が出てくるのか。
「な…なに言ってんの。そんな訳ないでしょ」
眞一郎が好きなのは比呂美。『仲上眞一郎』の一番は『湯浅比呂美』に決まっている。
内心の動揺を抑えながら、通話口に向けて何度もそう繰り返す朋与に、眞一郎は生気の抜けた声で切り返す。
《…………分かったんだよ……俺は……本当は比呂美より……》
眞一郎の口から漏れ出す甘美な言葉。心臓がバクバクと鼓動を早め、朋与の全身がカッと熱くなる。
(ダメだ!その先を聞いちゃいけない!!)
駆逐されかかった理性と比呂美への友情が警報を発し、朋与を激発させる。
「ふ、ふざけんなっ!!……私は……私はもうアンタの事なんか、何とも想ってないっ!!!」
そう眞一郎を怒鳴りつけると、通話ボタンを切って携帯を乱暴に投げ捨てる朋与。
激しい運動をしたわけでもないのに、呼吸が乱れ動悸が治まらない。
(…………眞一郎が比呂美より私を……そんなはず……そんなはずない……)
あの後、きっと『何か』があったのだ。眞一郎を狂わせる『何か』が。
それで眞一郎は血迷っている。
そしてまた、あの時のように二人の気持ちがすれ違ってしまった。すれ違ってしまったんだ。
…………
……でも……もしも…………眞一郎が言ったことが、彼の本心だとしたら……
…………
失った恋を取り戻せるかもしれない……そんな淡い期待が朋与の心を捉え始める。
比呂美から……眞一郎を……奪い取れるかもしれない…… 眞一郎の全てを……
…………
(何を考えてるの…… そんなのダメに決まってる!!)
動き始めた状況から逃亡するように、ベッドの中へと潜り込む朋与。
だが、その体内では『希望』という一滴の栄養を与えられた朋与の想いが、激しく膨張を始めていた。
厳重に鍵を掛け、鎖でがんじがらめにしてきた『想い』が、その全てを引き千切って大きく膨らみ始める。
(……嫌っ!出てきちゃダメっ!!……出てこないでッッ!!!)
朋与は眞一郎への想いを封じ込めようと心の中で絶叫する。
だが、溢れ出る気持ちを制御する事など、出来るはずもない。
……眞一郎なんか好きじゃない…… ……眞一郎なんか好きじゃない……
朋与は呪文の様にその言葉を唱え続けて眠りが訪れるのを待ったが、
その夜、彼女の元に睡魔がやってくる事は、遂に無かった。


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