眞一郎は大欠伸をしながら階段を降りてきた。もう10時である。
絵本の持込まで日が迫っている。話の骨子は出来上がっているが、絵の構図が決まらずに苦戦し、昨夜もかなり夜更かししてしまった。
まずいな、これは。
眞一郎は少し焦っていた。本来なら、美大受験の対策も始めておかねばならない。これが終わったら、暫らくは受験に専念せざるを得まい。
美大進学は絵本作家としてmustではないが、shouldではある。出版社に対して多少なりとも箔をつける意味でも、美大には現役で受かっておきたかった。
居間に入ると父が一人で新聞を読んでいた。
「あれ?母さんは?」
「買い物に出かけた」
「ふ~ん」
珍しいこともあるものだ。パンでも焼いて食おうと台所に向かった。
「眞一郎、飯食いに行かないか?」
「ん?なに、父さんもまだなの?」
「ああ・・・行くか?」
眞一郎としては断る理由もない。
二人は家から一番近いファミレスに入った。眞一郎はフレンチトーストにコーヒー、ひろしは山菜おこわを注文する。
実は、二人だけで外食をしたのはこれが初めてだった。
ひろしは黙々とご飯をかきこんでいた。
眞一郎のほうが先に食べ終り、今は2杯目のコーヒーを飲んでいるところだ。
「ご馳走様」
いつもの通り手を合わせたひろしが、こちらもコーヒーを頼む。
「山菜おこわの後にコーヒーかよ」
眞一郎が呆れると、
「こんなところに、日本茶なんて、ないだろう」
「いや、ドリンクバーにあった筈だけど」
「・・・・今はそんな風になってるのか」
眞一郎は苦笑した。酒造り一筋なのは知っているが、ここまで浮世と離れてるとは。
「ところで」
ひろしは話題を逸らした。
「絵本、描けてるのか?」
「え、あ、ああ・・・・描いてるよ」
「そうか・・・・今回は、持ち込むんだったな」
「うん・・・・」
たまにひろしは絵本の事を訊いてくる。反対するわけでもなく、激励するわけでもないが、理恵子が最近反対をしなくなったのは父のフォローがあったことは確かだ。
「で、今回は、手応えはあるのか?」
「わかんねーよ、そんなの・・・・」
「そういうもの、なのか?」
「そういうものだよ」
「そうか。そういうもの、なのか・・・・」
どうもおかしい。言葉数が少ないのはいつもの事だが、今日は言葉をどう継ごうか考えながら話しているように見える。
そう考えると、眞一郎は一つの可能性に行き当たった。
「眞一郎」
ひろしはコーヒーをまずそうに飲むと、姿勢を正した。
「聞きたいことが、あるんだが」
続
ノート
ひろしの台詞は基本的に、読点(、)を他のキャラよりも多く入れてます。思慮深いようでいて、少しだけ人をイラッとさせる口調です。
あと、比呂美の章が説得する理恵子の視点で進むのに対し、眞一郎の章は説得される眞一郎の視点で書いています。両方とも親の視点にすると僕の筆力では内容に差別化が出来ないからです。
最終更新:2008年04月11日 00:14