Amour et trois generations


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比呂美の章1に出た逃げ回るみよきちのエピソード
ひろしの文化祭見学の話と若干設定が矛盾するけど気にしないように



「ありがとうございましたー」
「ありがとうございました~」
 客が帰ると、三代吉がテーブルの上を拭く。もうすっかり手馴れたものだ。
「お~っし、一段落着いたな」
「みよきち、ちょっと一休みしなよ」
 三代吉は言われる前にもうカウンターに座っている。もうすっかり慣れたものだ。
 三代吉は春から店を手伝っている。より正確に言うと、店に入り浸っているうちに、勝手
に手伝いを始めている。礼金としてお金を渡してはいるが、その額はあらゆる相場より下
回っており、礼金の域を全く出なかった(金額を聞いた比呂美が絶句したほどである)。
 ともあれ、今では常連にすら「見習い君」と呼ばれすっかり店の一部になっている三代吉
であった。
「今日は結構来たな」
「忙しいって程でもないんだけどねえ」
 三代吉の前にコーラの瓶を置く。
「でも確かにこのところ客足増えてはいるのよね。仕入れ少し多めにした方がいいかしら?」
 愛子が餡の残りを確認しながら言った。
 売り上げで見てもここ2ヶ月ほど連続で記録を更新しており、実質的に1日に4時間程度し
か開店していない事を考えれば、かなりの成績といえた。
 実はその増加分が「安藤家の一人娘の婿」を見に来ている野次馬であることは、当事者
二人も、その親も知らないことだった。
「まだいいんじゃねーの?足りなくなってるわけでもねえし、余らせて捨ててたらもったいね
ーもん」
「それはそうなんだけどさ、うーん・・・・もう少し様子見てみようかな」
 こういう話題で全く「攻め」の姿勢を見せない三代吉は、年齢の割には健全なバランス感
覚の持ち主だと言えるだろう。やや保守的に過ぎるきらいもあるが。
 愛子が顔を上げると、三代吉の顔が間近にあった。餡の入った容器を一緒に覗き込んで
いたらしい。三代吉も気がついた。
 ほんの2、3秒、二人は10cm以下の距離で見つめ合った――。二人同時に弾かれるように
距離を取る。
「そそそ、そうだよ!もうしべらきゅ、いやもう暫らく見てからでも遅くねーよ」
「そ、そ、そうよね!捨てたら損しちゃうもんね!」
 2人同時に背中を向けて深呼吸する。
 実は「今川焼き屋の若夫婦」は、まだキスまでも行ってないのだった。
 三代吉からの告白で一度交際し、その後紆余曲折を経て「解放」した後、友達からやり直し
て今に至っている。やり直してからでもかなり経っているのだから、そろそろ進展してもいい筈
だが、互いに完全にそのタイミングを失っているのだった。
 しかし最近になって、眞一郎と比呂美の交際について、各々当人の口から聞く機会があり、
少なからぬ焦りとともに相手のことを意識するようになってしまったのである。


「こんばん・・・・わ?」
 理恵子が「あいちゃん」には入ると、愛子と三代吉が同時に深呼吸しているところだった。
「あ、おばさん!いらっしゃいませ」
 愛子はさすがに素早く切り替え、営業スマイルで出迎えた。
 三代吉も遅れて席を立つ。
「持ち帰り出来るようにしてもらえるかしら?8・・・・いえ、10個下さい」
「かしこまりましたー。出来立てをお包みしますので暫らくお待ち下さい」
 愛子が手早く生地を流し込む。三代吉は持ち帰り用の紙箱を組み立て、愛子の取りやすい
位置に置いた。
(この子が噂の)
 理恵子も所謂野次馬の一人だった。以前愛子から相談された話の相手が、この少年であろ
うことも確信していた。
(お似合いだわ。安藤さんがどう思うかはわからないけど)
 愛子の父親の顔を理恵子は思い出していた。愛子が生まれた時、嬉しさのあまり店の屋号を
娘の名前に変えたほどの親ばかである。本当は三代吉が店を手伝っているのだって面白くな
い筈だ。反対して愛子に嫌われるのが怖いから追認しているのである。
 もし何か過ちでもあったらどんな騒動になるか、と考えようとして、やめた。より身近に、同種
の騒動の種を思い出したのだ。
「はい、お待ちどうさまでした。今日は比呂美ちゃんも家にいるんですか?」
「ええ。私がちょっと出かけるから、代わりに夕食を作ってくれてるわ。比呂美ちゃんは洋食が
得意だから、たまには主人も喜ぶでしょう」
「ホントに若奥さんて感じですね~」
「あなた達も新婚さんみたいよ。それじゃ、ありがとう。そろそろ帰るわね」


 理恵子が帰ると、気まずい沈黙が戻った。
 せっかく理恵子が来て気分を変えたのに、最後の一言でまた意識してしまったのだ。
(新婚さん・・・・?)
 2人の頭に同じ単語がリフレインする。眞一郎と比呂美を夫婦とからかった事はあるが、自分
達がそう呼ばれることには免疫がなかった。
 しかし、少なくとも三代吉は、最初はそう呼ばれるような関係を望んでいたはずである。愛子も、
実のところ眞一郎のことを考えることはもうなくなっていた。
既に愛子の世界における眞一郎は、程よく風化して半ば地中に埋もれた遺跡のようなものだっ
た。今愛子の瞳に映る男は、三代吉だけだった。
「みよきち?」
「愛子?」
 同時に呼びかけ、相手が続けるのを待って沈黙する。お互いの譲り合いの後、三代吉が先に
発言する事になった。
「なあ、愛子・・・・俺達、そろそろ・・・・」
「う、うん・・・・」
「友達・・・よりは、その・・・・親しいんじゃ・・・・ないかな・・・・」
「う、うん・・・・」
「それで、さ。つまり、えっと――」
「みよきち!」
「お、おう!」
「キス、しようか・・・・」
「あ・・・・いい・・・・のか?」
「いい」
 愛子は断定した。
「みよきちなら、いい」
「愛子――!」
 三代吉がカウンターの中に入ってきた。ビールケースに乗った愛子を抱きしめる。
 愛子が目を閉じる。三代吉は不器用に、しかし優しく愛子に上を向かせ・・・・
「愛子、そろそろ閉店だぞ。のれんを――」
 愛子の父がそう言いながら入ってきて、その場に硬直した。顔が真っ赤になり、次いで真っ青
になっていき、もう一度真っ赤になった。三代吉より速く、愛子が危険に気がついた。
「お父さん、落ち着いて!あたしの目にゴミが――」
「くぉのゴミ野郎が――――――――!」
愛子父は猛然と三代吉に襲い掛かった。三代吉は危うく回り込むことに成功し、店から飛び出
して行く。愛子父も後を追った。
 残された愛子は目前の嵐の痕を、呆然と見やっていた。


 帰り道を歩く理恵子を、全力疾走の三代吉が追い抜いた。その後ろから、猛スピードの愛子父
が通り過ぎて行く。理恵子は暫らく目で2人を追っていたが、やがて肩をすくめて帰路を進んでいった。

                              了

ノート
 冒頭で比呂美が三代吉の貰う額に絶句するのは、比呂美自身、酒造の仕事でお金を貰ってる
からです
 ママンは最初は比呂美を家族と認めていないため、家事はともかく酒造のPC操作や配達に対
しては、手伝いではなく労働として報酬を渡しているのです。
 その際の態度からはわかりづらいですが、実は比呂美が負い目を感じることなく金銭面で決し
て困らないだけの額を受け取ってもらえるように、とのママンの配慮もあり、現在では比呂美もそ
のことを理解しています。作業時間から考えると相場よりかなりいい金額です。
 みよきちは長音符が全体的に多く、一部に~を使うようにしています。中の人の特徴である「育
ちの悪そうな」声質を表現しているつもりです
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