新年度の始まり-10


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新年度の始まり-10


「よぉし、明日からは、きちんと食べて…寝よう…」
朋与の瞳に暗い光が宿る、本気になった。

「今は、比呂美に…預けておく……………けど…………きっと…」
デスクトップ画面が表示された。壁紙は春休みに6人で撮った写真。


眞一郎と朋与以外の顔は、黒く塗りつぶされていた…。


「ふん…、この写真って、やっぱり違和感があるわね?」
飲んだ睡眠導入剤は、まだ効く気配がない。じっと見いていると、朋与の中で
ある変化が訪れ始めた。現在の状況と自分の願望が入れ替わり、写真が偽りに
思えてくる。
そこには6人が楽しそうに、レジャーシートを広げ、持ち寄ったと思われるお
弁当を囲んでいる姿が写っている。顔は2人しか判別できないが、眞一郎から
時計回りに、比呂美、朋与、あさみ、三代吉、愛子の順に座っていた。
これは朋与のデジカメで撮ったもので、全員に印刷して渡すまで全て自ら進ん
で請け負った。この時、始めて朋与は眞一郎の写真を手に入れたのだ。学校で
何回も写す機会はあった。しかし、最近まで何故かそう思わなかった。

朋与の違和感、それは、
「何で私と眞一郎の間に、この子がいるのかしら? 誰? この子?
 全く図々しいわね? 私達のこと、知らないはずないのに…」

春休みに6人で行ったピクニック。楽しかった…はずだ。
しかし、今この瞬間、思い出されるのは異なる記憶となっていた。

「どうしてあの比呂美ってのは、私達の邪魔ばかりしてたんだろう?」

おかしい、なぜ? 疑問が疑問を呼ぶ、それらがもたらす違和感。

「明日あたり、きちんと伝えた方がいいわね? あの子の為にも…」

目が細まり、口元が少しだけ笑う。

「そうよね? 眞一郎? 好きよ、大好き、ずっと前から…」

先程までの無表情とは違う、恋する乙女。頬を染め、目を潤ませ、唇を噛む。

じっとデスクトップ画面を見る。何もせず、ただ、見ている。
眠くなるまで独り言は続く、空が白み始める、その時まで。


「んっ……ふあぁ…」
布団の中で眠そうな声を出して、朋与が目を覚ました。
「う~ん…、何だか…変な感じ…、だるいなぁ…」
徐々に、ほとんど眠らず、食べず、休まない、そういう状態に陥っていった。
あのイガグリ頭事件のあった晩から、パソコンのデスクトップ画面を凝視する
時間が増えた、少しずつ食べる量が減っていき、少しずつ夕飯を吐く量が増え
ていった。
唯一とれる食事は昼食だけ。そこには、眞一郎がいる。その声が、姿が近くに
ある限り、"朋与"として笑い、食事と会話を楽しむことができる。

一人になると朋与は辛い想いに負ける。蘇った記憶に悩まされ、苦しんでいた。

あさみが見なければ、それを自分に伝えなければ、相談しなければ、忘れてい
られるはずだった。電話で聞いた時、心が思い出すことを拒絶した。あさみに
は"見たことが無い"と言うしかなかった。

それは忘れ去ったはずの記憶。

1年前、眞一郎が一瞬だけ見せた"あの目"…。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

「おはよ。三代吉」
眞一郎が教室へ入り、自分の鞄を机に置きながら座った。そのまま、腕を枕に
して突っ伏した。
「おぉ~、眞一郎。なんだよ? ずいぶんと眠そうじゃねぇか?」
読んでいた"麦端 Walker"を閉じて、少し心配しながら聞いた。最近、朝だけ
だがよく眠たげにしているのを目にしているので、気になっていた。
「ん~、絵本が…上手く…」
そのまま、眠ったかのように黙ってしまった。
「へっ、そうかよ。ったく、そんなんばっかだな?」
「…」
「今日はまたヤツの授業があるぜ? 外見て、寝て、また居残りコースか?」
「…」
眞一郎は反応しない。ポカポカ陽気に当てられて、本当に眠ったようだ。そこ
へ、元気な声と共に疾風のごとく現れたのは、
「なっかがっみくん! おはよう!」
あさみだった。踊る髪の毛、ほんの少しだけ頬を染めた満面の笑み、体中で元
気いっぱい!と表現するかのように、最後の一歩をぴょこんと飛んで、挨拶。
両手は後ろ、腰を曲げて眞一郎の顔を覗き込む動作。昨晩、鏡の前で研究した
可愛いポーズ、その4だ。

教室の空気が変わり始める。

     (ん?)<以下、同じ教室にいる生徒の気分で読んで下さい>

「…」
しかし、眞一郎は無反応。
「おい―」
三代吉が何か言おうとしても、
「どうしたの? 仲上くん? 眠いの?」
あさみ、周りを見てません、声も聞こえません。比呂美は朝練、まだいない。
何とか顔を覗き込もうと、右へ、左へ、体を移動する。

     (え?)

「こら―」
もう一度、三代吉が話しかけても、
「具合でも悪いの? 保健室行く? 連れて行こうか? 一緒に行ったげるよ?」
あさみ、アクセル全開。

     (えっ!?)

「人の話を聞け!」
ついに大きな声を出してしまう。視線が集まるが、三代吉は気にしない。
「何よ?」
あさみの目は冷たい。えぇ、そりゃーもう、冷たい視線です。
「昨日! 愛子に何言ったんだよ! ずっと痛がってたぞ!」
先程よりは声の大きさを控えたが、少し怒っていた。
「う~ん、何だっけ?」
覚えていなかった。その後に"とてもとても嬉しい出来事"があったので、それ
よりも前の記憶があいまいだった。
「お、お前なぁ…」
三代吉は立ち上がりかけるが、
「ねぇ、ねぇ、仲上くんってばぁ。起きてよぉ」
両手を眞一郎の肩に"優しく"置いて、ゆらゆら"優しく"揺らす。どんな声を出
しているか、書く必要がないくらい甘い声。あ、書いちゃった。

     (ま、まさかっ!?)

「こっちは無視かよ…」
三代吉、そろそろ気付け。眞一郎が目を擦りながら体を起こした。
「んぁ…、おはよ」
完全に寝ていた訳ではないが、気持ちよくうとうとしていたのを起こされて、
機嫌がいい声とは言えない。それでも、
「うんっ! おはよう! 仲上くん♪」
あさみ、再度満面の笑みで挨拶。もう一度書きます、アクセル全開、です。

     (う、うそっ!?)

その時、教室にいた生徒達はざわめき出す。誰一人として知らぬ者はいない、
比呂美と眞一郎の関係。新学期から同じクラスになった者でも噂は聞いている
し、この1週間で何回も目にしているイチャイチャぶり。誰がどう見ても、そ
の間に割って入ろうとは考えもしない。

「どうしたの? 眠いの? やっぱり、昨日の………あれ?」
完全に頬を染めて、首を少し傾げ、可愛いポーズその2を披露。思わせぶりな
発言と相まって、"ざわ…ざわ…"している生徒達にとっては、格好の燃料。

     (頬染めた! で、昨日のあれって何だ? あれって!!)

「昨日の?」
頭がまだよく働いていない眞一郎は、聞き返す。
「うん………ほらぁ…、昨日………仲上くんが……その………あのぉ…」
人差し指同士でつんつんしながら、ちらちらと目を合わせ、恥らいつつ可愛い
ポーズ、その1を披露。あさみのお気に入り。燃料の追加、入りました。

     (ね、狙ってる! 絶対狙ってるって!)

登校してきた生徒は、教室を満たす微妙な空気に驚き、そして、仲間を見つけ
るとその輪に入り、"ざわ…ざわ…"に参加する。
「だから! 言えって!」
三代吉が飽きずに何度も聞き、
「仲上くん…、あの………あのね?」
あさみがしきりに話しかけ、
「え? え?」
眞一郎が状況を掴めないでいると、比呂美が教室に入ってきた。

     (!!!)

"ざわ…ざわ…"一時停止。教室に緊張感が走る。隣の教室や廊下から話し声が
聞こえるほど、ここは静か。
しかし、眞一郎は気にしない。比呂美の浮かない表情に気が付いた。瞳に力が
宿り、あさみの脇を通り抜けて、一直線に歩いていく。
(あっ、"あの目"じゃないけど、それに近い…。仲上くん…)
あさみの視線は眞一郎を追いかける。が、比呂美が視界に入った時、
「む」
頬から赤みが消え、唇を噛む。気合の入った表情。

     (こ、これから戦いが始まるのか…)

"ざわ…ざわ…"再開。
「比呂美、どうした? 何かあったのか?」
様子が明らかにおかしい、優しい声で聞いた。
「うん…」
こちらは元気がない。
「言ってみな?」
「朋与が朝練で倒れちゃった…」
「えっ!?」
二人の距離は近い。比呂美は眞一郎に寄り添い、しっかりと目を合わせて話す。
あさみはその二人の一体感を見て、一瞬ひるんだが、勇気を出す。前へ進む。
「すごく疲れていたみたい…、どうしてだろう? ねぇ、眞一郎くん。
 昨日、朋与ってどこかおかしかったかな?」
「いや、分かんないな…。あんまり話していないと思う」
「今はね、保健室で寝てるの…。すごく心配で……、私…」
「後で様子を見に行ったらどうだ? 何なら俺も一緒に行くし」
「うん…、ありがとう。眞一郎くん…」
「心配だな?」
「うん…」
そこで、やっとあさみが話しかける。
「何? 朋与、大丈夫なの?」
先程までのアクセル全開はどこへやら、いつもの態度"友達"の仕草で話しかけ
た。"ざわ…ざわ…"のボリュームが少し大きくなる。

     (くっ、いきなり接近戦か…)

「おはよう、あさみ。朋与がね?―――」
その後、3人に三代吉が加わって、会話が始まる。その様子は1人がいないだ
けで、普段と同じに見えるが、周りの生徒達には違った意味を持っていた。

     (目が離せない。あの3人から…)

一見すると、いつもの朝の風景。しかし、その日から"楽しみ"が増えた。登校
時間を早めて一部始終を見る、メールで旧クラスメイトに実況中継する、他の
教室から友達を呼ぶ、それぞれの方法で"戦い"を見守ることを考えていた。
結果は分かっていても、イベントには違いない。
少しだけ戦慄を覚えながら"戦いの行方"が気になっていた。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

休み時間毎に比呂美、眞一郎、あさみ、三代吉の4人は保健室を訪れ、朋与の
様子を伺っていた。
「まだ、寝てるわよ? お昼くらいになったら起こしてみるから、安心して」
先生はその度に同じことを言った。
「でも、次の時間は自習で、先生に許可貰いました。ここにいていいですか?」
比呂美は心配で心配でたまらない。担任に事情を話して、予め許可を貰ってい
た。成績が良いから簡単だったが、他の3人はダメだった。三代吉はともかく、
眞一郎とあさみは、昨日居残りをさせられたばかりで、小言を言われたくらい
だったからだ。しかし、1人は、
(えへへぇ、仲上くんと一緒に怒られちったぁ)
と、全然気にしていないが…。
「ええ、いいわよ」
「ありがとうございます。じゃあ、眞一郎くん達は教室に戻ってて?」
「分かった」
「後でね?」
「ああ、こっちでのんびりしてぇ」

3人は廊下を歩いている。
「あ、トイレ。先に行っててくれや」
「ああ」
「じゃね?」
三代吉がトイレに行くと、2人きりになった。教室まで少し遠い。
(やった!)
あさみ、大喜び。どんなチャンスでも逃す気はない、アクセルを吹かす。
「ねぇ、仲上くん…。よっと!」
少し頬を染め、並んだ時に使用するべき可愛いポーズ、その7を披露。
ぴょこんと飛んで眞一郎の前に立った。顔を見上げ、目を潤ませる。
「ん? 何だ? どした?」
いきなり前を塞がれて、ちょっと困惑。
「ううん…何でもない…。行こう?」
くるっと回って元の様に並ぶ、少しだけ近づいた。心臓がドキドキする。
「あっ、そうだ。映画、教えてくれる気になったか?」
どきんとした。
「う、ううん。まだ…」
今度は顔を真っ赤にして俯いた。言葉に詰まってしまう。"映画"の事を話す。
あさみにとっては、その意味が違う。しかし、話したい、今すぐにでも。
でも、まだ早い。だから今は、アクセル全開あるのみ。
「ちぇ、少し気になってたんだけどなー。その映画、比呂美も知らないって
 言うし。調べようにも―」
(えっ!? 比呂美に言ったの? どこまで?)
「調べられないし。ヒントくれよ?」
階段に差し掛かり、2人が登り始めた。カン…カン…と音がする。
「比呂美に言ったの? 私が泣いたことも?」
すがるような視線を眞一郎へ向けるが、彼は見ていない。
「言ってないって。あんま、言う事じゃないし。言われたくないだろ?」
「うん…ありがと…。きゃっ!」
横を向いていたので、危うく階段を踏み外すところだった。バランスを崩して
眞一郎に寄りかかってしまう。アクセル全開のあさみは、壁際にそのまま押し
付けるように突進。手の平は眞一郎の胸に当てていた。
「うわっ! うわわわわっ!」
どん、2人は、ほぼ密着。さすがに、顔を見上げることはできなかった。
「…」
「…」
少しだけ時間が流れる。あさみ、至福の時。
「き、気を付けろよ…」
さすがに照れる眞一郎。
「ご…ごめん…」
と言いつつ離れようとしない。俯いたままの顔は真っ赤。
「ほら…」
眞一郎があさみの肩を軽く掴んで、引き離した。
(あぁ…、もうちょっと、そのままでもいいんじゃない?)
残念だが仕方が無い。今は、まだ早い。でも、
(やったーっ! ラッキー!)
大喜びだった。

結局、映画の話はうやむやになった。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

カーン、コーン。4時間目の授業が終了。
自習だった3人が鐘の音と共に教室を出て、保健室へ向った。

保健室に入ると、真っ先に声をかけてきたのは、比呂美だ。
「あっ、眞一郎くん」
朋与の寝ているベッドの横に座っていたが、立ち上がって近くへやってきた。
(私と野伏君もいるんですけど…)
(やっぱ湯浅さんって、眞一郎しか見てねぇなぁ。愛ちゃ~ん)
「朋与のお母さん、迎えに来るって。私、校門まで行くね?眞一郎くんも
 一緒に来る?」
いつもの距離で、いつもの視線、いつもの声。比呂美と眞一郎、誰がどう見て
も、恋人同士にしか考えられない一体感と辺りを包む甘い空気。
(うぅ…、が、がんばろう)
(愛ちゃ~ん)
「行く。じゃあ、2人はここにいた方がいいよな?」
比呂美を見る目は、優しく、包むような視線だ。朋与を心配していることが分
かっているので、労わるかのようだ。
「うん、あさみと野伏君は待ってて?」
その視線に安心をもらい、いつもの落ち着きを少し取り戻しながら、2人に聞
いた。眞一郎以外へ向ける声の調子も安定している。
「あ、わりぃ。オレ、ちょっと用事。一応、様子見に来ただけ」
「ごめん、私も先生に呼ばれてて…」
あさみは3時間目に居眠りしてしまった。昨日は興奮して眠れなかったのだっ
た。可愛いポーズを練習していたから、とも言う。
「ホントにわりぃ。オレ、行くわ」
「ごめんね?」
2人が出て行った。
「どうしよう? 私、行ってきていい?」
もう一度眞一郎を見る。すがるような視線ではない。
「うん、俺が残るよ。黒部さんのお母さんの顔、俺、知らないから見ても分か
 んないし。保険の先生いないから、1人にする訳にもいかないだろ?」
「うん、お願いね、眞一郎くん。電話、持ってきた?」
ごく普通の会話で、お互いを信頼して役割を素早く決めた。
「ああ、持ってるよ。適当に座ってる」
「その椅子使って。じゃあ、後でね?」
比呂美が保健室を出て行った。

眞一郎と朋与が保健室で2人きりになった。

(うん? あたし、何で寝てるんだろう?)
朋与が目を覚ました。何故? 眞一郎の声が聞こえたから。しかし、体がまだ
いう事をきかない。起き上がらずに目を閉じたまま、じっとしていた。
(あぁ、そっかぁ。朝練で転んで…、天井見てたら…、までは覚えてるけど)
起きるか、起きまいか、悩んでいると、ギッ…。
眞一郎が近くの椅子に座った。朋与の顔を覗き込む。
「う~ん、あんまり顔色が良くないな…」
心配そうな声が聞こえた。声が心に染み渡る。自分だけを見て、心配してくれ
た。心臓の鼓動が速まってきた、体の芯から熱がこみ上げてくる。顔まで熱い。
「あれ? 何だが顔色が良くなってきたぞ…。ん?………わっ!」
朋与の瞼が上がり、目が合った。
「起きてたのか? びっくりさせんなよー」
慌てて体を反らして、距離をとった。少し顔を近づけすぎていたようだ。
「今、起きたところよ。何か言ってなかった?」
心の動揺を押し隠し、なるべくいつも通りに話した。まだ、体は熱い。目を開
けた時、勘違いかも知れないが"あの目"が見えた。嬉しかった。
(あっ! 私、髪型とか大丈夫かな? 変になっていないかな?)
窓際で明るい場所にベッドがあったおかけで、光にある程度目が慣れていた。
そうでなければ、あんなにも近くで眞一郎の目を見ることはできなかった。
さらに心臓の鼓動が速まり、体が熱くなる。顔が赤くないか、心配になるくら
い、体の芯から熱かった。いや、火照っていた。
「ああ、顔色見てたんだけど、いいみたいだから、安心しな」
具合の悪い朋与を気遣って、なるべく優しい口調を心がけて話している。それ
が、どんな影響を与えることになるか、彼は知らない。

(あぁ…、眞一郎…。そんな目で私を見ないで…。私…、私…)

「大丈夫か? 話、できるか?」
「いいわよ。何?」
「お母さんが迎えに来るそうだぞ。比呂美が校門まで迎えに行った」
「何で? 別に一人で帰れるわよ」
朋与の声はやはり普段よりも弱々しい。眞一郎は心配になり、より一層気遣う
口調になる。少しだけ椅子を引いて、体を近づけた。
「今日は帰った方がいいと思う。倒れるなんて普通じゃないし」
「もう、大丈夫よ。休んだから、体は動くと思うわ」
朋与は布団の中で体を動かして確認した。問題ないようだった。
「いや、ちゃんと病院で診てもらった方がいいって。元気じゃないと、楽しく
 ないだろ?」

(あぁ…、眞一郎…。やっぱり私に優しい。嬉しいわ…、眞一郎…)

ブブブ、ブブブ。
「お、電話だ。比呂美? 何だろ? もしもし?」
立ち上がってから、携帯電話を取り出し通話を始める。そのまま扉の近くまで
移動した。朋与には話している声が聞き取りにくい。

(誰? 比呂美? また、あの子ったら私と眞一郎の邪魔をするのね?)

朋与は寝起きであることから、少し混乱している。起きたら眞一郎の声が聞こ
え、姿を見て、さらに今までで最も近くで目が合った。心配もしてもらった。
今の朋与は本心で話し、考えている。体の火照りが治まらない。熱い。

「お母さん、あと10分くらいで着くらしい。それから、比呂美がお前に謝っ
 ておいてくれって言われた。――」
眞一郎は椅子に座り直して、先程と同じ様に話しかける。優しい声で。

(謝れば許してもらえると思っているのかしら?)

「鞄から携帯電話出して、勝手に開いてお母さんに連絡取ったから。――」

(何を勘違いしているの? あの子…)

「先生から頼まれてしたことだけど、やっぱ謝りたいって、言ってるぞ」

(おかしいんじゃない? あの子…)

「おい、聞いてるか? まだ、具合悪いのか?」
「大丈夫、分かったわ」
「なら、いいけど…。あと10分くらいだから、もう少し寝てろよ」
「何か話をしましょう?」
「いいから、休んでろよ。今はそっちが大事だろ?」
「でも…」
「俺、ここで座ってるから。まぁ、絵本の事でも考えてれば暇しないし」
「でも…」
「休んでろって。俺の事は気にすんな」
「もう…、分かったわ。でも、一人にしないで?」
「ここにいるから安心しろ」
「うん…、ありがとう」
「ああ」
そう言ってから、眞一郎は朋与を視界の隅に置き、何かあったら対応できる状
態を維持したまま、描いている絵本の事を考え始めた。

(あぁ…、眞一郎…、こんなに近くに…。でも、もっと近づいて欲しい…)

朋与が間違った方向にアクセルを踏み始める。

しゅ、しゅ。衣擦れの様な音が聞こえた。
「ん? 何してんだ? 休んでろって、言っただろ?」
「大丈夫よ。ちょっと体を動かしているだけ、気にしないで?」
「そうか?」
また眞一郎は考え事を始めた。その目は遠くを見つめているようだ。

しゅ、しゅ…。しゅ、しゅ…。しゅ、しゅ…。

朋与は視線を眞一郎の横顔に固定したまま、布団の中で着ていたユニホームの
上着をブラと一緒に捲り上げ、ズボンも下着ごと下ろした。
準備が終わると、目を閉じた。

今、布団をめくれば、朋与はとんでもないことになってしまう。
自分の体を確かめる。火照りが全然治まらない。熱い。

しゅ、しゅ…。しゅ、しゅ…。しゅ、しゅ…。

(うん、やっぱり私の体が望んでいる。それは、私の心が望んでいるから…)

しゅ、しゅ…。しゅ、しゅ…。しゅ、しゅ…。

(あぁ…熱い…、もっと…もっと…もっと近くで…あなたを感じたい…)


そして、「眞一郎…」と囁いた。


つ、続く…。

END


-あとがき-
えーと、いかがでしょう? いかにもラブコメなあさみと危ない朋与。

尚、このお話はあくまでもラブコメ調SSです。描写範囲はそれを超えません。
変な期待をしないように!

 ありがとうございました。
ツールボックス

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