true MAMAN 私が怒ってるのは・中篇

 眞一郎と比呂美、それに朋与が教室に戻ってきたのは昼休み終了直前である。
 そして、戻ってくるまでに、食堂での「事件」は既に先行して広まっていた。
「おい、眞一郎。どこ行ってたんだよ?」
「どこって・・・・比呂美のところだよ。謝って来いって言ったのお前じゃないか」
「食堂の話、お前らより先に教室に入って来たぞ」
「な!?どんな話だよ?」
「昨夜湯浅が寝言で4番の名前言って、それでお前が嫉妬して、挙句湯浅が逆ギレした
ことになってる」
 眞一郎の口が四角く開かれ、そのままの形で教室を見渡した。目の合った同級生が
ことごとく顔を背ける。
「なんだ・・・・それは」
 やっと言葉を吐き出した。
 食堂を出た後、体育館に入った比呂美を追ったが、朋与に
「謝るにしても作戦を練り直して」
 と追い返され、行き場もなく地べたの小屋に向かったのだった。
 これで乃絵に出くわしたら最悪だな、とも思ったが、幸いこの雨では乃絵も来てはいなく
て、そこで時間を潰していたのだった。
「とにかくだ。この昼休みでお前らの痴話喧嘩は恐らく学校中に広まった。みんな第二ラ
ウンドがいつ始まるかを楽しみに待ってる。校内で2人っきりで話すチャンスはもうないぞ」
 眞一郎はもう一度教室を見渡した。自分を見るものもいれば、比呂美をチラチラと見て
いる者もいた。比呂美は完全無視だった。
 眞一郎は自分の行動を激しく後悔した。比呂美と4番の事は、1年半前には校内最大の
スキャンダルだったのだ。当時を知るものはもう3年生だけになっているが、今4番の名前
が出るというのは、少なくとも3年生にとっては格好のゴシップだ。
「なんてこった」
「早めに仲直りしろ。噂を消すにはそれしかない」
「だからどうやって――」
「それがわかりゃもう教えてる」
 教師が入ってきて、そこで話は中断された。


 朋与は授業が終わると、
「はぁ~」
 と大きく息を吐いて突っ伏した。空気に耐えられない。
 教室に戻ってすぐ、雰囲気のおかしさには気付いた。
 授業中に聞こえるヒソヒソとした会話から内容は察した。
 全く冗談じゃない、と毒づく。
 比呂美は一見何事もないかのように平然としている。平気なはずはないのだ。1年生の
時だって気丈に振舞いながら、その実ギリギリのところで辛うじてバランスを保っている
状態だった。
(全くなにやってるのよ、仲上君は)
 朋与の怒りの矛先は親友の恋人に向けられる。
 思えば1年の時だって、比呂美がおかしくなっていったのは眞一郎が石動乃絵と接近し
てからだった。何故好きな男を4番などと嘘をついたのかは今もって不明だが、少なくとも
眞一郎がはっきりした態度を取っていれば、それほどややこしい話にはならなかったはずだ。
(今日だって、仲上君がもっと気をつけてれば、こんな事にならなかったのに)
 親友を悲しませる存在に対して、朋与はどこまでも厳しい。
 そのギリギリの比呂美が心の支えにしたのもまた、眞一郎への想いなのだが、それと
ても朋与に言わせれば
「比呂美が想っていたのであって、仲上君が直接支えたわけじゃない」
 のである。
「朋与、部活行こっ」
 比呂美が声をかけてきた。雰囲気はいつもとそれほど変わらない。
 しかし、朋与は
「比呂美、どうしたの?顔色悪いじゃない」
「え?別に、どこも悪くないけど」
「自覚してないの?それは尚更悪いわ。今日はバスケ休み。練習は私に任せて今日は
帰りなさい、ね」
「大丈夫だよ、私、どこも――」
「駄目、主将命令。今日は帰る。いい?」
「・・・・・・」
「一人で帰れる?誰か付き添ってもらった方がいいかな・・・・」
 そう言いながら朋与は周りを見回した。三代吉と目が合う。
「眞一郎、お前もう何もないだろ、送っていってやれよ」
 アイコンタクトによる絶妙な連係。今度は眞一郎が慌てる。
「ちょっ、俺は――」
「お・く・っ・て・い・く・よ・な?」
「は、はい」
 三代吉に凄まれ、眞一郎が思わず返事をする。
「いいよ、一人で帰れるよ」
「よかったぁー!それじゃあ仲上君荷物もお願いね。家まで送ってあげて」
 比呂美の抗議を無視して眞一郎に比呂美のカバンを渡す。渡す瞬間小声で
「これで上手くやりなさいよ」
 と脅す事も忘れない。
 半ば強引に2人を教室から追い出すと、朋与と三代吉は入り口から教室に振り向いた。
そしてさっきまでとはまるで別の、お互い親友にも、恋人にも見せない顔貌を見せ、
「あ゛ぁ!?見世物じゃねえそゴラ」
 と一喝した。


 帰り道、2人は会話を交わさなかった。
 眞一郎は朋与に押し付けられた比呂美のカバンを、そのまま持ち運んでいる。比呂美も
自分の荷物を取り返そうとはせず、そして眞一郎から離れようともせず、隣に並んで歩いていた。
 なにか言わなければならないことは2人ともわかっていた。しかし、眞一郎は比呂美を怒
らせることなく謝る言葉がまだ見つからず、比呂美は思いと逆の言葉が口を突くことへの
警戒から無口なままだった。
 もう最後の信号だった。これを渡ればアパートはすぐそこだ。もう時間がなかった。
「昨日、眠れた?」
 なにか言わなきゃ、と眞一郎が訊いたのがこれだった。
「眠れたよ」
 比呂美が前を向いたまま答えた。
「・・・・そうか、よかった」
「あの程度で眠れなくなるなんてこと、ないよ」
 嘘である。ほとんど寝てはいなかった。
「比呂美、4番の事・・・・疑ってた訳じゃないんだ。ただ、・・・・その――」
「わかってるよ」
「え?」
「先につまんないやきもち妬いたの、私だもん。眞一郎くんは弾みで言い返してきただけ。そう
でしょ?」
「いや・・・・弾み、て言うか・・・・」
「そういう時って自分でも驚くようなこと言っちゃうのよね。なんでそんな事言っちゃうんだろうって
感じ。私もよくあるから」
「比呂美・・・・その・・・・」
「そういう時に、自分の気付いてない気持ちに気がついたりもするのよね」
「違う!それは違う、比呂美!」
「ありがとう、ここでもう大丈夫」
 いつの間にか部屋の前に着いていた。比呂美は眞一郎の手から荷物を取り返すと、玄関に立った。
「それじゃあ、また明日ね」
「比呂美、もう少しだけ――」
「ごめんなさい」
 比呂美は少し悲しげに微笑んだ。
「今は、これ以上話して、嫌な女の子になりたくない」
 そう言って、ドアを閉めた。
 ドラマや映画なら靴をドアに間に差し込んででも、強引に話を続けただろう。
 しかし、眞一郎はそんな強引さも、そして話を続ければわかってもらえるという自信もなかった。
 眞一郎はアパートを後にした。比呂美が泣いているだろうという予感を、必死に払いのけていた。


                        続

ノート
終わらなかった。
本当は帰り途、迷子の子供と出会って、一緒に親を探してるうちに昔を思い出して・・・・で仲直りさせようと思ってたんです。それなのに、前編で眞一郎が騒ぎを大きくしてくれたおかげで、それで収まらなくなってしまった。比呂美も得意の自爆技「相手の話を遮って、わかってるようで誤解したまま」発動です。なんとかしないと・・・・。
僕の文体についてですが、・・・・と――を併用していますが、・・・・は沈黙、――は話を続けようとして割り込まれる時に使っています。必然的に比呂美の相手は――が多くなります。
朋与はアニメのスタンスを崩さずに書こうとするとプラトニックな百合が一番書きやすいねw

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最終更新:2008年04月16日 00:56
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