true MAMAN 私が怒ってるのは~後編~


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 翌朝、眞一郎の目覚めは最悪だった。
 昨日アパートで最後に見た、比呂美の笑顔の癖に今にも泣き出しそうな顔が何度も夢
に出て、その度に目を覚ました。眠りが浅い。
 顔を洗い、
着替えを済ませて居間に入る。胃が重くて食べる気が起きない。ご飯に味噌汁をかけて
無理やり流し込む。
「やだ、眞ちゃん、お行儀の悪い」
「・・・・ご馳走様」
「ちょっと、こんなに残して」
「行ってきます」
 理恵子の声を無視して家を出る。外は曇り。気分も全く晴れない。
「どうかしたのか、眞一郎は?」
「なんだか元気がないみたいで・・・・」
 理恵子はほとんど手を付けられていない朝食を片付けながら外を見た。



 教室に着いたとき、まだ比呂美はいなかった。クラスの連中は、一瞬こちらを見たものの、
昨日のような好奇の視線はない。
 それでも席に着くと、他のクラスからわざわざ教室まで覗きに来た男子生徒が近づいて
きた。にやにや笑っていたそいつは、眞一郎の前まで来る前に顔を引きつらせ、結局何
も言わず、怯えたように戻っていった。
「その様子じゃ、仲直りとはいかなかったみてえだな」
 いつからいたのか、後ろから三代吉が声をかけてきた。
「すまん」
「謝る相手が違えーよ」
 三代吉の言う通りだ。謝る相手は比呂美だ。隣で涙を拭ってあげたいと願った少女を、
自分が涙を流させてしまった。すぐにでも謝りたいのに、どう謝ればいいのかが見つから
ない。ただ謝るのでは解決しない。比呂美を悲しませた本当の理由を、自分が正しく知
り、改めなければ、比呂美の涙は止まらないと思った。
 それがなんなのか、まだ確信が持てない。モヤモヤとおぼろげに目の前にあるようでい
て、色も形も、まだ掴んではいなかった。
「早くなんとかしとけよー」
「ああ・・・・なんとかする」
 比呂美と朋与が教室に入ってきた。教室に緊張が走る。が、朋与と、三代吉が睨みを効
かせ、表面上の平静は保たれた。
 比呂美は眞一郎と目を合わせようとせず、自分の席に着いた。
 眞一郎は声をかけようと考えたが、比呂美の周りの張り詰めた空気に言葉を失った。
 そしてついに、午前中は何も出来ないまま過ぎたのである。



 昼休み。
 眞一郎は鶏小屋に来ていた。
 行為に意味があったわけではない。ただ、他人からの目を避けてきたのだ。
 相変わらずここは誰もいない。
 小屋はさすがに補修され、今では唯一の住人である地べたが占拠している。1年半が
過ぎ、地べたは少し羽の艶が落ちた気もするが、飄々と小屋の中を歩き回っていた。
「相変わらずだな、お前は」
 眞一郎は地べたに話しかけながら、変わらないのは俺も同じだ、と自嘲気味に考えた。
 比呂美だけを大切にすると決めたのに、またこうして泣かせている。今も他の生徒から
の下卑た視線に、一人で耐えさせている。
「最低だな、俺」
 声に出してそう言った。
 その時、後ろから誰かが近づく気配がした。
「アブラムシ~、眞一郎の足の裏にはアブラムシ~」
 振り返ると、この場所にもっとも相応しい一人の少女――石動乃絵が立っていた。



 眞一郎と乃絵は小屋の前にしゃがみ、並んで地べたを見ていた。 
「眞一郎、噂になってるよ」
「知ってる」
「湯浅比呂美と喧嘩したの?」
「ああ」
「湯浅比呂美が、お兄ちゃんとまだ別れてなかったんだって?」
「違えよ。そんな訳ねえだろ」
 どうやら更に噂は妙な方向に広がっているらしい。更に気が滅入ってきた。
「・・・・知ってるよ。そんなわけない」
 乃絵は寂しそうに答えた。
 眞一郎は彼女の兄が本当に愛した相手の事は知らない。それを知っているのは乃絵と、
比呂美だけである。だから眞一郎は、乃絵の表情の意味を正確には理解できていなかった。
「・・・・たまには帰ってくるのか?」
「え?ああ、うん。本当にたまにだけどね。その日の内に帰っちゃうし」
「そうか。忙しいんだろうな」
「・・・・うん」
 乃絵は、曖昧にそう返事した。それでこの話しは終りとばかり、乃絵は逆に質問をして
きた。
「もう仲直りはしたの?」
「・・・・いや、まだできてない」
「何でこんなところにいるの?」
「どうすればいいか、わからないんだ」
「なにがわからないの?」
「・・・・・・・・」
 眞一郎は息をついた。俺の言葉で上手く伝わるだろうか。
「・・・・俺は誓って言うが、お前の兄貴と比呂美の間になにかあったとは思っていない。も
しなにかあったとしても、今の俺達には関係ない」
「うん」
「俺が好きなのは比呂美だ。これからもそれは変わらない。俺にとっては比呂美の全てが
大事なんだ」
「・・・・うん」
 乃絵にとってその言葉が残酷である事を、眞一郎はわかっていない。
「俺はそのことを比呂美にわかって欲しいんだ。俺は比呂美の丸ごとを支えてあげたいん
だ。でも、それをどう伝えれば全て伝わるのか、どんな言葉でも俺の気持ちは完全には伝
わらない気がして、それで、ここで現実逃避しながら言葉を練ってたのさ」
 乃絵は眞一郎には目を合わせず、地べたを見ながら話を聞いていた。
 眞一郎は乃絵がなにか言うのを待っていた。少々長い沈黙の後、乃絵がようやく、地べ
たから目を逸らさず口を開いた。
「それじゃ駄目だよ。眞一郎」



「駄目って・・・・どこが?」
「わからない?自分の言葉の矛盾」
「矛盾?」
 わからない。なにかおかしい事言ったか?
「眞一郎は、お兄ちゃんと湯浅比呂美の間に何もないと思ってるの?」
「思ってる」
 即答した。
「でも、同時になにかあったとしても関係ないとも思ってる」
「それは――」
「わかってる?何もないって信じるのと、何もなかったと信じることにするのは違うんだよ!」
 乃絵は眞一郎に向き直って言い放った。
 眞一郎は混乱していた。何?どう違うんだ?
 だが、何度も乃絵の言葉をリフレインさせているうちに、今朝まで靄の中に隠れていたも

のの正体が見えてきた気がした。
 そうか、それだったのか。
「・・・・ありがとう、乃絵」
 眞一郎は立ち上がると、乃絵に礼を言った。
「どうすればいいか、わかった?」
「わかった気がする」
 言いながらしゃがんだままの乃絵に手を差し延べた。乃絵がその手を取り、補助にして
立ち上がる。
「じゃ、もう大丈夫だね」
「ああ、これから比呂美と話してくる――」
 そう言って校舎に向き直った眞一郎が、硬直した。
 渡り廊下から比呂美が見ていた。
 目を見開き、口を小さく開け、この距離からですら震えているのがわかった。
 眞一郎より早く、乃絵が手を離し、2歩遠ざかった。
 眞一郎は声をかけようと試みたが、比呂美の様子に言葉が浮かばない。誤解している
のは明らかだ。普段ならなんと言う事はない場面でも、今の比呂美には絶望を見せるのだ。
「比呂美・・・・」
 ようやく一歩を踏み出した瞬間、比呂美が駆け出した。



「追いかけて!早く!」
 乃絵に言われるまでもない。眞一郎は比呂美を追って駆け出していた。
 女子とはいえ、比呂美の脚力はずば抜けている。眞一郎が本気で走っても、差は容易
には縮まらなかった。
「比呂美、待て!」
 周りを気にする余裕もなく、比呂美を呼び止める。しかし、それで止まる筈もない。
 昇降口でも比呂美を捕まえることは出来ず、舞台は校庭にまで移った。
 そこでようやく、眞一郎が追いついた。スピードではなく、持久力の勝利である。
「比呂美、待て!話を聞け!」
 腕を掴んで眞一郎は大声を出した。ここで離したらもう一度追いつく自信はない。こちら
も必死である。
「・・・・!」
比呂美は無言で腕を振り解こうと暴れる。こちらを見る事もない。
「比呂美!」
「・・・・嫌っ!」
 掴まれていない方の手で眞一郎を叩こうとする。眞一郎も掴んでない方の手で防御する。
「聞いてくれ、比呂美!乃絵は偶然だ!会うと思ってなかったのに偶然会ったんだ!」
「嫌っ!」
 比呂美の平手打ちが眞一郎の頬に入る。
「でも、そのおかげでわかったんだ。俺が何を間違えたのか、乃絵が教えてくれたんだ」
「聞きたくない!」
 また平手打ち。
「俺は今はもう4番の事はなんとも思ってない、それは本当だ」
 今度は胸をどんどん叩いてくる。
「でも、昔は気にしてた。気にしてたのに、なんとも思ってないフリをしたんだ。自分の気持
ちに嘘ついてたんだ。本当はきちんと、お前に訊いておかなくちゃいけなかったんだ!」
 比呂美の手の動きが止まる。
「そうだったんだろ?比呂美は俺に全部向き合って欲しかったんだろ?だから咄嗟に俺が
4番の話を出したとき、俺が疑ってた事じゃなく、信じてるフリをされたことが悲しかったんだろ?」
「・・・・・・・・」
「もうしない。もうお前にも、自分にも、ごまかしはしない。お前を泣かさないとは、約束でき
ないかもしれないが、裏切る事は絶対にしない。これは約束する」
「・・・・・・・・」
「これからずっと、死ぬまで守る」
「・・・・馬鹿みたい」
「・・・・」
「またプロポーズ?なによ、死ぬまでって?何十年先の事言ってるのよ、馬鹿みたい」
 眞一郎はこれ以上何も言わなかった。何も言わずに比呂美を抱き寄せた。
 比呂美はも
う抵抗しなかった。泣きはらした顔を眞一郎の肩に埋め、声を立てずに泣いていた。
「・・・・眞一郎くん」
「ん?」
「もう一つ、約束して?」
「何?」
「私がいいと言うまで、死なないで・・・・」
「・・・・わかった」
「約束・・・・だよ」



「どーすんだこれ?全校生徒が見てんぞ」
「先生もね」
「いくらなんでもまずいだろ。校庭ど真ん中であんな濃厚なハグ」
「でもま、いいんじゃない?どうせもう学校中で噂だったんだし。これで4番と浮気とか馬鹿
ほざく奴もいなくなるでしょ」
 昼休み、校庭のど真ん中でラブシーンが繰り広げられる中、主演2人の親友は昇降口か
ら半ば呆れ、半ば喜びながら見物していた。
 校庭では抱擁を見届けた後、満足げに乃絵が去っていった。



「――はい、仲上でございます。・・・・はい、私ですが?・・・・・・・・あ、先生。お世話になって
ます。あの、今日は・・・・・・・・・・・・眞一郎と比呂美が、ですか?・・・・・・・・はい・・・・それは
つまり、もう喧嘩はしてないということですね?・・・・はい・・・・・・・・あのう、お言葉ですが、
以前にも申し上げましたように、眞一郎も比呂美もうちの子供ですので、言ってしまえば
二人は兄妹のようなものですから・・・・いえ、ですから、兄妹喧嘩に先生方が口を出され
るのは、いかがなものかと・・・・家族がお互いの部屋に出入りするのもいけないとおっしゃる
のですか?・・・・そう言ってるじゃありませんか。いえ、私は家族の問題と申し上げてるの
です・・・・家庭の問題にまで介入しないでいただきたいと、そこまではっきり言わないとわ
かっていただけませんか?・・・・はい、お話はそれだけですか?それでは・・・・あ、そうそう、
今年の寄付の事ですけど、今年はなしという事で・・・・いえ、息子達がそちらにご迷惑をおか
けした以上、もう籍を置かして頂く訳にもいきませんので、そうなると別に卒業資格の検定
を受けさせたりと、何かと物入りになりますから・・・・え?まあそんな・・・・では不問という事
で・・・・お心遣い感謝いたします・・・・勿論寄付はさせていただきますわ。昨年よりもう少し
気持ちを乗せさせていただきます・・・・はい、ごめんくださいませ」



                             了


ノート
飛び道具の乃絵登場です。中編書き始めてすぐ、眞一郎一人じゃどうにも出来ないことに気付き、導き手が必要になりました。ママンかひろしにとも思いましたが、ママンの見せ場はラストのもみ消しと決めていましたし、男が惚れた女とのトラブルに親の助け借りるのもどうよと思ったので、切り札・乃絵登場となったわけです。一つには、卒業までに人の心が汲めるように成長した乃絵を眞一郎に会わせたいとも思いました。

ノートで書き忘れてた設定いくつか
みよきちは9話で眞一郎に絡んできた生徒がみよきちが前に出ただけでびびった処から、校内でヤバイ奴と見られてる設定にしてます
眞一郎にも、愛子にも見せていない顔を持っている男です
朋与は中編でも書きましたが、比呂美に対してプラトニックな百合です。比呂美の幸せを願っているので眞一郎の邪魔はしませんが
ママンは最初から出番はあそこだけの予定でした。同時に今回ほとんど出番がないのに番外編ではなく、本編扱いなのはこの場面があるからです
だってママンは「比呂美を護るためなら善悪にも目を瞑る」絶対的な味方ですから
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