true MAMAN あなたの代わりになれるかな~前編~

「行ってきます」
 学校に行こうとする眞一郎を理恵子が呼び止める。
「あ、眞ちゃん、待って」
「ん?」
「悪いけど、今日は比呂美ちゃんのところでお夕飯食べてもらえるかしら?お母さん、
ちょっと出かける用事があるの」
「あー、それはいいけど、父さんはどうするの?」
「お父さんも、今日は出前か何か頼んでもらえませんか?申し訳ないのですけど」
「・・・・ああ、わかった」
 ひろしは一瞬だけ理恵子の方を見て、すぐに食卓に目を戻しながら答えた。
「なんなら比呂美に来てもらおうか?うちなら台所も使い慣れてるし」
「余計な気は遣うな。俺は、適当に食べるから」
「お父さんもこう言ってるし、二人でお食べなさい。お母さんもそんなに遅くはならないから」
「わかった。じゃ、そうするよ。行ってきます」
 眞一郎が改めて挨拶をして家を出ると、理恵子は食卓に戻った。
「すいません、急に」
「・・・・いや、いい」
 いつもの通り、ひろしはなにも詮索しない。それは理恵子を信用しているからに他ならな
いが、時として無関心にも見えるのが欠点だ。
 だが、今日に限って言うなら何も訊かれないのはありがたい。



 朝の内に家の用事を済ませ、早目の昼食を取り、着替えをして家を出る。
 初夏と呼ばれる季節も終りに近づき、この時間になると外を歩くだけでも汗が滲んでくる。
駅に着き、電車に乗って冷房の効いた車内に入るとほっと一息を吐く。黒の服も暑さの一
因だ。
 目的の駅で降り、タクシーを拾って行き先を告げる。
 ほんの少しだけ、決意が揺れる。弱気な部分が引き返したがっている。
 しかし、ここで引き返すことはしたくない。自分の心に決着をつけるために、引き返すわ
けにはいかない。
 程なく目的地に着く。タクシーを降り、階段を登る。
 入り口をくぐって右へ。三つ目の角を左。・・・・七つ、八つ。
 着いた。
「ごめんなさいね。こんな中途半端な日に来ちゃって。でも、大事な記念日よね。
「20回目の結婚記念日、おめでとう」
 湯浅家の墓碑の前に立ち、理恵子は静かに語りかけた。



「私、あなた達が結婚した時、心からほっとしたのよ・・・・」
 墓の掃除を終え、理恵子は再び話し始めた。
「これであの人も完全に未練はなくなる。もうこれからは私一人を見てくれると、その事が
本当に嬉しかった。いえ、疑っていたわけではないのよ。ただ・・・・いえ、そうね、確かに
信じ切れていなかったわ」
 今まで認めようとしなかった過去を、素直に認める気になったのは、物言わぬ故人の前
だからだろうか。それとも理恵子自身に何らかの変化が起きているのだろうか。
「でも、その時の私は、自分が信じてると思い込もうとしたの。不安や不信を見ないように
して、自分はひろしさんを愛しているから、何も心配していないんだと自分に言い聞かせて
いた。ひろしさんに確かめるのが怖かったの。
「でも、そのごまかしが、すぐに歪みとなって現れた・・・・」
 湯浅は元々、身体の丈夫な男ではなかった。香里がひろしよりも湯浅を選んだのも、あ
るいはそこに一因があるのかも知れないが、家庭を守る立場となった事は、湯浅に気力や
張り合いを与えると共に、負担や気負いももたらした。
 湯浅は身体を壊し、その看病をしながら自らも働く香里を心配し、ひろしは頻繁に香里
の下を訪れ、世話を焼くようになった。
 それはまだ結婚も、同棲もしていない理恵子との時間を犠牲にする事となり、理恵子
の不安は大きく掻き立てられた。親友の家庭を案ずるひろしと、邪推と知りつつ嫉妬を抑
えることが難しくなっていく理恵子の関係は、次第にギクシャクしたものになっていった。
 理恵子が自分の身体の変調に気が付いたのは、その頃である。



「あの時は私、初めて神様を信じる気になったわ。だって、こんなタイミングでなんて、誰
か余程意地の悪い人が話を考えない限り、私に起きるとは思えないもの」
 自分の妊娠に気付いた時、理恵子は誰にも告げなかった。
 自分の両親には当然言えない。同性の友人にもそこまで打ち明けられるほど親密な相
手はいなかった。
 ひろしにも言えなかった。言えば何かが終わってしまう気がした。拒絶された時が怖かった。
「馬鹿みたいよね。そんな事あの人がする筈ないのに・・・・」
 だがあの当時、理恵子はひろしがその報せを喜ぶとは思えなかったのだ。
 誰にも、何も言えないままに1ヶ月が過ぎ、生むか、中絶するかの決断を医師から迫ら
れるようになった頃、理恵子は倒れた。極度の心労と妊娠中毒による体力の低下だった。
 病室に入ってきたひろしは、困ったような表情だった。理恵子はベッドの中から、その顔貌
をまるで始めて見るかのように見上げていた。
(終りかな・・・・)
 そんな言葉が浮かんだ。自然に涙が溢れてきた。見られたくなくて布団を引き上げた。
 ひろしは布団の隙間から理恵子の頬に触れ、涙を拭きながらこう言った。
『暫らく、安静にしていれば、子供には影響ないそうだ』
 ベッドの脇にいすを置き、腰掛ける。
『・・・・名前を、決めないとな』
 理恵子が布団から顔を出す。ひろしは、堅苦しく、しかし確かに微笑んで見せた。
『出来れば、今度はもっと普通に驚かせてくれ。心臓が、止まるかと思ったぞ』
 理恵子は泣いた。声を上げて泣いた。ひろしはその涙を拭っていた。
 一ヵ月後、ひろしと理恵子は仲上本宅で式を挙げた。湯浅は来れなかったが、香里も出
席した。



 それからの理恵子は、多忙ではあったが幸せだった。
 ひろしの母は妊娠が先行しての結婚にショックを隠せず、ひろしからの話を聞いたとき
には勘当だと大騒ぎしたが、式が近づくとそれでも理恵子を受け入れてくれた。旧家であ
る仲上家のしきたりは覚えることも多かったが、義母の厳しくも的確な教育で少しづつ覚え
ていった。
 眞一郎が生まれた時、義母も、義父も、ひろしも喜んでくれた。特に義父は跡取りが生
まれた喜びを隠そうともせず、三日間に渡って道往く人に樽酒を振舞った。
 その2ヵ月後に湯浅家に長女が誕生したと言うニュースは、理恵子にはさしたる意味を
持たなかった。

 少なくともその当時は


                       続

ノート
かなり禁じ手な感もある、過去偏です。
この4人のドラマはかなり詳細にプロットは作ってあって、それだけで長編シリーズになりえるくらいに作りこんであるのですが、当然ながら
オリジナル設定が大半を占めるため、発表にかなり躊躇いがあるタイプの話です。

一応今回の話はアニメとの相似形になるように意図しています。
理恵子がベッドでひろしを見上げて涙を流す画は、9話で比呂美が理恵子たちと学校に説明に行く日の朝の比呂美の姿をイメージしてます。
理恵子が眞一郎や比呂美に「表を一緒に歩かないように」とか、「男と遊び歩いて妙な噂を立てられないように」とうるさく言うのは、
比呂美や比呂美の母に対して含むところがあるのではなく、出来婚の自分が近所から白眼視されていて、眞一郎が「この親にしてこの子あり」
と噂される事を嫌っているからです(実際に、古株の住人が噂しているのを聞いていると思います)
後編に掛かる話ですが比呂美に仕事を手伝わせたのも、家族として(感情的に)受け入れられない代わり一定の役割を与えて、居場所を作って
あげようとの配慮が理恵子の側にあります。ただ、理恵子の比呂美に対する複雑な感情と、比呂美の側に新婚時代の理恵子のような相手に気
に入られたいという意思がない事で、事態が最悪の方向に動いてしまいましたが。

以上、長々言い訳しましたが次は後編。もう暫らくのお付き合いを

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最終更新:2008年04月25日 02:03
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