after tears これからのことを1


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 アニメ true tears SS -after tears これからのことを-

 ※一応 本編の後日談な感じです。超個人的ですけど。
 ※眞一郎の父・母の名前を、それぞれ中の人の名前を取って、眞一郎の父→啓治 眞一郎の母→理恵子 にしています。
  眞一郎の父はヒロシでもよかったんですけどね。シリアスな場面だとどうしても笑ってしまってw
 ※本編の設定や解釈を間違えたまま書いてる所があるかもしれません。
  見逃してやってください。まだ各話1~3回くらいしか見てないのでorz(いいわけ)


 ────

 薄く霞みながらも晴れた空。優しげな日差し。
 すっかり景色に馴染んだ葉桜がそよ風に揺れている。
 いろいろなことがあっという間に過ぎたあの冬から数ヶ月。
 眞一郎たちは何事もなく無事進級していた。
 クラス替えはあったが、眞一郎は三代吉と、比呂美は朋与と。
 それぞれが親友と同じクラスになり、眞一郎と比呂美もまた同じクラスになった。
 身近なところがそのままだったので、あまり代わり映えのない日々を送りながらも、 
 季節は巡り、新緑の初夏を迎えていた。

 ────

 どうしてこうも良くないことが立て続けに起こるのだろうか?
 星の巡りだとか、バイオリズムだとか、そういった類のものが全て悪いほうに向いているに違いない。
 眞一郎はそう思った。

(これは……これはさすがにマズい……)
 土曜日最後の授業の4時間目は数学。 
 前回の授業の時に行われた小テストが返却されたのだが、その点数に眞一郎は自分の眼を疑いたくなった。
 もともと自信があったわけでもないが、さすがにここまで酷いとは思わなかった。
 平均点よりも格段に低いのがさらに追い討ちをかけた。
「……で、ここはこういう解になるわけだな」
 答え合わせをしていく教師の言葉も耳に入ってこなかった。
 ふと斜め前の席の比呂美を見る。すると視線に気付いたのかちらっとこちらを振り向く。
(テストどうだった?)
 自分の答案を指差してから彼女を指差す。
 ジャスチャーが伝わって比呂美の唇が『まあまあ』と動く。その後こちらを指差し、
(そっちはどう?)
 と返してくる。
(聞かないでくれ……)
 ><と顔文字のような表情を作って見せると、比呂美は苦笑いを浮かべ黒板の方へ向き直った。
 眞一郎はため息をつき、なんとはなしに窓の外を眺めた。
 比呂美と付き合い始めてからは、それまでのすれ違いの時間を埋めるように自然な流れのまま二人で過ごしてきた。
 彼女のアパートで食事をしたりのんびりしたり、デートに出かけたり、季節柄 花見もした。
 一人になれば夜遅くまで絵本を描く日もあった。
 それはとても穏やかで楽しく、充実した時間ではあったのだけど、その分いろんなことをおろそかにしたかもしれない。
 それがこうやって形として目の前に表れると思い知る。
「……はぁ…………」
 深くついたため息は、ますます眞一郎を憂鬱にさせるのだった。

 ────

「眞一郎~。テストどうだったよ?」
 授業が終わると少し離れた席の三代吉が答案用紙を持って眞一郎の席へやってきた。
「散々だったから聞かないでくれ…」
 だいたい同じ成績の二人なのでいつもなら結果を見せ合うのだが、さすがに今日は分が悪いと眞一郎は先に白旗を上げた。
「まぁ、見せてみろって。………あ~…テスト中、具合悪かったんか?」
 とりあえずからかってやるかと思った三代吉だったが、予想外の点数に本気で心配した。
「いや、本気の本気…」
 言ってて眞一郎は自分が情けなくなる。
「ま、大丈夫だべ。中間で挽回すればいいんだからよ」
 三代吉は励ますように眞一郎の肩をバシバシと叩いた。
「そうするしかないよなぁ…」
 そうして話が一段落ついたところで、眞一郎の席に比呂美がやってきた。
「眞一郎くん」
「何?」
「今日おばさんに呼ばれてるの。テスト前で部活も早く終わるから一緒に帰れないかなって思って」
 遠慮がちに比呂美が言う。恋人同士なのだから『待ってて』と言われれば眞一郎は何時までも待ってあげられるつもりだが、そこは隣に三代吉がいるからそういう言い回しにしたのだろう。
「いいよ。適当に時間つぶしとく」
「ごめんね。ありがと」
 微笑む比呂美を見て三代吉が、
「いいねー。恋人同士のゆったりとした昼下がり。羨ましいねぇ」
「野伏君には愛ちゃんがいるじゃない」
 苦笑いで返す比呂美。
「だって俺らは一緒に登下校なんてできねーもん。一種の遠距離恋愛みたいなもんさ」
 と、窓の外へ遠い目を向ける三代吉。
「でも、今日も“あいちゃん”行くんでしょ?」
「今日はダメなんだよー。家の手伝いでさー。田植えは終わってもまだやることあってさ」
「そうなんだ」
 三代吉と談笑する比呂美を見て、眞一郎は少しだけ微笑ましく思った。
 眞一郎と付き合うようになって、比呂美は以前にまして人当たりがよくなったように思える。特に異性に対して。
 心の中にしっかりと眞一郎の居場所を確保できている分、心にゆとりができたのだろう。
 元々人気の美少女だったのが最近は雰囲気が柔らかくなったと男子の人気もうなぎ登りで、彼氏である眞一郎に対する風当たりは日に日に厳しくなるのだが、それでもあの冬のどこか情緒不安感な比呂美に比べたら、今の彼女はとても魅力的だ。
 眞一郎が昔憧れた笑顔の比呂美がここにいる。
 嬉しくないはずがなかった。
「比呂美さーん。そろそろ行きますよー」
 男子と仲良く話している比呂美を少しやっかむような調子で朋与もやってくる。
「あ、うん。じゃあ眞一郎くん後でね」
「わかった。部活頑張ってな」
「うん」
 笑顔を見せる比呂美。
「仲上君ー。私にはー」
 朋与の不満そうな声に、眞一郎は苦笑いでリクエストに応える。
「黒部さんも頑張って」
「愛情こもってないぞー」
「あるわけないないでしょ。ほら、行くよ」
 比呂美は朋与の耳を軽く引っ張った。
「いたっ、いたた、冗談に決まってるじゃ……」
 そしてそのまま引きずるように教室を出ていった。
「……湯浅さん、お前のことになるとすげーな」
「はは……」
 残された男二人は苦笑いを浮かべるばかりだった。

 ────

 昼食を取って三代吉と別れた後、眞一郎は時間潰しのために学内の散歩を始めた。
 グラウンドは部活に打ちこむ生徒の姿で活気に溢れていて、日差しはいつ夏服に移行してもおかしくないくらい暖かかった。
 比呂美と付き合い始めてからは、彼女の部活が終わるのを待つことも少なくない。
 たいていは校内をうろつきながら絵本のアイディアを出したり、あの鶏小屋に行き“地べた”の様子を見に行ったりもした。
(そろそろ終わる頃かな)
 そして最後はこうやって渡り廊下のベンチに腰掛けて、取りとめもなくスケッチを取り始めるのだ。
(……今度からは図書室で勉強するかな……)
 ふとテストの点を思い出しそんなことを思う。
 そして、辺りの風景画を7割程描き終えた時だった。スケッチに人影が差し込んだ。
「相変わらず上手ね」
 聞き覚えのある声に振り向くと、すまし顔で佇む愛らしい少女がいた。
「乃絵……」
「隣、座ってもいい?」
「ん……ああ」
 突然の事に少し動揺する眞一郎を全く気にせず、乃絵は軽やかな動きで隣に腰掛けた。
 ただ、以前のように側に寄ることはなく、半身分距離が空く。
 それが今の二人の関係の縮図でもあった。
「眞一郎とこうして一緒にいるの久しぶりね」
「そうだな」
 進級後もクラスが別だったこともあって、あれから乃絵と面と向かって話しをすることはなかった。 
 眞一郎が選んだのは比呂美で、乃絵の気持ちには応えることが出来なった。
 後悔はしていない。ただ、心のどこかで乃絵に対してほんの少し負い目を感じているのも確かだった。
「何してたんだ?」
 眞一郎の方から話しを振った。
「友達とお話ししてたの。でもみんな帰らなくちゃいけなくなったから、私は“地べた”を見に行こうと思ったら眞一郎がいたの」
 乃絵はぱたぱたと足を揺らす。
 友達……乃絵が口にすると何か特別なもののように思えた。
 “孤独”が肩書きだった少女はもうここにはいない。
「ありがと」
 乃絵が微笑んで言った。
「何が?」
 突然の言葉に、眞一郎は意味を理解できなかった。
「ずっとお礼が言いたかったの」
「だから、何で」
 会話が上手く成り立たないことがなんだか懐かしくて、眞一郎は思わず笑ってしまった。
「まだ生まれたての小鳥だけど、少しずつ翼を広げることができてきたから」
「俺は何もしてないよ。乃絵が飛ぼうと努力した結果だよ」
 ううんと、乃絵はゆっくり首を振って、
「それでも眞一郎が『飛べる』って信じてくれたから今の私があるの」
「そっか……」
「だから気にすることなんて何もないわ」
「乃絵……」
 乃絵には傷つけるばかりで何もしてやれなかった。
 そんな眞一郎のわだかまりを、少女はしっかりと見抜いていた。
 ほんの少しだけ許されたような気がした。
「……お礼を言わなくちゃいけなかったのは俺の方だな」
 眞一郎は彼女に聞こえないように呟いた。
「おやおや~仲上君、不倫はいけないなぁ」
 声のした方を振り返ると、部活を終えてすでに帰り支度を整えた朋与がいた。
「こんにちは、黒部さん」
「こんにちは」
 親しげに挨拶する二人を見て、眞一郎は少し驚いた。
「あれ? 二人知り合いだったけ?」
「ときどき話すよ。ね?」
「うん」
 乃絵の笑みが嘘じゃないと教えてくれた。
(そっか……ホントに飛ぼうとしてるんだな)
 そのことがとても嬉しくてどこか親心のようなもの感じた。
「私帰るわ。怒られたくないもの」
 誰に、とまでは言わなくても分かる。
 遠まわしに冷やかして乃絵は立ち上がった。
「やっぱり眞一郎といると楽しいわ。またお話ししましょ」
「ああ」
 口約束を交わすと、乃絵は笑顔で手を振ってその場を走り去った。
 眞一郎も立ち上がって手を振り返す。
「あの子、変わったよね。前はあんまり好きじゃなかったんだけど」
 朋与が乃絵の背中を見つめながら言う。
 比呂美側の朋与から見ても好感を持たれるようになったのなら本当に変わったのだろう。
 嬉しいような、それでいてどこか寂しいような、眞一郎はそんな感慨深さを抱く。
「それにしてもあれね。三角関係でもつれたって割には、変わらず親し気じゃない?」
「いや、俺だって久しぶりに話したんだよ」
「何? じゃあまた三角関係が復活なわけ?」
「んなわけないから」
 朋与の冗談をじと目で返す。
「眞一郎くん」
 そこへ比呂美がやってくる。
「聞いてよ比呂美~。仲上君、石動乃絵と逢引してたのよ」
 ニヤニヤと朋与が報告する。
 それを聞いて比呂美は一瞬身を硬くしたが、
「二人は友達なんだから会ってたって変じゃないでしょ」
 眞一郎を責めることはなく、からかう朋与をたしなめる。
「ちぇ、堅固な愛だこと。羨ましいわ」
「黒部さんも彼氏作れば?」
 眞一郎が苦笑いで問いかける。実際ルックス的には彼氏がいたっておかしくないとは思うのだが、
「(∩゚д゚)アーアー、勝者の余裕はキコエナーイ」
 と背を向けたまま気だるそうに手を振りながら帰っていった。
(あの性格が原因なんだろうな……)
 ちょっとだけ哀れむ眞一郎だった。

 ────

「思ったより早く終わったんだな」
「うん。うちの部、前のテストの結果があんまり良くなかったんだって。『イメージ悪くしたくないからみんな勉強しなさい』ってキャプテンが」
 二人は並んで下校する。最初の頃はお互い照れたりもしたのだけど、今はこうして自然体でいられるようになってきた。
「部活の成績が良ければその分は補えそうだけどな」
「でも、両立できるに越したことはないから」
「その点お前は心配ないよな。期末も良かっただろ? その頭の良さを少しわけてもらいたいよ」
 と大げさにうな垂れてみせる。
「そんなに小テスト悪かったの?」
「かなり……なぁ、後で勉強見てもらってもいいか? できれば次のテスト範囲カバーしてもらえると助かるんだけど」
「私にわかる範囲でよければいいよ」
「助かるよ」
 比呂美に見てもらえれば今回より酷くなることはないだろうが、なんだかんだでいつも頼ってばかりで男として少し情けなくも思ってしまう。
「まだ時間あるし、どこか寄って行かない?」
 そんな浮かない顔をする眞一郎を見て、比呂美は息抜きを提案する。
「いいけど、どこ行く?」
「私“あいちゃん”行きたいな。野伏君が行けないみたいだから代わりに顔出してみたい」
 と、幼馴染の店を提案する。
「いいよ(……比呂美が愛ちゃんとこ行きたいなんて言うの初めてかも)」 
「奢ってくれる?」
 ちょこんと身体を傾けて上目づかいに覗き込んでくる彼女のおねだりに、眞一郎は頬を少し赤らめる。
「そりゃ勉強見てもらうんだし、そのくらいは奢るよ」
「それに、私に内緒で石動さんと会ってたんだよね?」
 意外な一言に眞一郎は慌てて弁明する。
「違うって、乃絵とはたまたま会ったんだよ。そういうんじゃないんだって」
 動揺する眞一郎がおかしくて比呂美はくすっと笑った。
「冗談だよ。じゃあ、行こ」
 言って比呂美が先に歩き出す。
 ほっと胸を撫で下ろす眞一郎。
 だが、彼女の表情にほんの一瞬影が差したことに気付くことはなかった。

 ────

「おーっす」
 “あいちゃん”に着くと、入り口にまだ準備中の札が下がっていたが、そこは勝手知ったる他人の店。
 眞一郎は気にすることなく中に入っていく。
「準備中の札見えなかったのー? まだ開店してませんけどー」
 奥で在庫整理をしていた愛子は、声で来客者を認識して適当にあしらった。
「いつものことじゃん」
「親しき中にも礼儀ありって……」
 カウンターに戻ってきた愛子は眞一郎の後ろに控える少女を見て顔を輝かせた。
「比呂美ちゃん……!」
「こんにちは」
 比呂美は照れくさそうに軽く頭を下げた。
「うわ~比呂美ちゃんが店に来てくれるなんて久しぶりだねー。座って座って」
「うん」
 促されるまま比呂美はカウンターに腰掛ける。
「愛ちゃん態度違いすぎだろ」
 口を尖らせる眞一郎もその隣に座る。
「当たり前でしょ。いつも暇つぶしに来るアンタとは違うんだから。何飲む? 今川焼き食べていくよね?」
 比呂美の来店がよほど嬉しかったらしく、愛子はあれこれと彼女に世話を焼く。
 数分もすると焼きあがった今川焼きが差し出された。
「どうぞー」
「ありがと。愛ちゃん、すっかり看板娘って感じだね」
「そーかなぁ」
 愛子は照れくさそうに頬を指で掻いた。
「足元にビールケースあるけどね」
「うるさい」
 今川焼きを頬張りながら眞一郎がぼそっと呟くのを聞き逃さず、愛子は間髪入れずつっ込みを入れる。
 なんというか、雰囲気だけ比べれば比呂美の方が年上に見えないこともない。
「それで今日はどうしたの? あたしに何か用事あった?」
 比呂美がここへ来るのは本当に久しぶりだ。高校に入ってからは初めてかもしれない。
 だから何かしら用がなければ足を運ばないだろうと思う愛子の考えは至極当然のことだった。
「部活早く終わったし時間あったから、眞一郎くん誘って愛ちゃんに会いに行こうかなって思って」
「ホント? 嬉しいなぁ~。もっと遊びに来てくれていいんだからね?」
「うん」
 比呂美にとっても愛子は大切な幼馴染の一人だ。
 家庭の事情や眞一郎との異母兄妹疑惑で、彼に関わる全てを遠ざけてきたが、それらが解消した今は素直に愛子に会いに来たいと思えるのだ。
「おいしい……」
 昔、愛子の親が焼いてくれた今川焼きの味を思い出す。
 また一つ明るい場所へ戻って来れたのだと実感して、比呂美は胸の奥に熱いものがこみ上げるのを感じた。
「あれ? それ」
 ちょうど眞一郎と比呂美が同時に今川焼きを口に運んだ時だった。
 愛子が眞一郎と比呂美の左手首を交互に指差す。
 二人の手首に同じミサンガが結ばれていることに気付いたのだ。
「二人でミサンガしてるんだ」
「あ……うん」
 比呂美が照れくさそうに手首を抑えた。
「何か一緒の物が欲しいなって思って……でもアクセサリーだと高いから」
「運動してる比呂美にはちょうどいいし、じゃあミサンガにしようかって」
「色はお互いの好きな色にしたの。私がピンクで、眞一郎くんが青で……」
 二人が説明するのを愛子はにやにやとした表情で聞いて、
「あたしそこまで聞いてないんだけどね(・∀・)ニヤニヤ」
「…………!」
 なんか馬鹿ップルっぽくて二人は一気に顔を赤くした。
「……お、俺ちょっとトイレ借りるわ」
 と、眞一郎は逃げるように席を外した。
 比呂美はまだ恥ずかしそうに視線を落としてままだったが、そんな彼女を見て愛子は、
「……よかった」
「え?」
「ちゃんと彼氏彼女やってるんだね。安心した」
 そう言った愛子の優しげな顔は、弟妹を見守る姉そのものだった。
「愛ちゃん……」
「詳しいことわからないけど、いろいろあったみたいだったから。
 眞一郎はずっと比呂美ちゃんのこと好きだったし、比呂美ちゃんも眞一郎のことずっと好きだったんだよね?」
「うん……」
 少し気恥ずかしくて比呂美は視線を落とす。
「乃絵ちゃんも可愛くていい子だけど、やっぱり眞一郎と比呂美ちゃんはお似合いだよ」
 自分の想いが報われなかった愛子としても、「比呂美になら……」という諦めの気持ちはあった。
 実際に今の二人を見せられると、やっぱり敵わないなぁと心の中で清々しく思えた。
 そんな彼女の秘めていた想いを、比呂美は幼い頃からなんとなく気付いていた。
 眞一郎に向けられる、好意を持つ視線には敏感な方だ。
 だからといって「ごめんね」とは言いたくない。
「ありがとう」 
 比呂美もまた、誰よりも眞一郎が好きなのだから。
「……ところでさ」
 愛子は眞一郎が戻ってこない気配を確認してから身を乗り出して、比呂美の耳元で小声で言った。
「もう眞一郎と……した?」
 愛子の言わんとすることを瞬時に理解して比呂美は再び顔を赤くする。
「な、何? 急に……」
「いやさ、自分が済ませると周りはどんなものなのかと気になっちゃってさ……」
 そういう愛子の頬も朱に染まっていた。
「愛ちゃん野伏君と……したの?」
「い……一応ね」
 なんか気まずくて二人は視線を逸らしながら会話を続ける。
「で、比呂美ちゃんは?」
「…………まだ」
「そうなんだ……眞一郎『したい』と言って来ないの?」
「……うん……特には」
 そういうことに関して比呂美もいろいろ考えないこともなかった。
 恋人同士なのだからいつかはと言う思いも当然ある。
 正直、比呂美としてはいつでも構わないと思っていた。眞一郎に捧げる覚悟はできている。
 ただ、当の本人は手を出してこなかった。キスは時々する。でもそこまだでだ。
 眞一郎は性欲が薄いのか、それとも自分に魅力がないのか、いろいろ考えることもあるが、まだ16だしそんなに急ぐこともないのかなとそこまで深刻に考えることもなかった。
「野伏君は『したい』って言ってくるの?」
「うん……あたしは早いかなって思ったんだけどね」
「そうなんだ……」
 やはり年頃の男子はそういうものだろう。愛子のような可愛い子が彼女ならなおさらかもしれない。
 でも、眞一郎は何も言ってこない。遠慮しているのだろうか?
(それとも……やっぱり……)
 一つだけ気がかりなことが比呂美にはあったが、それを愛子に聞いても仕方がなかったので口にするのはやめた。
「何小声で話してんの?」
 トイレから戻ってきた眞一郎に声をかけられるまで気付かず、二人はびくっと身をすくめた。
「な、なんでもないの」
「そうそう、女同士の大事な話しだからアンタには関係ないの」
 二人が笑って誤魔化すのを眞一郎はわけがわからず?を頭の上に浮かべるのだった。


「それじゃ、また来てね」
「うん」
 二人が帰るのを、愛子は店先まで出て見送ってくれた。
「そだ、眞一郎ちょっと」
「何?」
 愛子は眞一郎を連れると、比呂美から少し離れて、
「あたしと乃絵ちゃん振って選んだ比呂美ちゃんなんだから、大切にしなさいよ」
「わかってるよ……大丈夫だって」
「ホントに?」
 ずいっと顔を近づけて瞳を覗き込む愛子。
「ホントだって」
 その剣幕にたじろぎながらも眞一郎はきちんと見つめ返す。
 納得したのか愛子は身体を離して、
「大丈夫そうね。……ほら、行きな」
 ぽんと背中を押して眞一郎を比呂美に返す。
 今度こそ本当に別れを告げて、愛子は二人が見えなくなるまで見送った。
 店に入ると立ち止まって一つ息を付く。
「……うん、大丈夫」
 眞一郎に言い聞かせた言葉は、彼を卒業できた彼女自身の気持ちでもあった。


「こうやって学校帰りに遊んでいくのも楽しいね」
 帰り道、比呂美は充実した表情を浮かべていた。
「まぁ、俺はいつものことだけど、お前は部活があるからな」
「また時間あったら付き合ってくれる?」
「行きたいところあったらどこでも付き合うよ」
「ありがと……」
 穏やかな甘い空気が二人を包み込む。
 辺りは静かで、意識すればするほど、心臓がドキドキを高鳴る。
「手……繋ぐ?」
「うん……」
 こうして自然に誘えるようになっただけでも、眞一郎にとっては大きな成長だった。
 さりげなく優しく重なった手のひらは、お互いの温もりに満ちていた。
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