比呂美のバイト その3


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

【私、迷惑かけてるのに】 比呂美のバイト その3


 バイト宣言を受けて大いに悩んでしまった眞一郎に比べ、比呂美の様子は、
昨日までとほとんど変わらなかった。教室内でも普通。部活も普段通りにこな
し、眞一郎に色々と話しながら下校するその様子は、まるで何事もなかったか
のようだった。
(比呂美にとっては、小さな事なのかな…)
 眞一郎は、下校途中の坂道でそっとため息をつき、自分の中の悩みに戻って
いった。父に言われた事。三代吉のヒント。…4番。考える事が多かった。
 だから、眞一郎をそっと見つめる比呂美の瞳に、以前に似た危うい色が浮か
んでいた事に、彼が気付く事はなかった。

 アパートについた時、比呂美はいつもと少しだけ違う行動をとった。制服の
まま、着替える事なく、バスタブに湯を張りはじめたのである。
「今日はシャワーじゃないのか?」
 微笑むだけで、比呂美はそれに答えなかった。
 それどころか、いつの間にか二人分のコーヒーの用意をしていて、マグカッ
プが二つ出てきた。
「ねえ、眞一郎くん」
「ん?」
「お風呂がいい? お茶にする? それとも、あ・た・し?」
 突然比呂美が上目遣いにイタズラっぽく言った。

 対眞一郎専用アイテムのメガネをつけ、どこからか持ち出したエプロンまで
装備して言うものだから始末に終えない。破壊力は絶大。まるで新妻そのもの
である。
「えっ…、ちょっ、おい、お前っ…」
 眞一郎はもう言葉にならない。(思わず「あたしっ!」と叫びたい衝動に駆
られてしまった彼を、誰が責められよう)
「ふふっ、前にドラマで見たセリフ。ちょっと言ってみたかっただけ」
 比呂美は笑い、ぺろっと舌をだして見せた。
 その仕草がまたとても可愛い。凶悪に可愛い。さっきのセリフと合わせると
もはや即死コンボに近い。
 もっともここまで来ると、逆に冗談、演技だとはわかるのだが。
 だが、今の眞一郎にはそれがかえって逆効果となった。
「変な冗談はよせよ…」
 眞一郎は、自分の真剣な悩みと想いをからかわれたような気がしていた。ム
ッとした表情を隠しもしない。色気で大事な事をごまかされたような気さえし
てきている。
「大体お前――」
 俺が襲いでもしたら、どうするつもり――
「お風呂、沸いたから。入ってきて」
 眞一郎の言葉を遮って、比呂美は言った。今度は真剣な表情である。
「風呂? 俺が?」
 怒っていたのはどこへやら。これにはさすがに驚いて反応できない。
「ここのお風呂は狭いけど、少しは気分、変わると思う」
 比呂美はバスタオルを引っ張り出してきた。はい、と押しつける。
 雰囲気はまさに問答無用。有無を言わせるつもりはないようだ。
 そして比呂美が一旦覚悟を決めたら、容易な事では止められない。
「お前は?」
「眞一郎くんの後に、入らせてもらうから。ほら、入って入って」
 もはや断る事もできず、結局眞一郎はバスルームの中に追いやられてしまっ
た。


「湯加減はどう?」
 扉の外から、比呂美の声がする。眞一郎には見えないが比呂美は中腰で膝を
そろえてついている。新妻モード継続中らしい。
「ああ、お湯はちょうどいいけど…。本当に俺が入るのか?」
「うん。ゆっくり入ってね」
(なんだかおふくろみたいだ…)
 つまり、家の事は女にはかなわないんだな、と思う。
 ぶんぶん振り回されてたじろいではいたものの、なぜか悪い気だけはしなか
った。
(これが奥さんって奴かなあ…)
 湯舟に体を沈め、芯からの心地良いため息を漏らした頃には、確かに眞一郎
の気分は変わっていた。今まであれほど心にのしかかっていたバイトの事も、
4番の事も、どこか気楽になっていた。
 比呂美の用意してくれたお風呂は、最高だった。
 心の中が暖かい気持ちで満たされていくような気がした。


 10分ほどして、バスルームの扉に遠慮がちなノックの音が聞こえた。
「…眞一郎くん」
「比呂美…」
「怒ってない?」
 その声音に、さっきまでの強引さは微塵も残っていない。むしろ少し、自信
なさそうな細い声である。
「怒るわけないだろ」
 眞一郎はふっと息を抜いた。
「…ありがとな」
「うん…」

 バスルームの扉から、少しこするような、重い音が聞こえる。
 見えはしないが、比呂美が背中でもたれかかったのだと、眞一郎にはわかっ
た。
 バスタブの背中の部分は軽く斜めになっていて、体を預けられるようになっ
ている。そのかわり体の向きは固定だ。
 だから、バスタブにある眞一郎の体と、扉にもたれた比呂美の体の向きは、
逆を向いている事になる。
 湯に包まれた眞一郎が目をつぶると、実際に比呂美と背中あわせで風呂に入
っている気がした。
「昨日のこと、ごめん。眞一郎くんがこんなに悩んじゃうなんて…」
 比呂美がポツっと言った。小さな声だが、今は浴室自体が静かなのでよく聞
こえる。
「それで、風呂を用意してくれたのか?」
 俺の気分を変えるために。そしてあの元気な演技も。
「うん…そう」
 眞一郎は、深いため息をついた。
「お前、優しいよな…」
「そうかな…」
 背中から、少し沈んだ声。
「そうだよ」
(そうだよ…)眞一郎は、心の中で繰り返した。

「昨日、帰ってから親父にバイトの事を話したんだ」
 少し間を置き、眞一郎は背中の比呂美に語りかけた。
「ごめん。私から言いにいかなきゃって思ってたら、言いそびれて…」
 どうやら彼女は気後れしていたらしい。
 比呂美からはまだ、仲上家への遠慮が抜けていない。
 この一人暮らしも生活費は仲上から出ているわけで、贅沢と言えば贅沢な話
なのだ。それに加えてのバイト話。さすがにワガママがすぎるという自覚があ
るようだった。
「良い心掛けだって。親父、褒めてたよ」
 また少し、眞一郎の胸が痛む。彼は、比呂美に遠慮してほしくなどなかった。
「私、迷惑かけてるのに」
「自分のした事に責任を取るのは、人として大事な事だって言ってた。ああ、
それとウチに話しにきなさいって」
「うん…。今晩伺うね」
「比呂美…」
「はい」
「いい湯だ。ありがとう」
 眞一郎の心の中で、何かが生まれようとしていた。


 眞一郎は、上半身裸のままでバスルームから出た。上半身の衣類は肩にひっ
かけている。
 湯気がユニットバスから抜けるまでには、換気扇が回っていても少し時間が
かかる。要するに蒸し暑いのだった。
(あいつ、いつもちゃんと着替えてから出てくるけど…)
 多少暑くとも、だらしなく下着姿でうろつく姿を見せたくないのだろう。そ
こは比呂美らしいと思った。
「上がったよ」。
 比呂美は上半身裸の眞一郎を見ると、すぐに眼を伏せ、視線を横にそらして、
無言で彼の脇をすりぬけていった。背後でバスルームの扉が閉まる。
(まずかった、かな)
 男の上半身裸なんて、見て楽しいものでもないだろうという感覚が眞一郎に
はある。水泳でもボクシングでも、別に当たり前の事だからだ。
 だが、比呂美の反応を見ると、多少のひっかかりはあるようだ。それが男性
一般に対する意識なのか、眞一郎に対してのみなのかはわからない。
 ともかく、気をつかってやるべき事だという所までは理解した。さしあたっ
て気軽に半裸にならないぐらいの配慮は、すべきだろう。
 以前、「真心の想像力」という言葉にとらわれすぎていた頃。眞一郎は「自
分の考えを相手の本意と間違え、押しつける」という失敗を散々やらかした。
比呂美もずいぶん泣かせた。
 その痛い失敗のおかげだろうか、比呂美を良く見た上で理解しようとする姿
勢が、少しずつ身につきだしている。それは彼にとって、ささやかでも大きな
進歩といえた。


 眞一郎が、学校のシャツを着終えた、その時である。
 バスルームから、いくつもの甲高い摩擦音と、大きく深い水音が聞こえた。
細かな水音は止まらず、そして咳込む比呂美の声…。
「比呂美!」
 眞一郎は我知らず身を翻し、バスルームの中に飛び込んだ。

 見ると、波立ったバスタブの中で、比呂美が激しく咳込んでいる。
 眞一郎は片足をバスタブのお湯の中に入れると、比呂美の両脇をかかえて、
一気にその身体をお湯から引き上げた。
 そのまま彼女の身体を半回転。左腕を身体の前面から、鳩尾の少し上の位置
に回し、うつむき気味の姿勢のままで支えてやる。右手は最初は抱えるために
使い、足元が安定してからは咳込む彼女の背中に添えて、軽くさすってやった。
 とっさの行動であり、それが正しいのかどうかは判断できない。だが、何よ
りもまず水から引き上げてやる必要があると思ったのだ。

 左腕でしっかりと比呂美を支えながら、眞一郎は咳が収まるのを待った。
 やがて咳が軽くなり、落ち着いてくると、眞一郎は言った。
「大丈夫か?」
 比呂美が、まだ荒い息のまま、軽く咳込みながら答えた。
「ごめん、ちょっと滑って…」
 それだけで眞一郎にはわかった。
 このバスタブの欠点なのだ。背もたれ部分が斜めになっていて、しかも滑り
やすい材質のため、誤って斜めの部分にカカトの重心を乗せると、一気に体が
滑ってしまう。頭を打ったり、水没したりする事もありそうだった。眞一郎自
身、さきほど入った時に少し怖いなと思ったばかりなのだ。
「どこかぶつけた所はないか? 頭は打ってない?」
「大丈夫…、ちょっと肘とお尻を打ったぐらい」
 この言葉で、眞一郎はやっと安堵した。
「そうか、よかった…」
 気が付くと、腕にかかっていた彼女の体重がほとんど抜けている。姿勢はあ
まり変わらぬまま、比呂美はきちんと自立していた。
「ごめんね。ずぶぬれにさせちゃった…」
 比呂美はうつむいたまま、言った。
 眞一郎の服は、上も下もずぶぬれ。大変なありさまになってしまっていた。
「そんな事、どうでもいいよ。…本当に怪我はないな?」
「うん…」
 比呂美は、今まで必死に掴んでいた眞一郎のシャツの袖を放しかけ…、改め
てキュっと掴んだ。
「やっぱり、見つけてくれた。助けにきてくれた…」
 比呂美がつぶやいた。
「当たり前だろう」
 その言葉を拾った眞一郎が、どこか噛み合わないのは仕方ない。比呂美にし
かわからない事だからだ。
「気をつけろよ。お前、転びやすいんだから。この斜めの背もたれ、危ないぞ」
 あくまで現実に即した事を眞一郎は言う。それが比呂美には少しおかしかっ
た。
 だが、この人は必ず助けてくれる、その確信だけは増していた。彼女にはそ
れだけで十分だった。
 そしてしばらく、静かに身体を寄せ合っているような、抱き合っているよう
な姿勢で、二人は立っていた。

 どれほどの時間が過ぎただろうか。数分か、数十秒か、よくわからない。
 衝撃と安堵が抜けると、二人とも今の状態がどうなっているかに気づきはじ
めた。
「眞一郎くん…。あの…」
 遠慮気味に比呂美が言う。羞恥で顔が赤くなり、身体が少し震えてしまう。
「う、ああ、ええと…」
 いけないと思いつつ、眞一郎の頭と視線が滑ってしまう。
 引き締まったお尻、細いウエスト、形の良い乳房、そして小さく震える美し
い乳首。
「恥ずかしい、かな…」
 それどころの話ではなかった。全裸で眞一郎に抱きついているのである。隠
すものなどなく、柔らかな胸は左腕の上に乗っている。
 男性に、これほど無防備に身体を晒したことは、比呂美にはない。
「ごめん…」
 比呂美の、ごく薄く陰る脚の付け根まで見てしまい、焦った眞一郎は、やや
乱暴に彼女の身体の向きを変え、彼女を正面から抱き締めた。
「あ…」
 比呂美の驚きの声が上がる。
 身体は前で密着しているが、少なくともこれで前は見えないから。と、眞一
郎は思った。
 自分に対する言い訳ではある。
 この場を、もう少しだけ離れたくなかった。
「ううん…。助けてくれたんだし…」
 しばらくして、ゆっくりと、比呂美の腕が背中に回った。
 二人の心臓が早鐘のように打っている。そのお互いの心音まで、肌を通して
感じられた。
 そのまま二人は眼をつぶり、抱き合ったまま動かない。
 心臓だけが動く中、二人だけの時間が流れていった。

「比呂美…。俺、手伝うよ。一緒に働く」
 眼をつぶり、比呂美を抱き締めたまま、眞一郎は言った。
「え…。あれは私の問題で、眞一郎くんには関係ないのに…」
 抵抗する、比呂美。
「二人で働けば半分の時間で済むし」
 眞一郎はきっぱりと言う。
「そんな迷惑、かけられないよ…」
「お前の問題は俺の問題だ。だから手伝う。駄目だって言ったら、俺は今度の
バイトを認めない」
 父に、三代吉に助言され、自分で考えた結論である。譲る気はなかった。
「でも…」
「困ってるお前を助けられなきゃ、付き合ってるなんて言えない。お前がやる
っていうなら、俺は絶対手伝う」
 まず比呂美のためになる事をする。比呂美が何を考えていようとわからなく
ても、自分は比呂美を信じてやる。助けてやる。どこまでも。
「……。おせっかいな男の子って、馬鹿みたい…」
 長い沈黙のあと、いつか聞いたセリフを、比呂美はつぶやいた。
 声音は全然違う。少しだけ甘い響きで、そして泣いているようだった。
「ちょっと。比呂美?」
 ちょっと慌てて、眞一郎は眼をあけた。
「ごめんなさい…」
 これも良く聞いてきた、口癖のような言葉。
 だがやはり、響きが全く違う。今まで聞いた中でもっとも美しく響く、ごめ
んなさい。
 比呂美が背中に回していた両腕を解いた。
 両手を眞一郎の胸にあて、少しだけスペースを開ける。涙の浮かんだ顔で眞
一郎の瞳を見て、そしてまた眼を閉じる。
「いいのか?」
「馬鹿」
 眞一郎は比呂美にキスをした。
 唇だけの長いキスが終わった後、二人はいつまでも笑っていた。


 そこからは大変だった。
 びしょぬれになったユニットバス内部の拭き掃除をし、眞一郎の服をとりあ
えず乾かし。 甘いどころの話ではなかったが、後始末を一緒にできているだ
けで、眞一郎は幸せを感じている。
(今は、いいよな)
 機嫌よく後始末をする比呂美を横目で見て、眞一郎はつくづくそう思う。
(うん、これでいい)
 いつか自然にその時は来る。今、焦って比呂美を襲う必要は、全くなかった。


 眞一郎は裏口、比呂美は玄関から。
 いつものように仲上家に戻り、居間で両親にバイトする事を直に報告する。
「そういうわけで、親父、おふくろ。俺は比呂美と一緒にバイトするから」
 すっきりした気分である。気後れも悩みも、もはや眞一郎には無かった。
「そうか、頑張れよ」
 父の励ましは、少し不安そうだった比呂美の顔に安堵を浮かべさせた。

 ところが、母の反応は、想像と全く違っていた。
 彼女は、普段はほとんど見ない、とっておきの美しい笑顔で言ったのだ。
「眞ちゃん、あなたは駄目よ」
 と。


乱文を読んで下さり、ありがとうございました…

すみません、本当にエロくなってしまいました…orz
お風呂だけでほぼ全部って一体。
どうするんでしょうこれ…。

あえて解説めいた事をすると、
「そこなら普通襲うだろ!」というシーンが描かれていますが、このSS内の
眞一郎は、比呂美の場合に限り、簡単な理由あって襲いません。
それはTV本編で散々おこしたすれ違いに通じる理由でもあります。
もし相手が愛子だったり、仮に乃絵だとしても、ここまでなったら
襲っているでしょう。眞一郎も一応男だ(笑)

次は少し時間が開きます。すみません。
釣りはttの華という事で許してください。
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。