true MAMAN やっぱり、嫌われてるのかな


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「おばさん、手伝います」
 比呂美が台所に入ってくる。
 今日は仲上家で夕食をご馳走になった。その後片付けを手伝おうとしたのだ。
「ありがとう。でも、こっちは一人で大丈夫よ」
「でも、ご馳走になりっぱなしじゃ――」
「本当に大丈夫だから。あな――比呂美ちゃんはゆっくりしていて」
「あ・・・・はい」
 ――その夜、比呂美は布団の上に座り、枕を抱えて考えこんでいた。
「わかんない・・・・」



 翌日、眞一郎と比呂美は帰りに海に来ていた。珍しい事ではないが、今日は眞一郎
が誘った事がいつもと違う点だった。
「比呂美、何かあったのか?」
 朝から比呂美が少し落ち込んでいる気がして、気になっていたのだ。
「え?何もないよ。なんでそんな事訊くの?」
「いや、なんかお前、元気ない気がしてさ・・・・何もないならいいけど・・・・」
「別に・・・・何もないよ。ただ・・・・」
「ただ?」
「私、やっぱり、おばさんに嫌われてるのかな、て・・・・」
「お袋に何か言われたのか?」
 眞一郎の顔が少し険しくなる。比呂美は急いで打ち消した。
「ううん、おばさんはもう何も言ってはこないよ。それどころか凄く優しくしてくれるし。た
だ、ね・・・・」
 そう、理恵子はこの2年間、全くの別人のように優しくなった。一緒に出掛ければ服を
買ってくれたり、食事に誘ったりしてくれる。眞一郎との事も心から応援してくれる。優
しく感じる一因は自分の受け取り方の変化もあるのだが、間違いなく理恵子は比呂美
の一番の味方だった。だが・・・・
「何故だろうね、優しくされればされるほど、私、お客さん扱いされてる気がする」
 以前だったら食器の洗い物を比呂美がする事は普通にあった。今は仲上家で食事を
してもまず後片付けを頼まれる事はない。日曜などには事務を手伝うし、届け物をする
こともあるが、これは同居時代からバイトとしてお金を貰っている。
「それはそうだろう。お前は今はうちで暮らしてないんだし、それに、その、今までが今ま
でだったんだから・・・・」
 眞一郎が言葉を濁した。眞一郎は今でも、自分の母親が比呂美を使用人のように扱っ
ていた事を忘れていない。あれだけ酷い扱いをしたのだから、今少しくらい比呂美に甘
くなっても+-はまだマイナスだと思っている。
 その点については比呂美の考えは少し違っている。いや今は違っていると言うべきか。
 比呂美は初めから経済的な世話は最低限に止めたいと思っていた。学費や修学旅行
の積み立てなどは援助を受けるとして、部活等に必要な金銭は自分で賄うつもりだった。
理恵子は2学期に入ってから、比呂美が合宿の経費をひろしにも相談していなかった事を
知り、それから家事よりも、家業の手伝いを命じるようになったのである。
「手が足りないの。空いた時間でいいから帳簿付けやっておいて頂戴。後で働いた分は
払うから」
 理恵子が言葉にして伝えたのはこれだけだった。比呂美が経済面で遠慮しないで済む
ように、バイトと言う名目で必要なだけの金銭を保証しようという配慮であったが、いくら
なんでも言葉が足りなすぎた。比呂美でなくとも、理恵子の真意を知ることは困難だった。
 当時の比呂美は、眞一郎同様に、自分は使用人としか思われてないと思ったものであ
る。
 今の比呂美はそのことがわかっている。理恵子が複雑な感情の中で、それでも比呂美
を気にかけていた事を、今なら理解している。それだけに、今の理恵子の態度はよそよそ
し過ぎるように感じるのだ
「まあ、考えすぎだよ。お袋がお前を嫌ってるわけないよ」
 眞一郎はそう言って慰めた。他に言いようもない。
「うん、そうだよね・・・・」
 比呂美はそう答える。納得したわけではないが、眞一郎を自分と母親との問題で困らせ
たくない。



 次の日曜日、理恵子と比呂美は隣町のショッピングモールにいた。
 お得意様の子息が結婚するため、その祝い品を選ぶ、と言うのは口実で、受験勉強が
続く比呂美を気分転換に連れ出した、が正しい。
「でも、いいんですか?眞一郎くんも受験勉強で疲れてるんじゃ・・・・」
「大丈夫よ、眞ちゃんなら息抜きしている時間の方が長いくらいだから」
 容赦のない言い様だが、理恵子から見れば美大対策とはいえ絵を描いてばかりの眞
一郎が「息抜きだらけ」に見えるのは仕方がない。比呂美もこれには苦笑する。
 ふと、比呂美は理恵子の首に目をやる。上品なシルバーのヘッドが付いたペンダント
をしている。
 理恵子が比呂美の様子に気が付く。
「どうしたの?久しぶりに出歩いて疲れちゃった?」
「え?あ、いえ、大丈夫です」
 比呂美が慌てて答える。表情に出ていたようだ。
「どこかで休みましょうか?」
「いえ、本当に大丈夫ですから。あ、おばさん、あの店、見てみませんか?」
 比呂美が指したのは革製品の専門ブランドである。
「ええ、それはいいけども」
「それじゃ、入りましょう、おばさん」
 比呂美はもう店に向かって歩き出している。外出先で、比呂美から寄り道を誘ってく
るのは初めてだった。
 ――そんな期待させないで。
「――おばさん?」
「なんでもないわ。入りましょう」
 理恵子も比呂美の後について、店に入った。



 比呂美は店内に入ると、真直ぐに財布のコーナーに向かった。
 婦人用財布を幾つかチェックし、色やデザインを見比べる。
 その中から比呂美は、札を折らずに入れられるタイプの、赤い財布が良いと思った。
小銭を入れる部分も丈夫に作られていて、実用的だ。二つ折りにしないので少し大き
いが、ハンドバッグに入れるなら問題はない。
(これならおばさんに喜んでもらえるかな)
 比呂美は今日外出すると決まった時から、理恵子へのプレゼントを買おうと決めていた。
 修学旅行に買った青磁のペンダントは、一度も着けてくれない。眞一郎と少し足を伸
ばしたデートをした時には、小物などを土産に買ってくることもあったが、理恵子は貰った
その場では喜んでみせるものの、どれも使ってはくれなかった。
(私のセンスが合わないのかしら?それとも私の選んだ物は嫌なのかしら?)
 後者だとすれば悲しい。ならば何故理恵子は比呂美にこれほど気を使うのか。
 自分の母を不貞と決め付けられた事は、恐らく生涯忘れない。同居してからの仕打ち
も、全てを許せるわけでもない。
 それでも比呂美は、2年前に自分で思っていた以上にそれらの記憶が風化しているの
を感じていた。それは眞一郎との未来への希望が上書きしていることもあるし、比呂美の
理恵子に対する見方が完全に逆転した事をも意味している。
 今の比呂美は、理恵子を単純に「眞一郎の母」とは考えていない。
 比呂美にとって理恵子は、自分の最大の理解者であり、そして――自分でも驚く事
に――絶対の信頼が寄せられる味方だと思っている。そう信じるに足る事をしてもらって
いる。
 だがもしかしたら、理恵子にとっては、未だに贖罪の気持ちで接しているだけではない
のか。比呂美の存在は理恵子にとって、過去の消せない過ちでしかないのではないか。
そう疑ってしまう事が、比呂美には悲しかった。
 自分が感謝している事、信頼している事を伝えたい。プレゼントだけがその方法ではな
いが、自分の気持ちを受け入れて欲しいと、比呂美は思うのである。
 比呂美が自分の選んだ財布を理恵子に見せようとした時、理恵子がこちらに歩いてきた。
 手にはライラック色の、二つ折りするタイプの財布を持っている。
「あ、おばさん、これなら――」
「比呂美ちゃん、こんなのどうかしら?これなら私服でも、制服でもおかしくないと思うの
だけれど」
 先を取られた。
「いえ、そんな、いつも買って貰ってばかりじゃ・・・・」
「気にしないで頂戴。前にも言ったことだけど、私がそうしたいだけなんだから」
「でも・・・・ありがとうございます。それじゃあ、お返しに、これ、使ってもらえますか?」
 理恵子の反応は予想外だった。あるいは、予想の中の最悪だった。理恵子は困惑した
表情を浮かべると、
「そんな、悪いわ・・・・それに、これよりもずっと高そうじゃない」
 と、断固受け取ろうとしなかったのである。
「でも、いつも貰ってばかりじゃ申し訳ないですから」
「だから、そんな事気にしないでいいのに」
「私がそうしたいだけですから」
 比呂美は自分の中の取って置きの笑顔で応じた。それでも、理恵子は
「でも・・・・」
「あの、私、センスないから、気に入って頂けないかもしれないですけど・・・・」
 比呂美は思わず言ってしまった。理恵子は更に困ったような、気まずそうな顔貌をして
「いえ、そんな事思ってないわ。とっても素敵よ、これ」
「いえ、自分でもわかってるんです。私今まであまりお洋服とかに興味なくて、あまりこ
ういうの選ぶの得意じゃないんです・・・・」
「本当にそういうのではないのよ。ただ・・・・ごめんなさい、気持ちは嬉しいけど、やっぱ
りこれは高校生から贈って貰う金額ではないわ。また今度、何か私に似合いそうな物
を見つけたら、その時は喜んで頂くわ」
 こうまで言われてはこれ以上無理に渡す事も出来ない。
「・・・・はい・・・・」
 比呂美は諦めざるを得なかった。



 店から出た時、理恵子も比呂美も無言だった。なんとも言えない気まずさが二人を覆っ
ていた。
「ごめんなさい。本当にあのお財布は素敵だと思ったのよ」
「いえ、いいんです・・・・」
 比呂美は自分で思っている以上にショックを受けていた。贈り物そのものを拒否される
とは、思っていなかったのである。

 ――期待させないで。

「!?」
 その声はあまりにもかすかで、隣にいた比呂美にさえ確信は持てなかった。しかし、店
に入る際にも聞こえた気がした言葉だった。
 比呂美は理恵子を窺うが、理恵子はただ悲しげな顔で、それ以上は何も言わなかった。


                        了

ノート
比呂美も理恵子も思いは同じ
後はきっかけだけ
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