true MAMAN ここにいるよ…


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 学校が終わり、眞一郎と比呂美は二人で帰路に着いていた。
 比呂美はごく自然に腕を眞一郎に絡めている。
「いよう、若夫婦。今日も仲いいねえ」
 道往く人の冷やかしも気にならなくなった。慣れというのは凄いものだ。
「ねえ眞一郎くん、このまま夕飯のおかず買いに寄っていい?」
「もちろん、今日は何にするんだ?」
「ううん、と。とりあえず店で安いもの確認してから決める」
 二人は市内のスーパーに入る。
 カートを取り、カゴを乗せる。
 比呂美は、このスーパーで2人でする買い物が大好きだった。
 デートのような特別な事はなく、あまりにも日常な行為。それを2人で一緒にできると
言うのが嬉しい。
 比呂美と眞一郎は、個人的には不安や悩みを抱えていたものの、それも2人でいる間
は些細な問題に思えた。世界の全てと言ってもいい互いが、自分の隣で夕食の買い物
をしている。その事実の前に不安も問題も霧消した。
「あ、今日お茄子が安い」
「茄子ぅ~?人間の食いもんじゃねえよそれ」
「馬鹿みたい。何わけわかんないこと言ってるの?」
「なんとでも言え。苦手なものは苦手だ」
「大丈夫、大丈夫。比呂美さんに任せなさい」
 偉そうに胸を張って請合う。理恵子から茄子の調理法は直伝済みだ。
「・・・・一応、茄子の入らない料理も作ってくれよ?」
 眞一郎がややふてくされたように言った。
「うん」
 こんなたわいない会話が楽しい。朋与が「新婚の楽しみがなくなる」と呆れる2人の関
係だった。



 買い物を終え、店を出ると、2人は熱帯魚屋に立ち寄った。
 眞一郎は最近、絵本のモチーフに動物を好み、しかも基本的に写実的な画風なので
実際の動物を数多く見ることは眞一郎の表現の幅を広げるために必要である。
「熱帯魚飼おうかなあ」
 比呂美がなにげなくそう言うと、
「結構面倒らしいぞ?ウサギの方が楽なんじゃないか?」
「爬虫類もいいかもね」
 眞一郎は、比呂美の部屋のロフトにカメレオンがしがみついている図を想像した。頭
を振って映像を消し去る。
「さて、と。それじゃ――」
「ね、眞一郎くん、これ見て」
 比呂美に呼ばれ、眞一郎が比呂美の見ている水槽に行く。
 水槽の中では灰がかったピンクの、店の中では大ぶりな魚が2匹、向かい合って頭
をくっつけていた。
「キッシンググラミーよ。私初めて見た」
「キッシンググラミー?」
 眞一郎は水槽の上のPOPを見る。なるほどキッシンググラミーと書いてあった。それ
以外に解説は一切書いていない。
(ま、水族館じゃないからな)
 眞一郎は前からこの魚を知っているらしい比呂美に訊く事にした。
「この魚、有名なのか?」
「有名ってほどではないかもしれないけど、何年か前の映画に出てきてロマンチックな
使われ方してたから」
「へえー」
「夫婦で暮らしていて、パートナーが死んだり、引き離されたりすると、悲しくてもう一方
も死んじゃうんだって」
「本当に?」
「私も小さい頃に見ただけだし、本当のところはわからないけど、でも、凄く切なくて、
素敵な話じゃない?」
 眞一郎は改めて水槽の魚を見る。言われてみれば、頭をぴったりとくっつけた姿は恋人
同士がキスをしている姿に見えなくもない。
「それでキッシンググラミーか・・・・」
 眞一郎は納得した。そして、これは絵本のテーマとしても使えそうな気がした。一方が
死ぬともう一方も生きていけないほどの絆は、普遍的なテーマとして使える。
「うん、いいものが書けそうだ」
 眞一郎が立ち上がった。
「何か、思い浮かんだの?」
 比呂美も立ち上がって訊ねる。
「ちょっとね。いいヒント貰えた。サンキュ」
 眞一郎のこういう表情は大好きだ。比呂美も嬉しくてつい笑顔になる。
「うん」
 2人は手をつないでアパートまで帰った。



「受験勉強は、進んでいるのか?」
 ひろしが比呂美に訊いた。
 比呂美はこのところ、夕食を仲上家で食べる事が多くなっている。
「お料理の後片付けの時間も馬鹿にならないでしょう?」
 と、勉強時間が減る事を気にした理恵子が自分達と食べる事を提案したのだ。
 比呂美としては自分で作る手間が省け、かつ美味しい料理が只で食べられるのだか
ら異存などある筈もないが、運動をやめた身体には少しカロリーが心配だった・・・・。
「はい、おかげさまで」
 比呂美が返事を返す。
「志望は経営学、だったな。この前の模試の判定は、どうだった?」
「なんとかAに入りました」
「そうか。あとは、眞一郎が受かるかどうか、か」
 そう。比呂美の志望は何よりもまず「眞一郎と一緒に居られる事」である。比呂美が受
かって、眞一郎が不合格などということになったら目も当てられない。
「でも、眞一郎くんも頑張ってますから」
 比呂美が苦笑しながら弁護する。
「その頑張ってる眞ちゃんは、今何やってるのかしら?」
 後片付けを終えた理恵子が居間に入ってくる。
 眞一郎は食事を済ませると、自室に戻ってしまっていた。
「まだ、絵本も描いているようだな」
「もう受験に専念しなければいけないでしょうに、編集の人に言われたとかで・・・・」
「まあ、向こうから言ってくるという事は、期待もされてるという事か」
 眞一郎は、作中の登場人物を人から動物に切り替えてから、出版社の評価が上昇し
ているようだった。母親向けの育児雑誌などに掲載されたこともあり、このまま行けば思っ
たより早く作品を世に出せるかもしれない。
「それはそうなんでしょうけど・・・・大丈夫なのかしら。よくはわからないけれど、受験
で受かる絵というのは、絵本の絵とは違うのでしょう?」
「あまり、私も詳しくは知らないんですが・・・・」
 そんな話はしていた。
「眞一郎も、考えなしでやってるわけじゃ、ないだろう。比呂美を困らせる事は、しないさ」
 今度はひろしが弁護に入る。発言者自身が、その言葉を信じているのか、少々疑問
ではあったが。
「それじゃ、悪いけど比呂美ちゃん、あの子呼んできてくれないかしら?メロンいただい
たから、みんなで食べましょう」
「はい」
 階段を登り、眞一郎の部屋の前へ。かつては巨大な障壁に見えた引き戸も、今はた
だのふすまだ。
「眞一郎くん?おばさんが下でメロン食べようって――きゃ!?」
 比呂美が思わず声を上げたのも無理はない。眞一郎は居眠りしたまま机どころか椅子
からも転げ落ち、極めて不自然な体勢でそれでも目を覚まさず眠りこけていたのである。
「もう、なんて寝相なの」
 寝相の悪さはとっくに知っていたが、それでもこれほどの豪快さを見ると思わず笑って
しまう。
 比呂美は机の上を見てみた。眞一郎は受験勉強ではなく絵本を描いていたらしい。
まだラフスケッチの段階だが、魚が2匹泳いでいる絵のようだ。
「キッシンググラミー・・・・」
 この前買い物帰りに見た熱帯魚を描いているのだろうか。出来上がったら見せて欲し
いな、と比呂美は思った。
 とにかく今は眞一郎を起さなくては。比呂美は屈んで眞一郎の耳元で声をかける。
「眞一郎くん、起きて。眞一郎くん――きゃ!?」
 また比呂美が声を上げた。寝ぼけた眞一郎が比呂美に腕を伸ばし、抱えるように引き
込んだのである。目の前10センチほどの距離で、眞一郎の寝顔と相対した。
「・・・・・・・・」
 改めて眞一郎の寝顔を見つめる。電気が点いた部屋で見る寝顔は、暗がりで見るの
とはまた違った照れくささがある。
「・・・・・・・・比呂美・・・・」
 眞一郎が寝言で比呂美の名を呼ぶ。
「・・・・ここにいるよ。眞一郎くん」
 比呂美が返事をする。眞一郎の寝顔が安心したように緩んだ。



「比呂美ちゃん?眞ちゃんはどうし――」
 なかなか降りてこない2人を呼びに来た理恵子が、部屋を覗いた。理恵子は軽く微笑
むと、何も言わず、畳の上で寝息を立てる2人の上に、布団を掛けた。


                             了


ノート
比呂美が見た映画は、韓国映画の「シュリ(1999)」です。
キッシンググラミー(映画の中ではキッシングラミー)については比呂美が語った通りですが、これはドラマツルギー上のフィクションで、実際はそんなおしどりエピソードはないそうです。
本文中にあるキスの仕草も、実は雄同士が縄張り争いでデコくっつけてメンチ切りあってるようなものだそうで・・・・。でも、いかにも眞一郎が絵本の題材に選びそうでしょw
眞一郎が絵本を動物主体に切り替えたのは乃えに会って、雷轟丸と地べたの物語を描いてからです。乃絵が眞一郎に遺したものです
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