比呂美のバイト その5


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【うらやましいぞこいつ】 比呂美のバイト その5


 両親に話した翌日、バイトの面接はあっけないほど簡単に終わり、二人揃っ
て採用となった。
 元々良く知った場所である。仲上の名が後押ししたのも間違いない。そこだ
と聞かされた時に眞一郎は渋ったが、代案が出せるわけでもなかった。
 採用する立場から見た時、誰もが認める美しく気立ての良い比呂美に対し、
自分の人員としての魅力が大きく欠けている事を、眞一郎は良く知っていた。
その場所でなくては、都合よく二人そろって採用される事もなかっただろう。
それはわかっている。
 それでも、仲上家の名が影響してくる職場である事に、多少の抵抗を感じざ
るをえない。その眞一郎に、比呂美は言った。
「甘えなければいいの。おじさんやおばさんの顔をつぶさないよう、逆に顔を
立てられるように頑張れば、皆にプラスになるはずよ」
 女は、強い。眞一郎はそう思った。


 昼休みに入ってすぐ。窓際の眞一郎の席に、比呂美が近寄ってきた。
 比呂美が窓際に来る用など、ほぼ決まっている。間に居た同級生が前から退
き、眞一郎の机までの道がさりげなく静かに作られる。少し、教室の会話のト
ーンが下がった。
(いつもながら、すごいよな…)
 三代吉は、あきれ半分、感心半分の気持ちでそれを見ていた。
 クラスでの半公認カップルとはいえ、相手の近くに寄るだけで教室中の注目
を集めてしまう組み合わせは、この二人しかなかった。もちろん中学校でもそ
んなものを見たことはない。

 そう長い間ではなかったが、三代吉も湯浅比呂美に憧れた時期がある。高校
に入りたての頃であった。
 その事について今さら引きずる事はない。すぐに別世界の女だと割り切って
終わっているためだ。
 別の中学から上がってきた生徒は"湯浅比呂美"を知らない。新学期、教室に
居る美少女を見て驚き、その娘が万能の優等生である事を知って目を奪われる
のは、無理からぬ事である。比呂美は簡単に無視して終われないほどの光輝を
放っていた。
 とりあえず比呂美に憧れてみるのは、男子生徒の不幸な通過儀礼のようなも
のであると三代吉は考えていた。どうせすぐに悟るのだ。並の男では到底つり
合わない事が。

(俺では、湯浅比呂美を生かせない)
 湯浅比呂美を"落とす"、それだけなら可能だとは思う。壊してしまえばいい
のだ。
 一人でいる時に現れる"陰"の部分に、三代吉は気付いていた。それは三代吉
が人間の陰を多少なりとも知っているからこそ、わかった事なのかもしれない。
 比呂美には、高性能であるがゆえの脆弱さがどこかにある。そこを探して徹
底的に突けば、彼女を壊す事はできる。心の壊れた身体だけなら手に入れる事
はできるだろう。
 だが、三代吉はそんな事に興味はなかった。
 自分が比呂美を諦めた事を、全く残念とは思わない。比呂美は女性として魅
力的ではあるが、自分では生かす事ができず、比呂美が自分を生かす事もない
だろう。お互いを潰し合うだけの関係に意味はない。
 三代吉は自分と相手を相互に生かす事のできる相手が欲しかったのだ。
――後の話になるが、石動乃絵とその兄は、知ってか知らずか、ピンポイント
でそれを仕掛けていた。比呂美の眞一郎への想い。それさえ破壊すれば比呂美
は堕ちる。三代吉の4番への憤りは、眞一郎とは別の意味で、深いものがあっ
た――

(湯浅比呂美を生かせる男が、存在するのだろうか?)
 彼氏候補としては早々に離脱した三代吉だが、"湯浅比呂美"という人間に対
する興味は尽きなかった。この女性は、環境と状況さえ整えば、相当な事をや
ってのけるだろう。しかし、横に付く男が悪ければ、全てを棒に振ってしまい
かねない。それはなかなか難しい問題に思われた。
 だが、その問いにはすぐに答えが出た。ごく控えめな存在ながら、"仲上眞
一郎"という男が傍にいたためである。

 比呂美と比べ、眞一郎は特に目立つ事はなかった。成績も平凡かそれ以下。
運動ができるわけでもない。あまりカドの立たない性格。容姿は割と良いが、
優しいだけのお坊ちゃん。それが大半のクラスメートの評価であった。
 その"仲上眞一郎"を三代吉が見いだしたのは、比呂美が何かの用事で彼に話
しかけた所を、偶然見た時だった。
「眞一郎くん――」
 その声色が違っていたのだ。少しだけ甘い、特別な響き。比呂美にとって眞
一郎が特別な男である事は、明らかに思えた。
 ただ同居しているだけで親しいという関係には、とても思えなかった。比呂
美が特別視するだけの理由が、何かあるはずだった。

 "仲上眞一郎"は、思った以上に面白い個性だった。
 何でも素直に受け入れる所があり、それでいて譲らない何かを心に育ててい
る男。眞一郎にはどこか器の大きさを感じさせる所がある。
 中学・高校の男子は、自分を強く大きく見せようと格付けをしあったり、足
の引っ張り合いも盛んにする年ごろである。三代吉自身も猿山の番長を気取っ
ていた事がある。それが当然だと考えていた。
 だが、眞一郎は猿山とは無縁だった。
 他人を簡単に否定しない。まず受け入れ、認めようとする。他人を受け入れ
る幅が広いのだ。変人で通った石動乃絵と、あれほどまでに親身になって付き
合う事ができた事には、さすがに仰天した。
 グイグイと他人を引っ張って行く、カリスマ的リーダーのタイプではない。
わかりやすくはない。
 だが、まだ片鱗でしかないとはいえ、どんな人間でも「受け入れる」度量の
広さと素直さは、いずれ大きな流れに繋がっていく可能性を感じさせた。
 未完の大器だろうか。勘違いかもしれない。がっかりさせられる事も多いし、
成長しないかもしれない。それでも、出会った事のない人種だと思った。

「眞一郎くん、放課後、一緒に来て欲しい所があるんだけど…」
「ああ、いいよ」
「うん。ありがとう」
 比呂美は踵を返した。

 たったそれだけのやり取りではあった。
 お互いの視線と、ごくわずかなしぐさや表情の変化に飛び交う、その何倍も
の深い感情。会話を終えた時の優しげな柔らかい口元。ハタから見ている者に
とってその内容を正確に理解はできないが、雰囲気の良さだけは伝わる。そこ
だけもはや別世界である。
 三代吉は拳を握り、ごく軽く、眞一郎の頬骨の上を、ゴンと殴って見せた。
「痛ってーな」
「うらやましいぞこいつ」
 教室がどっと沸く。眞一郎は少し顔を赤らめた。
 実は三代吉なりの勝手な気遣いだった。二人の身辺に近づく虫を減らすため
だ。
 身の程を知らない、あきらめの悪い男共は、まだいる。その恨みを買わない
程度に"見せ"ていく。冗談の中で既成事実化を進めるためには、できるだけネ
タ化していたほうがいい。

 比呂美はといえば、とくに赤くなることもなく、朋与達の所に戻っていった。
 石動乃絵が堂々と眞一郎と親しくしていたのは、無自覚によるものだった。
だが、比呂美は違う。自分の行動や他人の反応への自覚はある。それでも堂々
と眞一郎と親しくするのは、比呂美にとっては当然の権利でありすぎるから。
それだけだった。
 節度にこそ気はつけるが、その節度も巷の高校生カップルに比べて控えめな
のだから、他人に言われてどうという事もない。
 それ以前に、眞一郎は比呂美の大切な彼氏なのだ。
「お昼、いこ」
 連れ立って出ていく比呂美の後ろ姿を、眞一郎と三代吉は眺めていた。

 ――湯浅比呂美も面白いが、仲上眞一郎はもっと面白い。そして二人の歩調
が合えば、何か素晴らしい事が出来そうな気がする。高校生にして"でっかい
夢"を感じさせる相手は、そうはいない。
 眞一郎は絵本作家を目指しているという。確かにそこそこの才能は感じる。
でもそれは、お前の本領とは少し違うだろう、と三代吉は感じている。お前と
湯浅比呂美にしか出来ない事があるはずだと。
 口にはしない。二人がホンモノなら、自ずから見つけるだろうと思うからだ。
 三代吉は仲上眞一郎に出会った。湯浅比呂美に出会った。
 だから彼は、猿山の猿をやめたのだ。


 放課後、眞一郎は比呂美と連れ立って歩いていた。特に私服に着替えなくと
も良いというので、二人とも制服のままである。
 バイトは明日から。今日はフリーである。微妙に憂鬱な気分なのは、見知ら
ぬ所で働く事の不安があるからだろうか。
「どこに行くんだ?」
「…倉庫」
 一瞬だけ言いよどんだ比呂美の唇から出た答えは、それだった。
(倉庫…?)
 ところが眞一郎が連れられていったのは、倉庫に思える場所ではなかった。
仲上の実家や比呂美のアパートからそれほど遠くない、少し古いアパートの一
階だった。
 比呂美が鍵を開けて中に入る。
 その時、彼女が小さく「ただいま」と言ったのを、眞一郎は聞き逃さなかっ
た。



ご心配をおかけしました。その5です。

三代吉君の大暴れで、比呂美パートまで到達しませんでした(苦笑)

眞一郎に対して「なんでこんなにモテるんだ?」という疑問は、
視聴者皆が感じた事だと思います。お約束で処理するしかありませんでした。
そこについて、ちょっと大胆な解釈を三代吉に語らせています。

MAMAN氏をはじめ、スレの皆さんには様々なヒントをいただきました。
お礼申し上げます。
該当場面の6は、すぐに出せると思います。「立派なテレビの謎」の話です。
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