true MAMAN 最終章・私の、お母さん~第一幕~


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この話は前々回の「やっぱり、嫌われてるのかな」に対応しています
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 サイレンが聞こえる。
 雪の中、理恵子は不安の中でサイレンの方角へ走ってゆく。
 『そこ』にはパトカーと、救急車が止まっていた。
 既に集まり始めていた野次馬を掻き分け、前に出る。
 『そこ』では、バイクが炎上していた。赤々と燃え上がる炎が、辺りを照らしていた。
 救急隊員が担架に乗せて怪我人を運ぶ。その一方で警官が現場保存に奔走していた。
 その警官の足下に、シートが掛けられている。即死したのだろうか。救急車は決して死
者を乗せることはない。
 理恵子は恐慌寸前の目で、そのシートに目を凝らす。ほとんど全身が隠されていて姿は
見えない。だが、シートの隙間から、明るい色をした髪がかすかに覗いている。そしてシ
ートからはみ出したマフラーはピンク色をしていて――

「――!!」
 声にならない自分の悲鳴に目を覚ます。身体を起し、周囲を見渡す。
 見慣れた夫婦の寝室。隣には彼女の良人が寝息を立てている。
 ベッドを下り、部屋を出て、台所に向かう。コップに水を満たして、一息に飲み干す。
 もう一杯水を飲み、寝室に戻る。ひろしを起さぬよう布団に潜り込み、目を閉じる。だが、
夢の光景が浮かんできて、睡魔も近寄らない。
「ん、んんー」
 ひろしが寝返りを打ち、その拍子に手が理恵子の手に触れる。
 理恵子は一瞬逡巡した後、その手を握り返した。ひろしは目を覚ますことなく、寝息を立
てている。
 それだけで不思議なほどに心に平穏が戻ってきた。そのあとすぐに、理恵子は眠りに落
ちた。その日はもう、夢は見なかった。



 眞一郎を送り出し、ひろしが蔵に入ったところで、理恵子は家の掃除を始めた。
 午前中で掃除を終え、すぐに昼の支度をする。彼女の良人は朝よりも昼を重視する。た
めにあまり適当な料理で済ますわけにもいかない。
 丁度料理ができた所で昼になり、ひろしが戻ってくる。
 夫婦だけの食事の時間が、ほぼ毎日あるというのは、一般家庭との大きな相違だろう。
それほど会話があるわけではないが、少なくとも理恵子にとっては、大切な時間であった。
「今度の正月は――」
 ひろしが話しかけてきた。
「いつもよりたくさん招いて、少し賑やかにやりたいと思うんだが、どうだろう?」
「ここに、ですか・・・・?私は構いませんけど」
「そうか。仕度は少し大変だが、よろしく頼む」
「わかりました」
 ひろしが「頼む」と言うのは珍しい。比呂美を引き取りたいと言ってきて以来ではないだ
ろうか。
「でも、どうしたんですか?随分長いこと、そんな大きな集まりは、していないのに」
「なんとなく、だ」
 ひろしはそれだけしか言わない。仲上は地元ではかなり有力な名士だが、そういった
宴は意外なほど簡素だった。どちらかと言うと他家に招かれている事の方が多い。
「それと、今日は午後に何か用事はあるのか?」
「いいえ?それが何か?」
 これもひろしらしくない。
「なら、少し外の空気を、吸ってきたらどうだ。たまには、自分の服でも、探してみればいい」
 理恵子はひろしを見た。ほとんど表情は変らない。それでも理恵子には伝わるものがあ
る。
「・・・・はい、ありがとうございます」
 理恵子は笑顔を作って答えた。



 広義において、主婦とは最も休みを取りづらい職種である。
 例えば、今「自分の買い物をしに」街に出かけた理恵子だが、いきなりケーキ屋の前で
「比呂美ちゃんにはこのシフォンケーキと・・・・眞ちゃんにはモンブランでいいかしら」
 と、既に目的が変っている。当人がそれを苦痛とも、負担とも思っていないのだから、ワ
ーカホリックに近い症状とも言える。
 往路でケーキを買うことの無駄に気付き、一人苦笑してショッピングモールへ。ここでも
自分の服よりも、比呂美のマフラーを探してしまう。
「マフラーなら眞ちゃんがクリスマスにでも買うか」
 再び独り言を呟き、その場を離れる。独り言が増えたことは、自覚していない。
 ようやく、自分の服を探し始める。余所行きの服よりも、こういうちょっとした買い物に出
かけるときに着るような、楽な服が欲しい。
 服を探していると、普段の自分の趣味よりも、少しだけ落ち着いた色調の服を手に取っ
ている事に自分で気付く。
(私も歳相応になったと謂う事かしら)
 自分でもそうではない事はわかっている。
 無意識に、あのペンダントに合う服を探しているのだ。
 あの青磁のペンダントを貰った時、理恵子は嬉しかった。どう言葉にすればいいのか、
わからないほどに嬉しかったのだ。
 だが、その場で身に着けて見せようと手にした瞬間、それが許されないことに思えた。自
分がなにか思い違いをしてしまっているように感じられた。結局、理恵子は手を戻し、
『ありがとう、今度出掛ける時にでも着けてみるわね』
 とごまかした。
 以来、今までに一度も身に着けてはいない。
 自分にその資格はないからである。
 夢の中のあの光景、あれは「起こりえた未来のひとつ」だ。実現しなかったのは、非常な
幸運に過ぎない。日頃の行いなるものが関与するとしても、断じて自分の行いによるもの
ではない。
 それまでにも危険な事はなかっただろうか。夜になって酒を配達させようとした時も、眞
一郎が付いてなくとも無事で済んだと言えるだろうか。比呂美がもっと早い段階で心が折
れていたら、取り返しのつかない結果となっていたのではないか。

 あの夢は自分に教えるために見せているのだろう。
 私は比呂美に償い続けなければならないと。
 比呂美を傷つけ続けた罪は、この先も消えることは無いと。
 私には比呂美からの見返りなど受ける資格はないと
 比呂美にしたところで、私の事は「眞一郎くんの母親」以上にはなり得ない。将来的な姑
に対し、気を遣っているに過ぎない。私の事を、想い人の母であると思い出してくれただけ
でいいではないか――。
 でも、もしかしたら。
 私を見るあの娘の目が、とても優しく見えるのが気のせいでなかったら。ペンダントや財
布に、義理以上の気持ちが込められているとしたら。
「馬鹿みたいね。そんな事あるわけないのに」
 香里の潔白を告げた時、全部忘れて欲しいと言った時の比呂美の目を思い出す。本当
に忘れて欲しいと思ったわけではない。ただ、自分が贖うべきものの深さを確認したかっ
ただけだ。
 あの娘が私を許すはずがない。まして慕ってくれる筈もない。



「何か、気に入ったものはあったのか?」
 夕食の後、ひろしが理恵子に訊ねた。
「ええ、まあ、いくつかは」
「何?母さん今日出掛けてたの?」
 眞一郎も訊いてくる。
「少し時間が空いたから、久しぶりにね」
 比呂美は何も言わない。家族の会話に一歩引いた位置に身を置くのは、今でも変わら
ない。恐らくこれからもそうだろう。
「比呂美ちゃん、ケーキを買っておいたから、食べていって」
「はい、いただきます」
 比呂美もにっこりと笑いながら、私が用意しますと言って席を立った。
 と、バランスを崩してよろめく。
「どうした?比呂美」
「ちょっと、立ちくらみしたみたい」
「比呂美ちゃん、座ってなさい。私が出してくるから」
「あ、もう大丈夫ですから」
「いいから。二人とも紅茶でいい?」
「俺はそれでいいよ」
「俺にも、もう晩酌の用意をしてくれないか」
「はい、今ご用意しますね」
 理恵子は台所に立ち、湯を沸かしながら燗の準備をする。
 途中比呂美が手伝う事はないかと入ってきて、断ろうとしたが、思い直して肴の準備を
してもらう。
 それから、言わなければいけない事を思い出す。
「そうだ、比呂美ちゃん。お正月なんだけれど、来年は親戚をうちにお招きする事になった
の。悪いのだけれど、当日はお手伝いお願いできるかしら。女の人は全員手伝ってもら
えるけれど、下ごしらえなんかはうちでやっておかないといけないから」
「はい、わかりました」
「よかった。それと、初詣はみんなで行きましょう。・・・・あ、お友達と行く約束をしてるのな
ら、そちらを優先して欲しいけど」
「大丈夫です。ご一緒させていただきます」
「ええ、ありがとう」
 ――これでいい。
 比呂美は恋人の母親に対して完璧な礼を尽くしてくれている。私も「眞一郎の母」として、
振舞えばいい。
 それ以上があるなんて、期待しない。


                       了

ノート
ママンは思い込みが激しく、基本的に過保護で、なんとなく他人以上に自分に厳しそうなので、比呂美のことは常に負い目になっていると思います
ケーキを選ぶ際に、息子より先に比呂美の分を考える事は最早贖罪の意識だけではありえないことに、早く気付きますように


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