雪が降らなくなる前に 中編

 true tears  SS第二十三弾 雪が降らなくなる前に 中編

 比呂美と眞一郎は一緒に帰る約束をしている。
 あさみがささやかな復讐を果たし、朋与が妖怪と呼ばれた恨みを晴らす。
 さらなる奇跡を比呂美は願い、さらにちゃんと眞一郎はしようとする。

 前作の続きです。
 true tears  SS第二十二弾 雪が降らなくなる前に 前編
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 true tears  SS第十一弾 ふたりの竹林の先には
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 true tears  SS第二十弾 コーヒーに想いを込めて
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 true tears  SS第二十一弾 ブリダ・イコンとシ・チュー
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 六時間目が終わると誰もが部活や帰宅する準備をし始める。
 終わりのホームルームは担任が伝達事項やプリントを配るだけで、あまりすることがない。
 誰もが机の上に鞄やコートを乗せている。
 ふと比呂美を見ると、同じようにしていて背筋を伸ばしている。
 授業中に何度も眺めていたが、あの朝以後にこちらを向かなかった。
 全員が起立してから一礼をして放課後になったので、俺はコートを着てから鞄を握る。
「謎は解けたか?」
 三代吉が心配そうに囁いた。
「今日も奇跡もわからない」
 授業中も考えていたが、これという決定打がなかった。
「優等生と劣等生の俺らとは思考回路が違うんだ。謝るしかないな」
「目的地に着くまでに探ってみるよ。比呂美と叶えたいこともあるし」
 俺の願いは下校中には無理だと諦めている。
「まあ、がんばってこいや」
 俺が歩き出すと、三代吉に背中を叩かれた。
 比呂美は立ちながら自分の席で表情が固いまま待っていて、そばには黒部さんもいる。
「麦端の花形とミス麦端のカップルだね、お似合いだよ」
 あさみさんが寄って来て無邪気に祝福してくれた。
「ミス麦端?」
 俺は疑問を口にした。
「それはね、比呂美が……」
「あさみ、眞一郎くんに変なことを吹き込まないで!」
 比呂美に中断されたあさみさんは慌てて見渡してから、黒部さんの後ろに隠れる。
「怖いよ、褒めているだけなのに、また比呂美に睨まれた。
 仲上くんの踊りのときだって、夜はなかなか眠れなかった」
 顔だけ出してきっちりと主張だけはしていた。
 祭りの翌日に俺の席には男女が十人くらい囲っていた。
 そのときに三代吉の弁である思い詰めた顔で比呂美の部屋に誘われたのだ。
「そのとき私は見ていないのよね。あさみから聞かされたけど」
「朋与には報告しておかないと」
 舌を出してからにんまりとすると、比呂美は瞳を左右に動かしている。
「さて私は仲上くんに言わせてもらうわ。封印された妖怪って誰のこと?」
 比呂美が停学中に黒部さんはノートを取らないで寝ていた。
 俺は比呂美にノートを貸してあげたときに喩えたのだ。
「比呂美、あれはまずいだろ。受け取ってくれないから言っただけなのに」
「だっておもしろかったから、言っちゃった……」
 我に返ったように笑顔で右に首を傾けた。
「つまり仲上くんは私を出しにしていたのね」
「その前に黒部さんが授業をしっかりと聞いておけば良かったのでは?」
「あさみのを写すからいいの」
「朋与には無条件で貸すよ。情報提供者だからね」
 そんな遣り取りを比呂美は無言で眺めている。
「というわけで仲上くんには比呂美にあだ名を付けて。もちろんわかっているよね」
 瞼を閉じて微笑むのが感情を読ませてくれない。
 親友でありながら比呂美に嘘をつかれたので、俺に仕返しをして欲しいのだろう。
 最初に浮かんだのは、誰もが思いそうな花であったが、やめておく。
 もう一つは比呂美らしいきれいな花だったが、保留する。
「不発弾。地面に埋まっているから、知らない間に爆発しそうで。
 でも発見したら爆発しないように取り除きたいなと」
 仲上家に比呂美がいるときに出会えたら歓喜と恐怖がつねにあった。
 ただ挨拶するだけでも比呂美を傷つけないように配慮はしていた。
「眞一郎くんはそう思っていたのね」
 前髪を垂らして俯いている比呂美の声質は無機的であった。
「私もさっき地雷を踏んじゃったよ」
「あさみのはわざとでしょ。余計なことを言ったくせに」
「だって言いたかったから」
 唇を尖らせてまったく反省していない。
「比呂美は浮き沈みが激しいから、冷や冷やさせられて頭を冷やされたわ」
「朋与が冷やすのは肝で、私が冷やすのは頭のようね」
 比呂美は即座に述べてから、わざわざ後ろの扉のほうから出て行った。
「甘く囁いて比呂美を照れさせてくれると思っていたのに」
 黒部さんは腕を組んで不平を洩らした。
「黒部さんを妖怪と呼んでおきながら、比呂美だけきれいに喩えるのはどうかと思った」
「でも不発弾を放置せずに取り除くというのは、良い心掛けかも。
 夜の電話で愚痴をこぼされるだろうな」
 黒部さんは比呂美が去った扉を見つめている。開いたままで教室にいる人数も少ない。
「また迷惑を掛けてしまって」
「愚痴られるだけましよ。つらいときには何も言ってもらえないし、訊かなかったし」
 比呂美も俺が三代吉に相談できないように耐えていたのだろう。
「最近は明るくなっているわ。今朝だって、自然に仲上くんを誘えたとね」
 黒部さんが登校してきたときに微笑を浮かべていたのは、俺のことを話題にしていたようだ。
「やっぱりふたりはお似合いだよ。仲上くんにアタックしようかなと思っていたのに」
 あさみさんは後ろ手にしたまま顔を近づけてきた。
「そんなことを言われても……」
 慣れない場面で言葉が続けられないが、あさみさんは身体を起こす。
「ほんの少しでも悩んでくれただけでも嬉しい。
 仲上くんの人気は上がってきているよ。がんばってね」
「校門を出るとふたりきりの世界だからね」
 ふたりに見送られてから俺は後ろの扉をめざす。
 あまり交流のないふたりと接していると長話になってしまった。
 これから比呂美を探すが、発見できなければ比呂美の部屋の前で何時間でも待とう。
 合鍵を渡されているけれど、断りもなく中には入れない。
 廊下に出ると扉のすぐそばの壁に寄り掛かっている人がいる。
「ミス麦端を知りませんか?」
 平然と訊いてみると、きょとんとしていたのに左の人差し指を向ける。
「階段のほうにいるのかも」
「ありがとう」
 俺は頭を下げてから歩き出す。
「置いてかないで」
 比呂美は右横に来て頬を膨らませている。
「ミス麦端って何?」
「あさみが勝手に言っていることなの。
 たまに私の下駄箱に手紙が入っているのを見つけられたから。
 全部、断っているので安心して欲しい」
 比呂美は教えるのをためらってから、視線を合わせてきた。
「信じている」
 普通に考えれば比呂美はかなりもてるだろう。
 もし全校生徒でミス麦端の無記名投票があれば、上位に入選するのは予測できる。
 最初に浮かんだ高嶺の花を封印しておいて良かった。
 あさみさんは俺が麦端の花形になったためか、比呂美と対等に思ってくれていたからだ。
「眞一郎くんもすごいよ。
 私が登校しているときに他校の女の子まで踊りを褒めていた。
 だから恋敵が増えて欲しくなくて眞一郎くんを部屋に誘ってしまったの。
 また爆発してしまったよね」
 落ち込んでしまった比呂美と並んで階段を降りている。
「制服姿だと俺とはわからなかったみたい。あの衣装があるからかもしれない」
「花形衣装のおかげにしないで」
 比呂美の眼差しは強くても、口元は緩んでいる。
「本当は水仙だと喩えたかったんだ。
 雪が降っていても水辺で凛と白くきれいに咲いているから」
 雪が好きになってくれるように願いを込めていた。
 比呂美は立ち尽くしたまま呟く。
「ナルキッソス……、自己陶酔……、そして……」
 ナルキッソスは他人を愛せなくなり、水辺に映る自分を好きになってしまって死んでしまう。
 ここが学校でなければ抱き締めてでも否定していた。
 むしろ逃避行や昨晩の竹林のように態度で示すのはありきたりだ。
 俺は比呂美のそばに戻って耳元で囁く。
「もう少し慎重に検討して選ぶべきだった」
「眞一郎くんが考えてくれたのに、欠点しか思えなくて」
 左右に首を振ってくれていても俯いている。
「俺のことを比呂美が喩えて欲しい」
 比呂美は見開いてから俺のほうを向く。
「考えてみる。変なのでも怒らないでね」
「爆発しないから」
「すぐそんなことを言うし」
 比呂美が素早く階段を降りて行く。俺も同じようにしつつ、比呂美の下駄箱を窺う。
「今日は入っていないわよ。入れられないようにしてくれないと」
 俺の行動を読まれてしまい釘を刺されてしまった。
「俺のところにもない」
「そういうので争いたくない」
 俺たちは靴を履き替えて、外に出て並んで歩いている。
 校内で比呂美の顔を遠慮なく眺められるのは、白昼夢のようだ。
 横目で俺を見てから、比呂美はゆっくりと喩え始める。
「屋根の上の猫。私よりも高いところにいるんだけど、私が困ると降りて来てくれる。
 私が高い屋根に上がれると、眞一郎くんはさらに高い屋根にいるの。
 でもいつか同じ屋根にいて、穏やかに過ごすの」
 幼い頃の祭りでの竹林と似たようなものだろう。
 比呂美を驚かせたくて先に行ってしまった。
 俺は比呂美を見つけると竹林の傾斜から滑り降りた。
 そうでもしないと比呂美の笑顔を取り戻せないと思っていたが、逆に泣かせてしまった。
 幼い俺は比呂美を任されても何をすればいいかわからなかったからだ。
「最近は比呂美のほうが猫のように去って行っている。
 俺のほうが追い駆けていないか?
 さっきのはわざわざ後ろの扉から出てから壁に寄り掛かっていた。
 まるで猫が振り返るように」
 俺の指摘に比呂美はそっぽを向く。
「でもなかなか来てくれないし。何を話していたの?」
「戻ってくれば良かったのに」
「できるはずがないでしょ」
 かすかに声を荒げる比呂美は今朝のむくれっ面になっている。
 もうすぐ校内ではなくなり、やっと校門を抜けた。
 俺は左手で比呂美の右手に触れる。
「ごまかさないでよ……」
 覇気がなく地面に視線を落としている。
「黒部さんとあさみさんに比呂美のことを教えてもらっていただけさ。
 一度は起きた奇跡を望んでいると言われたけど、よくわからない」
 比呂美が軽々しく奇跡を求めるのも不可解だし、奇跡的な出来事に身に覚えがない。
「今日も起きればいいと願っているの。
 今日がダメなら、また明日。春になるまでに時間がないけど」
 比呂美が空を仰いでいて今朝よりも曇っている。
「また明日も一緒にいよう。比呂美の部活があるなら待っているよ。
 絵本の題材を探すためにも図書室で過ごしているから」
 今まであまり本を読む機会が少なかったかもしれない。
 水仙のときも一瞬でナルキッソスを思い出せなかったのは失態だ。
「でも今日がいいな。先に進みたいから。
 私が行きたい場所はわかった?」
 暖かな明るさを帯びた比呂美が問うた。
「ごめん、授業中もずっと考えていたけど、一つに絞れなかった。
 比呂美と行きたいところは、いっぱいあるから」
「朋与に言われたの。曖昧な単語では伝わりにくいって。
 でもわかってもらえたら嬉しいし、わかってくれなくてもいいの。
 そのときに眞一郎くんがどう反応してくれるか楽しめれば」
 まったく翳りがなく比呂美は俺を責めようとはしないようだ。
 今までと違って幅広く受け入れてくれるようだ。
「クイズみたいでおもしろいよ。発想力を鍛えるみたいで。
 愛ちゃんと三代吉がいつか店に来て欲しいって。
 公民館でのことを愛ちゃんは気にしていないようだ。
 あのふたりは祝い酒でも悔やみ酒でもコーラを飲んでいるらしい」
 比呂美の手を握るのを強める。
 店には一緒に行くのだから少しでも比呂美の励みになるようにだ。
「でもコーラを私は飲めないわ。微炭酸のファンタやキリンレモンぐらいしか。
 できればオレンジジュースのほうがいいな」
「健康的だな」
「眞一郎くんもコーラばかり飲まないでね」
「俺もオレンジジュースにするから」
「うん」
 比呂美の進む方向に合わせてはいるが、俺の通学路を辿っているだけだ。
 いつもの長い坂を下っている。
「坊ちゃん、お熱いですね、手まで握っちゃって」
 踊りを教えてもらった中年男の能登さんが、自転車で通り過ぎようとしていた。
「俺たち、付き合っているから」
 以前のように何も言えずにいたのと違っているのを示したかった。
 能登さんは急ブレーキで自転車を止めてから振り返る。
「そうだったんすか。この前、理恵子さんはかなり驚いていたけど、良かったですね」
 一言を残してから、すぐに自転車をこいで去って行く。
「おばさんと何かあったのかな?」
 不安げで見つめてくる比呂美は、さっきの宣言ついて感想がない。
「よくわからない。能登さんは人付き合いが広そうだから、お袋と話す機会はあるだろうし」
 踊り場にお袋が来ているのを知らないから、判断材料がない。
 だが俺に関係することだからこそ能登さんは伝えようとしたのだろう。



 あとがき
 あさみは髪の毛の色を変えられそうな口調で、かわいらしく明るいようにしてみました。
 眞一郎母の理恵子は似たような性格だったかもしれません。
 比呂美と眞一郎は物や言葉に想いを託していますが、まだうまくできていません。
 いつかお互いが納得できるようになればいいのですが。

 次回は、『雪が降らなくなる前に 後編』。
 比呂美は目的地に到着して、雪が好きだった理由を明かします。
 比呂美はさらなるアプローチを仕掛けますが、眞一郎にも計画があります。

 眞一郎父は博、眞一郎母は理恵子、比呂美父は貫太郎、比呂美母は千草。

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最終更新:2008年05月09日 00:20
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