魔法の呪文


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負けるな比呂美たんっ! 応援SS第47弾

『魔法の呪文』



ゴールデンウィーク最終日、午後のスーパー、女性と少女のふたり連れの姿があった。
食材の買い出しのようである。
躾のきちんとした家庭の母娘連れとみれば全く違和感が無い組み合わせ。
だが、もしこの連れを毎日観察している者がいれば、今日の少女の表情に昨日までの若干の緊張感が殆んど無い事に
気付けたかもしれない。
少女は楽しそうにしていたし、女性も少々戸惑いながらもそれなりに楽しんでいるようだった。

実際、少女は幸せだった。
今日は初めて自分から女性を誘い、買い物に来ることが出来た。
最初、声をかけた時、女性はほんの一瞬驚いたようであったがすぐに同意してくれた。

昨日、少女はあることに気がついた。
最初はただの疑問、次に閃き、そして確信…。
なぜ、特に忙しいわけでもないこの時期に家に招待してくれ滞在させてくれるのか。
なぜ、少女が食材の買出しをかって出た際、毎回女性もついて来てくれたのか。
なぜ、そんな時、普段無駄口を利かなかった女性が時折唐突に話し出す事があるのか。
そして、少女はそのことに気がつけたことを感謝した。




ゴールデンウィークの期間中、仲上家の客間にはひとりの少女が寝泊りしていた。
学校が冬休み、春休みの時期に次いでこれで3度目の事となる。

少女は以前、この家の別の部屋に1年近く暮らしていた時期があった。
だがその頃の少女を知っている者が見れば少女のあまりの変化に驚いただろう。
以前に比べ少女の表情は、その種類を格段に増していた。
仮に少女をよく知る者が見たとすれば、未だに遠慮がちな色は残っているものの、殆んど自然な状態だと感じるだろう。

少女がこの家の客間に滞在する事になった理由、

最初の冬休みは「年末年始で人手が不足するから泊り込みで手伝って欲しい」というものだった。
確かにそのとおりだった。
大晦日や三が日は営業も休みであったが、少女はそのまま滞在する事になった。

2度目の春休みは「年度替りの進学就職シーズンで祝事が多いから泊り込みで手伝って欲しい」というものだった。
この際も確かにそのとおりではあった。

3度目の今回は特に今までのような理由はなかった。
ただ、この家の女性が少女に「来て欲しい」と少年を通じ告げたことが理由の全てだった。

少女は今回の招待理由を不思議に思ったが、特段、断る理由もないので素直に応じる事にした。
今回は今までと違い、店は忙しくもなく、特に家の用事を依頼される事も殆んど無かった。
何かしないと落ち着けない少女が何か手伝おうとすると、大抵それはそのまま聞き入れられた。
だが今回は今までと少し勝手が違った。
どういう訳か近所のスーパーへの買出しだけは、ひとりで行かせてもらえなかったのである。
最初は特に不思議に思わなかった。
自然な流れでそうなったように感じたので気がつかなかった。
だが、それが毎回続くと気にはなった。




ゴールデンウィークも残りあと二日。
今日は少女と女性が一緒に夕食を作ることになっていた。
少女が自ら引き受けた買い出しに女性も連れだっていつものスーパーにやってきた。
店の出入り口を抜け奥へと進む、途中、特設コーナーの脇を通り過ぎる際、女性が話し出した。
話題は、今夜のレシピについてのアレンジの可能性について、この話題は最近多い。
少女にはまだ答えられるだけの経験が無かったが、女性は少女の好みを聞き出したい様子であった。
こんな場合は、当たり障りの無い答えにとどめる、それが少女の癖だった。
女性はそんな時、一見無関心そうにただ「そう」とだけ答える。
だが、少女は昨日も似たような会話を同じ場所でしたことを思い出した。
なんで同じような会話を繰り返すのか?

ふと、ある文字が目についた。
あ!
少女の胸に様々な記憶がよみがえった。
迷った事、選んだ事、ドキドキした事、喜んでもらえた事、嬉しかった事…
そして、もう二度とそんなことはできない事…
隣の女性は何故この場所で話しかけてきたのか…

食材をあれこれ吟味しレジで精算を済ませるとふたたび先ほどの特設コーナー脇を通る。
少女はポスター、垂れ幕、ノボリなどにある文字を気取られぬよう視線だけで確認した。
ここでまた女性が話し出した。
話題は少年の事、良かったら家庭教師の真似事でもしてもらえないかとの話、本気とも冗談とも取れそうな…

少女は確信した。
間違いない。今回招いてくれたのはこの為だったんだ。
そして、そう考えれば合点が行く事ばかりだった。
安い品をチェックしようと新聞のチラシを探しても何故か見つからなかった事…
家人揃って居間でテレビを見る際も公共放送しか見なかった事…
少女がそれをなるべく目にしないよう、もし目にするのならせめて ひとりきりにさせないよう…

その夜、客間の布団の中で少女は泣いた。

帰らぬ日々を思い出して、悲しくて、切なくて…
最近の日々を思い出して、嬉しくて、ありがたくて…




次の日、少女は初めて自分から女性を誘い、買い物に出かけた。

そして、初めて女性に自分の好みの料理を告白し、ふたりで献立を考えた。

その夜の夕食の献立は仲上家の面々には馴染みの薄い物であった。
少年がそれを話題にしたとき、女性と少女はお互いに目を合わせくすっと笑った。

夕食後、少年は少女をアパートまで送りがてら夕食の席での出来事を訊ねたが

「なんでもない」

少女はそれ以上答えずただ微笑むだけだった。
少年は不思議に思ったが、少女が微笑んでくれるならそれでいい、と思いそれ以上訊ねなかった。




ゴールデンウィークも終わり少女も元のアパートに戻った後、最初の日曜日。
今日は仲上一家に少女を加えて車で森林浴がてらのピクニックに向かう事となっていた。
女性の発案である。
今までもこれと同様の提案がなされた事はあり、少年を通じて少女にも伝えられていた。
が、少女は 一家団欒に水をさす、との理由を別の言葉に置き換えて辞していた。
だが、今回は少女も加えて初めての小旅行である。
少女の中で何か気持ちの変化があったのだろうか。




「あの、いいですか?」

少女が遠慮がちに居間に入ってきた。

「あら… もう準備はいいの?」

女性は少女の姿に目をやり、少女のお出かけの準備は出来ているだろうことを見て取った。

「あの…、ご迷惑でなかったらなんですけど…」

少女はなおも遠慮がちに話しながらあるものを差し出した。

「あら…」

女性はその差し出されたものを見て少し驚いた。

「あの…、お世話になりましたし、気にかけていただいてますし… 良かったらなんですけど…」

女性がすんなり受け取らない事を少女は恐れたのかもしれない。言葉は後になるほど小さくなった。

「くれるの…?」

女性はなおも確かめる。

「はい、あの…、ご迷惑でなかったら…」

差し出す少女の手が震えている事に女性は気がついた。

「迷惑なんて訳ないじゃない… 気を使わせちゃったかしらね… いいの、本当に?」

女性は少女を安心させる為、微笑を浮かべた。

「はい…」

少女は安堵し、表情も綻んだ。

「いいものね…」

女性は少女の手から受け取るとその香りを楽しんだ。

「眞ちゃんたらくれないのよ、最近は… 男の子ってそんなもんかしらね…」

少しあきらめ顔で女性は告白した。

「…」

少女は黙って見守る。

「来年もくれる?」

女性はそれを見つめたまま告げた。

「…? はい」

少女は意味をはかりかねたが、そう答えた。

「その次の年も?」

女性はなおもそれを見つめたまま。

「あの…」

少女は意味をつかめない。

「くれないの?」

女性は少女に目をやり残念そうに告げた。

「いえ、あの…」

少女は女性の言葉をはかりきれない。

「ねえ、比呂美ちゃん この先ずっと、くれる気ある?」

女性は少女に尋ねた。

「え…?」

少女は女性の問いの意味を考え、頬を染めてうつむいた。

「私ね、これをドライフラワーにしてブーケを作る事にしたから」

女性が静かに告げた。

「ブーケ?」

少女が顔を上げ問い返す。

「あ、安心しなさい、それを大事なときに使いなさいって意味じゃないから… わたしが楽しみにしたいだけ…」

女性はやや硬い表情ながら、その瞳には包み込んでくれるような想いが宿っている事を少女は見て取った。

「はい、そうできれば 嬉しいと 思います」

少女はそう言ってお辞儀した。

「そんな他人行儀はやめなさい… 慌てなくてもいいから 戻りたくなったら いつでも 戻っていらっしゃい
 誰にも何も言わせないから」

女性はそう告げると用事を思い出したフリをして部屋を出て行こうとした。

「はい… ありがとうございます」

女性は部屋を出がけに振り向いた。

「これ いただくのはいいんだけど… お母様のはどうするの?」

女性は花を両手で示しながら少女に訊く。

「でも…」

少女は女性が何を言いたいのか分からず困惑した。

「準備はしてないの? だったらどこかで買ったらいいわ、これから ついでって訳じゃないけど 寄ってから行きま
 しょう 私もご挨拶させていただいていいかしら?」

女性は心持ち早口になっていた

「いいんですか?」

少女はいまだ困惑顔のままだ。

「良いも悪いも… 私だけいただく訳にはいかないでしょう?」

女性の声は少々苛立たしげともとれたが、少女にはそれ以外の感情が込められている事を感じとった。

「…はい、ありがとうございます」

少女はこの女性からの申し出が、女性なりのさらなる和解の申し出なのか、単に行きがかり上の思いから来るものなのかは
判断つかなかったが、素直に受け入れる事にした。

「だから、その他人行儀なのお止めなさい」

女性は真っ直ぐ向けられる少女の瞳に今までにない信頼の色が浮かんでいる事に対して感じる気恥ずかしさをごまかすかの
ように年長者の特権でたしなめた。

「…はい」

少女は微かに微笑んでそう返事した。

「眞ちゃん、まだかしらね」

女性はわざわざそんな言葉を言い残し部屋を出ていった。

後に残された少女は少し頬を染めながら、暖かい感情が胸に満ちてくる事を素直に嬉しく思い立ち尽くしていた。




仲上家の門の前、出発準備が整った車の脇、女性は準備の遅い少年を呼びに少女を使いに出した。
しばらくして少女が少年を連れ戻ると女性はすでに車中に収まっていた。
少女は気付かなかったがそれは近年の仲上家の慣例からすれば異例の事だった。
普段は少年の指定席である助手席に女性が座っていたのである。
この無言のメッセージに少年は内心動揺した。

「どうかした?」

なかなか乗り込まない少年を訝しく思った少女が訊ねたが

「いや、の、乗ろうか」

少年は何とか少女に動揺を悟られないように振舞おうとした。
もちろん見事に失敗している。
この時、前席の男性と女性が目線だけを合わせて口元を緩めた事は後席のふたりは気がつかなかった。

「もう 眞ちゃん 早くしなさい 比呂美ちゃん 待ってるんだから… ねっ?」

女性は前を向いたまま まごつきながらやっと乗り込んだ少年に、最後の部分だけはふり返り 少女に目で合図を送り
ながら言った。

「ごめんよっ」

「いえ…」

少年はテレながら答え、少女もテレながら…うつむいた。
このときはお互いに自分がテレるのに忙しく、相手が自分とは違うことで、しかし同じ意味でテレていることには気が
つかなかった。

「そうそう、比呂美ちゃん、あれ、何処で買ったの?」

車が動き出すと女性が訊ねた

「あ… 学校の帰りに花屋さんで買いました」

少女は顔を上げ準備していた答えを告げた。

「そう、途中いつものスーパーに寄りますよ、あそこでも売ってるみたいだから」

「そうなんですか? 気がつきませんでした」

少女は感謝を込めて嘘をついた。

「そう…」

女性は少女のことばに少しホッとした。

後席の少女が身を乗り出して女性に言った。

「おばさまっ 眞一郎くんもカーネーション買うそうです 大きいのが出来ますよっ」

女性は少女の口から告げられた言葉で、先程少年を迎えにいった少女が戻るのに時間がかかった理由を知った。

「眞ちゃんがくれるなんて雨でも降らないかしら…」

女性は少女の気遣いを嬉しく思い、あまり口にしない軽口をきいた。
そして今日これから久しぶりに会う旧友に、あなたの娘は私が死ぬまで見届けますと約束する決意をした。

「だから、俺はいいって…」

少年はなおもテレて反抗していた。

「えー、さっきあれほどお願いしたのにぃ」

少女はおふざけモードで少年を追及する。

「あー、さっきあれほど辞退したのに」

少年はそのまま言葉を返した。

「眞一郎くん…」

少女は急に態度を改めた。

「ん?」

少女は少年の目を見てはっきりと告げた

「…ちゃんとして」

少年は身に覚えのある言葉に従う事しか出来なかった

「…はい」

「クスッ、よろしい」

少女は満面の笑みで微笑んだ。







●あとがき

母の日、父の日、こどもの日、大切なひとを失った者にとっては酷な日です。
本シリーズは比呂美の幸せ至上主義を堅持しますのでこんなおハナシになりました。
ご都合良すぎなのは仕様です。
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